Fate/Another Order   作:出張L

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第一章 混沌隔離大陸ファースト・エンペラー
第1節  第八特異点


 六雄を悉く平らげ、大陸を始めて統一した偉大なる帝国。だがその実態はもはや死に体といえる。

 余りにも……余りにも偉大過ぎた始まりの男の死。思えば帝国の崩壊はそれから既に始まっていたのだろう。そして貧しい身分にも拘らず鴻鵠の志を抱いた男による反乱、それが滅びを決定づけた。

 各地で頻発する反乱、滅んだ六国の復活、取り返しようのない政治の腐敗。

 嘗てただ一国で六国を震撼させた帝国の威容はなく、ただ奸臣によって外界とは閉ざされた皇帝の住まう後宮だけがこの世の春を謳歌していた。

 今日も美女に囲まれながら、暗愚な皇帝は笑う。後宮の外がどうなっているか知ることもなく、世はまったく天下泰平と信じながら、冬にあって春を過ごす。神の視点で世を俯瞰する者がいれば、さぞ滑稽な道化に映ることだろう。

 だが道化が謳歌していた仮初の春は唐突に終わりを告げた。

 まず聞こえたのは扉を激しく蹴破る物音。この地で最も尊い冠をつけた男は、自分の楽しみを邪魔されたことに激昂すると、酒が並々と注がれた杯を壁に叩き付ける。

 

「ええぃ! 人が楽しく酒を飲んでおったのに台無しではないか! 何事だ!」

 

 この世に自分より偉い人間など一人もいない。誰一人として自分に刃向うことも、逆らうことも出来ない。そう盲信しているが故に、彼は恐れはなかった。

 女たちが只事ではない気配を察して逃げ惑うにも拘らず、彼はどこまでも傲慢に無礼者を待ち構える。

 

「――――薄汚い、これが、この様が結末か」

 

 聞くだけで魂を停止させる、絶対零度の声が後宮に響く。地獄の閻魔すら及ばぬ冷徹な気配に、後宮の女や宦官は次々に恐怖で昏倒していった。

 だが皇帝を名乗る彼は神託にも等しい『声』を受けて尚も恐れない。

 馬鹿故の盲信だけではここまでの蛮勇は発揮できまい。どれほど暗愚で馬鹿だろうと、彼は最も偉大なる男の血を受け継ぐ者。生まれついての王聖が一応は備わっているのだ。

 この後宮で唯一帯剣している彼は、装飾用の華美な剣を抜くと声を発した者に怒鳴りつけた。

 

「屑だと! き、貴様…………この……皇帝たる朕に対して……なんという不敬……赦さぬ! 無礼者め、名乗れ! 三族皆殺しにしてくれるわ!」

 

 こう言えば大臣だろうと将軍だろうと、どんな人間だろうと跪いてきた。だが今回もそうなるだろう、という楽観はいともあっさりと崩れ去る。

 〝無礼者〟は皇帝の一括に欠片も揺らぐことなく、絶対的な威厳をもって声を発する。

 

「皇帝? 下らん、下らんぞ貴様。皇帝とは朕が生み出し、朕のみに許される位よ。貴様も含め朕の後に続いた皇帝など、朕を模倣したただの偽物に過ぎぬ。

 そう、貴様の号する二世などマヤカシよ。私こそが始まりであり、終わりなのだ。最初にして最後、この朕だけが世界に唯一無二の皇帝である」

 

「なっ……生み出した、だと? そ、それにまさか……そんなわけが……だが、その御声は!」

 

 二世皇帝の足元に投げ入れられるのは、彼が最も寵愛した宦官の首だった。余程惨たらしく殺されたらしく、首となっても苦痛の色がありありと浮かんでいる。

 しかしもはや二世皇帝にとって、こんな生首など路傍の石ころも同然だった。彼は目を見開き、待つ。

 やがて黒衣の傀儡兵に守られ、真なる皇帝が二世皇帝の眼前にその龍体を現した。

 二世皇帝は恐怖の感情すら忘れ、滂沱の涙を流す。

 忘れようはずがない。

 その威容を覚えている。

 その威厳を覚えている。

 その威風を覚えている。

 彼こそが始まりの人。この中華の始まりを終わらせ、終わりを始めた最大の巨人。そして――――

 

「父、上……ッ!」

 

 二世皇帝にとって敬愛してやまぬ父だった。

 

「久しいな、我が不肖の子よ。さて、貴様には罪がある。言うまでもなく朕の帝業を継承するどころか、朕の帝国を失墜させたことだ。

 だが貴様には功もある。朕の胤から貴様のような盆暗が生まれるとは、やはり世で信じられるは我が身のみ。子などあてにしてはならぬと、貴様は自らの暗愚さをもって朕に諫言したのだ。やれ」

 

「う、うわ!」

 

 傀儡兵が二世皇帝を押さえつける。いきなりの事に慌てふためく二世皇帝だが、傀儡兵の一体が処刑刀を構えているのを見るや、自らの運命を悟る。

 

「ち、父上……わ、私とて父上の子……せ、せめて私の首は、父上の手で――――」

 

「不要」

 

「へ?」

 

 瞬間、無情に処刑刀は振り下ろされ、二世皇帝の首が落ちる。

 

「〝不要〟と言ったのだ。私が手を汚す必要性も、貴様という存在も、親子という関係性も」

 

 息子に引導を渡しながら、始まりの皇帝の眉はピクリとも動かない。

 

「陛下」

 

 傀儡兵とは格が違う見事な甲冑を装備した将軍が現れると、恭しく傅いた。

 

「申し上げます。咸陽の制圧は滞りなく完了致しました。どうか次の御指示を」

 

「出陣せよ。目標は言わずとも知っておるだろう。望む兵力をくれてやる。ここに長居するつもりはない故、出来るだけ早急に片を付けろよ。王翦」

 

「御意」

 

 戦国時代において六雄を震撼させた六虎将、その中において最も恐るべき将・王翦は主君の命に唯々諾々と従う。

 彼にはもはや保身を図る命もない。あるのは命令遂行への義務感だけだ。

 

「さて」

 

 始まりの男は生前の自分の座っていた玉座に再び腰を降ろす。

 だが嘗てと同じではない。今の彼には狂おしいほどに欲していた『永遠の命』があり、己の理想(野望)を成就するための手段と力がある。

 ここに歴史の針は致命的に狂い、新たなる特異点が生まれた。

 

 

 

 目が、覚める。

 始まりの夢を、見ていたようだ。

 

「おはようございます、先輩。今日もあまり顔色が優れないようですね。また悪い夢でも見たのですか?

 それはいけません。休める時に休むのも仕事です。なんならドクターに相談しましょうか?」

 

 起きて早々マシュが心配そうに声をかけてきてくれる。

 我ながら実に単純なことであるが、それだけで寝起きの厭な感覚は消し飛び、活力が湧いてきた。本当にマシュには助けられてばっかしで、頭が上がらない。

 

「大丈夫。今回の夢は――――ええと、首が飛んでたような気はするけど、悪夢っていう程じゃなかったし。」

 

「首が飛ぶ!? それは十分に悪夢なのでは?」

 

「いや上手くいえないんだけど、この前の倫敦へレイシフトする前に見た夢はホラー系だったけど、今回は歴史系だったというか」

 

「良く分かりませんがホラー映画と大河ドラマの違いのようなものでしょうか」

 

「うん。そんな感じ」

 

 こうして意識が覚醒した今では、夢の内容が具体的にどんなものだったかなど覚えていない。

 けれど恐い夢というよりは、恐ろしい夢だったような気がする。取り敢えずこれが正夢にならないことを祈るばかりだ。

 

「そうですか。なら良かったです」

 

「マシュ?」

 

「なんでもありません。では先輩、そろそろミーティングが始まります。管制室へ行きましょう」

 

「あれ? ミーティングは今日は昼からじゃ」

 

「なんでもカルデアスに新たな異常が発生したということで、ミーティング時間を急遽変更したらしいです」

 

「新たな異常って?」

 

「私もまだ聞いていません。ドクターのことですから話すなら先輩も一緒にした方が楽でいいと判断したのでしょう」

 

 カルデアスとは惑星に魂があるとの定義に基き、その魂を複写する事により作り出された小型の擬似天体である。

 謂わば小さな地球のコピーで、それに異常が出たということは、人類史に異常が発生したということだ。

 ソロモン王に焼却され、狂った人類史を元に戻すのがカルデアのマスターである自分の役割である。そういうことなら急いで管制室へ行った方がいいだろう。

 そしてマシュと一緒に管制室へ行くと、そこには上位者が全員死んでしまいなし崩しに責任者となってしまったロマンと、サーヴァントでありながら技術部のトップに収まっているダ・ヴィンチの二人が待っていた。

 

「おはよう。急に呼び出してしまって悪かったね。マシュも彼を連れてきてくれてありがとう。早速で悪いけど起きた異常について説明しよう。

 百聞は一見に如かずって日本の諺にもあるし、これを見てくれ」

 

「あ……!」

 

 ロマンの言う通り、カルデアスに起きた異常がなんなのかは一目で分かった。

 これまで自分が定礎復元に成功した特異点は最初の冬木も含めれば五つ。なので残る特異点は三つのはずだ。

 しかし近未来観測レンズ・シバには、四つの特異点が観測されている。

 

「ドクター! これは!」

 

「ああ、特異点が一つ増えているんだ」

 

「原因は今のところ調査中としか言えないね。なにせ時代が時代だから、これまでのようにはいかない」

 

 ダ・ヴィンチが嘆息する。常人には理解しがたい理由で本来の性別とは異なる『女性』として現界している彼女だが、彼女がどれほどの天才で万能なのかはこれまでサポートを受けてきたマスターとして良く分かっている。

 その彼女が原因が分からないと言うとは余程の事が起きているのだろう。

 

「新たに発生した特異点の時代になにか問題があるんですか?」

 

「時代に問題というより、年代が問題なのさ。いいかい、マシュ。この新しい特異点――――便宜上α特異点と仮称するが、この時代はBC.0208。つまりは紀元前さ」

 

「紀元前!」

 

 これまでレイシフトした時代で最も旧いものでも、西暦60年代のローマだった。

 一つ前にレイシフトしたのが1888年の倫敦だったこともあって、西暦を超えて遡ることに衝撃を覚える。

 

「シバは画期的発明だけど限界もあってね。西暦元年は人類史にとって正に新たなる時代の始まりだった。だからそれ以前の紀元前まで遡ると精度が一気に落ち込んでしまうし、必要とする魔力と電力も膨大なものになってしまう。

 このα特異点が発見されてから調査はしているけど、そのせいで余り順調とは言えないのが現状だ。特異点の詳細な場所も曖昧で良く分からない。しかも性質の悪いことに、この特異点はまるで周囲一帯を呑み込むように膨張していっている。本来なら念入りに調査をしてからレイシフトに移って貰いたかったんだけど……」

 

「……俺なら、大丈夫」

 

 一分一秒を争うというのならば、ここでまごついてなどいられない。危険は覚悟で今すぐにレイシフトするべきだ。

 

「あ。けどマシュは」

 

「私も問題はありません。行きましょう、先輩」

 

「無理をかけるね。ああけど詳細な場所は分からないけど、具体的な場所は判明している。レイシフト先は中国大陸だよ」

 

「中国……荊軻さんの祖国ですね」

 

「ああ。紀元前208年の中国は、中華を始めて統一した秦が倒れる直前の秦王朝末期、楚漢戦争に突入する手前の時代だ。

 秦の始皇帝は世界に『皇帝』という新たなる支配者の概念を生み出し、数々の革新的な改革を行った。紛れもなく人類史の大きなターニングポイントといえる」

 

「更に言えば次に興った漢帝国は、秦のシステムの多くを受け継いだ秦の継承者と言ってもいい王朝だ。王朝の移り変わりであるこの時代が焼却されるなんて事になれば、確実に人類史は崩壊する」

 

 ロマンの説明をダ・ヴィンチが補足する。

 二人の言う通り大帝国の崩壊は、それ自体が人理に大きな影響を与えてしまうことだ。それはローマでの一件で良く分かっている。

 

「頼むよ。ボクも出来るだけのバックアップはするから、くれぐれも気を付けて」

 

 頷いてマシュと共にレイシフトの準備をする。

 

『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始、します。レイシフト開始まで、あと3.2、1……』

 

 聞きなれたアナウンスが響き、

 

『全工程、完了。グランドオーダー、実証を開始します』

 

 特異点へのゲートが開かれた。

 海底へ落下していく感覚の後、マシュと共にゲートへ堕ちていった。

 


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