短くてすいません。
モカの襲来によって普段以上に騒がしかったラビットハウスだったが、八幡とリゼの帰宅に伴って、少しだけ喫茶店らしい静けさを取り戻した。
普段以上に騒がしかったことにより、八幡は普段以上に疲労を蓄積させ帰路についていた。
すると突然、パッと視界から光が消え、顔と背中に違和感を感じた。
「だーれだ」
なにやらご機嫌で聞き覚えのある声が背後から聞こえたことにより、顔の違和感が彼女の手であることと、背中の違和感が何かも八幡は理解した。
「……ココアとチノに構ってなくていいのか」
問いに対して答えることをせずに八幡は背後の人物へと話しかけた。
すると八幡の視界は明かりを取り戻した。振り返るとそこには八幡の予想通りニコニコ笑顔のモカがたたずんでいた。
「お泊りだから時間はたっぷりあるから大丈夫。八幡くんともお話ししたかったし」
「いや、別にわざわざ今から話する必要なくねぇか?」
もう夕暮れ時、モカは数日間この街に滞在するのだから、そんな急いで話をする必要はないのである。
しかしながら今日のモカは少々強引だった。
「八幡くん、お姉ちゃんとお茶しよう」
「しない、帰る」
「八幡くん、お姉ちゃんとお茶しよう」
「しない。話聞いてた?」
「八幡くん、お姉ちゃんとお茶しよう」
「いや、あのだから……」
「八幡くん、お姉ちゃんとお茶しよう」
「……わかったよ」
謎の無限ループに突入したことで八幡は自分に拒否権がないことを悟ると、渋々ながらモカの提案に乗ることに。
「大丈夫、私のおごりだから!」
「そこじゃないんだが……」
「じゃあ、お薦めの喫茶店に案内して」
「仮にも喫茶店勤務の男に別の喫茶店に案内しろと」
「いいからいいから」
なんとなくだが面倒な雰囲気を醸し出しているモカを回避しようとした八幡だったがそれもかなわず、渋々ではあるが近場の喫茶店、フルールへと案内した。
「いらっしゃいませ」
見知らぬ女を連れた八幡の入店に頬を引きつらせて対応をするシャロ。
先日も八幡とシャロの間にあんなことがあったのにもう別の女を連れていれば、八幡とシャロの関係が恋人同士でなかったとしても複雑なところがある。
「へー、かわいいとこだね。八幡くんの趣味だったりする?」
「ち、違うし」
メイドちっくな服装にロップイヤーを装備した店員たち。八幡は趣味ではないとは声を大きくしては言えなかった。
ひきつった笑顔で接客を行うシャロに案内されて二人は席に着く。
「わざわざ、別の場所で話したいことってなんだ。ラビットハウスでもよかったろ」
「うーん、あの子たちの前じゃ話づらいこともあるし」
天然であることを除けば比較的まともであるモカがしゃべりづらいというのだからどんな爆弾が投下されるのかと八幡は恐れおののいた。
「か、金ならないぞ」
「……ココアたちに八幡くんが泣いちゃった話とかしてもいいんだよ?」
カツアゲを疑われたモカは少し黒い笑顔を浮かべながらそう口にした。
八幡の口からは「ひえっ」と怯えをはらんだ声が漏れる。
「すいませんでした」
親父の背中を見て育った八幡は女性を怒らせた時の対処法《謝り倒す》を習得している。
真っ先に頭を下げ謝罪。
すでに弱味を握られている八幡はこの保登モカという女性に二度と勝てる気がしなかった。
くすくすと笑って黒い笑顔をひっこめたモカは少しまじめな顔もちで八幡に話しかける。
「自分は好きになれた?」
その一言で八幡はモカが何を話そうとしているのかを理解した。
「……どうだろうな。でも、前ほど人との距離は開いてない気がする」
「うん、ならいいんだ。お姉ちゃんは弟のことが心配だったのです」
「……弟じゃねえよ。その、あれだろ」
ーーパートナー、なんだろ
あの日モカが口にした願いを八幡は覚えていた。
それだけでモカは心のうちからあふれ出る感情が止まらない。口角が自然と吊り上がる。
その言葉を口にした八幡本人は恥ずかしさゆえか、顔を赤く染めモカから顔をそらしている。
「ふふっ、やっぱり八幡くんは捻デレさんだねー」
身を乗り出しうりうりーと八幡の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
「……結局、どういう意味のパートナーなのかは知らないんだが」
「どういう意味だと思う?」
モカは妖艶な笑みを浮かべている。
その笑みに八幡は不覚にもどきりとさせられ、勘違い的思考を巡らせた。
パートナー。それはゴールデンウィークのような活動の際の?はたまた、こうしてモカがこっちに来た時に案内などのサポートで?もしくは……恋人的な意味で、なのだろうか。
『八幡さんのことが好きなのに』
そんなチノの言葉を思い出したからか、八幡はモカにまでそんな事を期待してしまった。そんなことはあり得ないと八幡は分かっているのに。
自分を信じることと、恋愛感情とは別。
迂闊に恋愛へと手を出せば今までの関係などたやすく崩れ去ってしまうということを八幡は知っている。
こんな自分を信じてくれたモカとの関係を壊すことは八幡にはできなかった。
「……モカは、どんな俺を求めてる?」
モカの問いかけに答える言葉ではなく、口から漏れ出したのは、あの時以来の弱音だった。
唐突な質問で、分かりづらい弱音。しかし、モカはその言葉に敏感に反応した。そして笑みを浮かべる。
きっと八幡は変わったからこそ嫌われたくない、好かれていたいと話すのだ。
確かに人の心など他人にはわかるはずもない。だが、たとえそんな不可能なことを望むようになったとしたならばそれは間違いなく八幡の成長である。
「八幡くんは私に求められたいのかな?」
あえてモカはからかうような口調で、質問を質問で返した。
「……正確には嫌われたくない」
顔を俯かせながら八幡はぼそりとそうつぶやいた。
モカは八幡にとって文字通り恩人である。
自分を好きになろうとしたきっかけになった人に嫌われるのではやはり比企谷八幡という男はその程度の男なのだとまた八幡は自分を嫌いになることだろう。
「ね、八幡くん」
モカは少し身を乗り出し俯く八幡の頬を両手を添えてフェイスアップさせた。
そしてその濁った眼としっかり向き合う。
「私は、八幡くんが好きだよ。きっとね、ココアも、チノちゃんもリゼちゃんも八幡くんのこと嫌いだなんて絶対に思ってない。だから大丈夫」
その言葉は、恋愛とか友愛とかから出た言葉ではない。
モカは八幡の前であまり姉としてふるまわない。自分の弱みをさらけ出し対等にふるまおうと心がける。
そしてそのことを八幡はわかっている。
だから、今の言葉が決して慰めなんかではないこともわかっている。
「臆病なのはあの時から変わってないんだね」
「一年もたってないのにそんな変われるわけないだろ」
「変わりましたよ。八幡は」
不意に八幡とモカ以外の第三者の声がしたと思えば、八幡の隣の席に腰かけたのは青山翠その人であった。
まるであの時の再現のようなキャスティングであるが場所が喫茶店で、ひそかに話を盗み聞いているうさ耳を付けた小柄な店員がいることがあの時との違い。
「青山さん」
「お久しぶりです、モカさん」
「なんでここにいるんだ」
「近頃小説のネタのために八幡の後をつけているのはここだけの話です」
話だけ聞けば完全に犯罪臭のするものだったが八幡は翠の事情を知っている。
しかしモカはその事情を知らないのでもしやこの青山翠という女相当なメンヘラなのではと恐れおののいていた。
「きっとそれが八幡が意識することがかなわないほどのものだったとしても。それでもあなたは変わりました」
「自分でも意識することができないものが変化したといわれてもな」
「自分のことって自分じゃ意外と気が付かないものだよ」
結局比企谷八幡という男は自己を肯定できる人間ではなかったのだ。
ゆえに他人に肯定してもらわないと自己の変化を認めることさえできない。
ぼっちを自称していたにもかかわらず他人によってしか自己肯定を可能としない八幡はなんと滑稽なことか。
しかし、それでも八幡はそれでいいのだ。人と距離を置こうとした八幡と人付き合いをしていくならそれで正しいのだ。
「他人に認められて自分を認めればいいって教えてあげたでしょ」
「私たちが文字通り体を張って教えてあげたこと忘れたとは言わせませんよ」
「……あんなの、忘れられないだろ」
八幡はそう告げると気恥ずかしさから顔を伏せた。八幡のその姿にモカと翠は顔を見合わせてくすくすと笑いあった。
モカと対面して座り楽しそうに談笑する八幡のその姿を陰から見ていたシャロ。
はじめはココアの姉とはいえあんな美人と八幡が話していることから八幡が騙されているのではないかと思ってしまった。
しかし、話を聞いていると、八幡の胸の内、悩みを聞くことができたのだ。
それを聞いてしまったからにはシャロという少女は何もしないということができるほど薄情な女ではなかった。
翠まで参戦したことには驚いたが、シャロは一つ心に決めた。
――とりあえず、大人で包容力のある女を目指そう、と。
…シャロ、違うそうじゃ無い。
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まだ待ってくれてる人とかおるんか…?