今日の騒がしいラビットハウスの一日は、ココアの一言から始まった。
「もうすぐ、お姉ちゃんが来ます!」
「あ、八幡、それはこっちによろしく」
「了解」
「ココアさん、サボってないで働いてください」
ココアの姉が来る。
その言葉は八幡、リゼ、チノの三人には深く響かないようだった。
それぞれが自分の立場から離れることなく、ココアの話を受け流した。
「聞いてよー!」
「聞いたじゃないか」
「それを聞いた私たちはなにをすればいいんですか?」
「リゼちゃんとチノちゃんが冷たいよー!」
ココアに対して遠慮なく塩対応を取るリゼとチノに負け、八幡に泣きつくココア。
「で、姉が来るからどうしたんだよ」
ひっつくココアを引き剥がし、ココアの意図を探りを一応入れる八幡。
しかし八幡の顔には呆れの表情が張り付いている。
「うん、お姉ちゃんがくるからみんなにはーー」
「妹にはなりませんよ」「ならないな」「弟も嫌だ」
「みんなはエスパーなの!?」
満場一致でココアの意図を把握していた。
ココアの生態はもはや周知の事実であるようだ。
「ココアの行動は単純だからな」
「何かにつけて姉の立場を主張してきますし」
「えへへー、みんなが私のことをわかってくれて嬉しい!」
わかってる、とはいうもののココアとそれなりに付き合いのある人間は誰でもわかることである。
当然、今はいないが千夜やシャロも同様だろう。
「ココアさんのお姉さんですか」
「強烈な人なんだろうな」
「そんなのじゃないよ!すごくかっこよくて優しいんだから!」
「意外にポンコツだけどな」
ぼそりと八幡が漏らすもココアの耳には入らなかったようだ。
「つまり、ココアの姉にいいところを見せたいんだろ?」
「リゼちゃん!手伝ってくれるの?」
リゼはそっぽを向きながら、頰を朱に染めツンデレちっくにココアに答える。
「家族にいいところを見せたいっていうなら、まぁ、手伝うよ」
つまりココアは自分の成長具合や、いかにしっかりとした生活を送っているかということを姉に見せつけることにより、認めてもらいたいのだろう。
そんなココアの健気な一面を見て仕舞えば、人が良いリゼはころりと持っていかれてしまっても致し方のないことである。
「じゃあ、リゼはこれからラビットハウス内じゃ妹って事で」
「年上の妹って、変な感じです」
「妹になることを認めたわけじゃないぞ!?」
「とりあえずみんな、私のことをお姉ちゃんってーー」
「「「呼ばない!」」」
というか、みんながココアのことをお姉ちゃんと呼んであれば明らかに不自然であるし、必ずボロが出る。
そしてココアが強要したことがモカに露呈するとドン引きは必至である。
「ココアの成長具合を見せる、か」
「ココアさん、最初から特になにも変わってませんよね」
「初志貫徹、大事だよな」
「みんな酷い!」
普段からのほほーんとしているツケが回ってきたのか、ココアがラビットハウスに来てそれなりの時間が経ったが、明確にコレといった成長報告ができない。
しまいには「私まさか成長してない?」などと目をうるうるさせる始末。
流石にそんなココアの姿を見て焦った三人は顔を見合わせコクリ、と頷くとすぐさま行動に移った。
「こ、ココアお姉ちゃん、パンってどうすればいいんだっけ?火炎放射器で炙るんだったか?」
「お姉ちゃん、私間違ってコーヒー豆を一桁多く頼んでしまって」
「姉貴、養って。俺働きたくない」
涙を見せられれば弱すぎる三人はココアの要望に応えるべく、ココアを姉として頼り始めた。
「こんなのいつものみんなじゃないよー!」
せっかくココアを姉として頼ったはいいものの、それをココアが受け入れられないという謎の事態が発生
「お前なぁ」
「ココアさんのために」
「やってるんだぞ!」
せっかく羞恥心を抑えて妹、弟の演技をしたというのにこれは酷いとブーイングがココアへ飛ぶ。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「一度コーヒーを入れますね。落ち着きましょう」
「あ!私が入れるよ!」
「それにしても、ココアの成長したところか」
「成長ってもんがすぐに目に見えたら世の誰もが伸び悩んでるなんて葛藤しねぇんだよなぁ」
そもそも成長した形というものはすぐわかりやすい形で目に見えるようになるわけではない。
それ故に四人は頭を悩ませているのだ。
「身長、とか?」
「苦し紛れすぎるし、微々たるものだろ。そもそも、そういう成長ってことでもないしな」
八幡とリゼはうんうんとうなりながら頭を抱える。
「わざわざこの街に来たのに何の成果も得られませんでした!って堂々とした態度でいればいいんじゃねぇか?」
「それは最終手段すぎるだろ…」
この街にココアが来てから変わったものはたくさんある。しかしながらそれはココアが変わったのではなく、ココアによって変えられたものである。
八幡もリゼもチノもココアとかかわることによる変化はあった。しかし受動的なその三人とかかわることでココアに変化はあるかといわれると悩ましい。
「へいっ、おまち!ココア特製コーヒーだよっ」
「ココアさんは淹れてないです。ココアさんはラテアートの部分だけで……ぁ」
「あー、これがあったか」
「最初は完全に小学校低学年のお絵かきだったもんな」
「えへへ」
元がひどかったとはいえ、今このコーヒーに描かれている花はそれなりに花としての見てくれをしている。初期の何とも言えないラテアートと比べれば大きな進歩である。
「よーし!お姉ちゃんを驚かせるぞー!」
えいえいおー!とココアは拳を突き上げた。
「ね、ねぇお母さんこの服はどうかな?」
「モカも大胆な服を着るようになったのね。ココアに大人っぽさを見せつけたいから?」
木組みの家と石畳の町へ行くために、旅行鞄に荷物を絶賛詰め込んでいる最中のモカは母親に服のチェックをお願いしていた。
「ま、まぁそんなかんじかな」
ココアに大人の威厳を見せつけるというには些か大胆すぎる服装をモカは手に持っていた。胸元が開いており両肩も露出してしまうような服。まるで色気を出して男を誘惑しに行くかのような服である。ただ妹に会いに行くだけならばもっとおとなしい清楚な服装でも構わないだろうというのに。
「八幡君に会いに行くのかしら?」
「え、ええええ!?ちちち、ちがうよ!?」
「大胆な服もいいけれど男の子は清楚な女の子が好きなものよ」
「男の子は関係ないけど、分かった」
「でもここぞというときに大胆な服で胸を押し付けながら迫れば、八幡君だってきっとイチコロだと思うわ」
「い、いちころ……八幡くんは関係ないけどわかった」
八幡は関係がない。そう口では言っているものの、八幡を意識してるのはまるわかりであった。ココアといいモカといい、隠し事のできない姉妹である。
「あと、化粧もいいけど、男の子は自然な感じが好きだったりするから厚化粧には気を付けてね。二人きりになったら押し倒しちゃうのも……」
「八幡くんは関係ないってば!」
「うふふ、じゃあアドバイスはいらないかしら?」
「……いり、ます」
母による男を落とすテクニックをモカは顔を赤くしながらも真剣に学んでいたのだった。