予約投稿につき、本人は新年ハーメルンには浮上しておりません。
ーーー勝手に勘違いして、勝手に裏切られて、勝手に失望した。
言葉にすればただそれだけだ。
無様で、ダサくて、カッコ悪い。そんなことはわかりきっている。
でも、それでも俺は、どこか希望を持っていたのだろう。
それが、その僅かな願望が、先の運命を大きく変えることになるとは、思いもしなかったけれど。
「比企谷、一つ頼みがある」
始まりは同級生のそんな一言。
男勝りな性格と態度で男女分け隔てなく接することができる平塚からの頼み。
受ける理由もなければ断る理由もない。
特に俺と平塚が親しいという事もない。
なぜその頼みとやらを俺にしたのか、今でもわからない。
だが、もっとわからないのはーー
「とりあえず、話を聞かせろ」
俺が、その頼みを受けてしまったことだ。
♢
ーーこの後の予定は
そんな言葉を言い慣れてしまった自分。
かつては専業主婦になりたいと豪語していた自分だが、どうしてこうなってしまったのかと今更になって後悔している俺がいる。
「うぅ、売れるのは嬉しいですけど、仕事が増えていくのは嬉しくないです」
「恨むなら、売れる作品を書いてしまった自分を恨め」
「いえ、優秀な助手が私を優秀な作家に導いてしまったということで、あなたを恨みます」
「そら、売れてもらわねぇと困るしな。俺の給料的な面で」
あの時、教室で軽はずみに受けてしまった頼みごとから数年。
その頼みごとは既に年単位でいまだ継続中で、俺の仕事へと成り果てている。
「八幡くん」
「……休みなら今月はもうないぞ」
「うぅ、ラビットハウスに行く時間すらもらえないこの生活、とんだブラック小説家です」
「ブラック企業の間違いだろ。ブラック小説家なら黒いのは青山だろうが」
「ふっふっふ、八幡くん、黒い私、見てみたくないーーあたっ」
また面倒なことをほざき始めたバカの頭に軽く手刀をくらわせる。
いつまでたってもマイペースで、俺を困らせてくるこいつは、こんな扱いで構わないだろうと思ってから早数年。
青山の面倒というか世話を焼き始めてからも早数年。
思えば結構最初の方から俺の青山に対する態度はこんなものであったと思う。
今となっては売れっ子小説家である彼女だが、その程度で俺のコイツの扱いなど変わりはしない。
「でもま、休みがないのは事実だけどな」
主に俺の。
「そうなんです!私が仕事を投げ出して、ふらっとどこかへ放浪しても放浪開始から三十分と待たないで八幡くんは私のことを捕まえてしまいますし」
「お前のいきそうな場所なんてすぐ分かるんだよ。伊達にお前に迷惑かけ続けられてねぇよ」
学生時代から放浪グセのあるこいつは登校中ですら自分の気の向くままの方へ行ったり来たり。
部活も行ったり来たり。
一つの場所に止まるということを知らないのだ。
そんな奴の面倒を何年も見ていれば連れ戻すのにもそんな時間はかからなくなって来ている。
「私だって、女の端くれ。おしゃれの時間だってショッピングの時間だって、恋をする時間だってほしいです」
「俺はお前のその時間を全て奪って金を貰ってるんでな。それは聞けない相談だ」
「……ぐすん」
「休みなら、今回の作品の熱が冷めてからだ。それからなら新作を書きつつ、おしゃれなりショッピングなり、恋なり好きにするといい」
「ぶー、八幡くんはけちんぼです」
「てか、お前は言うほどおしゃれにも買い物にも恋にも興味ねぇだろ。この前寝巻きのまま仕事場にいたのはどこのどいつだ」
青山翠とは中々に自分のことに無頓着な人間で、最低限の身だしなみには気をつけるものの、予想以上にだらしがない女なのである。
俺が仕事場の整理整頓をした回数は数知れず。
青山が締め切りを破った回数も数知れず。
「仕事場は仕事をする場所です、おしゃれをするところではありませんよ」
「散らかしていい場所でもないけどな。それに、寝巻きで仕事するってどんだけだよ。完全にニートじゃねぇか」
「八幡くんだって頻繁にジャージ姿で仕事場にいるじゃないですか」
「お前の原稿の提出が遅いから徹夜なんだよ!」
「ふふ、ご迷惑をおかけします」
悪びれる様子もなく、笑顔でそんなことを言われても全く報われないというものだ。
「そういえば、八幡くんから今回の作品の感想を聞いてませんでしたね。どうだったでしょうか?」
「まぁ、あれだ、当分お前に休みは来ないくらいの出来だ」
「ふふ、捻デレさんですね」
ーーーそんな日々が日常になって
変化の時が訪れるーーー
【青山ブルーマウンテン最新作、怒涛の大ヒット】
〈大人気小説家青山ブルーマウンテンによる最新作。青山作品初のノンフィクション!?果たして、この作品に込められた思いとはーー?〉
俺が、彼女に出会って得たものはなんだろう。
失ったものは?
そんな損得でしかものを判断できない自分が嫌になる。
ーーノンフィクション、か。まぁ、悪くはないな。
なんだそれは。俺が本当に感じていたのはそんな回りくどい物ではなかったはずだ。
嫌いな自分の、嫌いな部分。
醜くて、みっともなくて仕方がない。
でも彼女はそんな俺との物語を作品として作り上げた。
言わずともわかる、聞かずともわかる。
この作品は俺と彼女のケジメなのだ。
これまでの俺と青山翠を綴った、二度と書かれることのないであろう、最初で最後のノンフィクション。
きっと彼女自身も書けと言われても二度とは書けない。
それでいいのだと、俺は思っている。
彼女の作品は今までの人生を手繰り寄せたもの。
その人生をもう一度なぞることなどしなくていい。
だから俺はこの本を読み返さない。
読み返す必要もない。
なぜなら、全て俺の中に綴られているものだから。
ーーーだが、物語とは紡がれ、繋がっていくものだ。
紙の上では完結していても、
「ねぇ、八幡くん。アフターストーリーはお好みですか?」
「嫌いではねぇよ」
「なら、こんな終わりの先があっても構いませんよね?」
フッと彼女の唇が俺の唇に触れた。
それは甘く、柔らかく暖かいものだった。
「そうだな、じゃあこんな小話があっても問題はないだろ?」
白く細い左の薬指に指輪をはめ込む。
「ふふっ、悪くない小話です」
「人気作家に褒められたなら、上出来だな」
初めて味わったその味は、暖かさは、信頼はーー
二度と忘れる事のない味だった。
そんなアフターのアフター。
「あ、それと八幡くん、婚約したんですからいい加減翠って呼んでください。あ、あと愛も囁いてください」
「………わーったよ、世界一愛してるよ翠」
「ぶー、心がこもってません!」
あとがき
『この本は私の自己満足です。ただ書きたくて、伝えたくて、知って欲しくて。だから、この本を届けたかった。
あなたの知恵を、努力を、苦労を、そして青春を。決して無駄だったとは言わせたくなかったから。
これは感謝と謝罪、そして淡いこの気持ち。
私があなたに出会ってからの全て。
みんなに理解されなくていい。ただ、ほんの一握りでも理解してくれる人がいたならば、きっとあなたは報われると思うから。
ーー青山ブルーマウンテン』
どうも受験期真っ盛りの白乃兎でございます。
おひさしぶりです。
もし八幡が青山と同世代だったら。という一発ネタ。だから短い。
完全別話。本編との関わりなし。
青山さん世代なので他に強力なライバルが存在しないため、特にヒロインレースが勃発する事もなくゴールイン。
なお、平塚先生は安定の独身な模様。
八幡独白(本の導入)→青山との出会いのきっかけ→日常→新作の作品説明→八幡の本への感想→アフター→本のあとがき。
というなんとも面倒な構成。
ちなみにタイトルの『
本編よりも八幡が他人と距離を取っていて、青山さんのことを婚約するまで苗字で呼んでいたりする設定。
浪人したらもう一年待ってね(ぼそっ