ご注文は捻デレですか?   作:白乃兎

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今更ですが現在の時間軸はココアの来る少し前です。
そろそろ登場予定ではあります。


第四羽

 小中高と学校は春休みへと突入し、普段であれば八幡は宿題をとっとと終わらせ、一日中ゲームや、読書三昧という日々を送っているーー、筈だった。

 だが、平塚先生から八幡は春休み中もラビットハウスへ奉仕活動へ行くようにと釘を刺されていた。

 

 そのため、例年ならば遅寝遅起きを繰り返していた八幡も、仕方がなく朝七時に起床。

 妹の比企谷小町に朝食を作ってもらっていた。

 

「ねえねえお兄ちゃん」

 

「どした?」

 

「ラビットハウスってところでアルバイトしてるんだよね?」

 

「ああ」

 

「お嫁さん候補はいる?」

 

 小町も現在中学生。

 色恋沙汰に興味を持ち始めるお年頃。

 例えそれが兄の恋愛事情であったとしても変わりはなかった。

 

「そうだなぁ、俺を養えそうという意味でなら二人いるな」

 

 チノとリゼである。

 チノはおそらくラビットハウスを継ぐであろうし、リゼも仕事の面ではとても有能なので、社会に出ても出世することだろう。

 

「もう、そんなごみぃちゃんな思考はどうでもいいよ。それより、その二人可愛い?」

 

「客観的に見ればそうなるだろうな」

 

「お兄ちゃんの意見を聞いてるの」

 

「………………可愛いんじゃないか?」

 

「なにその間」

 

「ばっか、同僚の女の子を可愛いとかすごい言い辛いんだよ」

 

 八幡とて健全な男子高校生。

 羞恥心というものもそれなりに持っている。

 普段シスコンの八幡が小町に可愛い、などと言っているのとはまた別物なのだ。

 

「小町とどっちが可愛い?」

 

「小町」

 

「うわぁ、そこで即答するあたり気持ち悪いよお兄ちゃん。でも、小町的にポイント高いよ!」

 

「はいはい」

 

 いつものようにポイントとやらを軽く聞き流す八幡。

 だが、こんなでも八幡の現状最愛の人間なのだから多少なりあざとくても問題はない。

 

(ラビットハウスの二人か。…………チノにお兄ちゃんって呼んで貰えないかな?……ハッ!?今俺は何を考えた!?煩悩退散煩悩退散)

 

 八幡は小町とのやり取りによって思考回路が狂ってしまったようだ。

 それもそれも八幡の妹への愛ゆえ。

 

「まあいいや。今度ラビットハウスに行ってもいい?」

 

「え、嫌だけど」

 

「まあ、ダメって言われても行くんだけどね」

 

「じゃあ聞くなよ」

 

「ほら、一応言っておけば、心の準備とかできるでしょ?」

 

「妹相手に心の準備とかいらねぇだろ」

 

「まあね」

 

小町はそう言うと、食卓の席に着く八幡の前にトーストとスクランブルエッグを置く。

これが比企谷家の朝である。

 

「いつもすまんな」

 

八幡はトーストを齧りながらも小町にそれとなく礼を言う。

 

「本当だよ。はやくお嫁さん作って家出て行ってよ」

 

「そこは、『それは言わない約束ですよ』っていうところ………ってかそんなに俺に出て行って欲しいの?お兄ちゃん泣いちゃうよ?」

 

「全く、このままじゃあ、小町がお兄ちゃんを養うことになっちゃうじゃん」

 

「帰ったら家に可愛い妹。…………それなら働ける!いや、やっぱ無理だわ。働きたくない」

 

「何から何までごみぃちゃんだなぁ。それに、帰ったら小町がいるのは今も同じじゃん」

 

「あ、そうだな」

 

ん?じゃあ妹さえいれば他は何もいらない?などと全くおかしな方向へと思考が飛んで行っている八幡を放って小町は内心ほくそ笑んでいた。

 

(ふふふー、小町は今からお兄ちゃんのお嫁さん候補が楽しみで仕方ないよー♪)

 

小町はあざとく、小悪魔的な部分が存在するが、根は兄を想う良い妹である。

 

 

 

 

 

 

八幡はいつも通りにラビットハウスへと赴き、最も客の来店が少ない時間帯の昼間に。

社会人は仕事であるし、学生も春休みというのもあり、大抵はどこか遠出をしていてもおかしくなく、喫茶店には客があまり来ない。

 

「今日も客少ねぇな。大丈夫か?この店」

 

「父のバータイムの方は繁盛しているので、経営の方は安定してます」

 

八幡の疑問にチノが答える。

昼はあまり客はこないラビットハウスだが、夜中は客足が伸びるらしい。

バータイムのラビットハウスを八幡は知らないためなんとも言えないが、チノの言った通りなのだろうと納得する。

 

ラビットハウスの昼も決して人が来ないわけではなく、日によって客が多く来る日もある。

 

八幡はまだバイトを始めて時間もあまり経っていないので、知らないだけだ。

 

「まあ、俺の仕事が減るのはいい事ーー」

 

八幡がそう言いかけた瞬間、カラン、と店の戸が開く音。

 

「仕事、増えたな」

 

リゼはハハッと笑いながら八幡にツッコミを入れた。

だが、八幡はそれどころではなく、今入ってきた客に視線を釘付けにされる。

 

「どうした?八幡」

 

「八幡さん?」

 

「お兄ちゃんが名前で呼ばれてる!?これはもしかしたらもしかするの!?」

 

八幡の妹、小町である。

八幡は朝のやり取りを完全に冗談だと思い聞き流していたが、まさか本当に小町がくるとは思っていなく、呆然としている。

 

「何か問題があるのか?」

 

リゼは小町がなぜそんなに狼狽えているのかがわからないので、首をかしげる。

 

「ラビットハウスの店員は全員俺を八幡って呼ぶんだよ」

 

「な、なんだ。お兄ちゃんに春が到来したのかと」

 

「ほら、さっさと帰れ」

 

八幡は自らの黒歴史をリゼ、チノに知られる前に小町を追い出しにかかる。

 

「あっ、ミルクココアをお願い」

 

だが小町はまだ退店する気はないようで、八幡に注文を言う。

それを聞いた八幡は渋々とカウンターへ戻りチノにミルクココアを作るよう伝える。

 

「八幡さんの妹なんですか?」

 

「ああ、最愛の妹だ」

 

「八幡はシスコンだったのか」

 

「ばっか、ちげぇよ。妹が大好きなだけだから」

 

「それをシスコンって言うんですよ」

 

リゼとチノは八幡に冷静なツッコミを入れる。

 

「では、八幡さん、持って行ってください」

 

小町の注文したミルクココアを作ったチノは八幡にそれを渡す。

 

「え、俺が行くの?」

 

「妹なんだし、問題ないだろ?」

 

「妹だから敬語とか使いづらいんだよ」

 

「まあいい、じゃあ私が行くよ」

 

八幡が拒否するので、仕方なしといった感じでリゼが配膳へ。

 

「お待たせしました。ミルクココアです」

 

「あ、ありがとうございます。………ところで、お名前を聞いてもいいですか?」

 

「天々座理世です」

 

あくまで客に対してなので、敬語は外さないリゼ。

それに対して小町は顔をムッとさせる。

 

「お兄ちゃんの知り合いですし、敬語はいいですよ。小町はその辺気にしませんし」

 

「そ、そうか?ところで、八幡について一つ聞いていいか?」

 

「どうぞ!何なりと!」

 

リゼが八幡に好意を抱いているのかと期待して、小町は顔を明るくしながら答える。

 

「八幡のあの捻くれは何なんだ?」

 

リゼの質問を聞いた瞬間、小町の顔は一気に暗く。

 

「お兄ちゃん、こんな可愛い人の前でも捻くれてるの?小町的にポイント低いよ」

 

「か、かかか、可愛い!?私がか!?」

 

可愛いと普段から言われ慣れていないリゼは知人の妹から可愛いと言われるだけでも、顔を赤くして狼狽える。

 

その姿を見て小町は更に追撃。

 

「ええ、かっこいい感じでありながら可愛さも兼ね備えている!是非、お兄ちゃんのお嫁さんに!」

 

「いや、私はそんな!可愛いなんて!冗談だろ?後、私は専業主夫が夢だ!とか公言する奴と、結婚するのはちょっと…」

 

「……チッ。お兄ちゃんの馬鹿!」

 

「今舌打ちした!?」

 

「え、何で俺罵倒されたの?」

 

小町の舌打ちに驚くリゼとカウンターで何故罵倒されたのかと首をかしげる八幡。

 

「まあ、お兄ちゃんはそんな変な事言ってますが、将来は小町がしっかりと社会へ送り出すので、問題はありませんよ!」

 

「まあ、八幡はなんだかんだ言いながらもしっかり働くしな」

 

「その辺も、お兄ちゃんは捻くれてるんですよねぇ」

 

「そうだな。だが、仕事面なら八幡はしっかりと自分の仕事は熟す。……問題なのは言動とかか?」

 

「それは小町も同意です」

 

「だが、チノ、えっと、カウンターにいるもう一人の女の子は意外に八幡に懐いてるぞ」

 

「………ちなみにあの子は何歳ですか?」

 

「中学一年だけどそれがどうした?」

 

はあ、と小町はため息をついて小声で呟いた。

 

「小町よりも年下かぁ、お兄ちゃん、犯罪者にならないかなぁ」

 

「小町は何歳なんだ?」

 

「中学二年生です」

 

「へぇ、出来ればチノとも仲良くしてやってくれ。チノは引っ込み思案で中々友達を作らないんだ」

 

「それくらいなら問題ないです!小町にお任せっ☆」

 

あざとくリゼに返事をして、ミルクココアを一気に飲み干すと、小町は立ち上がりチノの方へ。

 

「チノちゃん!」

 

「へ?な、なんでしょうか」

 

「小町と友達になって!」

 

お任せ、と堂々と言うものだからリゼは何かすごい作戦でもあるのか、と考えていたが、考えなしの直球勝負だった。

 

「え、あの」

 

いきなりのことに状況を把握しきれていないチノ。

だが、そんなことは御構い無しに小町は攻める。

 

「年も近いし、仲良く出来そうだよっ!」

 

「いや、だから」

 

「チノちゃんの入れてくれたココア美味しかったし!また淹れて欲しいな!」

 

「それは、ラビットハウスにくればいつでもどうぞ」

 

「本当!?やった!出来ればお兄ちゃんにも毎朝お味噌汁をーー、おっと、これはまだ早いかな」

 

危ない危ないと、小町は自らの口を塞ぐ動作。

チノには何を言おうとしたか分からなかったようだが、八幡は違ったらしく、小町にツッコミを入れる。

 

「おい、早いも遅いもなく、普通に聞くことじゃねぇだろ」

 

「いいじゃん、中学一年生の今からお店を手伝ってる子だよ?お兄ちゃんの専業主夫だって小町は叶えさせたくないけど、叶えてくれるかもしれないんだよ!」

 

「いや、なんの話ですか?」

 

「チノは嫁になんてやらんぞ!」

 

ここで、チノの頭の上に乗っているティッピーが口を挟む。

それで小町の興味は八幡の色恋沙汰からティッピーに移る。

 

「その、うさぎ?はなに!?喋ったよね!?」

 

「私の腹話術です」

 

「え、でも」

 

「私、腹話術得意なんです」

 

「あ、うん、凄いね!」

 

流石の小町といえども、立ち入れない領域だったようだ。

 

「チノはちゃんと誠実で真面目な働き者でラビットハウスを継いでくれる好青年でなければーー」

 

「ティッピーうるさいです」

 

誤魔化したいチノの意思に反し、ティッピーは次々に喋るため、ムギュとティッピーを抑えつけるチノ。

その様子を見て更にモフモフさせてー、とテンションを上げる小町。

 

客がいればこんな楽しげな雰囲気にはならなかっただろう。

 

小町のこの異常なハイテンションはチノと仲良くなるための作戦なのかと、八幡は関心する。

 

「「平和だなぁ」」

 

すっかり蚊帳の外な八幡とリゼは窓の外を見てそう呟いた。

 

 

 

 

 


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