今回は前編、次回後編でございます。
時刻は午後十時過ぎ。
八幡はリビングでスマートフォンを片手にコーヒーを淹れていた。
すると唐突にメールの着信を知らせる音がなる。
【差出人:シャロ
件名:無題
本文:たすけて】
「なんだこれ」
「どしたのお兄ちゃん」
小町は八幡の淹れてくれたコーヒーを飲むために二階の自室でしていた受験勉強を一時中断しリビングでクッションを抱いてゴロゴロしながら、唐突によくわからないことを言い出した八幡に問いかける。
「いや、なんかシャロから変なメールが送られてきて」
「ふーん。なんて?」
「助けて、だとよ」
ぴくり、と小町のアホ毛が何かに反応したかのように動いた。
「お兄ちゃん、それは事件だよ!」
上で寝ている両親のことを考えてか控えめに叫ぶ小町。
そんな小町に呆れる八幡。
「この街で事件なんかここ数年起こってないらしいぞ。いたって平和な街だここは」
「わからないよ、シャロさんは美人だから変な人に狙われてるかわかったものじゃないんだよ!」
「いや、じゃあどうしろってんだよ」
「それは当然、お兄ちゃんはシャロさんを助けに行くべきなんだよ!」
今は街の明かりもポツポツと消え始めている夜中の十時。
そんな中不確定情報だけで外出することなど八幡はお断りであった。
「いや、どうせ誤送信とかなんかだろ。あいつの家の隣には千夜だって住んでるんだぞ。そもそも、俺に送られてくる事自体おかしいんだ」
「女の子にはそんなのどうしようもない時だってあるんだよ!きっと一応でも男のお兄ちゃんを頼るしかなかったんだよ!」
なんとも自らの兄である八幡をバカにしたような物言いで八幡に詰め寄る小町。
「お前が俺のことどう思ってるのか追求したいところだがそれは置いといて、……連絡するなら俺よりリゼの方がいいだろ」
「さて、お兄ちゃん、コーヒーを飲んだら小町は勉強に戻るよ」
完全に今の八幡の話に納得してしまった小町は、今の今まで助けに行くべきだ!なんて姿勢を取っていたがコロッと姿勢を変えた。
それによって、男の八幡よりも女のリゼの方がどのような面においても頼られているというリゼの圧倒的人望を八幡は再確認した。
ピンポーン。
すると唐突に来客を知らせるチャイムが鳴る。
「おにーちゃん出てー」
「あいよ」
小町に言われるままに玄関まで行くとサンダルを履き、のぞき穴から誰が来たのかを確認。
八幡は外にある人物が自らの知り合いだったことから、警察沙汰が起こるような心配はないと断じて戸を開ける。
「どうした?シャロ」
夜遅くに比企谷家を訪ねてきた人物は先ほどまで話題にあがっていた人物、シャロであった。
「も、物置でいいから貸してくれないかしら」
パジャマ姿で、足元を見ればサンダルのシャロ。
その格好のままシャロは外を歩いてきたらしい。
とりあえず事情を聞くため八幡はシャロを家にあげる。
「お兄ちゃん、誰だったー、ってシャロさんじゃないですか!どうしたんですかウチをこんな時間に訪ねてきて!」
「お、お邪魔します」
時間も時間なので、申し訳なさそうにおずおずと頭を下げてリビングに入るシャロ。
「とりあえず、コーヒー飲むか?一応カフェインレス」
「ありがとう、頂くわ」
シャロをソファに座るように促し、シャロは小町の隣に腰掛ける。
八幡はコーヒーをコポコポと三つのマグカップに注ぎ始める。
その間、小町が事情を聞き出すという示し合わせたわけではないが役割分担が自然と出来てしまった。
「で、どうしたんですか?シャロさん」
「さ、最近ウチで怪奇現象が起きてて、今日も家に帰ったら部屋に草が少し盛られてたり、ガタガタギシギシ変な音が聞こえたりするし」
少し怯えた様子でシャロは小町と八幡に事情を明かした。
「はぁ、お兄ちゃん」
八幡に向かってゴミを見るような目を向ける小町。
その嫌悪の視線を向けられ少し威圧される八幡。
「なんだよ」
「だめだよ?嫌がらせは」
「は、八幡だったの!?」
「そんなわけないだろ。おい小町、変なこと吹き込むな」
てへっ、と可愛く舌を出してごまかす小町。
これはシャロの怯えを和らげる小町流のジョークだった。
「まぁ、お兄ちゃんのことは置いといて、それで、シャロさんはウチに逃げてきたわけですね?」
「そうなの」
「うい、コーヒーお待たせ」
お盆に入れてコーヒーを運んできた八幡は、小町とシャロの前にコーヒーを置くと、L字ソファの二人の座っていない側に腰掛ける。
「で?なんでうちに来た?千夜が隣に住んでんだろ」
「はぁ、ごみぃちゃん。なんでそれなの?なんでいきなりそんなバカなこと言うの?そんなの困ってる女の子に聞くことじゃないよ?」
「……で?なんでうちに来たんだ?てか、俺お前に家の場所教えたっけ?」
「ああ、それはーー」
八幡のちょっとした疑問に言葉なく答えるようにして、小町の方へと視線を向けるシャロ。
「……テヘッ☆」
「お前か」
いつの間にやら八幡の知らぬところで八幡の家が小町を通じてシャロに教えられていたらしい。
「……最初は千夜に電話したわよ。……でも、多分寝てるわ」
「ああ」
千夜はきっと、シャロが助けを求めているとも知らずに熟睡していることだろう。
そして後日、なんで私を頼ってくれなかったの!?と騒ぎだすに違いない。
「じゃあリゼは?」
「リゼ先輩、意外と子供だから……」
リゼはシャロの家に異変が起きていると知るや否や夜中にも関わらず銃を持って押しかけるに違いない。
どうやら、比企谷家を選んだのは消去法によるものだったらしい。
だが、これ幸いと小町は目をキラリと光らせる。
「じゃあシャロさん!是非共今日はウチに泊まっていってください!」
「は?」
「……でも、押しかけておいて言うのもあれだけど、迷惑じゃあ」
「そんなことあるわけないじゃないですか!是非泊まっていってーー」
そこまで小町が口にしたところで、わざとらしく「あっ」と何かを思い出したような声を出した。
「あーっと、失念していました。ウチは手狭ですから寝る場所がありません!小町ったらうっかり屋さん☆」
八幡は小町が何かを企んでいることを口ぶりからすぐに察したが、こうなってしまった小町を止めることなど八幡には不可能である。
「小町の部屋で一緒にお話をしながらお休みするのも良いのですが、小町はこれでも受験生!そうなると消去法でお兄ちゃんの部屋で寝てもらうことになってしまいます!」
「……私は別に毛布だけ貸してもらえれば廊下でも」
「ダメです!女の子がそんなところで寝るとかありえません!なので、お兄ちゃんは自分の部屋に布団を敷いてそっちで寝て、シャロさんをベットに寝かしてあげてね♡」
「……俺がソファで寝るよ。シャロも嫌だろうしな」
「べ、別にそんなことはないわよ」
「お兄ちゃんはどうせ『ソファで寝たから寝違えて体が痛い。よし、これは学校を休むしかない!』とか言い出すからちゃんと布団で寝てね」
八幡の思考を読み次々と八幡の逃げ場を潰す策士小町。
「いや、そんなことーー言うかもしれないけど」
「はいはい文句言わないの。ほら、お兄ちゃんは布団を持って部屋に行く!……シャロさん!」
「なぁに?小町ちゃん」
「お兄ちゃんに襲われそうになったら叫んでくださいね」
「おい」
八幡の小町を戒めるような視線が強くなってきたところで小町はカップに残っていたコーヒーを一気飲み。
逃げるようにそそくさと小町はリビングを去って行った。
「……はぁ、じゃあ、俺はここで寝てるから。二階の俺の部屋で寝といてくれ」
「……私がなんでここにきたか忘れたの?」
「いや、覚えてるけど」
「八幡は、怖がる女の子を一人で寝かせる駄目男なの?」
そもそもダメ人間である八幡には痛くもかゆくもない言葉だったが、涙目のシャロに頼まれて仕舞えば、渋々とそれを受け入れるしかない。
「わーったよ、ちょっと待ってろ」
布団を取りに行くためシャロに背を向けた八幡の後ろでシャロはホッと安堵の息を漏らしていた。
布団も敷き終わり、あとは消灯して寝るだけ。
シャロは八幡のベッドに先ほど八幡が引っ張り出してきた枕と掛け布団を受け取り、ベッドに腰を下ろしていた。
「八幡、意外と部屋は綺麗にしてるのね」
「俺は余計なものは置かない主義なんでな」
流れる静寂。
二人は自他ともに認める友達同士である。
だが、言ってしまえばその程度の関係である。
八幡にとっての友達とは多少なりとも特別な意味を持つ。
しかし、だからと言って女の子と二人きりで寝室にいるなどと予想だにできない事態である。当然のごとく八幡はひどく動揺している。
しかし、それをシャロに悟られないように必死に隠しているあたり男を見せていると言えなくはない。
「ね、寝るか?」
「えっ、えぇ、そうしましょう」
気まずい空気に耐えかねて発した言葉は裏返り、挙動不審に話しかける八幡。
それに返事をするシャロも緊張した様子である。
パチンと消灯する部屋。
二人は暗闇の中布団へ入る。
互いの呼吸の音がかすかに聞こえる。
ただそれだけのことなのに八幡とシャロはひどく緊張していた。眠気など襲ってくるはずもない。
冴えた目で二人はただ真っ暗な天井を一点に見つめているだけである。
「ねぇ、八幡」
「なんだ?」
「……家の怪奇現象、どうすればいいかしら?」
このまま八幡の家に逃げているだけでは一向に解決しない問題である。
「明日、リゼを呼べよ」
「八幡は来てくれないの?」
「リゼ一人いれば問題ないだろ」
「……本気でそう思ってる?」
「……」
一概にはそう言えない。
リゼは基本的には面倒見がいいのだが、偶に面倒な暴走の仕方をする。
シャロとて、好き好んでいつ爆発するかもわからない爆弾を単体で家にあげるのは危険だと判断したのだろう。
「明日、放課後にお前の家によればいいか?」
「迷惑をかけるわね」
「気にすんな」
八幡の優しさにふふっ、と笑うシャロ。
なんだかんだ言ってシャロが同年代で一番頼りにしているのは八幡なのかもしれない。
「ねぇ、八幡」
「どした?」
「おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
そう言って、二人は眠りについた。
ドサッ。
そんな布団に何か自分とは別の重さが加わる音で八幡は目を覚ました。
一体何事かと、顔だけを音のした方へむける。
すると、八幡の目線の先、いや鼻の先にあったのは、白く綺麗な肌に金色のくせっ毛。女の子らしく長い睫毛。
そんな特徴のある人物が八幡の隣で寝ていた。
「ーーっつ!?」
声にならない声が八幡の口から漏れた。
とっさにシャロから離れようと八幡は寝返りをうとうとする。
キュッ。
「んなっ!」
八幡のパジャマの袖を掴んで離さないシャロのせいで八幡はシャロから離れることができない。
(寝てんのになんでこんな強く掴んでんだよ!)
自分のパジャマの裾を掴んでいるシャロの手を外そうと思考錯誤してみる八幡だが、シャロの握力が意外にも強いため外すことがかなわない。
「……いいでしょ?少しだけだから」
「起きてたのか?」
「えぇ、少しお手洗いに行ってきただけよ」
「で、なんで俺のとこで寝てんだよ」
「ない?夜たまに寂しくなることって」
ーーそんなこと言われたら、強く断れないではないか。……そう言えば、俺もあの時は。
ギュッ。
「……ぇ」
八幡は隣で寝ているシャロの顔を自分の胸元へ押しつけるようにして体ごと引き寄せ抱きしめた。
あの時、八幡があの二人にされたように。
状況としてはきっと似ているのだろう。
シャロは一人暮らしを高校生ながらしている。
隣に千夜が住んでいるとはいえ夜は基本的に孤独である。
人間は孤独を感じると、少し心が冷えて弱くなる。
そんな冷えた心を少しでもシャロの“友達”である八幡は温めてやりたかった。
その孤独がどれだけ辛いかを八幡は身に染みてわかっていたから。
「ぇ、えと、はちぁ、八幡!?」
「……何も言うな」
「……ぅん」
八幡もシャロも自分の体が、心が温まるのがわかる。
シャロは抱きしめられたことなど久しぶりだ。
親は二人とも出稼ぎに行っているし、シャロはココアのように誰かに抱きつくことなどない。
だからこそ、ハグという方法で愛情を表現することに飢えている。
ぎゅぅぅ。
シャロは寝転びながらも八幡の背中に手を回し、自分の体を更に八幡へと寄せる。
「……ありがとね」
シャロは八幡の胸に顔をうずめたまま、そう小さく口にした。
青山さんとモカが頭角を表すまでメインヒロインでは?と噂されていたシャロがメインヒロインの座を奪い返すためにやってきた!
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