時間かかった割に5000字程度と少ないですが、楽しんでいただければ幸いです。
現在、八幡と青山さんは本屋へと赴いていた。
二人の共通の趣味といえば、本関係のものなので、必然的に二人は本屋へと行き着いた。
「そんじゃ、三十分後に出口に集合で」
「え?」
青山さんは流れるように別行動を取ろうとした八幡に一瞬惚けたような顔をしたが、すぐに我に帰る。
「え、何か問題が?」
「いえ、なぜ当たり前のように別行動をとろうとしているんですか?」
「本屋で一緒に行動とか、意味あります?」
「今、執筆が滞っているので、なにか刺激にならないかな、と」
八幡の見て回る本は基本的にライトノベル系の本である。
対して青山さんはそっちの方面の本については疎い。
それ故に、行動を共にしても八幡は青山さんを楽しませることはできないと判断しての別行動のつもりだったのだが、青山さんとしては納得がいかないようだ。
「でも、俺が見るのはライトノベルですよ?青山さんのような純小説家には肌が合わないかと」
「私は確かにそっち方面の作家ではありません。ですが、ライトノベルからでも学ぶものがあるんです」
「まぁ、俺は構いませんが……こう言っちゃあれですけど、世間一般ではドン引きされるようなものがあったりもしますよ?」
本当にいいんですか?と念を押す八幡。
「ええ」
仕方なしと言った様子で、青山さんを引き連れライトノベルの棚へ。
ライトノベルの棚を見つけ、一瞥。
パッと見ただけでもだいぶ際どい表紙が数冊並んでいる。
一部の男子陣からすれば当たり前のような光景ではあるが、青山さんのような人間からすれば、だいぶいかがわしいものである。
「………」
八幡は黙って自らが読んでいる数シリーズの最新刊が出ていないかを確認する。
青山さんは珍しげに、ライトノベルを手に取っている。
その表紙は、所謂裸ワイシャツな少女が描かれている。
「これは……いかがわしいです」
「ライトノベルとは、こう言うものです。翠には馴染みがないでしょう」
「ええ、八幡を含めた一部の人はこのようないかがわしいものを読んでいるのですね」
「いや、いかがわしいもの、と言う表現方法には語弊があります。これは、世の人間を釣るためにこのような表紙にしているだけで、内容はそこまでいかがわしいものにはなってないです」
八幡の言い分は正しいが、一部のラノベには表紙のようにいかがわしいようなものも存在するが、R18には達しないものばかりなので、問題はないはずだ。
「ちなみに、この作品はどの様な内容なのかご存知ですか?」
「俺はそれ読んでないんで詳しくは知らないんすけど、恋愛学園日常流血系SFバトルファンタジー、みたいなコンセプトらしいですよ」
「………すいません、もう少しゆっくり言ってくれませんか?」
「SF異世界転移系日常パンデミック戦記です」
「あら?さっきと違いません?」
「気のせいです」
ラノベに疎い青山さんからすれば、そのラノベのコンセプトはまるで呪文のように聞こえたことだろう。
「………八幡はこのような本がお好きなのですか?」
「そう言うわけではないですよ。最近はそっち方面に走っていますが、多方面に手を伸ばしてるので。でも、まぁ、好きですよ」
別に八幡はライトノベルだけを好んで読んでいるわけではない。
友達などいなかった八幡は、昔の名だたる文豪達の書いた名作は既にほとんど読破したし、読み返しもした。
中学生後半辺りから、中二病の発症に伴いラノベに手を伸ばし、その影響で、現在も読んでいるというだけの話だ。
「……私も、こういうものを書いてみようかと思います」
「翠は今の作風で全然構わないと思うんですが」
「いいえ、今の時代、時代の流れについていけない者はすべからく取り残されてしまいます。なら私も、新たな波に乗ろうと考えているだけです」
「で、本音は?」
「新作のネタが思いつかないので、新しい方面に手を伸ばそうかと」
編集さんも大変である。
実は今日の休日は、本のネタが切れてしまった青山さんの気分転換のために与えられようなものだったりする。
が、いざ担当の小説家が戻ってきたらラノベの知識をこさえて帰ってくるなどと予想できるはずもない。
「……別に、他のジャンルからネタを引っ張ってこようとしなくてもよくないですか?」
「どうしてでしょうか?」
「うさぎになったバリスタのモデルってラビットハウスですよね?」
「はい。そうですよ。私が学生時代の頃のラビットハウスをモデルにしています」
「それなら、今のラビットハウスをモデルにしてみるとか。幸いなことに、今のラビットハウスとその周りは愉快になっています」
天然自称姉、軍人少女にマイペース和菓子屋、カフェインアルバイターに中学生三人組。
そんな愉快な人間が集まるラビットハウスを題材にしようと思えば、いくらでもネタが出てきそうなものである。
「………言われてみるとそうですね。ちょうど近くに、面白い人もいますし」
「……なんで俺の方をじっと見つめてるんですか」
「うふふっ」
八幡の問いに答えない青山さんだが、青山さんの不穏な笑いに意図を理解した八幡。
「いや、俺とかモデルにしたら完全ぼっちのイタイ小説の出来上がりですからやめた方がいいですから」
「さて、題材も決まったことですし、取材のため図書館でお話を聞いても?休日にまで仕事をする作家にファンである八幡が協力しない、とかありませんよね?」
「ぐ、た、確かに俺はあなたのファンですが、俺じゃなくてもあなたの助けになる人物はいるはずでーー」
「八幡をモデルにしようとしてるんですよ?モデルである八幡以上に何かを与えてくれる人なんていませんよ」
「じゃあ、モデルを変えるとかーー」
「嫌です。決めました。私、八幡をモデルに書くこの本でベストセラーを取ります」
「いや、その心がけは立派ですが、いかんせんモデルが悪すぎるから」
なんとか説得をしようと試みる八幡だが、青山さんは頑なに譲らない。
だが、八幡としても、自分がモデルの小説など恥ずかしくて仕方がない。
「それでは、図書館に行きましょう」
「え、あ、ちょっ」
八幡の腕は、青山さんの腕に絡まれ、逃げることがかなわない様子。
ちなみに、その腕を組んだ二人は側からみれば年の差カップルに見えたとか見えなかったとか。
場所は変わって図書館の上階。
この階にはあまり人が来ないので、多少会話をしても問題ないのだ。
八幡としては、映画デート?に来たはずが、いつの間にやら青山さんの仕事の手伝い、ましてや自らがモデルの本の執筆に協力しなければならないと言うなんとも言い難い状況になっていた。
「八幡が人を信じられなくなった理由はキャンプの時に聞きましたし……あれからの心情の変化とかを聞かせてもらえればいいので」
「………真面目に俺を主役のモデルにするんですか?」
「はい」
「……まず条件として、俺の名前は絶対に伏せてください。そもそも俺の名前なんて知ってる人はごく僅かですが、それでもなるべく俺の名前は出さないでください」
妥協した八幡は、条件付きで、青山さんの取材を受けることに決めたようだ。
だがそれでも八幡の顔は渋い顔である。
「それはもちろんです。守秘義務、と言うやつですね」
「次に、名前だけじゃなく、完全に俺だとわかってしまう言動も避けてください。妹大好き!とか、マッカンうめぇ!とか」
「それこそ知っている人はごく一部の人だと思いますが……分かりました」
「とりあえずは、こんな感じです。あとは俺が羞恥心から読まないような作品に仕上げるのもやめてください」
「ふふっ、承りました」
はぁ、とため息をついた八幡。
ここまできてしまったのだから腹をくくるしかない、と自らの黒歴史を脳内からピックアップする。
「では、先ほどの質問。心情の変化ですね」
むず痒そうに、恥ずかしそうに、頰をかきながら八幡はあれからの自らの心の内を明かす。
「モカと翠に自分の過去と心情をぶちまけてから、だいぶ楽になりました。こんな馬鹿みたいな奴の、馬鹿みたいな言葉を最後まで聞いてくれた人って初めてでしたから」
ポツリポツリと話し始めた八幡の顔は赤い。
だが、それでも八幡が話をやめないのは、八幡なりの恩返し。
自分が変わるきっかけをくれた人への最大限の感謝である。
執筆活動への協力、なんて形で恩を返す八幡はやはり捻くれている。
「一度心に余裕ができて、よくよく考えてみました。ココアも、リゼもチノも千夜もシャロも、みんな俺のことを受け入れてくれた。モカなんて、
八幡は傷つけられることを恐れていた。
そのせいで、自分に悪意なく近づいてくる人間ともどこか一線を引いてしまっていた。
それを取り除いてくれたのが青山翠と保登モカである。
「嘘と悪意であふれた現実の中に、本物があるって気づかせてもらえた。なら、その本物を得るに値する人間になるにはって考えた」
「だから、八幡のボッチオーラが薄れて、物腰が少し柔らかくなったんですね」
本物が手に入ってくるのを待つのではなく、手にするために自分から動く。
これまで受動的な八幡が、能動的に動いた。
「本物が欲しくても、自分が手を伸ばさないんじゃ手に入らないでしょう?」
「そうですね。……その本物って言葉の響き、好きです。使わせてもらっても?」
「構いませんよ」
青山さんも、八幡の言葉の一つ一つを真剣に受け止め、いつの間にやら手にしていた万年筆でメモ帳に書き込む。
休日の図書館で仕事をする青山さんと、その手伝いをする八幡。
二人とも進んで仕事をするようなタイプではないだけにひどく珍しい光景である。
だが、そう茶化す人など今はいない。
二人は図書館の閉館時間間際まで話を続けたのだった。
日は傾き、すでに薄暗くなってきている街。
二人は、本日のスタート地点である公園へと戻ってきていた。
「今日はありがとうございました。映画を見るのに誘ったのに寝てしまったり、最後には私の仕事のお手伝いまでしてもらって」
「大丈夫です。なんだかんだ悪くはなかったですし」
楽しかった、とは言わないのが比企谷八幡である。
楽しかった、と言って仕舞えばそれこそ本物のデートのようになってしまう。
羞恥心から、八幡はそう口には出来ない。
「あ、そういえば思ったんですけど、私たち自然に呼び捨てで呼び合えていると思いません?」
「まぁ、そうですね」
「では今度はもう一段階上に行きましょう!」
「と、いうと?」
「敬語はやめてください。ちなみに私は敬語を外して喋ることはできませんから、八幡だけですけどね」
自分は敬語を外せないが、八幡は外せとなんとも強引な青山さん。
「てか、一段階上とか言ってますけど、最終的に何を目指すんすか」
「………ゆくゆくは私のゴーストライターになっていただけたらな、と」
「絶対やりません」
そのうち青山さん本人はゴーストライターに仕事を任せ放浪する未来が目に浮かんだ八幡は速攻でその申し出を断る。
「とまぁ、冗談はさておき」
「絶対冗談じゃなかったですよね?」
「八幡とこうして喋ってると、私は楽しいです」
青山さんからなんとも恥ずかしいセリフが飛んできて、いきなりのことに対応が遅れ顔を赤くして黙り込んでしまう八幡。
「ですから、もっと楽しく会話をするためには、敬語なんて言う見えない壁を取り除けばいいのでは、と思いまして」
「………まぁ、いいか。敬語っていうと敬われるべき人間に使うものだからな」
「……あれ?私、尊敬できませんか?」
「青山ブルーマウンテンは尊敬してますが、青山翠は尊敬してない」
きっぱりと断ずる八幡。
映画では誘った張本人が熟睡。
八幡を本の題材に選ぶという愚行。
数々の黒歴史の発掘及び増産。
これだけのことを一日に起されれば、尊敬の念も薄れると言うものである。
「結果的に敬語は外れましたが、釈然としません」
「だったらもっと尊敬されるような大人にならなきゃな」
「そうですね。私、クールでかっこいい大人の女性を目指してみようと思います」
「無理です」
「即答!?」
楽しそうに笑って話す二人。
敬語があってもなくても変わらない笑顔だが、青山さんはどことなく嬉しそうな表情を浮かべている気がしなくもない。
それは、八幡との距離が縮まったからなのか、純粋に楽しんでいるだけなのか。
本を書くために知った八幡の様々な姿。
きっと、その得た情報と、青山さんが知っている比企谷八幡の今の姿を合わせ本を書き上げた時、何かが変わるのだろう。
今は
だが、文字で青山翠の中の比企谷八幡を書き上げた時、それは新たな姿へと変わる。
そんな予感が、青山さんの中ではあった。
「では、八幡。本当に今日はありがとうございました」
「俺もそれなりに楽しめた」
「今度は八幡が主役の映画を観に行きましょうか」
「昔の自分を映像で見るとかそれなんて罰ゲームだよ」
ははっ、とお互いに笑い合って一息。
(ベストセラー、必ずとります)
(期待してます)
最後に視線で誓いを再度伝える青山さん。
それに、視線で答える八幡。
そして、二人は踵を返した。
一人は本物に手を伸ばすため。
一人は本物に手を伸ばす男の物語を綴るため。
確固たる目標を持って、二人は帰路に着いた。
とりあえず青山さんのターンは一旦終了。
青山回が多い割に関係はじれったく進みませんが、あとはフラグを立ててありますので、お待ちください。
ごちうさ5巻を読んで、リゼの可愛さを再確認したからもしかしたらオリジナルリゼ回をぶち込むかもしれません。
感想評価をお待ちしております。