あれれぇ?おっかしいぞー、って眼をこすっちゃったよ。
みなさんありがとー!
今回はいつもよりちょい長めの5000字です。
時刻は約三時。
学生たちの下校が始まり、ラビットハウスにもちらほら客の姿が見える。
丁度一人新しく客が入ってきた。
八幡はチノに目配せをして、自分が行くという旨を伝えると、コクリとチノは頷いた。
ココアとリゼが遅れていないので必然的に八幡が率先して注文を取りに行かなければならないのだ。
が、八幡は慣れた様子で注文を取りに行く。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「えと、キリマンジャロと、ココア特製トーストを」
「かしこまりました」
客に一礼すると、八幡はチノに注文を伝える。
チノは了解ですと短く返事をするとコーヒーを淹れ始める。
その間に八幡は厨房に下がるとココア特製トーストを焼く。
本来ならばココアかリゼの仕事だが、八幡でもできる事で、その二人がいないのだから八幡が働く。
暫くしてトーストを焼き上げると、チノの元へ。
チノもちょうどコーヒーを淹れ終えた所らしく、カチャリとお盆の上にカップを乗せた。
「俺が行く」
「わかりました。では、お願いします」
八幡は基本的によく働く。
普段は働きたくないだの、専業主夫になりたいだのダメ人間的言動をしているが、いざ仕事を割り振られるとしっかりと仕事をこなす。
「お待たせいたしました。キリマンジャロとココア特製トーストでございます」
「ありがとう」
再び客に会釈をすると八幡はカウンターに戻る。
そこでも八幡は働く。
先ほどまで使用していたコーヒカップを洗い始める。
これはチノも隣に立って二人で洗う。
その二人の姿はラビットハウスの制服を着ていなければそれ相応の関係に見える事だろう。
「お会計お願いします」
先ほどの客が会計のために八幡かチノのどちらかを呼ぶ。
すると今度はチノが八幡に目配せをすると、二人は洗い物をして濡れた手を手早く拭うと、それぞれ仕事にとりかかる。
八幡は食べ終えた食器を下げるためにテーブルへ。
チノは会計をするためにレジへ。
客が会計を済ませ「ごちそうさま」と一言言って退店すると、八幡とチノは声を揃えて、
「「またのご来店をお待ちしています」」
客の入店から退店まで、コンビネーション抜群の八幡とチノだった。
「か、かっけー!」
「かっこいい〜」
その一部始終を見ていたマヤとメグは感嘆の声を漏らす。
チノと遊ぶためにラビットハウスまで来たが、八幡もいたので、八幡とチノの仕事風景を見てみたい!なんて事になったのだ。
「八幡もチノもかっこいいな!」
「アイコンタクトだけで動いてたりしたね〜」
二人の完璧ともいえる仕事ぶりを見ていたマヤとメグはパチパチパチと手を叩く。
「私たちもやりたーい!な、メグ」
「そうだね。私もマヤちゃんと、二人みたいに働きたいな〜」
「「いいでしょ?チノ(ちゃん)」」
じーっと、チノはマヤとメグに乞うような視線を向けられううっ、と後ずさり。
チノの一存で二人をお試しで働かせるかを悩んでいるのだろう。
どうしたらいいかわからず、チノは八幡に視線を送る。
すると、その視線を追うように、今度は八幡に視線を送るマヤとメグ。
「いいんじゃねぇの?ココアとリゼもいないし、年齢もチノと同じだから、客への言葉遣いさえ気をつけてくれれば問題ねぇだろ」
「……そうですね。ではマヤさんメグさんこちらへ。制服に着替えましょう」
「ココアとリゼがいなくても、ラビットハウスは騒がしいな」
率直な感想を八幡はぼそりと呟いた。
「「いらっしゃいませー」」
ココアの制服をメグが、リゼの制服をマヤが着て、二人は接客の方へと回る。
普段は能天気な二人とはいえ、善悪の分別はつく中学生。
同じ中学生のチノができる事を、二人ができない理由はなかった。
「ちゃんと敬語を使ってるし、佇まいは店員のそれかと言われると微妙だが、まぁ及第点じゃないか?」
「そうですね。心配していましたが、なんともないようで良かったです」
普段の騒がしいマヤメグをよく知っているチノからすればとても心配だったようだが、それも杞憂に終わったようだ。
「はちまーん、指名が入ったよー!」
唐突にマヤがそんな事を叫びだした。
?とクエスチョンマークを頭に浮かべる八幡とチノ。
ラビットハウスにそんな制度もサービスも無かったはず、とマヤの方に目をやると、そこには小さく手を振る青山ブルーマウンテンの姿があった。
「………ご指名ですよ。よかったですね八幡さん」
「いや、なんで怒ってんの?」
「怒ってません!」
頬を膨らませるチノに怒っていないなどと言われても説得力の欠片もない。
が、その原因理由を解明よりも、知り合いとはいえ客として来た青山さんの相手を八幡は優先する。
カウンターから出て青山さんの元へと向かう八幡の背に向けてチノはぼそりと呟いた。
「……せっかくココアさんもリゼさんもいなかったのに」
そんなチノの呟きは誰の耳に入る事もなく虚空に消えた。
「お待たせいたしました。ご注文はお決まりでしょうか?」
八幡のできる限りの営業スマイルで、青山さんに対応する。
こんなところで黒歴史を暴露されたくない八幡は全力で青山さんを他人のふりをしているのだ。
だが、マイペースな青山はそんな事を気にした様子もなく話を切り出す。
「映画、いつにします?」
「あなたって人は」
はぁ、とため息をつき諦めたように接客モードをオフにする八幡。
「私、八幡の連絡先を知らない事にあの後気づいたので、ここに来ちゃいました」
「……それは盲点でした」
八幡が事前に青山さんに連絡先を教えていたのならば、わざわざラビットハウスにまでこんな話をしに来なかった訳だ。
「あ、そういえば気が付いたんですけど、私が呼び捨てにする人って八幡一人だけなんですよ」
「……どう答えろと?」
「高校時代からの付き合いの編集さんもちゃん付けですし、静さんにも敬称はつけてます。……ね?」
「いや、だからどう答えろと」
キャンプの日に、ほとんどその場の流れが原因とはいえ、青山さんが八幡を呼び捨てにするようになったが、他の人の敬称は外れないようだ。
「それに初めて敬称をつけなかった人が男性なんですよ?人生って何があると分かりませんねぇ」
「ブルーマウンテンでよろしいですか?かしこまりまし「わー、すいません、本題に移ります」はぁ」
「今度の休日、土曜日の朝十時はどうでしょうか?」
漸く本題に移った青山さんに少し呆れつつも、八幡は答える。
「わかりました。場所は?」
「いつもの公園で」
「了解です」
前置きだけでどれだけ時間をかけたのか、本題の短さでより青山さんのマイペースさが露呈する。
「では、映画の際に、先ほどの話の続きをしましょうね?」
「結構です」
「ふふふっ、あ、ブルーマウンテンでお願いします」
「かしこまりました」
デート?の日程を決めるとそそくさと立ち去る八幡。
これ以上青山さんといると、キャンプに同行していたマヤメグの二人には何か勘付かれそうな気がしたのだ。
「チノ、ブルーマウンテン。配膳はマヤかメグに任せる」
「………楽しそうでしたね」
「どこをどう見たら楽しそうに見えたんだ」
「口では無愛想でしたけど、顔はそうでもありませんでしたよ」
「……自覚はないんだが」
プイッと八幡から視線を外すとコーヒーを淹れ始めるチノ。
何故か怒っているチノに八幡は困った表情をして、チノの友人であるマヤメグに視線を送る。
「チノが拗ねてる!」
「チノちゃん拗ねてるのー?」
「え、なんで?」
「拗ねてません!」
マヤが拗ねてる、なんて適当な事を切り出すものだからメグと八幡もそれに便乗。
心外な事を言われたチノは余計に機嫌を悪くする。
「おい、余計に機嫌悪くなったじゃねぇか」
「……ゴメン」
「マヤちゃーん!」
どうする?と三人が作戦会議。
三人寄ればなんとやら、である。
「あぁ!メグ、あんなところにゾンビがー」
「キャー、こわいよー」
「………」
「これはバリスタの力で倒してもらうしかない!」
「お願いチノちゃん!」
なぜかゾンビ役をやらされる事になった八幡。
これでチノの機嫌が良くなるならばゾンビ役をやるのも吝かではないのだが、八幡としては、こんな寸劇でチノの機嫌がよくなるとは思えなかった。
「メグさん。遊んでないでコーヒーを持って行ってください」
「「ダメだった!?」」
「当たり前だ」
何故こんな寸劇でチノの機嫌がよくなると二人は思ったのか謎である。
「むー、チノ、笑ってくれると思ったのに」
「笑っても嘲笑止まりだよ」
八幡、マヤメグが困り顔をしていると、バタン!とかなりの勢いでラビットハウスの戸が開いた。
「ごめん!補習で遅れちゃったー!……えぇ!?私の制服を着た新人さん!?もしかして私リストラ!?」
ココア、襲来。
あぁ、面倒なのが来た。
そう八幡とチノは内心思っていた。
「チノー、いい加減機嫌直してよー!このさっき拾ったモコモコあげるからー」
どこから拾ってきたのか、いつもはチノの頭に乗っているはずのティッピーがマヤの腕の中にいる。
「リゼちゃんが縮んだ!?……あれ、違う人?」
「リゼ?この制服の持ち主?……あ、銃が入ってる」
制服のポケットから銃を取り出すマヤ。
リゼはなんて物を制服に忍ばせているのか。
「マヤさん、そんな物騒なものと一緒にティッピーを持たないでください!」
「チノちゃん、状況説明してよぉ!」
先程から何の説明もなしに八幡、チノの正規ラビットハウスメンバーからことごとく無視を食らっているココアがついにチノに泣きついた。
「はぁ、二人は、私のクラスメイトのマヤさんとメグさんです」
「マヤでーす」
「メグでーす」
「……後二人増えたら悪と戦えそうだね?」
それはなんてプリティーでキュアキュアした戦士の話なのだろうか。
「ばっかお前、プリキュア舐めんな!中高生なら誰でもなれるわけじゃねぇんだぞ!」
「なんか怒られた!?」
先程までココアをスルーしていた八幡がプリキュア、またはそれに準ずる話題になった途端に話に参加し始めた。
「チノちゃんいいなぁー、こんな優しそうなお姉さんがいて。それに、八幡くんもいるし」
純粋なメグの掛け値なしの賛辞が送られる。
「いえいえ、姉らしい事なんてなにもー。あっ、これ、パンのおすそ分け!」
「更に料理もできるなんて!」
「ココアさんはパンしかまともに作れないんですよ!騙されないでください!」
ココアの出来る姉イメージを払拭しようとチノはメグの眼を覚まさせようとする。
メグは純粋で物事を簡単に信じ込みやすい性格をしている。
人と関わるのがあまり得意ではないチノにはいい友人だなぁと、八幡は兄のような事を一人考えていた。
バタン!
ココアに引き続き、またもや荒々しくラビットハウスの戸を勢いよく開く人が一人。
リゼである。
「すまない!部活の助っ人に駆り出されて!」
「リゼちゃーん。見てみて、私の新しい妹たち!」
「よくわからんが嘘をつくな嘘を」
「リゼ、よく来てくれた!」
八幡が、救世主!といった表情でリゼに呼びかけた。
「八幡に何があった!?」
先ほどからツッコミの出来る人間が不足していたので、八幡一人では手に負えなかったのである。
いつもならば真人間のチノすら、今回はなぜか機嫌が悪く、八幡の味方にはなってくれない様子。
「このモデルガンとコンバットナイフってお姉さんの?」
「ああ、あと、リゼでいいぞ」
「お前はなんてモンを制服に忍ばせてんだ」
一気に賑やかになったラビットハウス。
客からすればなんとも居づらい空気なのだろうが、幸いにも今客としてここにいるのは青山ブルーマウンテン一人。
そんな青山さんは騒がしくするココア、マヤ、メグ、リゼの輪から抜け出しているチノを見逃さなかった。
ちょいちょい、とチノに向かって手をこまねく青山さん。
チノはそれを追加注文だと思い、青山さんの元へ。
「お待たせいたしました」
「ラビットハウスのマスターのお孫さん、ですよね?」
「はい、そうですが」
注文ではない話しぶりに、チノは少し尻込みしてしまう。
八幡と先ほど仲よさそうに話しをしていた人なので、悪い人で話はないのは分かっているが、顔を知っているだけで親しく話すのはチノには難易度が高かった。
「何か、悩んでいらっしゃる様子。深くはお聞きしませんが、とても、“大切な方達”に囲まれているのですね」
チノは、青山さんの言葉を聞くと、まだ賑やかに話をしている彼女らへと眼を向ける。
「はい。私の、友達です」
チノは八幡に対して怒っているわけではない。
確かに、八幡と二人きり、というのはチノが少なからず望んでいる状況ではあるが、それ以上に“みんなといる時間”がチノにとっては大切なもの。
だが、チノを取り巻く環境が八幡、ココアの襲来によって変わった。
その結果、以前はチノを中心に置いていた環境が変わり、八幡、ココアと中心にいる人物が増えた。
それにより、チノが少し孤独を感じてしまっても仕方のない事だった。
「そう友達。でしたら、尻込みする必要はないはずです。見たところ、みんなあなたの事がお好きな様子ですよ」
「………有難うございます」
ペコリと深く礼をするとチノは輪の中へと入っていく。
「有難うございます。翠は、人の相談に乗るのが得意なんですね。……俺の時みたいに」
チノの様子が少しおかしい事に気がついてきた八幡。
だが自分では何かをしてやる事はできない。
だから、八幡は青山さんを頼った。
何か青山さんに直接頼んだわけではない。
ただ、キャンプの時のように、八幡は翠に目で訴えただけ。
翠はその視線に込められた八幡の想いを正確に読み取った。
それだけの話。
「ふふふっ、これでも、人生の先輩ですから。見栄を張っているだけですよ」
「……翠には、頭が上がりません」
八幡は青山さんと話をしながら、賑やかな輪の中で普段は冷静なチノが、年相応に小さいながらも笑みを浮かべているのをじっと見つめていた。
……あぁ、チノの相談相手、最初は八幡のつもりだったのに、青山さんの圧倒的オーラに敗北した。
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