時の神、クロノスよ!今しばらく、我に猶予を与えてはくれぬか!
訳:夏休みが終わりそう。でも宿題終わってない。もっと時間が欲しいぃ!
学校帰り、唐突に、比企谷八幡は甘いものが食べたくなった。
幸いなことに、ラビットハウスでのバイトまでは時間がある。
普段ならば金をそんなことには使わない八幡だが、最近はバイト代で財布の中が豊かな八幡。
偶には何か買うのもいいかなと甘兎庵へと足を向けることにした。
カランと戸を開ける八幡。
そして、その八幡の目に真っ先に飛び込んできたものはーー
「あら、八幡くん、いらっしゃい」
「………」
大胆にも太ももを晒し、背中合わせで銃を構える千夜とリゼの姿だった。
八幡はその光景事態は結構いつも通りだったのだが、一つ違和感を覚え、尋ねる。
「なんでリゼが甘兎庵の制服を?」
「今日からリゼちゃんはうちでもバイトをすることになったの」
「そういうことか。……雪原の赤宝石と抹茶で」
「了解よ♪」
リゼが着物を着ているという疑問が解消された八幡は千夜に注文すると、スマホを取り出し、暇つぶしに勤しむ。
「銃を構えてたのはスルーなのか!?」
今まで黙り込んでいたリゼが唐突に声を荒げる。
「……いつものことだろ?」
「………否定できないのが悔しいな」
リゼが今まで黙っていたのはツッコミ待ちだったからなのだろうかと少し疑問に思った八幡だったが、リゼが現在不満そうな顔をしているところから、自分らしからぬボケのポジションに立っていたことが不服で、それを八幡が目にしてしまったからなんとも言えない状態だったのだなと察する。
八幡からすれば十分リゼも個性的かつボケキャラなのだが、それはリゼの名誉のために伏せておくことにする。
「お待たせしましたー。雪原の赤宝石と抹茶です」
「おう、サンキュ……抹茶が迷彩柄なのは仕様か?」
「千夜!それは止めろと言っただろ!」
「うふふっ、お客さんが八幡くんだったから、つい」
「俺なら別にこんななんとも言えない品を出しても問題ないって事か!?」
「その反応が見たかったのよ!」
グッと親指を立てる千夜に呆れつつも運ばれてきた
「そうだ、お前には言ってなかったな。私、今日から少しの間バイト掛け持ちするから、ラビットハウスのシフトを少し変えてもらったから。よろしく」
「了解。……意外だな。お前はそんなに金が入り用になるような奴じゃないと思ってたんだが」
「父の日のプレゼントを……な」
少し恥ずかしそうにそう口にしたリゼ。
バイトを掛け持ちするほど高価なものを買うつもりかと聞きたかったが、何か事情があるのだろうと黙っておくことにする。
(あれ?さっきから俺リゼの事察しすぎじゃね?以心伝心じゃねぇか!……全然考えを読み取れてないパターンだな)
「偉いわよねぇリゼちゃんは」
「律儀だからなリゼは」
「な、なんだよ二人とも」
二人に褒められ、恥ずかしそうにするリゼ。
そんなリゼの姿を見て、顔を見合わせる八幡と千夜。
ニヤリ。
そんな効果音が着きそうな悪い顔を八幡と千夜は浮かべる。
「全く、リゼちゃんは私たち女の子のあこがれよー」
「男子達からも大人気なんだろうなぁー」
「リゼちゃんだもの当たり前じゃない?」
「そうだな、愚問だったな」
「「リゼ(ちゃん)だもんなぁー」」
八幡と千夜の口撃にみるみる顔を赤くするリゼ。
「お、お前ら私をからかってるな!」
そんなリゼの苦し紛れの抵抗。
「「もちろん」」
即答である。
しかも口裏を合わせたわけでもないのに、寸分の狂いも無くシンクロしてそう言い放った。
「よーし、喧嘩なら買うぞ!」
「赤くなったリゼちゃん、可愛かったわ!」
「この苺に負けず劣らずの赤さだったな」
苺大福の中の苺を指差しながら八幡は更にリゼをからかう。
「今も可愛いくらい赤いわ♪」
「耳まで真っ赤だな」
さらに追撃。
「……顔洗ってくるからっ」
逃げるようにリゼは店の奥へと消えていった。
そして、リゼに声が聞こえなくなったであろうタイミングを見計らって千夜は八幡に一言。
「ナイスよ八幡くん!」
「中々有意義なサービスだったな。これからも甘兎名物にしたらどうだ?」
「それいいわね!」
「よくないからな!」
店の奥からリゼが叫ぶ。
聞こえないと思っていたが存外リゼは聴力が高いようだ。
「ふふっ、八幡くんのノリが前より良くなってて楽しいわ」
「心に余裕ができたんでな」
「私とコンビを組んで芸人を目指さない?」
「目指さない」
「むー、ココアちゃんも入れてトリオなら?」
「ボケが二人とか捌ききれねぇよ」
実際ココアと千夜の二人がボケに回れば八幡はツッコミを追付かせることはできないだろう。
「ならリゼちゃんも入れて四人組!」
「ふむ、それは悩みどころだな」
「悩むな!」
店の奥からまだ少し赤い顔をしながらリゼが出てくる。
甘兎でのバイト初日がこれでは先が思いやられると、リゼはため息をついた。
○
また唐突に、八幡はハーブティーが飲みたくなった。
特に理由もないが、飲みたいものは仕方がない。
ラビットハウスに行く前にフルールにでも寄るかと、足を向ける八幡。
カラン。
フルールに到着し、その戸を開けるとーー、
「いらっしゃいませー」
フルールの制服を着て、シャロも以前やっていたポーズをしているリゼが八幡の目に入った。
「すいません、間違えました」
八幡は即座に回れ右。
フルールの戸を開け、退店準備。
「ちょっ、ま、待て!」
「いや、分かってるから、何も言うな」
それだけ伝えると八幡はフルールから出ようとーー、
「分かってない!絶対わかってない!」
したところでリゼに止められた。
「リゼ先輩はウチでバイトを始めたのよ。父の日のためにね」
「なんだ、そうだったか」
「なんだと思ってたんだ!」
リゼが可愛い服を着たがってフルールでバイトを始めたのかと八幡は思っていたが、勘違いだったようだ。
「あ、アイブライト茶で」
「分かったわ」
シャロに注文すると、八幡はリゼを上から下まで、舐めるようにとまでは言わないが、それなりにしっかりと見る。
「……お前が着ると、その制服、いかがわしさが増すな」
「なんでだ!?シャロにも言われたし、本当なのか?」
「シャロはいいんだ。だが、リゼは……なんかな」
おそらくはシャロとは段違いの胸部装甲が原因だということは薄々わかっているのだが、それを口にすればシャロにもリゼにも殺されかねないので八幡はお茶を濁しておく。
リゼがなぜか唸っているが、八幡は無視。
下手に口出しすればCQCの餌食になりかねない。
触らぬ神に祟りなし作戦である。
「お待たせ」
そんななかシャロが注文の品を運んでくる。
「サンキュー」
ズズッと八幡は運ばれてきたお茶を啜る。
一口飲んで、落ち着いてから、八幡はリゼに問いかける。
「そんなバイトを掛け持ちして、何を買うんだ?」
父の日のために、そこまで高価なものを買うのかと、そう八幡は問う。
「ああ、親父が楽しみにしていたワインを割ってしまってな。せめて罪滅ぼしのためにと思ってな」
つまり、ワインを買おうと言っている。
が、八幡はワインが、かなり高価であることを知っている。
しかし、八幡は今のリゼの努力を根底から崩すようなことを言いたくはなかったし、今のリゼの働きっぷりを見ていると、そんな無慈悲なことは口にはできなかった。
八幡は、一日一日の仕事量が多くなったリゼの為に、ラビットハウスでは、リゼの仕事分まで働こうと心に決める。
「そうか、頑張れよ」
「私は鍛えてるからな!大丈夫だ!」
二の腕に手を当て、任せろ!と言ったポーズのリゼ。
しかし、
「その服装で言われてもカッコ良くはないな」
「う、うるさい!というかなんでお前は私が他の店でバイトしてる時に限ってその店に来るんだー!」
リゼがバイトしている時をピンポイントで当て、来店する八幡には何らかの力が働いているようだった。
父の日も終わり、リゼはバイトを普通にラビットハウスへ絞り、いつも通り働くことに。
リゼの話では、ワインは高価で買えなかったのでワイングラスを父に送ったという。
放課後、八幡はラビットハウスに向かっていた。
今日は別に何かを食べたいなどという気も起きなかったので、バイトの時間までまだ少しあるが、早めに行くことにした。
しかしーー、
カァカァ。
空で、カラスが鳴く声が聞こえる。
「この時間に鳴くのは珍しーー、はっ!?」
八幡が空を見上げると、ひゅー、と勢いよく黒い物体が落ちてくるのが目に入った。
回避行動に移ろうとした八幡だが、間に合うことはなく、八幡の頭に吸い込まれるように落ちる。
ドスッ。
「ぐっ」
中々に質量のあるものが落ちてきたことが感覚でわかったが、その物体そのものは硬くはない様子だった。
一体何が落ちてきたのかと八幡は頭に乗った物体を退かす。
「……お前か」
八幡の頭に落ちてきたのはあんこ。
甘兎庵のマスコット的存在であった。
「届けに行くか」
幸いにも時間はある。
八幡はあんこを頭に乗せ、チノの真似!なんて内心馬鹿なことを考えながらも、甘兎庵に足を運ぶ。
「いらっしゃいませー。あら、八幡くん。……あんこ?どうしてそこに?」
千夜はあんこが空の旅をしていたことに気がついていなかったようで呑気に店で働いていた。
「空から降ってきたんだよ」
不思議なこともあるもんだなとつぶやきながら八幡はあんこを定位置の台座の上に乗せた。
「あら、ごめんなさい。あんこ、よくカラスに攫われるの」
「いや、意味わかんないんだが」
「不思議よねぇ」
カラスに攫われることはわかっているらしいが、なぜ攫われるかはわかっていない様子。
自分のペットが攫われているというのに呑気な飼い主である。
しかし、攫われる当人もたいして気にした様子はない。
飼い主に似たのだろうかと八幡は首を傾げたが、少なからず千夜には似ていないので謎が深まるばかりである。
「さて、俺は帰るーー」
そう口にしかけたところで、八幡は千夜が寂しげ目をしているのに気がついた。
「どうかしたか?」
自分が何かしてしまったか?と考えた八幡だが、心当たりはない。
「顔に出てた?」
「いや、なんとなく、だな」
千夜からすれば表に出していたつもりはなかったのだろうが、お得意のボケ倒しが発動しなかった時点で八幡は違和感を感じていた。
「リゼちゃんが、バイトをやめちゃったの」
「父の日が終わったからな」
八幡は千夜が言わんとしていることを理解した。
つまるところ、千夜は寂しいのだろう。
甘兎は千夜と同年代のアルバイターがいない。
期間限定とはいえ、リゼが甘兎で働いていて嬉しかったが、父の日が終わり、リゼがいなくなってしまったので寂しいと、そういうことなのだろう。
それはシャロにも言えることなのだろうが、シャロはバイトの達人。
社畜のシャロはそんな感情はほとんど捨て去ってしまったに違いない。
しかし、千夜は家の手伝いであり、遊びたい盛り。
シャロのように働かなければならない理由などないが、働いている人間。
偶には寂しさを感じるのも仕方なしといったところだろう。
「………気が変わった。抹茶をくれ」
「え?わ、わかったわ」
客席に座ると、注文を言う八幡。
『すまん、今日はバイトを休む』
チノに手短にそうメールをする。
その間に千夜が抹茶を作り終え、運んできた。
「お待たせしましたー」
千夜は未だ寂しそうな目をしながら抹茶を運んできた。
そんな千夜を見かねて、八幡は一言千夜に告げる。
「この一杯で閉店間際まで粘ってやる」
第三者が聞けば傍迷惑な客としか取れない言葉。
だが、それを聞いた千夜は、ぱあっと、顔を輝かせた。
「ふふっ、ありがとう八幡くん」
ふにゅっ。
「ふわっひゃいっ!?」
裏返った声で、意味のわからない声を発した八幡。
八幡の腕に千夜の豊満な胸を押し付けて抱きつく千夜が悪いのだ。
「な、何してんだよ!」
「ふふっ、ごめんなさい。……千夜月、食べる?奢るわよ?」
「……いただきます」
「すぐ持ってくるわね!」
パタパタと今度は嬉しそうな顔で、嬉しそうな足音を立て、奥へと消えていった。
ピロリン。
八幡のスマホがメールを受信した音を立てる。
『今度は私がお前の分まで働いてやる!byリゼ
私としても八幡さんはたくさん働いていたので、一日くらい目をつぶります』
チノのケータイで、リゼが返信してきたことに少し驚き、チノの優しさに心打たれる八幡。
八幡は抹茶をすすりながら、帰りがおそくなることで、家で夕飯を作って待っている小町に怒られるなぁと気を落としながら言い訳の言葉を考えることにした。
余談ではあるが、千夜とその祖母にもてなされ、色々食べてしまった八幡は家でこってり小町に絞られた。
「……千夜のお婆ちゃん、優しかった」
「お兄ちゃん、ちゃんと反省してんの?」
「すいません」
はい、千夜回でごぜぇました。
一人、また一人と攻略していきますぜ!
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