八幡は翌日もラビットハウスに赴いた。
その際リゼがもう来ないかと思った、などと言っていたが、八幡としては平塚先生に殴られるのが怖いため、とりあえずはラビットハウスで奉仕活動という名のアルバイトをすることにした。
「俺のばっくれたバイトは百八まである!」
「何を自信に満ちた感じで言ってるんだ。仕事しろ」
「分かってるよ。…………客、いなくねぇか?」
時間帯は学校終わりの夕方。
何かと忙しい時間帯ではあるものの、客が一人もいないとなれば仕事も何もないだろう。
「今日はあまりお客さん来ませんね」
チノもうすうす感じていたようで、はあ、とカウンターでため息をつく。
カランカラン。
不意に店の戸が開く音。
「「「いらっしゃいませ」」」
仕事だ!と三人は声を揃えて客を出迎える。
この時ばかりは八幡も仕事以外することもないので真面目に対応。
入店してきたのは二人の中学の制服を着た少女。
片方は黒髪ロングの少女。
もう一人は昨日八幡が助けた少女、シャロだった。
「ふふっ、ここに来るのも久しぶりだわっ」
「子供の時以来ね」
シャロは八幡に気がつく様子はなく、席に着く。
だが、八幡はシャロに気がついたようで、シャロの視界から外れるように立つ。
ぼっちの特徴、バイト先等で顔見知りに会うと気まずくなる、である。
「で?なんで連れてきたの?私がカフェインを苦手にしてるの知ってるのに」
「シャロちゃんは最近バイトのしすぎだから、私が奢ってあげようと思って」
「ほ、本当!?」
シャロは生活面、特に金銭面ではとても苦労しているので、食事代が浮くのは非常に嬉しいことなのだ。
「すいませーん」
黒髪の少女が手を挙げ店員を呼ぶ。
その店員は勿論八幡である。
八幡はヘルプの視線をリゼに送るが、首を横に振られる。
はあ、と八幡は溜息をつくと、渋々と二人の少女のところへ注文を取りに行く。
「ご注文はお決まりになられましたでしょうか?」
ぼっちスキル、他人のふり。
顔見知りに使用するこのスキルは例え顔見知りであろうと、初対面ですよね?オーラをガンガン出すぼっちのスキルの一つ。
そこで、空気の読める少女シャロはそのオーラを敏感に感じ取る。
「あ、え、ええと、私はこのトーストを。千夜は?」
千夜と呼ばれた黒髪の少女は八幡の濁った目を見てもニコニコしながら言った。
「キリマンジャロをお願いするわ」
「かしこまりました」
八幡とシャロ、意外と相性がいい二人なのかもしれない。
八幡は無事注文を取ると、チノとリゼに注文を伝える。
チノはコーヒーを作るため豆を挽き、リゼはトーストを作りに厨房へ。
各々が自らの仕事に入ったところで、察しのいい少女、千夜は小声でシャロに話しかける。
「シャロちゃん、あの男の店員さんと知り合いなの?」
いきなり核心をつく千夜にシャロは驚いた顔をしながらも答える。
「な、なんで分かったのよ!?」
驚いたような声音ながらも声は小さい。
この少女二人は社会へ出ても、上手くやっていけそうである。
「だってあの男の人の目、凄く淀んでて、いつものシャロちゃんなら怖がるでしょう?なのに、さっきは普通だったし……」
「あんたは探偵かなんかなの?……でも、まあ、そうよ。昨日うさぎから助けて貰ったわ」
「それで惚れちゃったと」
「違うわよ!」
千夜の冗談に反応してしまい、いきなり声を大きくしたことで、厨房にいるリゼ以外のチノ、ティッピー、八幡はシャロの方を向く。
「あらあら、これは、もしかすると、もしかするの?」
「違うって言ってるでしょ!?」
今度はしっかりと小声で千夜に突っ込むシャロ。
千夜の方は、突っ込まれてもニコニコとした笑顔は崩さず、シャロをからかっている。
「八幡、トーストができたぞ。コーヒーと一緒に持って行ってくれ」
厨房から戻ってきたリゼが、八幡にトーストを渡す。
チノの入れたキリマンジャロと、トーストをお盆に乗せ、八幡はシャロ達のいるテーブルへと向かう。
「お待たせいたしました、キリマンジャロと、トーストになります」
再び初対面だよね?オーラを全開の八幡。
だが、今回は先ほどのようにはいかなかった。
「店員さん、シャロちゃんと友達なの?」
天然少女、千夜はその八幡のオーラを感じつつもあえて話しかける。
そんな千夜に、なっ!、と驚く八幡とシャロ。
空気を読めない女なのか?と八幡は考えたが、八幡の人間観察スキルがそれは違うと察知する。
(うわぁー、空気を読めないんじゃなくて、敢えて空気を読まないタイプの奴だ)
八幡の考えは当たっていた。
千夜は、言うなれば、小悪魔。
相手を弄ったりすることを楽しむS。
更にコミュニケーション能力もそこそこに高い。
八幡の最も苦手とするタイプだ。
「そ、そうね。昨日、うさぎから助けてもらったわ」
「ああ、それだけだ。じゃあ、俺は仕事にーー」
「ちょっと待って」
八幡が早々に離脱しようと動き出すと、千夜が止める。
「義理堅いシャロちゃんが、助けてもらって、なにもしない、なんてことはありえないでしょう?」
「あんた、やっぱ探偵かなんかなの!?」
「じゃ、俺はこれでーー」
シャロと千夜の漫才のようなやり取りに居づらくなったのか、八幡は再び離脱を考える。
「待って」
「ぐ、な、何でしょうか?」
「あ、敬語は止めて、シャロちゃんの友達なら、私の友達だしね」
いえ、友だちではないです、と八幡は口にしそうになったが、止めておいた。
「名前を教えてくれるかしら?」
「そんなの桐間に聞けばーー」
「あなた本人の口から聞きたいの」
「…………比企谷八幡だ」
渋々といった様子で八幡は自分の名前を告げる。
それにニコッとした笑顔で千夜は答える。
「宇治松千夜よ、千夜って呼んでね?」
宇治松と呼ぼうとした八幡に対し先手を打った千夜。
これまた渋々、千夜と呼ぶ事にする。
考えてみれば八幡はチノもリゼも抵抗なく名前で呼んでいる事に気がついた八幡だったが、気にしないことにした。
「じゃあ私もシャロでいいわよ」
「……………わかった」
「なんか私の時だけ嫌そう!?」
シャロは千夜と違い八幡の苦手なタイプの人間ではないため、抵抗しやすいのかもしれない。
「比企谷君は恥ずかしがり屋さんなのよ」
「違うからな?千夜の言う事を信じるなよ?」
「じゃあ、シャロって呼んでも問題ないわよね?」
「わ、分かったよ」
八幡は尻に敷かれるタイプだなぁと千夜もシャロも同じことを思っていた。
「じゃあ、シャロちゃんも、比企谷くんの事を八幡って呼ぶのよね?」
「え?」
「違うの?」
シャロは普通に比企谷と呼ぶつもりだったので、意外そうな顔をして千夜の顔を見る。
「で、でも、千夜も比企谷くんって呼んでるじゃない!」
「私が八幡くんって呼べばシャロちゃんもそうするのね?じゃあ、私は八幡くんって呼ぶことにするわ!」
完全にシャロの反応を楽しんでいる千夜だが、シャロは奥手な女の子。
千夜に弄られていると気がつくよりも、八幡と呼ぶことの羞恥心の方がシャロの脳内を占める。
「は、は、はははは、はち、はちま」
「いや、落ち着けよ。壊れた機械みたいになってるから」
「うるさいわね!仕方ないでしょ!?私の学校は女子校だから男子と関わる機会なんてなかったのよ!」
「ああ、お嬢様っぽいもんなお前」
「そうねー、勉強もできて、お嬢様なんて、完璧すぎるわー」
千夜が棒読みでそんなことを口にする理由は八幡にはわからなかったが、気にしないことにする。
「ほら、私に続いて、八幡」
「は、は、はち、八幡」
「もう一回」
「は、八幡」
「イジメかよ。勘弁してやったらどうだ?」
「ふふっ、だって面白いんだもの」
ニコニコと、顔を真っ赤にするシャロを見つめて楽しむ千夜。
シャロが八幡と吃らないで呼べるようになったのは数十分後の話であった。