と、言っても今回は……。
ゴールデンウィークも終わり、八幡的にはゴロゴロしたりない感がある。
幸いなことにタカヒロさんは八幡がゴールデンウィーク中も奉仕活動をしていたことを知っていたようで、ゴールデンウィークが開けても数日はバイトに来なくてもいいと連絡をくれたので、厚意に甘え八幡は放課後を怠惰に過ごしていた。
「お兄ちゃん。ちょっと雰囲気変わった?」
八幡ら最愛の妹小町にそんな質問を投げかけられた。
八幡としてはラビットハウスでの仕事も入っておらず、いつも通りにだらだらグダグダとゲームをしていただけなのだが、小町には少し変わったように見えたようだ。
「……?どした、なんかあったのか?」
「それはこっちのセリフだよ!いつも通りごみぃちゃんな部分もあるけど、小町はお兄ちゃんの少しの変化も見逃さないよ!あ、今の小町的にポイント高い♪」
「特に何かを意識してるわけじゃないんだがな」
「うーん、でも、やっぱなんか違うよ。目は腐ってるけど、雰囲気は腐ってないもん」
「なに?俺ってそんな存在から腐ってるような人間だったの?」
十数年小町と過ごしてきて衝撃の事実を伝えられた八幡。
だが、八幡としても大きく何かを変えたということはない。
あえて言うならばモカ、青山さんの包み込むような優しさに触れ、自己評価を改め始めたくらいだ。
だが、その程度で何か変わったなどとは八幡は微塵も思わないし、まだ表に出ていないものであるので、そんな何か変わったなどという期待もしていなかった。
「うーん。気のせいかなぁ?でも、うーん」
うんうんと深く考え込む小町。
そんな悩む小町も可愛いと八幡は内心思っているとスマートフォンが震える。
自分に連絡してくるような人間はアマゾンぐらいではなかったか?と思いながらもスマートフォンに目を落とす。
八幡に連絡したのはチノ。
何やら人手が異様に足りないとの事。
ラビットハウスにそんな客が来るものか?と失礼なことを頭に浮かべた八幡だが、おそらくココア、リゼが暴走もしくは大遅刻でもしているのだろうと原因を予測。
バイト先の店長の娘からとはいえ、出勤しろと言われればしなければならないのが仕事をする人間の辛いところである。
スマホの電源を切ると、財布とスマホを無造作にポケットに突っ込むと、ソファに深く腰掛けていた重い腰を上げ、小町に外出の旨を伝える。
「ちょっとラビットハウスに行ってくるわ」
「ん?おぉ、いってらっしゃいお兄ちゃん!」
未だに八幡の変わった原因等を考えていたのか、はたまた全く無関係なことを考えていたのか、定かではないが思考の海から出た小町は八幡に手を振りながら応答する。
ゴールデンウィークの内容が大分濃かったので、ラビットハウスに行くのも久しぶりな気を覚えながらも、八幡はラビットハウスへと足を運ぶ。
○
カランカランと音を立てラビットハウスの戸を開く。
案の定客はいなかったが、店員もいなかった。
カウンターにティッピーは乗っているがチノはいない。
「申し訳ありません八幡さん。なぜか皆さん来なくて」
チノが奥から申し訳なさそうな顔をしながら出てきた。
「仕事だからな。仕方がない。なんなら今働いてる分将来働かないまである」
「相変わらずですね」
「じゃあ、着替えてくる」
「八幡さん、今日は八幡さんはお休みの予定でしたので、制服の方は洗濯中なんです」
いきなりバイトのシフトが変わればそんなこともあるだろうと八幡は申し訳なさそうな顔をしているチノの頭にポンと手を乗せ問題ないという旨を伝える。
「ど、どうしたんですか?」
だが、それに驚いた様子のチノ。
八幡の考えはチノには伝わらなかったようである。
「別に、そんな申し訳なさそうな顔しなくてもいいってことだよ」
先ほどからなにやらそんな顔をし続けているチノに八幡はそう告げる。
「そんな顔、してましたか?」
「してたね、超してた。そんな申し訳なさそうな顔してるけど、悪いのはチノじゃない、ココアとリゼだろ?」
「まぁ、そうですね」
「なら、チノは遅刻してきた二人を叱ってやるぐらいでいいだろ」
「そうでしょうか?」
「そうだろ」
ふふっとチノは一度優しく微笑む。
八幡もそれと同じく笑う。
「八幡さん、少し変わりましたね。何かあったんですか?」
「それ、小町にも言われたんだが。そんな変わったか?」
「少し変わりました。雰囲気とか、言動が。何かあったんですか?」
何か、と問われ、いいよどむ八幡。
キャンプ中に起こった出来事はごく単純なことなのだが、それをそのまま説明すると、「お姉さん二人の胸の中で泣いたから!」という、わけのわからない誤解を招きまくる説明になる。
「何か、と言われれば黒歴史が一つ増えたくらいだな」
「それだと悪い方にしか変わらないのでは?」
雰囲気が変わったとはいえ、やはり八幡は八幡であることに少し呆れつつも安心した様子でチノは問いかける。
「……ちょっと人間の優しさってのを知ったんだよ」
「優しさ、ですか?」
「俺みたいなエリートぼっちになるといじめとかザラでな。人間不信気味になるぐらいだったんだが、最近、世界が俺に優しい気がするんだ」
死亡フラグが乱立しそうなセリフを吐く八幡だが、チノにはそんなことはわかるはずもなく真剣に八幡の言葉を受け止める。
「……私は今まで八幡さんと一緒にいて、気づいてあげられなかったなんてーー」
チノという少女は慈愛、優しさに溢れた少女だ。
チノは普段の表情の変化が乏しいが、自らと近しい人間に対しては、かなり分かりやすく感情を表す。
八幡はチノと関わってきた時間でそれを理解していたし、八幡がチノにとって近しい存在であるということも薄々わかっていた。
だからこそ、今チノは八幡の過去を、八幡の心境を理解できていなかったことを悔いている。
そんな優しいチノに悲しげな顔をさせたままであることが許せなかった。
ゆえに、八幡はチノに言葉をかける。
「チノも、俺にとっては優しい世界の一部なんだよ」
「え?」
「ラビットハウスにきてから、変わったんだ。きっかけは色々ありすぎてどれかわからない。でも、チノがその一端なんだよ。多分、チノがいなかったら俺は変われなかったと思う」
自分は今何を言っているのだろうか。
後から後悔するのは目に見えているのに、八幡は目の前の少女の優しさに答えなければならないという念に駆られ、口を動かす。
「だから、ありがとな」
ポカンと一瞬何を言われたのかと理解が及ばなかったチノだが、しっかりと八幡の言葉は耳に届いた。
そして、理解するのに数秒。
「ふふっ」
チノの口から自然と笑いがこみ上げてきた。
「やっぱり八幡さん、変わりました。前はそんなことをいう人じゃありませんでしたから」
「だろうな、出来るなら今のことは忘れてほしいくらいだ。また一つ、黒歴史が増えただけだからな」
「仕方がありませんから、私は少しの間八幡さんに優しくしてあげようと思います」
唐突にチノはそんなことを口にした。
八幡からすればチノはもう十分優しいのだが、チノ的には意識しての優しさというよりはチノの人柄ゆえの優しさが大きかった。
それを、はっきりと八幡に対して優しさを向けようと言うのだ。
「どうしたんだよ」
「八幡さんだけ恥ずかしい思いをしているようなので、これでおあいこじゃないですか」
「いや、そうなんだけど。……いや、そうなの?」
なにやらおかしな方向に話が逸れている。
が、チノは嬉しそうな表情で八幡を見ている。
カウンターの上でティッピーがなにやらぶつくさ文句を言っているようだったが、今はチノの耳にそんな言葉は届かなければ、八幡にも届いていない。
完全に二人の空間が出来上がっていた。
「なにか、ありますか?八幡さん」
「ふむ、じゃあ、お兄ちゃんって呼んで?」
裏声で、できるだけココアの雰囲気でそう八幡は言い放った。
ココアはいつも一蹴されて終わりなので、どうなのだろうか、という八幡の好奇心がそんな頼みごとをしてしまった。
望みを叶えることが優しさなのかとも八幡は思ったが、頼みを聞いてくれる分得をしたとそう思うことにした。
「むぅ、どうしてココアさんといい、八幡さんも……わたし、そんな年下オーラ出てますか?」
「なんか、チノに兄として慕われたら、世界最強の兄になれる気がして」
何をわけのわからないことを口走っているのかと八幡は自分に問いかけたが、答えはでず、チノを期待の眼差しで見る、
チノは「全く、しょうがない八幡さんですね」とぼそりとつぶやいてから、上目遣いで八幡を見て口を開く。
「……お兄ちゃん、これからもよろしくお願いします」
「ぐはっ」
想像以上の破壊力に八幡はノックアウト。
その様子を見たチノは慌てる。
「だ、だだ、大丈夫ですか!?はちま、お兄ちゃん」
「ぐふっ」
八幡の要望に答えているだけのチノなのだが、追い打ちをかけていることに気が付いていないチノ。
「も、もう大丈夫だ。あと、お兄ちゃんももういい」
普段から小町からお兄ちゃんと呼ばれているが、チノから言われるのとは違う威力がある。
あざとい小町に、天然なチノ。
八幡的にはあざとさには耐性がついているがチノのようなタイプには耐性がなく、大ダメージを食らってしまったようだ。
「これって、優しくするのとなんか違わないですか?」
今更ながら事実に気がつくチノ。
八幡はギクリと表情を固くする。
「……チノはいつも通りにしてくれるだけで、十分優しいから気を使わなくてもいいんだ」
「あの」
「チノ、チノはいつも通りでいいんだ」
話を逸らしにかかる八幡をジト目で見るチノ。
「さて、仕事でもするか!」
「話を逸らさないでください!」
頬を膨らませて怒るチノを見て和みながらも八幡は仕事に取り掛かる。
こんな職場ならば、働いても構わないかもしれないと、八幡らしからぬことを考えながら仕事をこなす八幡。
そんな八幡がまたもや緩んだ口から言葉が漏れる。
「コーヒーの匂い、か」
「安心する匂いじゃろ」
チノは奥に下がっていないはずなのに、チノの腹話術の声がする。
その声の発生源はティッピー。
と言っても、八幡は薄々感づいていたことなので今更大きく驚くようなことはしない。
「人前で喋って、チノに怒られるぞ?」
「今はおまえさんしかいないからな」
「適当な爺さんだな」
端から見れば目の濁った男と兎に見えない兎が会話しているというシュール極まりない絵面である。
「チノも最近はコーヒー以外の匂いが安心するなどと言っておってな」
「ハーブティーだったり、緑茶だろ?」
「あとは、太陽みたいな匂い。最後にーー」
「お、お爺ちゃん!」
「も、もがっ」
あと一つの匂いを言いかけたところで、チノが慌てた様子でティッピーの口をふさぐ。
「……腹話術で「無理があるだろ」……ですね」
流石に手遅れだとチノは観念した。
「で、ティッピー、最後の一つは?」
「それはおまむぐっ」
「おじいちゃんは口が軽すぎです。八幡さんも聞かないでください」
「了解。仕事に戻るわ」
八幡は匂いについて聞くことを諦め、制服を着ていないため奥での仕事をこなすために引っ込む。
「全く、おじいちゃん」
「なんじゃ、チノよ」
「次喋ろうとしたらもうおじいちゃんとは口を聞きません」
「わかった、絶対に言わん!」
孫娘はやはり可愛いようでティッピーはすぐに口を固く結んだよ!とアピール。
「それにしても、匂いですか。……八幡さんの匂いは、お父さんとはまた違った安心できる匂いです」
チノは誰もいない店内でぼそりと呟いた。
漸くGWを終わらせ日常回へ。
なのにシリアスが微妙に入る。
もっとほっこりが書きたいのニィィィ!
まだ未攻略キャラがたくさんいるので次々攻略していきますよー!
あ、そういえば!お気に入り登録数2,000件突破いたしました。
私の作品をこんなにも多くの人が読んでいると思うとモチベがアゲ⤴︎アゲ⤴︎です!
有難うございます!
これからも白乃兎と『ご注文は捻デレですか?』をよろしくお願いいたします。
感想評価待ってまぁす!