八幡、モカ、マヤは平塚先生からの説教を受け、先ほどようやく解放されたところである。
説教が終わると同時にマヤは川で遊ぶため外へ飛び出し、八幡とモカは微妙に気まずい空気に包まれている。
今ほど八幡はシャロやココアの存在を恋しく感じたことはない。
この二人は基本的に気まずい空気を打破するべく動いてくれる。
シャロは持ち前の処世術で。
ココアは天然ながらも場の空気を和ませる。
そのコミュ力を八幡は分けて欲しかった。
「………」
「………」
互いに沈黙を保つ。
八幡もモカも、目線がぶつかれば離れまたぶつかり離れるの繰り返し。
これが恋人同士ならば初々しいの一言で片がつくのだが、生憎この二人はそんな関係ではない。
さらに今回の件は明確に誰が悪いかと言われても明言できないのがまた厄介である。
八幡が見てしまったのは不可抗力であるし、モカも足を滑らせてしまったのは故意ではない。
誰に一番非があるかと問われれば、マヤが悪いのだろうが、現在マヤはここにはいない。
(……気まずい。でも黙ってここから出て行くのもダメな気がする。てかなんなの?最近こんなの多くない?ついこの前まで何もしなかったくせして最近になってラブコメの神様やる気出しすぎじゃないですかね。降臨するなら妹の神様とかにしろよ、そしたら信仰しちゃうから)
(お、男の人に下着を見られたことなんて初めてで……うわぁぁぁ!!……もっと大人な下着をつけてきたら良かったのかな?いやいや、第一、見られないならそれに越したことはなくて、で、でも見られちゃったわけだから………は、八幡くんのばかぁぁぁぁ、もうわかんないよぉ)
第三者から見ればかなり重い空気なのだが、二人の心情を察することができるのならなんて事のない事件だ。
((誰でもいいから助けてっ!))
この気まずい空気の打破を頼みたい二人。
八幡はともかく、モカは八幡の事が嫌いになったから無言なのではない。
羞恥心はあれど、嫌悪感はない。
むしろ八幡の面倒臭がりながらもしっかりと仕事に取り組む様は好感を持てる。
おそらく、モカには他人を嫌うということはできない。
ならば、下着を見られた際の感情は羞恥心のみが残る。
「………は、八幡くん?」
意を決してモカから八幡へと話しかける。
「ひゃい!」
いきなり話しかけられたことにより声が上ずり奇声を上げる。
その様子を見たモカはクスリと笑うと、八幡に手を伸ばし言った。
「八幡くん!川に入ろう!」
「……は?」
モカの誘いにより、休憩時間だったのが、川に入らなければならなくなった八幡。
普段ならば速攻で断るような提案だったのだが、八幡はモカの下着を見てしまった罪悪感もあり断れなかった。
で、現在八幡はよくあるトランクス型の水着を着て、川ではしゃぐ小・中学生を川岸から眺めているところだった。
モカは未だに着替えているらしく来ない様子。
すると、そんな八幡に美人な女性が一人近づいて行く。
「静さんの説教は終わったんですか?」
「っ!」
青山ブルーマウンテンこと、青山翠その人である。
そして八幡は青山さんに目が釘付けに。
その美しい白く細い肢体。
パーカーを羽織っているが、ファスナーを閉めていないために間から見える豊かな胸。
それらが純白のビキニによって更に引き立てられ男の目を釘付けにするのだろう。
少なくとも八幡はそうだった。
「……青山さん」
「はいなんでしょう?」
「本当に平塚先生の後輩なんすか?」
「………?えっとどういうことでしょう?」
平塚先生といえば、残念系美人。
その後輩の青山さんもそれにどこか準ずる形で残念な部分があると八幡は勝手に思ってしまっていたのだ。
だが、青山さんは性格良し器量好し、自由人ではあるが常識の範囲内。
今の水着姿を見た感じでは着痩せするタイプらしく、何がとは言わないが、かなりある。
「いえ、なんでも」
「はぁ。……そういえばモカさんとは大丈夫ですか?先ほど微妙な空気だったのを見かけたので」
「……大丈夫とは言えない……と思います。保登さんに誘われて川に来ましたが、目的が不明瞭なので」
「純粋に遊びたいだけじゃないんですか?モカさん、意外と子供っぽいところがありましたし」
姉を自称しているモカではあるが、年上、またはモカの勢いに呑まれない者はモカの子供らしい一面を垣間見ることができる。
だが、モカの『姉』というものが、上っ面だけの仮面ではなく、本心で姉として相手と関わっているのが感じられる。
「だといいんですけど」
八幡としてはこのまま川に沈められるのでは!?などと危惧していたりするが、モカの性格上それはないと信じたいところである。
「……それにしても八幡さん」
「なんすか?」
ちらっと青山さんは八幡を上から下まで眺めてから口を開く。
「八幡さん、意外に体が引き締まってますね」
ペタペタと八幡のお腹を触ってくる青山さん。
「ふぁっ、えっ、ちょっ」
八幡の体は基本的に家に引きこもっている人間にしてはだいぶ引き締まっている方だと言える。
割れてはいないが、余計な肉もついていない腹筋。
もう少し努力をするだけで割れることだろう。
上腕二頭筋の方も同様である。
「とりあえず、触るのやめましょうか」
八幡が女子に求める鉄則。
無闇矢鱈にスキンシップを行わない。
意味深な発言は控える。
これをおろそかにしてしまえば勘違いからの告白、そして玉砕までの流れは明確に頭に浮かぶ。
「すいません、つい。……お詫びと言ってはなんですが、私の、触ります?」
「えっ」
いきなり鉄則を破りに行く青山さん。
(触るってどこをですか!?胸とか触っちゃっていいんですか!?)
八幡は悩む。
ここは断るべきではないかと。
だが、女性の素肌に触れるという数少ない機会。
欲望と理性を天秤にかける。
そして、八幡の決断はーー、
「け、結構です」
流石は理性の化け物と称されることはある八幡。
男ならば断りがたい申し出を断った。
「そうですか。でも、私のお腹、意外に贅肉少ないんですよ?」
「……俺にどうしろと」
まあ、そうだろうなと八幡は少し残念そうにしながらもホッとする。
というか、八幡が青山さんのお腹をまさぐる姿もだいぶ犯罪くさいので、触る場所は問題ではないのだろう。
「あら?八幡さん、少々顔が赤いようですが」
「暑いですから」
そんな茶番を青山さんと繰り広げていると、八幡の待ち人が歩いてくる。
「は、八幡くん?」
声をかけられ、八幡は声のした方を向く。
八幡、本日二度目の絶句。
これまた白く美しい肢体をさらけ出し、豊満な胸をビキニにより強調。
モカのイメージにあったピンクとオレンジの水着。
パーカーを手にしているのは恥ずかしさから隠すためだろう。
「どう、かな。似合う?」
「に、似合ってる」
珍しく八幡が正直な感想をストレートに答えた。
モカはそれを聞いて、えへへ、と少し照れた様子。
「え、えっとね、み、水着も、その下着も似たようなものでしょ?だ、だから、わ、忘れてくれると」
「す、すまん。忘れる」
「わ、私こそ素っ気なくなっちゃってごめんね」
「いや、俺が悪かった訳だし」
仲直り?をしてモカはパーカーを羽織る。
図らずも青山さんと同じ格好になったモカ。
二人ともスタイルが圧倒的に良いので、パーカーの上からでも山が盛り上がっているのがよくわかる。
「じゃあ、遊ぼう!」
「いや、じゃあなんでパーカー着たんだよ」
「は、恥ずかしいから?」
「なんでその水着を選んだし」
「お、お母さんがいつの間にか私が用意してたのとすり替えたんだよ!」
だが、今モカが着ている水着が仲直りの一端を担ったので、強く母を非難出来ないのが少し悔しそうだ。
「まあいいや!八幡くん、遊ぼう!」
モカが八幡の手を取り、ズンズンと強引に川の方へ。
だが、そこに待ったがかかる。
「比企谷、モカ、少しいいか?」
「っ!……ど、どうしたの?静ちゃん」
モカは立ち止まった瞬間に少し苦い顔をしたが、すぐに普段通りの笑顔に戻ると平塚先生に話を聞く。
「すまない、今日の昼食用にベーカリー保登で焼きたてのパンを注文していてな、それの受け取りをお願いしたいんだ」
ベーカリー保登、八幡はその単語に聞き覚えがあった。
(確か、ココアの実家がベーカリー保登だったような?)
ぼっちは記憶力がいい。
よくわからない理屈だが、何気なくココアが言っていた一言を八幡は覚えているし、モカには妹がいるらしい。
これはもう確定だろう。
八幡がそんなことを考えている傍でモカと平塚先生は話を進める。
「いいけど、徒歩で?ここからだと結構あるよ」
「すまない、今はキャンプファイアーやら色々準備が立て込んでいてな、車を出せる人がいないんだ。モカと、比企谷に頼みたい。翠、お前も仕事だ」
「せ、せっかく水着に着替えたのに」
「すまない、比企谷、そういうことだ。場所はモカが知っている。頼んだぞ」
「ういっす」
八幡とモカは、水着に着替えたのに、結局川に入ることなく着替えることとなった。
水着から着替えると、ベーカリー保登へと向かうため、八幡とモカは二人で出かける。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
「……」
「しんこー!って言うんだよ!八幡くん!」
ノリの悪い八幡に掛け声を言わせたいモカだが、八幡としては恥ずかしいだけなのでスルーする八幡。
二人はこんなバラバラな感じで、パン屋を目指す。
「そういえば、そのパン屋って片道どれくらいなんだ?」
「片道二十分かな。ベーカリー保登はね!雑誌の取材も来たんだよ!凄いでしょ!」
「えっと、保登っていうと」
「うん!私の家なんだよ!」
どうして八幡の周辺の少女たちは家が飲食店なのだろうか。
八幡の周りにはモカを含め四人が実家が飲食店である。
しかも、今から向かうベーカリー保登はココアの実家だと思われる。
そんな他愛もない談笑を続けながら歩くこと十分。
キャンプ場から離れるにつれて、少しずつ道の傾斜が険しくなってくる。
あまり整備されていないルートを通っているのか木の幹などが、多い。
「本当にこっちなのか?」
「そうだよ。こっちが近道なんだ。何せ昼食まであと一時間だからね。急がなきゃ間に合わないよ!」
「いや、まだ時間はあるし走らなくてもーー」
「キャッ」
少し、駆け足気味に進み始めるモカ。
だが、その所為か、モカは木の幹に足を取られ転んでしまう。
「い、いたたた」
「大丈夫か?」
「うん、だいじょーーうっ」
立ち上がろうとするモカだが、足に痛みが走ったようで崩れてしまう。
モカは痛みが走った方の足をみると、かなり赤く腫れている。
「あちゃー」
「これ、今転んだからこうなったわけじゃないよな」
「えっと、マヤちゃんと八幡くんと、川で転んだ時に少し痛めたらしくて、さっき水着で河原にいた時に気がついたんだけど、大丈夫かなって」
「で、この有様か」
「う、ご、ごめんね」
現在はパン屋とキャンプ場の中間地点。
戻るにも少し遠い距離だろう。
「どうする?」
「えと、家に行けばスクーターがあるから、帰りはそれでいけるんだけど」
後十分程度の距離だが、足を痛めて歩くには少し遠い距離だろう。
「……はぁ、仕方ないか」
すっ、と八幡はモカの前でしゃがみ背を向けた。
モカはそれが何を意味しているのか理解できなかった様子で、首を傾げている。
「えっと、どうしたの?」
「おい、おんぶしてやるっていう俺のさりげない優しさをスルーしようとすんな」
「ええっ!?いいよ、だって、重いし」
「昼の罪滅ぼしだからこれぐらいやらせろ。ほら」
「……あ、ありがと」
「……あっ」
モカが八幡の背中に乗ると、八幡は気がついたかのように声を上げる。
「できればあんまり近づかないでもらえると」
「え?………ご、ごご、ごめん!」
おんぶ状態で体を近づけると、モカのようにスタイルの良い女性はその大きな双丘が当たるわけで。
八幡もモカも、顔を赤くしながら、進む。
先ほどまでの道中とは一転して会話が途絶える。
この状況ならば仕方がないといえばそれまで。
今回はラッキースケベのようなものは発動していないのでただ単に気まずいだけだ。
「えと、八幡君?」
そんな空気の中またもやモカから切り出した。
「私の呼び方のことなんだけどね」
「え?保登じゃダメなのか?言っとくが、お姉ちゃんとは呼ばないぞ」
「ううん、違うの」
モカには一人の妹と弟が二人も存在する。
故に、モカは姉なのだ。
やんちゃな三人の弟妹を相手に生きてきたモカは姉としてのスキルが多彩に存在し、その能力を社会でも生かしている。
それゆえの『お姉ちゃんに任せなさい』。
モカは自分が姉だと、姉であらなければならないのだとそう心のどこかで思ってしまっている。
だから、八幡に要求する呼び名は二文字。
「モカって呼んで?」
姉であらなければならないモカ。
だが、大きな背中を知ってしまったのだ。
姉であるのに、自らを姉ではなくしてしまうような背中に今まさに背負われている。
姉として頼られるのではなく、一人の人間、または女として甘えられる存在に出会ってしまった。
親ではない、肉親ではない、赤の他人である八幡の背中を知ってしまったのだ。
おそらく、恋愛感情ではない、そうモカは思っている。
お姉ちゃんである自分が年下の八幡に、ましてや出会って一日の少年に恋愛感情を抱くなどありえないと。
だが、「モカって呼んで?」と要求したモカの顔は赤かった。
ーーこれはきっと暑さのせいだ。
八幡も、モカの普段とは違う空気を感じ取った様子。
安易に「嫌だ」などとは答えない。
そして、八幡には許されたとはいえ、モカの下着を見てしまったという罪と、モカの事を嫌っていない、むしろ好感を持てるという、モカをモカと呼ぶだけの要素が揃ってしまっている。
だから八幡の答えは。
「分かったよーーモカ」
「ーーっ。うん!よろしい!」
モカは八幡の背中で姉としてではなく、女としての満面の笑顔を浮かべた。
「ここだよ」
八幡の頑張りもあり、おおよそ二十分ほどでベーカリー保登へとたどり着いた二人。
玄関の外でモカを背中から降ろすと、モカは店の戸を開け、八幡を中へ入るように促し一言。
「いらっしゃいませ!ようこそベーカリー保登へ!」
「俺が買うんじゃないけどな」
「あら、モカ、お友達?」
奥からモカに似た一人の女性が出てきた。
モカに似ているのでモカの姉だろうか?と八幡は予想する。
「うす」
ぺこりと頭をさげる八幡。
女性は八幡をジッと見つめた後に口を開く。
「どうもこんにちは。モカの母です」
「はっ!?母!?姉じゃなくて!?」
「お母さんだよ」
「ふふっ、私、まだまだ若く見えるのね」
上機嫌なモカ母。
パタパタと一度店の奥に入ると、大きめの柳籠を二つほど手に持ってきた。
「平塚さんから話は伺ってるわ。はい」
八幡はカゴを受け取ると、お金を渡す。
これであとは帰るだけである。
「それにしても……モカの彼氏さん?」
ニヤニヤとしながらモカ母は言った。
「おっ、お母さん!」
顔を赤くして叫ぶモカ。
だがそれは母のニヤけ顏をより強くするだけだった。
「ふふっ、あら?モカ満更でもないんじゃーー」
「はっ、八幡くん!帰るよ!あとお母さん、スクーター乗ってくから!」
八幡の手を引きさっさと店を出るモカ。
「またいらっしゃいねー」
なんて若々しくおっとりとした母なのだろうか。
下手をすれば平塚先生よりもーー、なんて後で平塚先生に殴られそうなことを考えていると、モカがスクーターを持ってくる。
「パンは後ろのボックスに入れて、八幡くんは私の後ろに乗ろうか」
「えっ、いや、それは」
「さっきはわたしが八幡くんの背中に捕まったからね。今度は逆だよ!」
「モカのその考え方はイマイチわからん」
八幡がモカと名前で呼ぶとモカは笑顔に。
その笑顔に八幡はハートを射抜かれそうになる。
「ほら、じゃあ捕まって!」
八幡はモカの後ろに乗ると、おずおずとお腹に手を回し捕まる。
八幡の鼻をいい匂いとモカの長髪がくすぐった。
「しゅっぱーつ!」
「し、しんこー!」
今度は八幡も掛け声をぎこちないながらも叫ぶのだった。
モカが落ちたかな?
さてさて、未だにキャンプ1日目昼。
先は長いでごわす。
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