ご注文は捻デレですか?   作:白乃兎

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第二羽

「八幡、お前、意外と使えるな」

 

八幡の働きたくないオーラからは考えられないほど八幡は普通に働いていた事にリゼは驚いたようだ。

 

「意外とってなんだ意外とって。俺は超働いてるからな。なんなら働き過ぎで休暇を貰えるまである」

 

「まだ数時間じゃないですか」

 

「そうじゃ、そうじゃ」

 

 リゼの一言に八幡は反論し、チノは呆れた声を出す。

 八幡は初日なのにも関わらず二人ともう打ち解けたようだ。

 

 それはリゼの存在が大きいことに八幡は気が付いていた。

 ぼっちのスキル兼八幡の趣味、人間観察により、リゼの人柄を検証したところ、リゼは男女問わず気軽に話すことのできるタイプ。

 

 それにより、他人と距離を置きがちな八幡とチノの間にクッションとして入り、八幡とチノも気軽に話せる程度までは仲良くなったのだ。

 

「仕事中に何度か働きたくないという声が聞こえてきましたが、実際サボったりはしていませんでしたし、これならここで働いてもらっても大丈夫なレベルです」

 

「ワシからすればまだまだじゃ」

 

「俺の将来の夢は専業主夫だからな。俺を養ってくれる女の人と結婚する!」

 

「その目と性格じゃあ無理だな」

 

「そうですね。目はともかく、性格は直した方がいいと思います」

 

 チノ、リゼの二人に八幡の夢と性格を否定されるが、小中学校と軽いイジメを受けていた八幡はその程度のことは痛くもかゆくもない。

 むしろ、八幡の夢を許容してくれるような女性の方が少ないので、元々八幡は二人にはあまり期待はしていなかった。

 

「そう言えば八幡はどうしてラビットハウスにバイトしに来たんだ?働きたくないんだろ?」

 

「ああ、うちのアラサー教師がここで罰として奉仕活動しろって言うんだよ」

 

「罰ってなにしたんだよ。………まさか覗きとかか?」

 

「ひっ」

 

 リゼの軽い冗談をチノは信じてしまったらしく、八幡から距離をとる。

 

「おい、チノが信じちゃっただろ。やめろよ、覗きなんかしてねぇよ」

 

 図らずとも八幡は少し怒気を含んだ声になってしまった。

 

「そ、そうですか。すいません、疑ってしまって」

 

「あ、いや、別に怒ってはいないから大丈夫だ」

 

 チノは正直に八幡に頭を下げる。

 八幡は謝られ慣れていないので、どう反応していいか分からず、吃ってしまった。

 

「いや、言い出したのは私だしな。気を悪くしたなら謝る。ごめん」

 

 端から見れば目つきの悪い少年が、美少女二人に頭を下げさせているというなんともマズイ状況なのだ。

 

「いや、とりあえず二人とも頭を上げてーー」

 

「美少女二人に頭を下げさせる目つきの悪い少年。………新しい小説がかけそうです。ついでに警察に電話もかけてしまいそうです」

 

 客席に座っている女性の言葉が八幡の耳に入った。

 

「ちょっ、俺が犯罪者になる前に頭をあげてくれっ」

 

「あらー?続けてくれてもよかったんですよ?」

 

「じゃあまずその手に持った携帯電話を置きましょう」

 

 女性客がなんとも呑気なことを言うが、八幡にとっては今後の人生に関わる。

 チノとリゼも後ろで八幡が敬語を使った!などと八幡の手助けをする気はゼロのようだ。

 

「いや、さすがにこの歳で前科持ちは嫌なんで」

 

「しょうがないですね〜」

 

 ふふふ、と笑いながらも女性客は携帯をしまった。

 

「お客さんは小説家なんすか?さっき小説が書けそうって」

 

 八幡は話題を逸らすために、他の話題を提示。

 とにかくチノ、リゼの話題から引き離さないと墓穴を掘る可能性があったので、墓穴を掘る前に話を変える。

 

「はい、青山ブルーマウンテンというペンネームで書いております」

 

「え!?あの、うさぎになったバリスタを書いた!?」

 

 八幡はかなりの読書家なので、様々なジャンルの本に手を出している。

 その中の一冊に青山の書いた『うさぎになったバリスタ』というヒット小説があったのだ。

 

「はい、ご存知でしたか?」

 

「ええ、楽しく読ませていただきました。確か、映画化の話が出てたんじゃないっすか?」

 

「よくご存知で。来年上映予定らしいです」

 

「見に行きます!」

 

「ありがとうございます〜」

 

「八幡さん、注文お願いします」

 

話が一区切りつくと、チノから仕事を任せられる。

八幡は話に熱中していたので、店内に人が増え始めたのに気がつかなかったようだ。

 

「では」

 

ペコリと八幡は青山に礼をすると、自分の仕事に戻った。

 

 

 

こうして、八幡のラビットハウスでの奉仕活動初日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。どうだったかな?ラビットハウスでの仕事は」

 

仕事終わり、更衣室で八幡はタカヒロから今日の感想を尋ねられた。

 

「チノとリゼの二人が仕事を頑張ってて、俺だけサボるのが申し訳なかったんで、頑張ってたら疲れました」

 

「平塚君から聞いた通りだったね」

 

「そういえば、知り合いなんすか?」

 

「平塚くんはこの喫茶店のマスター、俺の親父の代の常連客だったんだ。小説家の青山くんの先輩だったらしいぞ」

 

「そ、そうなんすか!?」

 

ということは、青山ももうすぐアラサー……。

なんてことを八幡は考えてしまったが、すぐに考えるのをやめる。

 

(平塚先生なら、勘とかで俺を殴ってきそうだ)

 

実際、今平塚はくしゃみをしていたりしていなかったりする。

 

「平塚くんからは人格矯正が済むまでとのことだったが………」

 

「それ、マジだったんすか」

 

平塚から伝えられていた人格矯正。

奉仕活動をすれば治る的なことを八幡は聞いていたが、まさか本気でやろうと思っているとは知らなかった。

 

「いや、俺はその必要はないと勝手に思っている。だから君は平塚くんに殴られなくて済むようなタイミングでウチを出て行けばいい」

 

「いきなり解雇宣言っすか」

 

「いや、そういうことじゃない。ウチのチノは人見知りでね。初対面の君と今日あれだけ話せたのは奇跡と言っていい。つまり、チノ達とも仲良くしつつ、ウチで働いて、君が辞めたいと思ったらその時辞めていい」

 

つまりは、辞めるも働くも八幡の自由。

辞めたければ平塚に怒られないタイミングで辞めなさいとそういうことらしい。

 

「俺、そんな勝手にやめられるほど貢献してないですけど」

 

「なに、チノと仲良くしてくれる礼だよ。もちろん、働いてくれればその分給料も渡す」

 

「分かりました」

 

考えときます、とそう言って八幡は更衣室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。ラビットハウスからの帰宅途中、今日のことを八幡は思い返していた。

 

「働きたくないって思ってたけど、案外悪くない職場もあるんだなぁ」

 

八幡は職場とは常に上下関係やらが面倒臭く、少し働いていないそぶりを見せれば即解雇。

働いていたら次々に仕事が舞い込んでくるという鬼のような場所だと考えていた分、ラビットハウスの職場としての評価は高かった。

 

「……はっ、イカンイカン。俺には将来専業主夫になって養ってもらうという夢がーー」

 

「い、いやあぁーー!」

 

八幡が自らの夢を口にしようとした瞬間、少女の悲鳴がすぐそばの路地から聞こえてきた。

 

「よし、こういう時はスルーに限る」

 

喧嘩などろくにしない、いや、する相手もいないので八幡の戦闘能力は皆無。

故に八幡はスルーを決め込もうとする。

 

「こ、来ないでぇ!!」

 

「ぐっ」

 

八幡の心は揺れた。

ここでスルーをしてしまえば人間としてアレな感じになってしまうのではないかと。

ここで声の主を八幡が助けたとしても声の主は八幡に感謝などしてもくれない。

ならば、これはこの時だけの関係。

 

自分ならば土下座も靴舐めも余裕だと言い聞かせ、声の聞こえた路地を覗く。

 

するとそこにはウェーブのかかった金髪で中学校の制服を着た少女が涙目でその前に立ちはだかる目の腐った野良うさぎと対峙していた。

 

「は?」

 

素っ頓狂な声を漏らしてしまった八幡は悪くはない。

どんな不良が待ち受けているのかと思えばただのうさぎ。

拍子抜けである。

 

「か、噛むからぁ、これ以上近づいたら舌噛むからぁ!」

 

うさぎ相手に何を言っているのだろうと八幡は思う。

この少女がうさぎが苦手だとしてもそこまでのものなのか。

 

そんなことよりも、八幡としてはこのうさぎの目が腐っていることからどこか親近感を覚えた。

 

「ほら、虐めてやるな」

 

この一人と一羽を見ていると少女を虐める目の腐った不良、つまりは少女をいじめているうさぎが八幡の姿と被って見えたので八幡はうさぎをどかすことにした。

 

うさぎのお腹を抱えるようにしてつかみ、路地から出て地面に置いてやる。

 

するとうさぎはぴょんぴょんとどこかへ行ってしまった。

 

「なんだ、あれ」

 

「あ、えと、そ、その、助けていただいて、ありがとうござまーーヒィッ!」

 

「おい、露骨にビビるなよ、傷ついちゃうだろ」

 

少女は八幡の目を見て先ほどの目の腐ったうさぎを思い出してしまい悲鳴をあげた。

だが、八幡からすれば普通に八幡の目を見て引かれたと勘違いする。

 

「す、すいません。助けていただいたのに」

 

「慣れてるからいいよ」

 

「え、えと、お礼をーー」

 

「いらねぇよ」

 

「いえ、そんなわけには!」

 

そう言って少女は一枚の名刺大の紙を取り出し、八幡に渡す。

 

「私のバイト先の割引券です。よければ一度来てください」

 

「……フルール・ド・ラパン?いかがわしーー」

 

「ごく普通の喫茶店です!」

 

八幡の言おうとしたことがなんとなくわかったのか少女はツッコミの声を上げる。

 

「とにかく、助けていただきありがとうございました。えと、私の名前は桐間紗路です。フルールで呼んでもらえればサービスしますよ」

 

「いや、別に礼はーー」

 

「そうだ、あなたの名前も教えて頂けませんか!?」

 

最近の中学生は強引だなぁ〜と八幡は思った。

こんなナンパまがいのことをして捕まらないかなぁとも。

 

「はぁ、比企谷八幡だ」

 

「えと、比企谷さん、ですね!では、フルールでお待ちしています!失礼します」

 

そう言ってシャロと名乗った少女は走り去っていった。

 

八幡は貰った割引券に目を落とす。

 

「ハーブティー。………気が向いたら行ってみるか」

 

そう呟くと八幡も再び自宅へと向かうのであった。

 

 


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