次はきっと早く!(フラグ)
無事に定期テストを乗り越えた八幡は今日もラビットハウスで仕事をこなす。
「今日の恋愛運は上々です。年下の水玉を身につけた人に誘惑されるでしょう」
そんなチノの言葉が八幡の耳に入った。
ふと、そちらを見てみるとチノがいつも通りティッピーを頭に乗せお客さんに空になったコーヒーカップの底を見せていた。
「リゼ、あれは?」
「私も気になる!」
疑問に思った八幡とココアがカウンターに立っていたリゼに聞く。
「あれはコーヒー占いだよ。頼まれたらやるんだ、チノのはよく当たるって評判だしな」
「カフェ・ド・マンシーって言うんです。おじいちゃんのカフェ・ド・マンシーは当たりすぎて怖いと評判でした」
接客を終えたチノがカウンターへと戻ってくる。
「喫茶店じゃなくて占い師で食っていけるんじゃねえか?」
「いえ、私はカプチーノでしか当たりませんから」
「十分すごいよ!私なんて靴を飛ばすお天気占いしか出来ないからね!」
「リゼは出来るか?」
何かと器用なリゼなら占いも出来るのではないかと八幡は考えた。
「いや、私はーー」
リゼは手を銃の形にして自らの顳顬へ。
「これぐらいかな」
「物騒だなおい」
「私は運勢とかあんまり気にしないから」
花の女子高生がなんとも夢のない話をしているものである。
だが、八幡的にはそちらの方が、嬉しかったりする。
リゼが、今時のJKをやっていたら即座にここのバイトを諦めるであろう。
「チノちゃん!私も………か、カフェ、えと、ド………マンサー?やりたい!」
「カフェ・ド・マンシーです」
「じゃあコーヒー淹れるから」
リゼも少なからず興味を持ったようで進んでコーヒーを淹れる。
「私が占ってあげるよ!」
「当たる気がしないんだが」
八幡としてはチノにやってもらいたかったのだが、ココアがやりたいと言い出した。
八幡は元々占いにそれほど興味を持っているわけでもないので、コーヒーを飲み干すとマグカップをココアへ渡す。
「むむむ、………チノちゃん、お手本見せて」
ココアのことだから適当にでもいうのかと思いきや、まずは経験者に託す。
「結局私がやるんですか」
「どれ、ワシが見てやろう」
久方ぶりにティッピーが口を開くが、それについて言及するとチノが怖いので誰も触れない。
「ふむ、八幡は、子供と戯れてる姿が見えるな。肉体が子供か、精神年齢が子供かは分からんが」
それを聞くと真っ先に八幡はココアの方を見る。
普段ならばここでココアがその視線に気がつき騒ぎ出すのだが、今回は占いの方が重要らしく、お手本を見たココアはチノ、リゼにマグカップを渡している。
リゼの後、チノもココアの占いを受けていたがココアなので、当たるかどうかは怪しいところだった。
○
その後、バイトはタカヒロの厚意により早々に切り上げることができたので、まだ夕方にも関わらず八幡は帰路についていた。
「帰っても暇だな」
普段ならばまだバイトの時間なのでやることがなくなる。
八幡はフラッと公園の方へ足を向けた。
特に理由があるわけでもなく、完全な気まぐれである。
専業主夫を希望している八幡が進んで外にいる時間を長くするなど、八幡自ら驚くような事態なのだが、足を運びたくなったのだから仕方がないだろう。
公園は相も変わらず静かである。
しばしば視界の端に野良うさぎが映る。
「何でこの街こんなうさぎに溢れてんだよ」
うさぎ、うさき、うさぎ。
この街で見る動物は基本的にうさぎのみである。
犬猫の類は見ない。鳥も、たまに空を飛んでいるのを見かけるぐらい。
圧倒的にうさぎ率が高いのだ。
何ともうさぎが苦手なシャロに優しくない街である。
だが、うさぎが大好きなココアにとっては優しい街だろう。
「なんだこのうさぎー!」
「目がどよーんってしてるねー」
どこか聞き覚えがあるような声が聞こえてきた。
声のした方を見てみると、いつぞやの帽子を木に引っ掛けた中学生が、一匹のうさぎと戯れていた。
さらに、八幡はそのうさぎにも微妙に見覚えがあった。
あの目が腐った親近感の湧くうさぎ。
シャロと初めて会ったときのうさぎだ。
「あー!メグ、あっちにも目が腐ったにいちゃんがいるぞ!……って、ゾンビのにいちゃん!」
「ま、マヤちゃん!失礼だよ!」
中学生二人、マヤ、メグと互いを呼び合っている事から八幡をゾンビ呼びしている方がマヤ、宥めている方がメグといったところだろう。
「前も二人でこの公園にいたな」
「この公園は私たちの縄張りなんだ!というわけで通行料を貰わないとな〜」
チラッチラッとアイスの屋台の方をマヤは見る。
八幡に奢らせようという魂胆らしい。
ほぼ初対面の人に物を買わせようというあたり、恐ろしさを八幡は感じた。
「マヤちゃん、いつからここが私たちの縄張りになったの?」
「馬鹿メグ!アイスを奢ってもらえなくなるじゃんか!」
「いや、何で奢ってもらえると思ってんだよ」
「いやー、ハハッ」
笑ってごまかそうとするマヤ。
中学生ながら逞しいことこの上ない。
「お名前は何ていうんですか?」
メグが八幡に自己紹介を求める。
マヤの様子から八幡と関わることがあると判断し、互いに名前を知らないのは不便だと判断したようだ。
この子もなかなかに聡明である。
「比企谷八幡だ。決してゾンビなんかではない」
「私はマヤだよ!」
「私はメグです!」
ほぼ同時のタイミングで自己紹介をするマヤメグ。
先程から中々に面白いコンビである。
八幡としては苗字の方を教えて欲しかったのだが、この調子では名前で呼べと言われているようなものなので諦める。
「それにしてもゾンビのにいちゃん」
「ねぇ、自己紹介聞いてた?比企谷八幡だって言ったろ」
「そうだよマヤちゃん、比企谷さんに失礼だよっ!」
「わかったよ、じゃあ八幡!」
いきなり名前で呼ぶマヤ。
さらには呼び捨て。
「なんだよ」
「私たちと遊ぼうぜ!」
「それはいい考えだねー」
高校生に物怖じせず遊びに誘う中学生。
ツッコミ役であろうメグもさして気にした様子はない。
八幡としても家に帰っても暇なだけなので、付き合ってもいいかなと考えた。
「で?何すんだ?」
「んー、メグー、なんかある?」
「え!?……えーと、えーと」
「いや、無理に決めなくてもいいんだが」
誘った割には何をするかを考えていなかった様子。
「うさぎさんと遊ぶ!」
「よし!それだ!」
「…………まぁいいか」
再び先ほどの目の腐ったうさぎに駆け寄るマヤメグ。
うさぎは嫌がる様子はなく、二人に触られている。
「八幡も来いよー」
「比企谷さん、触り心地抜群ですよー」
八幡は動物にはあまり好かれないので、あまりふれあい動物的なことはしないのだが、このうさぎなら大人しいので何とかなるかと、手を伸ばす。
八幡が屈み、手がうさぎの頭に触れる瞬間、ダッとうさぎは距離をとった。
「………どんまい」
「すごい速さで逃げたねー」
マヤとメグが八幡の肩に手を置きながら慰める。
「いやいいんだ。動物には好かれないし、むしろ人間にも好かれないまである」
マヤはうさぎと八幡の目を指差してから言った。
「きっと同族嫌悪ってやつだな!」
マヤの言葉に反論できないのが少し悔しい八幡だった。
その後も日が傾き始めるまで、マヤメグ(主にマヤ)に振り回された八幡。
「いやー、楽しかったな!」
「年上の人と遊ぶのは初めてだったしねー」
「………疲れた」
いつの間にやら八幡が真ん中で、その両手には二人の手が握られている。
これは体力が底をつきかけた八幡を強引にマヤとメグが引っ張っているだけで、決して八幡がやましいことを考えていた、何てことはない。
当初、暇つぶしと考えていたのだが予想以上に体力を使った八幡。
もう帰りたい、と八幡は普段通りのオーラを取り戻した。
「最近はチノ、家の仕事で忙しかったし、二人だと遊びの範囲が狭いんだよなー」
「そうだね」
やはりか、と八幡は納得。
初対面の際、チノと同じ制服を着ていたし、今日遊んでいる中、時々チノという単語が聞こえてきた。
「チノっていうと、香風チノの、事か?」
「八幡知ってるのか?」
「世間は狭いんだねー」
「バイト先がラビットハウスなんだよ。チノと遊びたけりゃラビットハウスって喫茶店に来ればいいぞ。幸い、人員は足りてるから、チノ一人抜けても問題はない」
チノは申し訳なさそうにするだろうけどな、と続ける。
「確かに!」
「チノちゃん、真面目だからねー」
さて、と八幡は足を自宅へ向ける。
「じゃあな」
「また遊ぼうな!!」
「今日はありがとうございましたー」
マヤメグに別れの言葉を告げ、漸く家路に着くことができた八幡。
「チノといい、マヤ、メグといい、小学生にしか見えねぇな」
本人たちの前では決して言えない事を、八幡はぽつりと呟いた。
か、感想評価の数に比例して更新速度が早くなるよ!←懲りない奴。