ご注文は捻デレですか?   作:白乃兎

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第一羽

“青春とは嘘であり、悪である。

青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。

自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

何か致命的な失敗をしても、それすら青春の証とし、思い出の1ページに刻むのだ。

例を挙げよう。彼らは万引きや集団暴行という犯罪行為に手を染めてもそれを「若気の至り」と呼ぶ。

試験で赤点を取れば、学校は勉強をするためだけの場所ではないと言いだす。

彼らは青春の二文字の前ならばどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げてみせる。彼らにかかれば嘘も秘密も、罪科も失敗さえも青春のスパイスでしかないのだ。

そして彼らはその悪に、その失敗に特別性を見出す。

自分たちの失敗は遍く青春の一部分であるが、他者の失敗は青春でなくただの失敗にして敗北であると断じるのだ。

仮に失敗することが青春の証であるのなら、友達作りに失敗した人間もまた青春ど真ん中でなければおかしいではないか。しかし、彼らはそれを認めないだろう。

なんのことはない。すべて彼らのご都合主義でしかない。

なら、それは欺瞞だろう。嘘も欺瞞も秘密も詐術も糾弾されるべきものだ。

彼らは悪だ。

ということは、逆説的に青春を謳歌していない者のほうが正しく真の正義である。

結論を言おう。

リア充爆発しろ。"

 

 

 

「なあ比企谷。私が授業で出した宿題はなんだったかな?」

 

国語教師の平塚静は額に青筋を浮かべながら、この作文を書き上げた目の腐った少年、比企谷八幡に問う。

 

「…はぁ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文でしたが」

 

「そうだな。それで何故君は犯行声明を書き上げているんだ?君はテロリストなのか?それともバカなのか?」

 

「む、俺の国語の成績はそこそこよかった筈ですが」

 

「私はそういうことを言ってるんじゃない」

 

はあ、と平塚先生は呆れを含んだため息をつく。

 

「君は目はあれだな、腐った魚の目のようだな」

 

「そんなにDHA豊富そうに見えますか。賢そうっすね」

 

ひくっと、平塚先生の口元がつり上がる。

口の減らない問題児を相手にしていると、イライラも募るばかりと言うものだ。

 

「比企谷、この舐めた作文はなんだ?一応言い訳を聞いて………いや、止めておこう。長くなりそうだ」

 

平塚先生、英断である。

口答えの激しい、もしくは屁理屈のうまい八幡相手に言い訳など言わせれば、拳が火を吹かぬ限り止まりはしないだろう。

 

「お、俺はちゃんと高校生活を振り返ってますよ。だいたいこんなもんじゃないっすかね?」

 

「はあ、もういい。私はな、怒っているわけじゃないんだ。……確か君は部活動に入っていなかったな」

 

唐突に平塚先生の口からはそんな質問が出された。

八幡は、その後を図りかねながらも、一応返事をしておく。

 

「はい」

 

「一応聞くが、友達は?」

 

「作文にも書いたじゃないっすか。いませんよ」

 

平塚先生は、少し考えたような顔をしながら、タバコを咥え、煙を吐き出して言った。

 

「君は変わらなければ社会的に問題になりそうだからな、奉仕活動を命じよう」

 

「え、何をいきなり…」

 

八幡の声を遮るように平塚先生は続けて言った。

 

「私の知り合いにな。喫茶店を経営している奴がいるんだ。そこで奉仕活動、わかりやすく言えばアルバイトをしてきたまえ」

 

「えっ、俺の信条は働いたら負ーー」

 

「大丈夫だ。既に話はつけてある」

 

そんな八幡最後の抵抗も虚しく、平塚先生に地図を持たされ八幡は職員室を追い出された。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで八幡は木組みの家と石畳の街に構えているラビットハウスという喫茶店で奉仕活動をすることになった。

 

「ここか。……働きたくねぇなぁ」

 

そんな文句をぶつくさ言いながらも、ラビットハウスと書かれた看板の下がっている店へと入る。

 

ラビットハウスと名のついた店なのだから中にはバニーガールでもいるのではないかと考えていた八幡だったが、そんな男の期待も虚しく消え、ポツリと哀愁に満ちた言葉が八幡の口から溢れる。

 

「うさぎ(バニーガール)はいないんだな」

 

「うちはそういう店じゃないので」

 

八幡の呟きに答えてくれたのは見た目中学生程度の少女、香風智乃、長く綺麗な白い髪の可愛い少女だった。

だが、チノ以上に八幡の目を引いたのは、チノの頭の上に乗っている、白い毛むくじゃらな生き物だった。

 

「……え、えと。ここで奉仕活動?をしに来た比企谷八幡ですけど」

 

「あなたが比企谷さんでしたか。話は父から聞いています。私の名前は香風智乃です。チノと呼んでください。頭の上のうさぎはティッピーです。……えと、とりあえず更衣室に案内します」

 

八幡の見るところ、現在店内にはチノ一人。

この年齢帯の少女が店を支えるには幾ばくか経験と責任感が足りないのでは、と八幡は感じるが、新人かつたかだか奉仕に来た八幡が口答するのは差し出がましく、心中に留めておく。

 

「申し訳ないんですが、男性用制服がバータイム用のものしかないので、これを使って下さい」

 

更衣室へ案内され、八幡は着替えを渡される。

いかにもダンディーな人が着れば似合いそうな服。

しかしながら、八幡には似合わないことは自覚していた。

 

「では」

 

そう言ってチノは退室する。

 

「仕方ないか」

 

八幡は渋々と渡された制服に着替えたのだった。

 

 

 

制服に着替えた八幡は店の説明をチノから受けると、既に仕事に取り掛かっていた。

 

八幡の仕事は主に接客とレジ。

チノの手が空いていなければコーヒーを淹れる。

 

コーヒーを淹れるといっても、まだ初心者な八幡には荷が重いので、随時教えを請う事になった。

 

調理担当はまた別の人がやっているとの事。

まだ、その人のシフトでは無いらしい。

 

「すごいですね。比企谷さん。飲み込みが早いです」

 

店内には二人しかいないこともあり、空気を読んだのかチノの方から八幡に話しかけ、そこから話が展開。

パーソナルスペースへ深く踏み込まない二人故に、二人はすでにある程度は話せるようになっていた。

 

「中学生で既に働いてる香風の方がすごいだろ 」

 

「チノと呼んでください。父もいるので混乱するでしょうし」

 

「ワシもおるしな」

 

不意にダンディーな声が店内に響く。

だが、現在店内には客はおらず、店員も八幡とチノだけ。

その声の音源ーー、

 

「このうさぎか?」

 

チノの頭に乗っているうさぎ、ティッピーが音源だと八幡は目星をつける。

 

「今のはティッピーがーー」

 

「腹話術です」

 

「いや、さすがに無理があるだろ」

 

「私、腹話術得意なんです」

 

「いや、だからーー」

 

「腹話術です」

 

チノが一歩も譲らないので、八幡は腹話術でティッピーが喋ったということにしておいた。

チノが、ほっもは安心したのも束の間。

ガラン、と音がなり一人の少女が入店する。

 

「「いらっしゃいませ」」

 

八幡とチノは同時に挨拶。

だが、その少女は客ではなかったようだ。

 

「すまない。部活の助っ人に駆り出されてて遅れた!……ん?チノ、誰だ?この目の淀んだ男は。…まさかゾンビか!?」

 

そう言って少女は八幡に向けて懐から取り出した銃を向ける。

心なしか、少女の方は緩んでいる。

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

いきなり美少女に銃を向けられれば一般人でも動揺する。

で、あれば、ぼっちである八幡が動揺しないはずもなく、変な声が八幡から漏れる。

 

「リゼさん。その人は新しく入ったバイトさんです」

 

「そうなのか?」

 

「ひ、比企谷八幡です」

 

「なんだ、ゾンビじゃないのか」

 

「なんで残念そうなんですかリゼさん」

 

明らかに落胆した様子を見せるリゼと呼ばれた少女。

 

「私は天々座理世。苗字だと噛むからリゼでいいよ。私も勝手に八幡って呼ぶし」

 

いきなり美少女に呼び捨てにされ、八幡は物凄く動揺する。

それはもう、腐った目が揺れるくらいに。

 

「じゃあ、私着替えてくるから」

 

そう言ってリゼは更衣室の方へ向かった。

八幡が訝しげな表情をしているのをチノは察したのか、リゼの唐突な行動へのフォローをするべく、弁明を始める。

 

「リゼさんは父親が軍人なので軍人と同じような行動をとってしまうんです」

 

誤解を招く言い回しは避け、簡潔に。

チノは話者としては申し分ないが、話を広げる資質には疎いようだ。

 

「そ、そうか。女の子がミリオタか」

 

「…?ミリオタ?」

 

「ああ、チノは知らなくていいんだ」

 

純粋なチノにはそういう用語はあまり教えない様に八幡は気をつけることにした。

なぜなら頭の上のティッピーがすごい形相で八幡を睨んでくるからである。

 

八幡としても純粋なチノの心を汚してしまうのは気が引けた。

 

そんなやり取りをしていると、リゼがラビットハウスの制服に着替え戻ってきた。

 

「チノ、八幡はどうなんだ?使えるか?」

 

「そう言うの、本人の前で話すのやめてくんない?使えないとか目の前で言われた日には枕がびしょびしょになっちゃうから」

 

「接客は先程やっていましたが問題なさそうですし、レジも問題なさそうです」

 

「メニューは覚えたか?」

 

「無茶を言うな、俺の頭はそこまで要領が良く無いんだ」

 

八幡がそう答えるとチノからメニューが手渡される。

覚えろ、との事らしく八幡はメニューを開く。

 

ブルーマウンテン、キリマンジャロ、コロンビア、オリジナルブレンド…………。

 

「マッカンがねぇ!?」

 

「どうした!?敵襲か!?」

 

八幡が突然大声を出すと、リゼはそれに反応し、モデルガンを取り出す。

接客業が帯銃していていいのかと八幡の心に浮かぶが、今はそれどころでは無い。

 

「MAXコーヒーがメニューにないじゃねぇか!」

 

「なんだ?そのMAXコーヒーっていうのは?」

 

「ただのコーヒーじゃない。コーヒーに練乳を、いや、練乳にコーヒーを入れたかのような飲み物だ」

 

「想像しただけで舌が塩辛いものを欲しているんだが…」

 

「八幡さん、そのMAXコーヒーという物はうちでは取り扱っていないんです」

 

「よし、じゃあ俺が作ろう。……と、言っても時間は掛かりそうだけどな」

 

「八幡さんが納得いくものが出来たらメニューに加えましょうか?」

 

「「チノ!?」」

 

リゼとティッピーから驚きの声が上がる。

 

「おう、俺のマッカンへの愛を見せてやる」

 

こんな感じで八幡の奉仕活動一日目は過ぎていくのだった。

 

 

 

 


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