境界を越えて   作:鉢巻

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そして彼女は自覚する

朝六時三十分、窓から差し込む太陽の光で目が覚める。

もう一度布団の中に潜り込みたい気持ちを押し殺してベッドから起き上がると、おぼつかない足取りで洗面所へと向かう。

冷水で顔を洗い眠気を吹き飛ばしたところで、今度は彼がいる厨房へと足を向ける。

厨房へ近づくにつれ、食欲をそそる芳ばしい香りが漂ってくる。そして程なくして、到着。

 

「オハヨ~、クロサン」

 

「ああ、おはようレ級。朝ご飯、できてるぞ」

 

テーブルの上に朝食が並べられる。ベーコンと目玉焼きのトースト、付け合わせのサラダ、それにコーヒー。シンプルだが、むしろそれがいいとレ級は感じていた。

 

「イタダキマス!」

 

「おう、召し上がれ」

 

横須賀鎮守府の提督との一件の後、あれからレ級は、黒島と寝食を共にしている。他の深海棲艦達の所在は様々で、以前のように深海の軍艦の中で生活している者や、海軍の用意した施設で過ごしている者も。そしてそのほとんどは戦いから身を引き、それぞれが思い思いの日々を送っている。

 

「オハヨウ、ゴザイマス」

 

入口の扉が開き、港湾棲姫が入ってきた。

 

「おはようございます、港湾さん」

 

「オハヨ~。アレ防空チャンハ?」

 

港湾棲姫と防空棲姫の二人は、レ級と共に『Pace』の正式な店員として働いており、今ではすっかりここの看板娘となっていた。

 

「防空ハ、チョット、用ガアッテ、遅レテ、クル」

 

「そうですか、分かりました」

 

港湾棲姫も席に着き、三人でコーヒーを啜る。しばらくそうしていると、店の扉が開いた。防空棲姫が来たのかと三人は顔を向けるが、そこに立っていたのは別の人物だった。

「失礼スルワ」と入ってきたのは、黒いゴシックドレスを纏った少女、離島棲姫だ。

 

「おはようございます。どうしたんですか?こんな朝早くから」

 

「エエ。実ハ、アナタニ少シ頼ミタイ事ガアッテネ。取リ敢エズ、私モコーヒー、頂ケルカシラ」

 

離島棲姫の頼み事とは一体…?首を傾げながらも、黒島は新たにコーヒーを淹れ始めた。

 

 

 

 

「フゥ、オイシイワ。悪イワネ、急ニ押シカケチャッテ」

 

「構いませんよ。それで、頼みたい事っていうのは?」

 

離島棲姫。見た目こそ幼い少女その物だが、その実は事務仕事から力仕事まで何でもこなすエキスパート。終戦後、深海棲艦と人類の交流がスムーズに進んだのも、離島棲姫の働きが大きい。

そんな彼女が、自分に相談?一体何だろうか、と黒島は彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「エエ。私ガ頼ミタイ事ッテイウノハ他デモナイ………戦艦棲姫ノ事ヨ」

 

ピン、と店の中の空気が張り詰める。食事中だったレ級も、開店の準備をしていた港湾棲姫も、その手を止めていた。

そして全員の脳裏に、あの日の出来事が浮かんでくる

 

―――――――――――――――――――

 

政府が終戦を宣言してから五日後、深海、人類合同で行われた記者会見の場でその事件は起こった。

 

『和平協定にまで至った経緯は何ですか⁉』『本当に我々人類を攻撃する気はもうないのですか』『あなた達はどこから生まれてきたのですか⁉』『そもそも我々を攻撃した理由は?』『人類との今後についてどうお考えですか⁉』

 

様々な質問が雨霰と降りかかる。その中心にいるのは深海棲艦を統べる長、戦艦棲姫である。

何の前触れも無く突然訪れた終戦。その全貌を知る為にと、集まった記者達は絶え間なく疑問を投げつけていた。

 

「協定ニ至ッタ経緯ハ先程説明シタ通リヨ。事前ニ海軍カラ申シ入レガアリ、我々ハソレニ応エタ。コレ以上戦イヲ続ケテモ、互イニ損害ガ増エルダケ。ソンナ事ハ、モウ誰モ望ンデイナイ」

 

『ではなぜ、八年前のあの日、あなた方は人類への攻撃を行ったのですか』

 

「…ソノ質問ニハ答エラレナイワ。イエ、答エタクテモ、ソノ答エヲ、我々ハ持ッテイナイ。タダ、失ッタノハアナタ達ダケデハナイ。ソレハココニイル雨宮元帥ニモ、理解シテモラッテイルワ」

 

『ではもう一つ質問です。貴女はかつての戦いで、多くの海兵達を海に沈めてきたと聞きます。彼らについては、どういう気持ちを持っていますか』

 

分かってはいた物の、記者達の質問はどれも容赦ない物ばかりである。だがそれも当然だ。人類が持つ知識欲。特に彼らのような人種はその欲望が人一倍強い。彼らを満たすには、その欲望全てに、応えるしかないのだ。

 

「はっきり言ったらどうだ、記者諸君」

 

戦艦棲姫が口を開こうとしたその時、これまで沈黙を保っていた雨宮が唐突に言葉を挟んだ。

 

「『成り行きだの考えだのそんな事はぬかそうと、私達はお前達の事を信用する事ができない。さしあたって、私達がお前達の事を信用できるように明確な証拠を見せろ』。まあ、気持ちは分からんでもない。だが、それをこいつの口から吐き出させた所で、それは真に信用に値する物だろうか」

 

雨宮の言葉に、その場にいる全員が緊張の色を顔に浮かべる。

 

「こいつがこの場で、苦し紛れの戯言を吐かないとも限らんだろうが」

 

会場がざわつく。協定を結んだ第一人者がこのような発言をするなど、一体誰が想定できただろうか。

 

「という訳でだ。お前達に私からプレゼントを送ってやろう。青葉、準備しろ」

 

「了解です!」と元気のいい声と共に、セーラー服を着た少女が天井に取り付けられていたプロジェクターを起動させる。

 

「アナタ、一体何ヲ…!」

 

声を荒げる戦艦棲姫を横目に、雨宮は言葉を続ける。

 

「これから流すのは、つい先日鎮守府内で撮られた映像だ。ここにお前達の知りたい物が映っている。こいつの――――――本性だ」

 

天井からスクリーンが下りてきて映像が映し出される。そこにはまだ歳幼い少女が二人映っていた。服装からするに暁型の駆逐艦だろう。その二人がいるのは建物のすぐ裏手にある雑木林。どうも何かを探しているようである。

 

『あ、見つけたのです!』

 

アップヘアーの少女がそう言うと、林の中から子猫が現れた。

 

『よしよし、偉いわ!ちゃんといい子にして待ってたのね』

 

どうやら探していたのは子猫の事だったようだ。どこからか迷いこんでしまったのだろう。

 

『今日のご飯はちょっと奮発して…じゃーん!ツナ缶よ!雷が間宮さんにお願いして貰ってきたんだから!』

 

『い、電もお手伝いしたのです!』

 

ツナ缶を差し出すと、子猫は嬉しそうにそれかぶり付く。

 

『よ~しよし♪……あら?あなた、ちょっと大きくなったかしら?』

 

『? そうなのです?電は、そんな気はしないのですが…』

 

子猫と戯れる二人の少女。誰がどう見ても、ただただ微笑ましい光景だ。

だが、カウントダウンは確実に近づいていた。

 

『ソコデ何ヲシテイルノ』

 

映像の中に新たな人物が現れる。長い黒髪に、額に生えた二本の角。そう、戦艦棲姫である。

 

『ベ、別に何もしていないわ!ただ、ちょっと……そう、散歩していただけよ!』

 

ピンクの髪留めを付けた少女は子犬を隠すように戦艦棲姫と向かい合う。その陰で、アップヘアーの少女が必死に子猫を茂みの中に隠そうとしていた。

 

『散歩…?ヨクソンナ無駄ナ事ニ時間ヲ省ケルワネ。仮ニモ軍人ナラ、装備ノ手入レノ一ツデモシテキタラドウナノ』

 

『何よ!私達の時間なんだから、私達の自由にしてもいいじゃない!』

 

『聞キ分ケガ悪イワネ、サッサト行ケト言ッテイルノヨ。駆逐艦風情ノアナタノ意見ナンテキイテイナイワ』

 

会場の中でぼそぼそと呟く者が現れ始める。この状況だ。余りいいことを呟いているようには思えない。

 

『この、言わせておけば…!』

 

『も、もういいのです!戦艦棲姫さん、ごめんなさいなのです。私達、もう行きますので…』

 

そうして、アップヘアーの少女は髪留めを付けた少女の手を引っ張り、画面の外へ消えていった。

ざわめきがだんだんと大きくなる。その中で、戦艦棲姫は額に嫌な汗をかきながら、ただひたすらにある事を祈っていた。

―――どうかこの映像が、ここで終わってくれと。

 

画面の中の戦艦棲姫が、足を動かし始める。向かったのは先程アップヘアーの少女が子猫を隠していた茂みだ。

茂みをかき分けると―――いた。茂みの陰に座り込んでいる子猫の姿が。

そして、戦艦棲姫はその白い手を伸ばし―――

 

 

『――――――ヨ~シヨシ可愛イデチュネ~♡イイ子ニシテマチタカ~?モチロンシテマチタヨネ~♡』

 

 

会場が、静寂に包まれた。

 

『今日ハネ~何トホラ!シシャモヲ持ッテキマチタヨ~。ホラ~嬉シイデチュカ?嬉シイデチュカ?』

 

子猫は「ミャーゴ」と声を出して喜びを露にすると、戦艦棲姫に飛び付く。画面の中の戦艦棲姫は満更でもなさそうに、普段の様子からは想像もつかないだらしない笑顔を浮かべている。

 

『ア、デモサッキアノ子達カラゴ飯貰ッテタワネ。ドウシヨウカナ…………マ、イッカ。可愛イカラアゲチャウ♪』

 

ししゃもを夢中にかじる子猫の頭を撫でながら、戦艦棲姫はふと何かを呟き始める。

 

『私、サッキハアンナ事言ッチャッタケド、別ニアノ子達ノ事ガ嫌イナワケジャナイノヨ?本当ハモット仲良クシタインダケド、私ニモ立場トカ色々アルカラツイアンナ口調ニナッチャウノヨ。ダカラ、私ガ素直ニナレルノハ離島トアナタノ前ダケナノデス。分カッテクレマチュカ~?』

 

子猫は戦艦棲姫の呟きに応えるよう『ミャー』と一鳴き。それが嬉しかったのか、戦艦棲姫は子猫を抱き上げ、『アリガトウ~』と頬ずりをし始めた。

 

『デモホント、他ノ深海棲艦ノ子達ガ羨マシイワ~。皆私ヲホッタラカシニシテ、地上デノ生活ヲ満喫シテルノヨ?特ニレ級ナンテ。………私ダッテ…クロサントイッs「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」

 

衣を裂くような声と共に、スクリーンが取り付けられていた天井から引き剥がされる。だが、スクリーンが無くなったところでプロジェクターは起動しているので、当然映像は続いている。プロジェクターがあるのは天井、これでは手が届かない。ならばと、今度はプロジェクターを起動させて張本人――青葉の元へと向かい、彼女の手元にあったパソコンを叩き割った。

 

「――――――ナ、何ノツモリヨアンタ‼‼」

 

その実行犯は、すぐさま雨宮に詰め寄った。だがそこにいつものような凄まじい剣幕はない。化けの皮を剥がされ、焦りと恥ずかしさで真っ赤にした戦艦棲姫の姿が、そこにあった。

 

「ちなみに、この映像は某動画サイトにて同時配信している。他にも数件、似たような映像や画像を海軍のホームページで掲載中だ。記事を書くのに是非参考にしてくれ」

 

「無視シテンジャナイワヨ!ア、アンタ、コンナ事シテタダデ済ムト思ッテルジャナイワヨネ⁉モウイイワ、コンナ協定ナシ!明日カラマタ人類滅ボスワ!イイワネ⁉」

 

「ところでお前が以前行ったという喫茶店、『Pace』、だったか。行ってみたが最悪だったぞ」

 

「ンナワケナイデショ!オ店モ店主モ最高ダッテノ!寝ボケテンジャナイワヨ‼――――――ハッ!」

 

我に返って恐る恐る会場を見渡す。記者も会場の役員も、全員の視線が自分に注がれていた。

 

『……………可愛い』

 

ふと、誰かが呟いた。

 

『おい、見たか?』『ああ、まさかこんな本性があったとは』『可愛い、可愛いぞ!』『すぐに会社に戻って記事を上げなくては』『明日の一面はこれで決まりだな!』

 

それは波紋のように広がり、そして最後に、一つの答えを導き出した。

 

『戦艦棲姫、可愛い‼』

 

「ヤメテェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ――――――――‼‼‼‼」

 

―――――――――――――――――――

 

「あれは、何というか……お気の毒でしたね………」

 

「マ、私トシテハイイ機会ダッタト思ウケドネ。イツカハバレルト思ッテタシ。デモ…問題ハソノ後ヨ」

 

「と、言うのは?」

 

「アイツ…アレカラ部屋ニ籠ッタッ切リ出テコナイノヨ!モウ一ヶ月以上モ経ツッテ言ウノニ‼」

 

とどのつまり、離島棲姫の頼み事とは部屋に籠り切りになっている戦艦棲姫を連れ出してほしいという物だった。

聞く話によれば、大衆の前で素顔を晒された戦艦棲姫は深海の基地に戻ろうと自棄を起こしたらしい。それは深海棲艦及び艦娘総出で何とか引き留めたのだが、ならばと戦艦棲姫は鎮守府内に用意された宿泊施設の一室に飛び込み、それっきり扉を閉ざしてしまっているようなのである。

声をかけても返ってくるのは泣き言ばかり。ちゃんとした食事をとっているかどうかさえ怪しい状態だそうだ。

 

「別ニソンナ恥ズカシガル事ジャナイト思ウンダケドナー。私ダッテ猫好キダシ」

 

「いや、そういう単純な問題じゃなくてだな…」

 

「デモ、サスガニ、アレハ、カワイソウ。引キ籠ルノモ、無理モ、ナイ」

 

「ダトシテモモウ限界ヨ。アイツガイナイセイデ、ソノ分ノシワ寄セガ全部私ノ所ニキテルノヨ!移住手続キノ申請トカ、税金ソノ他費用ノ集計、マスコミノ対応…ッテアアモウ!

考エルダケデ頭ガ痛クナル!ト、イウワケデクロサン、アノ根性無シヲ引キ摺リ出スノ、是ガ非デモ手伝ッテ貰ウカラネ!」

 

まるで恫喝するかのように迫る離島棲姫。よく見れば目元にはクマが浮かんでいる。彼女の日頃の苦労が目に浮かぶ。

当然、黒島はこの要求を受け入れる。離島棲姫を助ける為にも、そして戦艦棲姫自身を助ける為にも、ここは一人の男として、一肌脱ぐしかあるまい。

 

「それで、俺は何をすればいいでしょうか」

 

「ソウネ。取リ敢エズ何カ適当ナ物作ッテ、アイツニ会イニ行ッテアゲテ。多分ソレデ解決スルカラ」

 

「………え、それだけでですか?」

 

「ソウ。タダシ、アナタ一人デネ」

 

「それはまたどうして?」

 

「細カイ事ハ考エナクテモ大丈夫。時間ハアナタノ都合ノイイ時デ構ワナイカラ。――ハイ、コレアイツノ部屋ノ番号ネ。雨宮ニハ、私カラ話ヲ通シテオクワ。ソレジャ、頼ンダワネ」

 

それだけ言うと、離島棲姫は机の上に代金を置いて足早に去って行った。

 

「……大丈夫、かな?」

 

色々と合点がいかない事もあるが、それでもやるしかない。黒島は、静かに帯を締めなおした。

 

 

 

 

鎮守府内に設置された宿泊施設。その一角に、一日中灯りのつかない部屋があった。

空き部屋という訳ではない。ただそこの住人が、意図的に灯りをつけていないだけだ。

 

……………今日も何もせずに一日が終わってしまった。

 

その部屋の住人は、毛布にくるまりながら溜息を漏らしていた。

この調子だときっと明日も、自分は同じように意味のない一日を送るのだろう。いや、むしろそれでいい。何者にも干渉されないこの時間が、ただひたすらに心地いい。

 

………お腹すいた。

 

キュ~、と腹の虫が音を奏でる。

まだこの時間ではほとんどの者が起きている。もうしばらくしたら、酒保から何か取ってこよう。毎回代金は置いて行っているから問題ないはずだ。そう思いながら瞳を閉じる。

しかし程なくして、再び目を開く。

 

誰かがここに向かってきている?

 

足音が部屋の前で止まる。

きっとまた彼女だろうか。申し訳ないが、ここはいつも通り眠ったふりをさせてもらおう。少しでも彼女の声が耳に届かないように、毛布の中に頭を埋めようとする。その時だった。

 

『―――黒島です。戦艦棲姫さん、いらっしゃいますか?』

 

「…………………エ⁉」

 

聞こえてきた声に耳を疑った。くるまっていた毛布を払い除け、入口の方へ目を向ける。

 

『戦艦棲姫さ~ん、いらっしゃいますか~?』

 

間違いない、彼の声だ。

これはまずい、と戦艦棲姫は頭を唸らせる。一か月前に晒されたあの醜態、当然彼もアレを見ていただろう。そんな手前、一体どんな顔をして彼に会えばいいのだろうか。

 

『あれ?留守なのかな。…仕方ない、今日のところは出直すか』

 

―――まずい、彼が行ってしまう。

そう思った時には、すでに体が動いていた。

 

 

 

 

「じゃあ、ちょっと失礼しますね」

 

なぜ呼び止めてしまったのだろうか。

抱えたクッションに頭を埋めながら、戦艦棲姫は心の中で呟く。

おそらく彼は、あのゴスロリ秘書の差し金だろう。自分をこの部屋から引きずり出す為の。ならば、先程そうしようと思ったように、居留守を使うなりなんなりすればよかった。

だがそう分かってはいながらも、体が勝手に動いていたのだ。自分が自分で分からない、というのはこういう事なのだろう。

 

「ところで戦艦棲姫さん」

 

黒島が声をかけてきた。例の会見の事でも言われるのだろうか。何を聞かれてもいいよう、一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

『…何カシラ』

 

『いやw何今更かっこつた風に言ってんですか、深海の長(笑)さんww全然様になってないですし、そのキャラもうただ面白いだけですよww』

 

(トカ言ワレタラドウシヨー⁉)

 

返事をする。ただそれだけの事なのに、その後の事を考えるとどうしても思い留まってしまう。

やはり呼び止めなければよかった。そんな後悔の念に浸っていると――

 

「―――戦艦棲姫さん」

 

(ファ⁉)

 

いつの間にか彼が目の前に立っていた。そして、

 

「ちょっと、失礼しますね」

 

距離にしてほんの数十センチ。自分の視界のど真ん中に、彼の顔が現れた。

 

(⁉⁉‼⁇⁉‼‼⁇?) 

 

突然の出来事に思考が回る、周る、廻る。体温が、心拍数が共に跳ね上がる。覗き込瞳から目を逸らす事もできない程、戦艦棲姫はあっという間に混乱状態に陥った。

一体自分は何をされるのだろうか?そう考えた直後、黒島が口を開いた。

 

「やっぱり戦艦棲姫さん、ちゃんとご飯食べてませんね?」

 

「…………ファイ?」

 

「顔色悪いですし、頬も痩せこけてます。さっき部屋から出てきた時もフラフラでしたし、このままだと、下手したら栄養失調で倒れちゃうかもしれませんよ?」

 

「ソ、ソンナ事、何デアナタニ言ワレナキャナラナイノヨ…」

 

完全に想定外の言葉にどう返していいか分からず、思わず冷たい言葉を口走ってしまう。

いや、むしろこれで愛想をつかして帰ってくれた方がいいだろう。どう思われているか、そんな疑心暗鬼に包まれるよりは―――

 

 

「何でって、心配だからに決まってるでしょ」

 

 

――――――――――――――ア、

 

「待ってて下さい。すぐにおいしい物作りますから」

 

そう優しく微笑むと、黒島は台所へと向かって行く。その姿を、戦艦棲姫はただ見つめていた。

そして数十分後、

 

「お待たせしました……戦艦棲姫さん?」

 

声を掛けられ、ようやく意識が覚醒する。目の前にはお盆を手にした黒島が立っていた。

 

「―――エ、…ア………」

 

「やっぱり調子悪いんじゃないですか?無理はしないで、これ食べたらゆっくり寝て下さいね」

 

そう言われて、黒島から琥珀色の液体の入った器を差し出される。

 

「コレハ…?」

 

色は以前黒島の店で飲んだ紅茶によく似ている。だがあの時の物とは香りも違うし、器の大きさも全く違う。それに加えて液体の中には何かゴロゴロとした物がいくつも沈んでいる。これは一体…?

 

「栄養満点スタミナスープです。コンソメのスープをベースに、具材は人参タマネギ白菜鶏肉にウインナー、隠し味にショウガとコショウを少々。熱いですから、火傷しないよう少し冷ましながら食べて下さい」

 

器を受け取ると、じんわりとスープの温かさが掌に伝わってきた。器の端を口元に宛てがい、湯気の立ち登るスープをゆっくりと流し込む。

 

(温カイ…)

 

こんなに温かい物を食べるのはいつぶりだろうか。酒保からとってきた物はどれも冷えた物ばかりだった。体だけでなく、心までも温かみで包み込まれる感覚に思わず涙が零れそうになる。

 

「…確かに、あの日の事は、簡単に割り切れる者じゃないと思います」

 

顔を上げるとそこには、初めて見た時と変わらない、優しい笑みを浮かべる彼の姿があった。

 

「でも、あれをむしろいいきっかけと捉えて、本当の自分をさらけ出して行けばいいんですよ。そうしたらいつの日か、あの日の事がいい思い出だったと思える日が、きっと来ますから」

 

 

 

 

翌日、一ヶ月間に渡る沈黙を破り、戦艦棲姫はようやく前線に復帰を果たした。

それには艦娘、深海棲艦を問わず、多くの者(特に離島棲姫)が喜びを露にした。

結局の所、あの会見で起きた事を見て、世間から見た戦艦棲姫の印象に対してマイナスになった事は何一つなかったのだ。むしろ、あの会見のおかげで深海棲艦のこれまでのイメージを覆され、彼女達が自分達と近しい存在だと人々が認識したのも確かである。この結果を見て、今回の出来事の元凶である雨宮は、計画通りだと鼻で笑うのだろう。

 

鐘の音が鳴る扉を開け、その先にいる彼の姿を見据える。

 

「――いらっしゃいませ。今日は何に致しましょうか」

 

彼の笑顔を見るだけで、心の中が温かい感情で満たされた。

 

戦艦棲姫は自覚する。この心地いい胸の高鳴り、この感情こそが『恋』なのだと。

 




閲覧ありがとうございます!

ど う し て こ う な っ た
例の如く後悔はしていません。しかし、ここまでラブコメ要素を入れるつもりはなかった!
それはそれとして、今後の投稿についてですが、ちょくちょく季節ネタを挟んでいこうと思います。その分時系列が滅茶苦茶になりそうですが、サブタイトルを活用してその辺は区別がつくようにしていくつもりです。
来月には艦これの夏イベが開催予定、大規模作戦との事ですがはたして私は生き残れるか…それではまた次回!

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