巨大な輸送船の周囲で、数機のモビルスーツが飛び回る。
全長2kmに及ぶ巨体に、リング状の重力ブロックの先に突き出た艦首部と、熱核反応炉の燃料である「ヘリウム3」の貯蔵タンクが縦に連なる、風変わりな輸送船。
グリプス戦役以降、幾度とこの船の同型艦がシリーズに登場するが、その発展型とされる「サウザンスジュピター級」の世界からの
その客人たる機体の色は、鮮烈なる茜色。
『今だ!挟撃をかけるぞ!』
『お、おう!』
次々に堕とされていく仲間達を、ジュピトリスの影に隠れて見ていた二機のハンブラビが、エイを髣髴とさせるモビルアーマー形態に変形して茜色の機体に飛び掛かった。突き出た頭頂部と肩部にある飛行用モノアイが、レールを滑走して小刻みに動く。
二機は背部ビームガンを撃ち込みつつ、両腕のヒートクローを前へ掲げてその刃をぎらつかせた。
「……チッ」
茜色の機体――クロスボーンガンダム・クローザーは、背面に広がる骨十字型飛行スラスターを噴射して弾幕を回避し、右手に握っているビームザンバーから粒子加速刃を発生させる。
『いただく!』
ハンブラビの持つ機動性を活かし、人周りも小柄な機体の背後を取る。
だが、
「甘ェよ」
骨十字スラスターによるAMBAC作動で急転身したクローザーが、ビームザンバーを大振りに薙ぎ払ってハンブラビの両腕を斬り飛ばした。
『ぐわッ!?』
『くそっ!』
しかし、その反対側から挟撃を仕掛けていたもう一機のハンブラビが、こことぞとばかりにテールランスを伸ばす。
「…甘ェってンだよ!」
クローザーはそれをも凌駕する出力のスラスターでさらに反転し、ビームザンバーの一閃でテールランスを斬り落とした。
刃の尾を引く、ピンク色の残滓。その奥で、ツインアイの輝くガンダムフェイスが
『ひぃ…!』
牙を剥いた野獣の眼光。
完全に臆してしまったファイターが、自機への指示を放棄していた。
それ故、マダーレッドに燃える機体がフロントアーマーの変形したシザーアンカーを射出するのにも、反応が遅れてしまう。
中程から斬り落とされたテールランスをシザーアンカーが掴み、電気ショックを与えながらクローザーが再び回り始めた。
尚も追撃を仕掛けようとする両腕を失ったハンブラビへと、牽引された同じ姿のモビルスーツを叩き付ける。
「手前ェらのセリフを貰うなら…」
ビームザンバーを脇に添え、一気に加速して槍の如く突き出す。
一切の抵抗を許さず、粒子加速刃が二機を纏めて串刺した。
「あいつらの仲間に、加えてやるよォッ!!」
突き刺したまま、骨十字スラスターを下に向けて勢いよく飛び上がり、二機のハンブラビを頭頂部まで一息にかっ捌く。
無残な姿になった二機は、ばっくりと開いた惨たらしい傷口から炎上を起こし、ジュピトリスの真上で派手に爆発した。
クロスボーンガンダム・クローザーは再び顎を開いて排熱し、野獣の眼光をそのツインアイに宿す。
『BATTLE END!』
一方的な戦闘が終わりを告げた。
宇宙空間とジュピトリスが分解していき、数体のガンプラが盤面に取り残される。
先刻のハンブラビ二機やガブスレイ、マラサイなど。そのどれもが無残な姿に変わり果てており、ただ一つ、クロスボーンガンダム・クローザーだけが無傷で立っていた。
ダメージレベル、A設定。
彼は時折、こうやって挑戦者を募っては完膚なきまでに相手を叩きのめすのだ。
我ら菱亜学園チーム「ハウンドクロス」、その両翼の片割れである"
全く御し得ない、だが信頼のおける片翼たる自分――カンザキ・ツツジ――の後輩だ。
「茜色のクロスボーン…やっぱり、去年の全国大会で猛威を振るった、あの"茜き野獣"なのか…!」
「お、俺のアッシマーがぁ…!」
それぞれに自分のガンプラを大事そうに持ち上げ、悔し涙を飲み込んでいる。
幾度となく目にしてきた光景に、思わず嘆息した。
ササミネもクロスボーンガンダム・クローザーを拾い上げ、常のように猫背になりながらその三白眼を挑戦者達へと向ける。
「…
その言葉だけで、一同は血の気が引いたように真っ青な顔になり、一目散に走り去っていった。毎週日曜日に開催されているレートマッチの終了後、長い一日が終わってホッと一息ついたばかりの彼らへと、心中で哀悼する。
組んでいた腕を解き、肩にかかった菫色のポニーテールを払う。壁に預ける身を起こして、彼に歩み寄った。
「ササミネ、今回も目に敵う相手はいなかったようだな?」
「……面白くねッス」
愛機をケースに収納しながら、視線はこちらへ向けずに言う。
「…どいつもこいつも、弱ェ。俺のクローザーに、傷一つ付けれやしねェ」
「ふふ、この地域で君に泥を塗る者は身内の私か、樫葉の者くらいだろう。或いは、やはり"黒い悪夢"か」
「…カトー・トモヒサ…」
ササミネの表情が変わった。三白眼が一層見開かれ、口角がやや釣り上がる。
然も、愛機の排熱行為にも似た、荒々しさで。
(奴も、厄介な者に目を付けられたものだ)
英志学園のカトー・トモヒサとこのササミネ・コウスケは、浅からぬ因縁の関係にあるようだった。深入りする気はないが、先達ての彼の態度からしても、それは想像に難くない。
こうしてショップを訪れてはダメージレベルAのバトルを求め、自分をギリギリに追い込みつつ獲物を探す。そんなことを繰り返していれば、因縁の一つや二つは生まれようというものだ。
昨年の地区大会決勝戦でも、彼らの戦闘は苛烈を極めていたのを思い出す。
初対面に対するササミネの対応は劣悪と言っていいが、その直向きに強さを求めようとする姿こそ、我らのチームに不可欠のスパイスとなっていた。
とは言っても、そんな彼を理解して親しくする物好きな人間も、いるにはいるのだが。
「お、ツツジじゃないか」
突然、声をかけられた。
振り向くと、バンダナを頭に巻いた作業服姿の青年が立っている。自宅の作業場から着の身着のまま、といった風貌だ。
「ああ、ミヤモトさんか。今日は何用で?」
「何用ってなぁ。友人に会いに来た、じゃダメか?」
「ふふ、失礼。問題ないよ」
ここ、ガンプラショップ「ビッグリング」に程近い場所に店を構える、プラモデル造形専門店「ミヤモト工房」の若き店主、ミヤモト・ロウだ。「ま、いつもの納品ついでだけどな」と、塗料の飛沫が残るバッグを掲げて見せる。
ここの店長であるフルデ・アルトとは旧知の仲らしく、暇を見つけては互いに出入りしているようだった(尤も、彼の場合は散らかしっぱなしのミヤモト工房を掃除する、という明確な目的がある)。
「コウスケ君も久しぶり。ザンバーは好調か?」
「……」
黙ったまま、ササミネは小さく頷く。
ミヤモトは気を悪くした風もなく、満足げにうんうんと頷いた。
「そいつは良かった。またいつでも依頼してくれよ。正直、ここんところ依頼らしい依頼もなくて暇なんだよ」
「ミヤモトさん、笑い事で済まない話に聞こえるよ?」
「あのなツツジ、大人には笑うしかない時もあるんだ…」
途端にしょげ始め、子供のように喜怒哀楽を全身で表す。22歳という年齢にそぐわぬ態度は、大学生か高校生をも思わせるほどだ。
しかし、そういった"若さ"も彼の持ち味であり、今尚その技術が発展を見せている。自分の愛用しているドッズソードも、彼によるハンドメイドのワンオフ品だ。
そして、ササミネの強さを支えるビームザンバーもそうだった。
「ツツジよぉ、お前も今じゃほとんど自分で作っちまうから、こっちは商売上がったりなんだぞ?」
「賞賛の言葉と受け取っておくよ」
「お前は口が達者すぎるんだよ…」
またもしょんぼりするミヤモト。その様に、思わず笑みが零れた。
くつくつと笑いつつ、ふと、一つのヘックスユニットが目に留まる。
先日、キンジョウ・ホウカと一戦を交えた、あのユニットだった。
(…因縁、か。ササミネとカトーのようなとは言わないが、日に日に胸の炎が滾ってゆくな)
つい昨夜、セント樫葉女子学園のユヅキ・ララから連絡があった。
彼女に、と言うより、「スターブロッサム」に完全なる敗北を喫したと、何故か嬉しそうにユヅキは語っていた。あの「天照す閃光」が練習試合とは言え破れたとあれば、嫌でも戦意が高まっていく(アンドウまでもが新参者に負けたというのは、さすがに耳を疑った)。
この短期間でそれだけの成長がキンジョウ・ホウカに、否、新生チームに起こったということだ。
(しかし、再びまみえる時は、地区予選の場でありたいものだ)
選手権予選の大舞台こそ、再戦に相応しい場所であろう。
同じ地区であるため、全国への切符を手にするのは一チームのみ。必然的に、決着の場は地区予選となる。願わくば決勝戦と言いたいが、並み居る強豪を打破し、勝ち抜かなければ、互いにまみえることは叶わない。
これだ。この高揚感と緊迫感こそ、選手権の醍醐味だ。
「どうした、ツツジ。誰かと脳内バトル中か?」
ミヤモトがこちらを覗き込んでくる。
うっかり、物思いに耽ってしまっていた。そうして、それほどまでに自分が再戦を願っていることに気付き、我ながら可笑しく思う。
「…いや、少しばかり英志の彼女を思い出していた」
「例の新顔、か。お前をそれほど焦がすとは、伝えた側として嬉しいね」
「ふふ、契機を与えてくれて感謝しているよ」
そうだ、彼女が変わりゆくのであれば、自分も現状で止まっているわけにはいかない。剣術の鍛錬は元より、更なる改修を愛機――ガンダムAGE-2バンガードに施さねばならない。
人機一体。それこそ、陶酔するほどに憧れたあの戦い――伝説の第七回世界大会に見出す、ガンプラバトルの究極の姿。
「…ミヤモトさん、少し頼まれてくれないだろうか?」
これだから、ガンプラバトルは止められない。
・・・・・・・・・・
キンジョウ・ホウカの朝は早い。
毎朝の習慣として、早朝のランニングは小学生の頃から欠かさないよう心掛けている。己を律するにはまず健康面から、との師匠の教えを守り通していた。
本来は体作りのために習い始めた古武術(師匠が父の親戚であった)だが、その武芸を教授して演舞大会に出場するなど、あの頃は考えてもみなかった。背中を押してくれた師匠の言葉がなかったら、今頃自分はどんな道を歩んでいたのだろう。
そんなことをふと考えながら、既に見慣れたランニングルートの曲がり角を走る。
すると、翠風寮への木々に囲まれた入口が見え、同じように走っている生徒達がそこへ吸い込まれていくのを目にする。寮から出て学園の周囲をぐるりと回り、そしてまた戻ってくるのがランニングルートである。
軽いランニングにしても学園が小高い丘に位置するため、緩やかな勾配でもそれなりに疲れる。自然との調和を目指しているというこの地域は、澄んだ空気も気持ち良く、高低差も相俟って運動部にはうってつけのトレーニングになるだろう。
(でも、私にはちょっとキツいかも…)
早朝のランニングに混ざり始めて、もう二ヶ月になる。しかし、未だに周囲と同じペースでは走れない。そもそもの体の造りが、運動部員達とは異なるのを痛感する。
小学三年生の時のこと、一緒に稽古をしていたトモヒサがほとんど疲労を見せないのに対し、自分は既にバテ始めていた。それを師匠に訴えると、「ホウカさんは短期決戦型なんだと思うよ」と、冗談めかして励ましてくれたことを思い出す。
それ以後、体力の無さを嘆くことはなくなった。他人との違いを感じる度、師匠の言葉を思い出しては自分を奮い立たせ、やれる時、やるべき時に全力を注ぐ。
そして今日もまた、その言葉を胸に一日が始まるのだ。
天然のアーチを潜ると、ある人物と鉢合わせる。
「あ…おはよう、ございます…っ」
「む、キンジョウか。おはよう」
くたびれたジャケットに、首にかけた特徴的なゴーグル。自分たちのコーチを務めてくれている、アズマ・ハルト用務員だった。
二つ名を"殲滅のアズマ"と言う、英志学園の景観を守ってくれている隠れた伝説。シールドライフルではなく右手に箒、左手に塵取りという、肩書きに似合わない凄まじいギャップを生み出している。
この間、男子から「ヴェイガン絶対殺すマン」と呼ばれているのを目撃した時は、思わず噴き出しそうになったのは黙っておこう。
「いきなり立ち止まるのは体に良くない。寮まで送るついでに、少し話そう」
「は…っ、はい…」
厳格な面立ちながらも、彫りの深い両目から優しげな視線が送られる。一見は頼れる好々爺、といった雰囲気だが、時折こちらも思わず背筋を正してしまうような覇気を感じ取るのだ。
自分はプラフスキー粒子の中での彼を知るため、男子生徒みたいに安易に軽口など叩けるわけもなかった。
「話と言うのは」
五月も最終週となり明後日には六月へ入るため、朝の七時でも既に陽は高い。朝日が差し込む木漏れ日の落ちる道を、他の体操服姿の生徒たちと歩きながら隣のアズマが切り出す。
「お前の機体について、ワシから提案があるのだ」
「提案、ですか?」
「うむ」
ガンダムラナンキュラスのことだ。
彼がコーチとなってから、自分自身にもガンプラにも、細かい配慮をかけてくれている。Iフィールド・バリアの出力調整も彼の助力で安定し、Pファンネルの運用にも幅が出ていた。
そして現在、一昨日の練習試合で大きな損傷を受けてしまったために、ラナンキュラスの改修を急いでいるところである。
「失ったパーツの流用に苦心していただろう?少々古いものになるが、ワシから工面できそうだ」
「本当ですか?」
小さく頷くアズマ。
「ガンプラの改修には力を貸そう。だが、それを扱うのはお前自身だ。しっかりと向き合い、機体に耳を傾けろ。分かるな?」
「はい」
「いい返事だ」
顎髭を蓄える老兵が、柔和な笑顔を浮かべた。
厳しさと優しさを同時に内包したアズマの指導は、何処となく顧問のシマ・マリコと似ている。それもそのはずであり、彼女もかつてはアズマに師事していたと聞いており、その血脈がしっかりと受け継がれているのが分かった。
「もう一つ、お前のスタイルに合う武装を発注しておいた」
「…?何ですか?」
「両手持ちの複合兵装、と言ったところだな。外見は既存の模造品だが、それを作ったビルダーの腕は確かだ」
かなり興味を唆られた。
現在ラナンキュラスが装備している手持ち武器は、ドッズライフルとビームサーベル二本である。Pファンネルは、その特性から近接戦闘向きではないため、自分としても、押し込める一手が欲しいところではあった。
「昨晩、奴から連絡があってな。今日の午後、届けに来るらしい」
「え?郵送じゃないんですか?」
「…ワシもそうしろと言ったのだが、品物は自ら届けに行くのがお約束だとか何とか…よく分からんことを奴は言っていた」
そう言いつつ、アズマは眉間に皺を寄せて渋面を作った。
「とにかく、今言えることはこのくらいだ。カトーにも伝えておいてほしい」
そして、話す内に寮の前に到着する。アズマは「ではな」と言葉を残し、用務員としての仕事を再開した。
スタイルに合う武装とは、如何なるものだろうか。ラナンキュラスの挙動や射撃のクセ、その上、道場に赴いて(無論、二人の古武道部顧問には許可を得ている)実際の古武術までも、アズマは本当によく見てくれている。
その観察眼でどのような武装を見出したのか、自然と期待が高まった。
ホウカは女子寮の自室へ戻り、着替えを回収する。ガンダムラナンキュラスの新しい姿に思いを馳せながら、汗を流すため共同浴場へ向かった。
・・・・・・・・・・
朝は、苦手だ。
ついつい夜更かししてしまう日もそうでない日も、須らく平等に朝は眠い。
それ故に、運良く早く起きた朝は、周囲から珍獣を見るような目を向けられる。
大きなお世話だと、カトー・トモヒサは辟易した顔で寮の食堂に並んでいた。
「おお、トモヒサ。今日は覚醒してるな」
「可能性に殺されるかもしれねぇな」
「なんだそのツッコミ?」
定食の置かれたトレーを持ちながら、コップに給水しているカネダ・リクヤへ言葉を返す。
時刻は七時を回ったばかり。先程、何やらアズマと話していたホウカが女子寮に入っていくのを見かけていた。
いつもは時間ギリギリにここへ並び、待ってくれているホウカ(その度に幼馴染の優しさを噛み締める)のために慌ただしく朝食をかき込むのが、いつもの朝である。今日はその必要はないようだ。
「…って言うかよ、いつにも増して視線が気になる気がする」
「それはそうだろ。今やお前も、俺たちの話題の中心なんだぞ?」
「はぁ…」
自然と溜息が漏れる。
リクヤの言うことは事実である。一昨日の土曜日に行った樫葉との練習試合のことは、学園ウェブサイトに掲載される記事を介し、既に学園中に広まっているようだった。いくら情報化社会とは言え、英志学園のそれは赤い彗星の如くである。
その出処は無論、新聞部だ。
そして必ずそこには、「ココネ印」と押された手彫り判子が付き纏う。
もしやクロスロード姓なのでは…と勘繰るが、当然違った。その敏腕記者(自称)のぐいぐい迫ってくる童顔を脳裏に浮かべながら、苗字の読みを思い出そうとする。
トレーを持って移動しながら、連れ立って歩くリクヤに尋ねてみる。
「なぁ、新聞部のあいつの苗字、なんて読むんだっけ?」
「あの敏腕記者(自称)か?」
「ああ。確か、ガ、ガナ…?思い出せねぇ…」
確か漢字は、「賀名生」と書いただろうか。とても覚えにくい読みだった気がする。
そんなことを話題にしながら、リクヤの隣の席に座った。その真向かいの席には、一人の女子生徒が座っている。
「おはよう、ミソラ」
リクヤの妹でホウカと同じ古武道部に所属する、カネダ・ミソラである。
挨拶をかけると、ミソラは驚いたような素振りで顔をはね上げた。体育会系らしいショートカットが大きく揺れる。
「あ、お、おはようございます!カトー先輩!」
「お、おう…?」
少し振り切れたようなテンションで返事がきた。
およそ二か月前にホウカと一緒に入学したミソラは、自分が声をかけると大方このような反応が返ってくる。リクヤと小さい頃からよく遊んでいたため、彼女も時々そこに混ざっていたものだが、こんなキャラだっただろうか?
隣に座るリクヤが、何やら笑いを堪えていた。
「…兄貴、何?」
そんな兄の様子を見て、ミソラが笑顔のまま顔を向ける。
「い、いや、別に?」
「次笑ったら、コレだからね」
ミソラが、立てた親指を首元に添えて真横一文字に走らせた。そのまま手をひっくり返して床に突き出すかと思ったが、さすがにそれはないようだ。
途端にリクヤの顔から血の気が引き、表情が凝結する。
よく分からないが、幼馴染の見えざるカラータイマーが赤くなった。
「あ、カトー先輩は気にしないでください」
にっこりと、こちらへ笑顔が向く。これは、恐らく真実の笑顔か。
自分は一人っ子であるため、二人の遣り取りは昔から少し羨ましくも思っている。本人達は当然のように否定するが、それもまた天邪鬼な兄妹の仲なのかもしれない。
ふと、ホウカとはどうなんだろうかと思う。
実際、小学校に進学した頃からの仲ではある。しかし、どちらかと言うと同門の同期、親戚の親しい女友達、といった感覚だ。そして今は共に戦う仲間であり、妹などと思うのは、身勝手な傲慢だろう。
妙な空気が漂いながらも朝食を摂っていると、向かいの席に見慣れたコンビが着席してきた。
「おはようございます」
「オイッスー!」
ホウカとジニアである。
彼女達の挨拶に、こちらも三者三様で挨拶を返した。「オイッスー!」が挨拶なのかどうかはこの際置いておく。
いつからか、ホウカがランニングを終えてシャワーを浴びるタイミングに合わせ、起きてきたジニアがそこに合流するのが毎朝の通例となっていた。
今日に限っては、自分が先に食堂にいるというイレギュラーが発生しているが。
ホウカが「あれ、ランニングはしなかったの?」とミソラに尋ね、古武道部員同士の会話をしているのを耳にする(どうやら、今日のミソラは遅く起きてしまったようだった)。
来たら尋ねようと思っていたことを、ホウカに訊いてみた。
「さっきアズマさんと、何話してたんだ?」
「え?…あ、さっきの?」
今日の定食である焼き魚を解しながら、ホウカが返す。こんな朝早くから何を話していたのか、少し気になっていた。
「ラナンキュラスの改修パーツが何とかなりそうなのと、私のスタイルに合わせた武装が届くって話だったよ」
「武装?どこかに発注してたのか?」
「詳しい話はなかったけど、腕の立つビルダーだ、って」
「ふーん…?」
アズマ程の人物が認めるビルダーとは…。ぱっと思い浮かぶ限りでも、数人がすぐに挙げられる。そのため、誰のことを言っているのか見当が付かなかった。
改修パーツに加えて新装備まで。アズマへの感謝は、本当に筆舌に尽くし難い。
去年よりはガンプラ部の部費が増えたとはいえ(設立当初の三年前はどうなっていたのか)、やはり改修用の部品を工面するのは大変だ。シンイチから斡旋してもらってはいるが、それでも三人分を賄えるには至らないのが実情。
自分からダメージレベルAのバトルを持ち掛けておいて、このザマである。
「アズマさんって、そんなに凄い人なの?」
こちらの会話を横目で見ながら朝食を摂っていたミソラが、隣のホウカへ尋ねる。
意外な人物が話題に乗ってきたため、少し驚いた。
「うん。私もこの間知ったばかりだけど…実際、ほんとに強かったよ」
「そういえば先週の部活の時も、道場の端で見てたよね。あの目…確かに只者じゃないって感じ」
「ふっふっふ~…これは、二人に"殲滅のアズマ"のバトル映像を見せるしかないみたいだね…!」
宇宙怪獣の撃退に発進しそうな腕組み姿(立ってはいない)で、ジニアは目を瞑ってしたり顔をした。
「何でお前が得意気にしてるんだ」
少し怪訝に思いながらも、トモヒサは焼き魚を啄きつつツッコミを入れる。
ミソラは兄のリクヤと違い、ガンプラには大した興味を持っていない。それは昔から同じであり、こちらがガンダムのゲームをしていても参加はせず、ジュースを飲みながら釈然としない表情でいたのを思い出す。
そんな彼女にも、アズマが話題として挙がるとは。
「…トモヒサ」
「あん?」
突然、隣から神妙な声が飛んできた。
「…頑張れよ」
「何をだ」
幼馴染の腐れ縁はそう言ったきり、味噌汁のお椀を煽ってずぞぞ…と吸うだけだった。
(なんなんだ一体…)
珍しく早く起きた朝は、変な朝だった。
・・・・・・・・・・
「おはようございます」
「うむ、おはよう」
「あ…!テライ先輩、おはようございます!」
「おはよう。元気な挨拶、とても素敵だ」
「は…はいっ!」
高等部の校舎玄関前に立ち、後輩達の登校を歓迎する。
未だ眠い目を擦る男子生徒や、笑顔の眩しい女子生徒。その胸の内に輝く原石を、学び舎で研磨している真っ最中であろう若い芽達。
その姿を、黄土色の両目で見守る。
そうして挨拶を送っていると、生徒達の中を掻き分けて数人の男子生徒が走り寄ってきた。
「テライ様、おはようございます!」
「おはようございます、テライ元会長!英志の未来を照らす、いい朝日です!」
「おはよう、我が英志の友よ。今日も君達の活躍を、期待している」
「「「英志学園万歳!!英志学園に栄光あれ!!」」」
熱に浮かされたように、数人の男子生徒が右手の拳を左肩関節の辺りに当てて敬礼をする。学年を問わず規律ある姿を見せるのは、英志学園高等部の後輩(ガンダム好きの輪)達である。こうして顔を合わせた時は、必ずこの敬礼ポーズを送ってくるのだ。
自分も応え、同様の敬礼を返す。
襟の広い真紅のスーツと純白のズボンに身を包むテライ・シンイチは、今週の朝の挨拶運動を任されていた。
大学部の生徒自治会では、学園全体の保全も主目的として掲げており、生徒達の充実なる学園生活を支えるため、忙しい毎日を送っている。
昨年まで高等部生徒会長の任に就いていたが、それ以上の多忙さと、そして遣り甲斐を感じていた。
「おはようございます」
傍らで淡々と挨拶を送っているのは、ナラサキ・フウランだ。黒いワンピースと白のタイツというツートンが映え、ラベンダー色のツインテールが朝日に優しい彩りを添えている。
「フウラン、私だけでいいと言っただろう?」
「そうは参りません。私は貴方の側近、この任を違えるわけにいきませんから」
「その忠誠心には深く感謝するが…うむ、おはよう」
フウランから視線を外し、生徒へ挨拶を返す。
「挨拶運動に参加するのであれば、まずは表情から改めるべきだな?」
「ぅ…それは、ですね…。あ、おはようございます」
堅苦しい表情で、言葉だけ歓迎の意を表している。
その美貌を台無しにしてしまいかねない堅固な表情が、フウランの唯一と言っていい欠点と言えた。執務などでは、自分の右腕として優秀な能力を如何なく発揮してくれているが、人当たりの悪さは公私においても悩みの種である。
そう、先日のキンジョウ・ホウカとの面会においても、やや剣呑なる空気を感じていた(その理由は分からないが)。
「これは、生まれつきです」
少しいじけたようにそっぽを向くフウラン。
固い表情で言うならば、菱亜学園のカンザキ・ツツジも学生らしからぬ達観した表情をよくする。しかし彼女の場合、それは堅苦しいのではなく、自信と揺るぎない信念の表れであろう。
時に、ふっと力を抜いて小さく笑う姿は、和の美しさを見る者に抱かせるのだ。
そうして挨拶運動を続ける内、とりわけ目立つ五人が登校してくる。
「おはよう諸君。今朝のトモヒサは、マグネットコーティングでもしているのかな?」
「どういう例えですかそれ…おはようございます」
一日の学業が始まる前に既に疲労している表情で、トモヒサが挨拶とツッコミを返してくる。他の四人、キンジョウ・ホウカとジニア・ラインアリス、そしてカネダ兄妹からも挨拶が来る。
新生チーム「スターブロッサム」と先代チーム「スターブレイカーズ」が、初めて一度に集結した(+二人)。
傍らのフウランから、静かな敵意がキンジョウ・ホウカに向けられるのを感じ取る。
「今週はシンイチさんが挨拶運動なんですか」
「ああ、そうだ。全く、奇跡のような偶然だな。私がここに配されず、トモヒサも遅れた場合は、こうして全員と顔を合わせることもなかっただろう。む、おはよう」
擦れ違う生徒の挨拶に、忘れず笑顔と言葉を返す。
それを察してか、トモヒサが一同へ「邪魔しちゃ悪い、さっさと入ろうぜ」と促していた。
「じゃ、俺らはこれで」
「うむ。では」
ひと時の顔合わせが終わり、キンジョウ・ホウカの会釈とジニア・ラインアリスの妙にニコニコした笑顔(噂通りだ)、そしてリクヤの挙手挨拶とその妹の緊張気味の会釈を受け取った。
活動を再開しようとした時、校庭の人混みの中から殺人的な加速を持って一人の女子生徒が突っ込んでくるのを見る。
「そこの五人組あいや待たれよーーーーーっ!!!」
キキキキッとブレーキをかけ、その女子生徒が玄関の内へ入ろうとした五人と自分の間に入り込んできた。
長い赤髪を黄色いシュシュで纏める、中学生(最悪、小学生にも間違えそう)と見紛うばかりの小柄な生徒。
センターで分けた前髪から、一束の髪がはねる特徴的な癖毛を揺らしながら、V字を描く太めの眉が目立つ童顔がバッ!と上がった。
「この絶好の機会は逃しません!これより、突撃・隣のガンプラ部を敢行しますっ!!」
英志学園新聞部のエース、高等部二年生のアノウ・ココネだった。
Act.10『スターブロッサムの長い一日Ⅱ』へ続く
お、俺のアッシマーがぁ…!(←言わせたかっただけ)