ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.07 『朗々、天照す閃光!Ⅱ』

 

 

 騒々しい挨拶を交わし、校舎内へと足を踏み入れる。

 まるで外国のお城にでも招待されたかのような学園の中を、物珍しげに見ながらアンドウ(無言の圧力を察して苗字で呼ぶことにした)に案内されたホウカ達。マリコは野暮用がある、と言い残して別行動を取っている。

 練習試合は多目的ホールで行われるらしく、これもまた豪奢な宮殿のような内装が、煌びやかに視界に飛び込んでくる場所だった。

 その絢爛豪華さに打ちのめされ、ホウカは一瞬ふらっとする。

 

「あっ、何だか目眩がしたような…」

「目が痛ぇ…」

 

 トモヒサも険しい表情で目元を抑えていた。

 先導していたララが、こちらを振り返り柔和な笑顔でくすりと笑った。

 

「その気持ち、分かります。樫葉に入学してもう二年ですが、私も時々目が眩むようです」

「歴代の学園長がヨーロッパの貴族の出、らしいですわよ。悪くない趣向ですけれども、日本…と言うより、現代では浮いてしまいますわね」

 

 少し呆れたような顔でアンドウが補足する。

 

「…あの方は、そうでもないみたい、ですよ…?」

 

 オリハが指し示す先にいるのは、ホール(と呼ぶには華美に過ぎる、宮殿の回廊のような部屋)の端から端を輝く笑顔で眺めるジニアである。練習試合の予定が広まっているのか、割と集まっているギャラリーへと挨拶も送っている。これから舞踏会が始まろうという場所に迷い込んだ、一般市民のようである。

 見れば、ホールの中央に大型のヘックスユニットが三基設置されているのが見えた。一基だけでも英志学園にあるそれより一回り程大きく、学校が保有するバトルシステムとしては規模の大きい、贅沢な代物だ。それが三基もあることに、ホウカは英志学園とはまた異なるスケールの大きさを感じ取った。

 

「サダコー!ここすごいね!」

 

 ジニアがくるりとこちらに向き直り、手を降ってくる。

 

「ア・ン・ド・ウ!ですわ!」

 

 アンドウとジニアは、既に何度目かの遣り取りを交わした。

 詳しいことは分からないが、どうやら二人は旧知の間柄らしかった。ジニアが言うには、留学前にアメリカで知り合った友人だとか。複雑な事情を経て、巡り巡って現在に至るらしい。

 

「…では、五分後に試合を開始しますので、各種ミーティングなどお済ませくださいまし」

 

 それでは、と言葉を残し、三人がホールの反対側へ去っていった。

 三人と入れ違いにジニアが戻り、各々のボストンバッグからガンプラケースを取り出す。

 黒く重々しいケースからガンダムサレナを取り出し、各関節などの最終チェックを行うトモヒサが話を切り出した。

 

「練習試合でも、試合は試合だ。選手権本戦の気持ちで臨んでいけ。四日間の…いや、これまでの成果を精一杯出し切れよ」

 

 ガンダムラナンキュラスにフラワリングジェネレータを接続しながら、ホウカは胸に刻んだ教えを心中で反芻する。

 

「そうだね…私もアズマさんに言われたこと、しっかりとやり切るつもり」

「『スターブロッサム』の初バトルだもんね!がんばるよ!」

 

 自分が命名したチーム名をなぞり、笑顔を咲かせるジニア。

 リペイントと仕上げのトップコート、さらにスジ彫りや細部ディテールが新たに施されたハルジオンをジニアは手にする。久しぶりに再会した友人とのガンプラバトルをチームの初陣で飾ることができる、その感動は如何ばかりだろうか。

 その後、意見を交わしながらガンプラの調整を終え、広大なヘックスユニットの前へ並んだ。

 対面の真ん中で腰に手を当てて立っているアンドウが、こちらを見遣る。

 

「気合充分、と言った顔ですわね」

「新チームの初陣だからな、そうでなきゃ困る。さっさと始めようぜ、冷めない内によう」

「ふふ、言われなくとも」

 

 チームリーダーである両者が、口頭で鍔迫り合いをする。

 バトルの前の挨拶代わりの会話だ。既に戦闘は始まっている、といった雰囲気が、互いのチームに漂い始めた。

 

「そうだ、提案なんだがな」

「何か?」

「ダメージレベル、Aで頼む」

 

 トモヒサが、口角をニヤリと釣り上げて言った。

 

「ちょちょ…トモヒサ本気!?」

 

 すかさずジニアが横槍を入れる。

 ダメージレベルA。ヤジマ商事がガンプラバトルをPPSE社から引き継いだ際、新たに導入したシステムが、このダメージレベルだ。Aは、即ちバトルで受けたダメージがガンプラに100%フィードバックされ、バトル終了後にそのまま残る、上級者向けの設定である。公式の大会でも、全国大会などにおいて設定されるものだった。

 ホウカにとっては、未だかつて経験したことのない未開の領域である。

 

「本気だ。俺のサレナはともかく、お前らのガンプラには"練度"が足りてない。それに、一回こういうバトルを経験しておくと後々役に立つんだぜ?」

「う、うーん…でも…」

 

 ジニアが尻込みする気持ちはよく分かる。

 映像でダメージレベルAの試合を見たことはあるが、ガンプラが見るも無残な姿になるのは正直言って心苦しかった。それに、ジニアはハルジオンを仕上げたばかりである。

 しかし、トモヒサの言う"練度"は、ホウカにも理解が通じた。

 

「ジニー、やってみよう。新しい何かが見えてくるかも」

 

 不安そうにハルジオンを見るジニアに、力強く笑いかける。あえて優しく接しないのは、彼女の向上心を知っているからだ。

 三秒ほど目を閉じたジニアは、大きく頷いた。

 

「…わかった。これも経験だよね」

 

 大きな金色の両目が鋭くなり、幼さの残る童顔に力強さを湛えさせる。

 対面に在るアンドウが、ふふ、と笑った。

 

「いいですわよ、そうでなくては練習試合の意味がありませんもの。ユヅキさんとクラオカさん、異論はありまして?」

「いいえ、望むところです」

「…私も、大丈夫です…」

「結構」

 

 アンドウが静かに頷く。そして、バトルシステムの起動スイッチを押してコンソールを叩いた。三基のヘックスユニットが静かに唸り始める。

 ふとホウカが横に視線を移すと、いつの間にかマリコが立っているのを目にした。小さく右手を上げて微笑を浮かべてくる。

 

『GUNPLA BATTLE. Combat mode, Start up』

 

 頷き返すと同時に、電子音声が爽やかな男性の声を響かせた。

 

『Mode damage level, Set to"A"』

 

「よし、お前ら。気合入れてくぞ」

「モッチ!気合入れ過ぎてはち切れそうだよ!」

 

『Please, set your GPbase』

 

「うん。全力を出して、ベストを尽くそう」

 

『Beginning, "PLAVSKY PARTICLE" disperse』

 

「ハハ、お前が言うとそれっぽいな。アレ、任せたぜ」

「や、やっぱり言わなきゃダメかな…?」

「『トライファイターズ』みたいにカッコイイよ、きっと!」

「うう…」

 

『Field1, "SPACE". Please, set your GUNPLA』

 

 両チーム共に、GPベースへとガンプラをセッティングする。

 予め取り決めておいた出撃時の掛け声を思い出し、少し恥ずかしく感じた。リーダーであるトモヒサが宣言するものとばかり思っていたため、まさか自分が言うことになるとは…。

 しかし、中々気に入っている台詞ではある。チームの初陣を華々しく飾るため、一呼吸をしっかりと吐いて精神統一をする。

 

『BATTLE START!』

 

「キンジョウ・ホウカ、ガンダムラナンキュラス!」

「ジニア・ラインアリス、ハルジオン!」

「カトー・トモヒサ、ガンダムサレナ!」

 

 三機が宣言に合わせ、発進体勢を取った。

 機動戦士ガンダム0083と鮮やかな三機をイメージした、三人で考えた台詞。

 

「チーム『スターブロッサム』――」

 

 それを、高らかに。

 

「――百花斉放、吹き荒れます!」

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 "宇宙に提灯が浮いていた"。

 月の裏側にあるスペースコロニー群――「トワサンガ」の巨大構造物、「シラノ-5」のことである。小惑星採掘基地として設置された居住施設を兼ねる五つの金環によって構成されており、直径3kmに及ぶ中央のリングを、ノースリングとサウスリングが上下に挟む。

 この、大小五つの金環が縦に重なっているシラノ-5の形状は、ベルリ・ゼナムが次回予告で"提灯"などと、ストレートすぎる表現をしていたのをジニアは思い出していた。

 

「うひゃー、トワサンガまで飛んできちゃった…」

 

 プラフスキー粒子が忠実に再現するそれの前に、三機のモビルスーツが並んでこちらを待ち構えている。

 旧世紀技術の遺産でもなく、ヘルメスの薔薇の設計図でもない、三人のビルダーによるガンプラ達。

 袖や緋袴、神託を得る(かんなぎ)の意匠を拵えた紅白の機体――カバカーリー・ヒノハカマを中心に、守護するようにもう二機が有る。

 右に有るのは、"袖付き"とも取れる金縁の装甲と、二つの円盤ユニットから広がるクリアウイングが印象的な「イクス・ルシファー」。大きな盾と剣を持つ、荘厳なる剣士である。

 対して左に有るのは、ネイビーブルーに身を包んだ「グリモア・マギテック」。一丁のフェダーインライフルを杖のように持ち、平たい頭部をスパイクシールドで保護する姿は、その名の通り、機械仕掛け(テック)魔法使い(マギア)

 チーム「天照す閃光」という器を織り成す、美しき三つ鼎であった。

 

『アトミック・バズーカを装備してこないとは、どういう風の吹き回しですの?英志学園チームの構成にしても、随分と様変わりしたものですわね、"黒い悪夢"?』

 

 クンタラの神(カーリー)の宣告を聞けそうなカバカーリー・ヒノハカマが、バイザーの奥の両目を光らせる。その操り主であるアンドウ・サダコが、通信を交わしてきた。

 言葉を投げかけられたカトー・トモヒサが応え、ガンダムサレナの強面が持ち上がる。

 

「そういうアンタらも、去年のGセルフ乗りは引退かよ?」

其方(そちら)の"ライトニング・エデン"と同じ理由ですわ。アイダさんが抜けた空席は、こちらのクラオカさんが引き継いでくださいましてよ』

『えっ、あぅ…その…』

 

 グリモア・マギテックが、帽子に見立てたスパイクシールドに隠れる三眼を泳がせた。どう返事をしたものか慌てている様子で、クラオカ・オリハが言葉に詰まっている。

 

『さて、お話はこれくらいに試合を開始しますわよ。…よろしいですわね、ラインアリスさん?』

 

 カバカーリー・ヒノハカマが、三叉戟の鋒をハルジオンに向けてきた。

 俄かに戦闘の萌芽を感じ、ジニアはコントロールスフィアを握り込む。六年ぶりにプラフスキー粒子の中で相対する彼女の姿は、あの頃と変わらぬ自信に溢れた姿勢だった。

 ジニアは郷愁に似た懐かしい気持ちを覚え、嬉しくなる。

 

「ジニアでいいってばーサダコー」

『ア・ン・ド・ウ、ですわ!!』

 

 今にもEXAMでも発動しそうなくらいに、ヒノハカマがバイザーを真っ赤に燃やす。名前を呼んでは訂正される、昔から変わらない予定調和のような遣り取りだ。

 別に名前をからかっているわけではない。理由は分からないが、サダコは自分の名前にコンプレックスを抱いている。自分は、日本人らしい綺麗な響きで好きなのだが、一度として彼女が下の名前で呼ぶのを許したことはなかった。

 …名前を呼ぶ度、立ち居振る舞いにそぐわない反応が帰ってくるのが面白い、というのもあるが。

 

『ガンダムラナンキュラス…綺麗なガンプラですね。お手合せ、よろしくお願いします』

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 オープンチャンネルでの通信が、こちらにも届く。

 イクス・ルシファーがラナンキュラスへとモノアイから視線を送り、それを駆るユヅキ・ララがキンジョウ・ホウカに挨拶を送った。二人共、礼節を重んじるアスリートのような精神が通じているようだ。

 もう二機も、互いに言葉を交わす。

 

『…今日は、バズーカじゃ、ないんですね…』

「ん?お、おう。せっかくの練習試合だ、色々試してみようと思ってな」

 

 トモヒサは、ガンダムサレナに新たなカスタムバリエーションとして、ガンダムAGE-2ダブルバレットを取り入れていた。両肩のフレキシブル・スラスター・バインダーにツインドッズキャノンを移植し、加工を施している。

 そのシルエットは、"四枚羽"のようであった。

 

『…でも、ダブルバレットも、素敵だと思います…』

「…ほ、褒められているのか、俺…?」

 

 こちらは微妙な空気感だ。

 この四日間、それぞれに目標を自分に課してその改善に努めてきた。ジニアも演劇部の傍ら、ハルジオンにどう改造を施せば性能の向上に繋がるのかを考え、この日に備えてきたのだ。

 

(まさか、サダコが相手になるなんて神様仏様トミノ様でも、思いもしないだろうなぁ…)

 

 運命の悪戯、因果の巡り合わせ。最近は、そういう滅多に経験できないような奇跡が連続している気がする。これから干戈を交えようという、カバカーリー(六年前から随分と見た目が変わったが)とアンドウ・サダコにしてもだ。

 

「そんじゃま、いっちょ派手にいくぜ!」

 

 戦火の口火を切ったのは、トモヒサのガンダムサレナ。両肩のツインドッズキャノンを前方に向け、太い二軸のビーム砲を撃ち放った。

 

『やはり"黒い悪夢"は健在、というところですわね!』

 

 それぞれに散開する『天照す閃光』の三機。ツインドッズキャノンから放たれた砲撃は標的を撃破することなく、シラノ-5の採掘施設の岩盤を穿った。

 散開した相手に対し、トモヒサから指示が飛ぶ。

 

「ホウカ、お前は赤い奴に…」

『申し訳ありませんけど、そうはいきません』

「――っ!?」

 

 トモヒサはセオリー通りの、相手のタイプに合わせた機体配置を促そうとしたのだろうが、それは真正面から接敵してきた二機によって阻まれてしまった。

 ガンダムラナンキュラスに接近したのは、イクス・ルシファーだ。荘厳な意匠が目を引く盾を掲げ、一直線に飛びかかる。

 そして、指示を送ろうとした、トモヒサのガンダムサレナにも。

 

「な、に…!?」

 

 グリモア・マギテックだ。両手持ちにしたフェダーインライフルと、バックパックから伸びるサブアームに接続されている二門のビームガトリングによる弾幕を、ガンダムサレナへ浴びせかけていた。

 全くセオリー通りではない、タイプが被った機体同士の戦闘へ持ち込もうとしているようだ。

 

「ホーカ!トモヒサ!…ということは…」

『ええ、私が相手ですわよ、ラインアリスさん』

 

 サダコからの通信が届く。

 ハルジオンのモノアイを介して正面を見、紅白の機体が滑るように急接近してくるのを視界に捉えた。

 宇宙空間らしからぬ滑走に驚き、ドッズライフルの二枚板バレルを向けて牽制射撃をする。しかし、カバカーリー・ヒノハカマは足場があるかのように横滑りしながらその射撃を躱していた。

 前にテレビで見た…そう、その動きは巫女さんが舞う"神楽"のようだ。

 

「何ソレェ!?」

 

 それは素早い動きで、実際の舞とは随分と違う気がするが、巫女のような機体がその印象を決定付けている。

 などと考えている内に、あっと言う間に距離が詰まった。

 

『六年ぶりの貴女とのバトル…』

 

 慌てて背部のブーストポッドを噴かし、距離を置こうとする。だが、ヒノハカマがステップを踏んだかと思った瞬間、急速に回避方向へ回り込まれた。

 

「速ッ…!」

『楽しませてくださいましね』

 

 そして、右手に握られる三叉戟が、まるでバトンを振るうように逆袈裟に薙ぎ払われる。

 

――ブォン!

 

 赤熱したクリアパーツの刃先が、縦一閃に赤い残光を刻む。

 間一髪、ギリギリの挙動でハルジオンは身を翻し、同時に左腕の手甲部分から黄色いビーム刃を発生させた。

 斬撃の躱し際、大振りの攻撃で無防備になったヒノハカマの胴体へ突き出す。

 

「そいやぁっ!」

『あら!』

 

 元機体の色から反転した白い胴を、刺し貫――ぬけなかった。

 これもまた、無反動の横滑りで避けられたのだ。

 

「まだ…!」

 

 しかし、この程度では終わらせない。突き出した姿勢のまま、ガーベラ・テトラとクランシェから継承した各部スラスターによって身を捻り、ホウカよろしく長い脚部からの回し蹴りを見舞う。

 

『はァッ!!』

 

 サダコも同じことを考えていたのか、それとも鋭敏に察知したのか。ヒノハカマも半回転しながら右脚を打ち上げてきた。

 

――ガィン!!

 

 互いの右脚がぶつかり、装甲表面に衝撃が奔る。

 

「さっすがサダコ、やるゥ!」

 

 伝播することはないが、コントロールスフィアからビリビリと重い振動が伝わってくるように錯覚した。

 半秒硬直した後、それぞれの後退方法で距離を置いた。彼我の力量を理解したことによる、一時の撤退である。

 

『…どうやら、六年という時間はそれなりに成長させるようですわね』

「サダコも、めっちゃくちゃ強くなってるよねー」

『お褒めに預かり光栄ですわ。と、いうか…』

 

 ヒノハカマの三叉戟――緋ノ三叉(フォトン・トライデント)のクリア刃が、再び赤く赤熱を始めた。

 バトンのようにくるりと回転させて下段に構え、腰を落とす。

 

『ア・ン・ド・ウ、ですわ!!』

 

 サダコは声に気迫を込め、再びヒノハカマが仕掛ける。

 最高に楽しい時間は、まだまだこれからだ。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「行って、Pファンネル!」

 

 イクス・ルシファーの斬撃を掻い潜って牽制しつつ、戦域をシラノ-5のサウスリング側に移したホウカ。大型の三基構成フィールドは上下にも広大なスペースを誇っており、特徴的なスペースコロニーを収め切っている(さすがにある程度縮尺は小さくなっているだろうが)。

 ホウカの操作を受け、背部から四枚のPファンネルが射出された。プラフスキー粒子を噴射して緑の軌跡を引き、花弁達がルシファーへと迫る。

 

『ファンネル…!でしたら!』

 

 ルシファーが右手のクリアパープル刃を、戦場に立つ戦女神のように前へ掲げた。

 

『スピン・ファンネルです!』

 

 宣言と同時、背部に広がる二基の円盤ユニットが分離する。そして回転を始め、クリアパープルの翼が残像となった。

 

「あっちもファンネル!?」

 

 高速回転するスピン・ファンネルが射出され、Pファンネルに襲いかかる。ホウカは左のコントロールスフィアで指示を射撃に変更し、ドッズライフルをルシファーへと撃ち込んだ。

 

『ドッズは、この盾に通用しませんよ!』

 

 荘厳な防盾で機体を覆い、ドッズライフルの射撃を真正面から受けつつ、先程から繰り返していた突進を敢行する。Pファンネルの砲撃も、スピン・ファンネルの高速回転の前に掻き消えてしまっていた。

 後退しようと機体を動かした瞬間、アラート音が鳴った。何事かとコンソールに視線を移すと、サウスリングの宇宙港を背にしていることにホウカは気付く。

 

「これじゃあ…!」

『逃がしません!』

 

 さらにブーストをかけ、ララがルシファーに尚も突進をさせた。

 ホウカはPファンネルの指示を再度変更する。アズマから提案された機能を専用アプリで構築し、GPべースにインストールさせておいたものだ(トモヒサに手伝ってもらったのは余談である)。

 

「プラフスキー、パワーゲート!」

 

 ラナンキュラスの前へ放射状に並んだPファンネル四基が、互いを粒子で繋いで緑に発光する"膜"を形成する。『スタービルドストライクガンダム』がこの機能を全世界に披露して以降、多くのファイター達が独自の解釈で実装に挑んできたものだ。

 このノウハウはアズマから移譲され、トモヒサ達とアプリを前ににらめっこして唸りながら完成させたのだ。

 その膜へ、ホウカはドッズライフルを撃ち込む。

 

『ッ!?』

 

 螺旋状に旋回するビームがフィールドを通過し、その威力を何倍にも増幅させた。その威力の測定結果は、シグマシスライフルに匹敵する。

 ルシファーの盾に直撃し、貫通こそできなかったものの、堅牢な表面にはドッズの痕跡が刻まれた。

 思わぬ高威力を受けたルシファーは勢いを殺されて減速する。しかし…

 

『いただきです!』

 

 尚も、尚も加速を続けた。

 背面にスピン・ファンネルが接続され、円盤ユニットからバーニアを噴射して更なる加速を重ねる。こちらのPファンネルも貯蓄粒子が底を尽きたため、ラナンキュラスの背部へ帰投した。

 

「ぐぅッ!!」

 

 ホウカは回避行動が間に合わず、加速を伴った防盾がラナンキュラスに激突した。咄嗟に両腕を胸の前で交差し、本体への衝撃を最小限に抑えようとする。が、両腕のフォールディングアームが破損したことを、コンソールが報せた。

 そのまま押し込められ、サウスリングの宇宙港内部へと進入する。

 

(くっ…何とか、しないと!)

 

 壁面へ激突するのも時間の問題。このままぶつけて動きが止まったところを攻撃するつもりだろう、未来予知のようなビジョンがホウカの脳裏に過ぎった。

 しかし、こんなことで負けてなどいられない。

 ホウカはラナンキュラスの体を折り曲げ、両足を上げて盾を踏みつけさせた。そして盾の上部を左手で掴み、その体勢のまま脹脛内部の大型バーニアを噴射させる。

 左手を起点とし、勢いに乗って跳ね上がった。

 

『なっ…!』

 

 港の最奥に到達する寸前で、ホウカはその加速から逃れる。

 急制動をかけるルシファーが身を反転させ、何年も掃除されていないような寂れた港の最奥に着地した。

 その隙にコンソール上の地図を確認したホウカは、上にサウスリング内部への進入口があることを見付けた。

 

「みんなとは離れちゃうけど、とりあえず…!」

 

 フラワリングジェネレータを広げ、プラフスキークラフトを起動させる。バーニアの噴射より格段に燃費がいいため、積極的に使っていけと、これもアズマに言われたことだった。

 機体が浮き上がり、追撃される前に内部へと進入する。

 一瞬、眩しい閃光が視界を覆う。薄暗い宇宙港からコロニー内の人工太陽の下に出たことよる、ホワイトアウトだ。

 すぐに視界が回復し、青いツインアイを通してホウカの目に広がったのは、テレビなどで見たヨーロッパ郊外のような、林と低い民家が立ち並ぶ景色だった。

 

「すごい…」

『モライの林、という田舎です』

 

 本当にプラフスキー粒子でできているのかと疑いたくなるような景色に見入っていると、ララの通信が届いた。

 ルシファーが通用口から飛び出、林のぬかるんだ地面に着地する。

 

『Gのレコンギスタで、主人公達が訪れる場所なんですよ』

「ごめんなさい、私、まだ見てなくて…」

『いえいえ、お気になさらず』

 

 会話は普通に、しかし臨戦体勢を解くことなくガンダムラナンキュラスとイクス・ルシファーが相対する。ホウカはプラフスキークラフトを解除し、重力下のために林の中へと着地した。

 

『プラフスキー粒子って本当にすごいですよね。まるでジオラマみたいです』

 

 漫然と会話をしているように見えて、恐らくコンソール上で機体の状態をチェックしているのだろう。ホウカも、破損した両腕のフォールディングアームのアイコンが暗転していることを確認し、実際に動かして腕自体の状態も見る。

 アームカバーがひしゃげ、内部からパリパリと音が漏れ出しているが、関節やマニピュレータは問題なく動く。

 よかった、腕自体は無事のようだ。

 

「原理とかはよく分かりませんけど、本当に」

『ふふ、そうですね』

 

 ララが優しく笑う。

 そして、イクス・ルシファーが盾を持ち上げ、剣を構え直した。

 

『さて。では改めて、お手合せを』

「…はい」

 

 まるで剣闘士のようだ。そのくせ、敬意をはらいつつ正々堂々と戦いに向かう姿は武道家のようでもある。

 こんな人と組手ができたら…などとホウカは思った。

 その姿勢に応えるため、ホウカは脛部からビームサーベルを取り出し、左手で握り込む。右のドッズライフルはやや胸元に寄せ、ビーム刃を下段に構えた。

 そして、疾駆。

 互いに肉薄し、イクス・ルシファーは剣を突き出し、ガンダムラナンキュラスは下からビームサーベルを斬り上げた。

 真っ向、剣戟。

 クリアパープルの刃が弾かれ、一瞬その腕が脱力する。

 ホウカは、そこにすかさず胸元に寄せていたドッズライフルを突き出してルシファーの胸部を狙う。

 アズマとの戦闘から学んだ、至近距離での銃撃である。

 

『――ッ!』

 

 しかし、その間隙に滑り込んだ防盾が射撃を受け止めた。先程の増幅されたドッズライフルによる深いダメージの傷跡が、その表面に見える。

 ルシファーも間髪入れずに、弾かれた剣を懐に向かって振り下ろした。ホウカはテールバインダーを噴射させ、後退して回避すると同時にドッズライフルを向ける。

 やはり、それをまた防がんと盾が構えられた。

 

(…!)

 

 しかし、それでよかった。僅かに射撃を修正し、盾のど真ん中――深く抉られたドッズの痕――に撃ち込むホウカ。

 確かな手応え。確実にダメージを蓄積させていた。

 後退しながら林の柔らかい地面を踏み込みつつ、Pファンネルを選択。攻撃の手を緩めずに、集中放火を浴びせにかかった。

 

『やります、ね!』

 

 ララは言いながら、スピン・ファンネルを射出しつつ前に踏み込み、ルシファーを一足飛びに跳躍させる。

 ホウカは前に出ず、それを待ち構えた。

 

「――っ!」

 

 掲げられた盾の横から、突き出される剣。

 また同じようにビームサーベルで受けつつ、ドッズライフルを至近から撃ちにかかった。

 

『そのような繰り返しでは…』

 

 そして例によって、その攻撃の糸口を盾で絶つイクス・ルシファー。

 ここだ!

 

――ゴン!

 

 鈍い音を立て、ドッズライフルの銃口が盾の傷口にぶつかった。

 一射、二射…三連射!

 

『…えッ!?』

 

 ついにその堅牢な防盾に、風穴が空いた。ララの動揺がはっきりと目に見える。

 その穴に、更にドッズライフルを捩じ込んで、ゼロ距離。

 

「もらいます!!」

『――ですが!!』

 

 ホウカは、快哉を叫ぶと同時にトリガーを引いた。

 と、同時。突然ドッズライフルの銃身がルシファーの右手に掴まれる。撃ち放った射撃は、咄嗟に身を捩られたことで林の中に銃痕を刻んだ。

 

『えぇーい!!』

 

 そして次の瞬間、ラナンキュラスの機体が不自然に浮き、両足が地面から離れる。

 

「あっ…これ、は!?」

 

 剣士(イクス・ルシファー)が、その銃身を掴みながら盾ごと振り上げた!

 ホウカは咄嗟、ドッズライフルを手放してラナンキュラスの下半身を捻りつつ、空中で体勢を直そうとする。

 

『今度こそ!!』

 

 その隙を狙い、ルシファーはドッズライフルが突き刺さった盾を放り捨てた。地面に突き立てていた剣を再び掴み上げ、下から素早い突き上げが襲いかかる。

 

「はぁぁッ!!」

 

 ラナンキュラスが空中で機体を捻りつつ左手のビームサーベルを振るのと、クリアパープルの刃がその腰部を斬り付けるタイミングが、寸分違わず合致した。

 

 ビームサーベルが、イクス・ルシファーの首を刎ねる。

 剣士の刃が、ガンダムラナンキュラスの腰部をぶった斬る。

 相討ち――!

 

――ヒュヒュン!

 

 何かが高速回転する風切り音が聞こえた。

 倒れるイクス・ルシファーと、地面に落ちるガンダムラナンキュラス。その頭上で牽制し合っていた、Pファンネルとスピン・ファンネルだ。

 四枚の花弁が落下し、地面に突き立っていく。その後を、高速回転しながら同じく落下する円盤が、ラナンキュラスの上に落ちてきた。

 

――ダメージレベルA。

 

「ッ!!!」

 

 ホウカは脳裏に過ぎった設定を思い出し、林の地面に仰向けになっている、上半身だけとなったラナンキュラスを何とか動かそうとした。

 が、もう間に合わなかった。

 スピン・ファンネルが、見事にクリアウイングを下にしてガンダムラナンキュラスの両腕に突き立つ。

 それをトドメとしたかのように、ガンダムAGE-FXから受け継いだ青いツインアイが光を失っていった。

 シラノ-5の中で、一つの戦いがここに決着する。

 

 

   Act.08『朗々、天照す閃光!Ⅲ』に続く


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