ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.06 『朗々、天照す閃光!Ⅰ』

 

 

 アメリカの芸能アカデミーにいた、六年ほど前のとき。

 両親に言われるがまま入った学校での生活は、正直言って、あまり気が進まなかった。演技のレッスン自体は嫌いではなかったが、何処か満たされないような、心の中を風が通るような空虚感。そんな日々を過ごしていた。

 そして、アカデミー小学生最後の5学年になったとき。

 彼女と出会った。

 きっかけは、"彼"の存在。

 両親に連れられて訪れた、大手デパートの屋上広場での出会いだった。

 毎日、同じ時間にここに寄るらしい彼に会うため、彼女と一緒にほとんど毎日デパートを訪れた。一緒に食事をし、一緒に遊び、共にいる時間は心に空いた穴を優しく埋めていった。

 そんな充実した毎日は、アカデミーの生活にも大きな影響を与えた。身振りと表情が以前に増して豊かになったと先生や同期生達から言われ、次第に学校生活も楽しくなっていったものだった。

 それも全て、彼女と彼のお陰だ。

 しかし、そう感謝の言葉を述べても、彼女はつんとした態度を取るのだ。

 一つ年上の彼女は自信家であり、普段から突慳貪な態度なのはよく知っている。それでいて、時折見せる可愛らしさとリーダーシップは、人を惹き付ける魅力があった。

 彼女は今、元気でいるだろうか。出会ってから半年後、両親の都合で彼女は日本へ帰ったのだが、こちらも舞台や進学のことなど色々あったので、あまり連絡を取り合わなくなっていた。

 彼女は本名がコンプレックスと言い、呼ぶととても怒っていたのだが、自分はそうは思わない。日本人らしい、いい名前だと思った。「ガンダムGのレコンギスタ」に登場するマニィ・アンバサダに似た長い黒髪も、綺麗だと思う。

 時々やるガンプラバトルも、彼女には敵わなかった。

 アンドウ・サダコ。それが彼女の名前だ。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ガンダムラナンキュラスがロールアウトしたあの日から、5日後。

 週末の土曜日に、予てから予定されていた他校との練習試合の日を迎えている。

 

「~♪」

 

 ホウカは、チョコレートなど豪勢なトッピングが盛られた、「ジャブローの風」なるパフェにスプーンを突き刺した。

 ホウカ達は今、ガンプラ喫茶「メガファウナ」で昼食を摂っている。

 英志学園が校を構える自然豊かな土地とは違い、車で一時間ほど離れたこの街は、県内一の都会である。関東平野を北に貫く交通の要所として発展したこの街には、多くのビルディングが立ち並び、こぞって様々な店舗が軒を連ねる。このガンプラ喫茶メガファウナも、その一つだった。

 店内には席を仕切るようにガラスケースが並んでおり、その中には著名なビルダー達による数々の完成品ガンプラが、出入る来客達へとその身の絢爛豪華さを見せつけている。

 その中には、「ガンプラ心形流鉄機(テッキ)派 イブキ・アラタ」と銘打たれた「BB戦士 鉄機武者真星勢多(マスターゼータ)」もあった。

 ガンプラ心形流と言えば、かの珍庵を開祖とするヤサカ・マオとサカイ・ミナトで有名な工作流派であるが、その門弟であるイブキ・アラタは、昨年に初の派閥を打ち立てたビルダーである。ホビーホビー誌でも特集が組まれるなど(心形流のビルダーによくある物凄い自己主張まで継承していた)、何かと話題になっていたのだった。

 ホウカは作品達を眺めて、最近得たそれらの知識を掘り起こす。

 五日前に激戦を繰り広げたあのバトル以降、アズマは積極的に協力をするようになっていた。曰く、あくまで用務員だから部室に出入りするのは今年から控えていたそうだが、テライ・シンイチの進言によってコーチという形で特別な認可が下りたそうだ。

 そういう経緯もあって、参考にしろとアズマが持参した模型誌を読んだホウカは、ガンプラ自体ではない、それに纏わる知識も覚えたのだった。

 

「セント樫葉(カシバ)女子学園って、どんなチームなの?」

 

 食後に追加注文した「ジャブローの風」チョコレートパフェを頬張りながら、これから向かう学園のことをトモヒサに訊ねた。隣の席では、イチゴなど赤い果実がトッピングされた「情熱のアメイジング・ザ・パフェ(許諾済み)」なるパフェをジニアが啄いている。

 向かいの席には、引率で車を出してくれたマリコとトモヒサが並んで座っていた。

 トモヒサはこちらを見て、「うわ…」と声を漏らす。

 

「お前ら、そのナリして結構食うよな…」

 

 むっ。

 

「あー、トモにぃまたそういうこと言う!」

「私達は動く部活やってるから、エネルギー効率が違うの!常時トランザムなの!マイクロウェーブなの!ね、ホーカ!」

「そう!」

 

 支援を送るジニアと一緒に、トモヒサを弾劾する。後ろの方は同意するべきか微妙だったが、とりあえず攻撃材料として同意する。

 ジニアはスプーンを口から離し、手元でふりふりした。

 

「トモヒサはねー、女子に対する優しさが足りないんだよねー。こないだだって、こんなか弱い女の子達にビームバズーカぶっ放つんだもん」

「お、お前、あれは…!ってか、何処がか弱いんだ!」

「トモにぃ、そういう所だよ」

 

 ムスッとした声で追い打ちをかける。

 トモヒサは「うっ」と口籠もった。それきり言い返さず、いじけたようにストローでコーラを啜る。ちょっと可哀想だが、女子に「結構食う」なんて直接言う方が悪いのだ。うん。

 

「…ってそうじゃねぇだろ!話を逸らすな!」

 

 二人してスプーンを咥えながら、顔を見合わせる。

 年長者は後輩二人に批難の視線を送りながら、ずぞぞ…とコーラを強めに吸引した。

 

「「ごめんなさい」」

「ぷっ…アッハハハ!愉快だねぇあんた達は!」

 

 いつものように白いシャツとタイトなスカートに身を包むマリコが、珍しく噴出した。

 学園での常の出で立ちに加えて、目の冴えるような赤いカーディガンを羽織っている。詳しいことはホウカも知らないが、これが彼女のパーソナルカラーでもあるらしい。シーマ・ガラハウ似なのは、外見だけではないようだ(機体の色で言えば、シーマ本人はゲルググマリーネの印象が強いが)。

 トモヒサが溜息を吐きながら、ストローを回してグラスの氷をカラカラと鳴らす。

 

「先生まで…」

「いや、あんたが面白くて笑ったわけじゃないよ。まぁ、それもあるけど…、鬼コーチの洗礼を受けた割には随分と前向きだねぇって、思っただけさ」

 

 マリコがコーヒーグラスを右手で揺らしながら、頬杖を突いた。

 向かいのジニアは苺をスプーンで掬いながら、得意げに胸を反らす。

 

「フフン、そんなことで凹んだりしないもんね!寧ろ、あのアズマ・ハルトと同じフィールドに立てたってだけで、幸せなんだからぁ」

 

 そうして、苺を口に放り込みながら幸福を表情に貼り付けた。

 この四日間というもの、アズマとトモヒサのテストによって判明した改善点を、二人は自覚して直すことに集中した。

 ホウカは、主に対応能力。アズマ曰く、近接戦闘の反応は申し分ないが、それに傾倒しすぎるクセがあると言う。フルグランサのような瞬発の打撃力がある相手に対して、しっかりと予見して危険を察知し、ある程度距離を取ることも必要、というのが一つ。

 そしてもう一つ。Pファンネルの操作やIフィールド・バリアから、武装の扱いに関しては他者にない感覚を持っていることも指摘された。

 これは、何となくホウカも掴んでいる。元々、古武術という、体だけではなく得物を扱う稽古もしていた経験が、ガンプラバトルに活かされているのだろう(ビームサーベルを好む傾向にあるのも、剣術の経験からだとトモヒサが言う)。

 これらを踏まえ、目下の課題は「状況対応力と空間把握力の研鑽」、ということになった。

 そしてジニアは、ガンプラ自体の強化。トモヒサが見たところ、基本的な部分で問題は見つからなかったらしい。高機動であるハルジオンの運動に追従し、近接でも引き際を見極めている。その上、第六感も鋭敏ときていた。

 トモヒサは安易にこの表現を使わないが、はっきり言って、センスと技能においては「天才」と言える。

 強いて問題を挙げるとすれば、ハルジオンである。基本的な総合性能は並の水準をクリアしているが、やはり"並"である。ガンダムサレナのビームバズーカを躱せなかったのも(少々意地悪な戦法だったが)、性能面から来るレスポンスが足りていなかったからだった。

 ガイアガンダム・ロアが担っていた一番槍としての要求はこの時点で備えているが、機体が追い付いていないという結論になった。要するに、「ハルジオンのブラッシュアップ」という課題が、ジニアに課せられたのだ。

 そしてこの日、その四日間の成果が試される、というわけである。

 ホウカは、隣でニコニコするジニアを横目に、マリコへ言う。

 

「二人のお陰で、自分では気付かないようなことが分かって助かりました。ジニーと同じで、凹んでる暇なんてありません」

「そうかい。ま、心配なんてしちゃいないけどね。私らが見込んだんだ、この目に狂いがあっちゃ困るってもんさ」

「…樫葉についての話はしなくていいんですか…」

 

 じと…とした視線を三人に向けるトモヒサ。

 

「おっと、度々すまないね」

 

 そうトモヒサに謝り、マリコが切れ長の目から妖艶とも言える鋭い視線を向けてきた。

 時々見せてくるマリコの眼光は、得も言われぬ気持ちをこちらに抱かせる。懐刀を忍ばせているような、しかし恐怖感ではなく、思わず姿勢を正してしまうような威圧感だ。

 ふと、同級生から聞いた噂を思い出した。「シマ先生の実家はカタギではない」という内容のもの。わざわざ言い回しているのは、自衛のためだろうか。

 

(いやいや、まさか…)

 

 ちらり。

 トモヒサが「樫葉女子学園ってのは…」と解説を始めるのを聞きながら、目を閉じてグラスに艶やかな脣を宛がうマリコを盗み見る。

 そういえば、どこか育ちのよさも感じるような。

 いやいや、まさか…。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 女の力。「ガンダムGのレコンギスタ」で登場人物が放った、気合の一声。

 ガンプラバトル業界でも、この"女の力"というものは大きな潮流を生んだ。

 記憶に残る女性ファイターと言えば、三年前に激戦を繰り広げた「ホシノ・フミナ」と「キジマ・シア」。そして、昨年話題になった菱亜学園の"キャプテン・アゼリア"こと「カンザキ・ツツジ」らである。

 今や女性界隈と言えど、ガンプラ人気は隆盛の一途を辿っていた。

 二年前にヨーロッパで初のレディースチャンプとなった「レジーナ・ディオン」は、ヨーロッパジュニアチャンプの「ルーカス・ネメシス」に次ぐ実力者と言われる。かの"メイジン"を襲名した初の女流ファイター「レディ・カワグチ」に続き、若い世代に一大センセーションを巻き起こした人物だ。

 もう一人、伝説の一角である「アイラ・ユルキアイネン」がいる。彼女は、プラフスキー粒子を語る上で決して欠かせず、10年来その姿を見せていないことから、本当の意味で"伝説"となっていた。

 かつては男性向けと言われたガンプラバトルだが、現実での基礎的な体力や筋肉量は必要としないため、性別による決定的な差は皆無と言える。「加工技術」と「操縦技能」、この二点に集約されるこの分野は、彼女達の"内なる可能性"を大いに引き出すことに繋がっていた。

 強力な女性ファイターが台頭するのは、当然の帰結と言える。

 そして、それを体現する実績を誇るのが、セント樫葉女子学園。

 東京の「聖オデッサ女子学園」に比肩すると言われる程の、北関東における女子名門校である。

 英志学園にも引けを取らない歴史と実績を誇り『その先にある、未来という閃光』をスローガンとして掲げる。決して縛ることのない伸び伸びとした教育方針が人気であり、これこそが名門たる所以だった。

 この学園にあるガンプラ部も、高い名声を誇っている。

 チームメンバーが交代する際に盛大な儀式を行い、非常に格式のあるチームだと言われている。そして使用するガンプラも、Gのレコンギスタに登場する機体に統一されているのも、特徴の一つだ。

 そのチーム名も、日本神話の太陽神であり女神である「天照大神」とスローガンをかけあわせた――GのレコンギスタのEDテーマにもかけた――ものとなっている。

 その名も、チーム「天照す閃光」。

 

 待ち遠しくても、待て!

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 森の木々を、薙ぎ払われた赤いビーム刃が伐採していく。

 フォトン・バッテリーの機能を持つ背部のクリアパーツから、高濃度に凝縮された粒子エネルギーが供給ケーブルを伝う。それは、両手に持つ超大型ビームサーベルから放出され、機体全長の倍に及ぶ粒子刃を発生させている。

 その"G系統"モビルスーツ中でも随一、接近戦に特化した「ジャスティマ」による豪快な斬撃を、奇特な意匠を身に纏う紅白のモビルスーツが迎え撃つ。

 

「中々の出力…ですが、私を落とすには足りませんわ」

 

 劇中において「ジット団」の先兵であるナイトを担う機体の攻撃は、その名に違わぬ確かな威力を持っていた。

 たったひと振りで樹木の四、五本を刈り取った超高出力の真っ赤なビームサーベル越しに、前方に突出した二本角が目立つ狐のような頭部が覗く。吊り上がった鋭いツインアイが輝いた。

 その斬撃を、和装の袖口のような装甲から発生させたビーム・バリアで受ける、紅白のモビルスーツ。粒子刃を受け止めつつ、同時に軽やかに流してエネルギーの消費を最小限にしていた。

 元の機体が判別できないほどに色が反転した胴体は、清純なる白。それに彩を添えるかのように(べに)が塗られ、足元まで覆う長いフロントアーマーの姿は、白衣に緋袴の"巫女"を思わせた。

 仮面のように顔面を覆うバイザーの奥から、ツインアイの光がジャスティマを睨む。

 

「舞台は整いましてよ」

 

 (やお)ら、紅白のモビルスーツは右手に握っている先太りの三叉戟をくるりと回転させた。鈍色の芯から左右に伸びる、炎を象ったクリアオレンジの刃先が、ビームサーベルを振り抜いたジャスティマの股下に迫る。

 

 

――ザッ!

 

 

 それが跳ねるように振り上げられ、ドラム缶のような巨大な肩装甲ごとジャスティマの左腕を斬り飛ばした。

 

「あっ!?」

 

 あまりに華美なる一撃を受け、ジャスティマを操縦しているファイターが狼狽の色を見せる。しかし、バランスを崩しながらも倒れ込むことなく、力強い両足でその場に踏み止まった。

 直様、残る右腕のビームサーベルを、がら空きの胴体へと叩き――込もうとして、しかしそれは虚しく空を切った。

 舞でも踊るかのように、紅白の機体は裾を思わせる幅広の両足からホバースラスターを噴射し、跳ね上がって回避したのだった。

 森林というフィールドにありながらも、長いリーチを持つビームサーベルを難なく躱せる、その理由はオブジェクトの変化にある。

 つまり、斬撃を阻む障害だと、ジャスティマが伐採した木々。

 跳梁を自由にする空間を得たことで、紅白の機体が大胆に宙返りした。

 ジャスティマの上を翻りながら、三叉戟――「緋ノ三叉(フォトン・トライデント)」の波打つクリア刃が赤熱する。

 

「フィールドの特性は――」

 

 神楽(少々奔放に過ぎるが)を舞うように跳ね上がった紅白のモビルスーツ――「カバカーリー・ヒノハカマ」が、ジャスティマの背後に着地した。

 

「――有効に活用するべきですわ」

 

 赤熱した緋ノ三叉の刃がたおやかな挙措で突き出され、それがジャスティマの腹部を後ろから抉り飛ばす。

 カバカーリー・ヒノハカマは、ホバリングによる滑らかな動きで半回転した。背を向け、三叉戟の石突を地面に突いて舞を締め括る。

 直後、ジャスティマは爆発した。

 

『BATTLE END!』

 

 決着の宣告。

 フィールドが分解され、ヘックスユニットにプラフスキー粒子が回収される。バトルを終えた二人の女子生徒が、互いに辞儀を交わした。

 癖毛が目立つ生徒が、ユニット上からジャスティマを拾い上げる。相手をしていた、所謂"姫カット"と呼ばれる清楚な黒髪の生徒に駆け寄った。

 

「ありがとうございました、アンドウ部長」

「ええ、こちらこそですわ。貴女のジャスティマも良い仕上がりでしたわよ、ニトウ・チカさん」

 

 ニトウ・チカと呼ばれた癖毛の生徒が、嬉々とした表情を浮かべる。

 

「ありがとうございます!」

「ですが、攻撃一辺倒な部分は改善する必要がありましてよ。ビーム・バリアやファンネル・ミサイルなど、ジャスティマにも多彩な武装があるのを留意してくださいましね?」

「は、はい!分かりました!」

 

 最後にもう一度礼をし、チカが部室の奥へ去っていった。

 ユニット上に立つカバカーリー・ヒノハカマを回収した黒髪の女子生徒――アンドウ・サダコは、外国製と思しき部室の時計を見遣る。

 

「そろそろ、刻限ですわね」

 

 と、長い黒髪を翻し、金縁が豪華な部室のドアに手をかけようとした。

 

「あ、アンドウさん。丁度いいところに」

 

 が、先にドアが開かれ、一人の生徒が入ってきた。ユヅキ・ララ――編み込んだ明るい白髪(はくはつ)が特徴的であり、アンドウも信頼を置くチームメンバーの生徒である。

 

「そろそろ英志学園のチームが来る頃ですよ。ええっと、チーム名は…」

「『スターブロッサム』、でしたわね。私もそう思って、出向こうとしたところですわ」

「そうでしたか。では、ご一緒に」

「ええ」

 

 ララが横に立って道を開け、廊下に出る。そんなことはしなくていいと以前に申し立てたつもりだが、その都度、人懐こそうな笑顔で流されるので諦めていた。

 

「去年、地区予選に出場したのは『スターブレイカーズ』でしたわよね。今年はチームリーダーが変わった、とのことでしたけれど」

「去年の"黒い悪夢"がリーダーになったらしいです」

 

 やや後ろを着いて歩くララ。アンドウは廊下を歩きながら、ハァと嘆息する。

 

「あの砲撃魔ですか…彼の戦い方、あまり好ましくありませんわ」

 

 砲撃魔。アンドウは彼をこう呼んでいた。

 去年の地区予選に出場したチームの中で、とりわけ話題をかっ攫ったのが英志学園チーム「スターブレイカーズ」だった。トーナメントでは当たらなかったが、その戦いぶりは忘れもしない。

 何しろ、初出場校が破竹の勢いで決勝戦まで勝ち登ったのだ。話題にならない方がおかしいというもの。チームリーダーであるテライ・シンイチの「ガンダムAGE-1トールギス(トールギスをジャケットシステムのように着込むAGE-1という色物機体)」と、カネダ・リクヤの「ガイアガンダム・ロア」は中々にエレガントかつスマートな活躍で、こちらはウケが良かった。

 しかし、問題は"黒い悪夢"ことカトー・トモヒサと、その愛機「ガンダムサレナ」だ。傍目で見ても、その完成度は学生作品としては一級と言ってもいい。塗装のフィニッシングがダイレクトに浮き出る黒というカラーリングを、漆のような光沢で仕上げる腕は賞賛に値した。

 だが、アンドウの感性を逆撫でするのは、その戦い方にある。

 バトルスタートと同時にアトミックバズーカを構え、初撃でフィールドと相手チームを滅茶苦茶に掻き乱すのだ。頭では、それが作戦であり両翼が機敏に動ける要因でもあったが、理性が受け付けない。

 

「クラオカさんは結構好きみたいですよ?」

「彼女は彼女なりの理念に基づいてましてよ」

「ふふ、ご友人には甘いんですから」

 

 斜め後ろから小さな笑い声が聞こえる。

 

「貴女は、そうやってまた私をからかって…」

「あと、『顔はいい』だなんて言っていたじゃないですか」

「なっ、あっ、あれはっ」

 

 言い返せない。

 確かに、英志学園の三人はビジュアル面のポイントも高かった。

 特に、テライ・シンイチは絵画から飛び出してきたような人物で、宛転たる物腰と不敵な笑みで多くの女性を射止めてきたことは、想像に難くない。カネダ・リクヤも取り立てたビジュアルはないものの、やや中性的な顔立ちという魅力がある。カトー・トモヒサにしても、運動部のような高身長と人の良さそうな硬派なハンサム顔は、雑誌に載っても通用しそうだ。

 女性ガンプラバトル界隈では、去年の「スターブレイカーズ」を「ガンプラ界のジャ●ーズ」などとも形容しているのだ。

 と、思わず女子校という環境からくる考察をしてしまい、頭を振った。

 

「そんなことはいいですわ!それより、新メンバーと言う二人の情報はありませんの?」

「勿論、ありますよ」

 

 ララは学生服のポケットからスマートフォンを取り出し、とあるインターネットのページを見せた。

 階段を降りる前に、その画面を注視する。「ココネ印」と刻印された赤い判が押されている記事だ。

 

「英志学園新聞?」

「英志の新聞部による、学園のサイトにも掲載されている記事です。ここに、その二人のことが載っています」

 

 スマートフォンを拝借し、その内容を読む。

 映し出された写真には、黒髪を二房に結い上げた髪型の、大人しそうな女子生徒が写っている。

 

「古武道界に吹き抜けた一陣の風、キンジョウ・ホウカ…。古武道部、ですの?」

「クラオカさんみたいに、掛け持っているようですね」

 

 そういえば、その名前は聞いたことがある。去年のスポーツ誌にも掲載されたらしく、同県ということもあって、風の噂でその女子生徒が英志学園に入学したことも聞いている。

 そんな有名人がガンプラバトルをし、英志のチームに入るとは。

 

「これはまた、腕が鳴るというものですわね」

「もう一人、注目すべきなのが下の記事に載っている三人目です。あのカネダ・リクヤにバトルで勝利し、彼自ら身を引いたことでチームメンバーに抜擢された、とのことです」

「なんですの?そのウルフ・エニアクルのような人物は」

 

 画面を指先でスクロールし、二枚目の記事で止める。

 

「…大胆な表現力で魅了する、演劇界の、新生…」

 

 我が目を疑い、思わず目を擦った。

 読み終える前に、もう一度その名前を頭から読む。

 ジニア・ラインアリス。

 

「――ラインアリスさん!?」

 

 読み間違い…ではない。ジニア・ラインアリスと、しっかり書かれている。

 思い浮かべる人物を裏付けるように、写真にはマゼンタ色のサイドテールが眩しい、対話をする前にELSも匙を投げそうな笑顔が写っていた。

 彼女が、日本に…日本の学校に在籍している!?

 

「アンドウさん?」

 

 ララが心配そうにこちらを覗き込んできた。

 六年前、自分がアメリカに住んでいた頃に知り合った彼女。

 お互い慌ただしい時期だったこともあって、いつの間にか連絡を取り合わなくなっていた彼女。

 下の名前で呼ぶなと言っても聞かない彼女。

 私よりも"ルイン"に好かれ、嫉妬を煽る彼女。

 込み上げてくる感情の正体に気付かないまま、アンドウは階段を駆け下りた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 日本らしからぬ荘厳な屋敷のような門扉を潜り、敷地内へと踏み入る。

 これもまた日本らしからぬ庭園が、四人を迎えた。有名な彫刻家の手によるものであろう豪奢な噴水が、庭園の中央で絶えず水を噴き出している。その周囲にも、まるで運河を跨ぐように橋が渡される池や教会の建物など、別世界の様相を見せていた。

 さながら、"キャピタル・テリトリィ"のようである。

 

「…Gレコの世界かよ…」

 

 例に漏れず唖然としていたトモヒサが、ぼそりとツッコミを入れる。

 同じく口をあんぐりと開いて呆然としながら、ジニアはこくりと頷いた。

 

「樫葉…カシーバ…えっ、そういうこと?」

「ぐ、偶然だろ…」

 

 トモヒサのツッコミも歯切れが悪い。

 物珍しそうに庭園を見るホウカも、何処か心が躍っているようだった。このように豪華な庭園など早々お目にかかれないので、その気持ちもよく分かる。

 

「見物は帰りに幾らでもできるじゃないか、早く挨拶に向かうよ」

 

 マリコが先導を切る。この庭園には差して興味がなさそうだが、少しくらい驚いてもいいはずだ。それとも、この学園には来たことがあるのだろうか。

 

「シーマ様、ここ来たことあるの?」

「ん?まぁ、ちょっとした縁ってやつだよ」

 

 御約束とばかりにあしらわれる。この人にはどれだけの秘密があるのか…。

 庭園の見物も程々に、その向こうに見える校舎(議事堂か何かと見紛うばかりの異次元の建築様式である)へと向かった。

 どんなチームなんだろうと、ジニアが想像していると、

 

「うん?」

 

 高貴な香りでも漂ってくるような、レンガ造りの校舎玄関の前に、女子生徒が二人立っているのを確認した。

 落ち着いた黒茶色と朽葉色の制服に身を包んでおり、周囲の景色と合わせると、視界の端々にエレガントな蔦模様でも飾られるかのようだった。

 その内の一人は、腕を組んで仁王立ちしている。近付くに連れ、その容貌が次第にはっきりしてきた。

 丈の短い黒茶色のスカートから、膝上まで隠すブーツのようなソックスを履いたすらりと長い両足。何か不機嫌なことでもあったのか、黄色のネクタイを胸に埋ませてがっちりと腕を組んでいる。

 そして、日本人らしい――マニィ・アンバサダによく似た――美しい黒髪がそよ風に揺れていた。

 記憶の中の人物と、その容姿が一致する。

 突然目の前に現れた古い友人を目の当たりにし、思わず立ち止まった。

 

「……サダコ?」

 

 間違いない、アンドウ・サダコだ。

 身長はかなり伸びたが、六年前と変わっていない。

 

「――下の名前で…」

 

 すると、彼女は腕を解き、ずんずんと力強い足取りでこちらへ早歩きしてきた。

 

「…呼ばないでって言っているでしょう!?」

 

 有無を言わさぬ勢いで接近し、自分の両手をがっし!と握る。

 

「お久しぶりですわね!ラインアリスさん!」

 

 怒っているのか笑っているのか、サダコは何とも言えない表情だった。

 感情豊かで、そして淑やかで美しい旧友のあの頃と変わりない姿に、ジニアは心底から喜び、再会の感激が込み上げてくる。

 握られた両手を力いっぱい握り返し、ぶんぶんと縦に振った。

 

「ほんとにサダコ!?わぁサダコだ!サダコー!!」

「~~ッ!辞めてくださいましって言っても、相も変わらず貴女は…!」

 

 声は怒っているが、彼女も再会を喜んでいるのだろう。隠せぬ感激の色が、ありありと麗しい容貌に浮かんでいた。

 

「アンドウさんとお知り合いなんですか?」

 

 彼女の横に立っていた生徒が、ひょっこりとその後ろから現れる。

 陽の光を反射して煌く、編み込まれた白髪(はくはつ)が綺麗だ。

 

「あ、失礼しました。私はチーム『天照す閃光』のメンバーが一人、ユヅキ・ララと申します」

 

 そして居住まいを但し、胸元に手を添えて恭しく挨拶をする。

 握ったままの手をお互いに離し、改めてチームとしての挨拶を交わそうとそれぞれに並んだ。後ろで呆然と立ち尽くす、完全に置いてけぼりを食らった三人を招く。

 

「…先程は失礼致しましたわ。改めまして、お初にお目にかかりますわ、英志学園の皆様。先に紹介に上がったチームのリーダーを務めさせて頂いております、アンドウ・サダコと申しますわ。気軽に、"アンドウ"と呼んでくださいましね」

 

 ララ以上の丁寧さと可憐さで、サダコは腰を折って挨拶をする。親愛を表すような表情を浮かべながら、やたらと"アンドウ"の部分を強調していた。

 

「あら?そういえば、クラオカさんはまだ華道部ですの?」

「…あの、います、私…」

 

 サダコの後ろから声がした。

 全員がそちらを向くと、縮こまっている女子生徒が顔を上げ、また伏せた。大きな丸眼鏡が陽光を反射して表情が読み取れない。ややぼさぼさの長い紺色の髪は、適当な感じで二房に結われていた。

 

「ク、クラオカ・オリハです…丁度、さっき部室の掃除が、終わって…」

「クラオカさん、挨拶ははっきりと丁寧に、でしてよ?」

「あ…ご、ごめんなさい…」

 

 サダコに指摘され、彼女――クラオカ・オリハは、更に小さくなった。

 しかし、ジニアはオリハの最大の特徴を見逃さない。

 

「おおう…見事なツインドライヴ…」

「ツインドライヴ?」

 

 ぼそりと呟いたのを、ホウカが拾った。

 

「うん。ほら、ツインドライヴ」

 

 ホウカには、ジェスチャーで表現する。

 自分もそこそこ自信のある大きさだが、それを二回りほど大きく、たわわと両手で包んだ。

 

「ぶふぇっ!?」

 

 こちらを見たトモヒサが、口を隠しながら盛大に噴出する。

 女子校の敷地内で分かりやすいリアクションを取るとは、中々の勇者というか、意外とスケベだ。サダコとララとマリコの白い目が、某光の国の戦士達の如くトモヒサに集中光線を浴びせる。

 ホウカは、最初こそ「?」と疑問符を浮かべていたが、顔を真っ赤にするオリハのそれを見て理解したようで、薄らと頬を染めた。

 

「あ!トモにぃ、それでさっき…!」

「し、仕方ねぇだろ!ただでさえ女子校で、しかも男一人なんだからよ!」

「周りが女子だけだったら何なの!?」

「べ、別に何もしねぇよ!」

「トモにぃのえっち!!」

「はぁっ!?」

「痴話喧嘩かい…」

 

 珍しくマリコがツッコミに回った。

 サダコも口元に手を添え、くすくすと二人の遣り取りを見て笑っている。

 やっぱり、あの頃のままだ。アメリカで一緒に遊んだ、当時の空気を感じた気がした。

 

 こうして、チーム「スターブロッサム」とチーム「天照す閃光」の初顔合わせが、賑やかに終わった。

 

 

 

          Act.07『朗々、天照す閃光!Ⅱ』へ続く




 
 

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