ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.05 『錦上花を添うⅡ』

 

 

 かつて、ガンプラバトル黎明期に、あるファイターが存在した。

 曰く、鬼神。

 曰く、旧世代の悪魔。

 曰く、リアルXラウンダー。

 ジョン・エアーズ・マッケンジーと珍庵をして、最強の老兵とまで称された。

 ガンプラファイターの名は、アズマ・ハルト。

 付いた二つ名は、"殲滅のアズマ"。

 愛機たるガンダムAGE-1を駆り、数々の大会で名を残した伝説の一角である。

 そのガンプラにも逸話があり、素体であるガンダムAGE-1ノーマル自体が底知れない性能を発揮することから、AGEシステムのブラックボックスを積んでいたのではないかと実しやかに噂されている。

 しかし、PPSE社主催当時の「第5回ガンプラバトル選手権世界大会」での敗北を最後に、忽然と表舞台から姿を消したのである。

 年齢を考えての引退、実生活の問題、ガンプラバトルに飽きた…などと様々な憶測が当時は飛び交っていた。しかし、イオリ・セイ&レイジ組に端を発したその後のガンプラバトル隆盛の波が押し寄せたことで、いつしか"殲滅のアズマ"の名は若者達の記憶から薄れていき、過去のものとなっていた。

 一部では、未だに彼が何処かでその腕を振るっていると伝わっていたが、本人が姿を現さないが故に確かめる術はなかった。

 その、生ける伝説であるアズマ・ハルト本人が、目の前にいる。

 当時より幾分か皺の増えた厳格な面立ち、だが当時から変わらぬジャケットとゴーグルと、溢れる覇気。

 まさか、気まぐれで入学した英志学園の、用務員をしているなんて。

 しかし、その正体を知っている者は学園にほとんどいなかった。

 それを知るのはテライ・シンイチと顧問シマ・マリコ、この二人のみ。

 さらにその二人までもが、彼に師事を仰いでいたという実力者だと言う。

 とんでもない所に来てしまったと、腰を抜かさんばかりの衝撃を受けたのが、新一年生になったばかりのカトー・トモヒサ15歳。

 去年の春のことだった。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 あまりの衝撃に、ホウカは声を出せずに硬直する。

 まるで雲を掴むような、俄かには信じ難い話。

 トモヒサの口から語られた、目の前に立つ用務員の正体だ。

 時々、校庭などで掃除をする姿を見掛けていただけで、挨拶すらしたことがなかったが、そんな伝説の人物だったなんて…。

 

「あ…あ……」

 

 一緒に(ほとんど引っ張られる形で)室内灯の点るログキャビンに突撃したジニアが、隣でカタカタと震えながらカ●ナシのように声を漏らしている。

 

「あの…アズマ・ハルト…?」

 

 ゆっくりと一歩ずつを踏み出しながら、本当に蛙でも食らってしまうかのように両腕を幽鬼のように掲げる。

 ゆら…と、前のめりになった瞬間、今度は質量でもありそうな残像を残してアズマの前に走り寄った。

 

「ずっ――――――とファンでした!!!」

 

 その笑顔が撒き散らすのは、サイコフィールドかGNフィールドか。物理的干渉を及ぼしかねない笑顔が、ジニアに咲き誇っていた。

 アズマは狼狽の色を隠せず、といった様子でその笑顔・レイに晒される。

 火星圏のような変な病気にならなければいいのだが…。

 

「…カトーよ。この子は、いつもこうなのか?」

「大体こんな感じです」

 

 他人事のように言うトモヒサ。

 

「あ、握手してください!!」

「構わんが…」

 

 ジャケットのポケットに突っ込んでいた右手を、アズマが控えめに出す。

 ジニアはその手を両手でがっしりと握り、何を言うでもなく、ただひたすらに笑顔だった。

 

「ジニー、そんなにファンだったんだ…」

 

 そう呟くと、バッとジニアが顔を向け、こちらに視線を移す。

 

「うん!!」

 

 そして、派手にマゼンタのサイドテールを揺らして頷いた。

 トモヒサが「子供か…」と、呆れ顔で独り言を呟く。

 きっと、彼女にとって"殲滅のアズマ"という存在は、憧れのヒーローそのものなのだろう。自分だって、もし小さい時に見ていたヒロインに直に出会ってしまったら、平静を保っていられる自信はない。

 熱烈なアプローチを受けるアズマは、困惑した表情を浮かべて頭をかいた。

 そしてふぅ、と短く息を吐く。

 

「…こんな老いぼれに会って喜んでくれるのは嬉しいが、ワシがここに来た理由は巡業ではないぞ」

 

 ふと、アズマの態度が変わる。

 ジニアもさすがにそれには気付いたようで、握り締めていた手を離した。

 再び、右手をポケットに突っ込んで続ける。

 

「キンジョウ・ホウカと、ジニア・ラインアリスよ」

 

 名前を呼ばれて、ホウカは身が強張った。ジニアがしゃきっと背筋を伸ばす。

 彫りの深い両目に宿るのは、戦う者の光。

 しかし危うさのない、達観した(つわもの)の目。

 

「ワシとカトー、そしてお前達とで戦ってもらう」

「2on2ってことだ」

 

 その横に、トモヒサが立つ。

 そして、抱えているケースをヘックスユニットの上に置き、ロックを外して収納されていたそれを取り出した。

 その姿は、見間違うはずもない。

 自分の名前に似た和名の花を冠する、その名を呼んだ。

 

「ガンダムラナンキュラス…」

 

 この日、ロールアウトを迎えたばかりの、新たなガンプラ。

 みんなの力が注がれた、私の機体。

 白くて綺麗なガンダム。

 

「初陣の相手が"殲滅"と"悪夢"たぁ、難儀だよなこいつも」

 

 そう言って、トモヒサはガンダムラナンキュラスをホウカの手前に置いた。

 

「安心しろ、初陣で壊すようなことはしねぇよ。ダメージC設定だ」

「ワシもそこまで鬼ではないからな」

 

 アズマが微笑を浮かべる。

 そして、木目の壁に設えてある棚から白いケース―AGEデバイスに似たそれ―を持ち上げ、その鍵を外す。

 ガチャ、と。強めのロックが外れる音が鳴り、ケースが開かれた。

 内装スポンジに包まれて、戦いの時を待つ重装甲(フルアーマー)のガンプラ。

 往年の、ヴェイガンとの戦争を戦い抜いた歴戦の勇姿。

 

「……ガンダムAGE-1フルグランサ」

 

 思わず、その名が口を衝いて出た。

 圧倒的なまでの存在感を放つそのガンプラを、アズマは硬質なユニットの上に置く。

 ヘックスユニットを挟んで立つアズマのことをホウカは知らなかったが、そのどこか余裕のある、しかし隙を見せない悠然たる居住まいは只者ではないと感じ取れた。勿論、其処にあるガンプラもだ。

 その横に、もう一体のガンプラが並び立つ。

 

「伝説のガンプラとタッグを組めるなんてな」

 

 トモヒサの愛機。ガンダムサレナ。

 漆のような光沢を放つ黒いガンプラには、圧倒的な存在感のフルグランサにも負けない威圧感がある。GP02サイサリス特有のシルエットは、それだけで見る者を圧倒するのだ。

 勝てる気が、しない…。

 と、足が竦みそうになる自分の肩を叩く手が。

 

「どーしたのホーカ。不安?」

 

 拳の甲で肩を叩いたのは、ジニアだ。

 

「…うん」

 

 心の内に生まれる不安感を、隠さずに頷く。

 アズマと、その愛機フルグランサの圧力は元より、トモヒサに対しても。

 軽い模擬戦などでは戦ったことがあっても、本気のバトルは、これが初めて。

 その二人と二体を前に、不安は嫌でも湧いてくる。

 

「私はワクワクしちゃうな。だって――」

 

 するとジニアは、常にはない野性的な笑みを浮かべた。

 

「――めちゃくちゃ強そうだもん」

 

 2オクターブくらい声音を下げて、その大きな両目がアズマとトモヒサに向けられる。

 そうだ、ジニアの言う通りだ。

 強そう。勝てる気がしない。

 でも、だからこそ、立ち向かう価値がある。

 そのための力を貸してくれる存在もいる。

 ガンダムラナンキュラス。

 その初陣がこんな強い相手だなんて、願ってもないことではないか。

 

「…うん、そうだね。強そう」

 

 ジニアと顔を合わせる。

 精一杯の、この子に負けないくらいの強い笑顔を作る。

 

「勝とう、ジニー」

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

『GUNPLA BATTLE. Combat mode, start up』

 

 四人が囲む二構成のヘックスユニットが、静かな起動音を響かせる。

 一説には人工知能が搭載されているのではと、(あなが)ち冗談とも思えないような噂のある抑揚の利いた電子音声。

 その声が、戦士達へと戦いの舞台を開錠する。

 

『Mode damage level, set to "C". Please, set your GPbese』

 

 促され、GPベースをユニットへ接続させる。その大きな液晶画面に、ヤジマ商事の特徴的なロゴマークが浮かび上がった。

 

『Beginning, "PLAVSKY PARTICLE" disperse』

 

 ガンプラバトルの森羅万象を司る青き粒子が、舞台の上に散布される。

 

『Field8. "SKY"』

 

 設定上にしかない無相の全てが、粒子変容技術によって実相に変わる。

 青空が誕生し、濃霧のような雲が浮遊する大陸や岩塊群を包み込んだ。それは、過去にチーム「ソレスタルスフィア」とチーム「フォン・ブラウン」が繰り広げた、ガンプラバトル史に残る一戦の舞台。

 そして、舞台の幕が上がっていく様を見るホウカ達を、ホログラムコンソールが取り囲んだ。

 

『Please, set your GUNPLA』

 

 各々が、ガンプラをユニットへと置く。

 魂無きプラスチック塊の偶像へとプラフスキー粒子が浸透し、命が吹き込まれる。

 顔を上げる四体のガンプラ。個々で異なる目を輝かせ、己の産声たる音を鳴らした。その周囲にも、カタパルトデッキが再現される。

 コントロールスフィアを握り、戦いへの意識を高めた。

 

『BATTLE START!』

 

 戦士たちが、戦いの巷へと躍り出る。

 

「キンジョウ・ホウカ、ガンダムラナンキュラス、行きます!」

「ジニア・ラインアリス、ハルジオン、いっきまぁーす!」

「カトー・トモヒサ、ガンダムサレナ、行くぜぇ!」

「ガンダムAGE-1フルグランサは、アズマ・ハルトで出る」

 

 全員の宣言を耳にしながら、ガンダムラナンキュラスがカタパルトを滑走して青空の下に飛び出した。

 奇妙な浮遊感。宇宙空間とは違った重力感覚が機体を軽くする。大陸が空に浮く、という非現実的なフィールドの特殊作用だろうか、例えるなら水中にいるような感じを覚える。

 ともかく、ホウカはすぐに近場の浮遊岩塊に着地し、武器スロットを動かして各武装をチェックした。

 右手のドッズライフル、両足の脛部に備えたビームサーベル。

 そして、Cファンネルを元にスクラッチされた四基の「Pファンネル」。

 シンプル、多くの武装は持たない構成だ。

 しかし、このガンダムラナンキュラス最大の武器は別にある。

 チェックを終えると、クローズチャンネルを通じて通信ウィンドウが表示された。ラナンキュラスのすぐ隣に、ピンク色の機体が着地する。

 

「ラナンキュラスはどう?」

 

 ジニアだ。ハルジオンがガーベラ・テトラの頭部をこちらに向け、緑色のモノアイを光らせた。

 タッグバトルのチーム分けは自分とジニア、そしてトモヒサとアズマである。二つのユニットで構成されたフィールドは広く、相手側二機との接触前に通信する時間は充分にある。

 

「いい感じだよ。反応もステイメンと同じで」

「徹底的に合わせたもんねぇ。ま、とりあえず作戦なんだけど」

「うん」

「なーんにも浮かばないや」

「うん。……えぇ!?」

 

 モニター越しにジニアが「てへっ✩」と言い、舌をちょろりと出しながら頭を小突いた。

 

「じゃあさ、ホーカは何か浮かぶ?」

 

 一応、考えてみる。

 重装甲の防御力がウリの二体のモビルスーツ。勉強した知識を記憶から引っ張り出した。

 一方は、機動性に優れた「フレキシブル・スラスター・バインダー」を備え、極大の破壊力を有する核兵器、もしくはビームバズーカを主武装とする機体。

 アナハイム社のジオン派開発チームがデザインしたとされる"悪役ガンダム"の雛形を築いた頭部を持ち、アナベル・ガトーに悪魔の象徴であるガンダムにも関わらず「いいモビルスーツ」と言わしめた名機。その上、それを現実に作り上げるほどのトモヒサの技術だ。その実力は計り知れない。

 そしてもう一方、ただそこにいるだけで他を圧倒する伝説の機体。

 フリット・アスノが年老いたことで近接武器を抑え、遠~中距離と防御に重きを置いたモビルスーツと言われる。だが、そんなものは建前と言わんばかりにシールドライフルにはビームサーベル機能を備え、推進ユニットとビームランチャーが組み合わさった真紅の複合兵装「グラストロランチャー」は驚異の一言。二つ名の由来は間違いなくこれだろう。

 そんな二体を相手に、どんな作戦を思いつけば良いと言うのか?

 

「……とにかく、分断して対処する?」

「だよねー」

 

 と、それぞれに動き出そうとした瞬間。

 けたたましいアラート音。

 直後、閃光。

 

 

――ギュオオオオオオオ!!

 

 

 彼方で炸裂した光が、怒涛の奔流となり飛来する。

 極太の粒子の塊が小さな岩塊を吹き飛ばし、雲海を突き破って襲いかかった。

 ラナンキュラスとハルジオンは咄嗟に跳ね飛び、その砲撃を逃れる。

 

「ひえー!デタラメだって!」

 

 ジニアが喫驚の声を上げた。

 先程まで立っていた岩塊が、まるで巨大なドリルで掘削されたかのようにぽっかりと大穴を空けている。融解した岩盤が急激に冷やされていき、冷え固まった溶岩のように破壊の残滓が凝固する。

 さらに、射線上に在ったオブジェクトが悉く蒸発しており、不自然な痕跡を宙に残していた。

 まさに、出鱈目な破壊力。

 

『出鱈目でも何でも、落とせりゃいいんだよ!』

 

 トモヒサの声だ。

 砲撃が来た方向に首を動かし、機影を捉える。

 映像を拡大すると、鈍く光る黒い機体がはっきりと見えた。

 ガンダムサレナだ。右肩に担いでいるのは、移動ビーム砲台「スキウレ」が流用されているという設定の大型ビームバズーカである。先刻の砲撃の正体はこれだ。ラジエーターシールドは装備しておらず、核攻撃は想定していないようだ。

 咄嗟、ホウカはハッとして周囲を確認する。

 

「そうだ、フルグランサは何処に…!」

 

 ガンダムサレナは確認したが、タッグを組んでいるはずのガンダムAGE-1フルグランサの姿が見当たらない。

 映像とレーダーを交互に見るが、その姿を捉えられなかった。

 

「ジニー!フルグランサがいない!」

「こっちでも探してるんだけど、見つから…」

『オラオラァ!余所見してんなよ!』

 

 慌てふためくこちらを他所に、トモヒサの荒々しい声。

 50メートルほどまで接近したガンダムサレナが、再びビームバズーカを構えてその砲口に破壊の輝きを集束させていた。

 チャージは短く、二射目をぶっ放つ。

 

「危ない!」

「勘弁してよぉ!」

『避けろよ、でないと死ぬぞ!』

 

 一発目より弱めの砲撃が襲う。しかし、否、故にこそ狙いの精度が高い。

 掠れただけでも大ダメージを見舞うそれが、ハルジオンを狙った。

 

「こっちぃ!?」

『逃がすか、よぉ!』

 

 ハルジオンは慌てて回避行動を取り、背部に突き出るブーストポッドを唸らせてその砲撃から逃れようとする。

 が、ガンダムサレナは足場を浮遊岩塊に固定しており、無理矢理に砲身を動かし、ぶっ放したまま射線の軌道を変えた。

 

「大丈夫!?」

「っつー…何とか、ね。でも、あっちはその気だよ!ガンダムサレナは私が引き付けるから、ホーカはフルグランサを…」

『初めからそのつもりだ』

 

 突如の声。

 それに反応すると同時に、攻撃を報せるアラート音。それは背後を示しており、ホウカは直感的に白い機体を翻した。

 ピンク色の粒子の奔流。ガンダムサレナのビームバズーカほどではないが、それでも十二分な威力を誇る二軸の光芒。

 シグマシスキャノンの一種とされるビーム兵器を備えた、ゼフルドランチャーの発展型装備。

 …グラストロランチャー!

 いつの間に回り込まれたのか。

 いや、これは作戦だ。トモヒサの砲撃に気を取られている内に、どういう経路を取ったのかは分からないが回り込まれている。

 最初から分断する気だったらしい。

 遥か彼方を基点に迸ったビーム砲撃が終わる。続け様、休み無く次の攻撃が襲い掛かった。

 小さなミサイル群の応酬。

 ホウカは、アサクラ教頭の使うドム・トローペンを思い出した。

 そして、経験しているからこそ対処も可能であり、そのための「Pファンネル」の実装である。スロットを滑らせ、「P-Funnel」のコマンドを選択した。

 

「行って、Pファンネル!」

 

 ガンダムラナンキュラスの背中。巨大な花を思わせる外観の中心にあるファンネルラックから、四枚の花弁(Petal)が射出される。

 ラナンキュラスが左手を広げた。その動きに追従し、機体の前にPファンネルが並列する。

 すぅ…と。呼吸を一つ。

 

「今ッ!」

 

 大型Cファンネルと同じ形状をした白い花弁の先端から、鋭いビームが奔る。

 マルチロック機能によってミサイル群を確実に撃ち落としていき、後方に続くミサイルをも巻き込んで誘爆させた。部員のみんな、そして自分も制作に携わって作り出したPファンネル達が、期待値以上の性能を見せていることに嬉しくなった。

 しかし、息つく間はない。

 Pファンネルを帰投させると同時に、連続して鳴り響く警報。

 ミサイルを撃ち落としたことで発生した煙幕の向こうから、圧倒的なプレッシャーを伴って迫ってくる。

 

「…来た!」

 

 グラストロランチャーではない、DODS(ドッズ)効果のある細いビームを撃ち込みながら煙を突き破った重装甲(フルアーマー)

 ガンダムAGE-1フルグランサ。

 両腕のシールドライフルを前に掲げ、ろくに狙いもせずに乱射している。

 しかし、分かっている。それが訴えるもの。

 "逃げるなよ"、と。

 鬼のような気迫に圧されかけるが、怖気付いてなどいられない。

 腰部に移植したテールバインダーを小刻みに噴射、同時に細かな岩塊を蹴って弾幕の中を駆け抜ける。さらに間隙を狙い、ドッズライフルの応射。

 二、三射と撃ち込むが、重装甲のモビルスーツは事も無げに回避していく。

 互いに撃ち合いながら、次第に縮まっていく距離。

 近接戦闘(クロスレンジ)に持ち込む気なのか。

 

(…だったら!)

 

 スロットを滑らせ、ビームサーベルを選択した。

 ドッズライフルを左手に持ち替えつつ、脛部から迫り出したサーベル柄を掴む。フルグランサも応じ、射撃を止めてシールドライフルの砲口からビーム刃を発生させた。

 瞬間、交錯。

 互いのビームサーベルが閃光を散らす。

 一撃をまみえたフルグランサはそのまま通り過ぎ、浮遊岩塊を蹴って急転身する。重装甲に不釣り合いな運動で、ラナンキュラスの背後を取った。

 薙ぎ払われるビームサーベル。

 

「ッ!!」

 

 上体の捻りと共にテールバインダーを噴射させ、機体を回転させる。

 振り向き様にサーベルの牽制。

 ()ち合ったビーム刃が交叉部で炸裂し、鍔迫り合いになった。

 AGE-1の初代ガンダムを意識した顔面と、AGE-FXのフェイスを移植したステイメンの頭部が、額をぶつけんばかりに近付く。

 

『いい反応だな』

 

 アズマの声が聞こえた。

 老境らしく落ち着いた、微塵も狼狽の色を見せない声音。バトルを始める前と同じ声だった。

 しかし、こちらは必死である。

 

「ありがとう、ございます…!」

『だが、今ひとつだ』

 

 突然、下からの衝撃。

 フルグランサが膝蹴りを仕掛けたのだ。濃紺の装甲に守られた膝の蹴撃がラナンキュラスの右腕を打ち上げ、ビームサーベルが高く宙を舞う。

 

「しまっ…」

 

 その一瞬の隙に、フルグランサが左のシールドライフルを懐に潜り込ませた。

 まさに、卓越した絶技。二枚板バレルに粒子の光が集束する。

 ゼロ距離―!

 

「――っ!」

 

 天啓が降りる。

 ホウカは無心のままに、弾かれた右腕のフォールディングアームを展開させた。一気に腕のリーチが三倍に伸び、宙に放られたビームサーベルをクローアームで挟む。

 そして、一息に振り下ろした。

 

『何ッ!?』

 

 フルグランサは咄嗟に機体を翻し、その斬撃を避ける。シールドライフルのビームが明後日の方向へ飛んでいった。

 が、機体を翻したまま即座に右のシールドライフルが向けられる。至近距離での銃撃など経験したことがないが、ホウカはバックステップで後退させて体を捌く。

 撃ち込まれたドッズライフルをギリギリ、掠れる寸前で脇に逸らして躱した。額から冷や汗が滲み出る。

 

(――そうか)

 

 そして、ハッと気付いた。

 これが、"殲滅のアズマ"の真髄。接近戦の威圧と絶技の応酬で、息つく暇も与えない。加えて、遠~中距離戦も怠らず、一瞬でも気を抜けば接近戦に持ち込まれる前に落とされる。

 そう、カンザキ・ツツジにも通じるような…。

 そして、対応できたことでの一瞬の安堵が、心と機体に隙を生む。

 フルグランサがグラストロランチャーの長い銃身を両腰から覗かせるのを、ホウカは目にした。さらに両腕を突き出し、シールドライフルの銃口を向ける。

 絶対殲滅、四門同時砲撃(フルバースト)

 回避行動は――間に合わない。

 集束した粒子の塊が吐き出される。

 

『――一斉射ッ!』

 

 ガンダムラナンキュラスが、光に包まれた――

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 圧倒的な破壊の光が、雲海を渡る。

 塵一つ残さず、という常ならふざけて言うような台詞が、全く冗談ではなくその威力にはぴたりと合致した。

 一歩間違えばその塵の仲間入りだったハルジオンが、浮遊大陸の下にある地層の隙間に機体を隠す。

 

「どうなってるの、あの粒子量…!」

 

 ジニアは、コンソールに表示される測定値を見て驚愕に目を見開いた。

 幸い、機体への被弾は今のところない。大出力のビーム兵器を避けるには、このハルジオンの機動性が有利に働いていた。

 しかし、接近できない状態に追い込まれているのも、事実だった。

 

「ドッズライフルも、近付かなきゃ意味ないし…」

 

 ハルジオンの武器は、基本的に中~近距離でのみ効果を発揮するものばかり。クランシェ譲りの可変を活かした飛行形態を駆使すれば、接近することも可能だが、その契機を未だ掴めていない。ホウカに任せろと宣った反面、何か対抗しないと体裁が悪いというものだ。

 接近できれば、或いは…。

 思案していると、アラート音が攻撃を報せた。

 

「ど、どこから!?」

『こっちだ!』

 

 隠れている場所の更に下、崩落の痕跡を見せる突き出た岩盤(無論、そういう設定で再現されたオブジェクト)から、漆黒の機体・ガンダムサレナが飛び出してくる。ビームバズーカは構えておらず、フォールディングバズーカのように折り畳んで背部にマウントされていた。

 ガンダムサレナは腰からビームサーベルを抜き出し、緑色の粒子刃を発生させる。

 

「やってみる価値は…」

 

 ハルジオンのドッズライフルでの応射。

 しかし、AMBAC可動肢としての作用を持つ両肩のバインダーを、文字通りフレキシブルに動かし、黒い重モビルスーツは躱しながら接近してくる。

 ジニアはスロットを操作し、ビームサーベルを選択した。

 

「ありますぜってね!」

 

 明朗に叫び、ハルジオンの左手首から黄色いビーム刃を発生させる。

 フルバーニアンのユニバーサルブーストポッドを意識した背部のバーニアを噴かし、ガンダムサレナに飛び掛った。

 黒と桃色のモビルスーツが剣戟する。

 

『真っ向勝負かよ、面白ぇ!』

「トモヒサこそ、わざわざ接近してくるなんて!」

『いつまでもビームバカスカ撃ってりゃ、粒子が勿体ねぇからな!』

 

 トモヒサはそう言うが、ガンダムサレナの近接戦における純粋なパワーも凄まじかった。粒子が勿体無いと言いつつ、威圧感のあるモビルスーツがビームサーベルを叩きつけてくる。

 

『相手がアズマさんじゃなくて、残念がってんじゃねぇのか?』

「そんなこと…!」

 

 少し、ギクッとする。

 思っていないと言えば嘘になるが、トモヒサと本気でバトルできる喜びも感じているのだ。これから先の選手権を共に戦い抜くために、彼我の実力は知っておくべきだし、いい機会だとも思う。

 何よりも、リクヤの席を担う自分が、彼と肩を並べるに足る実力かどうかを見極める機会でもある。

 そんなことを考えていても、容赦のない斬撃がハルジオンを襲っている。今は、眼前の"ソロモンの悪夢"を黒く塗り潰したガンダムから、勝利を得ることだけに集中すべきだ。

 

(でも、何このハイパワーのゴリ押し…!)

 

 サーベルの出力と純粋なパワー。"黒い悪夢"という異名は、確かに言い得て妙。

 正直、押し負けているのが目に見えていた。コンソールが左腕破損の危険を報せ、実際にもハルジオンの関節が悲鳴を上げているのが分かる。

 しかし、形勢を変える絶好のチャンスこそ、今。

 ここが契機と見た。

 

「ちょっとだけ…ね!」

 

 先の言葉に返事をしながら、腕のサーベルで弾いて後退する。

 ハルジオンは胴体を反るように折り曲げ、ドッズライフルを胸部に接続して飛行形態に変形した。クランシェから引き継いだ可変機能だ。

 推進器が全て後ろを向く形になり、一気に離脱する。

 

『おう、逃げるのかよ!』

「――ところがぎっちょん!」

 

 ガンダムサレナに、ビームバズーカを撃たせる時間は与えない。

 すぐに旋回し、機首となったドッズライフルを撃ち込んで再び接近した。

 

『っ、危ねぇ!』

 

 ガンダムサレナはバインダーを噴射させ、その攻撃を躱しながら飛び上がる。ここぞとばかりに攻撃を仕掛け、撃ち落としにかかった。

 ハルジオンが、初めてガンダムサレナの後ろを取る。ビームバズーカを懸架するためか、MLRSコンテナが左側の三基のみ装備されていることを確認した。

 狙いを絞ってドッズライフルを撃ち込む。しかし、重モビルスーツは核兵器運用によって齎された機動性を活かし、後方からの射撃を器用に躱し続けている。やはり、そのフォルムはとてもジオンらしくて美しい。アナハイム社のジオニック系技術者諸氏に敬意を表したい。

 ふと、シャアピンクのザフト水泳部機を思い出した。

 

「なんて機動性、私のスーパーグーンみたいな…!」

『アレと一緒にすんな!』

 

 トモヒサがツッコミを返しながら、ガンダムサレナの空路を直角に曲げる。

 バインダーの可動性を存分に発揮した機動に驚くが、すぐにその後を追おうと操舵を切る。だが、飛行形態の直線的な加速では対応し切れなかった。

 機体をモビルスーツ形態に変形させようとスロットを滑らす。

 と同時に、ロックオン警報。

 

「――!」

 

 変形をしながら視線を移し、浮遊する巨岩の壁面を幅広の両足でしっかりと踏み込むガンダムサレナが、見上げるようにこちらを見るのを確認する。

 その背にあるのは、三基のMLRSコンテナ。

 その内の二基が、ガコンと音を立てて開き、弾頭を二つ覗かせた。

 

『こいつをくれてやる!』

 

 変形を終え、ドッズライフルを握るのとタイミングが重なってロケットランチャーが発射される。

 ほとんど反射的、左のビームサーベルを発生させながら、ドッズライフルを一発のロケット弾に向けた。

 

「"ジオンの春(ハルジオン)"は――」

 

 正確な射撃修正は行わず、直感のみの狙撃。

 弾頭を正面から撃ち抜き、爆破させた。その爆煙を弾道として空中に描きながら、残る二発目が迫る。

 狙撃は間に合わない。

 

「――伊達じゃないんだからァ!!」

 

 故に、ブーストポッドの機敏な動きによる回避運動をしながら、発生させていた左腕のビームサーベルを弾頭に突き立てた。

 そのままロケット弾が二枚に捌かれ、二つの爆発を空に咲かせる。

 

(ロケランはあと一個!それさえ何とかすれば…)

 

 ジニアは思いながら、警報が鳴るより早く感じた。

 集中によって先鋭化された第六感が、危険信号を発するのを。

 ハルジオンのモノアイが滑り、ガンダムサレナを捉える。

 その右肩が構えるビームバズーカが、既にエネルギーを集束し終えているのも。

 

(…ロケランはデコイ!?)

 

 いや、当たれば御の字、そうでなくともビームバズーカを展開・発射までの―ハルジオンがロケット弾を迎撃した、時間にして僅か六、七秒程度の―時間を稼げれば良いと、それくらいの気構えだったのだろう。

 しかし、そう気付いても後の祭り、もう遅い。

 

 

――ゴゥッ!!

 

 

 破壊のエネルギーが、瀑布の如く大筒からぶっ放された。

 

(避け――)

 

 ハルジオンの短い胴が、ハイメガ並の奔流でごっそりと掻き消える。

 撃墜、というのも生温い、無慈悲な潰滅。

 あまりに呆気無い、決着だった。

 最後にハルジオンのモノアイが映したのは、ガンダムサレナの爛々と輝く両目だった。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 粒子変容。ガンプラに革命を起こした技術。

 それが齎す恩恵は、オブジェクトの構築やビーム類に留まらない。

 「プラフスキー粒子を制する者はガンプラバトルを制する」、とまで形容される言葉が存在するように、その特性を理解し、ガンプラに相応の加工を施すことで無限大の可能性を生み出すのだ。

 かのヤジマ・ニルスの愛刀「戦国アストレイ頑駄無」が第七回世界大会で見せた、サムライソードによるビーム切断と「粒子発勁」。

 同大会の優勝者である、イオリ・セイの「スタービルドストライク」が初出とされる「アブソーブ/ディスチャージ/RGシステム」など、その他多くの粒子変容を応用した能力が、いずれも音に聞こえるほどの結果を残している。

 無論、本来のガンプラが持つ機能も例外ではない。

 圧縮粒子領域「GNフィールド」や、宇宙世紀シリーズの「Iフィールド・バリア」。どちらも無加工のままでは不安定な機能だが、作り込むことで高出力の防御領域を得ることは可能だ。

 詰まる所、"ガンプラに愛情を篭める程、それらも高次元に完成させ得る"、ということである。

 以前、部室でマリコの講義を受けていた時の、教材の一つから読んだそれらの記述を思い出す。改めて、粒子変容の強力さをホウカは実感していた。

 

『!?』

 

 相対しているガンダムAGE-1フルグランサ、その操縦者であるアズマ・ハルトが、不可解な現象に驚く様子が分かった。

 発射された四門同時砲撃の光軸が機体には着弾せず、その眼前で悉く"消滅"したのだ。

 

『粒子変容の力場…Iフィールドか!』

 

 即座に、その現象の解を口にする。

 ガンダムラナンキュラスに実装された、粒子変容フィールドの代表格「Iフィールド・バリア」。

 背面に広がる花弁型ウイングユニット、「フラワリングジェネレータ」によって制御されるそれは、チーム「スターブロッサム」の心の形だった。

 しかし、その出力と利便性において未だ課題を残している。元々、別の機能として用意されたものだったが、トライアル時に発生した力場を防御に転用できることが分かったのだ。しかし、実戦に投入するには問題が多いため、バトルの中でデータを取って調整すればいいとトモヒサが判断したのだ。

 とは言え、こんなにも早く使うことになるとは、ホウカは思っていなかった。

 

『しかし、出力は安定していないと見た』

 

 アズマの言う通りだ。

 粒子変容フィールドは、ビーム兵器類に対して絶対的な防御力を発揮する。だが、それを統御することは、そう容易なことではないのも事実だった。

 とりわけ、高出力を誇るガンダムヴァーチェのGNフィールドや、クロスボーン・ガンダムX3の「Iフィールド・ハンド」などは特に御し難いじゃじゃ馬として知られる。強力が故に、安定した出力を発揮できるほどの加工技術は、高いものを要求されている。

 しかし、()()()()()、ガンプラバトルというものは奥が深いのだった。

 

(何とか、上手く展開できたけど…)

 

 バリア領域の範囲、出力、共に高い水準だ。ビーム攻撃を無効化できているが、即時対応に難有り、かつ高出力のためにコンソールで手動制御する必要もあった。

 そうは言っても、今はこれを駆使して戦わねばならない。

 じりじりと、互いに様子を伺いながら機体に慎重な足運びをさせる。

 

『カトーめ、厄介なものを』

「…でも、接近戦だとIフィールドは対処し切れません」

『そうだな。結果論に過ぎないが、仕掛けて正解だったと言える』

 

 アズマが含み笑いを零した。

 次にどう仕掛けてくるのか。また至近距離か、それともこちらの動きが止まることを狙ってのビーム攻撃か。歴戦のファイターなら、思いもつかないような手段で攻めてきても不思議はない。

 

『攻めて来ないのなら…こちらから行くぞ!』

 

 そして、やはりフルグランサが先に動いた。

 両肩と両膝の装甲が開き、ミサイルランチャーの射出口が露出する。

 ホウカはドッズライフルを右手に持ち替え、刃を発生させずにサーベル柄を左手で握り直した。

 

「Pファンネル!」

 

 ミサイルランチャーが発射されるのと同時に、Pファンネルを射出する。

 ドッズライフルの射撃と、Pファンネルのマルチロック機能による応射で、再びミサイル群を撃ち落としにかかった。

 

(Iフィールドの弱点を…!)

 

 Iフィールドが物理衝撃に対しては無力であることを、アズマはすぐに看破したようだ。劇中においてビグ・ザムやデンドロビウムも、物理衝撃によって突破されている。

 実弾兵器が弱点であることなど、至極明白なことだった。

 

「落とし切った…!」

 

 コンソールが、全弾を撃墜したことを報せる。しかし、大量のミサイルを撃墜したことで煙幕が立ち篭め、視界を塞いだ。

 ホウカはスロットを操作し、フラワリングジェネレータ本来の機能を選択する。畳まれていたウイングが横に開かれ、その真価を発揮するために花を開く。

 足下の粒子帯に反発し、大型ジェネレータが見えざる力場を生み出す。バーニアも噴かずに、機体が浮き上がった。

 即ち、"プラフスキークラフト"である。

 Pファンネルを射出したまま、サーベル柄から刃を発生させて上へ飛ぶ。

 

『逃がさん!』

 

 やはり仕掛けてきた。

 両機共に煙幕を突き破り、空中で刃を交える。フルグランサの右のサーベルを弾きつつ、至近距離で撃ち込まれる左のライフルをテールバインダーの可動によって躱した。

 

「ッ!」

 

 応じて、こちらもドッズライフルを撃つ。

 しかし、ボクサーのガード体勢のように前面へ掲げられたシールドライフルによって阻まれ、フルグランサはそのままバーニアを噴射させて距離を詰めてきた。

 絶え間ない攻撃の応酬で、感覚が研ぎ澄まされていく。

 思考が理解するよりも早く体が反応し、フラワリングジェネレータに力場を展開させる。最早、出力を調整する暇もなく、出すが侭にした。

 ガード体勢のまま接近するフルグランサ。その両脇から伸びてくるのは、真紅の砲身・グラストロランチャー。

 先の直感が的中した。撃ち出された粒子の塊がIフィールド・バリアに阻まれ、ピンクの輝きが凄惨な美しさを持って眼前で弾け飛ぶ。視界が桃一色に染まった。

 短い砲撃が止んだ直後、タイタスやザクのように、フルグランサが左肩を突き出して突進してきた。

 重装甲に任せた、ボディタックル。

 

 

――ゴッ!!

 

 

 正面からそれを受けてしまい、ラナンキュラスが吹っ飛ぶ。パーツの幾つかがひしゃげる音がした。

 …だが、それも既に見通している。

 Pファンネルは、その為に帰投させずにおいたのだ。

 然りとて、Iフィールド・バリアを再度展開する暇など、アズマは与えてはくれない。ラナンキュラスの体勢を直す間に、二門のランチャーに再び粒子が集束する。

 同時に、Pファンネルがフルグランサの四方を取り囲んだ。

 

(――そこ!)

 

 一斉射撃。四つの光が、Pファンネルの先端から奔る。

 瞬間、フルグランサが左を振り向いた。

 

『――ぬゥん!!』

 

 グラストロランチャーから迸った砲撃を、振り向いた動きのまま滑らせる。それがPファンネルの二射を薙ぎ払って掻き消し、背後の二射も、広げた左腕のシールドライフルによって叩き落とすように受け切られた。

 豪快にして、精確。

 あまりの神業に我を忘れそうになるが、これこそ好機。

 フルグランサのブーストが切れる、この瞬間。

 バーニアの推力によって飛んでいたため、フルグランサがゆっくりと落下を始めた。フィールド効果によって軽減された重力で、急な落下は起こらない。

 方やラナンキュラスは、プラフスキークラフトによる浮遊のため、対空を保っていられる。

 

(ファンネル、お願い!)

 

 最大の好機に、Pファンネルが閃いた。

 

『オォ…!?』

 

 恐らく、アズマもラナンキュラスが対空していられる理由を考えていることだろう。聡い彼なら、すぐに気付くはずだ。

 その答えが導き出される前に、決める!

 ラナンキュラスがサーベルを握る左手を前に掲げ、その腕を払う。いつからか慣習となっているこの挙動に応え、Pファンネルがフルグランサに迫った。

 

『ぐぅ…!!』

 

 二基のPファンネルが、左右のランチャーを斬り落とした。

 続けてもう二基が、その本体に突貫を仕掛ける。

 勝った、と思った。

 油断や傲慢などではない、確信として。

 しかし、歴戦のファイターは、その確信をも打ち砕く。

 

 

 

 

「――!?」

 

 

 

 

 一瞬、機体が弾けたのかと思った。

 否、そうではない。

 フルグランサが、ガンダムが装甲をパージした!

 胸部を覆っていた装甲に、二基のPファンネルが突き刺さる。

 さらに両足を開脚させて腰を捻り、空中で機体を転身。両腕についたままのシールドライフルからビームを発射し、さらにもう二基のPファンネルを撃ち落とした。

 何者をも屈服せしめる、圧倒的な絶技だった。

 グラストロランチャーが分離したことで独特の形状をした背面が露出し、その背にあるAGE-1ノーマル本体のバーニアが唸りを上げる。

 

『このワシに――』

 

 ガンダムAGE-1の胸に、「A」のマークが光った。

 

『――装甲を外させるとはァ!!』

 

 黄色だった両目が緑へ変わる。

 そのツインアイが一際強く輝き、ガンダムラナンキュラスへと迫った。

 ホウカは、上昇を始めた救世主(ガンダム)に向かってドッズライフルを撃ち込む。Pファンネルを二基落とされ、残る二基も装甲に突き刺さったまま落下していき、帰投させることもできない。

 最後の交錯と、ホウカは察した。

 元より、ドッズライフルの応射など当たるとは思っていない。浮遊岩塊を蹴り、常識を逸する回避運動と速度を伴って、鬼神となったガンダムが来る。

 両腕のシールドライフルから粒子の刃を発生させ、一直線に接近してきた。

 ホウカも覚悟を決め、ドッズライフルを捨てる。右足のサーベル柄を掴み、ビームサーベルが両手持ち(アセム式二刀流)になった。

 

『ゆくぞ!我がガンダムよ!』

「いくよ!"私たち"のガンダム!」

 

 世代(AGE)を超えた両者が、克と気合を叫んでぶつかり合った。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 残る生徒達を校門の外に追い出し、高等部校舎の施錠をかける。

 贅沢なもので、この学園は高等部と大学部で校門が二つある。昼に掃除をした校門はその甲斐もなく、空き缶や包装袋などがちらほらと見えた。これらのゴミを捨てたのが、英志学園の生徒ではないことを願う。

 この施錠は、本来用務員がやるような仕事ではないのだが、生徒達に信頼を寄せられているという理由で学園側から頼まれている。

 信頼があるのかどうかはともかく、特別早く帰る予定もない場合は引き受けることにしていた。生徒達と与太話などを交わすのは、老いた身を潤してくれる。帰り際に不本意な渾名で呼ぶのもいるが、いつものことだ。

 高等部校舎に入り、職員室を目指す。昼間ならば生徒達の活気に溢れている校舎も、今はしんと静まり返っている。長い職員歴で幾度と味わった寂寥にも似た空気感が、妙に心地いい。

 自分の足音のみが響く物静かな階段を登って二階に上がると、職員室から煌々と明かりが漏れているのを目にする。

 生徒会室の前を過ぎ、その引き戸を叩く。

 

「用務員のアズマです。鍵を返却に…」

「ああ、先生か。入っておくれ」

 

 この声は…シマ・マリコか。

 この学園に、自分を"先生"などと呼ぶ人間は一人しかいない。

 

「…失礼する」

 

 うっかり、ぶっきらぼうな口調になってしまった。

 引き戸を引いて職員室の中へ入ると、マリコが椅子に座って書類に目を通しているのを見る。そして、もう一人の人物が窓際に立っているのも確認した。

 肩まで届く銀髪に、秀麗な面立ちと赤と白の派手な衣服―ゼクス・マーキスとゼハート・ガレットを足して二で割ったような衣服―という、浮世離れした出で立ちの大学部の生徒。

 

「テライ・シンイチ、何故お前がここにいる」

「フ…久し振りだと言うのに、あんまりなご挨拶ですね。この三人が集結するなど、ほぼ一年ぶりですよ、アズマさん?」

 

 こちらを向き、不敵な笑みを浮かべる。この妙に演技臭い仕草は、シンイチの以前からの癖だ。

 どうも、ガンダム作品に感化されすぎた幼少時代を過ごしたようであり、聞く話に因ると、彼が日本語を覚えたのも、これの賜物らしい。英志学園に留学したのは三年前だが、それにしては日本語が流暢だと去年の今頃は思ったものだ。

 

「話は聞いています。キンジョウ・ホウカとまみえたそうですね」

「耳が早いな…いや、シマ。お前だな?」

 

 事の成り行きを愉しんでいるであろう、昔の教え子を見遣る。

 マリコは、書類に通していた切れ長の目をこちらに向け、袖を通さない赤ジャージの下で腕を組みながら、椅子を回転させた。

 

「なんたって、キンジョウは後継者ですよ。先代に教えないわけにはいかないでしょう?」

「何の因果でしょうか…私も今日、彼女に面会したばかりで。しかし面白いものです。こうして血脈は受け継がれていく…全く、面白い」

 

 クセの強い教え子達を持ったものだ…。

 しかし、シンイチの言う通りでもある。去年の選手権出場の際に彼らに手解きしたのも、丁度同じ頃だったか。

 

「先生から見て、二人はどうです?」

「シマよ、先生はよせと…まぁいい」

 

 鍵を返却しながら、マリコへ返す。一時間半ほど前のガンプラバトルを思い出し、率直な意見を述べた。

 

「まだ粗削りだ。が、キンジョウ・ホウカはワシにAGE-1ノーマルを使わせた」

 

 言うと、シンイチが反応する。

 

「それは、興味深い話ですね」

「去年の今頃、お前はワシに手も足も出なかったのを忘れたか?」

「若さ故の、浅はかさ…あの頃は弱輩者だったのですよ」

 

 全く、口の減らない教え子だ。

 

「して、勝敗は?」

 

 マリコが椅子から身を乗り出す。

 最後の戦闘を開始した直後に鳴り響いた電子音声が、未だに耳に残っている。何とも不完全燃焼な結果に終わった。肩を竦ませて、端的に告げる。

 

「時間切れ、だ」

「では、決着がつかなかったと?」

「いや…あれはワシの負けだ。そもそも、駆け出し同然のファイター相手に本気を出した時点で、認めざるを得ん」

 

 確かに、結果自体は時間切れで互いにドローとなった。射撃戦では未だ粗い部分が目立ったが、こと近接戦闘に及ぶと、キンジョウは驚くべきマニューバを見せる。とある教え子の姿が脳裏に浮かぶが、彼女とはまた違ったスタイルだ。

 長く感じていなかった高揚感、それをキンジョウ・ホウカは思い出させてくれたのだ。勝利を与えてやっても、(バチ)は当たるまい。

 

「それにカトーの奴、Iフィールドなんぞをあのガンプラに仕込んでおったわ」

「Iフィールド?粒子変容フィールドですか」

 

 シンイチが反応する。

 

「ああ。出力調整はまだできていないようだが、厄介なものだったぞ」

「トモヒサらしい改造だ」

 

 そう言って、今度は自然な笑みを浮かべた。

 シンイチとトモヒサの間柄は、先輩と後輩を超えた強い信頼関係と呼べるものだ。カネダ・リクヤも、トモヒサと同じようにシンイチと強く結び合っていたのを思い出す。

 そうでなければ、初出場にして地区予選の決勝まで勝ち上がれなかっただろう。

 ともかく、今日のことで分かったことがあった。

 第一に、二人の女子生徒に懸念するようなことはない、ということ。寧ろ、あれ程までガンプラバトルに長けた女子は珍しい。

 今まで自分が教えを授けた女性の中でも、彼女らほど適性が高い者はいないだろう。或いは、シマ・マリコやヨーロッパレディースチャンピオンのレジーナ・ディオン以上かもしれなかった。

 そして第二に、トモヒサの様子が変わっていたこと。去年の選手権では酷く荒れていたのだが(ガンダムサレナのアトミックバズーカを開始早々に敵陣へぶっ放つことから、"黒い悪夢"の異名を得ていたのだった)、今年は女子二人の影響なのか、堅実かつ相手を尊重する素振りも見せているのだ。

 チーム「スターブレイカーズ」から「スターブロッサム」への変化。

 それは、新世代へのバトンタッチのような、新しい"風"を感じさせる。

 

(ガンプラバトル20周年の節目、か…)

 

 昼に電話を介し、言葉を交わした男を思い返す。

 先見に長ける彼―三代目メイジン・カワグチは、やはり名にし負う男か。

 面目を一新する、キンジョウ・ホウカとジニア・ラインアリス。

 "錦上に花を添える"かのような二人の行く末、それを見守ることが、馬齢を重ねた己にできる精一杯の助力というものだろう。

 

 

   Act.05『錦上、花を添うⅡ』END




 
 
●登場ガンプラ紹介
・RFX-AGE03R ガンダムラナンキュラス
 キンジョウ・ホウカの選手権用に作られたガンプラ。
 ガンダムAGE-FXとGP03ステイメンをミキシングさせ、それぞれの設定をホウカ達なりに解釈して機体に付与させた専用機。各関節、操作スロット配置、Pファンネルの重量など徹底的なチューニングが施されている。
 メイン武装となるPファンネルは、Cファンネルを元に新規に作り起こされたスクラッチ品。繊細な加工を得意とするカネダ・リクヤにより、斬撃/射撃を両立しつつ非常に軽量に仕上がっている。ちなみに、推進力はCファンネル同様、マウント部からの噴射によるもの。
 他に、ガンダムAGE-1と同型のドッズライフルを持ち、ビームサーベルを両足の脛部にマウントしている(ホウカのスタイルから、取り出しやすい陸戦型ガンダム方式となっている)。
 そして最大の特徴である「フラワリングジェネレータ」は、プラフスキークラフトとIフィールド・バリアの制御に大きな効果を発揮する。しかしながら、これは未だ発展の途上にある武装である。
 「ラナンキュラス」という命名は、シマ・マリコとジニア・ラインアリスによる。由来は、ホウカの名前「金条鳳花」が高山植物であるラナンキュラスの和名「金鳳花」と似ているから、というもの。加えて、ステイメンの特徴も持っているから花の名前がいい、という言葉遊び。
 花言葉は、「晴れやかな魅力」。
・兵装
 ドッズライフル×1
 Pファンネル×4
 ビームサーベル×2
 フラワリングジェネレータ


・AGX-04C ハルジオン
 ジニア・ラインアリスのガンプラ。
 クランシェから可変機能を引き継いでおり、高速飛行形態への即時変形が可能。基本的にパーツをそのままの形状でミキシングさせているため、破損しても容易にスペアを複製できるという利点がある。
 劇中では使用しなかったが、不測の事態において使用できるガーベラ・テトラのビームサーベルも大腿部に内蔵している。
 今後も改良を重ねていくらしい。
 名前の「ハルジオン」の由来は、道端にも力強く咲きつつ、かわいらしい花を咲かせる姿を気に入っているからだと言う。また、「春、ジオン」という意味にも捉えられ、ついぞ迎えることのなかったジオンの春を夢見た意味もあるらしい。
 花言葉は、「追想の愛」。
・兵装
 ドッズライフル×1
 腕部ビームサーベル/ビームバルカン×2
 ビームサーベル×2


・RX-78GP02B ガンダムサレナ
 カトー・トモヒサのガンプラ。
 今回は、二人のテストという意味もあったためビームバズーカ装備で参戦した。これに対応し、MLRSコンテナを半分だけ装備させるという手法を取る。
 このビームバズーカは絶大な破壊力を有し、いかに緻密な加工が施されているかがよく分かる。そのくせ格闘能力にも秀でており、攻防共に高い水準を誇る。
 名前の「サレナ」とは、所謂「黒百合=Black sarena」のことであるが、実はサレナだけでは意味が通らない。トモヒサ曰く、「そこまで深く考えてねぇや。劇場版ナ●シコに出てくる"アレ"が好きで拝借しただけだ」とのことだが、その真意は如何に。
 花言葉は、「呪い」。
・兵装
 アトミックバズーカorビームバズーカ×1
 ラジエーターシールド×1
 多連装ロケットシステム×6(適宜換装)
 ビームサーベル×2
 60mmバルカン

・AGE-1G ガンダムAGE-1フルグランサ/ノーマル
 アズマ・ハルトのガンプラ。往年の名機。
 外見上に大きな変更はなく、元のデザインに準拠している。
 しかし、武装面には緻密な加工が施されており、出力の調整など見えない部分でアズマのスタイルを支えている。
 その戦闘能力は、圧倒的。フィールド、地形を問わないオールラウンドに遠近、接戦に至るまで。その真髄は、相手の反撃を誘いながらも、僅かな隙に潜り込んでダメージを与えることにある。
 両腕のシールドライフルを至近で撃ち込む「ガン=カタ」のような戦い方も、古いファイター達の記憶に今尚焼き付いている。
 そして劇中で見せた、アズマの本気こそ装甲をパージした状態。普通であれば、フルグランサのキットは胸のAマークがなく目が黄色いが、この機体はAGEシステムを搭載していた、緑の目とAマークを持つフリット編のガンダムである。フルグランサは、ある種リミッター的な側面も持つのだ。
 ちなみに、これを見たとあるビルダーの言葉「鉄板丸(ブリキマル)規制解除活性化形態(アクティベートモード)やんか!」というツッコミも迷言として残っている。
・兵装
 シールドライフル/ビームサーベル×2
 肩部/膝部ミサイルランチャー×6
 ビームダガー/ビームサーベル×2
 グラストロランチャー×2


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次回、ガンダムビルドファイターズF
Act.06『朗々、天照す閃光!』

「ようやく私達の出番ですわね!ヒノハカマ、舞いましてよ!」
 

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