ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.03 『先陣 - バンガード』

 

 

 週が明け、日曜日。

 三人は、新生英志学園チーム「スターブロッサム」のエントリーのため、学園から車で15分ほどの場所にあるプラモデルショップ「ビッグリング」をマリコの引率で訪れていた。

 この新生チームの噂は瞬く間に学園中を駆け巡り、去年からメンバーが変わってキンジョウ・ホウカとジニア・ラインアリスが加わったことで、一大ニュースになっている。

 リクヤの一件に関しても、学園のガンプラ仲間の界隈で大きな事件として取り上げられ、当の本人は連日の質問攻めを食らっていた(どうやら学園新聞でも取り上げるらしい)。

 そんな経緯を経ながら、チーム「スターブロッサム」は選手権のエントリーを迎えた。

 

「はい、これでエントリーは終わったよ」

 

 爽やか、かつ深みのある声をかけるのは、ふわりと軽そうな金髪を七三に分ける、優しげな顔立ちの好青年である。背もすらりと高く、ファッション雑誌のモデルのような印象を受ける。

 ただし首からかけるエプロンと、それにプリントされている「燃え上がれガンプラ!」という達筆さえなければ、である。

 ホウカは、ホビーショップという場所に馴染みがないため、少し警戒しながらトモヒサ達の後を着いていた。普通のデパートなどで見かける玩具販売スペースとは違い、幼児用玩具特有のカラフルさはここにはない。

 大量に積み重ねられたプラモデルの箱、ショーケースに並ぶ豪華な作例、さらに工具や塗料など、まさに専門店らしい店内である。

 そんな、いかにも趣味人のテリトリーと呼ぶべき場所に、雑誌やテレビで見るかのような爽やかな青年がいたことでホウカは思わず緊張してしまった。

 

「店長、今日は新人二人を連れてきたよ。挨拶してやっておくれ」

 

 マリコが、後ろにいるホウカとジニアの背中を押した。

 押し出された二人に、青年の視線が注がれる。

 

「お、君達がトモヒサくんの言っていたホウカさんとジニアさんだね?」

「は、はじめまして」

「オイッスー!」

 

 ホウカは挨拶をして、軽く会釈をした。ジニアは元気よく右手を上げる。

 

「はい、初めまして。ぼくはフルデ・アルト。このプラモデルショップ『ビッグリング』の店長をやらせてもらってるよ」

 

 対する青年――フルデ・アルトは、挨拶と共に二人へ笑いかけた。

 

「こんなかわいらしいお嬢さん達だとは聞いてなかったよ、トモヒサ君。人が悪いなぁ」

「そんな情報はガンプラバトルにゃ関係ねぇっスからね」

 

 そう言い合いながら、アルトとトモヒサはふざけ合う。その姿は、まるで大学の先輩と後輩のようである。二人の歳はそれなりに離れていそうだが、トモヒサが大学生のような外見ということもあって違和感のなさを助長していた。

 

「君達のようなお嬢さんが来てくれるなんて、ぼくは嬉しいよ」

 

 再び笑いかけるアルト。

 ホウカは「あ、ありがとうございます…」と言いながら恥ずかしそうに顔を赤らめ、ジニアは照れたようにサイドテールを弄ぶ。

 

「店長、二人の可愛らしさには概ね同意するが、そろそろ登録を願うよ」

「おっと、そうでした」

 

 そうマリコに諭され、思い出したようにアルトは奥へと一同を招く。

 マリコにまで茶化され、ホウカは真っ赤に茹で上がった。

 

「なんだ、トランザムか?」

「~ッ!」

 

 ホウカは声にならない声を出しながら、からかうトモヒサの背中を叩いた。

 案内された場所は、ガンプラバトル専用のスペースだった。バトルシステムの核を担う、ヘックス型のユニットが幾つも並んでいる。スペースの入口にある立て看板には、「ガンプラバトルレートマッチ開催!」と賑やかなレイアウトで書かれた貼り紙が貼ってあった。

 

 ガンプラバトルレートマッチとは、毎週日曜日に開催される特殊なバトル方式である。

 登録者はクラスで分別され、下から「エレメンタリークラス」、「インターミドルクラス」、そして「アドバンスドクラス」となる。このクラスを参照し、ランダムにマッチングするのだ。勝ち星が七つずつ揃うことで、クラスアップするシステムである。

 三年前に実装され、実力に見合ったファイター同士で互いに切磋琢磨できるとして、好評を博している。ガンプラバトル初心者の登竜門に最適とされ、こちらにおいても非常に有用だ。

 

 バトルスペースにある綺麗に整頓されたカウンターの上に、コンビニのレジなどにあるような電子端末に似た機器が設置されていた。

 

「レートマッチの登録はここだよ」

 

 アルトがカウンターに設えてあるコンソールを叩く。それを合図としたかのように、トモヒサがホウカとジニアに説明を始めた。

 

「登録は簡単だ。こうしてGPベースを翳して…」

 

 トモヒサはGPベースを電子端末に翳す。すると効果音が鳴った。

 

「はい、終わり」

 

 登録が完了する。

 ガンプラバトルに必要不可欠の端末であるGPベースには、レートマッチでの成績も蓄積されているのだ。ホウカとジニアは、今日がレートマッチ初参戦となるため、エレメンタリークラスからのスタートである。

 二人もトモヒサに倣い、自分のGPベースを端末に翳して登録を終えた。

 

「それじゃあ、時間までガンプラの調整しながら待っててね」

 

 三人分の登録を済ませたアルトが言う。

 辺りを見渡すと、既に相当な人数が登録を済ませているようだ。それぞれ自分のガンプラの様子を確認したり、談笑したりしている。

 ホウカ達もそれに倣い、空いている机へ移動した。

 

「できたよ見て見て~!選手権用のガンプラ!」

 

 席に着くやいなや、ジニアがケースから取り出したガンプラが作業机に置かれ、一同へ初の御披露目となる。

 置かれたそのガンプラに視線を注ぐ一同。

 

「その名も『ハルジオン』!私が好きな花の名前なんだよ~!」

 

 自信満々なドヤ顔をしながら、ジニアは豊かな胸を仰け反らせる。

 

「わ、ジニーもうできたの?すごいね」

「スーパーグーンじゃなかったんだな…」

 

 ホウカとトモヒサは、置かれたガンプラ――ハルジオンを見る。

 

「実はちょっと前から作ってたんだ~」

 

 えへへ、と笑いながら頭をかくジニア。

 ハルジオンはガンダム0083に登場するガーベラ・テトラに酷似しているが、そのスタイルは全く異なっていた。

 曲線的な脚部とフレア状に広がった頭部は確かにガーベラ・テトラのものだが、股関節から胴体、腕にかけては直線的な形状をしている。腕部からは大きなウイングのようなパーツが袖のように伸びており、右手には大きなライフルが握られていた。

 とりわけ特徴的なのがバックパックであり、可動域を有するバーニアノズルが突き出している。

 どこかで見たことがあるとホウカは思いながら、出かかっているそれの正体を記憶から探す。

 

「これは…ガーベラ・テトラとクランシェのミキシングか?」

「あったりー!」

 

 指摘するトモヒサに、指をパチンと鳴らしながらジニアはウインクを飛ばした。

 

「あ、クランシェ!AGEに出てくるモビルスーツだよね?」

 

 ホウカもようやく記憶と結び付く。

 

「ホーカも正解!」

「この機体色は…弄ってないだろ?ガーベラ・テトラとクランシェの成形色が同じことを利用したのか。それにこのバックパック、ガーベラ・テトラの余りパーツでできてるよな」

 

 トモヒサが言うように、ハルジオンの機体色はガーベラ・テトラとクランシェの成形色そのままのようだ。クランシェのホワイトこそ明るめにリペイントされているが、ピンク部分は元のカラーリングそのままである。下地をそのままに、トップコートとスミ入れで仕上げられているようだ。

 そしてトモヒサが指摘したように、バックパックはガーベラ・テトラの腕部と肩部バーニアが巧みに組み合わさっているものだった。

 

「ガンプラ作る時間もそんなにないからねー。余ったので組み合わせたらできちゃった!」

 

 ぶい、とジニアは右手でピースをする。

 

「ハルジオン、キク科の花だね。花言葉は"追想の愛"」

 

 ジニアの隣の席に脚を組んで座るのは、シマ・マリコ教師である。

 

「シーマ様くっわしー」

「趣味でかじってるだけだよ」

 

 と、小さく笑うマリコ。

 後から聞かされたことだが、マリコはジニアが留学してくる前から既に面識があったらしい。一体どういう関係なのかは言っていないが、ガンプラ関係であることはホウカにも察しができる。マリコの謎がまた増えた気がした。

 

「追想の愛…なんか素敵かも」

「よくわかんないけどねー」

「俺もよく分からん」

 

 ホウカの言葉とは裏腹に、難色を示すトモヒサとジニア。

 

「…あんた達は分からんでもよろしい」

 

 マリコは少し呆れていた。

 

「そうだ、俺もホウカに渡すもんがあったな」

 

 トモヒサは思い出したようにボストンバッグを開け、小さな黒いキャリングケースを取り出す。丁度HGスケールのガンプラが収まりそうな大きさで、メカニカルなモールドが表面に刻まれている。トモヒサは、それをホウカに差し出した。

 ホウカは受け取り、ロックを外してケースを開く。その中には、内装スポンジに包まれて固定されるGP03ステイメンがあった。そしてその傍らには、ステイメンのバックパックと板状のパーツも収められている。

 ホウカはそれらを持ち上げ、その出来栄えに見惚れる。

 

「いきなりの実戦で悪い。バックパックの加工に時間がかかっちまってな…急拵えだが、ファンネル試験機として改造した」

「ううん…すごく綺麗」

 

 バックパックを本体に嵌め込み、板状のパーツ―フィン・ファンネルに似たそれを、バックパックに増設されているマウント基部へ取り付けた。上向きで斜めに並ぶ二枚のファンネルが、ホウカにνガンダムのシルエットを思い起こさせる。

 トモヒサの向かいに座るジニアも、ホウカの持つステイメンを覗き込んだ。

 

「ヒュー!連邦の精神が形になったようだね!」

「デラーズが白眼剥きそうなセリフだな!」

 

 最早条件反射の域である。トモヒサのツッコミが鋭く冴え渡った。

 

「キンジョウ、確かにガンプラの出来栄えはバトルに反映される。でも、それ以上に大事なのは、あんた自身だってことを忘れるんじゃないよ」

「はい」

 

 正面に座るマリコが、見惚れるホウカに念を押す。

 

「オレの腕は褒めてくれないんですね」

「今更わざわざ言うまでもないだろ」

 

 若干拗ねたように文句を言うトモヒサに、マリコが返した。

 マリコがトモヒサのガンプラ制作技術を認めていることは周知のことである。事実、トモヒサの作るガンプラはどれも高い完成度を誇り、彼がガンプラ部の部長を任されるのも当然の成り行きだったと言えた。

 そんなやりとりをしながら、レートマッチの開催まであと15分となる。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 巨大な小惑星の表面を、単射モードに切り替わったビームライフルの光軸が掠めた。

 

「ちょこまかと!」

 

 続けて二発。ビームが堆積層(レゴリス)を巻き上げながら表面を穿つ。

 無数のクレーターが刻まれる小惑星の表面を滑りながら、絶え間ないギラ・ドーガの射撃を交わすステイメン。

 ホウカは、コントロールスフィアを操作してファンネルを選択した。

 

「行って、ファンネル!」

 

 ステイメンのバックパックから、二枚のファンネルが射出される。「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」に登場するνガンダムのフィン・ファンネルに似ているが、より薄く、より鋭い。裏側には、砲口を覗かせるビーム発振装置のようなものが取り付けられている。

 ステイメンが左手を払うと、それに倣うかのように、ファンネルが滑らかな軌道を描いて飛んで行った。

 瞬く間にギラ・ドーガに迫り、相手のファイターが慌てて操作する。

 

「ファンネルだと…!は、早い!?」

 

 速射モードに切り替えられたビームライフルが、撃ち落とさんとばかりに周囲を飛ぶファンネルに弾幕を見舞った。だが、無窮の闇を裂くかのように飛ぶファンネルに掠りもしない。

 ファンネル一基に釘付けになっているギラ・ドーガの背後を、もう一基が捉える。ビーム発振装置の砲口に粒子の輝きが灯った。

 

――ビシュッ!

 

 放たれる細く鋭いビーム。それはギラ・ドーガの左肩を貫いた。

 

「ッぐぅ!?」

 

 その衝撃に煽られ、濃緑の機体が体勢を崩す。すかさず二基目のファンネルがビームを撃つ。

 しかし、ギラ・ドーガは踝のバーニアを噴射させて、その射撃をギリギリで回避した。そのまま全身のバーニアも使い、ファンネルの攻撃圏内を脱する。そして、リアアーマーにマウントされているビームソードアックスを手に取り、飛び出た黄色いビームが粒子変容効果を存分に発揮し、アックスの形状を取る。

 

「牽制がダメなら、こっちから行くまで!」

 

 ビームライフルを投げ捨て、ビームアックスを両手持ちにする。翻弄していたファンネルが、今度はギラ・ドーガの攻撃対象となった。

 

「ッ!?」

 

 ホウカは動揺した。既にレートマッチは四戦を経験し、このファンネルの扱いにも慣れてきていた。しかし、自らファンネルを近接で破壊しに来たのはこのギラ・ドーガ、そして相手の男性ファイターが初めてだった。

 だが、ホウカは気を持ち直す。

 ギラ・ドーガはビームアックスを振り回し、見た目から想像できないような機動性を見せてファンネルに斬りかかっている。

 

「獲ったッ!」

 

 そして、ファンネルが軌道を変更しようとした、その一瞬の隙に狙いをつけた。

 しかし、

 

「な、にィ!?」

 

 ギラ・ドーガがビームアックスを振り被った下から、ステイメンが躍り出てきた。ファンネルを破壊することに集中する余り、ステイメン自体の行動に意識が向いていなかったのだろう。相手のファイターが驚愕する。

 ステイメンは、右手に握るビームサーベルを斬り上げ、その光斧を弾き飛ばした。

 

「アックスが!?」

 

 そしてステイメンは、左手を上へと掲げる。二基のファンネルが、得物を失ったギラ・ドーガの上下を捉えた。薄く成形されたファンネルが妖しくぎらつく。

 ホウカは、ステイメンの左手を振り下ろさせた。それを受け、ファンネルがギラ・ドーガの体を縦横に駆け抜ける。

 

「…なっ…」

 

 そして、細切れにされるギラ・ドーガ。

 ステイメンの背部にファンネルが収まると、まるで特撮番組のように時間差を空けてギラ・ドーガが爆発した。

 

『BATTLE END!』

 

 決着がつき、プラフスキー粒子が分解していく。青い輝きがバトルシステムへ消えた。

 レートマッチでのダメージレベルはCに設定されている。一日に多くのバトルをローテーションするため、ガンプラへの反動は抑えられているのだ。

 ホウカは、盤面に立つGP03ステイメン-ファンネル試験機を持ち上げ、相手のファイターに一礼を送る。

 

「ありがとうございました」

「お、あ、ありがとう、ございました」

 

 大学生らしき男性ファイターが、ギラ・ドーガを手に取りながら慌てて礼を返した。そして顔を上げ、一瞬ホウカの持つステイメンに熱意の篭った視線を投げてから、去っていった。

 

「お、終わったようだな」

 

 トモヒサが声をかけてきた。

 その手には、彼の愛機であるガンダムサレナがある。漆を上に塗ったような光沢の黒い機体色が、室内灯を反射した。

 MLRS仕様に換装されており、常には携行しないビームライフル(ステイメンのものと同型)も握られている。トモヒサ曰く、基本に立ち返ってみたとのことだ。

 その戦績は好調らしく、さらにホウカより一足早く決着がついていた。

 トモヒサはアドバンスドクラスであるため、これ以上クラスアップはしないが、最高クラスになってもレートマッチに参加する意義はある。

 バトルで獲得できる「BP=バトルポイント」と呼ばれる、ポイント制度の存在だ。

 レートマッチと同時に実装された制度であり、フリーバトルや、各地で行われる大会などでも獲得できる。一定値のBPを消費することで様々なサービスを受けることができ、資金がかかってしまうガンプラ制作の助けとなるよう、ヤジマ商事が考案したものだった。

 事前にマリコから受けたレートマッチ関連の説明を、ホウカは思い出す。

 トモヒサもこれを活用しており、ほぼ毎週レートマッチに参加しているとのことだった。ちなみに、レートマッチでは通常より多めにBPを得ることができるため、これも理由らしい。

 

「どうだ、ファンネルの具合は」

「うん、いい感じだよ。この子達」

「この子達って…ファンネルのことか?」

 

 トモヒサが驚いたような顔をして、訝しむ。

 

「あ…う、うん。ダメ、かな?」

「ダメってことはないけどよ…なんつーか、お前らしい?」

 

 つい自然と出てしまった言葉に、ホウカは慌てる。

 自分の思うように動いてくれる二基のファンネルは、武器としての認識を薄れさせていた。体の一部のような、漠然としたイメージを感じている。

 

「おうおう、お二人さん楽しそうだねー」

 

 ずい、と二人の間にジニアが割って入ってきた。

 

「どっから出てきたんだお前!」

 

 その手にはハルジオンが握られている。

 

「ジニーも終わったの?」

「丁度さっきね!」

「結果はどうだったんだ?」

「もうバッチリ!今なら人の心の光を見せられる気がする!」

「ほーお?なら、たかが石ころ一つ、そのハルジオンで押し返してみるか?」

 

 ピースをするジニアと、聞いたことのある台詞を言うトモヒサ。その会話を聞きながら、ジニアがバトルをしていたユニットにホウカは目を移した。

 休日の会社員らしき男性が、茫然自失といった様子で未だにユニット前で立ち尽くしている。彼がジニアのマッチング相手だったのだろうが、一体どんなバトルが繰り広げられていたのか。巨大なガトリングを持つザクらしきガンプラが、俯せで盤面に倒れている。

 

「まぁ、ともあれ二人とも調子いいみたいだな。もしかしたら、今日中にインターミドルに上がれるんじゃないか?」

 

 トモヒサが二人へと励ましの言葉をかけた。

 

「まっかせてよ!」

「が、がんばる」

 

 ジニアはふんすと鼻を鳴らし、ホウカは小さくガッツポーズをする。

 とはいえ、トモヒサの激励は気休め程度だろう。事実、ホウカは午前の部を終えてその戦績は二勝である。決して悪い成績ではなく、むしろ初参加にしての結果としては上々だ。しかし、一日で七勝を上げるのは途轍無理な話である。

 他の参加者も、それぞれの指標を胸にレートマッチに参加しているだろう。インターミドルクラスへは、その立ち塞がる壁を突破せねばならないのだ。

 ホウカ自身もよく理解しているつもりであり、それはどんな競技とも変わりないことである。トモヒサは、そういった気負いを緩めようとしてくれているのだと察した。

 

「午前で4V!午後も頑張ろうねハルジオン!」

 

 …ジニアは本気で七勝するつもりなのだろうが。

 その後、三人は昼食を摂るためビッグリングを出た。午後の開催まで一時間ほどの余裕があり、その間に昼食を済ませてガンプラの調整も行うことになっている。

 外ではマリコが待っており、三人を連れ立って歩く。事前に予約をしていたファミリーレストランへ向かった。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 菫色のポニーテールが、風を孕んで広がった。

 晩春に差し掛かった暖かい風が吹き抜け、菱亜(ひしあ)学園の深紅に彩られる制服を揺らす。

 

「今日は暖かいな」

 

 背筋が伸びた姿勢で歩くカンザキ・ツツジは、ボストンバッグを担ぎ直しながら独りごちた。

駅からしばらく歩き、街中に出る。やがて、小ぢんまりとした構えの店の前に到着した。壁面看板には「プラモデル造形専門店 ミヤモト工房」と、筆字を再現した文字が彫られている。

 今時珍しい押し戸の入口を潜る。カラコロと、これも今時珍しい入店音が鳴った。

 塗料で汚れた箱や、作業机に雑に置かれた工具類。お世辞にも整頓されているとは言えない店内が、ツツジを迎える。

 しかし、ツツジはそれに不満を述べはしなかった。

 

「いらっしゃーい、ちょっと待っててくれー」

 

 店の奥から男性の声がする。ドタドタと慌ただしい音を立てながら、男性が姿を現した。床に置かれたMGらしきガンプラの箱に躓く。

 

「おっととと…、誰だこんなとこにネモの箱置いた奴は」

 

 と、犯人である自分へ苦言を呈した。

 いつも通りの騒々しさに、ツツジはくすりと笑う。

 

「ミヤモトさん、私だ」

「おお、ツツジか。品は用意できてるぜ。そこの封がしてある箱だ、持ってけ」

 

 ミヤモト工房の店主―ミヤモト・ロウは、足元を片付けながら(箱を重ねているだけだが)出入り口の脇に置かれているダンボール箱を顎で示した。

 バンダナを頭に巻き、汚れた緑色の作業服を着るロウ。プラモデル店の店主というより自動車修理屋の若手、と言った方がしっくりくるようだ。

 小脇に抱えられる大きさのダンボール箱を足元から持ち上げ、「菱亜学園様」と油性ペンで書かれた筆記をツツジは確認する。

 

「確かに、受領した」

「よろしくー」

 

 ツツジは、ダンボール箱をボストンバッグに仕舞い込む。

 箱を積み上げ終えたロウが、「あ、そうだ」と言って立ち上がった。

 

「さっき、ビッグリングのアルト店長から連絡があってな。今日のレートマッチに英志の新顔が参加してるらしいぞ」

「新顔?」

 

 ツツジが、怪訝そうに目を細めた。

 

「もう少しでレートマッチの午後の部も終わる頃だし、ちょっと顔を出してみたらどうだ?」

 

 店内に掛けられている時計を見ると、丁度午後の三時半に針が向いている。

 顎に手を添えて、ツツジは少し思案してから言葉を返す。

 

「ありがとうミヤモトさん、行ってみることにするよ」

「そうか、トモヒサによろしく言っておいてくれ」

「承知した」

 

 そう言葉を交わし、ツツジはミヤモト工房を後にした。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「やっぱりダメだったよ~」

 

 どういうカラクリか、口から白煙を昇らせながらジニアが気の抜けた顔をする。

 

「驕ったな。油断大敵だぜ?」

 

 トモヒサは言わんこっちゃないと表情に映した。

 午後四時。レートマッチは午後の部を終え、参加していたファイター達が帰宅の準備をする中、ホウカ達は机を囲んでいる。

 

「だが、初陣にしては中々の戦績じゃないか」

 

 マリコがジニアの肩を叩く。

 

「そうだよジニー。私も五勝だったんだもん」

 

 レートマッチを終えて、二人の勝ち星は五つだった。

 とは言え、午後の部だけで見ればホウカは三勝、ジニアは一勝という結果である。息巻いていたジニアにとっては、残念な結果となったようだ。

 一方、トモヒサは六勝であり、意外にも午後の部では二勝だけとなった。しかし、内容は決して悪いものではない。今回のアドバンスドクラスは、その名に違わぬ強豪揃いだったとマリコ共々語る。

 ホウカとしては、勝ち星五つという結果を好意的に捉えている。インターミドルクラスへは進級できなかったが、ファンネル運用の感覚を掴むには十分だった。

 ホウカは、右手をぐっと握り、ゆっくりと開く。

 

(この、感覚なんだ…)

 

 漠然とした何かが、ファンネルを指示する時のイメージをホウカに与える。ビームライフルやバズーカとは明らかに違う使用感。手足の延長、といった表現が最も適っているかもしれない。

 

「手首、どうかしたのか?」

 

 隣に座るトモヒサが、思慮に沈みかけるホウカを呼び止めた。その手を覗き込んでいる。

 思わず取り繕うホウカ。

 

「あ、ううん、何でもないよ」

「そうか?何かあったら、ちゃんと言えよ?三年前の選手権でも、怪我を黙ってて後に響いたファイターがいたからな」

「あ、知ってる!『アドウ・サガ』って、ガンプラ学園のファイターでしょ?」

 

 落ち込んでいたのかと思っていたが、ジニアがいつも通りの元気のGを丸写したような表情で身を乗り出してきた。

 トモヒサはげんなりした顔になる。

 

「お前は何なんだ…」

「あのガンプラ、『ガンダムジエンド』だったっけ?かっこよかったなぁ」

「俺の話は聞かねぇし…」

 

 恍惚とした表情で夢の世界へ旅立つジニア。トモヒサは深く溜息をつき、ホウカはあははと笑う。マリコは腕を組んだまま黙っていた。

 各者各様、それぞれが表情を見せる中、カウンターでコンソールを叩くフルデ・アルトに、一人の来店者が声をかけた。

 

「どうも、フルデさん」

 

 アルトが顔を上げる。

 

「ん?やぁ、ツツジさんか、いらっしゃい。もうレートマッチは終わってしまったよ?」

 

 対し、来店者の女生徒はかぶりを振った。菫色のポニーテールが小さく揺れる。

 

「ああ、いや。今日は別件で立ち寄らせてもらった」

 

 そして店内を見回し、ホウカ達の座る机を見付けて歩を進める。

 その深紅に彩られた制服姿を逸早く確認したマリコが、女生徒に話しかけた。

 

「おや、"キャプテン・アゼリア"じゃないかい」

「シマさん、その渾名は辞めてくださいと言ったはずですよ?」

 

 マリコの艶やか且つ不敵な視線に、伸びた前髪の奥から返す鋭い眼光。

 女生徒―カンザキ・ツツジは、背筋の伸びた秀麗な長身を、堂々たる佇まいで四人の前に立った。

 

「…菱亜か。そのエースが何の用だ?」

 

 トモヒサが、声音を落としてツツジを見遣る。

 ツツジは、ふふ、と微笑を浮かべた。

 

「英志の"黒い悪夢"の遺恨は深いね。私も、彼には手を焼いている」

「…悪い、あんたに当たってもしょうがねぇ」

「いい、気にしていないよ」

 

 そう、互いに言葉を交わす。

 少し緊張した空気を感じながらジニアと静観していたホウカは、ツツジを見て思った。

 

(綺麗な人だな…)

 

 場を弁えていないことは承知しているが、そう思わずにはいられなかった。

 何よりもホウカの興味を引いたのが、学生らしからぬ鋭い眼力を持つ青眼である。以前、ある流派の男性と軽く組手を行った際に、今の彼女と似たものを彼の目に感じたことがあるのを思い出す。

 

(何か武道を習ってる人かな)

 

 しかしその佇まいは、空手等の体術を扱う者のそれとは異なっているように感じる。

 その彼女の目が、うっかり見詰めてしまっていたホウカに向けられた。

 

「君達か、英志の新顔というのは」

「え?」

 

 鋭さはそのままに、視線が優しげなものへと変わる。

 

「少々、耳にしたものでな。菱亜学園チーム『ハウンドクロス』のリーダー、カンザキ・ツツジという者だ。以後、見知り置き…」

「あぁぁ!?ハウンドクロスって、去年の全国大会出場チームだ!!」

 

 ツツジが名乗りを終えようとした寸前で、ジニアがガタッと椅子から立ち上がってそれを遮った。殴りかかるカミーユ・ビダンの如き疾走でツツジに駆け寄り、キラキラした黄金色の両目が向けられる。

 

「去年の全国大会観たよ!惜しかったけど、とってもかっこよかった!」

「ああ、それは光栄だ。ありがとう」

「本物のキャプテンだぁ~」

 

 メガ粒子でも混ざっているかと思う眼差しに一瞬たじろぎながら、ツツジは誇らしげに笑いかけた。ジニアは握手を求め、快諾したツツジの手をがっしり掴む。

 

「その元気なのがジニア・ラインアリスで、こっちに座ってるのがキンジョウ・ホウカ」

 

 トモヒサの紹介を受け、ホウカは軽く頭を下げた。

 そして、にっと口角を上げるトモヒサ。

 

「うちの新しいエースだ」

「………えっ?」

 

 初耳だった。

 

「ト、トモにぃ?どういう…」

「ま、そういうこった」

「おおう!すごいねホーカ!」

「なんだ、まだ言ってなかったのかい」

 

 ジニアは驚いてぴょんと跳ね、マリコはくつくつと笑いを堪える。突然の宣言をしたトモヒサは、腕を組んでふんぞり返った。

 ツツジの視線が、一際強まる。

 

「それは興味深い。シンイチの席を継ぐ新たなエースの実力、見てみたいものだ」

「トモにぃ~…」

 

 助けを請うようにトモヒサを見るが、年上の幼馴染はケラケラと笑っている。またからかわれたと、ホウカはぷっくりと膨れ上がった。

 

「いい機会だ、キンジョウ。試合をするには、これ以上ない程の相手だよ」

 

 と、マリコが提案する。

 そういう大事なことは事前に、今日はもう疲れた、などと色々な不平を頭に浮かべるホウカ。だが、確かにカンザキ・ツツジという目の前のファイターが如何なる実力を持つのか、純然たる興味を抱いているのも否定できなかった。

 ツツジは既にその気らしい。ボストンバッグを開き、ケースを取り出す。

 

「ふふ、顔を出した甲斐があったというものだ」

「はーい!じゃあバトルシステム起動しちゃうよー!」

 

 いつの間に移動したのか、奥のスペースにあるヘックスユニットを起動させるジニア。

 ホウカが答える前に、済し崩し的に話が進んでいく。

 しかし、事ここに及んで、答えは決まっていた。

 

「…手合わせ、宜しくお願いします」

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「カンザキ・ツツジ、ガンダムAGE-2バンガード、斬り込む!」

 

 カタパルトを滑走して空に躍り出る。ストライダーモードに変形したバンガードが、鬱蒼と生い茂る熱帯林の空を飛んだ。

 眼下に広がる密林は宇宙世紀のジャブローを思わせるが、フィールドのほぼ中心に存在する巨大なカルデラがそれを否定した。

 

「なるほど、ロストロウランか」

 

 ジャブローをオマージュとした、地球連邦軍最大の拠点であるガンダムAGEに登場する地下秘密基地。総司令部ビッグリング基地がディグマゼノン砲によって壊滅した後、連邦軍の新たな司令部として機能する場所だ。

 システムがランダムに選定したフィールドとはいえ、趣向の凝ったものだとツツジは思う。近年は、そういった部分での"遊び"もヤジマ商事は積極的に行っているらしい。

 と、索敵を行うセンサーが反応した。映像を拡大し、大まかなガンプラのパラメータが表示される。

 

「ステイメンのファンネル試験機…。こちらも小粋なものだ」

 

 敬服すべきはカトー・トモヒサの制作技術である。パラメータ上の総合性能の高さと、ファンネルをステイメンに組み込むという発想は、やはり舌を巻かざるを得ない。

 しかし、今、最も興味があるのは、キンジョウ・ホウカのファイターとしての技量だ。

 

「試させてもらうぞ」

 

 ツツジは、コントロールスフィアを握り込んだ。

 機首になっているドッズソードの根元両側から、螺旋状のビーム(ドッズガン)が二つ並列発射される。それと同時にバーニアの推力を上げ、熱帯の空を切り裂くように飛び抜ける。

 ステイメンはその二射を難なく避け、同じようにビームライフルでの応戦を仕掛けてきた。速度を落とさず、曲技飛行(エルロンロール)でビームを交わす。

 更にビームバルカンを撃ちながら、距離を一気に詰めるバンガード。相手が対応する前に急接近し、こちらの動きを理解させる前に間合いへと入る。

 これこそ、チーム「ハウンドクロス」のエース、そして一番槍の真髄だ。

 ステイメンを前に変形し、右手に持ったドッズソードを左脇へと押し込む。

 鍛え抜いた瞬発力を持って、見えぬ鞘から抜刀された剣先が、前へと振り抜かれた。

 必殺の、居合。

 しかし、

 

 

――ギィン!

 

 

 それを、

 

「なッ…」

 

 ビームサーベルが受け止めていた。

 

(これを…止めるか!)

 

 "キャプテン・アゼリア"の必殺の居合。

 斬り抜けないファイターは、片手で数える程しかいない。

 故の勝負。この一撃で倒せてしまう相手なら、それまでと思っていた。

 が、それどころかステイメンは受け止めてみせる。

 

(否が応でも……燃えさせてくれるな!)

 

 一つ、思い違いをしていた。

 ドッズソードの居合をビームサーベル一本で受け止めたことは、確かに衝撃に足るものだ。

 しかしそれ以上に、自身が鍛えた瞬発力から繰り出す居合に対応し切る、その鋭敏な反応力を発揮したファイターの存在。

 何と言う、面白さか。

 

「ファンネル!」

「ッ!」

 

 キンジョウ・ホウカが、ファンネルを射出した。

 バンガードを後退させ、再度ストライダーモードへ可変させてその場を離脱する。

 無論、居合だけで終わるつもりはなかったが、遠隔武器が相手ではそう言ってもいられない。

 

「ファンネルの対処は、やはりこれに尽きる!」

 

 モビルスーツ形態へ変形し、ドッズソードを振る。滑らかな軌道で迫る二基のファンネルが、陽光を反射してぎらついた。

 バンガードは回避行動を取らず、ファンネルと相対す。

 初撃が始まった。二基が同時に鋭いビームを放ち、直後にフォーメーションを崩して別の角度を取ろうとする。驚く程に流麗な動きだ。

 バンガードは粒子攪乱塗料を施したバインダーの表面で二射を受け、ファンネルの軌道を注視しながらバーニアを噴かす。

 そして、先を読んでドッズソードを手前に引く。

 

「ッ!?」

 

 しかし、アラート音が攻撃を報せた。

 寸前、ツツジは機全体でブレーキをかけた。眼前をメガ粒子の奔流が通り過ぎる。

 続け様、ファンネルの射撃。

 

「――やァッ!」

 

 機体を回転させ、素早くバインダーを振って防ぎ切る。

 バンガードは袖を払うようにバインダーを下ろし、隻眼で敵機を睨んだ。

 

「ほう、面白いファンネルの使い方だ」

「はい。この方が、この子達と連携が取れるので」

 

 カルデラの外縁、白い岩肌を露出させる山腹に着地する二機。

 ステイメンが左手を横に開く。それに従うかのように、二基のファンネルが背部に戻った。

 その動作は本人が意識しているのか、それとも無意識なのかは分からない。ファンネルにしても、直角的に動くフィン・ファンネルと言うより、その滑らかな動きはCファンネルを彷彿とさせる。薄く刃のように成形された部分は、恐らく斬撃用の加工だろう。

 

(然もキオ・アスノのような動き…それにファンネルをこの子とは。ますます小粋なものだ)

 

 ダークハウンドからそのまま継いだ隻眼の奥から、鋭い輝きがステイメンを刺す。

 

 

 

    ・・・・・・・・・・

 

 

 

 古武術。即ち、古くから日本に存在する戦闘技術の体系である。

 柔術や剣術、棒術等、武芸十八般とも言われる技を内包する。その一派である「花鳥風月流」にも、刀法を用いたものがあった。

 ホウカが小学四年生になった頃。拙いながらも型を覚えつつあった彼女は、師から竹刀による立会い稽古を一通り教えられた。しかし、元来体が小さい上に筋肉が付きにくい事から、危険だとして実際では早々に見切りをつけていたのだ。

 それでも意欲を示したホウカの希望を汲み、バトルシステム上でのみ稽古を続けた。

 実演ではないにしても、ある程度の剣術の心得は身に付けているつもりだ。

 

(あれは、居合術…!)

 

 あの赤黒いダークハウンド――バンガードと言っただろうか――の驚異的な運動性能と加速による接敵、そして繰り出される居合は、心得がなかったらホウカは受け止められなかっただろう。実際、反応できたのは奇跡だった。

 ガンプラ自体の完成度も、業物と言える出来だとホウカの目でも分かる。カンザキ・ツツジ本人の剣技と、ガンダムAGE-2バンガードの機体性能に裏打ちされた実力(ガンダム的に言えばプレッシャー)がひしひしと伝わってきた。

 しかし、ホウカとて一人のガンプラファイター。マリコの教えを実行に移しながら、密林の只中を飛ぶ。

 

「オブジェクトを活用したマニューバ…いい動きだ」

 

 バンガードのビーム攻撃を避けつつ、時に樹木を縦にして爪牙を掻い潜る。アサクラ教頭とのバトルの際にデブリを盾にした経験を、重力下でも活用できないかと考えた。その結果、こうして接敵されにくい状況を作り出すことに成功している。

 しかし、長くは続かない。

 

「あっ!?」

 

 先刻の、白い岩肌の山腹に飛び出してしまった。

 

「いい動きだが、攻勢に転じなければ何れこうなろう!」

 

 予測したのか、ストライダーモードのバンガードが密林の空に飛び出して弾幕を見舞った。

 直線的な射撃だが、ステイメンの逃げ道を的確に穿つ。

 

「うっ…くっ!」

 

 必死にそれを避けるが、ファンネルを射出する暇どころかビームライフルで応戦さえできない。何とか体の捌きで被弾を免れてはいるが、この攻撃は直接のダメージを狙ったものではないと直感する。

 瞬間、ハッとして見上げた先、頭上から落ちてくるバンガードが人型を取る。

 

「そァッ!!」

 

 ドッズソードを低く上段に構え、機体重量ごと斬撃に乗せる。

 咄嗟に半身を取ったステイメンは、腰部バインダーを噴射させた。ギリギリで避け、機体の胸元のすぐ前を剣先が通り過ぎ、岩肌を砕く。

 

「フン!」

「ッ!!」

 

 からの、回し蹴り。

 腹部へまともに打ち込まれ、ステイメンが吹っ飛ぶ。

 しかし勢いには逆らわず、バーニアの噴射と共に機体を側転させて着地した。

 ズザザザ、と山肌を削りながら留まる。

 

「見事な体捌き、だが!」

 

 バンガードはリアアーマーのサーベル柄を掴み、ビームを発生させたまま投擲した。

 それが、深々とステイメンの右腕に突き刺さる。

 

「――ッ!?」

 

 虚を衝かれた。

 ドッズソードから発射されたドッズガンを続け様に受け、右腕がビームライフル諸共爆発する。大きく後退し、ステイメンがカルデラの頂に足を取られる。

 そのまま仰向けに倒れ、カルデラの中へと転がり落ちた。

 ホログラムコンソールが赤い警告色に変わり、けたたましいアラート音がホウカの耳朶を叩く。失態を犯した自分を叱るのは後にし、コントロールスフィアを大振りに動かす。

 バーニアの噴射と共に、蹴り上げるように宙返りするステイメン。水飛沫を上げながら湖に着地し、頭から没することだけは回避した。

 しかし、呼吸を整える間もなく、赤黒い(やじり)と化したバンガードが突進してくる。

 その先端は、ドッズソード。

 咄嗟にファンネルが射出され、ステイメンの盾となる。

 構わず、突っ込むバンガードの機首が、盾となったファンネルを弾き飛ばす。

 

 

――至近距離、接敵。

 

 

「獲ったッ!」

 

 

 串刺しにされる――

 

 

 

「――ハァッ!」

 

 

 

 パァン、と、小気味のいい音。

 胸部を、黄色いダクトをドッズソードの(きっさき)に抉られながら、半身を取るステイメン。

 そして残された左腕、その掌底が、ドッズソードを叩いた音だ。

 僅かに傾ぐ、赤黒い鏃。

 

「――な」

 

 さらに、弾き飛ばされていた二基のファンネルが、生じた僅かな間隙を狙ってその刃を閃かせる。

 狙うは胴体、ストライダーモードとなっている機体の中央。

 ステイメンが、左腕を横に振る。

 

「はぁあッ!」

 

 だが、それでも。

 

「――せィやッ!」

 

 刹那、変形した赤黒い鏃は、先陣を名乗る戦士(バンガード)になって、回る。

 回って、ファンネルを二つ、斬り伏せた。

 ザザン、と湖に着地し、爆発を背にして隻眼を輝かせる。

 深く腰を落とした姿勢。

 膂力を限界まで込めた両足。

 見えぬ鞘に納められた、ドッズソード。

 

(この構え――!)

 

 必殺の、居合。

 そして理解する。

 密林の中を飛びながら翻弄していたのは、カンザキ・ツツジの方。

 右腕を狙ったのはカルデラに落とすためではなく、この瞬間、この一撃のため。

 そう気付いた時には、既に刃は振り抜かれた後だった。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 その日の午後、18時。

 ホウカは、広い浴場の湯に浸かりながら思い返していた。

 まったく、歯が立たなかった…。

 この一ヶ月間、みんなの期待に応えようと最大限の努力はしてきたつもりだったのだが、それでも報いることすらできなかった。

 素直に、悔しいと思う。

 古武道部と両立しながらだが、それなりの自信も付いてきた。それに、トモヒサが用意してくれたGP03ステイメンも大きな力となって支えてくれる。

 そして、その裏に潜む気の緩み、はっきりと言えば倨傲には気付いていなかった。

 ホウカは、湯に顔を半分沈めながら膝を抱える。

 

(…あの人、強かった)

 

 それをホウカに気付かせてくれた、彼女。

 大きな刃が叱咤となって叩き込まれ、ホウカの自惚れを斬り伏せた。

 かつて授かった、師の教えが胸中に響く。

 

――叩き込まれる悉くを糧とし、己が力とせよ。

 

 この教えを実感したことは今までなかったが、まさかガンプラバトルという異なる場で思い知らされるとは。

 師匠が説く、花鳥風月の教え…。自然界を体現するような、有り体を有りの侭に映し出すという流派。

 その本質を、ようやく理解できた気がした。

 

「わぁ、アッガイがいる。ここジャブローだっけ?」

 

 ザバザバと子供みたいな足取りで寄って来るのは、ジニアだった。長いマゼンタの髪を、タオルでターバン状に纏め上げている。

 ジニアは、ホウカの隣に腰を下ろした。

 

「ツッコミしてくれないのー?」

「え…?えっと…」

「トモヒサかも~ん!」

 

 悩み出すホウカに対し、祈るように胸の前で両手を握り締めるジニア。

 というか、女子浴場でトモヒサを呼ぶなんて…。

 

「ホーカ、ちょっと」

 

 ちょいちょいと、手招きするジニア。

 何かと顔を向けると、

 

「ていっ」

「あうっ」

 

 デコピンされた。なんで…?

 

「まだ落ち込んでるかなーって」

 

 心配そうなジニアの顔。知り合ってから一週間と経っていないが、部室や学園で行動を共にする中で、彼女の人となりは概ね理解しているつもりだった。

 しかし、こんな騒がしくも優しい面があるのは知らなかった。

 ホウカは微笑みを浮かべながら、かぶりを振る。

 

「ありがとう、ジニー。でも、そうじゃないの」

「うん?」

「ちょっと、憧れるなって。あの人が」

「ふふーん?なーんだ、ホーカもらびゅーんしちゃったんだね!」

「らびゅ…?」

 

 ジニアの言葉を分かりかねるホウカは、そういえば以前に読んだ本に「ラビューン=LOVEのスゴいヤツ」という意味だと載っていたのを思い出した。

 途端に赤くなり、あたふたと手を泳がせる。

 

「そ、そういうのじゃなくて!ええっと、素敵だなって…」

「おーけーおーけー。"キャプテン・アゼリア"の魅力なら、男も女もカンケーないもんね!」

「そ、そういえば、そのキャプテン・アゼリアって何なの?」

 

 たまらず話題を変えようとするホウカ。

 きょとんとしてから、ジニアは説明を始めた。

 

「えーっとね…本名はツツジ、英語でアゼリア。使ってるガンプラがダークハウンド…あ、今はバンガードって呼んでたっけ?あれ、宇宙海賊ビシディアンのモビルスーツでしょ?それで"キャプテン・アゼリア"ってワケ」

「あぁ…なるほど」

 

 宇宙海賊ビシディアン。

 キャプテン・アッシュと名乗る首領が束ねる、反地球連邦組織のことである。ガンダムAGEのキオ編に現れ、その正体とビジュアル、更に黒いガンダムAGE-2といういかにも海賊らしい設定が魅力的であり、キャラクターとガンプラ双方に根強いファンも多いらしい。

 ホウカも非常に印象的だったのを思い出し、アニメでの活躍ぶりがカンザキ・ツツジに重なった。

 

「去年の選手権は凄かったなぁ~。優勝は逃したけど、全国大会参加チームのベスト10入りだったんだから!」

 

 とんでもなく強いファイターと手合わせをしたのだと、今更になって実感するホウカ。初太刀こそ運良く読めたものの、その後のバトルはまるで歯が立たなかった。バンガードの鮮やかな剣捌きのように、いっそ清々しいまでの敗北だ。

 

(これが、ガンプラバトルなんだ…。でも、もっと強い人達が、きっと沢山いるんだ)

 

 膝を抱える手をぎゅっと握る。

 トモヒサに託されたエースの席。

 倦まず弛まず、もっと前へ踏み込む。

 それがトモヒサに、そしてカンザキ・ツツジに対する最大限の応え方。

 改めてホウカは、古武道部で着る袴をイメージして、その帯を締め直した。

 

 

 

 そして長湯をしてしまい、ちょっと逆上せた。

 

 

 

   Act.03『先陣 - バンガード』END




 
 
●登場ガンプラ紹介
・RX-78GP03 ステイメン-ファンネル試験機
 キンジョウ・ホウカの遠隔武器練習のためにステイメンに小改造が施され、ファンネル試験機として改造されたもの。
 カトー・トモヒサ本人は急拵えと言うが、斬撃のために薄く成形された二枚のファンネルは並の実体剣類に匹敵する斬れ味を生む。また、推進ユニットを兼ねるビーム発振装置を備え、ビームを発射できる。


・AGE-2V ガンダムAGE-2バンガード
 カンザキ・ツツジの使用ガンプラ。黒と赤の配色バランスを五分に調整したリペイントが施される。
 最大の特徴にして最大の武器であるドッズソードは、ドッズランサーの槍部分を廃して実剣に変更されたもの。その根元にはドッズガンが備えられ、刺突やストライダーモード時の、いわゆる"スイカバー特攻"の補助などに使用される。
 ちなみに目立たないが、両足はGエグゼスジャックエッジのもの。理由は、居合の踏ん張りを安定されるためや、格闘の際に必要な強度を確保するための処置。足首下だけは可変時の推進用としてダークハウンドのままである。
 改造前のダークハウンドは、去年の全日本ガンプラバトル選手権全国大会の戦火を潜り抜けた名機と称されており、決勝前に敗退したものの、名立たる強豪チームと歴史に残る大激戦を見せ付けた。
・兵装
 ドッズソード/ドッズガン
 ビームサーベル×2
 ビームバルカン×2


・AGX-04C ハルジオン
 ジニア・ラインアリスの新たなガンプラ。成型色を生かした塗装と相性の良さからガーベラ・テトラとクランシェをミキシングさせている。
 戦闘シーンは描かれていないため、これ以上の詳細は不明。


・AMS-119 ギラ・ドーガ
 ガンプラバトルレートマッチの参戦ガンプラ。細切れにされた。


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次回、ガンダムビルドファイターズF
Act.04『錦上花を添うⅠ』

「衣鉢を継ぐ、とは言ったものか。先達は骨の折れることだ」
 
 

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