ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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 久し振りの更新です、お待たせしました。


Act.25 『灯台下暗しⅢ』

 

 

 キオ・エイジから振る舞われた昼食の後、道場のすぐ傍にある離れ家を訪れる。

 そこは、昔から瞑想の場や門弟との相談所など、時には茶会などに活用していたと聞かされている。小学生当時、師匠であるエイジに相談を持ちかけたこともあり、たった数ヵ月間ぶりでも郷愁に似た気分を感じた。

 

「ホウカさんが進学してから、ここも御無沙汰でね。一応、掃除だけはしているんだけど」

 

 エイジは、十畳のスペースの中心を占拠するように設置されているバトルシステムの前に立ち、コンソールを叩きながら話す。

 先進テクノロジーであるバトルシステムが二基構成で設置されており、畳の香りが馨しい和室の中にこれでもかと言うほどの異彩を放ちながら鎮座している。しかし、この光景こそが自分のガンプラバトルの原点であるため、今でこそ違和感を覚えるが、同時に安心感も去来した。

 

「鍛練の一貫とはいえ、バトルシステムの個人所有は些か高価に過ぎるのではないか?」

 

 物珍しそうに飾られている花瓶や掛軸を眺めつつ、アズマが口を開く。

 

「あぁ、いえ。これは、ホビーショップを経営している友人の計らいで譲ってもらったものです。もう、10年くらい前になるかと思います」

「ふむ、なるほどな。第7回世界大会の年か」

 

 エイジの返答に、得心したように腕を組んで頷くアズマ。

 しかし、自分には今一ピンと来ない。

 

「どういうことですか?」

「何、単純な話だ。あの世界大会がもたらした影響は知っているだろう?プラモデル業界はその恩恵により経済的に潤い、各地のホビーショップを大きく育てることになった。その時分にバトルシステムを最新のものに取り換える店舗も増え、その時に廃棄されるはずだったものがこの筐体…と、こんなところだろう」

「その通りです。さすが、ガンプラバトルの歴史に御詳しい」

「これって、そういうことだったんですね」

 

 思い返せば、この道場にバトルシステムがあることを不思議に感じたことはなかった。自分が初めてガンプラバトルを行ったのはここにある筐体であり、むしろこちらの方が馴染み深いのだ。

 やがてエイジによる操作が終わり、ヘックスユニットが起動を始める。

 

『GUNPLA BATTLE. Combat mode, start up』

 

「さて、久し振りのガンプラバトルだ。腕が鈍ってなければいいけど」

 

 エイジは対面に立ち、小さくはにかみながら肩を回した。

 

『Mode damage level, set to "C". Please, set your GPbase』

 

 いつも通り、指示に従い自身のGPベースを設置する。

 

『Biggining, "PLAVSKY PARTICUL" despersal』

 

 筐体から青く輝く粒子が噴き上がり、バトルフィールドを形成した。

 

『Firld 3. FOREST』

 

「では、始めようか。いつも通りにやってみて」

「よろしくお願いします」

 

 互いに一例を交わした。

 予め設定されていたフィールドが、眼前の筐体に広がっていく。澄んだ空の青を水面に映す湖に、その周囲を針葉樹林が囲む湖畔が鍛錬の場となった。

 

『Please, set your GUNPLA』

 

 懐かしい古巣で、あの頃はこの手に無かった愛機を立たせる。それが、粒子の浸透を受けて命の光を青い相貌に点した。

 

『BATTLE START!』

 

「キンジョウ・ホウカ、ガンダムラナンキュラス…行きます!」

 

 ガンプラがカタパルトを滑走し、架空の青空の下に飛び出した。

 背部のフラワリング・ジェネレータを展開し、プラフスキークラフトを発現させる。ガンプラバトルであるため、常に倣って行動を始めた。まずは先制手を打つため、眼下の湖へは降下せずに上空から索敵を行おうとする。

 が、直後に風切りのような音に気付き、反射的にその方向――頭上を仰ぐ。

 

「ッ!」

 

 しかし、降り注ぐ陽光に視界を遮られ、モニターから目を逸らしてしまった。

 瞬間、一閃。

 咄嗟にラナンキュラスを回避させ、眼前を鈍い銀色の閃きが過ぎ去る。

 

(刀っ…!?)

 

 経験から、その正体を刀だと直感した。大きく後退し、攻撃の主をはっきりと視認する。

 一振りの刀を両手で握り横薙ぎに払ったそのガンプラは、細くも力強く引き締まった体躯を純白の装甲で覆う、剣士か騎士か。

 

『昔見たアニメの戦法くらいでは、小手先にもならないね』

 

 その姿は、外見から分かる広く確保された可動域から、機動性の高さを窺わせる。それと同時に防御の薄さも見えるが、生半可な攻撃では届かないと即座に理解できた。

 それと言うのも、背面に一見して分かる大型のブースターが備えられているからだ。

 

『改めて名乗らせてもらうよ。流派"花鳥風月"が師範、キオ・エイジと――』

 

 陽光を反射する湖面の照り返しに、白青のガンプラが煌めく。そして、左のブースターに備え付けられた鞘から、もう一振の刀を抜いた。

 

『──称して、風月アストレイ。我が愛刀"瑠璃雛菊"の剣閃を見切る腕前、確かに刮目した』

 

 そして、一対の刀──"瑠璃雛菊"を胸の位置へ、両の腕で掲げた。

 バトルの前と変わらない穏やかな口調だが、今のエイジの言葉からは恐怖感こそないが真剣さと威圧感が滲んでいる。

 底無しに優しかった師匠は、ここにはいない。

 

「…初めて見ました、そのガンプラ」

『見せる機会がなかっただけだよ。それに、トモヒサ君に関して言えば、要らぬ先入観を与えるかもしれなかったからね』

 

 これまで長い時間をこの道場で過ごしてきたが、エイジのガンプラ――風月アストレイは記憶にない。見たことがあるのは、鍛錬で使用したアデルくらいなものである。本当にガンプラが趣味なのかすら疑わしいくらい、他で触っている姿を見たことがないのだ。

 加えて、今相対している彼の姿も、感じたことのない気迫に満ちていた。

 

「…先程の攻撃は、本気で墜としにきたように感じました」

『おや、そのつもりだったけど?』

 

 エイジは、にべもなく言う。

 

『不満だったかい?ホウカさんの本気を引き出し易いと思ったからね』

 

 風月アストレイに取らせた構えは解かず、残身を保ち続けて言葉を繋いでいく。

 

『さぁ、始めよう。せっかくのガンプラバトルなんだから』

 

 言葉は静謐に、しかし内に秘めたる闘志は粒子に満たされる空間を伝播する。同じバトルシステム上での対面であるはずだが、過去に見てきたそれとは全く異質のものだ。今のエイジは優しい師ではなく、一人のガンプラファイターとして相対している。

 

(師匠なりの考えがあってのはず…、だったら)

 

 自分も、一人のガンプラファイターとして向き合おう。

 ドッズトンファーの刃を伸ばし、ガンダムラナンキュラスに臨戦態勢を取らせる。

 

『腹を括ったようだね。では』

 

 と言葉を残した直後、風月アストレイが真正面から一直線に突進してきた。予想外の攻勢に驚き、反応が遅れる。

 一瞬で距離が詰まり、左の"瑠璃雛菊"が降り抜かれた。

 

──ギィィン!!

 

 反射的にドッズトンファーで防ぐが、左の脇下に押し込まれていたもう一振の"瑠璃雛菊"が襲い掛かる。突き出された刀身は顔面を狙った。

 

「くッ…!」

 

 首を逸らし、その一閃を寸で回避する。刃先が頬を掠め、プラスチックの表面が僅かに抉れた。常なら絶好のカウンターの機会であるが、ドッズトンファーで受ける動作を読んだような矢継ぎ早の剣戟により、それも叶わない。

 根本的な反応速度が、圧倒的に違うのだ。

 その一瞬の思案の内にも、次なる攻撃が襲い来る。

 

『ふっ…!』

 

 通信越しに鋭い吐息が聞こえるのと同時、今度は風月アストレイが目の前で宙返りをした。そして、大振りな動きで踵が落ちてくる。回避など間に合うはずもなく、咄嗟に掲げた両腕でそれを受けた。

 

「ぐぅッ!!」

 

 真下に蹴飛ばされ、そのまま湖面に叩き付けられる。水中に没しつつ、慌てて前後感覚を取り戻そうともがく。上を確認し見上げると、影が落ちて来るのを見た。

 

「行って、Pファンネル!」

 

 背部から一斉に射出された花弁が直上へ向かい、湖面を突き破って空へ出る。

 

(あの時の感覚を、もう一度…!)

 

 コントロールスフィアを強く握り込み、心を研ぎ澄ます。アサクラ教頭とのバトルにおいて胸に吹き込んだ風、そしてチーム『アンダブル』のリーダーであるオオゾラ・ユキナリとの決着で手にしたファンネルの思考制御。それらを思い出しながら、ガンダムラナンキャラスの視界越しに風月アストレイの影を見た。

 

「──どうしてっ…!」

 

 しかし、何も感じない。

 

『どうしたんだい!ファンネルは投擲武器じゃないよ!』

 

 ギギンと、飛ばしたPファンネルが弾き飛ばされる音が水中を伝って届いた。手元で指示を送っていないため、ただ向かっていっただけのPファンネルに抵抗の術はない。

 

(…とにかく、迎撃しないと…!)

 

 尚も落ちてくる影に向かって、機体を浮上させる。水飛沫を上げ、水中から脱すると同時にドッズトンファーを突き出した。

 再び刃がかち合うが、これも事も無げにいなされてしまう。

 

「やっぱり、二天一流…!?」

 

 片方の刀で防ぎ、もう片方で攻め入る。こちらと似ているようだが、待ち構えず積極的に仕掛けてくる点は正反対だった。初撃の後に見せた両刀を胸の位置に掲げる構えからも、これらは二天一流によく似ている。

 数回打ち合った後、鍔迫り合いに持ち込まれた。

 

『よく覚えているね。数回映像で見せただけだったと思うけど?』

 

 風月アストレイの原典機由来の鋭い碧眼が、火花を散らす刀越しから突き刺すような視線を送る。

 

「師匠が教えてくれたことは…ッ!全部覚えてます!」

『それは結構』

 

 穏やかな口調で言うや、大型ブースターを跳ね上げて推進方向を前に、鍔迫り合いのまま加速を始めた。プラフスキークラフトの出力を軽々と超え、湖の上を突っ切っていく。二機のモビルスーツが高速で移動する衝撃に、湖面で波濤が弾けた。

 

「ぐっ…行って!」

 

 Pファンネルに指示を送り、背部から射出する。瞬時に風月アストレイの背後を捉えるが、突如鍔迫り合いが解かれ、神速の回し蹴りでラナンキュラスを蹴り飛ばした。射撃が始まると同時に"瑠璃雛菊"を交差させる。

 蹴られた勢いを殺せず吹き飛ぶ最中、風月アストレイが交差させた刀身から、青い光が放出されるのを見た。その光はビームバリアのように機体の前面を覆い、Pファンネルの射撃を全て受け切る。

 何とか体勢を直し、十数メートルの地面を爪先で削りつつも湖岸に着地した。

 

「ふぅ…!今の光は…」

 

 呼吸を整え、湖へと視線を向ける。

 帰投していくPファンネルを追おうとはせず、風月アストレイは"瑠璃雛菊"の光を放つ刀身を一瞥してからこちらへ向き直った。

 

『…プラフスキー粒子の特性を知り、それを技術として応用するのは容易ではない。相応の努力と研究、そして経験が積み重なって、初めて可能となる』

 

 キオ・エイジは静かに語りながら、風月アストレイを湖面へゆっくりと降下させる。

 機体の爪先が沈むと思いきや、まるで地面に足をつけるかのように湖面に足裏が着水した。そして背部の大型ブースターが止まり、機体を浮上させるエネルギーは無くなる。しかし、風月アストレイが沈むことはなかった。

 "水の上に立った"のだ。

 

『加えて、解釈一つでプラフスキー粒子は如何様にも変化する。バリアを張ることも、炎を生み出すことも、分身を作ることさえも不可能ではない』

「水の上に立つことも、ですか」

『そう。ガンダムラナンキュラスの能力も、その解釈によって起こり得たものでは?』

「…だと、思います。みんなの協力があって、できたことです」

 

 いつの間に、こちらの情報を知り得ていたのか。全て理解しているかのように、キオ・エイジは核心を突いてくる。恐らく、今日指導を頼んだ理由も把握しているのだろう。

 そして、彼の言うことは正しいと思う。しかし、ガンダムラナンキュラスに備わる能力の全ては自分一人では決して実現できなかった。部員のみんなで作り上げたのだ。

 

『だけど、それを扱うのはその機体のファイターであるホウカさんだ。あなたが信じる限りガンプラは応え、あらゆることを可能足らしめてくれるだろう』

「──っ!ですが、さっきの通り、Pファンネルの思考制御は…!」

 

 反論に対し、キオ・エイジは無言のまま再び"瑠璃雛菊"を構える。

 

『……分からないか』

 

 ドン、と。空気が爆ぜるような音がしたと思った直後、湖の上に立っていた風月アストレイが眼前に迫っていた。完全に反応が遅れてしまい、咄嗟に掲げたドッズトンファーに刀の一閃が直撃してしまう。両手からドッズトンファーが離れ、背後の針葉樹林の中へと消えていった。

 そして、風月アストレイの両腕に埋め込まれている青いレンズが輝き、連動して発光した刀身から衝撃波が解き放たれた。

 

「あぁぁぁッ!!」

 

 一身に受けてしまい、木々を押し倒しながら吹き飛ばされる。数十メートルは飛ばされた先で巨岩に激突した。

 

「あ…ぐ、き、機体は…!?」

 

 慌ててコンソールを見て、ダメージの程度を確認する。本体の方は軽度のダメージで済んだようだが、背部のフラワリング・ジェネレータが深刻な損傷を受け警告が表示されていた。

 そして、ハッとしてモニターに視線を移すと、風月アストレイが歩いてくるのを見た。

 

『今の攻撃を、対処できないような"あなた方"ではないはず。ファンネルの思考制御の如何を問う前に、何故動きが鈍いのか、よく考えてみて』

「……っ」

 

 思わず、奥歯を噛み締める。師匠の言葉を聞き、理不尽だと思ったからだ。

 何故、今ガンダムラナンキュラスを上手く扱えないのか、その原因を知るためにここに来たはずである。しかし、師匠はただ問いながら仕掛けてくるだけで、解決の糸口すら教えてくれない。

 岩を支えにして起き上がりながら、言葉を返す。

 

「分かりません……。分からなくて、でも何とかしなきゃって思って……無我夢中でやりました。まだ上を目指せるって、こんなものじゃないって……でも」

 

 一瞬だけ、次に出る言葉を躊躇った。

 

「ラナンキュラスは……何も答えてくれません」

『それが、本心かい?』

「──ッ!……はい!」

 

 そうだ、強くなりたいと思うのは本心だ。地区予選で手にした思考制御をまともに使えれば、今よりももっとできることが増える。もっと先を目指すことができる。あの頃みたいな、境遇を悲観して己を否定し続けていた過去を消すためにも…

 

(あの頃…?)

 

 ズキリと、胸の奥が疼いた。

 あの頃、師匠は何て言ってくれたっけ。

 あの頃、自分に対してどう向き合っていたっけ。

 思い出そうとするが、ずっしりと重い鉛のような何かがつっかえて、その先が霞んでしまう。

 かぶりを振って、無視する。

 

「だから、ラナンキュラスをもっと上手く使えれば──」

『……上手く使う、か。問おう。ガンプラは道具かい?』

 

 キオ・エイジが、悲し気に言った。

 

『今のホウカさんは、まるで……寄る辺もなく、何も信じていなかったあの時のようだ』

「それ、は…」

 

 その言葉に、記憶が呼び起こされる。

 無意識の内に目を逸らし、自ら蓋をしていた記憶。

 思い出したくない自分がいるが、しかし、忘れてはいけない自分。

 コントロールスフィアから手を放し、己の愚かしさとここで学んだことに対する非礼に、胸の疼きが増す。

 

「私、は──」

 

 

 

   ・・・・・・・・・・

 

 

 

 幼い頃は、何に対してもネガティブだった。

 担当医の診断では虚弱体質らしく、過度な運動は控えるようにと言われていた。しかし、当時の自分は加減が出来ず、気付いたら病室の天井を見ていたことも一度や二度ではない。

 外で遊ぶことが自由にならないため、積極的に自宅に友達を招いたりもしたが、通院のために長くは遊べない。やがては頻度も少なくなり、消極的になってしまった。

 趣味と呼べるものさえ、友達付き合いが無い自分にとっては、手を付けたところで無意味だと思ったのだ。

 

 どうして私は、他人と違うのだろう。

 どうして私には、何もないんだろう。

 

 そうして卑屈になり、引きこもりがちになってしまった。

 そんな幼少期が過ぎ、小学校に進学した頃、突然両親が古武術の稽古に出るよう勧めてきた。

 気紛れで、見てみるだけ見てみようと道場へ足を運ぶと、優しそうな大人の男性と背の高い男の子が迎えてくれた。乗り気ではなかったはずだが、妙な居心地の良さを感じて稽古を始めることにしたのだ。

 始めこそ見学で終わることが多かったが、大人の男性――師匠と男の子の動きを見様見真似でやってみると驚きの声が上がり、自分を褒めてくれた。それが何故だかとても嬉しく感じ、久し振りに頑張ってみようと思ったのだ。日々の鍛錬だけでなく、道場の裏手から歩いて行ける小高い山から見た景色など、それまで霞がかっていた視界が一気に掻き消え、知らなかった広い世界を見た。

 

『限界なんてない。絶対できない、なんてこともない。在りのままを受け入れて、自分に嘘をつかないで。そして、ホウカさんの行く道を曇らせるものがあったなら、どこまでも逆らって手を伸ばし続けて。"花鳥風月"の教えがホウカさんの胸の中にある限り、どこまでだって行けるはずだから』

 

 山の頂上で師匠が語りかけてくれた言葉に、とても励まされた。

 やがて稽古の範囲も広がり、その一環としてガンプラを使うことになった。

 自分にはどういうことなのか分からなかったが、ガンプラバトルという遊び(師匠と男の子は競技だと言っていた)を利用して、身体に影響がない場所でもっと難しい稽古ができるようにしてくれたのだ。

 師匠の気遣いへの感謝と期待(言葉には出していないが)に応えるためにも、産まれて初めてガンプラバトルの世界へ足を踏み出した。

 そうして始まったガンプラバトルの中で、今まで感じたことのない沢山のものを得ることができた。

 

 

 限界なんてない。

 絶対できないことなんてない。

 稽古の中で教えてもらった"花鳥風月"の教え、それは"在りのままを受け入れる"こと。境遇に悲観的になっていた以前の自分では、到達できない世界がここに──道場に、そしてガンプラバトルに──あった。

 

 

 そして──

 

 

 

   ・・・・・・・・・・

 

 

 

『一人で、戦っていると思うかい?』

「え…?」

 

 突然の問い掛けに、僅か戸惑う。

 一人とは、どういう意味なのだろうか。地区予選は三人編成のチーム戦である以上、一人であるはずがない。

 だとすれば、その問いの意味は。

 視線の先、ホログラムコンソールの向こう側にいる愛機。コントロールスフィアから手を放してしまったが故に、地面に膝をついてしまっている愛機。今、ここで一人ではないとすれば、答えは一つだけだ。

 

(……ごめん。ごめんね)

 

 今、ようやく分かった。

 側にあった愛機を無視し、自分の腕だけを見て、機体を上手く使うことしか考えていなかった。信じ続ける限り、ガンプラは応えてくれることを身をもって分かっていたはずなのに。

 

「…私はずっと、ラナンキュラス達と一緒に戦ってきたんだ」

 

 人と違うこと、何もできない自分に悲観的になっていた幼い頃。その頃に戻りたくないと躍起になり、一人で足掻いていた。オオゾラ・ユキナリがかけてくれた言葉を歪曲して捉え、真理に自分から蓋をしていた。

 これでは、まるであの頃と同じだ。

 何でもできるようになったと思い上がり、流派"花鳥風月"の教訓を"理解したつもり"でしかなかったのだ。過去は消せないし、それから目を背けてはいけない。

 

──在りのままを受け入れて、自分に嘘をつかないで──

 

 そして、師匠の気持ちが分かった。

 Pファンネルを思考制御できないことは、問題ではない。自分と向き合い、答えを自分で引き出さなければ意味がないのだ。

 今の自分の素直な気持ち、それはいつだって胸の中にある。

 答えに、迷いはない。

 師匠は何も言わず、風月アストレイも力強く屹立しているだけ。

 コントロールスフィアを握り込み、今まで以上に力を込めて、もう決して離さないよう、強く、強く。

 

「師匠、申し訳ありません。そして、有難うございます」

『答えは、出たようだね』

「はい」

 

 すぅ、と空気を吸い、深く吐き出す。全身に酸素を行き渡らせ、心を静謐に、生まれ変わるような気持ちで向き合う。

 

「一人じゃありません。いつだって、ラナンキュラスと共に戦いました。勿論、共にいた仲間も同じです」

 

 心に、爽やかな風が吹き込んだ。

 それを強く感じ、続ける。

 

「私は、ガンプラが好きです。ガンプラバトルも大好きです。それを忘れて、応えてくれないなんて…思い上がりもいいところです。向き合います。これが本心です」

 

 さらにきつく、ぎゅっとコントロールスフィアを握った。

 

「だから……もう一度行こう、ラナンキュラス」

 

 瞬間、ガンダムラナンキュラスの相貌が強く輝く。膝をついていた体を起こし、己の存在を誇示するように力強く立ち上がる。

 大地を踏み締め、風月アストレイと今一度相対する。

 

「仕切り直させてください、師匠」

『構わないよ。やるからには、僕も本気でやらせてもらう』

「はい、本気でお願いします」

『分かった』

 

 言うや、風月アストレイはバックパックの鞘から二振を抜刀し、"二天一流"の構えを取る。

 対し、脚部に備えたサーベルラックからビームサーベルを取り出し、右手で握った。

 そして、双方疾駆。

 

 

――ギギィィィン!!

 

 

 瞬時に距離は縮まり、刀とビームサーベルが剣戟し合う。

 今の自分の持てる全てを、ぶつけた。

 

『いいね!迷いを断ち、曇りの無い素晴らしい攻撃だ!』

「ありがとう、ございます!ですが!」

 

 風月アストレイから一旦離れ、スフィアを滑らせる。

 

「Pファンネル!」

 

 背部から一斉に射出された花弁が、滑らかな軌道を描いて飛んでいく。

 ごく自然に、思うままにその動きをイメージした。Pファンネルは生きているかのように飛び回り、風月アストレイへ不規則な射撃と斬撃を繰り出す。

 できる、できないじゃない。

 ただ信じて委ね、在りのままに成す。

 結局、元の鞘に戻っただけなのだ。

 

『思考で動くファンネル…なるほど、厄介だ』

 

 キオ・エイジは狼狽えた風もなくPファンネルの攻撃を弾き、避けていく。

 しかし、それでよかった。

 後退したまま森へ入り、コンソール画面を注視する。マーカーが報せるのは、弾き飛ばされていたドッズトンファーだった。地面に落ちているのを見付け、拾い上げて空へと飛び上がる。

 空へ上がったラナンキュラスへPファンネルが寄り添うように戻る中、風月アストレイが弾丸のように向かってきた。ドッズトンファーで受け止め、"瑠璃雛菊"を弾き返す。同時にドッズトンファーも弾かれてしまうが、その間隙へPファンネルを突進させた。

 

『おおおッ!?』

 

 だが、風月アストレイはもう一振から衝撃波を放ち、Pファンネルとラナンキュラスもろともを吹き飛ばす。

 

「ぐぅッ!?」

 

 吹き飛ばされながらも、三基のPファンネルを突撃させた。風月アストレイの周囲を不規則な軌道で高速で飛び回り、狙いを定めさせない。

 体勢を直す間に、残った一基のPファンネルを呼び寄せる。

 

「来てッ!!」

 

 瞬く間に飛来したPファンネルが、掲げた右の手甲に接続された。背部のジェネレータによって増幅された粒子がPファンネルを通って迸り、ドッズトンファー内の粒子と共振する。

 その蒼い輝きは刃となり、ラナンキュラスの身の丈を超える。ライザーソードを髣髴とさせるそれは、一本の柱のように天を突いた。

 直感、思い付き。

 ただそれでしかないが、自分たちならば!

 

「プラフスキーパワーソード!!!」

『何とっ!?』

 

 限界まで圧縮された粒子が輝き、長大な剣となったドッズトンファーを振り降ろす!

 

「いけぇぇぇーーーーーッ!!!!」

 

 空気を切り裂き、膨大な質量を持った光剣が風月アストレイにぶつかり、そのまま湖に叩き付ける。深い青に染まる湖が爆発し、水柱が噴き上がる。パワーソードは消滅し、飛ばしていたPファンネル三基もエネルギーが切れ、全てを背に帰投した。

 だが、直後に湖面から凄まじい勢いで風月アストレイが飛び出す。明らかに今までの倍は速度が出ているだろうか。それに加えて青く全身が輝いており、流星の如く光が尾を引いている。

 そのままラナンキュラスに激突し、ドッズトンファーと"瑠璃雛菊"の鍔迫り合いになった。プラフスキークラフトを全開にし、押し負けまいとこちらも押し返していく。目の前に来て初めて、プラフスキーパワーソードのダメージで装甲が罅割れているのを見た。

 

『本当に僕に本気を引き出させるとはね!最高だよ!!』

「私も、負けませんっ!!」

『はっははは!!楽しいねぇ!!』

 

 お互い、笑っていた。

 少しの間だけだけど、ガンプラバトルの真髄までも忘れていたようだ。

 思いっきり楽しむこと。それこそがガンプラバトルの本懐なのだ。

 

『だけど…勝たせてもらいますよ!』

「なッ!?」

 

 突如"瑠璃雛菊"が輝き、衝撃波が放たれる。そのまま追撃し、目で追えないかのような剣速で切りかかった。数回打ち合ったが、ついにはドッズトンファーの刃が砕けてしまう。

 

「トンファーが…!」

 

 絶好の機会を逃さず"瑠璃雛菊"が脇へ引かれ、鋭い切先がラナンキュラスの胸部を狙った。

 そして、繰り出されるのは真っ直ぐな刺突!

 

 

「ッ!!!」

 

 

 その突き出された刀身を、

 

 

 

『な――』

 

 

 

 得物を手放した左手で、掴む!

 捕らえた風月アストレイを手繰り寄せ、柔と剛による連携をもって渾身の一撃を狙った。

 掌底に開いた右手に込めるのは、青き風。

 

 

 

「プラフスキーインパクトッ!!!!」

 

 

 

 突き出した掌底が、腹部を叩く。衝撃波が放たれ、風月アストレイの胴を突き抜けていった。

 全身の装甲を粉砕し、突き抜けた衝撃波が背部のバックパックを襲い、爆発させる。

 風月アストレイは一切の抵抗もなく、深い青を湛える湖へと没していった。

 

 

 

   ・・・・・・・・・・

 

 

 

「いやー、負けた負けた!」

 

 バトルシステムをシャットダウンし道場へ戻ると、キオ・エイジは開口一番そう声を上げ、床へ大の字になった。

 

「こんなに気持ちいいガンプラバトルは久し振りだ!ありがとう、ホウカさん」

 

 大の字になったまま、こちらへ顔を向けて笑う。

 床に正座し、改めて述べた。

 

「感謝をするのは私です。本当にありがとうございました」

「まぁ、お互いに得るものがあったということだね」

 

 キオ・エイジは起き上がり、胡坐をかいて白いガンプラケースの表面を優しく撫でる。

 

「こいつも、久し振りに本気を出せて満足だったと思う」

 

 心なしか、ケースを見る目が優し気に感じた。

 そこへ、アズマ・ハルトが腕組をして黙ったままやってくる。

 

「中々に見応えのあるバトルだった。ワシからも礼をさせてほしい。感謝する」

「礼を言われるほどのものは見せてませんが、受け取っておきます」

 

 その後、道場と離れ家を三人で掃除し、英志学園へ帰ることになった。

 道場の門前での別れ際、アズマが切り出す。

 

「一つ、訊ねてもいいか」

「はい、何でしょう?」

「二振の刀を持ち、謎の技術で衝撃波を放つ道場破り紛いのアストレイ使い…昔、ワシも相手をしたことのある謎のガンプラファイターがいた」

 

 突然、衝撃の話を始めたアズマを二度見してしまった。

 

「ほう、それは興味深いですね」

「とぼけるな、正体は貴方だろう?あの時分、この県内のガンプラショップに頻繁に出没する人物として有名だったことを、知らぬとは言わせん。フードを目深に被り、その顔を覚えていた者もついぞ出なかった」

「仮に僕だとして、それで?」

「何も。ただ、何故素性を隠し、道場破り紛いのことをしていたのか気になっただけだ」

 

 隣で黙って聞いていたが、全て初耳だ。

 キオ・エイジへと視線を向けるが、特別何かを含んでいるような雰囲気でもない。

 

「ふむ、色々と事情がおありだったのでしょう。僕には推し量れませんけどね」

 

 そして、ニコッと笑って見せた。

 アズマはふぅ、と息を吐き、それきりこの話題を始めようとしなかった。

 

「では、我々は帰るとする。昼食は美味しかったぞ、世話になった」

「失礼します」

「うん。またいつでも…というわけにはいかないけど、今度はトモヒサ君や…ラインアリスさんだったかな?みんなも連れてくるといいよ」

「はい、そうさせていただきます」

「最後に餞別として、言葉を贈るよ」

 

 キオ・エイジは数秒目を閉じてから、始めた。

 

「ホウカさんは、僕を超えた。古い世代は淘汰され、新世代へとバトンは受け継がれていくんだ。あなたはそれを成し遂げた。そのバトンを継ぎ、次に繋げていくことだろうけど、それはまだ先の話。今を全力で生きて、楽しんでほしい」

「…はい!」

 

 送られる言葉に感極まり、涙腺が熱くなる。

 

「地区予選も、観戦させてもらうよ。実を言うと、チーム『スターブロッサム』の活躍は全部見てて、ホウカさんの悩みというのも全部分かってたっていうオチなんだよね」

 

 たはは、と笑って後頭部をかく姿に涙が引っ込んだ。そして、釣られて笑ってしまった。

 やっぱり、底無しに優しい師匠だった。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 今、自分の腕の中には紙袋に入ったジャパニーズフードがある。

 パン生地の上に甘いビスケット生地を乗せて焼いたパンであり、独自に誕生した丸い形状から「サンライズ」とも呼ばれる。表面に数本の筋や格子状の模様があしらわれ、マスクメロンに似ているものが主流だ。

 そう、メロンパンである。

 

「ずっと食べたいって思ってたんだ~ふへへ」

 

 思わず表情筋が弛緩してしまう。

 今日は演劇部が顧問の出張で自由となり、チャンスは今しかないと思ったのだ。ガンプラ部には申し訳ないけど、午後のこの時間帯にしか販売しないという拘りの一品なのだ。勿論、自分だけじゃなく帰ってきたホウカのためにもう一個買ってある(尚、トモヒサの分はない)。

 噂のパン屋は都会に近い町にあるのだが、幸いなことに電車で行き帰りできる距離だった。現在、帰るため駅までの道を歩いているが、歩きながら食べたい衝動をギリギリの理性で保っている。

 その道すがら、ふとある場所で足が止まった。

 

「まだ時間はあるし、優勝祈願でもしとこうかな」

 

 神社があったのだ。

 それほど高くない階段を上って大きな赤い不思議な形をした門(以後鳥居)を潜り、樹木の囲まれる厳かな雰囲気の庭のような場所(以後境内)へと足を踏み入れる。意外としっかりとした如何にもジャパンっぽい造りの建物(以後本殿)を臨むと、自然と背筋が伸びた。

 

「ひゃー、初めてジンジャって来てみたけど、ゴリヤクありそうな気がする」

 

 また一つジャパニーズ初体験が増えた。

 境内を進み、上がガンダムの排熱ダクトみたいになっている大きめの木箱(以後賽銭箱)の前に立つ。

 

「えーっと、確かコインをここに入れて、上から垂れてるでっかい紐(以後鈴緒)を揺らせばいいんだよね」

 

 アメリカにいた頃に見た日本を紹介する番組を思い出し、実践してみた。

 一旦紙袋を足元に置き、メロンパンの御釣りでできた五十円玉を賽銭箱に落とし、鈴緒を揺らしてエキセントリックな音を鳴らす。そして両手をリズミカルに四回叩いた。

 

「地区予選を優勝して全国に行けますよーに!」

 

 思いを込めて大声で言った方がいい気がした。

 うん、完璧だ。

 満足して帰ろうとすると、本殿の端から誰かが現れて走ってくるのを目撃した。トップスは真っ白なのに、長いスカートのような着物は目の冴えるような赤というファッションは、日本版のシャーマン「巫女」というものだったはずだ。

 そして、それを着ている人物に見覚えがあった。

 

「あれぇ!?サダコじゃーん!!」

 

 走ってきたと思ったら、名前を呼んだ途端マンガのようにこける。

 その人物は弾いたバネのようなキレを見せて体勢を直すと、開口一番。

 

 

「ツッコミが追い付きませんわ!!ラインアリスさん!!!」

 

 

 期待通りの反応だった。

 

 

 

 

   Act.25『灯台下暗しⅢ』END




●登場ガンプラ紹介

・風月アストレイ
 流派"花鳥風月"の師範、キオ・エイジのガンプラ。
 HGガンダムアストレイブルーフレームセカンドLを素体にしているが、両腕はスクラッチ、下半身はガンダムフレームを骨格とし、セカンドLの頭部はドライグヘッドに近い形状に変更されている。
 武装は、大型ブースターを備えたバックパックに併設されている一対の日本刀"瑠璃雛菊"のみ。また、如何なる技術が用いられているのかは不明だが、両腕にあるコンデンサ状のクリアパーツが何らかの作用を起こして刀から衝撃波を放つことができる。
 このガンプラの改造の経緯や、アズマ・ハルトの指摘した謎のアストレイとの関係性など、詳細は一切不明。

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