ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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 今年最初の更新になります。もう四月だ…。
 鉄血のオルフェンズも完結し(月鋼はこれからですが)、ガンダム作品はひとまず一息ついた感じでしょうか?あ、サンボルとトワイライト・アクシズもある…。
 今回は短めの更新ですが、どうぞ。


Act.21 『涓滴岩を穿つⅡ』

 

 

 ――炎システム。

 バトルで蓄積したガンプラの駆動熱をプラフスキー粒子を媒介として放熱し、関節強度を飛躍的に上昇させることで、通常では耐え切れない超高速運動を是とする特殊システムの名称である。

 これを世界で初めて実装したのは、日本在住の現教師ビルダーである。非常に扱いが難しい上に発動時間が長くて一分程度、さらに使用後のダメージも大きく、相応の操縦技術と関節強度の向上が求められる。しかし、このシステムを応用した派生型も誕生するほど、彼がガンプラ界に与えた影響は小さくなかった。

 

「ハァ…ハァ…、…ッ!」

 

 カンザキ・ツツジも、それに魅せられたビルダーの一人である。

 今、コンソールのモニターに映っているのは、山肌が大きく抉れ、その傷跡周辺の積雪が溶けて水蒸気になって揺らめいている映像だ。

 そして、抉れて地面が剥き出しになった山肌に、血のように赤いモビルスーツ――ガンダムアスタロトオリジンが半身を削ぎ取られた無惨な姿で横たわっている。熱せられた蝋のように、傷口が内側のガンダムフレームごと溶解していた。

 自身の――ガンダムAGE-2バンガードの――攻撃による、惨状であった。

 

『一撃――やられ――何をした…!?』

 

 ノイズが混じりながら、アスタロトオリジンのファイターが絞り出すような声で呻く。

 振り抜いたままの状態だったドッズソードを胸に寄せるが、瞬間、刀身に微細な亀裂が走るのを見た。

 そして、一挙に砕け散る。

 

「…ッ!」

 

 否、分かっていた。

 不完全な状態のまま、”これ”を発動させればどうなるのか。

 ノウハウ自体は所持していたが、実用に足る程の練度には未だに到達できずにいる。それ故に、本来のシステムを改造し、自分に馴染む形へと再構成をしている只中であった。

 

(好敵手との決着までに完成させ、それまで秘匿しておこうと考えていた…)

 

 甘かった。

 無論、油断していたのでも、相手を侮っていたのでもない。奥の手を見せなければならなかった程に、強者(つわもの)だったということだ。

 こちらの放った一撃により、アスタロトオリジンのγナノラミネートソードは粉々に砕け、破片が周囲に散らばっている。

 コンソール画面に表示されている各関節のダメージに一瞥をくれ、改めて眼前のモニターに集中した。

 AGE-2バンガードを、山腹の亀裂へ降着させる。

 

『――け!動いてくれアス――オリジン!』

 

 ノイズ混じりの声に連動するように、顔半分が削ぎ取られたアスタロトオリジンが、首をこちらへ向けて仰ぎ見た。

 刀身を失い、基部のジェネレータのみとなったドッズソードを躊躇いなく棄てる。右肩のバインダー裏に仕込んだビームサーベルの柄を分離させ、落下するそれを開いた右手で掴み取った。

 

斯様(かよう)な決着は、些か不本意だが」

 

 アスタロトオリジンをアイパッチ状のカメラ越しに見下ろし、逆手に握った柄から出力を抑えたビームダガーを発生させる。

 剥き出しになった並列する二基のエイハブ・リアクターの内、右側のドラム部へとビームダガーの鋒を向けた(人体で喩えると心臓の部分である)。

 

「御免」

 

 そして、一息に突き立てる。

 ガンダムアスタロトオリジンは小刻みに痙攣した後、静かにその場で沈黙した。山腹に刻まれた亀裂の中で、単なるプラスチック樹脂の塊に成り果てる。

 

『BATTLE END!』

 

 バトルシステムの電子音声が騒がしく聞こえるほど、全日本ガンプラバトル選手権の地区予選会場は妙な静けさに包まれていた。

 

『勝者、菱亜学園チーム『ハウンドクロス』!』

 

 ウグイス嬢のアナウンスが響き渡ったことで、次第に会場のざわめきが蘇る。

 バトルシステム上の愛機を手に取り、状態を確認しようと脚部に触れた瞬間、先程のドッズソードと同じように各関節部に亀裂が走った。

 

「…すまない、バンガード…」

 

 ダメージレベルが例えBであっても、被ダメージではなく自発的な損傷となれば、バトル終了後もガンプラに影響が残ることは免れないのだ。

 バンガードの四肢は胴体との接合部こそ生きてはいるが、可動部の損傷が補修レベルの加工では再起できないと一目で分かる。

 

「ツツジさん、さっきの爆発音はやっぱり…」

 

 近寄ってきたシバ・ニーナが自分の手元を覗き込み、ハッと声を漏らした。

 

「バンガードの関節が…!」

「見ての通りだ、シバ。あれを発動した影響…それがこの損傷だ」

 

 シバとササミネの両名には、事前に特殊システムの搭載を告知している。そのため、バトル中に何が起こったのか彼女は理解できているのだろう。

 

「これについては後日沙汰するが、試合後の挨拶は抜かりのないようにな」

 

 こちらを心配しているようなシバを置き、相手チームへと近付き握手を交わす。ガンダムアスタロトオリジンを操っていたリーダーは釈然としない態度だったが、礼節はしっかりと返した。

 その後、会話も少なく中央ホールを後にして廊下を歩く。前を行く二人は相割らずの仲の良さ(一方的にシバが話しかけているだけに見える)だが、今の自分はそれに混ざる気にはなれなかった。

 想定外の強者との会敵、未完のシステムの発動、剣の腕。そして、遠くを見てばかりで、目の前に迫る脅威への心構えの欠如。

 己の未熟を、痛感する。

 その結果が、愛機をなまくらへと落としてしまった。

 

(今一度、自分を鍛え直さねばな…)

 

 深呼吸して気持ちを入れ替え、新しい空気を心身に取り込む。

 やるべき課題は、山積みだ。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「…あの剣閃、まさかとは思うが」

「…間違いあらへん、あれやな」

 

 四基のバトルシステムが並ぶ中央ホールの上階、その観客席に座る二人は、先程起こった現象について思案していた。

 

「運用形態こそ違えど、その根幹は炎システムで相違ないだろう」

「ワイは一発で分かったでぇ~。ナマで見たことあるさかいな」

「何れのルートで入手したのかは分からないが、あのシステムに手を加えるとは」

「とは言ーても、使いこなせてないっちゅーか、そもそもまだ完成してへんのやろな。”キャプテン・アゼリア”もヘタこくんやな」

「……」

 

 顎鬚を蓄えた男――アズマ・ハルトは、口を噤んだ。

 思案しているが、議論しているのではない。

 この男に向けて言っているのでもない。

 そもそも、この男は何故ここにいる。

 

「――ってェ!そろそろ誰かツッコメやぁ!!!」

 

 隣の男は立ち上がり、一同に向けて叫んだ。

 

「座れ。うるさいぞ」

「へい」

 

 男――イブキ・アラタは素直に従って腰を下ろす。

 今日は、妙に大所帯での観戦となっていた。

 自分とイブキの座る席から一段下には、右から英志学園ガンプラ部顧問シマ・マリコ、菱亜学園同部顧問エニワ・シロウ、プラモデル造形専門店「ミヤモト工房」店主ミヤモト・ロウ、そしてガンプラショップ「ビッグリング」店主フルデ・アルトといった、肩書もしっかりとある四名が並んで座っている。

 ミヤモトとフルデが言うには、どうせ観戦するのなら英志にゆかりのある面子に合流した方がいい、ということらしい。

 それに対して文句はないが、当たり前の顔をしてイブキもここにいるのは何故だ。

 

「まぁまぁ、ええやないか。先週、たまたま二人に遭遇して意気投合したんや。今はこっちの方で仕事もろてるし、なーんも問題あらへんで?」

「ならばせめて、ワシに一言連絡を入れてからにしろ…」

「サプライズや~ん」

 

 この男のマイペースには慣れない。

 

「ところで先生、炎システムと言うと、”ゼロ炎のユウセイ”が実装したシステムのことですね?」

 

 シマがこちらを見、訊ねてきた。

 

「うむ。あれを発動させる一瞬、関節部から赤熱した粒子が溢れるのを確認した。似たエフェクト効果を持つナイトロが存在するが、その色が証左だ。炎システムは運動性を上げるものだが、彼女の場合、駆動熱を全て一撃に転用させているのかもしれん」

「ほんの一瞬でよう見えんかったけど、剣を赤熱したプラフスキー粒子で包んで、見た目で言えばライザーソードみたいな感じにしよったわ」

「あの剣にはジェネレーターが搭載されているらしいからな。そうだな、エニワよ?」

 

 声をかけると、シマの隣に座る白いジャージ姿のエニワ・シロウは、溜息を吐きながら振り向いた。

 

「ハァ…ライバル校に手の内を明かすと思いますか?」

「いいからさっさと吐きな。もう皆知ってることだよ」

「はーいはい」

 

 シマの催促を受け、エニワは渋々応じる。

 

「ドッズソードはシグルブレイドそのものの切れ味だけじゃなく、基部に備えたジェネレーターによってGNソードと同様の効果を持ってるんだ。どうやらあいつ、それを応用してあの技を繰り出したんだろうな」

「当人から聞いてはいないのか?」

「いーや?さっき初めて知りました」

 

 両手を上げ、肩を竦めてみせるエニワ。

 やはり、未完成のシステムのようだ。炎システムをそのまま使わなかった理由は容易に想像できる。強力なシステムとして広く知られるようになった昨今だが、それを実用しているファイターはほとんどいないのが現状である。中には、独自に解釈してFFシステムと名付けて運用しているファイターがいるが、多くの場合は使いこなせない理由で断念する。

 つまり、カンザキ・ツツジは自分の手に合うよう再構成しているのだろう。

 

「しかし、あの破壊力…ガンプラへの影響も大きいはずだ」

「自分のモンに振り回されちゃあ、世話ないで」

「まぁ、ツツジの奴も久し振りのライバル登場なんだ、躍起になってるんだろう。確かに、逸り過ぎなとこは否めないけどな」

 

 ミヤモト・ロウが口を挟む。

 彼とは、以前に「ビッグリング」でフルデと一緒にいる時に顔を合わせたことがある。”殲滅のアズマ”の名を知っており、その時は握手を求められたものだ。

 フルデが隣のミヤモトに話を振る。

 

「また手伝ってほしい、なんて言われるんじゃないですか?」

「だろうなぁ…。それは構わないんだが、遅くまでいられると困るんだよ…色々とさ」

「ほぉ?間違いを起こす可能性がある、と言いたいのかな?」

「そんなことしませんよシマ先生!女子学生が遅くまで男性の家にいるのはダメだ、ってことですよ!」

「ハハ、似たようなものじゃないか」

 

 変な言い争いが下段の席で起こるが、自分は口を出さないでおいた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

『GUNPLA BATTLE. Combat mode, start up』

 

 電子音声が景気よく声を発し、大会用の巨大なヘックスユニットが起動する。

 

『Mode damage level, set to “B”. Please, set your GPbase』

 

 手順に従い、自分のGPベースをユニットへ接続させる。

 

『Biginning, “PLAVSKY PARTICLE” dispersal』

 

 バトルシステムの前に立つ自分達の眼前に、空の色を映したような輝く粒子が立ち昇る。

 

『Field 3, “FOREST”』

 

 ランダムで選択されたフィールドが、場に満ちたプラフスキー粒子によって形成されていく。

 続いて、周囲をホログラムコンソールが覆い、眼前に二つのコントロールスフィアが現れた。

 

『Please, set your GUNPLA』

 

 装備類の取り付けを済ませておいた愛機を、GPベースが接続されているユニットに設置させる。粒子が足元から浸透していき、愛機の相貌が鋭く輝いた。

 ホログラムでカタパルトデッキが再現され、出撃の準備が整う。

 

『BATTLE START!』

 

 そして、試合開始の合図が響き渡った。

 

「キンジョウ・ホウカ、ガンダムラナンキュラス!」

「ジニア・ラインアリス、ハルジオン・フェイク!」

「カトー・トモヒサ、ガンダムヘリクリサム!」

 

 二人の宣言を聞き、自分に任された出撃の台詞を声に出す。

 

「チーム『スターブロッサム』!百花斉放、吹き荒らします!」

 

 カタパルトが滑走し、ガンプラをバトルフィールドに射出した。

 コンソールの画面に映し出されたのは、丘陵のない広がった森林地帯だ。

 三機は即座に出撃地点から最寄りの木陰に身を潜めた。

 

「おい、聞こえるか?」

 

 コンソールにトモヒサの顔が表示される。

 

「うん」

「感度りょーこー」

 

 続けて応答したジニアも映し出された。

 

「今回は重力下で、かつ森林地帯だ。身を隠すには十分な場所がある。まずは相手の出方を伺う」

「ねーねー、ヘリクリサム大丈夫?木の上ににょきって、グラストロランチャーが出てたりしない?」

 

 心底心配げな表情で、ジニアが口を挟む。

 

「そんなこと心配すんな。大丈夫だ、今回はグランサブースター01だからな」

「01って?」

 

 確か、ガンダムヘリクリサムのバックパックは「グランサブースター02」という名前だったはずだ。記憶の相違かと思い、疑問を投げる。

 

「02はフル装備状態、01は重力下に合わせた軽装状態のことだ」

「さっすが、拘るね!」

「当たり前だろ?そんなことより、試合に集中するぞ。各自索敵を厳にして、一旦散開する。二人はまだ攻撃に出ないで、まずは俺が相手を引き付ける。その隙を狙ってくれ」

「うん、やってみる」

「おーらい、まっかせて!」

 

 ジニアの言葉を最後に、それぞれ動き出す。

 いつも通りの、大胆な作戦を立てるトモヒサ。ガンダムヘリクリサムは、その制圧力で一気に決め切る短期決戦型だが、同時に、脅威と相手に印象付けることで僚機への注意を逸らす役割もある、と言っていた。

 開けた場所であれば短期決戦に臨むが、今回のようなフィールドの場合ならそれが可能なのだ。

 

(装甲は厚くしてあるけど、ダメージは覚悟の上って言ってた)

 

 スペアパーツは潤沢だから大丈夫だと言っていたが、やはり壊されていく姿はあまり見たくはないものだ。

 

「相手は…」

 

 木々の間を静かに進みながら、ラナンキュラスの強化されたアンテナで索敵を行う。未だ確認はできず、トモヒサも動いてはいない。もうしばらく粘る必要があるようだ。

 しっかりとドッズトンファーの柄を握り、いつでも対応できるように気を引き締める。森林地帯は人工物が全く無く、フィールドの作品世界はどれなんだろうと、索敵する傍らで思った。

 と、その瞬間。

 

「――っ!」

 

 反応があった。

 一際大きな巨木に背を預け、そっと覗き込む。

 見れば、森の中に広大な湖があった。こちらから見て対岸に、モビルスーツが一機横切って行くのを目に留める。

 両肩から左右に伸びるウイングと、特徴的なビームライフルを持つ機体だ。それは、ついこの間「ビッグリング」で見たガンプラだった。

 

「えっと、名前は…ガンダム…」

 

 クロス…だったような、エックス…だったような…。

 気付かれないように覗き込んでいると、モビルスーツが着地する。そして、周囲をキョロキョロしたかと思うと、突然両腕を振り回した。

 まさか、気付かれた?

 

「……?」

 

 いや、そうではなさそうだ。

 何をしているのか分からないが、共有マップに敵機の位置をマーカーで報せた。

 すると、もう一つマーカーが点る。ジニアも敵機を確認したらしい。

 いよいよ、戦闘が始まるのだ。

 身構えると、上の方で轟音が響いた。

 

「ヘリクリサムが動いた…!」

 

 音の方向――フィールドで唯一高さのある小山の辺りに、漆黒の機体が飛んでいた。グラストロランチャーの砲撃が、ジニアの点したマーカーの地点へ一直線に飛んでいくのを見る。

 意識を見付けたモビルスーツに移すと、既に飛び上がっており、狙い通りにガンダムヘリクリサムの方角へ向かう。

 

「よし、隙を見て私も出よう」

 

 巨木から飛び出し、その後を追うため湖の上を横切ろうとした。

 しかし――

 

 

 

――ビュゴォォォォォォォォ!!!

 

 

 

 "足元"から当然、ビーム攻撃の光が迸った。

 咄嗟に回避し、周囲に水飛沫が降り注ぐ。

 

「湖の、中から!?」

 

 ドッズトンファーの刃を展開し、砲撃を仕掛けた主を確認しようと目を凝らした。

 

「ふぅ、さすがにこれでは落ちないか…」

 

 ゆっくりと上がってきたモビルスーツは、背中に広がる大きなウイングを広げ、右手に握る二丁が合体したビーム兵器(バスターライフルだったはずだ)を横に振る。

 

「どうやらこちらを誘い出し、隙を見て撃墜しようという魂胆のようだが、そうはさせない。君達の位置は、ぼくの方が先に把握していたのでな」

 

 右目を覆うクリアグリーンのバイザーが輝く。

 

「…チーム『アンダブル』がリーダー、オオゾラ・ユキナリ。そして、愛機のダブルゼロガンダム」

 

 そして、ビームライフルの銃口をこちらへ向けた。

 

「未来を、切り開く」

 

 

 

     Act.22『涓滴岩を穿つⅢ』へ続く


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