ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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 長らく、長らくお待たせしました…!
 ようやくの更新であります!

 ここで一つ設定に関する部分ではっきりと明示しなければならないことがあります。自分がちゃんと説明していなかったので、読者様と認識の祖語がありました。
 以下の二点になります。

・舞台は関東で埼玉の隣県、としか書いてませんでしたが、群馬県です。地図で見ると真ん中辺りです。ですが登場する施設や地形は実際のものとは異なります。
・時系列はアニメ一期からきっかり10年後、そしてトライからきっかり3年後です(アイランドウォーズが2年前になるので、時系列が近くなってきてビビッております)。

 他にも色々と設定面で忘れている部分があると思うので、近々特別枠を設け、おさらいも兼ねてご紹介したいと思います。


Act.20 『涓滴岩を穿つⅠ』

 

 

 こんな無茶苦茶な話があるか?

 オープントーナメント出場を目指してガンプラの調整を終え、いよいよエントリーという矢先のことだ。ガンプラ部の顧問が言うには、今年の全日本ガンプラバトル選手権に出場するチームのリーダーが雲隠れをし、行方不明ということだった。噂では、年上の女性と駆け落ちしただとか眉唾物な話まである。

 正直、そんな事情はどうでもいい。

 問題は、突如空席になったチームリーダーの任が僕に押し付けられたことだ。

 当然、そんな面倒な役目は拒否した。だが、大会に出場するとして部費の嵩増しに奔走した顧問から「このままでは私の立場がない…」と泣き付かれては、然しもの良心が痛んだ。部費を活用させてもらっている身としては、無視することはできない。

 良心の呵責からは逃れられず、仕方なく引き受けることにした。戦いの舞台が変わるだけだ、オープントーナメントへの出場は来年でも構わない。

 やるからには本気で臨もうと気持ちを切り替え、残った二人のチームメンバーと対面したのだが…これが頭を悩ませる後輩達だった。

 二人のガンプラ自体に問題はない。むしろ、完成度に関してはレベルが高いとさえ言えた。どういうことなのか、作った本人達のガンプラバトルのセンスが絶望的だったのだ。高出力な武器ばかりを揃えておきながら粒子制御を怠り、運用も乱雑なもので、さらには操縦桿を限界まで押し込んで機体を暴発。挙句の果てに、自分の武器に振り回されるという始末だ。

 

 これで選手権に出場しようとしていたのか?冗談ではない!

 たとえヴェーダが許しても、僕が許さない!

 

 そこからは、ストレスの連続だった。僚機の暴発を抑えるために調整を手伝い(ほとんど僕任せ)、本来はオープントーナメント用に構築したシステムを作り直すハメにもなれば、口内炎にだってなろう。

 ともかく、何とか戦えるレベルにまで引き上げることには成功した。残ってしまった悩みの種と言えば二人だが、これはもう手の施し様がない。

 そして迎えた、選手権初日。幸運にも、苦戦することなく無難に勝利を得ることができた。それから一週間が経過し、いよいよ第二回戦が開催されるのだが、その相手が手強い。今大会で注目され始めているチームの一つ、英志学園の『スターブロッサム』だ。

 

 しかし、臆することはない。

 僕――オオゾラ・ユキナリと、相棒の「ダブルゼロガンダム」ならば、どんな相手でも、どんな条件でも未来を切り開いてみせる。

 …チームバトルは、苦手だが。

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

「それじゃ、私はここで先生を待っているからね。会場で会おう」

 

 多湿でじめじめしていた平日が終わり、週末の土曜日は気持ちのいい快晴となっていた。

 絶好の大会日和(舞台は屋内だが)に、会場に集う選手達の足取りも軽やかに見える。そして、各々が所持するボストンバッグや学生鞄の中には自慢のガンプラが収納されているはずであり、また既にガンプラケースを手にしている者も散見する。高揚する気分を内に外に漲らせるのは、自分達も同じだ。

 顧問のシマ・マリコとは駐車場で別れ、自分達は会場へ進む。

 

「いんや~…日本の天気って忙しいんだねぇ~」

 

 やや高く上がった陽射しを手で遮り、ジニア・ラインアリスは感慨深げに青空を見上げながら呟いた。

 キンジョウ・ホウカはその隣を歩きつつ、彼女が去年までガンプラバトル選手権を観戦するため、日本へ来ていたことを思い出した。

 

「日本の梅雨は初めてなの?」

「うん、観てた選手権は夏休み中の全国大会だから、ツユっていうのは初めて。アメイジングな体験だよ!」

「何故にク○ス・ペ○ラー」

 

 オーバーアクションで人差し指を立てるジニアに、背後を歩くカトー・トモヒサの冷静なツッコミが放られた。

 時期的には、群馬の地区予選大会は他県より一月ほど早い。そのため、丁度梅雨入りの季節と重なるのだ。

 

「この季節ってのは湿気が困りもんなんだよな。俺たちガンプラビルダーにとっちゃ、どんなフィールドエフェクトより厄介だぜ…」

「でも、季節にカンケーなくガンプラを安定したクオリティで仕上げるのが、一流のビルダーってことだよね!」

「…お前、いつも騒ぐだけで大したこと言わないのに、今日は珍しく良いこと言うな」

「割りとショック!?」

 

 広い駐車場を抜け、会場となっている県民体育館を仰ぎ見る。そして、正面玄関に吸い込まれていく人込みに自分達も混ざった。もう見慣れ始めたエントランスは、先週の土日と変わらない喧騒に支配されている。

 視線を巡らすと、見知った制服姿の2チームを見つける。深紅に染まる制服の女子二人と男子一人の三人は、菱亜学園チーム『ハウンドクロス』。朽葉色の淑やかなオーラを纏う女子三人は、セント樫葉女子学園チーム『天照す閃光』だ。

 この2チームは、今年の地区大会優勝候補に名を連ねる強豪として、既に各メディアで話題になっている。ちなみに、英志学園もそれなりに注目されているらしい。アノウ・ココネも号外の学園新聞を発行し、「”黒い悪夢”、再来!」「宇宙(そら)に咲く美しき”花鳥風月”」「ガンプラバトルでもその個性を遺憾なく発揮!」など、当のこちらが恥ずかしくなる程の見出しを記事に踊らせていた(ウェブサイト上でも閲覧数を稼いでいるとのことだ)。

 

「お、見てみろ。俺達が今日当たる相手がいたぞ」

 

 ゆっくり進みながら、トモヒサが顎をくいっとさせてエントランスの一角を小さく示す。釣られて見ると、丁度お手洗いの出入り口付近に見覚えのある人物が仏頂面で立っていた。

 

「確か、紗寺学園の…」

「チーム『アンダブル』。そのリーダー、オオゾラ・ユキナリだな」

 

 細身の、外に跳ねる黒い癖毛の男子だ。先日、偶然にガンプラショップ「ビッグリング」で出会ったばかりである。その時トモヒサとカネダ・ミソラが対した、チームメンバー二人とのバトル。そこへ介入したガンプラ「ダブルゼロガンダム」の姿は、鮮明に思い出せる。

 

「あれ?あと二人がいないね?」

 

 ジニアの指摘通り、腕を組んで壁に寄りかかる彼は一人のようだ。近付いてみると、こちらに気付いて顔を上げた。

 

「君達は…英志の」

「どうも。五日ぶり、になるか?」

「そうなる。…僕に何か用でも?」

 

 トモヒサに続いて挨拶の言葉をかけようとしたが、オオゾラ・ユキナリの線の細い顔が怪訝げに歪む。思わず、出しかけた言葉を飲み込んでしまった。

 

「用ってこともないが、今日当たる相手なんだし、一言挨拶でもな。今日はよろしく頼むぜ」

「…そうか。不適切な態度を取ってしまって、申し訳ない。そちらのお二人も、今日はよろしく」

「は、はい。よろしくお願いします」

「よろ~」

 

 ユキナリは組んでいた腕を解き、壁に預けていた背を離して小さく会釈をする。少し近寄りがたい印象だったが、そうではないようだ。

 

「ところで…他の二人はどうしたんだ?」

 

 トモヒサが訊ねた途端、ユキナリの表情が再び不機嫌そうに歪められる。そして、お手洗いの奥をちらりと見遣った。

 それを見て、察する。

 

「あ…はい」

「全く…トイレくらい自宅で済ませておけばいいものを…」

 

 気苦労が絶えないチームらしい。

 ユキナリが嘆息すると、館内放送が響き渡った。出場選手に対し、中央ホールへ集まるよう促している。それを受け、周囲の人込みが流れ始めた。

 

「じゃあ俺らも行くが…」

「ああ、僕たちのことは気にしないでいい。試合で会おう」

 

 ユキナリと別れ、中央ホールへ向かう集団の流れに倣う。去り際、ユキナリは組んだ腕を指先で叩いているのがチラリと見えた。

 

「大丈夫かアレ…?」

 

 対戦相手のコンディションが万全であることを祈りつつ、中央ホールを目指した。

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 第一ブロックの試合を今や遅しと、シマ・マリコは観戦者達と共に待ち侘びる。

 

「お、いたいたマリちゃん。隣、失礼するぜ」

「隣を許した覚えはないけどね…」

 

 先週と同じ場所に座っていると、これも同じように菱亜学園のガンプラ部顧問であり、学生時代からの付き合いでもあるエニワ・シロウが隣に腰をかけた。相変わらずの白いジャージが眩しい。

 

「アズマ先生もどうもッス」

「ワシはついでか」

 

 アズマの溜息混じりの言葉にへらへら笑うシロウ。

 生徒達(カネダ兄妹とアノウ・ココネ)を連れてきたアズマと駐車場で合流した後、自分達大人は先に二階席に上がって席を確保している。吊り下げられる液晶大画面が最もよく見える位置だ。

 

「まぁまぁ、それよりヒヨッコ共の調子はどうなんだ?うちのスーパーファイター達は最高のコンディションだぜ!」

「訊ねてもいないことをよく喋りおるわ…」

「そこは昔から変わっていないのが、安心するやら呆れるやらだね」

「何だ何だ二人共。敵に情報は与えないって魂胆か?」

「そのつもりなら今すぐこの場を離れるよ」

 

 騒がしい彼の存在に心地よさを覚えるが、確実に変わっているものを感じる。

 学生の頃は、彼ともう一人の三人で、騒々しい日々を送っていたものだ。学校では毎日のようにアズマに怒られ、ガンプラバトルに明け暮れていた。あの頃は様々なものを吸収して腕を磨いたが、現在は生徒を指導する立場。自分達の面倒を見ていたアズマの気持ちを痛感している。

 変わっていないように見えて、シロウの愛弟子を自慢する姿は共感する部分があるのだ。

 

「チーム『スターブロッサム』は着実に力を増してきているよ。シロ君の言うところのスーパーファイター…そう呼んで差支えはない」

「ハッハァ!そいつは結構なこった、期待に胸が膨らむぜ!」

 

 愉快気に笑うシロウ。彼の変わっていない部分は、強い相手に対して前向きなところである。

 彼と邂逅したのも、学校内に強いガンプラファイターがいると聞き、自分にバトルを持ち掛けてきたのが発端だ。彼の当時の愛機であるGエグゼスも中々の仕上がりだったのだが、自分のGP04ガーベラには遠く及ばなかったのを、今でも鮮やかに思い起こせる。

 

(懐かしいねぇ…シロ君と話していると、まるで昔に戻ったようだよ。ここにライカもいれば、もっと楽しいだろうね)

 

 自然と、笑みが零れた。

 

「おっと、”宇宙の陽炎(かげろう)”が女神のように笑ってるぜ」

「うるさいよ!」

「ッ痛ぇ!?」

 

 シロウの頭に拳骨を落とす。要らない部分はそのままでなくとも良い。

 そんな彼だが、第一ブロックの愛弟子がバトルシステムの前に並ぶと真剣になった。

 隣に座るアズマが、呟く。

 

「ほう…。纏う闘気が一段と苛烈になったな」

 

 実際のガンプラとバトルを見なければ、流石にそこまでの雰囲気を感じ取ることはできない。しかし、自分達より倍のガンプラバトル歴を持つアズマには、それが分かるのだ。

 かつての師である”殲滅のアズマ”ことアズマ・ハルトの境地には、未だ至っていない。

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

「チーム『ハウンドクロス』! 披荊斬棘、押し通る!」

 

 バトルフィールドに吐き出される三機のガンプラ。

 システムが選択したのは、白と緑のコントラストが美しい雪渓地帯だった。降り積もった雪が溶けずに谷底を埋め、山頂まで緩やかな傾斜を生み出している。

 プラフスキー粒子が再現する景色の澄み渡った青空の下、不釣り合いな色合いの機体が、氷のように硬化した万年雪の上に降着した。

 コンソール上のマップを見ると、相手チームは山頂を挟んだ反対側から出撃したことが分かる。

 

「シバ、敵機を捕捉できるか?」

 

 丈の低い高山植物に覆われた山岳は、左右から雪渓を挟むように聳える。本物さながらの風景を注視しながら、聡明なる司令塔――シバ・ニーナへ尋ねた。

 彼女の操るデナン・ゲー・ツィーレンは出撃と共にサーチファンネルを射出し、リアルタイムで情報を収集している。フォロスクリーンを丸眼鏡のようなハイブリッド・センサーに被せ、高感度状態だ。

 

「プラフスキー粒子の波動を検知。これは…エイハブ・ウェーブの反応です」

「やはり鉄血の機体か…照合は?」

「最も強い反応を示すのはガンダム・フレーム…ですが、それ以外は不明。残りの二機はグレイズ・フレームに近いようです」

 

 フォロスクリーンを収納しつつ返答するシバ。

 事前に得ている情報でも、相手チームはガンプラを「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」に統一していた。今回の試合でも、変更していないようだ。

 

(HGUC等より情報が詳細だな。エイハブ・リアクターの設定が活かされている、ということか)

 

 デナン・ゲー・ツィーレンのブレードアンテナとサーチファンネルには特殊な加工が施されており、通常は感知できないガンプラが発する粒子の波長から、ある程度の情報を引き出すことが可能である。それが、”エイハブ・リアクターから発するエイハブ・ウェーブ”という具体的な設定であれば、引き出せる情報もより詳細なものになるのだ(加えて、そのガンプラの完成度が高ければ高いほど、シバにとっては感知し易いメリットになる)。

 と、デナン・ゲー・ツィーレンがフォロスクリーンを跳ね上げ、ハイブリッド・センサーを光らせた。

 

「エイハブ・ウェーブの波長が変動。三機とも動き出しました」

「仕掛けるか?」

「ええ。障害物のないフィールドですので、ツツジさんに先陣を任せます」

「承知」

「山頂付近に対し、索敵を厳にします。コウスケは残りを私と」

「おう」

「では、状況開始です」

 

 それぞれに示し合わせると、自分はガンダムAGE-2バンガードをストライダーモードへ変形させ、青空へ飛び出す。その直後、ホログラムコンソール上のモニターに栗色のショートボブに覆われたシバの童顔が映し出された。

 

「先週はツツジさんの活躍が目立たず、私の不徳の致すところでした。ですから、存分にやってください」

「フフ、そんなこと、微塵も思っていないさ」

「しかし、観衆(オーディエンス)はそれを期待しているはずです。私も含めて」

「身に余る栄誉だな。しかし、応えてみせる」

 

 そう返すと、彼女の口元が緩む。

 

「それでこそ、私達のキャプテンです」

「…おい、敵だ」

 

 ササミネが音声だけで報せてきた。

 不愛想な声に釣られてメインモニターを注視すると同時、アラート音が響き、敵機を確認する。

 バンガードのメインカメラが映す、左側の山腹。緑に覆われた山肌の向こうから飛び出してきたのは、全身が血のような赤に染まるモビルスーツだった。

 

「あれは、ガンダム――」

 

 距離が縮まっていくに連れ、その全容がはっきりと視認できる。

 

「――アスタロト、オリジン!」

 

 鉄血のオルフェンズに存在する、72体のモビルスーツ。

 伝説の機体として語り継がれるその名は、共通のインナーフレームから総じて”ガンダム・フレーム”と呼ばれている。

 その中でも、ガンダム然としていながら全身が深紅に染まる異質な機体こそ、目の前に迫る「ガンダムアスタロトオリジン」だ。

 

『やはり”キャプテン・アゼリア”が先行してきたな!』

 

 オープンチャンネルから、相手ファイターの声が届く。

 

『その首、貰い受ける!』

「ふっ…大きく出たものだ」

 

 アスタロトオリジンは、両肩に備えるブレードシールドとバックパックの尾翼を展開しており、特徴の一つである飛行形態となっている。簡易的な変形とはいえ、二基のエイハブ・リアクターが生み出している出力により、飛行速度は並みのモビルスーツを凌駕していることが分かる。

 それだけ、ガンプラとしての作り込みが凝っているということだ。

 こちらも、よりバンガードにブーストをかけた。トップスピードを維持したまま、スフィアを捻って可変コマンドを選択する。

 

「だが、臨むところッ!」

 

 接触の刹那に人型へ変形し、反転。即座に握り込んだドッズソードを居合の構えに取る。それと同時に、基部のジェネレーターから粒子が流れ、クリアパーツで構成されるシグルブレイド由来の刀身を輝かせた。

 運動エネルギーを乗せた切先を、振り抜く!

 

 

――バギィィィィン!!!

 

 

 渾身の威力で抜き放ったドッズソードが、分厚い物体にぶつかった。

 

「――ッ!?スレッジハンマー…!」

『これが居合かッ…!?』

 

 互いの得物が衝撃に弾かれ、機体ごと空中で揺さぶられる。

 アスタロトオリジンがサイドアーマーのウェポンラックから抜いたのは、質量打撃武器であるスレッジハンマーだった。重量も相当なものらしく、グリップを握っている右腕が大きく上へと仰け反っている。

 だが、アスタロトオリジンはハンマー部に備わっているサブグリップを左手で素早く握った。

 

『もういっちょぉ!!』

 

 それを、打ち下ろす!

 

「笑止!」

 

 その一撃に対し、受けた衝撃に逆らわずバンガードを後方に宙返りさせた。スレッジハンマーが虚空を叩く。

 さらに、バインダーの細かな動作で宙返りのベクトルをずらし、錐揉みの要領で機体を再び正面へ向ける。アスタロトオリジンをやや仰ぎ見る形となり、大きく下段に構えたドッズソードを逆袈裟に斬り上げた。

 

『な、に…!?』

 

 ライトグリーンの軌跡を空に描き、ドッズソードがスレッジハンマーの先端を破断する。

 

『たった二撃で、スレッジハンマーを!?』

 

 初撃の際、見逃してはいなかった。

 スレッジハンマーの打撃面には、ドッズソードが刻み込んだ罅割れが生じていたのだ。

 

「我が剣が、数段上手だったようだな!」

 

 間隙を置かずに連撃を仕掛けようとしたところで、ある事に気が付く。

 

(――ッ!!)

 

 スレッジハンマーは、"毒蛇の牙を潜める鞘でしかない"ということを。

 アスタロトオリジンは、得物を縦に引き裂いた。

 

『こうも早く、こいつを抜くことになるとはな!』

 

 否、それは抜刀の動作であった。

 無用となったハンマーの残骸を放り投げ、毒蛇の牙がその姿を蒼天の下に晒す。

 其の刀の名は、"γナノラミネートソード"。

 勇魚(モビルアーマー)を屠るために生み出された、竜騎の悪魔(アスタロト)だけが持つ必殺の兵器だ。

 一時、距離を取る。

 

「…察するに、貴方(きほう)の剣は我が剣に匹敵するとお見受けする」

『噂通りだな…。賞賛の言葉、痛み入るよ』

 

 長く滞空してはいられないため、互いに万年雪の上へと降り立つ。

 アスタロトオリジンは、右腕下部に備わっている粒子供給ケーブルを、γナノラミネートソードの柄頭部分に接続した。

 

『さ、続きといこうぜ』

 

 その武装は、リアクターから発生するエイハブ粒子を圧縮し、ケーブルを介して刀身に”γナノラミネート反応”という特殊な構造を付与する、という設定を持つ。

 原典設定では圧縮粒子が安定せず、実用化に至った武装は少ないロストテクノロジーとされているが、どうやら相手のアスタロトオリジンは、上手くガンプラバトルに落とし込んで運用できていると見えた。

 

(俄然、楽しみが増すというもの)

 

 バンガードの右足を引かせ、ドッズソードを後ろに下げて脇に構える。

 

「悪魔の一柱、討ち取らせてもらう」

 

 山頂から吹く風を合図としたように、互いに雪の大地を蹴り込んだ。

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

『あいつが出オチしたせいで…!』

 

 サーチファンネルによる索敵範囲を山頂付近に絞った結果、予測が的中していた。

 まず、ガンダムAGE-2バンガードとガンダムアスタロトオリジンが接触したのと同時に、山頂に現れたモビルスーツがいた。それは、グレイズ・フレームに類すると検知していた内の一機――ゲイレールだった。

 フィールドの特性として、全域を見渡せる山頂を確保することは重要な要素と言える。現に、その任を負っていたのであろうゲイレールの装備は、両肩に鉄血オプションセットのキャノン砲、そして背部にはロケットランチャーも装備する遠距離特化のものだった。

 確かに、その作戦は基本に則った有効なもの。しかし、このデナン・ゲー・ツィーレンはわざわざ陣取り合戦をするまでもないのだ。

 目となるサーチファンネルによって付近に接近する機体を確認し、後はその場に相手が現れるのを待ってから、メガ・ビーム・キャノンによる砲撃で殲滅する。策の根本から破壊するのだ。

 そうして、思っていた通りにゲイレールは単機で山頂に現れた。こちらを確認させる暇も与えず、片方に出力を集中させたメガ・ビーム・キャノンの一射で撃破している(ナノラミネートアーマーのビーム耐性も懸念してはいたが、ガンプラの出来は再現するに至っていなかったようだ)。

 そして今、もう一機のグレイズ・フレームと思われていた機体――レギンレイズを、クロスボーンガンダム・クローザーと二機掛かりで追い詰めている状況だ。

 

『とは言っても、あんな長距離狙撃のビームでやられるなんて、思わない、か…!』

「…ごちゃごちゃうるせェぞ…」

『うわぁぁ!?』

 

 右腕にマルチウェポンとソードを組み合わせた武装を持つレギンレイズが、クローザーのビームザンバーの一閃を危なげに回避する。しかし、クローザーは山肌を蹴り込むことで再び飛び上がり、地表へ落下していくレギンレイズに追撃を仕掛けた。

 

『――ッ!ナメないでッ!』

 

 レギンレイズは巧みに空中制動をかけ、真正面からクローザーを迎え撃つ。

 ビームザンバーと大型ソードがぶつかり、火花を散らした。コウスケの使うビームザンバーは「ミヤモト工房」に発注した特注品なのだが、それと正面からまともに剣戟していることに驚く。第二回戦らしい、相応のレベルの高さを感じさせる。

 自分のコンソールには、サーチファンネルから送られる測定値が表示されている。先刻からキャッチし続けている、レギンレイズの粒子波長だ。クローザーとツィーレンの絶え間ない攻撃に対し、当初は安定した出力を発揮していたが、現在は動きによって値の振れ幅が大きい。

 エイハブ・リアクターが悲鳴を上げている証拠だ。

 

(そろそろ、決め時かな)

 

 コンソールを叩き、コウスケへサインを送った。それに対する返事はないが、行動で示される。

 クローザーは互角に戦っていたように見えたが、突如として骨十字スラスターから発するバーニア光が輝きを増し、レギンレイズを凌駕した。大型ソードの横一閃をひらりと躱すと、宙返りするようにレギンレイズの上を取る。

 

『え、何――』

 

 そして、ビームザンバーで左腕を切り飛ばした。

 そのまま、背中合わせにレギンレイズの背後へ降りつつ反転し、ビームザンバーを突き出す。

 

『――こ、んのぉぉぉっ!!』

 

 相手ファイターは、咄嗟に残った右腕のソードを掲げて盾代わりにした。

 

「チッ……おらぁぁぁぁッ!!!」

 

 全く意に介さず、コウスケは叫び声を上げてクローザーを押し出す。レギンレイズはビームザンバーを受け止めているが、全推力を乗せて押し込んでくるクローザーに力負けしていた。

 そして、雪渓の山肌に叩き付けられる。

 

『きゃあああっ!?』

 

 悲鳴を上げる相手には構わず、レギンレイズをぐいぐい押し込んでいくクローザー。直後にフェイスマスクが開き、余剰熱を排出した。その余波に煽られ、高山植物の葉が散り散りに舞い上がる。

 レギンレイズはその場でぐったりしたまま、動かない。背部に露出しているエイハブ・リアクターが損傷したのだろうか。

 

「……つまんねェな……」

 

 コウスケの興覚めしたかのような、単調な呟き。

 

(あーあ…またそういうこと言うんだから)

 

 だから友達ができないんだと、よく言い聞かせているつもりなのだが。

 

(ま、これなら私が出る幕はなさそうかな)

 

 とはいえ、流石は”茜き野獣”。彼の働きで、こちらの手の内を見せずに勝利ができる。

 本当は、総掛かりでレギンレイズを倒せる自信は十二分にあったが、今後相対するチームへ与える情報は最小限である方がいい。傲慢と言われても反論はしないが、見ているのは目先の勝利ではない。

 これが、チームを優勝へ導く策だ。

 

「終ぇだ」

 

 クローザーがビームザンバーを逆手に持ち替え、レギンレイズの胸部へ狙いを定めた。未だ撃墜の判定がないアスタロトオリジンは、バンガードと交戦中なのだろう。加勢に向かうため、ツィーレンを動かそうとした。

 瞬間、

 

「――っ!?コウスケ!」

「あ?」

 

 サーチファンネルが、別の波動をキャッチした。

 その方向へ瞬時にツィーレンを向け、迎撃態勢を取る。

 その直後、砲撃が轟いた。

 

『うぉぉぉぉぉ!!正義を完遂するため、舞い戻ったぞ!!』

 

 快哉を叫びながら、撃墜したと思っていたゲイレールがホバーユニットを唸らせて雪渓を滑走してきた。とはいえ、自分が放ったメガ・ビーム・キャノンのダメージは残ったままであり、キャノン砲が取り付けられている両肩の下には腕がなく、背部ロケットランチャーと脚部の装甲がごっそりと抉れている。

 

「うそ…撃墜したはず!?」

『正義は賊などに屈しないのだ!!』

 

 何処かで聞いたような台詞だ。

 

(いや、確かに撃墜判定があったはず…まさか、本当に復活したの!?)

 

 可能性としては、ゼロではない。

 現実に、粒子残量が底を突いていたにも関わらず、ファイターの声に応えるように息を吹き返した事例が幾つも存在している。

 一部ではオカルトだとして、システムの不備を疑う意見もあるが、プラフスキー粒子と人の感情に関する部分には未知の領域が多い。この分野の第一人者でもあるヤジマ・ニルスは、ガンプラが復活する事例に対し肯定的であると言う(愛読書の「新プラフスキー粒子論」でも真面目に触れられている)。

 一瞬、それらのことを思い出しつつ、コウスケに意識を向けた。

 

「事態急変!コウスケ――」

「悪ィ、無理」

 

 ツィーレンの丸眼鏡のようなハイブリッドセンサーを滑らせると、レギンレイズがクローザーのビームザンバーを弾き飛ばす瞬間を目撃する。粒子加速刃が消えたザンバーが斜面を転がり落ちていく。

 

『ハァ、ハァ…。”茜き野獣”も、これまでッ!!』

 

 レギンレイズは、片腕でソードを振ってクローザーに襲い掛かった。クロスボーン・ガンダム系列には豊富に武装が備わっていることを知っているのだろう、連撃を続けて回避以外の行動をさせまいとしている。

 

「仕方ない、各個撃破でいくしか…」

『余所見をするなぁ!!』

 

 ゲイレールが一直線に向かってきた。

 作戦も何もない、無謀な突撃にしか見えない。だが時として、真正面のぶつかり合いが雌雄を決する場合もある。ガンプラビルダーという者はそういう気質が多いし、コウスケもツツジも、基本的にはそのスタンスを信条としている。

 

(…だったら)

 

 無論、自分にだって意地がある。

 一騎打ちが望みなら、それを買うのもチーム『ハウンドクロス』の流儀だ。

 

(撃ち砕くまで)

 

 コントロールスフィアを操作する。

 デナン・ゲー・ツィーレンの背部に接続されている二門のメガ・ビーム・キャノンが、重々しい金属音を立てながら両脇から砲身を伸ばした。脚部から突出するアンカーが万年雪に食い込み、機体を固定する。

 砲身が唸り始めた。

 

「そんなにこれを食らいたいのなら、存分にどうぞ」

 

 エネルギー充填率、30%。

 

『二度も当たるものか!こちらが撃破するのが先だ!』

 

 エネルギー充填率、60%。

 

「それは無理でしょう。だって――」

 

 エネルギー充填率、90%。

 

「――本気のヤツ、撃ちますから」

 

 エネルギー充填率、120%。

 臨界点突破。

 

 

 

――ビュゥゥゥゥゥゴォォォォォォオオオオ!!!!

 

 

 

 砲門から、エネルギーの塊が一挙に吐き出された。

 二つのピンク色の光の奔流は、射線上にあった景色を飲み込んで蒸発させる。

 

『我がガンプラなら、これくらい――』

 

 ゲイレールは回避する素振りを見せたが、突然機体が横転した。

 

『――な、何故だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 ハシュマルのビームを弾いた獅電とはいかず、メガ粒子の奔流を直撃してゲイレールは吹き飛んだ。

 

(あんなボロボロの状態で全速力で突っ込めば…)

 

 こちらに表示されている波動の測定値は、下限ギリギリを示していた。つまり、エイハブ・リアクターが限界だったのだ。それを分かっていたからこそ、真正面から最大出力の攻撃を行ったのだ。

 有利な状況を把握していたとはいえ、正々堂々の一騎打ちには変わらない…はず。

 

「…こっちも片付けた」

 

 砲撃体勢を解くと、クロスボーンガンダム・クローザーが降りてきた。

 仰ぎ見ると、どういう戦い方をすればそうなるのか、レギンレイズが持っていたはずの大型ソードが持ち主の胸を串刺しており、山肌に縫い付けられていた。

 コウスケらしいと言えば、そうかもしれない。

 

「よし、ツツジさんの加勢に…」

 

 次の行動を起こそうとした時、衝撃音が轟いた。

 

「何の音!?」

 

 咄嗟に山頂付近に目を移すと、水蒸気なのか砂埃なのか分からないが、白煙らしきものが立ち昇っていた。

 その現象に、思い当たる節がある。

 それは、ツツジが”対ガンダムラナンキュラス用に温存しておきたい”と言っていたシステムだ。

 

「…バンガードが、アレを使ったの…?」

 

 

 

   Act.21『涓滴岩を穿つⅡ』へ続く


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