ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.02 『通常のグーンの三倍の速さ』

 

 

 一閃。ビームザンバーが横薙ぎに振り抜かれた。

 真っ二つに切り裂かれたラジエーターシールドが、都会の交差点に落下してコンクリートの道路を陥没させる。

 その上空を、フレキシブル・スラスター・バインダーを噴射させ、漆を塗ったような光沢を放つ黒いモビルスーツ――ガンダムサレナが飛び抜けた。

 迫る敵機に向かい、ガンダムサレナはサイドアーマーのサーベルを引き出し、ライトグリーンに光るビーム刃を発生させて振り抜く。相対する茜色のモビルスーツが、背部の骨十字を思わせる飛行スラスターを可動させて斬撃を躱した。

 その機体はシザーアンカーを射出し、ガンダムサレナの腕をくわえ込む。甲殻類の鋏のようにがっちり捕らえ、そのまま骨十字スラスターを横に噴射して機体を回転させた。

 身動きの取れないガンダムサレナは、されるがまま振り回され、都会の中心に屹立する高層ビルへと激突した。

 崩れる積み木のように高層ビルが中程から折れ、倒壊する。鉄骨やコンクリートに埋もれながら、ガンダムサレナは何とか体勢を立て直そうとする。

 が、見上げた時には茜色の機体―クロスボーンガンダム・クローザーが、陽光を骨十字に遮って落下してきていた。ビームザンバーを逆さに突き出し、着地と同時にガンダムサレナの腹部を刺し貫く。

 クロスボーンガンダム・クローザーは、フェイスマスクを開いて排熱した。(あぎと)を開いた野獣が獲物を仕留める悦びに歓喜しているかのように、ツインアイを輝かせる。

 その顔が、ガンダムサレナの傷だらけの顔にぐいっと近付いた。

 相手のファイターが、口を開く。

 

「カトーよぉ、テメェ……弱ェなぁ」

 

 

 

「ッ!!」

 

 トモヒサは目覚めた。

 布団を払い、天井を見上げる。額を触ると酷く汗をかいていた。

 最悪の夢だ。

 

「くっそ…」

 

 ベッドから起き上がり、寝癖の立つ頭をくしゃくしゃと揉む。

 時計を見ると、まだ5時半だった。こんなに汗をかいていては二度寝もできないため、トモヒサは立ち上がって体操服に着替えた。この時間ならシャワー室は空いているだろう。タオルと下着の着替えを持って部屋を出た。

 翠風寮には共同浴場もある。運動部が多いため、シャワー室も幾つか用意されており、ランニングを終えた生徒で登校前は賑わう。トモヒサは運動部ではなく、ランニングもしていないためあまり利用しないが、夏場は重宝している。

 浴場の前に来ると、やはり人はいなかった。男子浴場の暖簾を潜り、誰もいないため、気にせず体操服を脱ぐ。

 シャワー室に入り、暖かいお湯を被った。

 

 

 

 汗をシャワーで流し終え、まだ早いが、制服に着替えて食堂棟に向かう。

 渡り廊下を歩いていると、

 

「あれ、トモにぃ?」

 

 体操服姿のキンジョウ・ホウカが声をかけてきた。

 

「はよっす、これからランニングか?」

「おはよう。うん、そうなんだけど、珍しいね。トモにぃがこんな早い時間に起きてるなんて」

 

 それでは俺が寝坊魔みたいな言い種だ、とトモヒサは思った。だが否定はできない。

 会話をしながら、ホウカは準備運動を始める。

 

「久しぶりに、一緒に走ろうよ…っ」

 

 屈伸しながら話すホウカ。同じくランニングを始める生徒の邪魔にならないよう、トモヒサは柱に寄りかかりながら話す。

 

「さっきシャワー浴びたばかりだからなぁ…お前を送るだけにしとく」

「えー」

 

 準備運動を終えて、立ち上がる。

 ホウカは小柄で、並び立つと見下ろす形になり旋毛が見えるくらいである。

 

(まぁ、俺が無駄に高身長なだけかもしれねぇけどな…)

 

 むしろこの身長のせいで、昔からホウカに投げ技で敵わなかったのを思い出す。

 

「じゃ、行ってきます」

「おう、頑張れ。俺は先に朝飯食ってるな」

 

 走り出したホウカが、振り向きながら手を振った。木々に囲まれる道を走り、ランニングルートに逸れる。

 姿が見えなくなったのを確認して、食堂棟へ向かうトモヒサ。

 既に夢のことは、忘れていた。

 

 

 

 食堂棟へ入って、トモヒサは給仕のおばさんと挨拶を交わす。まだ早いので、準備が終わるまで雑誌を読もうと本棚に向かった。

 

「ん?リクヤか」

 

 先客がいた。

 本棚の前に立っているのは、短く整えられた髪型で後ろ姿だけでも分かる。

 昔からの腐れ縁の幼馴染、同級生のカネダ・リクヤだ。

 

「お、トモヒサ。お前にしちゃ早いな」

「さっきも似たようなこと言われたぞ…」

 

 その横に立って互いに挨拶を交わす。

 

「何のことだ?」

「いや、ランニング前のホウカに会ってな」

「ああ」

 

 納得して小さく笑うリクヤ。

 

「今頃、妹と一緒に走ってるだろうな」

「同じ古武道部だしなぁ」

 

 去年、英志学園のガンプラ部はチーム「スターブレイカーズ」として初の選手権参加を果たしていた。

 その時は自分とカネダ・リクヤ、そして大学部に進級した人物を加えた三人が出場したのだ(というより、三人しか部員がいないためだった)。

 しかし、結果は予選敗退。全国大会の場・ヤジマスタジアムの舞台に上がることはなかったが、初出場にして地区予選の決勝まで勝ち進む功績を残せた。これもあって、三人だけで部が存続できているのだ。

 ところが、今年の選手権は三人目が大学部に進学したことで中高生の部に参加できないということになった。そこで、確かなセンスを持っているホウカをガンプラ部へ誘い、チームメンバーとして推薦したのである。

 ちなみに、リクヤの言う妹とはホウカと同じ古武道部に所属する一年生のことだ。

 

「それはそうと、週末にでも大会のエントリーを済ませようと思う」

 

 ふとトモヒサは思い出して、リクヤに言う。

 

「ああ…そっか」

 

 リクヤはそれだけを言って、口を噤む。

 

「どうした?」

「あ、いや……すまん、もうちょっとだけ待ってくれないか?」

 

 トモヒサは疑問に思った。

 既にトモヒサ、リクヤ、そしてホウカと三人揃っている。ホウカが入部していなかった当初なら、当然エントリーはまだ見送っていただろうが、何故リクヤは今になってそんなことを言うのだろう。

 

「どうしたんだ?もうこの三人で決まりだろ」

「すまん、上手く言えないんだ」

 

 リクヤはそれだけを言って、雑誌に目を落とす。

 

「まぁ、お前がそう言うんなら、もう少し待つけどよ」

 

 とはいえ、腐れ縁と言っても過言ではないリクヤである。何か考えがあってのことだろう。

 二人は、給仕のおばさんが声をかけるまで、他愛もない言葉を交わして時間を潰した。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ホウカは、同級生と一緒に談笑しながら校舎を出る。

 高等部の合同体育があるため、陸上競技場へ向かう。大勢の生徒が同じように校舎から溢れて、道を埋め尽くしていた。

 同級生と一緒にその中を歩いていると、剪定されたツゲの木の茂みに誰かが踞っているのが見えた。

 

「ごめん、先に行ってて」

 

 そう同級生に断って、その人物に向かう。

 気分でも悪いのだろうか、立ち上がる気配がない。

 

「大丈夫ですか?どこか具合でも…」

 

 茂みに入ると、その人物は明るいピンク色(マゼンタという色だった気がする)の髪をサイドテールに結っている女子生徒だった。声をかけると、こちらを見ずに手招きしてくる。

 一体何かと、同じくしゃがみ込む。

 

「わっ…」

 

 そこには、猫がいた。

 真っ白な毛色で、ふさふさの首元の毛がライオンのように逆巻いている。雄々しい風貌に反して、かわいらしい大きめの目がホウカに向けられた。

 誰かの飼い猫だろうか。

 

「かわいいでしょぉ~」

 

 足を投げ出して座る猫の顎を撫でる女子生徒。

ホウカも頭を撫でてあげると、猫が喉を鳴らした。とてつもなくかわいい。思わず顔が綻んでしまうのが分かった。

 ふと、女子生徒の横顔を見る。

 色白で睫毛が長く、外国人だと一目で分かる顔立ちだ。

 ホウカは、見覚えがある顔だと気付いた。

 

「ラインアリスさん?」

 

 声をかけると、大きな目をぱちくりさせてこちらを見た。

 

「ん?そだよ?」

 

 しかし、猫を撫でる手は止めない。

すると女子生徒―ジニア・ラインアリスはホウカの顔を見て、何かを考えるように顎に手を添えて唸り始める。

 ややあって、パッと表情を輝かせた。

 

「あ!キンジョーホーカ!でしょ!?」

 

 ぐいっ、と顔を寄せてくるジニア。

 思わず身を引いた。

 

「う、うん、そうだよ…?」

「やっぱりー!」

 

 ジニアは弾けるような笑顔をしながら、「Yes!」と言って何故か拳を握る。 

 

「てゆーか、何で名前知ってるの?」

 

 と思うと、頭の上にはてなマークが見えるかのように、腕を組んで思案顔をする。

 

「ほら、ヒロインの役をもらった留学生の天才少女って、学園新聞に載ってたから」

 

 つい先週発行された学園新聞に、このジニア・ラインアリスの写真が大きく掲載されていた。今夏に開催される総合文化祭で演じられる舞台のヒロイン枠として選ばれた、とのことだった。

 

「あー、あれかー」

 

 なるほど、と頷くジニア。

 

「と言うか、私の名前も…」

「学園新聞で読んだもん。古武道に咲く天才少女!ってね」

 

 ジニアは、さも当たり前のような顔をして答えた。

 トモヒサのそれとは違ってからかっている様子ではないが、それでもすごく恥ずかしい。

 

「お互い天才少女はないよねー」

「分かる…」

 

 妙なシンパシーを感じ、苦笑いを交わす。

 

「おーまーえーらー」

 

 背後から、突然声をかけられた。

 

「次は合同体育だってのに何やってんだこんなとこで!」

 

 振り返ると、浅黒い肌と纏められたビリジアンの髪が目立つ教師カンベ・アリサが、怖い顔で立っていた。古武道部の女子顧問でもある先生だ。

 

「す、すみません!」

 

 ホウカは慌てて立ち上がり、アリサに頭を下げる。

 ジニアも立ち上がって「ごめーん」と軽い返事をした。

 

「変な組み合わせだな…お前ら面識あったのか」

 

 アリサが、こちらを交互に見て意外と言うような顔をする。

 

「あのねセンセー、猫がいるんだよ!」

 

 それに構わず、ジニアが溌剌とした声で言った。

 アリサが、がくっと肩を落とす。

 

「猫だぁ…?何もいないじゃないか」

 

 二人の背後の茂みを見遣って、アリサは顔をしかめた。

 ホウカも後ろを向くが、いつの間にか猫はどこかへ消えていた。ジニアも辺りをキョロキョロと見回すが、影も形もない。

 

「あれー?いたんだけどなぁ…」

「んーなことはいいから、さっさと行った行った!」

 

 アリサは二人の背中を押して、競技場へ急かした。 

 

 

 

 その日の昼休み。合同体育が終わって制服に着替えたホウカは、いつものように同級生と昼食を食べようと食堂に向かおうとした。

 

「あ、いたいた!」

 

 と、教室を出ようとしたところに、長いマゼンタ色のサイドテールを揺らしながら制服姿のジニアが駆け寄ってきた。

 

「あれ、どうしたの?」

「このクラスだって聞いたから!一緒にお昼食べない?」

 

 あまりにも唐突だった。

 彼女の大きな黄金色の瞳が、キラキラと輝くようだ。

 ホウカは少し考える。

 

「うん、いいよ」

 

 とはいえ、同級生と約束をしているわけではないため、断る理由もなかった。

 

「やった!」

 

 ジニアは喜んだようで、オーバーアクションで両手を上げる。

 そしてホウカはジニアを連れ立ち、食堂へ向かった。

 その間、すれ違う生徒たちの視線が集中してくるのを感じる。確かに、学園新聞で取り上げられた人物の中でも特に接点がなさそうな二人が、こうして仲の良さそうにして歩いているのだ。

 周囲の興味が寄せられるのも分かるのだが…。

 入学して早一ヶ月とちょっと。時々感じる視線には、未だに慣れずにいた。それは、隣を歩く彼女も同じだ(と思う)。

 やがて食堂へ到着し、それぞれ注文する。

 ホウカは、端末にクレジットカードを翳して清算。大勢の生徒の食事を賄うため、クレジットでの清算がこの学園の基本だ。すぐに、注文したハンバーグ定食が割烹着を着るおばさんから渡され、それをトレーに置く。

 ホウカは空いている席につき、ジニアも向かいの席についた。彼女も同じくハンバーグ定食であり、今にも涎が垂れそうなにやけ口をしながら目を輝かせている。そしてフォークとナイフを握る。

 

「いっただきます!!」

 

 小学生でも負けそうな声量だ。周囲の生徒達が何事かと見る。

 

「いただきます」

 

 ホウカも倣って(声は小さめに)、昼食へと感謝の言葉を送りながら合掌する。少し視線が気になるが。

 ハンバーグをナイフで切りながら、ジニアを見た。

同じくナイフで切り分けているが、箸は使えないのだろうか、ハンバーグをフォークで刺している。そのまま口に運んで味わい、「パァァ」と漫画みたいな擬音が聞こえてくるかのように笑顔になった。

 かわいらしい子だ。

 

「お前ら目立ち過ぎだ…」

 

 と、声をかけられる。

 振り向くと、トモヒサがトレーを持って立っていた。

 高身長なために、見上げる形になる。

 

「あ、トモにぃ」

「…この観衆の中でよく呼べるな」

 

 トモヒサはそう言って、「ここいいか?」と訊ねてきた。

 頷くと、トモヒサが隣の席に座る。

 

「どのツラ様?」

「初対面で酷いな!?」

 

 開口一番、ジニアの言葉だった。トモヒサが即座に言い返す。

 ジニアは「あ、"どちら様"だった」と口を覆い、しまったという顔をした。

 

「…カトー・トモヒサだ。下の名前で構わないぜ」

 

 妙に疲れた顔で挨拶をするトモヒサ。

 ジニアはうんうん、と頷いた。

 

「私はジニア、ジニア・ラインアリス。二人共ジニーって呼んでいいよ」

「うん、改めてよろしくね。私もホウカでいいよ」

 

 応じて、こちらも言いそびれていた挨拶をする。

 トモヒサは、生姜焼きをご飯に乗せながら返した。

 

「よろしくな。てか、この学園でお前達を知らない生徒はいないだろ」

「困っちゃうよねー、ホーカ」

「う、うん…」

 

 言葉を振ってくるジニアへ、恥ずかしげに頷き返す。

 そんな自分達を交互に見ながら、トモヒサが不思議がるように言った。

 

「それだよそれ。いつの間に知り合いになったんだ」

「うーん、猫のおかげ?」

 

 ジニアはそう言って、ハンバーグにフォークを刺す。

 

「…結論から言いやがったな」

 

 トモヒサが項垂れる。

 ホウカは、小さく笑って補足する。

 

「合同体育の時に、えと…ジニーが猫を触っててね。蹲ってるから、具合が悪いのかなって話しかけたのがきっかけ」

「はぁん…それで猫ねぇ」

 

 トモヒサは納得したようだ。

 

「あ、そうだそうだ。ホーカはガンプラ部にも入ってるんだってね?」

 

 ハンバーグを食べながらにこにこしていたジニアが、ころっと表情を瞬時に変えて話しかけてくる。

 その変化に一瞬驚きつつ、ホウカは箸を止めて返す。

 

「うん、そうだよ。ジニーもガンプラ好きなの?」

「モチロン!」

「俺も部員…つーか部長だ」

「それでね、バトルしてみたいなーって」

「無視か!」

「あっははは!トモヒサ面白ーい!」

 

 ジニアがトモヒサを指差して笑った。「くっ…!」と何かを堪えながら、トモヒサが拳を握る。

 ホウカはくすくすと笑いながら、そうだと提案した。

 

「それなら、今日も放課後やる予定だし、丁度いいんじゃないかな?トモにぃ、どう?」

「トモにー!」

「それやめろ!…まぁ、どうせ全員来たところで三人しか集まらねぇからな、いいんじゃないか?」

 

 トモヒサは疲れた顔をしながらも、ホウカの提案に同意した。

 彼の言う通り、例え部員が集まっても基本的に三人だけだ。マリコもいれば少しは賑やかになるが、監督をしているだけでバトルをする姿は未だに見たことがなかった。

 ふと、放課後に古武道部の活動があることを思い出した。

 

「あ…でも私、古武道部の後になると思う」

「ダイジョブダイジョブ。私も演劇部に顔出してから行くよ」

 

 ジニアが言う。彼女も演劇部の活動があるのだろう。

 英志学園の演劇部は、比較的新しい部だ。文化面での教育にも力を入れ始めたことで、大学部に演劇学科が出来たと教師の一人から聞いている。その一環として演劇部が設立され、部員の募集も勢力的に行われているらしい。

 そして、更なる発展としてアメリカの芸能学校と交換留学が行われたのが、自分が入学したのと同じ一ヶ月前のこと。

 その留学生こそ、ジニア・ラインアリスだった。

 

「決まったな。シーマ様には俺から言っとく」

 

 トモヒサは頷いて、生姜焼きを乗せたご飯を大口で食らう。

 今年入学した話題の生徒達の中でも、自分とジニアの入学は特にピックアップされ、学園新聞を大いに賑わせた。

 方や、古武道界に吹き抜けた一陣の風キンジョウ・ホウカ。

 方や、大胆な表現力で魅了する演劇界の新星ジニア・ラインアリス。

 これでもかと誇張された表現で書かれており、学園内で知らない人間はいないほどの有名人になって(しまって)いた。

 そんな彼女、ジニアがガンプラバトルを持ちかけてくるとは。

 ハンバーグを口に運ぶ満面の笑みからは、その内心が読めなかった。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 GPベースへセットされたステイメンが、プラフスキー粒子の供給を得て顔を上げる。握るのは、シンプルにビームライフルのみだ。フォールディングシールドは取り回し辛いと感じており、頼らない戦闘を練習していた。

 そして同じく、相手側のGPベースにもガンプラが置かれる。まるでエイを彷彿とさせるような、独特の形状である。

 プラフスキー粒子が浸透し、その大きなモノアイカメラが独特な効果音と共に点灯した。

 

『BATTLE START!』

 

 電子音声が、バトルの開始を告げる。

 

「キンジョウ・ホウカ、GP03ステイメン、行きます!」

「ジニア・ラインアリス!スーパーグーン!いっきまぁーす!」

 

 それぞれのガンプラがカタパルトを滑走し、青空へと飛び出した。

 選択されたフィールドは、港湾都市と森林地帯で別れ、青い海も広がっている地形である。

 ピンと来ないホウカは、ウィンドウ端に表示されているフィールド名を読んだ。

 「ONOGORO ISLAND」と表示されている。

 

「オノゴロ島か…どんな戦いを見せてくれるのか楽しみだな」

 

 声の主は、カネダ・リクヤである。

 あのジニア・ラインアリスが、ホウカとガンプラバトルを行うとトモヒサから聞き及んだようで、こうしてバトルを観戦している。

 

「つーか、すげぇ名前が聞こえたような…」

 

 トモヒサは、ジニアが出撃時に名乗ったガンプラに戦々恐々としたような声を漏らした。

 ホウカは、バトルシステムを挟んで相対するジニアに意識を向ける。

 予定通りお互いに部活動を終え、5号館のガンプラ部に集合したのだ。

 事前にトモヒサからマリコに連絡されており、部外者であるジニアでも好きにしていいと許可が下りている。部が保有するガンプラを使っても構わないとまで言われていたらしいが、ジニアはそれには及ばないと言ってピンク色のガンプラケースを持参してきた。

 どんなガンプラなのか訊ねたところ、いたずらっ子のような顔で「ヒ・ミ・ツ(はぁと」と返された。

 明るく賑やかな彼女だが、親しみ易さを感じる。出会ったばかりにも関わらず、何だか随分と前から知り合っているような、そんな人物だった。

 気を取り直し、バトルフィールドに傾注する。

 ホウカは、ステイメンを飛ばしながら索敵を行った。

 コズミック・イラのフィールドであるため、ミノフスキー粒子による妨害はなくクリアにレーダーが映り、機影が赤い点となって表示された。

 

「あれは…」

 

 目視でも確認できる。

 遮蔽するものが上空になく、真昼の陽光が平たいそのシルエットを照らし出す。

 横に張り出したエイのような形状、そしてその装甲から露出した下半身。

 

「ス、スーパーグーン…っておい!」

 

 鋭く、トモヒサのツッコミが切り込まれた。

 その「スーパーグーン」と呼ばれるガンプラは、特徴的な機体がピンクとレッドに塗装されている鮮やかなものだった。ガンダム的に表現するならば「シャア専用」と呼べるような色をしている。

 そして、それだけではなかった。

 

「よーし、やろうよホーカ!ガンプラバトル!」

 

 ジニアが溌剌と言いながら、スーパーグーンに背部の長剣を構えさせた。

 それはホウカも見覚えがある。「機動戦士ガンダムSEED」の主人公機である「ストライクガンダム」の武装の一つ、「グランドスラム」だった。

 

「「なんだそりゃあ!?」」

 

 トモヒサとリクヤが目をひん剥いて驚嘆する。

 大声を上げる二人に少しびくっとし、

 

「な、何か変なの…?」

 

 きょとん、とする。

 

「そりゃおま…あーそうか、SEEDは分かんねぇか」

 

 トモヒサが言う通り、ホウカはガンダムSEEDに馴染みがなかった。

 一応、主役機や登場人物など大まかなことは知っているが、本編自体は見たことがない。オノゴロ島のこともグーンというモビルスーツも、聞いた事がある程度だった。

 

「例えるならズゴックとか、AGEのウロッゾやゴメルが大剣持ってるのと同じだ」

「……あ」

 

 その様をイメージして、そのおかしさに気付いた。

 ガンダムシリーズには、水陸両用と呼ばれる種類のモビルスーツが多く登場する。そのほとんどが水中戦に特化した流線型、長い手足、そしてモノアイカメラを有している。ずんぐりしたかわいい外見から根強いファンが多いらしく、確かにそう思う。

 それは、一番理解しているガンダムAGEにおいても例に漏れず、ヴェイガン系の量産型に水陸両用モビスルーツが登場していることを思い出した(こちらはやや恐竜やドラゴン的な外見だが)。

 そう思うと、途端にスーパーグーンが違和感の塊に見えてくる。

 

「もー、ナニナニ。いいでしょ水陸りょーよー!」

 

 対するジニアは、ドヤ顔しながらスーパーグーンにターンを決めさせる。

 

「それより、もうバトルは始まってるんだからね!いっくよー!」

 

 そう言うと、スーパーグーンを勢い良く発進させた。

 ホウカも集中し直し、ステイメンを発進させる。

 まずは牽制。ビームライフルのフォアグリップを起こし、両手持ちにする。さらに射角を固定して、照準を向かってくるスーパーグーンに合わせた。

 トリガーを引き、射撃。

 しかし、避けられる。

 続けて二射を連続。

 またも回避。

 不規則に連射を繰り返してみる。

 が、まるで水中を泳ぐように避けられてしまう。

 

「当たらない…!?」

 

 何れも、最小限の回避行動だけで動き、ビームは掠りもしなかった。

 海洋生物のような寸胴な機体とは思えない運動。あまつさえ、大型のブースターがその背部には増設されているのだ。さらにバックパックからは、航空機のようなウイングまで伸びる。

 そんな形状の機体が、どんな改造をしたらあんな機動力を得るというのか

 これでも、射撃にはそれなりに熟れてきていると感じる。ドッズライフルのような安定感があれば、射角を固定させられることも理解してきた。そのための両手持ちだったのだが…意味を成していない。

 「ガンプラに限界はない」。その名言をホウカは思い出した。

 そして、そんな思考を巡らすような暇はなかった。

 スーパーグーンは、思いの外素早く接近してくる。射撃武器を持っているような様子もなく、真正面からグランドスラムで挑んでくるらしい。

 それならば、こちらも領分である。

 ステイメンはビームライフルを左手に持ち替え、バックパックのサーベルラックを開いて柄を取り出し、握り込む。

 下段に構えた柄からビームが飛び出て、疾駆するステイメンの背後でピンク色の粒子刃が尾を引く。

 そして、両機共、間合いに入った。

 

「そりゃあ!」

「はぁ!」

 

 スーパーグーンがグランドスラムを大きく振り被り、大上段から斬り下ろす。

 それを、逆袈裟にビームサーベルを斬り上げて弾いた。

 

――ズィン!

 

 SEED特有の斬撃音が響く。

 弾かれたスーパーグーンは、しかし狼狽えずに直様機体を回転させる。

 水平にグランドスラムを寝かせ、横に薙ぎ払うように振り抜いた。

 ステイメンは咄嗟にテールバインダーを噴射させて後退、間合いから出る。

 拳一つ分程の間を置き、グランドスラムの刃先が胸部の前を通り過ぎた。

 冷や汗が浮かぶのを感じる。

 

「むっ、うまいね!」

 

 対して、驚嘆するジニア。

 すかさずステイメンはビームサーベルを握り込み、今度はこちらが前に出る。小さい動作で右腕を振り上げ、その懐(どこまでが懐なのか)に潜り込みながら斬り付けようとする。

 が、空振りに終わった。

 器用にもウイングの可動とブースターの噴射を併用し、最低限、且つ素早い動作で後退したスーパーグーン。

 刹那斬り結んだ両者は、互いに離れて港湾都市の道路に着地した。

 

「…強いね、ジニー」

 

 ほんの一瞬刃を交えただけで、ホウカは直感する。

 

「ホーカもやるねー!」

 

 ジニアは嬉々として言い、ピンク色の機体が音を鳴らしてモノアイカメラを輝かせる。

 時間にして、ほんの五秒程度の剣戟。

 しかし、互いの力量を見定めるには充分な時間。

 そして、完全に拮抗していた。

 その一連の戦闘を見ていたトモヒサが、コンソールの外で口を開く。

 

「冗談…。いや機体性能だけじゃねぇ、あの動きは」

「ああ、キンジョウのサーベル使いを易々と避けたな」

 

 彼の横に立って同じように静観していたリクヤも、頷いた。

 ホウカはその様子をちらりと見、リクヤが常の飄然とした態度ではないことに気付く。

 意識は道路上で軽快なステップを踏んでいるスーパーグーンに向けながらも、彼の様子も気掛かりになった。

 ダン、と強く踏み込んで、スーパーグーンがグランドスラムを構える。

 慌て、右手のビームサーベルを握り直し、やや下段に構えて体を左側へ斜めに向けた。

 

「今のはドローかな?それじゃ次のラウンド行こ!」

「待った!」

 

 ジニアが再び戦闘を開始しようとした瞬間、コンソールの外から静止の声が飛んできた。

 リクヤであった。

 

「なーに?」

 

 ジニアが小首を傾げてリクヤを見る。

 ホウカも何事かと思い、ホログラムコンソールの外にいるリクヤを見た。

 その表情は、先程気に掛かったような態度を映している。

 何かを深く考えているような、難しい表情。

 

「悪い、キンジョウ。俺と変わってくれないか」

「え?」

 

 思いも寄らぬ言葉だった。

 ホウカはどうしようかと思い、ジニアに訊く。

 

「ジニー、いいかな?」

「うーん…いいけど?」

 

 ジニアは首を傾げたまま頷いた。

 

「悪いな、邪魔して。ちょっとやっておきたいことがある」

 

 リクヤはそう断りを入れると、鞄の中からケースを取り出す。

 そのケースが開かれ、彼の愛機であるガンプラが姿を現した。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「カネダ・リクヤ、ガイアガンダム・ロア、出る!」

 

 カタパルトが滑走し、濃紺のモビルスーツが射出される。海岸林に着地し、陽光にその身を映し出した。

 「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」に登場する「ガイアガンダム」、その改造機である。

 元の黒いカラーリングが濃紺に改められ、オーソドックスなガンダム然としたスタイルの中に、フロントアーマーのない特徴的な股関節と細長い脚部が目立つ。航空機の機首のようなバックパックを備え、キャノンとウイングが太陽光を受けて輝いた。

 リクヤは強く頷いて、愛機の調子を確かめる。

 

「さすがリクヤの奴、いい出来栄えだぜ」

 

 トモヒサが感嘆の声を漏らした。

 このガイアガンダム・ロアは、去年のガンプラバトル選手権に出場した際に投入したガンプラである。その完成度に磨きをかけており、ウイングの若干の大型化や全体的なスタイリングの向上に手を加えている。

 

「ガイアガンダムだ!かっこいい!」

 

 ジニアが、ガイアガンダム・ロアを見て嬉々としていた。

 その快活な様子からは、あの戦い慣れしたような動きはとても想像はできないが、現にキンジョウ・ホウカと互角の剣戟をしていたのは事実だ。

 

「ありがとよ。けど、こいつの真価はバトルの中にあるぜ」

 

 とはいえ、素直に愛機を賞賛してくれているのは嬉しい。ガイアガンダム・ロアの高エネルギービームライフルを、シャア専用ゲルググのような色のスーパーグーンに向けて掲げる。

 

「いっちょ、手合わせ頼む」

「おっけー!」

 

 答えるように、スーパーグーンがグランドスラムを横振りに一閃する。

 キンジョウには悪いが、ここは譲らせていただく。

 ジニア・ラインアリス、その実力を見極めるために。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「リクヤ先輩、いきなりどうしたんだろう」

 

 リクヤと交代したホウカは、トモヒサの横で観戦している。

 

「分からん。まぁ、あいつにはあいつなりの考えがあるんだろ」

 

 トモヒサは腕を組んで、バトルの成り行きを見守っていた。

 ふと、今朝のリクヤの態度が脳裏を過り、見守る視線に真剣さが篭められる。

 あの様子は、自分の知る限り、何か思い詰めた時や悩みを抱えている時のものに近い。

 腐れ縁と言っても過言ではない仲だ。少しの変化でもお互いに気付くものだが、今朝の様子、そして今のものは唐突だった。

 それもガンプラが絡んでいるとなると、事は切迫してくる。

 もう直に選手権の予選が開催される上、練習試合も組まれている。ここで何か問題が発覚したとしても、それを解決しさえすればいいのだが…。

 しかし、この自分にまで隠しているのだ。只事ではない。

 コントロールスフィアを握って盤面に向かう彼に視線を向けた。

 その表情は、去年の選手権地区予選で見せたようなものだ。明確に言葉にできないが、あの時と似た覚悟を感じる。

 一体、譲ってもらってまで行うバトルで、何をしようというのだろう。

 今は只、その成り行きを見守るしかない自分が歯痒い。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ガイアガンダム・ロアの放ったビームライフルの射撃を、細かい軌道で避けながら接近するスーパーグーン。

 

「ならこれだ!」

 

 リクヤは射撃では対処し切れないと判断し、コントロールスフィアを操作して可変コマンドを選択した。

 濃紺のモビルスーツが瞬時に変形し、モビルアーマー形態である四足獣のような姿になる。バックパックの機首が頭部となり、モノアイカメラが点灯する。

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 スーパーグーンは構わず接近し、グランドスラムで斬りかかった。

 素早くスロットを滑らせ、武器を選択。横に展開させた姿勢制御ウイングの前面に、グリフォン2ビームブレイドを発生させる。

 回避行動は間に合わない。四つん這いの低姿勢で、その斬撃を受けた。

 刃をビームブレイドで受け止めた左翼が、ミシミシと嫌な音を立てる。

 

「もらった!」

 

 しかし、狙い通り。

 左の肩口から砲口を覗かせるビーム突撃砲が、斬撃を見舞ったスーパーグーンの顔面を補足している。

 砲口に粒子が集束し、スーパーグーンのモノアイがレールを滑走してこちらを見る。

 直後、砲撃音が轟き、ピンク色のビームが迸った。

 至近、ゼロ距離。避けられるものなら避けてみろ。

 

「ッ?!」

 

 そう、スーパーグーンは避けられなかった。

 だが、直撃は、しなかった。

 スーパーグーンは冗談のようなステップを踏み、こちらから向かって左へと横っ飛びに張り出した機体を踊らせたのだ。

 とはいえ回避し切れるはずもなく、その機体の背中から伸びる左翼にビーム砲が掠れた。

 が、威力は確かで、狙いは外れたがウイングのど真ん中を撃ち抜く。

 

「あァッ!」

 

 小さく悲鳴を上げるジニア。

 しかし、スーパーグーンは爆発に煽られながらもその場で踏ん張り、左腕をガイアガンダム・ロアに向けてきた。その袖口に空いている7連装魚雷発射管から、ロケット推進の魚雷が飛び出る。

 

「ぎょ、魚雷!?」

 

 ここは(おか)だぞ!

 うっかり手を滑らせてしまい、回避が遅れたガイアガンダム・ロアの左側のウイングに魚雷の二発が直撃した。爆発で機体が煽られる。

 ウイングが中程から折れ、海岸林の大地に突き立った。

 

「すごい!すごいねそのガンプラァ!」

 

 ジニアが喜びに声を上げる。

 被弾を受けて左翼を失いながらも、スーパーグーンは樹木を踏み台に蹴って再び斬りかかった。

 思わずこちらも笑いを抑えられなくなる。

 

「あんたもなァ!」

 

 左のウイングから煙を昇らせながら、右肩に固定されているビームライフルを三連射する。

 しかし、スーパーグーンが上空へとジャンプしたことで回避された。

 

「ッりゃ!」

 

 その頭上から、スーパーグーンがグランドスラムの縦斬りを振り下ろす。

 ガイアガンダム・ロアの四つ足をバネのように使い、機体をバックステップさせた。獲物を失ったグランドスラムが大地を抉る。

 そのままモビルアーマー形態の姿で後退し、バーニアを噴射させてその場から離れた。

 スーパーグーンは逃がすまいと、ブースターを噴かせて追ってくる。

 

「接近戦は不利だ…このまま中距離から牽制しつつ…」

 

 ホップステップジャンプとばかりに跳ねる謎のシャアピンクの水陸両用機。

 一撃でも食らったら即真っ二つのグランドスラム。

 陸だろうが関係なく発射される魚雷。

 全く、冗談じゃない。

 グーンは本来、水陸両用かつ、より水中戦向きのモビルスーツだ。例え、ロケット推進で発射される魚雷が陸上で使えるとしても、その威力は知れている。

 しかし、スーパーグーンの魚雷は二発命中しただけで、リクヤが丹精込めて作り上げたガイアガンダム・ロアのウイングを破壊してみせたのだ。

 

「俺と同じか、それ以上の作り込みってワケか…!」

 

 ガンプラバトルにおいて、ガンプラ自体の作り込みがそのまま性能としてシステムに反映される。同等か、或いはより高度な加工がスーパーグーンに施されていることは容易に想像できた。

 とはいえ、こちらも同じくウイングを破壊している。相手の得意とする接近戦(再三言うようだが、グーンは水中戦向きだ)に持ち込まなければ、十分勝ち目はある。

 

 

――ぞくり。

 

 

 突如、背後にプレッシャーのような何かを感じた。

 気のせい、などでは断じてなかった。

 メッサーラに遭遇したカミーユの気分を味わう。

 

「鬼ごっこも悪くないけど!」

「何ィ!?」

 

 スーパーグーンが信じられない程の推力で、高機動型であるガイアガンダム、それもモビルアーマー形態に追い付かんばかりの勢いで迫っていた。

 いや、もう追い付かれている。

 "通常のグーンの三倍の速さ"…!

 

「赤い彗星かよ!?」

「かも、ね!」

 

 ジニアは冗談(笑えない)に冗談を返しながら、グランドスラムを横に一閃させた。

 

「くッ…そぉ!」

 

 乱暴にコントロールスフィアを振って急旋回。

 

 

――ブォン!

 

 

 ギリギリで回避。

 まだだ、気張れ!

 スロットを選択、可変コマンド。

 挫けそうになる心を無理矢理に奮い立たせ、ガイアガンダム・ロアをモビルスーツ形態へと変形させる。

 そして、返す刀が再び襲ってきた。

 その斬撃を、構えた機動防盾で受け止める。

 だが、

 

「……い゛ぃッ!?」

 

 自信のある出来"だった"はずの機動防盾が、無残にもスッパリと切り裂かれてしまった。

 恐るべき斬れ味のグランドスラムと、我が目を疑うほどの高機動。さらに、自慢の武装があっさりと切り裂かれたことに震駭して、反応が鈍る。

 

「リクヤァ!!」

 

 トモヒサの叫びが、聞こえた。

 スーパーグーンは一際強くモノアイカメラを光らせ、加速が弱まったガイアガンダム・ロアの隙を逃さない。

 ブースターの推進力任せに一回転し、グランドスラムを叩き付ける。

 

「う…りゃあああーーー!!!」

 

 ガイアガンダム・ロアの胴へ刀身が食らいつき、牽制も虚しく火花を撒き散らしながら一気に斬り裂かれた。

 機体が上下に分裂し、爆裂音を数回弾けさせて、爆発する。

 決着だ。

 

『BATTLE END!』

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 設定されていたダメージレベルはC。このため、戦闘による損壊がない二つのガンプラが、半透明のユニット上に残される。

 ジニアの使っていた、スーパーグーン。

 そして、リクヤの使っていた、ガイアガンダム・ロア。

 全く想像していなかった結末に、ホウカは唖然としていた。

 

「イェーイ!アイムウィナー!」

 

 スーパーグーンを持ち上げ、ジニアがピースしながら満面の笑顔になる。

 その笑顔がこちらへ向けられ、ホウカは小さく拍手を返した。

 

「……」

 

 ふと、リクヤに視線を移す。

 愛機たるガイアガンダム・ロアを持ち上げて、じっと見つめたまま黙り込んでいる。

 そこへ、トモヒサが歩み寄った。

 彼に感じた一抹の不安が、さっきから気に掛かっている。それはトモヒサも気付いていた様子で、親友である彼なら、何か行動を起こしてくれるに違いない。

 ポンと、リクヤの肩に手を置くトモヒサ。

 

「…なんだ、その…そういう時もあるさ」

 

 何とも頼りない言葉。

 しかし、トモヒサもどう接するべきなのか考えあぐねているようで、その表情には焦りの色が見える。

 

「そ、そうだ。もっと改良して、次勝ちゃ…」

 

 と、トモヒサがめげずに励まそうと声をかけた瞬間、リクヤが跳ねるように顔を上げた。

 そして、ずんずんとジニアの前へと歩を進める。

 スーパーグーンを抱えてくるくるしていたジニアが、何事かと動きを止めた。

 まさか…。

 トモヒサも気付いた。慌てて駆け寄ろうとする。

 が、突然にリクヤが土下座の姿勢を取った。

 そのまま、声を張り上げる。

 

 

 

「ファイターと見込んで頼む!ガンプラ部に入部してくれ!そして、選手権に出場してほしい!」

 

 

 

 思わぬ懇願に、全員が静かになった。

 土下座の姿勢のまま動かないリクヤへ、トモヒサが駆け寄る。

 

「リクヤ、お前何言って…」

「トモヒサ、エントリーを待ってくれと言ったのは、新しいメンバーを見付けるためなんだ」

「新しい、メンバー…?」

 

 予想外のリクヤの言葉を聞き、怪訝な顔をするトモヒサ。

 リクヤが立ち上がる。

 

「…去年の選手権が終わった後に気付いたんだ。俺は、バトルよりガンプラ制作がしたいんだって」

 

 そしてトモヒサに向き直る。

 

「今まで言わなくて悪かった。でも、こんなに見つかるまで時間がかかるとは思わなくてな…」

「お前、そんなこと考えてたのかよ……」

 

 親友の告白に驚いたようで、トモヒサはそれっきり黙り込んだ。

 ホウカも見たことがない、弱気な顔になるリクヤ。

 そんなことを考えていたとは。

 以前バトルをした時に、彼の腕は確かだと思った。あの時は勝利を収めることができたが、状況が違えば結果は違っていただろう。さすがは選手権に出場したファイターと言える。

 しかし、内心の複雑な感情は読み取ることができなかった。

 正直、自分がかけるべき言葉が見付からない。やはり、トモヒサに任せるべきだろう。

 そう思っていると、トモヒサが動いた。

 ぐっと拳を握ったかと思うと、竦ませているリクヤの肩を小突く。

 

「そういうことなら、一緒に探してやるのによ。水臭すぎるぜ」

 

 そうして、強く笑いかけた。

 彼がよくする、勇気をくれるような笑顔だ。

 ホウカはホッと胸を撫で下ろす。

 それでこそ、トモヒサだ。

 

「でもよ、その前に…お前がやっと見付けたガンプラファイターに確認しないといけねぇんじゃねぇか?」

 

 ジニアのことだ。まだ全ては解決していない。

 それを聞き、リクヤがハッとしてジニアに向き直った。

 

「だから、頼む!ガンプラ部に入部してくれ!」

 

 腰を折って、先輩という立場を捨てて頼み込むリクヤ。

 彼女の返答を、固唾を飲んで待…

 

「おっけー、いいよ!」

 

 あっさり!。

 三人は思いっきりずっこけた。

 場の重い空気をメガ粒子砲か何かで薙ぎ払ったジニアに、トモヒサが抗議の声を上げる。

 

「い、いや、少しは迷えよ!お前だって演劇部とか諸々あるだろ!」

「ダイジョーブだよー。選手権予選と全国大会の日に総文祭やらないし。リハは上手く都合つけるし」

 

 などと、涼しい顔でジニアは軽い返事を返す。

 

「詳しいんだな…」

「全日本選手権は毎年ネットで見てたもん!」

 

 ぱっと笑顔になった。

 トモヒサは、目眩を起こしたようにふらふらとバトルシステムに寄りかかる。

 そして、入れ替わるようにリクヤがよろよろと歩み寄った。

 なんだろう、この光景…。

 

「じゃあ、頼んでもいいんだな…?」

「だからいいってばー」

 

 何度言わせるの?と表情に書かれているかとばかりに、細い眉毛を八の字にしてムスっとするジニア。

 

「…ということらしいが、ホウカ。お前はいいか?」

 

 立ち直ったトモヒサが、こちらへ歩み寄る。

 その問いに対して、ホウカは頷いた。

 

「私はいいと思います。先輩が、決めたことですし」

「済まないな、キンジョウ。ありがとう」

 

 頭を下げるリクヤ。

 

「じゃあ、チーム名も新しくしようよ!」

 

 その後ろから、ジニアがひょこっと出てくる。黄金色の瞳がキラキラ輝いているように見えた。

 トモヒサは溜息を一つ、腰に手を当ててジニアに促す。

 

「その顔は言いたくてしょうがないって顔だな。言ってみろ」

 

 ジニアはぶんぶんと頭を縦に振って、右手を上げた。

 

「はい閣下!チーム『スターブロッサム』がいいと思います!」

 

 選手宣誓をするかのように威勢の良い声と姿勢で、ジニアが宣言する。 

 自信満々のドヤ顔で、選手宣誓ポーズのままムフーと鼻息を漏らす。

 ホウカは、そのチーム名を反芻した。

 

「スター、ブロッサム…」

「キラキラしたネーミングな…いや誰が閣下だ!」

「えっとね、由来はホーカのステイメンの花のイメージと、『スターブレイカーズ』からスターを取って『スターブロッサム』!綺麗でかっこいいでしょ?」

 

 トモヒサのツッコミを受け流し、眉をV字にしながら自信に満ちた顔で力説するジニア。

 ホウカは、頷いた。

 

「私はいいと思うな、『スターブロッサム』」

「俺も賛成だ。女子が二人になって、チーム名にも華があっていいじゃないか」

 

 リクヤも、同じように頷く。

 

「…俺には眩しいが、まぁ確かに案があるわけでもないしな…」

 

 トモヒサは、今ひとつ煮え切らないように唸る。

 

「…ま、賛成多数か。よし、いいだろう。それで行こう」

 

 だが、一同を見渡して納得した。

 ジニアの表情が花のように咲き誇る。

 

「やったー!チーム『スターブロッサム』!結成だね!!」

「ジ、ジニー!?」

「ちょ、おい!」

 

 そして、こちらへ飛びかかってきて抱き着いた。

 

「当たってる!お前、当たってるから!」

 

 ジニアの胸が、抱き抱えられている自分達の腕にぐいぐいと押し当てられていた。

 ホウカは、騒ぐこちらを見るリクヤの、呆れつつも笑みを零す姿を横目で見る。

 

「ロア、お疲れ様」

 

 そして、右手に持っている愛機たるガイアガンダム・ロアに視線を落とす。

 彼は優しげな表情で笑っていた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 円筒状のスペースコロニーの空を飛び抜ける、赤黒い機体。

 それは、巡航形態のストライダーモードから変形した。両肩に大きなバインダーを備え、胸に髑髏の意匠が刻まれたモビルスーツが隻眼を光らせる。

 

「うん、いい仕上がりだ。ガンダムAGE-2バンガード…私の愛機」

 

 黒と赤に塗装されたガンプラ――ガンダムAGE-2バンガードは、右手に備えるドッズソードの具合を確かめるように振って、刀身を隻眼で一瞥した。

 突然、アラート音が鳴り響く。

 前方から、演習用の機体であるハイモックが向かってきていた。長い尾と翼が生えており、ガンダムAGEに登場するヴェイガン系モビルスーツを彷彿とさせた。

 

「面白い、ダークハウンドを元にしているこのバンガードの相手に、相応しいと言うべきかな」

 

 バンガードのファイターである女生徒が、ホログラムコンソールの青い照り返しを受ける口元をにやつかせる。コントロールスフィアを操作し、ストライダーモードへ再び変形したバンガードを飛び出させた。

 ハイモックはCPUながらに遅れず反応し、恐らくヴェイガン系を意識しているであろう両手のビームバルカンを発射した。

 ばら撒かれる黄色いビームの弾丸に、バンガードは追随を許さない。コロニーの空を切り裂くように飛び、一瞬の内にハイモックの頭上を捉える。

 ハイモックは牽制しようと、頭上へビームバルカンの砲口を向けて撃ち込む。

 

「そんなものでは…!」

 

 バンガードは再度モビルスーツ形態に変形し、弾幕の最中へ落下した。

 四肢やバインダーの動きによる遠心を器用に駆使し、重力下にも関わらず空中で姿勢制御。下からの弾幕を器用に掻い潜る。

 そしてドッズソードの切先を、次の行動に移ろうとしたハイモックのヘルメット状頭部に突き刺した。そして、片足でハイモックを抑えてドッズソードを引き抜く。

 爆発するハイモックを背にして、赤黒いガンダムは隻眼を輝かせた。

 

「この機体なら…今年こそは」

 

 菫色の長いポニーテールを揺らしながら女生徒――カンザキ・ツツジは、バトルの終了したフィールドに歩み寄り、ガンダムAGE-2バンガードを持ち上げる。

 右目にかかるかと言う程に長い前髪の隙間から、強い眼光が覗いた。

 

 

 

   Act.02『通常のグーンの三倍の速さ』END

 

 




 
 
●登場ガンプラ紹介
・UMF-4AS スーパーグーン
 ジニア・ラインアリスの使用するガンプラ。シャアピンクに塗装してグーンに大型飛行翼を取り付け、さらにグランドスラムを武装させた摩訶不思議なものになっている。
 奇抜なガンプラながら、グランドスラムを使用足らしめるために各関節の可動範囲が大幅に拡大されている。そのクオリティは目を見張るものがあり、何やら独自の設定も考えてあるとのこと。
 実戦でもそこそこの性能を見せるが、外見とのギャップからゆるキャラのような印象を与える。
 ちなみに、ジニアが留学する際に唯一日本へ持ち込んだガンプラである。
・兵装
 グランドスラム×1
 533mm7連装魚雷発射管×2
 フォノンメーザー砲×2
 47mm水中用ライフルダーツ発射管
 1030mmマーク70スーパーキャビテーティング魚雷


・ZGMF-X88SR ガイアガンダム・ロア
 カネダ・リクヤの使用ガンプラ。黒い部分が濃紺にリペイントされている。
 去年の選手権地区予選にてチーム「スターブレイカーズ」の斬込役を担ったガンプラであり、高い戦果を上げていた。
 当時からさらに改良されており、全体的なスタイリングの向上など高精度のブラッシュアップが施されている。
 今回はリクヤ自身が本調子ではなかったこともあり、本来の性能を引き出し切れていなかったと後に語っている。
・兵装
 20mmCIWS×2
 高エネルギービームライフル×1
 ヴァジュラビームサーベル×2
 機動防盾
 ビーム突撃砲×2
 グリフォン2ビームブレイド×2
 12.5mmCIWS×4


・RX-78GP02B ガンダムサレナ
 カトー・トモヒサのガンプラ。漆を塗ったような黒い機体色が特徴であり、本来は「GP02A」だった型式番号が「GP02B=Black」になっている。
 サイサリスの改造機のようだが、夢に出てきたシーンのみであり詳細は不明。


・型式番号不明 クロスボーンガンダム・クローザー
 詳細、不明。


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次回、ガンダムビルドファイターズF
Act.03『先陣-バンガード』

「僭越ながら、この剣を振るうとしようか」

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