星の輝きを散りばめた闇の宇宙に、紅に燃える彗星の煌めきが奔る。
いや――彗星と見えた"それ"は、星ではなかった。目ぼしい加速装置も見当たらないが、細見の機体は深紅の軌跡を引き、凄まじい速度で闇を翔る。
訂正する。やはり、"紅の彗星"だ。
『貴方ほどの強者と戦えて、私は嬉しく思うッ!!』
通信から、溢れ出る感情を隠そうともしない、聴き慣れた男の声。
その声に呼応するように、燃え盛る情熱そのものかと言うほど深紅を纏った細身の機体が、逆手持ちにしたバズーカを向けて撃ち出した。
それを、右のシールドライフルで弾くように受け流し、勢いのまま接近する。
既に愛機――ガンダムAGE-1フルグランサは、装甲を解いた状態だ。
「相も変わらず――」
深紅の機体は、背部のガンブレイドの柄を握りながら同じように宇宙空間の中を肉薄してきた。小細工は一切しない、純粋な力のぶつかり合いを心情とする彼の、全く手に負えないクセである。
しかし、自分も他人のことは言えない主義だった。
「――熱苦しいことだ!」
脇に引いたシールドライフルからビーム刃を発生させ、相手がガンブレイドを抜刀してくるタイミングに合わせて振り抜く。
――ギィン!!!
粒子が弾け、闇の中に凄惨華麗な輝きが咲いた。
閃光が炸裂する中を、男は尚も攻撃の手を緩めない。胸部の黄色いダクト部パーツが開かれ、迫り出したミサイルの弾頭が即座に発射された。
ほぼゼロ距離、常人の反応速度では回避は不可能。
「ぬッ…!」
だが、自分は神速の世界を、数え切れぬほど経験してきたのだ。
シールドライフルをガード体勢に構え、真正面からミサイルを受け切る。爆炎に塗れながら、愛機を前へ押し出した。
そのままタックルし、深紅の機体が宙を泳ぐ。その隙に、両腕を突き出してシールドライフルの迫撃を敢行。
得手とする、
「墜とすッ!」
全くの手加減なし、確実に撃墜せんと指標を立てる。いや、そうでもしなければ、この男を打倒することなど不可能なのだ。
だが、やはり。
この男は、こちらの本気をも踏み台にする。
『燃え上がれ――』
深紅の機体は至近からの最大出力の銃撃に対し、驚くべきマニューバで身を捻る。左腕の小さなシールドで一発をピンポイントで防ぎ、ガンブレイドの刃先でもう一発を正面から斬り裂いた。
『燃え上がれ――』
圧倒的、ひたすら圧倒的としか表現できない技巧を前に、老体が滾るのを自覚する。
そして男――"三代目メイジン・カワグチ"は、燃え盛る情熱をガンプラに乗せる。
『――燃え上がれ、ガンプラァッ!!!!』
深紅の機体――「アメイジング・レッドウォーリア」が燃え上がった。
プラフスキー粒子すら震撼させて、宇宙空間を
システム上の機能とは思えない衝撃が、コントロールスフィアから伝わってくる。昂る闘気の許す侭にこの戦いを味わっていたいが、終局というものは無情に訪れる。
『Over the time limit. BATTLE END!』
バトルシステムが冷徹に機能し、プラフスキー粒子が分解して興奮が最高潮に達していた宇宙空間を消滅させた。硬質なユニットの上に、取り残される二体のガンプラ。
ふぅ…と息を吐き、肩を回してリラックスをする。
「燃え上がるバトルであればあるほど、己の未熟を認めざるを得ない。が…それも、私のエゴだと言うのか」
対面にいる、ゴーグル型サングラスにロングコート状のコスチュームに身を包むという、異質な風貌の三代目が見るからに悔しげに下唇を噛んだ。
「すごかったー!さすがメイジン・カワグチ!」
「もっと見てたかったなー」
「あのお爺さんも何気に凄くなかった?」
「おい、AGE-1使いの爺さんって…いやまさかな…」
「さっき地震があった気がしたけど…気のせいだよね」
バトルを観戦していた取り巻きが、口々に感想を零している。
近くに来ていると連絡があって待ち合わせていたのが、ここ「ビッグリング」なのだが、突然「一回、如何ですか?」と誘われたために愛機を持ち出したのだ(いや、どうせそうなるだろうと思っていたし、こちらとしても戦いたい気持ちがあったのは正直なところだ)。
「あ、あの、サインください!」
「俺も…「いいだろう。そこへ並ぶがいい」
「さすがメイジン!受け答えも3倍早ぇ!」
それぞれに愛機を回収すると、取り巻きが三代目へ集まる。
休憩スペースへ移動する直前、彼がこちらへ一瞬だけ首を巡らせた。サングラス越しの視線が意図するところは、「しばらく待っていてほしい」ということだろう。
察して、こちらは手持無沙汰となってしまう。愛機をAGEデバイス型のケースへ収納し、ビッグリングを経営している店主の元へ歩み寄った。
既に閉店間際ということもあり、来客の対応を終えているファッションモデルのような店主――フルデ・アルトが、こちらに気付いて顔を上げた。
「おや、アズマさん。決着はつきました?」
爽やか且つ深みのある声は、外見と相俟ってフレデリック・アルグレアスを彷彿とさせる。しかし、首からかけるエプロンには「燃え上がれガンプラ!」とでかでかとプリントされており、イメージを台なしにしてしまっていた。
彼に対して、肩を竦ませる。
「時間切れだ。最近はどうも、良い相手とのバトルが決着つかずで終わることが多い」
「それは残念なことですね。天の巡り合わせが悪いのか、遺恨のあるファイターから五寸釘でも打たれているのでは?」
「ワシをからかっているのかお前は」
「ハハハ、まさか。冗談ですよ」
こちらの苦笑に、朗らかに笑って返すアルト。
「それはそうと、地区予選見ましたよ。トモヒサ君達、好調の様子ですね」
「ん?ああ、『スターブロッサム』か。そうだな…まずは初戦通過を成したことで、三人の士気が上がっているところだろう。確かな手応えは感じるぞ」
「それは興味深いですね」
アルトが、眉目秀麗な顔立ちに関心を寄せたような表情を作る。
「お前とて、今後も会場に出向くのだろう?その目で確かめるといい」
「なるほど、分かりました。そうさせていただきます」
そうして話し込んでいると、店内にいた客が次々に店を出ていく。どうやら閉店時間のようだ。
最後に、サインの書かれたガンプラケースや色紙を持った一団がアルトに挨拶をしながら店を出て行き、その後を追うように三代目が姿を現す。
こちらへ歩み寄りながら、サングラスを額に上げてオールバックにしていた髪を下ろす。
三代目メイジン・カワグチの本来の姿、27歳とは思えない未だ少年の面影を残している、ユウキ・タツヤだ。
「すみません、待たせてしまって」
先程までの燃え上がる情熱の男は鳴りを潜め、精悍ながら優しげな表情をこちらへ向ける。
「いや、気にするな」
「いつもながら御苦労さまです」
アルトが、小さく会釈をした。
この二人の関係は、少し複雑である。
フルデ・アルトは、ガンプラ界に覇を成す名門「私立ガンプラ学園」を卒業しており、ユウキ・タツヤは、少年期にその学園の前身となった「ガンプラ塾」に入門していた過去を持つ。
とはいえ、アルト自身は一つの問題を抱えていた。
修学過程で彼のガンプラ制作の技術は目覚しい発展を遂げたが、ガンプラバトルだけは結果を残せずに卒業している。このことから、企業抱えのファイターや、とある愚弟と同じ優勝賞金稼ぎとはならず(なるべきではないのだが)、ガンプラショップの店長という進路を選んだのだった。
そんな彼にとって、"三代目メイジン・カワグチ"ことユウキ・タツヤとは、大願を成就させた大先輩と同義の存在でもある。恐らく、今でも憧憬の念を抱き続けていることだろう。
アルトが、自分とユウキ・タツヤに椅子を差し出した。
「それで、本題だが…"例の企画"の話だったな?」
「ええ、その通りです」
椅子に腰掛け、リラックスした格好で話し合う。アルトが「自分はあちらで作業していますので」と言い置き、バックヤードへ入って行った。
ユウキ・タツヤが語を次ぐ。
「既に、コンタクトを取っていた皆さんの協力は得ました。こちらが、そのリストになります」
真っ赤なカバーが派手なスマートフォンを取り出し、それをこちらへ渡した。受け取って画面を見ると、数人の名前と国籍が大まかに表示されていた。
その一番目に、目を留める。
「む…ロシアのオリガ・ブルーメンフェルトもか?」
「ええ、中々首を縦には振ってくれませんでしたが…『燃え上がるバトルを約束する』の言葉が、決定打になりましたね」
「地方公演など忙しいだろうにな…全く、ガンプラバカという者は」
物静かな淡然としたチェリスト、オリガ・ブルーメンフェルト。彼の奏でるチェロの調べは、聴衆を一瞬で虜にする演奏だと賞される。そんな人物だが、意外な顔も持っていた。そのもう一つの顔が、ガンプラビルダーなのだ。
古い大会で数度相対したことがあるが、奏者であった時のイメージを一変させるような大胆かつ精緻な操縦をする男だった。その上、使用するガンプラは巨大なモビルアーマー一筋と、かつてその名を轟かせたモビルアーマー使い、"灼熱のタツ"に勝るとも劣らない。
対したファイターは口々に「一つの楽団の演奏を聴いているようだった」と述べ、誰が言い出したのか"ワンマン・コンツェルト"の異名を与えられていた。
現在も地方公演など勢力的の上、以前よりはガンプラバトルの表舞台には姿を現さなくなっていたオリガが、賛同してくるとは意外だった。
これも、ユウキ・タツヤという男の成せる業か。
「うむ…何れも名のあるファイター達だな。レジーナはともかく、他の者と顔を合わせたことはないが、その活躍は聞いている」
ユウキ・タツヤ自身が選定したとされるファイター達は、近年のガンプラ界に何かしらの影響を及ぼした人物ばかりであった。
その中には、かつて教授したレジーナ・ディオンも含まれている。それもそのはずで、"レディ・カワグチ"に次ぐ女流ファイターとしてヨーロッパ・レディース・チャンピオンの座に登り詰めた若き才女を、この男が見逃すはずもないのだ。
「それに記載されている通り、既にお伝えしたイブキ君とフェイロン氏、そしてカリナさんもいます。空席だった序列10番目も、つい先日決定しました」
言われ、左手の人差し指で画面をスクロールし、リストを10番目に合わせた。
それと同時に、悪戯っぽい笑みをしながらユウキ・タツヤはその名を告げる。
「"裂空の堕天使"こと、オトサキ・ライカ氏です」
「………………」
思わず、言葉を失う。
偉大すぎる人物だとか、聞いたことがない名前だとか、異名が少々痛いだとか、そういった理由からではない。それは極々単純である。
頭痛のような何かを感じ、こめかみを抑えた。
「……何故、オトサキなのだ…」
「いいじゃないですか、好きですよ私は」
やたらとにこやかに笑うユウキ・タツヤ。
…オトサキ・ライカ。その名は、死んでも忘れないことだろう。自分をあそこまで苦しめた(色々な意味で)教え子など他にいないからだ。
先程引き合いに出した愚弟こそ、彼女である。
今から丁度10年前の"とある事件"にも浅からぬ関係を持つ上、当時共に弟子だったシマ・マリコとエニワ・シロウ(菱亜学園のガンプラ部顧問)が自分達に協力する事態も引き起こしたのだ。
今となってはいい思い出…などと、楽には片付かない。
「奔放であり、自由人であり、手が付けられない。故に魅力的とも言える」
「オトサキがそのような評価をされるとは、ビグ・ザムが逆立ちする程にないことだと思っていたぞ」
スマートフォンを返却しながら嘆息した。
「ジオングにも足が生えましたからね。ビグ・ザムも逆立ちくらいできますよ」
受け取りながら、よく分からない喩えでユウキ・タツヤは返す。
「まぁ、いい。お前が選んだのだ、ワシに異論はない」
「そう言っていただけると思いました。最初の関門、序列1番目である"殲滅のアズマ"に了解を得るのが筋だと思いましたので」
「…だから、買い被りすぎだと言っている」
まるでこちらの反応を楽しむかのように、くすくすと笑う。
そう、以前から誘われていた"例の企画"に、一昨日承諾の返事を送っていた。その企画に不可欠とされる"10人から成る集団"、その目指す理念を精査し吟味した結果、ようやく参加の踏ん切りに至ったのだ。
この企画は、少なからず日常に干渉してくる内容である。しかし、立案者である"三代目メイジン・カワグチ"とヤジマ商事の熱心なコンタクトが彼らの勤務する会社などにも持ち掛けられ、理解とサポートを取り付けていた。
無論、自分の勤務する英志学園も例に漏れず、学園長や教職員達から激励の言葉を送られたりしている。
60歳を超えて、尚大仕事とは…。我ながら、まだまだ人生に未練があるようだ。
「さて、伝えるべき事柄は以上です」
そう言って、ユウキ・タツヤが椅子から立ち上がる。
「なんだ、それだけなのか?わざわざこんな田舎に出向いておいて」
「言ったでしょう?近くに来ていたので寄っただけですよ」
ロングコートを翻し、バックヤードの方へ声を放る。
「店長、世話になったよ」
「おや?もういいんですか?」
アルトがひょっこりと出てきた。
「うん、これで失礼するよ」
「そうですか、またいつでもいらしてください。いつか、子供たちに軽い手解きなどもよろしければ」
「その時は、是非そうさせてもらうよ」
そして挨拶を交わし、ビッグリングを出る。自分も後に続き、涼しい夜風が体を包んだ。手狭な二輪駐車場には、夜にも関わらず鮮烈な存在感を放つ真っ赤なサイドカーが駐車してあり、ユウキ・タツヤがそれに跨ってこれも真っ赤なヘルメット(レッドウォーリアのマスク部分を思わせる意匠がある)を被る。
ふと、気になる点を思い出す。
「ユウキ・タツヤよ、最後に一つ訊いてもいいか?」
「なんですか?」
「この企画、名称はまだ決まっていないのか?」
「…まだ正式に決まった名称ではないですが」
ユウキ・タツヤはそう言い、真っ赤なヘルメットの黒いバイザーを下ろす。
そして、"三代目メイジン・カワグチ"の声で告げた。
「10人の豪傑達…そう。あえて名を付けるならば、"
「…大層な名だな」
「若きビルドファイターの前に立ち塞がる壁。その明確な認識を与えるのに、これ以上なく相応しい名であると、私は自負する」
「そうか。ならば、お前に任せるとする」
「任されよう。では、これにて失礼する」
そう言って三代目は、真っ赤なサイドカーのエンジンを唸らせ、鮮烈な印象とは裏腹にきちんとした安全運転で去っていった。
その走行音が消えるまで待ってから、駐車してある自分の車へと歩み寄る。特段目立ったところもない極一般的な普通車だ(車色は薄いパープルで、これは妻が選んだ色だ)。
ドアノブに手をかけ、ふと顔を上げる。峰々からの吹き降ろしである、梅雨入り直前のやや湿った夜風が、体を通り抜けた。
(若きビルドファイターの前に立ち塞がる壁、か)
奇跡の物質「プラフスキー粒子」が発見されたことでガンプラバトルが日本で興り、国境を越えて広まり、ゲームの枠をも越えて世界的競技となった、あれから早20年となる。
まさに、光陰矢の如し。最後の仕事とばかりに教師として駆け抜けた日々は、今はもう過去。ようやく肩の荷が下りたと思っていた。だが、気づいてみれば結局、また誰かの指導者たる自分がここに、いや――英志学園にいるのだ。
(人生最後の大仕事になりそうだな…)
つまり、ガンプラファイターとしての集大成を求められる仕事でもある。愛機であるガンダムAGE-1を、如何にして完成形に仕上げるべきか…。
チーム『スターブロッサム』の地区予選を見守る傍ら、こちらも水面下で進行しなければならない。
久しぶりに、腕が鳴るというものだ。
・・・・・・・・・・
全日本ガンプラバトル選手権、その地区予選が終わって直後の月曜日。
土日に別けて行われた各ブロックの第一回戦が全て終了し、勝ち上がったチームは翌週の二回戦目に向け、気持ちも新たに準備を進めている。
ここ英志学園も例に漏れず、チーム『スターブロッサム』の三人も心境は同じである。
とはいえ、学生たる身分には別のイベントも同時に襲いかかっていた。
「お前ら、部室に来て早々に疲れ切った顔してんな…」
ガンプラ部の狭い部室で棚から工具類を取り出すカトー・トモヒサが、机で腕枕をしながら顔を伏せている自分達を一瞥する。
「ガンプラに一番時間をかけてたトモにぃが、何で一番何ともないの…?」
「私もハルジオンに付きっきりだったのに、この差は…?キャラ的にこうなるのって、トモヒサのはずだよねぇ…?」
「どう見られてんだオレは」
隣で同じ格好で伏せっているのは、マゼンタ色のサイドテールを机の下に垂らす(毛先は床に触れていない)ジニア・ラインアリスである。彼女と一緒に顔だけを前に向け、自分――キンジョウ・ホウカもぼやいた。
「中間テストくらいでグロッキーになる方が分からんわ」
中間テスト。
そう、全日本ガンプラバトル選手権のことで忙しかったために忘却の彼方へ消えていたのだが、学生たる身分に必ず襲いかかってくるイベントだ。
「何も、地区予選の初日のすぐ後じゃなくてもいいじゃんねー。結局、日曜日だって会場に行ってたんだしさー」
ジニアの言う通り、土曜日にトーナメントが組まれた自分達には日曜日という余裕があったはずなのだが、他チームの試合の様子もつぶさに観察する用事があったのだ。テスト勉強をする時間は、あまりにも少ない。
の、はずだが。トモヒサだけは余裕の様子だった。
「テストって言ったって、範囲は大したことなかっただろ?板書をちゃんと写してりゃ、簡単な問題ばっかだったぞ」
「あうぅ…トモヒサのキャラが崩壊するぅ~…」
「余計なお世話だ!」
ジニアはそう言うが、自分は知っている。
トモヒサの学力は、はっきり言って自分より数段は上なのだ。と言うのも、そもそも自分は英志学園に特待入学、ジニアの場合も交換留学であるのに対し、トモヒサは正攻法で、入学試験をパスしての入学なのだった(カネダ・リクヤも同様である)。
(学年が同じだったら、一緒にテスト勉強したんだけどな…)
現実は非情だった。
「まぁ、そうは言っても赤点ってことはないだろ?………ないよな?」
トモヒサは、ピンバイスを手に取りながら怪訝そうな顔でこちらを見遣る。
伏せたままジニアと顔を見合わせると、互いに乾いた笑いが溢れた。
「ハァ…ま、その時は纏めて面倒見てやるよ」
「「カトー先生…!」」
「だー!うるせぇ!」
棚のケースを押し込みながら、声を上げるトモヒサ。
「賑やかだなぁ…」
と、そこへ部室のドアを押し開げ、カネダ・リクヤが入ってきた。
「ん…リクヤか」
「また三人でコントやってたのか?」
「また、って何だよ、またって」
「ハハハ、まぁそんなことはいいんだ。キンジョウとラインアリスもいるなら話は早い」
「あん?」
そう言って、リクヤは椅子に腰掛けてスマートフォンを取り出した。暫くしてから、画面をワイド表示にしてこちらへ向ける。
「昨日、日曜日にお前たちも見ただろ?
画面に映っているのは、確かに昨日見た試合と同じ映像だった。
「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」の機体で構成されたチーム(ヴァッフ、ドム試作実験機、グフ戦術実証機)が、港湾基地の陸上から海中へ向けて武器を構えている。
そうして三機が待ち構えていると、ゆっくりと海面が盛り上がり始めた。
『今だ!撃ちまくれぇ!』
リーダーの声を合図に、一斉に攻撃が始まる。しかし、その声は焦っているようにも聞こえ、三機の攻撃も間断なく仕掛けているが、何処か
怒涛の如く弾丸が撃ち込まれ、海面が轟音と共に爆ぜながら高く水飛沫が立ち上がった。
その直後。
――ビュウゥゥゥゥオォォォォ!!
水飛沫の中から一筋のビームが奔り、ドム試作実験機に直撃して爆発させた。
『な、に…!?』
続け様、もう一射。
次は、グフ戦術実証機を狙っていた。しかし、然しものファイターも反応が遅れることはなく、サイドステップを駆使してビーム砲撃を回避する。
『くっ…!仲間の仇を討たずしてやられ――』
と、その瞬間に海面が大きく弾け、津波のように"白くて巨大な物体"が上陸してきた。それは凄まじいスピードで迫り、グフ戦術実証機を巨大なハサミで掴み上げた。
――グッシャア!!
そして、抵抗する間も与えず、一息に圧砕。
港湾基地のコンクリート面にバラバラと破片が降り注ぎ、巨大な物体はハサミを振って残った破片を撒き散らした。
振った勢いのまま重心移動をすると、先細りした頭部の下にある顎部を左右に開き、メガ粒子砲の砲門を露出させる。
『く…くそぉ!!』
ヴァッフのファイターは、慌ててバーニアを点火させて逃げようとするが、真っ白な怪物からは逃れられない。
極太のメガ粒子砲が解き放たれ、ヴァッフを消し飛ばした。
白くて巨大な物体――ヴァルヴァロ・ヴァイスは、顎部を閉じてモノアイを強く点灯させる。
この試合を観戦していた人が、口々に白いモビルアーマーを見てこう言ったらしい。
"白鯨"、と。
「…ああ、確かに会場で観た通りだ」
映像が終わり、トモヒサが神妙な表情と声音で言った。
自分も、昨日の記憶が蘇ってくる。
「で、何が言いたいんだ?」
「少し、この"白鯨"…ヴァルヴァロ・ヴァイスの動きや完成度を観察してみたんだが、とあるビルダーに似ている気がしたんだ」
「とあるビルダー?」
リクヤは頷くと、画面を操作して別の動画を表示した。
それは、海外のバトルロワイヤル大会の映像である。
この動画にも、巨大なガンプラが登場していた。機体色は樹海の景色を思わせるような深緑で、脚の代わりにプロペラントタンクが下に伸びている。左右に大きく出っ張った肩部装甲も特徴的であり、その姿は巨大な昆虫のようでもあった。
かのアナベル・ガトーに、「ジオンの精神が形になった」と言わしめたモビルアーマー。
「ノイエ、ジール…」
映像を見ながら、思わず声が震える。
フィールドは宇宙空間。隕石群が密集しており、アステロイドベルトのようだ。その空間を、量産機らしきモビルスーツが10機ほど飛んでいる(ビルゴやヤクト・ドーガ、さらにローゼン・ズール、ファルシアなどもいる)。
それらモビルスーツ達は、バトルロワイヤルにも関わらず共闘の姿勢を取っていた。向いている方向は一点、深緑のノイエ・ジール。
そして、一斉に攻撃が始まった。
様々な色の光軸、ファンネルやビットが巨大なモビルアーマーを攻撃するが、それらは悉くノイエ・ジールのIフィールドの前に無力化されていった。
さらに、ノイエ・ジールが肩部装甲の下から無数のファンネルを射出する。本来、ノイエ・ジールにはない装備である。
ファンネルが、実体弾を全て撃ち落としていく。
「凄い…」
自分も遠隔武器を使用するため、映像に引き込まれた。
やがて、迎撃一辺倒だったノイエ・ジールが突如として動き出した。
凄まじい勢いでアステロイドベルトの隕石を押し退け、その傍ら、次々にモビルスーツ達を撃墜していく。その内の何機かは手練れのファイターらしく、的確に回避、或いはファンネルを撃墜していた。
しかし、ノイエ・ジールは頭部のモノアイを滑らせて撃ち漏らしていたローゼン・ズールとファルシアを捕捉する。両腕の有線クローアームを射出し、二機を掴んでそのまま握り潰した。
さらに、その場で回転を初め、全身の火器という火器から砲撃を開始する。
そこからは、一方的だった。
アステロイドベルトごと破壊し、無数の残骸と隕石の破片が漂うデブリ帯へとフィールドを変えてしまったのだ。
最後に巨大なモノアイカメラが点灯し、動画が終わる。
「…リクヤ、お前の言いたいことが分かったぜ」
真剣な表情で、トモヒサは顎に手を添えながら言った。
「つまり、礼砂学園はこのファイターと何らかの関係がある。若しくは、その弟子の可能性を示唆してるんだな?」
「ご明察」
大きく頷くリクヤ。
「あ、待って。私知ってるよ、このファイター。ロシアの"ワンマン・コンツェルト"だよね?」
ジニアが、思い出したように顔を跳ね上げた。
それに、意外そうな顔でリクヤが言う。
「よく知ってるな」
「ジオンの精神だも~ん。このノイエ・ジール、去年、別の動画で見たことあるよ」
「モビルアーマー、か」
トモヒサは、尚も難しい表情だ。
「もし、このノイエ・ジールのファイターと何かしらの関係があるとしたら、思わぬダークホースになり得る」
「まぁ、とは言っても英志が礼砂に当たるかは準決勝まで分からないけどな。トーナメント表では反対側のブロックだし」
「いや、助かるぜ。あくまで可能性だけど、警戒するに越したことはないからな」
「そうか。少しでも力になれたなら嬉しいぜ」
リクヤは、そう言ってスマートフォンをポケットに仕舞った。
そして、突然に話題が変わる。
「あ、そうそう。妹から言われてたんだけど、部活が終わったらちょっと古武道部に行ってやってくれないか、トモヒサ?」
「ん?ミソラが?…別に構わないが」
トモヒサは、鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとする。
しかし、自分は咄嗟に理解できた。
(あ、ミソラさん、いよいよ…?)
彼女のトモヒサに対する感情は、それとなく察している。いよいよ、何かしらの行動を起こすつもりだろうことは、容易に想像できた。
「ま、そんなわけで、よろしく~」
妙に軽快な口調と足取りで、リクヤは部室から去っていった。
残されたこちらは、何とも言えない空気にされている。
「ジオンの精神…私も負けてられないな…!」
只一人、ジニアだけは息巻いていた。
・・・・・・・・・・
その夜。
翠風寮の自室に戻ってパジャマに着替えると、スマートフォンにメールが届いた。
表示すると、送り主はテライ・シンイチだった。以前、ナラサキ・フウランを介することに疑問を感じ、こちらから連絡先を交換しないかと持ちかけていた。
それから日が経ち、初めてのメールだ。
(何か用事かな…?)
そう思って、内容を読む。
『夜分に済まない。
メールを送らせてもらったのも、明日のことについて聞きたかったからだ。
予定はあるだろうか?』
という、簡素な文面(ここはトモヒサに似ているかもしれない)だけだった。
記憶を掘って、文を打ち込む。
『大丈夫です。
では明日、予定を空けておきますね』
送信。
そのままじっとして待っているのも体裁が悪いので、椅子に座り、時々触っているガンダムAGE-1スパローを手に取って動かす。
そして程なくして、着信音が鳴った。
『早々の返信、有難う。
記載を忘れていたが、明日は学園の外に出ようと考えている。
そのつもりで、必要であれば服装なども準備していてくれたまえ
それでは、お休みなさい』
「……外?」
もう一度、文面を読む。
学園の外に?
二人で?
服装なども準備して?
「それ、って…」
中学生の頃、友人から聞いたことでしか内容を知らないが、簡潔に端的に纏めると、非常に合致したカタカナ三文字が浮かぶではないか?
「…………デート」
寝付くまで、少し時間がかかってしまった。
Act.18『恋は思案の外Ⅱ』へ続く