ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.15 『遭逢、睥睨、地区予選Ⅱ』

 

 

 ミヤモト・ロウは、全日本ガンプラバトル選手権の開催の場を訪れる。

 県民体育館のエントランスを通って中央ホールに出ると、煮え滾るような歓声が耳朶に飛び込んできた。

 たった今、第二回戦のブロックが終了したところだった。

 

「あちゃー、二回戦目まで終わっちまったか」

「ロウさんのせいですよ、こんな日に寝坊だなんて…」

「うぐ…。し、仕方ねぇだろ、急な依頼だったんだから…」

 

 隣に連れ立っているフルデ・アルトが、これ見よがしに非難の視線を自分に注いでくる。ジーパンに安っぽい柄のシャツ、その上にこれまた安っぽい緑色の上着を着ただけの自分と比べ、アルトの出で立ちはファッション雑誌の撮影を終えてそのまま来た、と言っても信じてしまいそうな服飾だ。

 その外見からは、普段の「燃え上がれガンプラ!」とプリントされたエプロンを首にかけるプラモデルショップの店主だとは、到底思えない。

 そんなことをちらりと考えていると、アルトが何かに驚く。

 

「……あっ!第一回戦に菱亜学園も組まれていたんじゃないですか!」

「えっ!?マジ!?」

 

 アルトと同じ方向を見ると、天井から吊り下がる液晶大画面にトーナメント表が映っており、確かに第一回戦に「菱亜学園」の名があった。

 絶対に見逃せない一戦を見逃してしまい、ハロ型目覚まし時計を叩いて故障させたまま放置していた自分を呪う。

 

「しまったぁ…」

「…終わってしまったものは仕方ないです。後でライブ映像を見ましょうか」

「ほんと悪ィ…」

 

 アルトが、「もういいですよ」と言ってにこやかに笑った。

 友人の優しさに打ちひしがれ、項垂れながら歩く。「ビッグリング」の店主を務めている彼の優しさは、自分の店である「ミヤモト工房」にまで及んでいる。ついつい散らかしてしまう店内を、時折訪れては片付けてくれているのだ(勿論、その時は全力で自分も掃除するが)。

 さらに、自分のせいでツツジ達の初戦を見逃すこととなってしまい、一歳年下の彼に対して申し訳なさが重くのしかかってくる。チーム『ハウンドクロス』の三人は両店を頻繁に訪れてくれているため、彼女らに対しても悪いことをしたと思う。

 アルトとは、かつての「ガンプラ塾」が法人化した「私立ガンプラ学園」、その第一期生時代からの付き合いである(今年で9年になる)。その頃から世話になりっぱなしであり、卒業してからもこの関係は変わることなく今も続いていた。

 とりあえず気を取り直し、観客席に腰を下ろす。再び、液晶大画面に映るトーナメント表を注視した。

 

「さて、第三回戦ブロックは……お、英志学園がいるじゃん」

「いよいよ、チーム『スターブロッサム』の活躍が見れますね」

「今年はトモヒサがチームリーダーだったな。お手並み拝見といこうか」

「弟子の成長は、やっぱり楽しみですか?」

「ハハ、そりゃあな」

 

 3年前、古い喫茶店を改装して完成したばかりのミヤモト工房に、突然押しかけてきた身長の高い少年がいた。弟子にしてほしいと懇願され、最初は突っぱねていたのだが、やがてその熱意に圧されて承諾した。

 その少年が、当時中学二年生だったカトー・トモヒサだ。

 近頃は選手権に向けての準備などで会うこともなく、ほとんど毎週参加していたビッグリングで開催されるレートマッチも、一ヶ月ほど顔を出していなかった。それ故に、この第二回戦目でのトモヒサの活躍は楽しみなのだ。

 

「ん?なんや、お二人さんも英志学園チームの関係者だったりするん?」

 

 突然、左隣から関西弁が飛んできた。

 縁遠い地域の方言に加えて、全く隣席に意識を向けていなかったため少し驚く。

 

「そういう君は…トモヒサの友達か?」

「ト モ ダ チ ィ ~ ?」

 

 見ると、特徴的なざんばら髪の少年(いや、青年か?)が、とても機嫌を損ねたと言わんばかりに眉をぐにゃりと(しか)めた。

 

「冗談やない!そないヌルい関係ちゃうで!…そう、恋敵や!」

「こ、恋敵…?」

「そーや。カトー・トモヒサとは相入れん関係なんや」

 

 仏頂面で腕を組み、トーナメント表を見ながら不機嫌な態度で座り直す。

 ふと、その顔にどこか見覚えがあるように感じると、

 

「あれ?もしかして君、心形流の…」

 

 アルトが身を乗り出し、彼の顔をまじまじと眺め始めた。

 その瞬間、彼の耳がピクンと動いて(本当に動いた)仏頂面から一変して満面にドヤ顔を浮かべる。

 

「ハハハ!さすがワイや、有名やで~!その通り、ワイこそガンプラ心形流・期待の新星!鉄機派を打ち立て、東西南北を奔走しながら武者頑駄無の魅力を広める、絶賛飛躍目覚しいイブキ・アラタやっ!」

 

 立ち上がって独特のポーズを決め、慎ましさなど皆無の声を張り上げた。

 周囲の観客席に座っていた観衆(ガンプラファンと言うより、主に選手の父兄方と思われる)が、何事かと彼――イブキ・アラタに振り返る。

 

「おぉー、本物だー」

 

 右隣のアルトが呑気に小さな拍手を送った。

 数秒ほど歌舞伎のように見栄を切っていたが、やがてアウェー感に気づいたのか、いそいそと居住まいを正して着席する。

 

「どうも、よろしゅう」

「こ、こちらこそよろしく」

 

 ぺこりとイブキは小さくお辞儀をし、なかったことにした。

 人物としては、「月刊HOBBY HOBBY」誌面上でのインタビューやイメージングビルダーズでの作例など、その他様々な媒体での活躍で聞き及んでいる。本人と会うのはこれが初めてだが、読んだ通りの人物なのだと自然と納得した。

 そんな彼だが、生み出されるガンプラの完成度は自分の目で見ても一級品なのだ。

 

「ところで、心形流として名高いイブキ・アラタ氏が、どうしてまたこんな関東の端っこに?」

「ええって、他人行儀な呼び方は。よく見たら、アンタも知ってる顔や。かのガンプラ学園の第一期生、ミヤモト・ロウ氏でっしゃろ?そしてお隣さんは、フルデ・アルト氏」

 

 思わず、アルトと顔を見合わせた。

 

「前に近場に来たときに、近辺のショップはチェック済みやさかい。ま、知らない関係やないってことで、気楽にイブキでええよ」

 

 確かに、ミヤモト工房とビッグリングのインターネットサイトでは、自分たちの大まかなプロフィールを公開しているのだ。ガンプラ学園の第一期生という肩書きは積極的に押し出していくべき、という話で纏まっていた。

 

「…こいつは、一本取られたって感じだな。そういうことなら、こっちも好きに呼んでもらって構わねぇぜ」

「改めてよろしゅう、ミヤモトはんにフルデはん」

 

 にっこりとイブキは笑う。

 

「それじゃ、イブキ君。トモヒサと恋敵って言ってたが…察するに、『スターブロッサム』の新メンバーのどちらかにゾッコンか?」

「そうや~、キンジョウ・ホウカちゃんにゾッコンなんや~。ワイ、黒髪の大人しめな子が好みやけど、中々どーして彼女のバトルには鋭さがあってな~。マリナ・イスマイール系の美人はんと思いきや…」

 

 一気に捲し立てるイブキ。どんどん溢れ出る言葉から、かなりお気に入りらしいことは大体把握できる。何やら、隣のアルトがくすくす笑っていた。

 しばらく、今大会の注目チームや技術面の話題などを三人で話す内に、液晶大画面に第三回戦ブロックのチーム名が表示される。

 

『間もなく、第三回戦が開始されます。選手の皆様は、所定の位置についてください』

 

「さって、いよいよ英志学園の登場やな。どう転ぶか…見物やで」

 

 朗らかに話していたイブキが、真剣さを声に滲ませて大画面を睨む。

 ビルダーとしてもファイターとしても、かなりの腕を持つ彼。口ではキンジョウ・ホウカに入れ込んでいる様子だが、ガンプラバトルを見る目は真剣そのものである。

 自分も、弟子可愛さで観戦するつもりはない。トモヒサが自分の元を離れて、どんな成長をしているのかを見定めねばならない。

 やがて、廊下の奥から白青の制服を着た三人が姿を現した。他のチームの面々と比べても、高身長が目立つ男子がトモヒサだ。

 

(お、確かに二人共かわいいな)

 

 そして、マゼンタ色のサイドテールが特徴的な女子(外国人だろうか)と、大人しそうな黒髪の女子も確認する。この県では割と有名人であるキンジョウ・ホウカだが、実際にこの目で見るまでは半信半疑であった。イブキがマリナ・イスマイール系と言っていたが、確かに外見で言えば納得だ。

 

(さ、見せてもらおうじゃねぇか。新生英志学園チームの実力とやらをな)

 

 拳を打ち合わせた三人が三基構成のバトルシステムに並び、ガンプラを用意する。そして、中央ホール全体が薄暗くなり、四つの青い輝きが光り出した。

 液晶大画面が、四画面に分割される。

 

『BATTLE START!』

 

 そして、ガンプラがフィールドに勇躍した。

 それぞれのガンプラを観察しようとしたが、思わず漆黒の一機に釘付けにされる。

 

「な、なんやあれ……あれが、モビルスーツや言うんか!?」

 

 デンドロビウムを見たモーラ・バシットよろしく、イブキが驚嘆の声を上げた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 無窮(むきゅう)の宇宙に咲く、巨大な薔薇の花。

 放射状に広がる形状は花弁を思わせ、艦を固定する幾十ものレーンが甲虫の肢のように伸びている。奇妙な物体だが、(れっき)とした宇宙世紀における研究開発施設である、「ラビアンローズ」だ。

 あのGP03デンドロビウムはここで試験運用され、グリプス戦役時にはエゥーゴの補給拠点としても機能する。

 

「…ラビアンローズかよ。ほんとシステムって奴は気まぐれだな」

 

 自分が抱いた感想と同じ内容を口にしたトモヒサが、ラビアンローズに引けを取らないほどの異様な物体を操縦していた。

 僚機の表示名は、「RX-78GP02H ガンダムヘリクリサム」

 ガンダムラナンキュラスとハルジオン・フェイク(こちらは外見に目立った違いは見られない)の後方から威圧感を放つ、漆黒の巨体の名前である。

 

「何、その化け物…?」

 

 ハルジオン・フェイクのモノアイが背後をちらりと見る。然しもの、ジニアとしても声に動揺を隠せていなかった。

 超重の機体の正体は、縦にも横にも広くなったガンダムサレナである。

 その巨体を構成しているのは、背面に積み重なったように装備される武装。上方に存在を誇示するように屹立する太い二つの砲身は、見間違いようもなく「グラストロランチャー」だ。さらに、その後ろにも追加武装があるようで、モビルスーツ一機分とは思えないバーニアの噴射光が輝いている。

 しかし、まだ目を引く部分があった。中心にいるガンダムサレナが両手に構えている対艦ライフルと、四枚に増えたフレキシブル・スラスター・バインダーがそれである。

 

「ぶっつけ本番でお披露目して悪いが、呑気に話してる場合じゃないぜ!」

「――来た!」

 

 そう、トモヒサに問い質している暇はなかった。ラビアンローズを迂回するように、一機がこちらに向かってくるのを確認する。

 目が覚めるような派手なピンクのモビルスーツ。頭部のセンサーカメラが鶏冠(とさか)のように長く、細長い四肢と各部のエッジにより、全身に鋭い印象を与えている。

 それが、僚機を伴わず一直線に飛ぶ。

 

「イージスガンダムだ!あいつは私に任せて!」

 

 ジニアは相手――イージスガンダムを確認すると、ハルジオンを飛び出させた。直ぐ様に飛行形態に変形し、対するイージスガンダムもモビルアーマー形態になる。両腕と両足が前方に突き出て、見様に因っては烏賊か昆虫か、奇妙な姿となる。

 トモヒサの指示を待たずに先行したジニアだが、元より高機動タイプを抑える役目があることは本人も把握しているのだ。

 

「よし、残り二機の攻撃に備える。ヘリクリサムで索敵…おっと、お出でなすったぞ」

 

 トモヒサは軽い口調で言うや、ガンダムヘリクリサムを操作した。

 漆黒の超重モビルスーツはその場に止まると、バックパック(モビルスーツ一機分くらいの大きさだが、あくまでバックパック)の両側から"分厚い何か"を分離させる。

 直後にアラート音が鳴り響き、ミサイルの雨が襲ってきた。

 

「っ!フィールドを…」

「いや、ここは俺に任せろ。お前は技を温存しとけ」

 

 すぐにフラワリング・フィールドを展開させようとしたが、トモヒサの制止の声。と同時に、ヘリクリサムから分離した"何か"がラナンキュラスの前に被さるように躍り出た。

 その形状は見覚えがある。GP02サイサリスの特徴の一つである、ラジエーターシールドと同じものだった。

 

「"シールドビットR"と、ヘリクリサムなら…!」

 

 そして、ヘリクリサムの頭上にあるミサイルコンテナが開き、20もの弾頭が顔を覗かせる。

 

「派手にいくぜぇッ!!!」

 

 轟音。そして、発射音。

 硝煙の尾を引いてミサイルが弾幕となり、飛来してくる小型ミサイル群に直撃してラビアンローズの前で盛大に爆ぜた。

 爆炎がこちらにまで届いたが、二つの巨大な盾――二基のシールドビットRによってラナンキュラスとヘリクリサムに被害はない。どうやら、ラジエーターシールドの液体窒素噴射口がスラスターに改造してあるらしい。

 

「すごい…!」

「ホウカ、3機目が接近だ。こっちのザクファントムは俺がやる!」

「了解!」

 

 見ると、立ち込める爆煙から白いモビルスーツが横滑りし、飛び出すのを確認した。背面には、大型のスラスターを備えた特徴的なバックパックがあり、その機体が「ブレイズウィザード」を装備したザクファントム、つまりブレイズザクファントムだというのに気付く。

 逸早く3機目を捉えていたトモヒサの言う通り、ラナンキュラスの索敵も敵機を捕捉する。ヘリクリサムがブレイズザクファントムに向けて対艦ライフルを構えると同時、自分もラナンキュラスを発進させた。

 爆煙が消えた向こうから接近してくるのは、オレンジ色のモビルスーツ。

 

『チーム『スターブロッサム』の実力、測らせてもらう!』

 

 そのファイターから、威勢の声が放たれた。

 両手持ちにされているのは、SEED系に疎い自分でも知っている、二振りの長大な対艦刀「シュベルトゲベール」だ。そして、両肩に突き出るビームブーメラン「マイダスメッサー」と、腹部に砲口を開けるエネルギー砲「スキュラ」があり、カラーリングと細部の違いこそあるが間違いようもない。

 

「ソードカラミティ…!」

 

 対戦相手のチームが『コズモフェイズ』という名称だったのだが、ここにきてようやく合点がいった。

 少し前に、ジニアから機動戦士ガンダムSEED、及びSEED DESTINYの機体について熱く語られたことがあり、彼女に対して少し有難い気持ちを抱く。

 真正面から距離を縮めてくるソードカラミティに向かいながら、両手に握るドッズトンファーの刃を伸ばした。

 

『せぃッ!』

「やぁッ!」

 

 裂帛の声が重なり、同時に刃が交錯する。

 シュベルトゲベールによる力任せの斬撃に対し、ラナンキュラスに受けの体勢を取らせた。大振りの一撃を弾かれたことでソードカラミティの上体が仰け反り、そこへドッズトンファーの刃で反対から間断なく攻撃を仕掛ける。

 

『こいつッ…!?』

 

 刃が閃き、確かな手応えがコントロールスフィアを伝った。

 しかし、それは胴体を貫いたのではない。ソードカラミティの腰にあるブースターを抉っただけだった。

 こちらのカウンターにギリギリで反応し、相手のファイターはマニューバを切ったのだ。その回避運動のまま、もう片方のシュベルトゲベールを上段から振り下ろしてくる。

 

『これで墜ちろ!!』

「――ッ!」

 

 しかし、それは予測済みの攻撃。

 息を吸いながら、左のドッズトンファーでその一撃を受けた。受けつつ、刃を寝かせて斬撃のベクトルを逸らす。即座に鋭く息を吐き出し、呼吸に合わせた連動で脇に引いていた右のドッズトンファーの銃口を、スキュラ発射口へ突き出した。

 淀みのない、一呼吸間のカウンター。

 

 

 

――ドッギュゥゥゥゥゥン…!

 

 

 

 DODS(ドッズ)の光軸が、ソードカラミティのオレンジ色の胴体を貫いて宇宙を奔った。

 ラナンキュラスの体をくの字に折り曲げ、脹脛内のスラスターを噴射して大きく後退すると、胸を撃ち抜かれて硬直していたソードカラミティが炸裂し、爆発する。

 

「一機、墜とせた…!」

 

 初めての選手権の場で、興奮することも焦燥することもなく、落ち着いた心持ちで戦えた。事前にトモヒサから言われていた、「奥の手を見せずに戦う」という心得を完遂できていたことも後押しし、ドッズトンファーの柄を握り直すことで勝利の実感を得る。曰く、自分とガンダムラナンキュラスがチームの秘密兵器、ということらしかった。

 とはいえ、決して相手を過小評価はしていない。この世界では、自分はまだまだ駆け出したばかりの素人なのだ。故にこそ、持てる全力で立ち向かう覚悟も決めていた。

 

「――よし、二人の援護に…」

 

 そう思ってコンソールを見つつ機体を転身させるが、既に戦局は佳境を迎えていた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ラビアンローズの昆虫の肢のようなレーンを掻い潜りつつ、互いに牽制を続ける。コウモリダコのような異形の機体が、これもまたタコの口のような砲口からビームを発射した。

 真っ先に先行してイージスガンダムを抑えにかかったが、中々ダメージを与えられない。しかし、それは相手も同じであり、エネルギー砲「スキュラ」をハルジオン・フェイクの機動性で躱し続け、こちらのドッズライフルもモビルアーマー形態の変態運動で躱されている。

 

「"ラチガアカナイ"って、こういうことを言うんだよね…!」

 

 いい加減に、この状況を何とかしなければジリ貧だ。正攻法でダメならば、そうでない手で攻めていくしかない。

 

(後に取っておきたかったけど、やっぱり出し惜しみはナシ!)

 

 新たに手を加えて生まれ変わったハルジオンなら、それができる。

 サダコとのバトルで気付けたこと、"自分らしい戦い方"を最大限に表現できる機能がガンダム作品に、とりわけ宇宙世紀シリーズに存在することに着目したのだ。

 

『ちょこまかと…!いい加減に堕ちなさい!』

「それはこっちのセリフ…っだよ!」

 

 相手の女子ファイターが、苛立ちを隠さずに言う。

 イージスガンダムが四脚の先からビームサーベルを発生させ、きりもみ回転しながら突っ込んできた。背部のユニバーサル・ブースト・ポッドの可動性を活かし、その突撃を疑似的なバレルロールで回避する。数本かのレーンを巻き込みながら、ピンク色の槍が後方へ飛んでいく。

 

(実戦で使うのは初めてだけど…!)

 

 回避されたイージスガンダムはモビルスーツ形態に変形し、ラビアンローズの黄色い壁面を蹴って折り返しターンをする。そして再びモビルアーマーになり、四脚を広げてスキュラを発射しつつ向かってきた。

 それを避けながら、コンソールに映る機体アイコンを確認する。

 これなら、いける!

 

『これでぇぇぇーーーッ!!』

 

 イージスガンダムがスキュラでこちらの退路を塞ぎつつ、四脚を広げてハルジオンに襲い掛かる。鋭い触腕のような先端から黄色の粒子刃が飛び出、獲物に掴みかかった。

 そして、強襲の爪に捕らえられたハルジオンの体が、上下に分かれる。

 

『――なっ!?』

 

 否、捕らえられる寸前で、"ハルジオン・フェイクが分離した"。

 胴の接続点から上下に、上半身と下半身が四脚の攻撃を回避するように。

 

『ぶ、分離したぁっ!?』

 

 SPコマンドとして設定した、分離機能だ。

 コンソール上の機体アイコンに、「SEPARATION MODE」と表示されている。

 

「"ハルジオン・ナッター"!」

 

 下半身のサイドアーマー(クランシェとガーベラ・テトラをミキシングする際、干渉するとして一度は外したもの)が、上へと逆向きに展開する。露出した3mmポリを隠すようにサイドアーマーが閉じられ、昆虫の(ふん)部に似た形状となった。

 

「"ハルジオン・アタッカー"!」

 

 上半身は今までと変わらず、ドッズライフルを機首にして両腕を主翼に変形させる。

 機動戦士ガンダムZZに登場する「バウ」の分離可変を参考にし、さらにクランシェの簡易的な可変機能を活用した結果、このような形態に辿り着いたのだった。

 そして"フェイク"とは、花に擬態した昆虫を意識した命名である。

 

虚仮威(こけおど)しを…!』

 

 捕獲に失敗したイージスガンダムが、そのまま通り過ぎていこうとする。が、その後ろをハルジオン・ナッターに追わせ、追撃を仕掛けさせた。

 高機動性能を持つイージスガンダムのモビルアーマー形態と、分離したことで重量が半減したハルジオン・ナッターの速力差はほとんどない。

 逃げ切れないと判断したか、イージスガンダムがモビルスーツ形態に変形し、高エネルギービームライフルの銃口をハルジオン・ナッターに向ける。

 

『墜ちろっ!!』

 

 そこへ、上半身が変形したハルジオン・アタッカーを突撃させた。機首からドッズライフルを撃ち込みつつ、次の行動へ移させまいと攪乱攻撃を絶え間なく仕掛けていく。自由に可動する主翼と、一方向に集中したユニバーサル・ブースト・ポッドの出力によって、ハルジオン・ナッターの倍以上の速度を発揮する。

 

『こんなのおかしいよ……相手は一人だって言うのに!』

 

 その通り、分離したハルジオン・フェイクは一人で操縦しているのだ。

 攪乱されながらも、イージスガンダムは間隙を縫ってビームライフルでハルジオン・ナッターを狙う。その射撃を回避しつつ、サイドアーマーで作られた昆虫のような吻を開いて肉薄する。

 吻部の両端に仕込んだビームサーベル発生器が閃光を散らし、二本の黄色い粒子刃が飛び出した。

 

「ハルジオン・フェイクには、こういう使い方もあるんだからァッ!」

 

 懐に飛び込んだハルジオン・ナッターのビームサーベルが、イージスガンダムの両腕を刺し貫く。そして、その頭上へと落下するようにハルジオン・アタッカーを飛ばし、機首からドッズライフルの射撃を見舞った。

 脳天から股下まで、体の中心を撃ち抜かれたイージスガンダムが、ラビアンローズに抱かれる形になって爆発する。

 上半身(アタッカー)下半身(ナッター)が合体し、コンソール上のアイコンが「DOCKING MODE」の表示になった。緑色のモノアイを鮮やかに点灯させ、ハルジオン・フェイクは再び花の姿へと擬態する。

 

「ア~イム、ヴィクトリ~!」

 

 そうして、ハルジオン・フェイクの左手でピースをしてみせた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「さすがだぜ二人共…!」

 

 敵機を撃墜した表示が、僅か感覚を開けて二つ表示される。ジニアとホウカが、それぞれに勝利をもぎ取った証拠だ。

 

「そんじゃ、こっちも仕上げといくか!」

 

 ラビアンローズから少し離れた宙域でブレイズザクファントムとミサイルを撃ち合っていたが、途端にそれが終わる。ブレイズウィザードに内蔵してある小型ミサイルの残弾が切れたのだろう。こちらも、巨大なバックパック「グランサブースター02」のミサイルが1/3を切ったところだった。

 互いに、与えられたダメージはそれほどない。ほとんどミサイルの撃ち合いで、隙を見てガンダムヘリクリサムに携帯させた対艦ライフルの狙撃を試みたが、元々狙撃が得意な方ではないため弾が掠っただけとなっていた。

 しかし、それもこれで終わりにさせる。

 

(きっちり決着はつけないとな…!)

 

 ブレイズザクファントムが、右手のビーム突撃銃を構えてバーニアを噴かした。ミサイルが尽きたのだから当然だろうが、僚機を失ったことで自暴自棄になったのかもしれない。

 どう転んだとしても、自分達の敗北の可能性はほぼゼロ。このまま、特攻を仕掛けてきたブレイズザクファントムとまともに戦う必要は、"合理的に考えれば"皆無だ。このまま無駄な戦闘を避けてタイムアップを狙うのも、戦略の一つだろう。

 

『…"黒い悪夢"よ、勝負!』

「ッ!!」

 

 そんな無粋な真似、できるわけがない!

 一騎打ちを持ち掛けられて、それに応えないガンプラファイターがどこにいる。自分だって全力のバトルを望んでいるし、それが仲間に対しての顕示であり、相手に対しての礼儀でもある。

 自分だって、"花鳥風月"の教えは未だに胸に在る。今更口に出して言える立場ではないが、ガンプラバトルとなれば話は別だ。

 向かってくる白い機影に向かって、対艦ライフルの照準を合わせる。

 

「いいぜ、受けて立つッ!!」

 

 一直線に飛ぶブレイズザクファントムに撃ち込むが、ブレイズウィザードの出力によって難なく回避されていった。こちらの牽制に対し、相手はビーム突撃銃を文字通りに突撃しながら弾幕をバラ撒くが、無線操作で動くシールドビットRでそれを防ぐ。

 機動性を犠牲にした代わりに、無線誘導できるシールドで防御力を底上げした結果が、二基のシールドビットRである。四枚に増加させたフレキシブル・スラスター・バインダーは、超重にまで武装を積載させた(レギュレーション判定は思っていたより楽にクリアできた)機体を飛ばすための、推進力へと置き換えている。

 自分に足りないもの、自分がやるべきことを考えた結果に完成させたのが、ガンダムヘリクリサムなのだ。

 

『ウォォッ…!』

 

 ブレイズザクファントムがビーム突撃銃を投げ捨て、腰のビームトマホークを握る。そしてヘリクリサムの正面に躍り出て、ビーム斧を振りかざした。

 

「くっ…!」

 

 それを、咄嗟に掲げた対艦ライフルの銃身で受け止める。粒子の光斧が食い込み、切れ込みからバチバチと火花を散らした。

 そして、捕らえたブレイズザクファントムに、両肩のツインドッズキャノンと前へと倒れ込んだグラストロランチャーの砲門を集中させる。

 アズマ直伝の、四門同時砲撃(フルバースト)

 

「こいつを喰らえェェェェーーーーッ!!!!」

 

 一瞬、ブレイズザクファントムのモノアイが炸裂した光を見たか。直後に、絶大な威力を伴った粒子の奔流が白い機体を包み、爆発させずに全てを光で持ち去った。

 砲撃が終わり、ブレイズザクファントムの残骸が漂う中をガンダムヘリクリサムが圧倒的な存在感で佇む。

 

「俺たちの……勝ちだ」

 

『BATTLE END!』

 

 決着。その直後に、割れんばかりの歓声が巻き起こった。

 ホウカとジニアが、数秒ほどぽかんとして立っていたが、やがて勝利した実感が湧き上がってきたのか、二人共自分に走り寄ってきて右手を掲げてきた。

 

 

――パァン!

 

 

 小気味のいい音を響かせ、ハイタッチを交わす。

 英志学園チーム『スターブロッサム』の、栄光の初戦をここに収めた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 花道を下がるように中央ホールから廊下に出ると、五人が自分達を出迎えた。

 

「初戦通過おめでとうございます!見事なバトルでした~!」

「さんくすキョウダ~イ!」

 

 アノウ・ココネが走り寄ってきて、小さな体で賛美の気持ちを溢れんばかりに振り撒く。即座に、ジニアが彼女の手を握ってその場でくるくると回った。

 

「お疲れ。ほとんど被弾なしの完全勝利だったな、おめでとう」

「おう、上々だって言えるだろう」

「カトー先輩、おめでとうございます!か…かっこよかったです!」

「ハハ、かっこよかったか。ありがとう」

 

 カネダ・リクヤの拳に、トモヒサが拳を重ねる。リクヤの隣に立っているミソラは小さく微笑んだ。

 

「キンジョウ、まずはよくやったと讃えよう」

「素直におめでとうって言えないのかねぇ。なぁ、キンジョウ?」

 

 アズマ・ハルトとシマ・マリコが、それぞれの表情と態度で自分を出迎えた。

 対して、少し苦笑いを浮かべる。

 

「えっと…アズマさんにしては、褒めてくれた方だと思います」

「…いつからそんな減らず口を言えるようになった?」

 

 アズマが太い眉を歪ませた。その隣で、マリコがくすくすと笑いを堪える。

 

「…そういうことは、地区予選で優勝してから言うのだな。まずは初戦を通過したに過ぎん。本当に厳しいのはこれからだというのを忘れるな?」

「はい。勿論です」

 

 アズマは、一つ息を吐くといつもの優しげな表情になった。

 初めてのガンプラバトル選手権、演武大会とは性質が全く異なる舞台での勝利でつい緩んでしまった心を、アズマの言葉によって律する。確かに気の緩みは多少なりとあったが、それ以上に、コーチからの賞賛の言葉が素直に嬉しかったのだ。

 

「さて…次は来週になるけど、他のチームのバトルもしっかりと観戦しておくんだね。この後も樫葉などの強豪が控えているから、休んでいる暇はないよ?」

 

 マリコが一同に向かって言い、ジニアとトモヒサも気を引き締め直したようで口々に返事をする。

 その後、アズマ達は先に観客席に言っていると残し、廊下から階段を上がっていった。自分達は自動販売機の方へ行き、それぞれに飲み物を購入する。

 

「ぷはー!オレンジジュースがゴゾーロップイヤーに染み渡るぅ~!」

「なんだその新種のウサギ!?」

 

 トモヒサは購入した缶コーヒーを拾い上げながら、ジニアへのツッコミを冴え渡らせた。

 

「ふぅ、ようやく一息つけたな」

「だね」

 

 トモヒサは缶コーヒーを、自分はスポーツ飲料を飲む。

 

「そうだ、一応謝っておく。ぶっつけ本番でガンダムヘリクリサムを出してしまって悪かった」

「いいよーそんなこと。凄かったね、ヘリクリサム!」

「トモにぃらしいって言うのかな?ガンダムサレナがあんなにでかくなるなんて思わなかった」

「出撃した時はモビルアーマーかと思ったよ」

 

 漆黒の超重モビルスーツ、その迫力を思い出す。

 

「ま、そう言ってもらえると嬉しいぜ」

 

 トモヒサは笑いながら、飲み干した缶コーヒーをゴミ箱へ捨てる。そろそろ上に上がるか、と言って踵を返したところで、その足がぴたりと止まった。

 

「…?トモにぃ?」

 

 見ると、トモヒサの表情が彫像のように固まっている。そしてその視線は、廊下の方――アズマ達が登っていった階段――に注がれている。

 

 

 

「――ササミネ、コウスケ……」

 

 

 

 その名前を口にした途端、トモヒサは眉間に皺を寄せ、内に押し込めた憤りを必死に堪えるかのような表情を見せた。

 廊下の先、階段を下りきった深紅の制服に身を包んだ男子生徒――ササミネ・コウスケが、こちらに気付いて猫背のまま近寄ってくる。

 3mほどの距離を置き、彼は立ち止まった。

 そして、三白眼を一層見開いて、口角を釣り上げる。

 

 

 

「…よぉ、カトー」

 

 

 

 獣じみた、彼が使っていた茜色のモビルスーツの排熱行為を彷彿とさせる、荒々しさで。

 

 

 

「今度は、楽しませてくれるんだろうなァ…?」

 

 

 

 

 

   Act.16『遭逢、睥睨、地区予選Ⅲ』へ続く


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