ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.14 『遭逢、睥睨、地区予選Ⅰ』

 

 

 少し遅れて来ると言うアズマ達(カネダ兄妹とココネ)を待つシマ・マリコと入口で別れ、三人は地区予選会場の中へと足を踏み入れた。県民体育館のエントランスホールは二層構造となっており、外と同様に大勢の学生達で埋め尽くされているのを目の当たりにする。

 

「サ」

 

 そしてその中に、記憶に未だ新しい、朽葉色に染まった気品のある制服姿の三人組を見付けた。

 

「ダ」

 

 声をかけようと歩み寄ろうとすると、隣にいたジニアが真っ先に猛進する。

 そして、その標的たる花の髪飾りと赤いリボンのアクセントが添えられた、流麗な黒髪が美しい女子生徒へイージスガンダムのように飛び付いた。

 

「コォーーッ!!」

 

 某SF映画に出てくる顔に張り付く生き物のように、女子生徒の顔に覆い被さる。融合した怪生物は、反り返りそうになる体を渾身の力で踏ん張って、顔面に張り付いたジニアを引き剥がしにかかった。

 

「ア…ン…ド…ウ…… ッですわ!!」

 

 

――ベリィ!

 

 

 自爆寸前のイージスガンダムが引き剥がされ、床に着地する。

 

「スキンシップだよサダコ~」

「て、て…程度を考えてくださいまし!」

 

 尚も密着しようとするジニアを制しながら、アンドウ・サダコが顔を紅潮させていた。その様子を、彼女のチームメンバーであるユヅキ・ララとクラオカ・オリハが、にこやかに笑いながら傍観を決め込む。

 

「な、何を笑っていますの?」

「いいえ。アンドウさんのそんな姿、中々お目にかかれませんので」

「…アンドウさん…かわいい…」

「なっ、かっ」

 

 そして、再び茹で上がった。

 ジニアは力が緩んだ隙に制止の手を潜り、アンドウの右腕に抱き着く。

 

「……先達ての練習試合以来ですわね、『スターブロッサム』の皆様」

 

 どうやら諦めたようで、右腕を振り解こうとはしなかった。二人と同じように傍観していたこちらへ向き直って、胸元に(自由な)左腕を添えて恭しく挨拶をする。しかし、顔はまだ薄紅を残したままなので、やはり締まらない。

 

「おう。ご丁寧にどうも、『天照す閃光』。ガンプラは直ったのか?」

「ええ、問題ありませんわ。言葉を返すようですけど、貴方達の方こそガンプラは万全ですの?」

「俺たちを見縊(みくび)っちゃ困るぜ、なぁ?」

 

 チームリーダー同士の挨拶をするトモヒサが、自分を横目に見て振ってきた。

 それに対し、強く頷く。

 

「そう。ですってよ、ユヅキさん?」

 

 アンドウも、傍らに立つ編み込まれた白髪が美しいララを見遣った。

 ララはにこりと笑って、自分と視線を交わしてくる。

 

「ふふ、それは楽しみですね。しかし…私達も以前より強くなっていると自負しておりますので、努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう」

「はい、勿論です」

 

 ユヅキ・ララは表情に笑顔を、しかし言葉には剣のような剣呑さを滲ませていた。謹厚な人柄の中に鋭さを内包させた独特の雰囲気は、以前に戦った時と変わらない姿である。

 こちらも、心身が引き締められるようだった。

 

『ご来場の選手の皆様に申し上げます。間も無く開会式が開催されますので、中央ホールへお集まりください』

 

 エントランスホールに、館内放送が響き渡る。

 周囲にいる学生達が一斉に、互いに顔を見合わせたり腕時計を確認したり、各々のリアクションを起こし始めた。

 こちらも、それぞれ向き合う。

 

「では、後程またお会いしましょう。私達と当たるまで、敗北は許されませんわよ」

「へっ、そっちこそ」

 

 挑戦的な笑みをトモヒサとアンドウが交わす。そして、互いに小さく一礼して別れた。

 

「っておいジニア、お前はこっちだろーがよ」

「あうぅぅぅ」

 

 全力でスルーしていたが、この間、ジニアはアンドウの右腕に寄生したままであった。チーム『天照す閃光』に引き摺られようとしていたところを、トモヒサが慌てて引き剥がす。ジニアは「サダコ~~また後でね~~」と、遠ざかっていくアンドウの背中に別れを告げた。

 

「よし、俺らも行くか」

「うん。…?」

 

 ふと巡らせた視線の先で、小さな(どよ)めきが起こっていることに気づく。

 

「おい、菱亜(ひしあ)学園だぞ…」

「去年の優勝校か…。しかも全国大会トップ10…」

「"キャプテン・アゼリア"、相変わらずお美しいわぁ…」

 

 響めきの渦中である、深紅に彩られた制服に包まれた三人。

 その先陣を切るのは、菫色のポニーテールと秀麗な長身が美しい人物。己の自信を余すことなく体現するような綺麗な背筋から、彼女が只者ではない空気が溢れ、周囲を遊弋(ゆうよく)する。

 菱亜学園チーム『ハウンドクロス』。そのリーダーであり先手大将、人呼んで"キャプテン・アゼリア"ことカンザキ・ツツジだ。

 

「クロスボーン使いの"(あか)き野獣"だ…。凄ぇ眼力」

「ということは、あの女の子が"カノーネ・フューラー"?マジか…」

 

 その後ろに随伴するのは、二人の男女。

 

「ツツジさんの後ろの二人って…」

「そっか、ホーカは初めて見るのかな?」

 

 隣のジニアが補足する。

 

「栗色のショートボブがかわいい子いるでしょ?あの子が『ハウンドクロス』で唯一の射撃戦主体で戦う、"カノーネ・フューラー"って呼ばれてるシバ・ニーナちゃん」

 

 シバ・ニーナと紹介された女子生徒は、確かに栗色のショートボブが可愛らしい。凛としたツツジと三白眼の男子生徒(結構怖い)と比べ、明るく話しかける姿に(いかめ)しい異名は不釣り合いのようにも思えた。

 

「その隣のこわーい目のお兄さんは、"茜き野獣"って呼ばれてるササミネ・コウスケさん。去年の決勝でトモヒサをボッコボコに……はっ」

「……」

 

 トモヒサから、無言の圧力が放たれている気がした。

 ジニアが慌てて弁解する。

 

「トモヒサごめん~」

「…いや、ボッコボコにされたのは事実だからな。気にすんな」

 

 そうは言うが、表情は険しいままだった。

 

(…あ、あの時と一緒だ…)

 

 それは、レートマッチの参加と選手権にエントリーするため、ガンプラショップ「ビッグリング」を訪れた日のことだ。そこで初めてツツジと出会した際に、トモヒサは一瞬だけ今のような険しい表情をしていたことを思い出す。

 いつものトモヒサらしくない姿だった。

 

(あまり、気にしない方がいいのかな)

 

 トモヒサ自身から何も言ってこないのなら、こちらから追求する必要もないだろう。言いたくないことを、わざわざ口に出させるのは気が引けた。

 

「…?」

 

 突然、妙に居心地が悪くなる。

 その違和感の正体を探ろうと少し周囲を見ると、何やら複数の視線を感じた。

 

「"黒い悪夢"がいるぞ…しかも女子を二人連れてる…」

「今年は『スターブロッサム』ってチーム名だっけ?女子を(はべ)らせるなんて、さすがカトー・トモヒサだ」

「正直言って羨ましい」

 

 ぼそぼそと、しかしはっきりと内容が聞こえてくる。

 

「今年は"ライトニング・エデン"様がいらっしゃらないのね…」

「ちょっと、あの子もしかしてキンジョウ・ホウカ?英志学園に入学して、しかもガンプラ部にも入部したって噂、本当だったんだ」

「ねぇねぇ、隣のサイドテールの子、外国人かな?めっちゃかわいくない?」

 

 そのざわめきが波及し、次々とこちらを刺す視線が増えていった。

 それにトモヒサも気づいているようで、そわそわし始める。

 

「ト、トモにぃ、早く行こう?」

「お、おお、そうだな。そろそろ開会式だからな、急ごう」

「トモヒサ!ホーカ!私達注目されてるよ!人気者だモゴ!?」

「「しーっ!」」

 

 はしゃぎ始めたジニアの口を二人で塞ぎ、気持ち背を低くしながら速やかにその場を移動する。まだ地区予選が始まってもいないのに、余計な緊張など感じるものではない。

 新生英志学園チーム『スターブロッサム』として、初のガンプラバトル選手権の舞台への入場は、少し慌ただしいものになってしまった。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 厳かな、そして今にも爆発しそうな緊張が張り詰める、地区予選の会場となった県民体育館。

 中央ホールの大型スクリーンにトーナメントの組み合わせが発表され、今や遅しと若き挑戦者達はその時を待ち焦がれている。

 そして、ウグイス嬢の声がそれの到来を告げた。

 

『これより、ヤジマ商事主催、第17回全日本ガンプラバトル選手権 中高生の部を開催致します』

 

 会場が、一斉に爆発した。

 選手も観戦者も、誰もが一緒になって声を大にし、歓声を上げる。今年もまた、この瞬間が訪れたことに会場全体が歓喜していた。

 高い位置にある観客席に座りながら、アズマ・ハルトはその熱気を味わう。

 

「今年は控えようかとも思っていたのだがな…中々、この熱狂から離れることはできんものだ」

「ガンプラバカは死んでも治りませんよ、先生」

 

 右隣に座る、真っ赤なカーディガンを羽織ったシマ・マリコが言う。

 

「フン、生意気を」

「ガンプラファイターどもは、ちょっと温めただけで…ボン。この熱しやすい燃料の塊が燃える瞬間こそが、華ですよ」

「それらしく喋りおって。だが、同意できることではある」

「青春をガンプラバトルに燃やす彼らが何を賭けるのか、何を残すのか。見てやろうじゃありませんか。…しかし、今日は何だか少し暑いね。気温まで変えちまったのかい?」

 

 そう言いながら、シマ・マリコはどこから取り出したのか、扇を広げて自身を扇ぎ始めた。口にはしないが、赤いカーディガンとやや緑かかった黒髪、加えてその扇まで広げれば、シーマ・ガラハウと瓜二つである。

 ちなみに、自分の車で連れてきたカネダ兄妹とアノウ・ココネもいるのだが、三人は下の方で『スターブロッサム』の面々と会っている。

 

「やぁご両人。久しぶりだなぁ」

 

 突然、背後から軽い声が降ってくる。

 その声の主は段を降りてきて、自分の隣の空席に腰を下ろしてきた。腕を捲った、赤と黒の差し色がある白一色の上下ジャージ姿。浅黒い肌とは対照的に髪まで白く(染色ではない)、動物の剛毛のような頑固な癖毛が目立っている。

 

「エニワ・シロウか。何の用だ」

「何の用はないでしょう、アズマ先生」

 

 エニワ・シロウ。今から丁度10年前、第7回世界大会の事件も未だ痕跡を残している時に勃発した、"とある事件"と重なる時期に弟子だった三人の内の一人である(もう一人はシマ・マリコ。三人とも、当時は17歳の学生だった)。今は、菱亜学園の体育教師かつガンプラ部顧問として、その辣腕を振るっている。

 

「マリちゃん…いや、"宇宙の陽炎(かげろう)"も昔と変わらない美しさだ。そろそろ、イイ話の一つや二つはあるだろ?」

「故さえあればいくらでもあるさね。けど、生憎と色恋にかまける暇がなくてねぇ、報告できるような話はないよ、シロ君…いや、"ホワイト・ガルム"」

「だったら、オレにもまだチャンスがあるってわけだな」

「フフ、私みたいないい女をモノにできるか、見物だよ」

 

 軽口を叩き合う二人は、10年前と変わっていない。それを良い事と捉えるべきかどうか、指導者だった立場としては何とも判断に困る。

 

「お前達、自分の教え子の面倒は見なくていいのか?特にエニワ、お前のところは第一回戦に組まれているだろう」

「うちの『ハウンドクロス』の三人は強いですからね。最高のオレが育てた、最高のスーパーファイター達だ!今更、手を焼くことはもうないんですよ」

 

 腕枕をしながら、エニワ・シロウは自慢げに鼻を鳴らした。

 やはり、昔と何も変わっていない。まるで口癖のように「最高」だの「スーパー」だの、子供染みた抽象的な表現を好み、己に対して絶対的な自信を持っているのだ。

 しかし、ガンプラファイターとしての技量は一流に仕上がっている。彼の教え子である『ハウンドクロス』の活躍ぶりを見れば、「最高」と自称し得るのも認める他なかった。

 自慢げにするエニワ・シロウに対し、シマ・マリコが顎杖をついて言葉を投げる。

 

「余裕だねぇ。でも、うちの子達に足元を掬われるかもしれないよ?」

「去年の雪辱を晴らす、ってか?」

「いいや、そんな崇高な理念はないさ。でも、うちのルーキーどもが、それを成すかもしれないね」

「ルーキー…あの二人のことか」

 

 彼の目が、鋭く眇められる。

 それとタイミングを同じくして、中央ホールに設えられた三基構成の四つのバトルシステムが起動し始めるのを見た。ホールの上からは液晶大画面が幾つか吊り下げられ、この観客席からでもはっきりと観戦することができる。

 

『これより、第一回戦を開始します。選手の皆様は、所定の位置に着いてください』

 

 ウグイス嬢の放送が響き、会場のざわめきが静まっていった。

 選手が次々にユニットの前に並び、深紅に彩られる菱亜学園の三人も姿を現す。その瞬間、観客席からどよめきが湧いた。

 無理もない、昨年の地区予選優勝チームかつ全国大会のトップ10に食い込んだ強豪であり、今大会でも最有力の優勝候補だ。その三人のバトルが第一回戦に行われるのであれば、否が応でも期待が高まる。

 

「…そうさ、うちのヒヨッコは強ぇんだよ。自慢のスーパーファイター達だ」

 

 隣に座るエニワ・シロウが、獣じみた笑みを浮かべた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

『BATTLE START!』

 

「カンザキ・ツツジ、ガンダムAGE-2バンガード」

「シバ・ニーナ!デナン・ゲー・ツィーレン!」

「…ササミネ・コウスケ、クロスボーンガンダム・クローザー」

 

 

「チーム『ハウンドクロス』。披荊斬棘(ひけいざんきょく)、押し通る!」

 

 

 静謐な心に火を灯し、武士(もののふ)の如く名乗りを上げた。

 三機がカタパルトを滑走し、フィールドに躍り出る。眼下に、灰色の大地を刳り貫く巨大なクレーターに建設された都市が広がった。

 宇宙世紀の建築施設、月面都市「フォン・ブラウン市」である。アポロ計画の中枢を担ったヴェルナー・フォン・ブラウン博士の名に因んだこの都市は、劇中においてガンダム試作1号機の修復やティターンズによる占拠、νガンダムの開発など、何かと主人公と浅からぬ因縁がある場所である。

 今年の地区予選の一回戦目としては、中々趣のあるフィールドが選定されたものだ。

 後方に続くデナン・ゲー・ツィーレンが、火器積載された小柄な迷彩柄の機体(背中にある二門のメガ・ビーム・キャノンや全身の火器のせいで、重モビルスーツかと見紛う)を降下させる。

 

「状況を開始します。ツツジさん、コウスケ、市内に侵入して敵機を炙り出してください」

「委細承知」

「…ん」

 

 シバ・ニーナから即座に指示が下り、両翼たる自分とササミネ・コウスケが前へ出る。フォン・ブラウン市へ降下すると、隔壁ガラスが大きく割れているのを確認し、既に相手はこちらを待ち伏せる戦法に出ているようだった。

 しかし、我らに対して、その作戦は失策だ。

 

「ササミネ、先行して暴れろ。私は別動して潜入する」

「…ん」

 

 ササミネは言葉ですらない返事をし、黒い外套(ABCマント)を纏ったクロスボーンガンダム・クローザーを動かす。外套の隙間から露出する骨十字スラスターを上向きに噴射し、割れた隔壁ガラスの中へと入り込んだ。

 瞬間、

 

『来たぞ!撃てェ!!』

 

 三方向から、一斉の集中砲火。

 色取り取りの光軸がクロスボーンガンダム・クローザーに直撃し、あっと言う間に機体が光に包まれた。

 その隙に、少し離れた場所から隔壁ガラスを蹴り破って侵入する。

 

『ノコノコ入ってきたのが運の尽きだな!』

『優勝候補が聞いて呆れるぜ!』

『"茜き野獣"もこれで御終いだ!』

 

(運が尽きたのは、お前達の方だな)

 

 オープンチャンネルを通じて、相手チームの快哉が聞こえた。しかし、数秒後には自分達の過ちと慢心を後悔することになる。

 

「――ハァー…」

 

 ビームの乱射が終わると同時、ササミネから深い吐息が漏れるのを耳にする。

 

『ざまぁないぜ!ハハハ、ハ……ん?』

 

 と、ビルの影から覗くゼク・アイン(ビームライフルとプロペラントタンクから、第1種兵装のパターンだ)を操縦しているファイターが、異変に気付いた。

 そこにいたのは、変わらず滞空したまま微動だにしない、クロスボーンガンダム・クローザー。あれだけの砲火を浴びながら、ABCマント一枚だけで全てを防ぎ切っていた(本来、ABCマントはビームライフルの直撃を3発程無効にできればいい方である。しかし、ササミネが言うにはこのABCマントは「特注品」とのことだ)。

 刹那、野獣が眼光を輝かせて一気に飛び出す。

 

『う、嘘だろ…うわっ!?』

 

 電光石火の勢いで肉薄し、ボロボロになった外套を脱ぎ捨てながら握るビームザンバーを薙ぎ払った。

 ゼク・アインは、咄嗟に両肩のシールドを掲げようとするが、間に合わない。左脇からの逆袈裟斬りによって、青い胸と赤いコクピットハッチをビームザンバーで斬り裂き、左肩に懸架されている二本のプロペラントタンクまですっぱりと寸断した。

 しかし、ギリギリ深手を負うところで半歩後退し、ゼク・アインは仰け反りながらモノアイを動かしてクローザーを見る。

 

『この、…ッ!?』

 

 見て、次の瞬間には、幅広の頭部が宙に飛んだ。

 クローザーは骨十字スラスターの作動によって急転身し、ビームザンバーの粒子加速刃を逆袈裟に斬った傷口へと突き刺す。そのまま、首のない胴体を真上にかっ捌いた。

 半秒の硬直の後、ゼク・アインが爆発する。

 炎の照り返しを受けるフェイスマスクが開き、"茜き野獣"がブシュウと音を立てて排熱した。

 

『や…やべぇ!一旦退くぞ!』

『くっそぉ!』

 

 あっという間に仲間を撃墜され、恐れを成したバーザム改とFAZZ(ファッツ)が、隠れていたビルの影から身を踊らせて後退しようとする(機体をガンダムセンチネルで統一しているのは好感を持てるが、いずれも待ち伏せ戦法には不向きの機体だ)。

 

「ツツジさん、接近するバーザムの出来損ないを撃破したら、FAZZをポイントに追い込んでください」

「承知した」

 

 シバから、赤くマーカーが示されたマップデータが送信される。彼女の辛口ジョークに小さく笑いながら、目標を曲がり角から確認した。

 ガンダムMk-Ⅱとの繋がりを示唆する機体構造のバーザム改(これを出来損ないと言っていたのだ)が、ビルの壁面を削りながら道路上を遁走(とんそう)してくる。

 待ち伏せというのは、こうやるのだ。

 曲がり角からバンガードを飛び出させ、左脇に押し込んだドッズソードの柄を強く握った。

 

『――ひぃ!こ、この機体は、AGE-2バ…』

『御免!』

 

 必殺の居合。

 Gエグゼス ジャックエッジから流用した両足を浅く踏み込み、左に捻った上半身を逆へまた捻る。全身の流動的な動作でドッズソードを振り抜き、シグルブレイドの重量を乗せてバーザム改の胴体を真一文字に斬り付けた。

 

 

――ッザン!

 

 

 一撃。

 成す術も与えず、ムーバブルフレームのモビルスーツが上下に別れる。

 爆発する直前でバンガードをストライダーモードへ変形させ、FAZZを追うためにフォン・ブラウン市の上空に飛び出た。

 

「ササミネが狙われているな」

 

 すぐに、白とグレーを基調とした着膨れ寸前の大型モビルスーツを見付ける。ビルの上に陣取り、右肩に担いだメガ・ビーム・カノンをクローザーに向けて撃ち放っていた。

 FAZZの最大の特徴とも言える巨大なビーム兵器は、このように閉塞された空間で使うような代物とは言い難い。長射程の膨大な光軸はフォン・ブラウン市の隔壁ガラスを砕き、ビルを数個纏めて撃ち抜いている。威力こそ立派なものだが、クローザーはそれを難なく回避しつつ、次第に距離を縮めていっていた。

 

「ササミネ、誘い込むぞ」

「……」

 

 無言を返答と解釈し、飛行形態のままビームバルカンをFAZZへ向けて撃つ。

 クローザーも、右手に握るビームザンバーをバスターガンとドッキングさせ、ザンバスターにしてFAZZを狙った。

 FAZZはたまらずビルの屋上から飛び上がり、バックパックからミサイルを発射しながら後退する。それを躱しつつ、宇宙に逃げようとするところを二機の牽制射撃で制して、市内へ釘付けにさせた。

 コンソール上でマップを見ると、狙い通りに赤くマーカーが示されたポイントに誘い込めているのを確認する。

 FAZZが着地した場所は、アームストロング船長の名を冠したあの公園だ。

 

「いいぞ、シバ」

 

 こちらが促すより早く、公園のそこかしこで何かが爆裂した。

 

『なっ、何だ!?』

 

 狼狽えるFAZZのファイター。公園全体に亀裂が走ったかと思った瞬間、その隙間から光が漏れ出す。

 そして、閃光。

 

 

――ビュオオオオオオオオ!!!

 

 

 公園の真下から、FAZZの足元を基点とした十数メートルの範囲を根刮ぎ蒸発させる、極大のビーム砲撃が撃ち上がって光の柱を作り出した。

 隔壁ガラスをぶち抜き、月面から見える地球を頭上として、フォン・ブラウン市のど真ん中から粒子の奔流が天高く昇っていく。

 

(フフ、シバめ…選手権開催への狼煙(のろし)のつもりか)

 

 繊細かつ大胆な作戦とガンプラを信条とする彼女にしては、些か派手な演出をしたものだ。

 やがて、一筋の細い光軸となってビーム砲撃が終わる。大穴の空いた公園の上から、一つ下の階層で二門のメガ・ビーム・キャノンを上へ向ける小柄な迷彩柄のモビルスーツが見えた。頭部の丸眼鏡のようなハイブリッド・センサーをさらに覆う、クリアブルーのフォロスクリーン(ケルディムガンダムのものだ)をバックパックへと収納する。

 FAZZは原型を留めないほどに破壊され、デナン・ゲー・ツィーレンの横に落下した。

 

「よし、状況終了!」

 

 明るい声で、シバは宣言する。

 フォン・ブラウン市の下層に侵入していたシバは、予めサーチファンネルをばら撒いておき、フィールドと相手チームの行動を詳細に把握していたのだ。故に、こちらで対応したバーザム改の接近と、FAZZが公園に誘い込まれたことも看取できていた。

 チーム『ハウンドクロス』の基柱、両翼たる自分とササミネを統制し得る司令塔、"カノーネ・フューラー"ことシバ・ニーナの本領である。

 

『BATTLE END!』

 

 システム音声が決着を告げた途端、会場全体が沸騰した。

 

「いいぞー!菱亜学園!チーム『ハウンドクロス』!」

「一回戦から魅せてくれるなぁ!ガンプラバトルはこうでなきゃあ!」

「相手チームもこれを踏み台にして頑張れよー!来年は期待してるぜ!」

「今年も熱くなりそうだ!」

 

 煮え滾った観客席から、様々な喝采が飛んできた。それを心身に浴びながら、深く呼吸をして選手権の幕が上がった実感を得る。

 愛機を回収し、AGEデバイス型の深紅のケースへ仕舞った。そして、バトルシステムの対面で呆気に取られている三人へ歩み寄る。

 

「死して屍拾う者無し…バトルの巷は厳しいものだ。しかし、必ず得る何かがある。いずれまた、相見えよう」

 

 そうして、掌を差し出して握手を求めた。

 ポカンと、2秒ほど呆然としていた学ラン姿の男子生徒(FAZZを操縦していたリーダー)が、慌てた様子で握手を返す。

 

「は…はい!ありがとうございました!」

 

 強い返事と握手に対し、こちらも強く頷くことで応えた。そして握手を解き、踵を返してササミネとシバの元へと戻る。

 

「おい、どうした?ボケーっとして」

「ダメだ、完全に逆上せてやがる」

「惚れたかも…」

 

 相手チームが何やら騒がしかったが、会話の内容までは把握できなかった。

 戻ると、シバが右手を上げてきたのでハイタッチを返す。彼女の栗色のショートボブが軽やかに揺れた。

 

「一回戦、ばっちりですね!」

「うん。まずは初白星、いい勝利だった」

 

 そのシバの隣で、猫背で愛機をケースに仕舞うササミネ。

 

「ほーら、コウスケも勝ったんだからもっと喜ぶ!」

「……るせェ」

 

 シバが彼の手を持ち上げるが、そっぽを向いて明後日の方向へ三白眼の視線が飛ぶ。その先で、数人の悲鳴が聞こえた。

 ササミネの為人(ひととなり)は、決して悪人などではない。しかし、今のような無意識からの態度が、他人にとっては狂犬のようにイメージを抱かせるのである。そんな彼の数少ない理解者が彼女、シバ・ニーナなのだ。

 中央ホールから出ようと廊下に向かうと、その奥から赤と黒の差し色が目立つ白い上下ジャージ姿の、スポーツマンらしい浅黒い肌の人物が歩いてきた。

 菱亜学園の体育教師にしてガンプラ部顧問の、エニワ・シロウだ。

 

「よぉヒヨッコ達。いいバトルだったじゃねぇか、特別に褒めてやる」

「賞賛の言葉痛み入ります、エニワ先生」

「先生、いい加減にヒヨッコはやめてください!」

 

 シバは抗議の声を上げながら、エニワの腕に掴みかかった。

 しかしエニワは、その手を振り解こうとはせずに袖を捲った両腕を組む。シバの身長が足りず、まるでぶら下がったように背伸びになった。

 

「生意気言ってんじゃねぇ。最高のオレからすりゃあな、お前らはまだまだヒヨッコだ」

「いじわるです~!」

 

 頬を膨らませるシバに対し、エニワは快活に笑う。

 ひとしきり笑った後、エニワの表情が引き締められた。自分も、不満げだったシバも、そっぽを向いていたササミネまでが、エニワの鋭い両目に視線を合わせる。

 

「第一回戦、まずは上々だ。だがな、気を抜くんじゃねぇぞ。他の3チームのバトルも見てたが、去年よりレベルが高いのは間違いねぇ。思わぬ落とし穴だってあるかもな。しっかりとガンプラの調整、そして心身のコンディション保全も怠るんじゃねぇぞ。分かったな!」

 

「応さ!」

「はい!」

「…うす」

 

 軽い態度が一変して厳しい指導者としての顔になったエニワに、三者三様の返事と表情で強く応えた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

『間も無く、第三回戦が開始されます。選手の皆様は、所定の位置についてください』

 

 アナウンスが放送され、数人が廊下を歩き出す。

 トーナメント表に従って、第二回戦ブロックに組まれた4チームである。各々、互いに言葉を交わしたり無言で頷き会ったり、バトルへの意識が高まっていく空気がこの場を満たした。

 

「…いよいよだね」

 

 隣を歩くジニアが、珍しく静かな語調で言う。

 

「うん。緊張は……してないね?」

「イロイロ舞台を経験してきたラインアリス様は、このくらいでキンチョーしないのさ!」

「そりゃあ素晴らしいことだが、気を緩めすぎない程度に頼むぜ」

 

 前を先導しているトモヒサが、少し呆れた様子で言った。

 

「そーゆートモヒサはどうなの?キンチョーしてるんじゃな~い?」

「アホ言え、リーダーが緊張してどうする。この通りバッチリだ」

 

 そう言って、トモヒサは右手に握っている真っ黒なケースを持ち上げる。光沢の美しいケースの表面には「EXTREME」とシルバーの文字が印刷されており、サイズ自体が通常のガンプラケースより二回りほど大きかった。

 

「トモにぃ、それってガンプラケースだよね?」

「ん?これか?ああ、俺の愛機が入ってるぞ」

「でも、その大きさ…」

「見れば分かるさ」

 

 何やら自信ありげのような、勿体振るような様子である。

 トモヒサの愛機と言えば、"黒い悪夢"の由来となったガンダムサレナ。確かに、GP02サイサリスの体はバインダーや脚の意匠によって大きくかつ重厚なシルエットだが、巨大かと言われれば実際はそうでもない。

 そもそも、巨大なモビルスーツ(それこそサイコガンダム並のガンプラ)は全日本ガンプラバトル選手権のレギュレーション規定により、一律してモビルアーマーと見做される。積載した武装や大きすぎる支援機を搭載しているガンプラが、そういった規定に抵触するケースは結構あるらしい。

 ガンダムサレナは、その規定に触れるようなガンプラではないはずだ。真っ黒なケースの中身がどうなっているのか、否応なく興味が湧いてくる。

 

「よし、二人とも。拳を突き出せ」

 

 そんなことを考えていると、廊下から体育館の中央ホールに出た。そこで、トモヒサがこちらに向き直って拳を突き出す。

 ジニアと一緒に頷き、同様に拳を握って突き出した。

 トモヒサも、強く頷く。

 

「これまでの成果を存分に出せ。自分達のガンプラを信じて戦え。ここが俺達のスタートライン、ここが俺達の初舞台だ」

「うん。行こう、あの場所に」

「見せつけてやろうよ!私達の本気を!」

「ああ、勝つぞ!」

 

 拳を打ち合わせ、バトルシステムへと向かった。

 ケースからガンプラを取り出し、パーツ類を取り付けて準備する。こちらと相手チームの様子を確認した係員がコンソールを叩くと、システムが唸りを上げて戦いの舞台が動き出した。

 

『GUNPLA BATTLE. Combat mode, Start up』

 

 電子音声が響き、第二回戦の始まりを告げる。

 

『Mode damage level, Set to"B". Please, set your GPbase』

 

 音声の指示に従い、GPベースをユニット台に接続する。ヤジマ商事のロゴマークが浮かび上がり、続いて機体データが表示された。

 

『Beginning, "PLAVSKY PARTICLE" disperse』

 

 青く輝くプラフスキー粒子が散布され、舞台の上を充満する。

 

『Field1, "SPACE". Please, set your GUNPLA』

 

 GPベースへとガンプラをセッティングする。自分の思い描く姿に完成させた愛機の背に、気のせいか頼もしさを覚えた。

 背筋を伸ばし、丹田に力を込めて深く、強く、呼吸をする。

 

『BATTLE START!』

 

「キンジョウ・ホウカ!ガンダムラナンキュラス!」

「ジニア・ラインアリス!ハルジオン・フェイク!」

「カトー・トモヒサ!ガンダムヘリクリサム!」

 

 三機が宣言に合わせ、発進体勢を取った。

 チーム『天照す閃光』との練習試合以来、二回目の宣言。

 しかし、あの時と違い、気恥ずかしさは欠片もなかった。

 

 

「チーム『スターブロッサム』――」

 

 

 粒子が浸透し、愛機に吹き込まれた命を心に、体に感じる。

 

 

「――百花斉放、吹き荒らします!」

 

 

 ――行くよ、ガンダム。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが……モビルスーツだって言うのかい!?」

 

 チーム『スターブロッサム』の出撃を見守っていたシマ・マリコが、カタパルトから吐き出される漆黒に染まった超重の機体を見て、思わず仰天した。

 

 

 

   Act.15『遭逢、睥睨、地区予選Ⅱ』へ続く




※筆者はバーザム改を大変好いておりますので、バーザム改disは作中の表現です。ご了承ください。

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