ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.12 『画竜点睛Ⅰ』

 

 

 ある男が言った。

 プラフスキー粒子は風だ、と。

 戦場を満たし、命なきモノに命を与え、創造主を空想の世界へと(いざな)う。

 ガンプラバトルはゲームだ。それは揺るぎようもない。

 しかし、男の考えるガンプラバトルは違った。

 男は、ある理由から瞑想修行をインドで積んだことがある。そこで精神を啓いた男は類希な身体能力を活かし、映画の世界へ足を踏み入れて成功した。現在でも、己を磨き上げるために数日間に亘って山篭りを行い、清祓(きよはらい)をするのだと言う。

 現代においては些か以上に浮世離れしているが、現に男の映像界での成功はここに起因しているのではないか、とも囁かれていた。

 そんな男に、ひょんなことからガンプラに触れる機会が訪れた。

 これほどガンプラバトルが隆盛を極めている世の中なのだ。テレビ番組で触れる機会があっても、不思議はない。

 そこで男は、プラフスキー粒子を知る。

 そして、フィールドを満たす粒子の流れを、"感じ取れる"と言ったのだ。

 そんな突拍子もない話など、通常であれば誰も信じない。だが、その言葉に説得力を与える事実が存在する。

 アイラ・ユルキアイネン。

 彼女は、"プラフスキー粒子の動きを感知し、ガンプラの行動を予測できる"という、特異な能力を持っていたと言われる。

 現在、第七回世界大会以後の彼女の所在は不明である上、強化訓練をさせていた「フラナ機関」という団体が記録を抹消してしまったため、真偽を確かめる術はない。だが、数々の映像検証や対戦したファイター達の証言から鑑みても、人智を超えた能力を持っていたとしか説明できないのである。

 そういった前例があるため、男の言葉は一概に妄言と一蹴できなかった。

 その上、三年前の全国大会にてチーム「トライファイターズ」のメンバーの一人、カミキ・セカイ選手が"アシムレイト(=自己暗示)"と呼ばれる境地に達し(彼の格闘技"次元覇王流"なる拳法が関係しているのかは不明)、理屈では説明できない事象すら起こしていた。

 

 

 男は言った。

 プラフスキー粒子は風だ。

 巡る風が万物に生命(いのち)を吹き込み、世界を育んでいるように。

 巡る粒子によって動くガンプラにも、等しく生命が吹き込まれている。

 煙焔(えんえん)天に漲る男――"焔梵天(ほむらぼんてん)"と渾名されるチャウ・フェイロンは、己の手で造り上げた分身たるガンプラ「ビルドブラフマー」の剛拳に乗せ、若き世代へ寡黙に、沸き立つ激情(ラジャス)を伝える。

 プラフスキー粒子が逆巻く、無窮の世界の向こう側へ。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「えぇっと…これが、ビームライフル?で、こっちがバルカン…」

「落ち着いて、ミソラさん」

「う、うん…ダイジョブ…」

 

 ホログラムコンソールの内側で、サポートに回る。

 今、コントロールスフィアを握っているのは、カネダ・ミソラである。

 

『基礎的な操縦方法は以上だ。さぁ、準備はいいな?これより仮想敵(アグレッサー)を投入する』

「は、はい!」

 

 対面にいるアズマの通信に対し、ミソラの緊張気味な返事。演習場に設定されたバトルフィールドで、少し腰の引けたポーズになる薄桃と赤が映えるモビルスーツ。

 MBF-02 ストライクルージュ。

 学園から近い模型店で、ミソラが購入したガンプラだった。始めての操縦ということで、エールストライカーを装備せずに出撃している。

 こちらが待ち構えていると、コンクリートの地面がスライドする。そこから一機二機と、ザクのような色をしたモビルスーツが飛び出した。

 バトルシステムにデータとして記憶されている、プラフスキー粒子で再現されたハイモックである。

 

「な、何か出てきた!」

『落ち着け、NPCのハイモックだ。こちらでプログラムを操作している。攻撃をせず、周囲を不規則に飛び回るだけだ』

 

 二機のハイモックは、ザクマシンガンに似た形状の武器を手にしていた。それぞれに変則的な軌道を描き、演習場の空を低空飛行する。

 

『では、演習を行うぞ。まず、ビームライフルの射撃からだ。構えろ』

「はい!えっと、ビームライフルは…」

 

 不慣れな手付きでスフィアを操作するミソラ。

 それに従い、ストライクルージュがビームライフルを前へ掲げた。

 

「ビームライフルは両手持ちにすると安定するよ」

「りょーかい!」

 

 フォアグリップを左手で掴み、肩を入れてしっかりと固定する。

 自分も得意というわけではないのだが、経験からアドバイスを与えてみた。

 

『よし、しっかりと狙ってから撃て』

 

 アズマの声を受けて、モニターに表示されているスコープ越しに一機のハイモックを捉えた。

 

「当たれっ!」

 

 マズルフラッシュが閃く。

 発射されたビームは、しかしハイモックが軌道を変えたことで脇へと逸れてしまった。

 

「あぁ、外しちゃった!」

『最初はそんなものだ。弾数制限は解除してあるからな、好きなだけ撃つといい』

 

 ミソラは頷くと、再びハイモックに狙いを定める。見ると、ストライクルージュの姿勢が先程よりも安定していた。両脚が肩幅に開き、引けていた腰が、今はしっかりと体幹を支えている。

 一射、二射とストライクルージュがビームライフルを撃った。するとハイモックの右脚に直撃し、空中で大きく機体が傾ぐ。

 

「ミソラさん、今!」

「うん!」

 

 チャンスを伝えると、ミソラはすかさず追討ちを仕掛けた。

 放たれたビームが扁平な胸を撃ち抜き、ハイモックが空中で爆散する。

 コンソールに撃墜の表示が光り、カウントが0から1に変わった。

 

「やった!やったよホウカさん!」

「ミソラさんすごい!」

 

 小さくハイタッチを交わす。彼女のショートカットも嬉しげに揺れた。

 たったの三射で、見事にハイモックを撃墜してみせるミソラ。この頃の自分だったら、もう暫く手間取っていたのではないだろうか。

 

『ふむ、見事だ。傍らのサポートがあったにせよ、バランスを崩したところを的確に撃ち抜いたな。上手くやれたようだ』

「あ、ありがとうございます!」

『ここまでは、な』

 

 通信越しに、アズマが挑戦的な笑みを浮かべているのを思い描いた。

 

『では、次のステップだ。アグレッサーによる攻撃を回避し、これを撃破せよ』

「えぇ!?もう次!?」

 

 ストライクルージュが驚いたように跳ね上がる。

 

『どうした?もう怖気づいたのか?』

「い、いえ!望むところです!」

『ハッハ、その意気だ』

 

 挑戦者を焚き付けながら、強く答える姿に優しく笑う。"殲滅のアズマ"らしい指導だ。

 そうしていると、ハイモックの挙動が変わるのを見る。先程までの不規則な飛行から一変し、確かに敵を認知しているようにストライクルージュへ向かってきた。

 

「やってやろうじゃん!」

 

 ミソラは奮起一声、手首をぷらぷらさせてからコントロールスフィアを握り直した。

 ハイモックは接近しながら、マシンガンの銃身に大きな左手を添えて発砲する。演習場のコンクリート面に弾痕を刻みながら、射線がストライクルージュに迫った。

 ストライクルージュはバックステップを繰り返しながらマシンガンの射撃を躱しつつ、両手持ちにしているビームライフルの照準を、空中のハイモックに合わせる。

 応射をするが、先程とは打って変わった反応性でハイモックが回避していった。

 

「さっきと全然違う…!?」

「ミソラさん、後ろ!」

「えっ…」

 

 注意した時には、もう遅かった。

 ストライクルージュがバックステップした先には大きなコンテナがあり、強かに背中を打ち付けてしまったのだ。

 モニターの画面が衝撃に大きく揺れる。

 

「きゃあっ!?」

『オブジェクトにも気を配ることだ。さもないと、今のようになる』

 

 前傾に倒れ込むストライクルージュの隙に、ハイモックがすかさず追撃を仕掛ける。マシンガンの弾幕が降り注ぎ、薄桃の装甲に無数の弾痕が穿たれていった。

 機体が無理矢理に起こされ、コンテナの壁面に縫い付けられていく。

 半秒の間を置いて、ストライクルージュは爆発してしまった。

 

『BATTLE END!』

 

 バトルが終了し、プラフスキー粒子が分解する。ユニットの上に残されたのは、ダメージレベルC設定のため無傷で生還したストライクルージュ。

 

「さっくりやられちゃった…」

「でも、初めてなのに上手だったと思うよ」

「ありがとう~」

 

 ストライクルージュを回収し、ばつの悪い笑みを浮かべるミソラ。

 くたびれたジャケットと首にゴーグルを提げているアズマが、こちらへ歩み寄ってきた。

 

「確かに、悪くない。本当にどうしようもない場合だと、動かない的すらまともに命中させられないこともある」

「そんな人もいるんだ…。あぁっと、今日はありがとうございました。ホウカさんまで付き合ってもらっちゃって」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 ミソラが、アズマと自分にまで頭を下げる。

 

「この程度ならば、いつでも歓迎する。ガンプラバトルの魅力を伝えることができるなら安いものだ。さぁ、今日のところはもう休め。二人共、演武大会の後で疲れているだろう?」

「大丈夫ですよ。激しい運動はしてないですし、ね?」

「うん。私も平気です」

 

 週末の土曜日である今日は、県内にて演武大会が開催されていた。去年自分が参加した、全日本古武道演武大会よりは規模が小さいが、見覚えのある関係者も参加している正式な大会だった。

 内容は評価制ではなく、どちらかと言うと成果を披露するための舞台。表彰式もあったが、代表者に手渡しされただけで参加した中高生のほとんどが授与されている。

 会場の前で撮った集合写真では、表彰状を広げて全員で写っていた(イワクニ・ブライアン顧問とカンベ・アリサ顧問が代わる代わる撮影した)。

 その後、学園へとマイクロバスで戻ったのだが、その車内でミソラから「ガンプラバトルを教えて欲しい」などと頼まれたのだ。唐突なことだったが、丁度戻った時にアズマに出会したため、こうして短時間ながらの練習をしたのだった。

 その動機については、組立て方をアドバイスした一昨日から薄々勘付いている。

 

「しかし、もう17時を回っている。兎も角としても、寮に戻った方がいいだろう」

「それもそうですね。じゃあ行こっか、ホウカさん」

「あぁ悪いが、キンジョウは少し残れ」

「…?はい」

 

 踵を返そうとした時、アズマに呼び止められた。ミソラが何事かと見るが、「こちらの部の話だ」とアズマが断りを入れたところで察する。

 じゃあお先に、とミソラは言い置き、ログキャビンを後にした。

 アズマがこちらに向き直り、話を始める。

 

「大した話ではない。明日、時間はあるか?」

「えーと…予定はなかったと思います」

「うむ、であれば都合がいい。明日の午後、お前とカネダ・リクヤで完成させた、新しいラナンキュラスのトライアルテストを行う」

「…分かりました」

「そう構えるな。隠さなくてもいい、一日気を張っていたのだろう?」

 

 …見透かされている。

 

「余計な視線もあったことは、想像に難くない。英志古武道部の今年最初の大会だからな、取材陣も多かったのではないか?」

「はい…仰る通りです…」

 

 アズマの彫りの深い目には、読心力でもあるのだろうか。

 ミソラの前では平気と言ったが、本当のところ今日は疲れた。自分の番が回る度に取材陣のカメラが向き、チャンスがあれば囲まれるかというほどだった。

 とは言え、密着取材として同行していたアノウ・ココネとカンベ・アリサ顧問が目を光らせていたために(見事な連携プレーだった)、何とか取材陣を避けることには成功していたのだが。

 

「それに、お前はガンプラ部を掛け持った上に選手権にも出場するのだからな。これからも、それなりに覚悟をしなければならんだろう」

「それは…うぅ、はい…」

 

 メディアの厳しさを突き付けられ、鬱屈とした気分が胸に広がった。

 アズマはそんな自分を見てか、ふっと笑みを零して柔和な好々爺の表情を浮かべる。キオ編が始まった直後のような、"あのフリット爺ちゃん"と完全に一致して見えた。

 

「では、少し話題を変えよう。カネダ・ミソラと言ったか…彼女、恐らくはカトーのことを」

「あ、やっぱりアズマさんも気付きました?」

「まぁ、な。これでも教師をやっていたのだから、それくらいの察しはな…」

 

 アズマは、蓄えた顎鬚を触りながら苦笑する。

 やはり、どうやらミソラがガンプラを作ったのも、ガンプラバトルがやりたいと言い出したのも、全てはトモヒサが原因のようだ。

 つい忘れがちだが、トモヒサはイケメンである。五日前に学園を訪れたイブキ・アラタとも、それを口実にバトルが始まったのを思い出す。

 そういえば、トモヒサとミソラは小さい頃からの顔見知りでもあると言っていた。兄のリクヤを介して、一体いつから恋する乙女の視線を送っていたのかを想像すると、とても微笑ましい。

 自分にとって、トモヒサはいつまでもトモにぃだ。彼に対しても同級生の男子に対しても、そんな感情は抱いたこともないため、少し恋するミソラが羨ましくも思えた。

 

「ラルではないが…」

 

 と、アズマが誰かの名前を呟く。

 

「これが、若さか」

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 翠風寮にある女子棟、そのダイニングルームでは多くの女子生徒が集まっていた。

 一同の視線が集中しているのは、壁に掛けられている薄型テレビ。その画面には、毎週土曜日に放送されている特選映画が映っていた。

 いつもなら、視聴している女子生徒はまばらである。しかし、今日放送されている映画は彼女達の興味を大変引くものだった。

 タイトルは、「ドラゴン・炎の闘技場」。

 これでもかと言うほどの暑苦しさを醸し出すタイトルだが、出演する俳優が軒並み美形揃いなのだ。それも、昭和のアクション映画を感じさせるような汗だくの半裸で。

 主人公の武闘家を演じるのは、「チャウ・フェイロン」と言うアクション映画のスターである。中国出身の俳優で、今ではハリウッドにまで進出している超人気俳優だ(一昨年公開された映画では、あの日本人女優「ミホシ」と共演したことで大変な話題になっていた)。

 自分もチャウ・フェイロンのアクションが好きであり、それなりに映画も視聴済みだったりする。

 

「いけー!そこだー!」

 

 右隣の席で腕を突き上げているのは、ジニアだ。特撮ヒーロー番組を見ているかのようなノリである。

 

「ふぅ…いい汗かいたぜ」

 

 精一杯の低い声で、額の汗(実際は浮き出ていない)を拭う。

 さらにその隣には、ココネが今日の密着取材のメモを纏めており、自分の左にはミソラが座っていた。

 ジニアがこちらを向く。

 

「ねぇねぇ、ホーカ知ってる?あのチャウ・フェイロンって、ガンプラバトルもやってるんだって」

「詳しくは知らないけど、聞いたことあるよ」

「意外だよねー。あ、でも最近だとそうでもないのかな?」

「結構多いよね、俳優とかモデルとか」

 

 言われてみれば、関連がなさそうなジャンルの人物でも、実はガンプラが好きとはここ数年でよく聞く話だ。

 隣のミソラも、話題に入ってくる。

 

「あ、私も知ってる。モデルのカミキ・ミライさんも、あのカミキ・セカイ選手のお姉さんだって言うでしょ?」

「ほんと意外すぎるよねー」

 

 ジニアが感慨深げに頷いた。

 そんな会話をしていると、長机を挟んで話しかける人物が。

 

「…キンジョウ・ホウカさん。ここ、いいですか」

 

 ラベンダーのツインテールが美しい、ややコスプレじみた黒のワンピースと白タイツの女生徒。

 大学部のナラサキ・フウランだった。

 

「…はい、大丈夫ですよ」

「失礼します」

 

 丁寧にお辞儀をし、向かいに着席する。

 途端に緊張が奔った。何も後ろめたいことなどないのだが、彼女を前にすると何故だか内心で構えてしまう。それはやはり、以前のテライ・シンイチとの面会での一件が原因になっているのか。

 何を言い出すのかと待ち構えていると、

 

「お二人とも、今日は演武大会、お疲れ様でした」

「…え?」

 

 吊り目の視線が真っ直ぐにこちらを見てから、静かに一礼した。

 テライ・シンイチに関連する何かを言われるのかと、少し身構えていただけに呆気に取られてしまう。

 

「…?何か」

 

 こちらの反応を不審に感じたようで、フウランが小首を傾げた。

 

「あぁ、いえ。ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 

 ミソラと一緒に、返礼する。

 

「生徒自治会としても、あなた方のご活躍は注目していますので。今後も、古武道部を盛り上げてくださることを期待しています」

「は、はい!頑張ります!」

 

 ミソラが姿勢を正しながら、力強く返した。

 フウランは小さく頷くと、自分に視線を合わせてくる。

 

「キンジョウ・ホウカさんも、ガンプラ部との掛け持ちは大変かと思います。ご協力できることがありましたら、何でも言ってください」

「お気遣い、ありがとうございます」

「…それと、テライさんから伝言です」

 

 フウランの声音が、少し、ほんの少しだけトーンが下がった…ような気がする。

 

「明日のトライアルテストの件ですが、テライさんも同席するとのことです」

 

 情報の伝達が早い。アズマがシンイチへと伝えたのだろう。さらに回りくどくフウランを介して伝えてくるとは、彼らしいと言うべきなのか(21時を回ったことで女子寮は男子禁制となった上、シンイチの連絡先を知らないため当然と言えば当然だ)。

 

「テライさんが…ですか?」

「はい。伝言は以上です」

 

 目を伏せて、フウランはそそくさと締め括った。

 やはり、気のせいではない…。

 

「では、私はこれで」

 

 席から立ち上がり、最後に一礼してからフウランはダイニングルームを去っていった。

 しばらく黙っていると、ジニアとココネが口を開く。

 

「ニュータイプ空間の激しいバトルだったね…!」

「ふむふむ…テライ・シンイチを巡って争う女二人ですか…」

「お、お願いだからそんなこと記事にしないで…」

 

 暴挙に出ないよう、赤毛の小柄な先輩に願い縋った。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ガンプラの稼働耐久テストの形式の一つに、通称"百鬼夜行"と呼ばれるものがある。

 内容は単純明快だ。百体のガンプラを相手に連戦を行う"1対100"という、極めて過酷な戦いである。これは、ヤジマ・エンジニアリングで採用されている検証実験用のプラグラムであり、実際にガンプラをファイターが操縦することで"生きた"データを収集するためでもあった。

 ヤジマの主任技術者であるヤジマ・ニルスが、データ収集と題していい汗をかいているという話は、余談だ。

 数年前、検証に協力してほしいとニルス本人から声がかかり、ニールセン・ラボを訪れたことがあった。その際に強烈なインパクトを受けた"百鬼夜行"に興味を惹かれ、許諾を得てプラグラムを持ち帰っている。

 今、その過酷な戦いの真っ只中にいるのは、キンジョウ・ホウカだ。

 20体目に投入された「グレイズリッター一般機」を、白青の機体が新装備である二対の刃で斬り伏せた。

 

「これで20体だ。まだまだいくぞ」

『はい!』

 

 ホウカが、こちらの呼びかけに威勢よく返す。収集されたデータが、続々とこちらのコンソール画面に送信されてくる。

 白青の機体――新たに生まれ変わったガンダムラナンキュラスが、戦場に立っていた。

 

『ホウカさん、駆動系に問題は見られない。存分にやっていい』

『そら、次が来るぞ!』

 

 セコンドには、テライ・シンイチとカネダ・リクヤが付いている。

 プラフスキー粒子がプラグラムを再現し、21体目のガンプラを作り上げた。

 倉庫が建ち並ぶ殺風景なフィールド、アニメで言えば「トリントン基地」のコンクリート面から、濃淡グリーンの機体が迫り上がる。

 

『あれは、バクト…!?』

『フリット激似のアズマさんがヴェイガン機を出すかよ!』

「ワシが選んだわけではないぞ」

 

 とはいえ、リクヤの言う通り確かに皮肉だ。

 バクトの細長いアイセンサーが光り、()()()()()()の鳴き声に似た電子音を響かせる。重装甲に似合わず、ガンダムラナンキュラスに向かって一気に走り出した。

 右手のビームバルカン発射口から、黄色のビームが連射される。

 ラナンキュラスはそれに対し、新武装の柄を握ったまま手首の青い手甲をシールドのように突き出した。

 直後にビームバルカンが着弾するが、手甲の前で掻き消える。

 

「ほう…!」

『フラワリング・フィールド、万全のようだ』

 

 シンイチが、満足げに言う。

 ホウカ自身の発案で、ジェネレーター構成を組み換えたらしい。本来は花弁型ウイングユニットのみで賄っていたものを、ファンネルラック自体をジェネレーター化して補い、さらに両腕をガンダムAGE-FXに戻して(両肩はステイメンのシルエットを大事にし、AGE-1ノーマルのものだ)手甲そのものからフィールドを発するようにしたのだ。名称も「フラワリング・フィールド」となり、まさに独自の機能へと昇華している。

 今見た感覚としては、Iフィールド・ハンドに近いだろうか。

 両掌からサーベルを発振させて接近したバクトに向かって、ラナンキュラスが応戦する。

 

『やッ!』

 

 右の刃が振り抜かれ、黄色いサーベルを弾く。傾くバクトはすぐに重心を前に倒し、袴のように太い脚を踏みこんで左のサーベルを突き出した。NPCと言えど、そのプログラムは積み重ねられたデータの蓄積によって再現されているため、侮れない。

 だが、慌てず、騒がず。自分から出ずに待ち受ける。

 ラナンキュラスは突き出されたサーベルをひらりと躱し、刃が収納された左の武装を、バクトのビームスパイク発生口のある胸へ向ける。

 ほぼゼロ距離で、トンファーのように逆手に握られている武装の銃口から強力なビームが迸った。

 

 

――ドッ…ギュウウウウウン…!

 

 

 バクトの背中を貫通し、旋回するビームがトリントン基地の倉庫の二、三をも撃ち抜いた。

 爆発せず、その場に倒れ伏すバクト。

 

『21体目、撃破確認だ』

『ドッズトンファー、キンジョウにぴったりだな。さすが心形流製』

『今度、何かお礼をしないとですね』

 

 ラナンキュラスが両手に持つ新武装――「ドッズトンファー」と名付けられたそれを、ホウカは逆手のままくるりと回して握り込ませる。

 

「あんな男だが、腕は確かだと言っただろう?」

『この場にトモヒサがいないのが残念でならないなぁ』

 

 いたらいたでさぞや悔しがるだろうな…と、内心で呟いておくに留めた。

 しかし、生まれ変わったガンダムラナンキュラス、その出来には驚かされる。

 自分が補修パーツを渡してから、たったの五日だ。この短期間で、キンジョウ・ホウカはジェネレーター構成を立案し、基本的な形を組み上げたという。最終的な仕上げこそカネダ・リクヤのサポートがあったが、その成長ぶりには感心を抱かざるを得ない。

 演武大会に向けて強化していた頃だったのだが、学業も加えた三足の草鞋を物ともしない根気は褒めてやるべきだろう。

 だが、ここで甘さを見せてはいけない。首にかけているゴーグルを目にかけ、気を引き締め直す。

 

「さぁ、残りも打倒してみせろ」

 

 指導者(コーチ)とは、厳しくあるべきなのだ。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 空中に蹴り上げたガフランを、Pファンネルの包囲攻撃で細切れにする。

 爆発を背に、ラナンキュラスがコンクリート面を踏み込んでドッズトンファーを握る両腕で脇を締めた。

 

「ふぅ…残り、一体…!」

 

 連戦を続けて、気付けば99体を撃破していた。

 50体目を終えた時に一時休憩を挟んだが、こんなに過酷なバトルは過去に経験したことがない。この"百鬼夜行"を考えた人は、きっととんでもない人物に違いなかった。

 改めて見たラナンキュラスの改修姿は、イメージ通りに纏まってくれている。テールバインダーを撤廃し、腰周りのクリアランスを確保したことで近接戦闘の挙動が軽くなっていた。

 名称が改められた「フラワリング・フィールド」も、ピンポイントの防御にシフトさせたことで出力調整の必要もなくなっている。

 99体を戦い抜いた愛機に、労いの言葉を送りたくなった。

 

『ホウカさん、大事はないか?』

 

 コンソールの横画面に、ゼハート・ガレットと見間違うかという程に似た、シンイチの銀髪に包まれた端正な顔が映る。

 

「何とか、大丈夫です」

『そうか。さぁ、次で最後だ。気を緩めずに行こう』

「はい」

 

 優しげな笑みと共に、シンイチがエールを送ってきた。

 一瞬だが、ドキッとする。

 

(…ダ、ダメダメ!今は集中しないと…)

 

 表示が消えるのを待ってから、頭を振った。

 こんな時に何をしているのだろう。昨夜フウランに会ったことが、響いていると言うのか。今になって意識し始めるとは…。

 気を取り直すため、丹田に力を込めてゆっくりと呼吸をする。

 

「…よし」

 

 コントロールスフィアを強く握り、ラナンキュラスの視界に自分を合わせた。

 そのツインアイに映る殺風景な基地の地面から、次のガンプラが現れる。

 

『よくぞ根を上げず、ここまで戦い抜いた』

 

 アズマの、静かな声が聞こえる。

 

『これで100体目だ。最後の相手となる』

 

 地面から上がってきたのは、紫の太く逞しいボディに黄色と赤が映える、モノアイのモビルスーツ。右手に握られているのは、細長い黄色い武器。

 セコンドのリクヤが疑問を投げかける。

 

『ZZのドライセン…だな。しかしなんだ、このパラメータ』

『明らかに人為的な工作がされている、な』

 

 シンイチからも、動揺が伝わってきた。

 ドライセンは両脚を肩幅に開き、黄色い武器――ビーム・トマホークから斧状に形成されたビーム刃を発生させる。

 そして、思いもよらぬ人物からの通信が入ってきた。

 

 

 

『久しぶりだな若造!!このアサクラ・ミツオミが、最後の関門となって貴様を叩き潰してくれるわァッ!!』

 

 

 

『げぇっ!?』

『あ、貴方は…!』

「まさか…!」

 

 三人の声が、一致する。

 

 

 

『『「アサクラ教頭先生!?」』』

 

 

 

   Act.13 『画竜点睛Ⅱ』へ続く


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