ガンダムビルドファイターズF   作:滝つぼキリコ

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Act.10 『スターブロッサムの長い一日Ⅱ』

 

 

「ふぁ…かぁ~~~っ!」

 

 駅の薄暗いホームに立ち、背伸びをしながら大きく欠伸をする。

 適当に伸ばしたざんばら髪をかき上げ、目尻の涙を手の甲で拭った。

 

「ようやっと到着かいな」

 

 依頼された品物が入っているショルダーバッグを担ぎ直し、ホームの階段を登り始める。約半年ほど前だったか、この駅から近い喫茶店に展示用のガンプラを依頼されたことがあった。

 ガランシェールだかメガファウナだか、そんな店名だった気がする。武者頑駄無(ガンダム)の依頼だったため、結構本気で仕上げた自信作だった。

 と、自分では思っていたのだが、あのクソジジイに言わせれば「まぁまぁやな」らしい。師匠(と二人の兄弟子)が、脳内で満面の笑みを浮かべてダブルピースをした。

 

「やかましいわい!」

 

 階段を登っているおばさんが驚き、こちらを見る。

 

「ああ、スンマセン。独り言です」

 

 慌てて、笑顔を浮かべてペコペコした。不審者を見るような訝しげな視線が送られる。

 完全に変人と思われたが、そんなことはどうでもいい。何となく、師匠と同門の仲間からぞんざいに扱われている節があるのを思い出し、ムシャクシャしてきた。

 去年の一世一代の発起の時だってそうだ。派閥を立てて独立する、と進言したら「勝手にすればよか」だの、仲間を誘えば「外から楽しませてもらうわ」だの…。

 協調性なさすぎやろ!

 ゲンナリするようなムシャクシャするような、自分でもよく分からない気分を味わいながら階段を登り切る。切符を改札に吸い込ませ、広い駅舎(というより、最早商店街)の中へと出た。インフォメーションセンターやらファストフード店が両脇に並ぶのを眺めながら、何を食べようかと昼食を探す。

 と、香ばしい匂いが嗅覚をくすぐった。

 

「お?この食欲を湧かせるウマそうな匂いは…」

 

 匂いに釣られるまま小走りに外へ出ると、見慣れた屋台を見付けた。両側に突き立っている真っ赤なノボリに「味じまん」と「技じまん」が書かれている。

 こんな東の地で、たこ焼き屋大手の「たこ丸」に出会えるとは!

 

「うおぉぉぉおっちゃん!たこ焼き一つ頼むで!」

 

 北関東一の都会の景色には目もくれず、屋台の前に滑り込んで塗膜剥離現象(MEPE)顔負けの神速で注文する。

 

「あいよ!」

 

 ねじり鉢巻きを頭に巻いた店主が、両手を打ち鳴らして作業に取り掛かる。

 たこ丸は、注文を受けるまで決して焼かないのが流儀なのだ。社長が「たこ焼きは焼きたてが一番や!」とこだわり抜いており、それを裏切らない絶品が大手たる所以だった。

 

「お客さん、関西の人やな?」

 

 生地が鉄板の熱で焼かれていく音と匂いを楽しみながら、店主の言葉に反応する。

 

「せやで。そう言うおっちゃんも同郷やろ?いや~、こないなトコでたこ丸に会えるとはツいてるで~」

「ん?お客さんの顔、どっかで見た気が…」

 

 自分の顔を見ながら、店主が唸り始めた。

 

「あ、せや!お客さん、ガンプラ心形流のイブキ・アラタやろ!?」

 

 きゅぴーん!

 

「フッフッフ…バレちゃあ仕方あらへんなぁ!ワイこそ、関西がガンプラ造形のメッカ・心形流で初の派閥"鉄機派"を打ち立てた凄腕ビルダー、イブキ・アラタや!!」

 

 決まった…!

 ヤサカ先輩に教わった決めポーズもばっちり。

 

「ママー、変な人がいるー」

「見ちゃいけません」

 

 …しまった、関東では封印しておけと言われたのを忘れていた。

 

「おお!ホンマもんのイブキ・アラタや!」

「おっちゃ~ん!」

 

 同郷の人間に救われた…!

 周囲の痛い視線を謎フィールドで跳ね返しながら、唯一理解してくれた店主を拝み倒す。

 

「やめてーな、ワイはビリケンさんやないで。そないなことより、今日はまたどないしたんや?関西からわざわざ…」

「ああ、それなら心配あらへんで。今日から一週間程度、関東をあっちゃこっちゃ飛び回る予定やさかい。ここにも、依頼品の受け渡しに来ただけやし」

「ビルダーっちゅうんも、大変やなぁ」

「ま、好きでやっとるんで」

 

 気の合う同郷同士、他愛もない話で笑い合う。

 そうしている内にたこ焼きが焼き上がり、八個が舟皿に盛られた。それがプラパックに詰められ、袋で渡される。

 

「はい、お待ち!お勘定は500円やけど…関西の(よし)みでサービスしたる!200円や!」

「うぉぉぉマジかおっちゃん!ドテっ腹!」

「それを言うなら太っ腹やで!」

 

 ワハハハハ!と笑い合い、漫才を交わして幸せな気分に浸った。相変わらず白い目が向けられているが、もうそんなものは気にならない。

 ガマグチ財布から200円を取り出して(今笑った奴しばいたる)店主の手に渡しながら、ふと、屋台の中にかけられている時計を目にした。

 

「…アッカン!電車出てまう!」

「どの路線なんや?」

「えぇと、なんて言うたっけ…ジョウエツ線?」

「それなら12番線やで!」

「助かるわ~!帰りにまた寄ったる!」

 

 ほんじゃ、と別れを告げて走り出す。背中に「気張りや~!」という店主の快活な声を受けつつ、切符券売機に向かった。

 目的地は更に北にあるらしく、ここからは未知の地だ。この都市には、有名なセント樫葉女子学園があることでガンプラ界隈にも知られているが、そこに寄っている予定も時間もない。

 目的地――アズマのおっちゃんが勤務している英志学園。そこにいる新米のファイターが使うらしい装備を届けるのが、今日の仕事だ。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 哺乳綱、ネコ目、イヌ亜目、鰭脚(ききゃく)亜目。

 和名を「海豹」と書く、氷上を腹這いで移動する海に進出した哺乳類の一種。

 即ち、アザラシである。

 

「収穫収穫~!」

 

 多目的教室の机に突っ伏すアザラシを狩猟した、赤髪の小柄なハンターが、満足げに頷きながらメモ帳に視線を滑らせていた。

 かつてヒトだった屍は、アザラシの姿で微動だにせず窓の外へ顔を向けている。

 

「トモにぃ…」

「どうか安らかにジオンの元に召されよ…」

 

 ホウカとジニアは、右隣の席でチームの長兄へと追悼を捧げた。

 

「死んでねぇよ…」

 

 力ないツッコミがアザラシ、またの名をトモヒサから発せられる。

 

「こんなに早くネタを手に入れられるとは思ってませんでした~!ご協力、感謝します!」

 

 赤髪のハンター――アノウ・ココネがビッ!と機敏な動きでこちらに敬礼をしてきた。そして「あ、英志っぽくするならこっちですね!」と言いながら左肩関節に右拳を当てる。

 トモヒサが珍しく早起きした、その日の昼。新聞部のエースと言われるココネにインタビューをさせてほしいと約束を取り付けられ、こうして昼食後に行われたのだ。朝、七人が揃った姿もバッチリと写真に収められている。

 その内の二人を除いた五人、つまり、自分たち「スターブロッサム」とカネダ兄妹が、彼女のインタビューを受けていた。

 

「元会長にも是非お話を訊きたかったのですが…仕方ありません」

 

 センターで分けられた前髪から飛び出る癖毛が、まるで感情を表すかのようにしな垂れ…たように見える。

 彼女はとても小柄であり、制服を着ていなかったら十中八九は年下だと思うだろう。しかし、平坦な胸に下がるネクタイの色は、トモヒサと同じ赤だ。

 あろうことか、むしろ年上だった。

 

「…今更なんだけどさ、あたしここに必要?」

「それを言うなら俺もだ」

 

 自分たちから更に右隣に座るミソラとリクヤが、ぼそりと呟く。

 それにも耳聡く反応したココネが、机を挟んで二人の前に走り寄った。

 

「勿論です!昨年のチームメンバーだったカネダ・リクヤさんとその妹さんにも、お尋ねしたいことは山ほどあります!」

「や、山ほどもあるのか…」

 

 そうしてココネはメモ帳とペンを取り出して、「ではでは早速」と言いながらインタビューを始めた。

 その隙に、トモヒサの背中を揺する。

 

「トモにぃ、生きてる?」

「だから死んでねぇっての」

「あ、もうすぐ召されるところだったのに」

「俺はネオジオン総帥か…」

 

 ジニアにツッコミを返しながら、むっくりと起き上がったトモヒサがヒトの姿を取り戻した。

 

「何だよあいつ…あの体のどこにエネルギー蓄えてんだか…」

「ねー」

「お前も似たようなもんだろ」

 

 ジニアが「どういう意味かな!」と返して身を乗り出す。

 

「そんなことよりホウカ、お前の考えるラナンキュラスの改修案とやらは、イメージできてるのか?」

 

 襲いかかってくるジニアの頭を抑え込みながら、トモヒサが訊いてきた。

 

「あ…うん。大きい改造はないけど、もっと使いやすい形になりそう」

「そうか、ならいい。とは言えそんなに余裕はないぞ?再来週には、もう予選が始まるからな」

「うん、分かってる」

 

 そう、地区大会が迫っている。

 それに向け、今日から各自で最終調整に入るのだ。破損したガンプラの修繕は勿論のこと、気付いた点なども出来得る限りの工作を施す。

 何故、マリコが大会の直前に練習試合を組んだのか。そして、トモヒサがダメージレベルAをこのタイミングで仕掛けてきた理由も、それらは大会の前に後悔を残さないためだった(結果、部品の遣り繰りに悩むことになったが)。

 事実として、自分もガンダムラナンキュラスを感触に合うよう、使い易くしたいと思った。チームとしての位置取り、それに見合った機体調整が必要なのだ。

 バックアップであるリクヤも同意見であり、制作の中心だったトモヒサの"盛り込み癖"が役割に見合わないと判断している。無論、改造コンセプトの反映や、展示した時の美しさは文句なしだが、基礎的な出力の高さを合わせて調整(デチューンと言うらしい)することも急務だった。

 今思い描いている姿は、かなりスッキリしたものをイメージしている。

 トモヒサもジニアも、一昨日の練習試合で得るものがあったらしく、修繕の中で取り入れていくと言っていた。

 

(そういえば、今日届けに来るってビルダーの人。誰なんだろう?)

 

 ふと、今朝方アズマに言われた言葉を思い出す。

 

 

――コンコン

 

 

「カトーはいるか?ワシだ」

「あ、アズマさん?」

 

 丁度思い出していたところだったために、思わずドキッとした。

 断りを入れ、アズマが多目的教室に入ってくる。

 

「ここにいると聞いてな」

「どうしたんですか?」

「キンジョウから聞いているのだろう?ワシが依頼しておいた物についてだ」

 

 立ち上がるトモヒサに釣られて、自分も後に従った。ちなみに、ジニアはトモヒサの腕に抑えられたままである。

 

「例のビルダーから連絡があってな。予定通り、放課後には到着できるらしい。…ラインアリスは何をしている?」

「気にしないでください」

「ジニーはこっち」

 

 頭を押し付けるジニアを、トモヒサから引き剥がした。

 

「…それより、そのビルダーって誰なんですか?」

「ん?あぁ、知っているだろう、イブキだ」

 

 さらっと出てきたその名前に、真っ先にトモヒサが反応する。

 

「イブキって…心形流のイブキ・アラタ!?」

「「心形流…えぇっ!?」」

 

 ジニアと一言一句がシンクロした。

 その名前は、この間知ったばかりである。それに、ガンプラ喫茶「メガファウナ」に展示されていたイブキ・アラタの作品、「BB戦士 真星勢多(マスターゼータ)」を間近で見てきたばかりでもあった。

 そんな有名人が、協力してくれたのか。

 

「そ、その人が、ラナンキュラスの武装を…?」

「そんなに驚くな…。奴とて、一介のビルダーに過ぎん」

 

 心形流のビルダーを、一介…。

 

「腕がいいのは認めるが、他のビルダーと比して一般の認知度があるか否かの違いでしかない。それだけのことだ」

「う、うぅん…まぁそれは…」

 

 トモヒサが腕を組んで唸った。

 アズマの言葉は、確かに的を射ていると思う。同じく心形流の門弟であるヤサカ・マオもサカイ・ミナトも、バトルの舞台に立ってみれば多くのビルドファイター達と同じ。特別なことは何もないのだ。

 そこにあるのは、辿った道。その違いしかなかった。

 

「"殲滅のアズマ"の言うことはやっぱり違うねぇ~」

「…ワシとて例外などでは…まぁいい」

 

 腕を組んでトモヒサの真似をしながら、ジニアは感心するように頷く。

 アズマはそれに対してハァ、と嘆息した。

 

「ふっふっふ…聞きましたよその話…」

 

 ジャブローの川底から姿を現すズゴックのように、ココネが目を光らせながら下からぬっと出てくる。

 

「是非、その場に立ち合わせてくださいっ!!」

「ぬ、ぬゥ…!?」

 

 ずずい、と迫るココネにアズマがたじろぐ。

 あれ、デジャヴ…?

 

「お前は確か、新聞部のアノウ・ココネと言ったか…?」

「覚えていてくださったのですね!感激です!」

 

 横に立つジニアが腕を組んだまま(今日はやたらとこの格好をしている気がする)、うんうんと何かを悟ったような表情をしていた。ちなみに聞くところに因ると、ココネの突撃を二年間もアズマは回避し続けているらしい。

 アズマは頭の後ろをポリポリとかきながら、彫りの深い両目を閉じて暫し思案しているようだったが、やがて目を開いた。

 

「…勝手にしろ。ただし、一つ忠告しておくが、奴にこのメンツは毒かもしれん」

「むむ?どういうことです?」

「若さ故のナントカ、だ」

 

 アズマが何か言い含めるように言った直後、昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎に鳴り響いた。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

 凄腕ビルダー、イブキ・アラタの紙芝居の時間や!

 心形流鉄機派は何故生まれたか?始まりやで~!

 まずは、ワイが京都にある心形流の扉を叩いた五年前に遡るで!

 最初の動機は、自分の手でめっちゃ動くめっちゃかっこいい武者頑駄無を作りたい、その一心からや。

 険しい道程やった…。SDガンダム特有のデフォルメ頭身に、如何に関節機構を盛り込むか、メッキ塗装はどうやって施すンか。師匠は基本的に我関せずのスタンスやし、先輩達も割と忙しいしで、それはそれは辛かった…。

 (から)いちゃうで、(つら)いやで。

 そんなんで二年間の修行の末、満足のいく武者頑駄無を作ることには成功したんや。心形流に居らんでもええやんけ!っていうツッコミはナシや。

 ほな、ワイの作った武者頑駄無で並み居る強豪をバッタバッタと倒したる!と意気込んだはいいものの、そない簡単なことやなかった。覚悟しとったことやけど、ガンプラバトルの世界の厳しさを嫌と味わったで~。

 

「兄ちゃん、それでテッキハって何なんだよー」

「それを今から説明するトコやんか!黙って聞いとれボウズ!」

 

 そうして先輩の背中を追うようにビルダーを志望し始めたんやけど、ワイに一世一代の発起をさせる、重大なことが三年前に起こったんや。

 そう!言わずと知れた「第13回全日本ガンプラバトル選手権」、本場静岡で開催された全国大会のことや。

 その出場ファイター達の中でも、ワイらSDガンダムファンの注目を浴びたのがチーム「トライファイターズ」の紅一点、ホシノ・フミナちゃんの「スターウイニングガンダム」と、チーム「SD-R」の「スナイバルガンダム」「ドラゴナーゲルガンダム」「ギラカノンガンダム」の四体のSDガンプラや。

 その活躍は、ワイらが昇天してまうくらいええもんやった…。

 せやけどなぁ!ワイが不満に思うンは、肝心の"武者頑駄無"が一体もおらへんかったことや!

 それからや、武者頑駄無の魅力をもっと世間に広めたい、もっとみんな武者頑駄無を使ってほしい、そう思うようになったんは。

 そして思い付いたンが、"心形流の名を借りてワイ自身が宣伝の筆頭になる"ということ。

 それを成し遂げるために、再び二年間の修行を経て鉄機派を打ち立て、ようやく去年、ホビーホビー誌でドドーン!と発表して今に至るんや。

 ええ話やで…。

 

 

 

「……何をやっているのだ、お前は……」

「おお、アズマのおっちゃん!待っとったで!」

 

 紙芝居を終えて目尻の涙をハンケチーフで拭い、終わるまで黙って見ていた老齢の男がいた。

 依頼主のアズマ・ハルトである。

 

「それはこちらの台詞だ。もう直到着すると連絡があったから校門で待っていたと言うに、向かいのコンビニで小学生を捕まえて紙芝居など…」

「それは刷り込み…ゴッホン!若人の買い食いを止めるためやがな~」

 

 学校帰りに買い食いしようとしていた小学生男子を捕まえ、年長者として真っ当な道を示すための紙芝居だったのだ(口実であるなど口が裂けても言えんわ)。

 

「なぁ兄ちゃん、そんなのどうでもいいからガンプラ見せてよ!」

「そうだそうだ!見せろよー!」

「どうでもいいとはなんやねんガキンチョ共!!あぁもう、ワイのウルトラスーパーハイクオリティなめちゃんこカッチョイイ武者頑駄無見せたるから、バトルシステムがあるトコまで案内せぇや!」

 

 と言い放った途端、アズマが襟首を掴んで引き摺り始めた。

 

「か、堪忍してぇなアズマのおっちゃん!武者頑駄無ファンの可能性の芽がそこにおるんや!」

「バトルシステムなら英志にある」

「ドイヒーなことするんやろ!?ヴェイガン兵みたいに!ヴェイガン兵みたいに!」

 

 引き摺られながら、「ちぇーつまんないの」「じゃあな兄ちゃん!」と散り散りになっていくチビっ子達。

 ああ、さよならグッバイ、可能性の芽…。

 

 

 

     ・・・・・・・・・・

 

 

 

「…っていうことは、テールバインダーを排して腰周りのクリアランスを確保したらいいんじゃないか?」

「うーん…でも、コンセプトにステイメンがありますし…」

「それは分かるけどな。でも、基本的な白いガンダムっていう特徴と、メット部はステイメンだから、その辺に問題はないと思うぞ?」

 

 ガンプラ部の部室で、リクヤと意見を交わした。

 選手権予選への最終調整ということで、今日は古武道部を休んでいる。それに来客がいるということで、カンベ・アリサ顧問に許可を取ったのだ。

 

「変更箇所は両腕と腰部か…。ステイメンの最大の特徴をオミットするのは思い切ったもんだけど、俺はアリだと思う」

「とにかく、アズマさんからパーツを受け取った後、ですよね」

「ま、そういうことだな」

 

 意見交換が一段落し、リクヤと改修点をメモ帳に纏める。

 と、部室のドアを開けて小柄な生徒が入ってきた。

 

「どうも、失礼します!敏腕記者アノウ・ココネです!」

 

 元気よく挨拶をし、「ココネ印」と刺繍の入った左の腕章を見せ付けるポーズを決めた。

 

「面白そう!私もやる!天才役者ジニア・ラインアリスだよ!」

「ええいやかましい!!」

 

 その後ろから、ポーズを真似するジニアと、勢いのあるツッコミを切り込むトモヒサが続いて入ってくる。

 

「私たち仲良くなれそうですね!」

「やだなーキョウダイ!もう友達じゃないかー」

 

 えへへへへ、と二つの変な笑い声が部室に響き渡る。

 

「ボケとツッコミの比率が……世界の悪意が見えるようだぜハレルヤ……」

 

 見るからにエネルギーが枯渇したトモヒサが、フラフラと歩いて隣に着席した。そして、昼と同様にアザラシに変身する。

 

「トモにぃ、そろそろ心形流の人来るよ?」

「俺は父ジオンの元に召されるだろう…」

「ああ、こいつはもうダメだ」

 

 リクヤが、お手上げとばかりに両手を広げた。

 脳内に、トモヒサへの対応策候補が幾つか挙がる。

 

 →励ます、ツッコミ役を変わる、追討ち、そっとしておく。

 

 うん、そっとしておこう…。

 

「喜劇はこんくらいにしてよ、トモヒサ。お前はサレナの改修大丈夫なのか?」

「んー?まぁ装甲の予備パーツは常に準備してるから問題ない。が、バインダー基部辺りはダメージ深いから、これだけは新造中だ」

 

 関節部分を新造する、という言葉に現実味を感じない。ガンプラの関節は綿密な設計がされて金型が作られているらしく、フルスクラッチとなると高い精度が要求される高等技術だ。

 トモヒサは、基本的にミキシングや武装の流用を得意とするためフルスクラッチはほとんどしないのだが、その際に発生する保持強度や関節の剛性などに手腕を発揮する。愛機であるガンダムサレナ自体が、大型の兵器を運用する重量級ということでもあるため、彼にとって必須のスキルとなったのだろう。

 ガンプラの話で意見を交わし合う二人を見ながら、ふと気になることがあってジニアに話題を持ちかけてみる。

 

「そういえば、ジニーのハルジオンは大丈夫?」

「んむ?そうだねー、元々修理しやすいように取外しも考慮してあるから、後は今まで通りに丁寧な工作すればおっけー、って感じかな?」

「アンドウさんと結構激しいバトルをしたみたいだけど…すごいね」

ジオンの春(ハルジオン)は伊達じゃないからね!」

 

 むふー、と鼻息を吹き、自信ありげに胸を反らした。

 そのジニアに何故か抱かれる形で膝に座っているココネが、割って入る。

 

「すごいですねー、今度ガンプラそのものにインタビューしてみたいです」

「いいともさキョウダイ!『スターブロッサム』は君に協力を惜しまないよ!」

「ひぃっ」

 

 トモヒサから小さな悲鳴が上がった。

 

(こうしてみんなの話を聞いてると、ほんとにすごいな…)

 

 オリジナルのガンプラを、自分の手で作り上げる。

 ガンプラ部に入部した当初は夢物語、雲の上の話だと思っていたのだが、この三週間程度で多くのビルドファイターに出会い、その考えも変わってきている。

 いつかは、ガンダムラナンキュラスみたいなガンプラを、自分の手で作りたい――そう、強く思うようになったのだ。

 後で調べてみて分かったことだが、チーム「天照す閃光」の三機も原典機から大きく改造されており、ほとんど別物と言えるほどだ。

 自由な発想。ガンプラの可能性は無限大なのだ。

 しばらく談笑などをしていると、部室のドアが開かれてアズマが入ってくる。

 

「全員、集まっているな。入っていいぞ」

「お邪魔します~」

 

 その後ろから、語尾が上がる関西弁らしき声が響く。

 長すぎず短すぎずのざんばら髪が印象的な、Tシャツとジーパン姿の質素な服装をした青年(トモヒサと同い年、もしくは年上だろうか)。少し大きめのショルダーバッグを肩に担いでいた。

 

「えろうお待たせしてすんまへん。この度は心形流鉄機派イブキ・アラタに依頼をくださって、まことに…」

 

 そこまで挨拶をして言葉を切り、こちらをじっと見てくる。

 

「えっ…と、あの…?」

「可憐や…」

「へ?」

 

 今、何かを呟いた気がしたが、上手く聞き取れなかった。

 直後、青年――イブキ・アラタはざんばら髪に手櫛を入れ、ついでに表情が気持ち真面目になったようにも見える。

 アズマが「やはりこうなるか…」と言いながら、呆れた顔で嘆息した。

 イブキは滑るように歩み寄って、自分の手を握ってくる。

 

「え?え?」

「可憐や…」

 

 か、顔が近い!

 握られた両手に熱が篭もり、ひたすらこちらを近距離で見つめてくるイブキに対し、体温が急激に上昇してくるのを感じた。

 

「…へ、あ、いや!オイコラちょっと待て!」

 

 我らがヒーロー・トモヒサが音を立てて椅子から立ち上がり、自分とイブキの間に割って入る。

 

「いきなり何なんだあんたは!?」

「あん?アンタ誰や」

「お、俺は英志学園チーム『スターブロッサム』のリーダー、カトー・トモヒサだ」

「ほー?アンタが噂の"黒い悪夢"かい」

「そんなことはいい。それより、いきなりホウカにちょっかい出して何のつもりだ?」

「なんや?アンタこのお嬢さんのカレシかいな?」

「なっ、カ、カ、カレ…!?」

 

 トモヒサは半歩後退り、明らかな動揺を全身に表した。

 それを見たイブキがにやりと口角を上げ、嘲笑を浮かべる。

 

「はっは~ん。どうやら違うようやな。ほんなら野郎は下がっとれ、シッシ」

「なっ…!」

「は~い!この勝負、私が預かるよ!」

 

 あわやリアルファイト、という雰囲気になりかけたところで、さらにジニアが二人の間に割って入った。

 

「リアルファイトをしていいのはモビルファイターだけだよ?アムロとシャアみたいなのは現実に持ち込まないの!」

「ジニー、ありがとう…」

 

 ジニアがサムズアップをして見せる。この中で一番かっこいいよ…。

 

「むむ?よぅ見ると君もかわええなぁ…」

「いい加減にせんか!」

「むっぢゃ!?」

 

 今度はジニアの顔をまじまじと眺め始めたイブキが、アズマの振り下ろした鉄拳の制裁を受ける。

 

「なにすんねん!」

「もう紹介の必要はないようだが、改めて、この馬鹿者がイブキ・アラタだ」

 

 アズマが呆れ顔のまま彼を紹介した。

 紹介を受けたイブキは、「っち~、結構本気で殴ったやろ」と言いながら頭の天辺を撫でている。

 何というか、印象的を通り越して、強烈な人だ。

 

「ちと暴走気味だったんは認めるわ。すまんかったな」

「あ…ああ、いえ、そんな」

 

 こちらに向き直り、意外と丁寧に頭を下げて謝罪をしてきた。慌てて手を泳がせながらも、言葉を返す。

 真面目なところもあって、少し安心した。

 

「せやけど、それはそれ、これはこれや!」

 

 と思いきや、弾かれたように体を起こしてトモヒサをビシッ!と指差した。

 

 

「アンタ、なんちゅ~~~~羨ましい青春しとるんや!?ただでさえ出会いの少ないガンプラ趣味のクセして、こない可愛らしい部員に囲まれよってからに!清楚系に元気系に…ロ、ロリっ娘!?なんでや!?と、とにかく選り取り見取りで!…ってゆーか、アンタ結構イケメンやな!!うわ、余計腹立つ!!」

 

 

 一気に捲し立てたイブキが、ふぅ、と息を吐いて額の汗を拭った。

 黙って聞いていたトモヒサは、死んだ魚のような目をしている。

 

「こうなりゃ、決着はアレしかあらへんなぁ…」

「ふっふっふ…私が預かってるからね!両者とも合意と見てよろしいですね!?」

「よろしくねぇ!」

「ガンプラバトル、レディーーーーゴーーーー!!あ、バトルシステムはあちらになりま~す」

 

 トモヒサの意思は完全に無視され、ジニアとイブキが低い天井へと高らかに右腕を掲げた。

 

「もうやだ…俺もう早起きしない…絶対何かに呪われてる…」

「トモヒサ、頑張れよ」

「これは面白すぎるネタを拾ってしまいました…!そういえば、ロリっ娘って誰のことです?」

「依頼した品はどうし…、いや、もうワシの手には負えんか…」

 

 気付けば、狭い部室が賑わっている。

 善し悪しはともかくとして、これはこれで悪い気はしなかった。

 

 

 

     Act.11『スターブロッサムの長い一日Ⅲ』へ続く




 
 ボケ&ツッコミマシマシで胃もたれしそうですが、次回はバトルなのでご安心ください(何をだ)。

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