私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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今回もソニック視点です。


無価値な生き様の意味

 

 女は座り込んだまま、俺をただ見上げている。

 その首に、怪人を切り刻んだ刀の切っ先を突き付けて、もう一度だけ訊いてやった。

 

「おい。聞こえなかったのか?

 お前は何がしたかったんだと訊いているんだ。

 貴様はテレポーターだろう? 一度逃げておきながら、戦えもしないくせに舞い戻って、倒せたと調子に乗って殺されかかる。

 ヒーロー気取りか? 無価値で無様な人生だな」

 

 女の行動を嗤ってやると、眉根を一度寄せてから震える唇で途切れ途切れ答えた。

 

「……ヒーローを……気取った……訳じゃ……ない。

 ……私じゃ……絶対に……なれないのは、わかってる、から」

 

 唇も、体も、声も震えているくせに、俺をまっすぐに見据える目が気に入らない。

 けど、まだだ。

 まだこの目を潰すのも、首をはねるのも早い。

 答えをまだ、聞いていない。

 

「なら、何故戻ってきた? あんなにノコノコと警戒もせずに怪人に近づいたという事は、戦闘経験なんぞろくにないのだろう?

 テレポーターなら自分の特性を使って、さっさと逃げて部屋の隅で縮こまっていればよかったものを、何故、戻ってきた?」

 

 女は、まっすぐに俺を見て答えた。

 

「……昔の……まだテレポートなんか使えない頃の私が……そうだった。

 嫌なことは、全部、胸の内にため込んで……逃げてるくせに、何処にも行けなくて……いつも部屋の隅で縮こまって……、逃げたい、助けてってお兄ちゃんに頼って、縋って、甘えてた……。

 

 ……そんな、屈折したストレスが原因なのかどうかはわからないけど、テレポートが使えるようになって、……もっと遠くに逃げられるようになった。

 ……でも、……逃げた自分が……弱い自分が嫌だって思う気持ちから、どうやっても、逃げられなかった」

 

 喉に突き付けられた刀を見もせずに震えながらも、弱い女は、逃げるしかなかったはずの女は言う。

 俺から逃げずに、向き合って答えた。

 

「お兄ちゃんは、逃げないから、強くなった。強くなるには、逃げたらダメだってことを、教えてもらった。

 だから私は、もうせめて、『私』から逃げない。自分に恥じる自分にならないために、逃げない。

 

 ヒーローなんかじゃない。私が守れるのは、私自身だけ。だから私は、私の為に戻ってきた。

 戦ったことはないけど、あの怪人を倒す術が思い浮かんだから、実行できる力があったから、それをしないで逃げたら、また私は私を殺すから。

 

 ……だから、戻ってきた」

 

 そこまで一気に言って、一息ついてからこいつは、状況がわかってないのか、へらりと笑って最後の答えを吐いた。

 

「あと、思いついたことって試してみたくなりません?」

 

 今までの女の主張を台無しにする一言を、自分で言い切った。

 ただ単に、戦えない自分でも勝てるかもしれない手段が思い浮かんだからやってみただけだと、告白した。

 この女、実は結構バカだと思った。

 

「……くっ」

「?」

 

「はははははっ!

 ヒーロー気取りの偽善者かと思ったら、なかなか自己中心的で好戦的な女だな!」

 

 そんなバカの答えを、気に入ってしまった。

 

 ヒーローを気取って自己犠牲に酔ったセリフを吐いたのなら、そのすべてを否定しつくして絶望に叩き落として殺してやろうと思っていたら、まさかの全ては自分の為!

 そして、ただ思いついたことを試したかったという子供のような動機!

 

 誰かを守る為ではなく、自分が強くなるために、そして自分の力を試すために行動する。

 それはヒーローよりも、善悪など関係なく強さを求める俺の行動原理に遥かに近かった。

 

 俺は女の喉笛から刀を引いて、腹を抱えて笑う。

 こいつはとことん、俺の予想を裏切るな。

 まさか俺が、テレポーターを気に入ってしまうなんて思いもよらなかったぞ!

 

 女はきょとんとした顔で、爆笑する俺を眺める。

 まぁ、こいつからしたら俺が何をしたかったのか、何故あんなことを聞いて、そして今、爆笑してる理由もわからないのは当然か。

 

 しかし俺は、わざわざその説明をする気なんてさらさらない。

 こいつに何かを与える気はない。この女自身は気に入ったが、テレポーターが気に入らんのは変わりないからな。

 

「おい、女」

「え? あ、はい」

 

 そう。テレポーターは気に入らない。俺の速さを否定するから。

 

「名前は何だ」

 

 けれど、こいつは気に入った。

 こいつの最後の答えに、納得して共感してしまった。

 

「……エヒメ、です」

「そうか。

 エヒメ。お前、この浜辺によく来るのか?」

 

 俺の問いに戸惑いながらも、素直に頷いてエヒメは答える。

 何が何だかわからんと言いたげな顔に、手練れかと思い警戒してた時の溜飲が下がる。

 そうだ。今度はお前が俺に振り回されろ。

 

「今回は貸しにしておいてやる。必ず、返せよ」

 

 自然に口角が上がるのを感じながら、俺はエヒメに背を向けた。

 ついつい長居をしてしまったが、そろそろ依頼人の元に行かねばならないことを思い出した。

 惜しいがしばらく、ここには来れない。

 

 だから後ろの声を無視して走る。

「助けてくれてありがとうございます」も、「あなたの名前は?」という問いも聞こえていないフリをして、俺はエヒメから去る。

 

 次に会ったら、名乗ってやるさ。

 最強の忍者、音速のソニックだと。

 

 だからそれまで、俺の事で頭をいっぱいにしてろ。

 俺はお前を見つけてからずっと、お前でいっぱいだったのだから。

 


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