私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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フブキ視点です。
またちょっとサイフブっぽいです。


まだ終わってなどいない

「あー、楽しかった」

「……お前、人の妹を着せ替え人形にすんなよ」

 エヒメを送り出して一息つく私に、我関せずの姿勢を見せていたサイタマが呆れたように突っ込んだ。

 

「いいじゃない。どうせ早く準備が済んじゃったらそれこそあの子また、緊張とパニックで逃げ出しちゃうんだから、ギリギリまで可愛くしてあげただけよ」

 

 そう。エヒメがただ単にパニック起こしただけだけど、鬼サイボーグとデートしたいとちゃんと自分で言えたから、私は鬼サイボーグにチケットを押し付けて先に行かせて、その間にエヒメの服のコーディネイトやらヘアセットやらをつい今さっきまでしてやった。

 一緒に行かせたら絶対にあの子は逃げ出すか、緊張で体調を崩すのが目に見えてたからね……

 

 鬼サイボーグの方は一人でエヒメに向かわせることを反対してたけど、エヒメ一人で跳ぶのならテレポート一回で済む距離だったのと、私が「女に身支度の時間も与えてあげないの?」と言えば、渋々だけど了承してたわ。

「可愛くしてそっちに送ってあげる」と言ったら、「エヒメさんはいつだって可愛い」と真顔で言い返して、エヒメを羞恥で殺しにかかってたけど。

 

 あー、それにしても本当に楽しかったから、またチケットかなんかを融通してエヒメにデートコーデしよう。

 私が普段好む服の趣味とは違って、あの子が似合う服もあの子自身の好みもお人形そのものって感じで、本当に着せ替え人形で遊んでた頃を思い出して楽しかったわ。

 

 ゆるふわ系って男受けが悪いから、あんまりデートに着せるべきじゃないかしら? とも思ったけど、今更あの惚れこみすぎてる鬼サイボーグに男受けとかそういうのを考える必要もないから、好きに着せてやれたし。

 ただ、露出はないけど胸はちょっと強調する格好にしておいた。あの鬼サイボーグは絶対にむっつりだと、私が勝手に確信してるから。

 

「……まぁ、でもありがとな。色々と」

 私が次はどんな格好にさせようか、今度は道具を持ってきて本格的にメイクもしてみようかと考えていたら、サイタマがエヒメが用意してそのまま放置してしまったお茶菓子を持ってきて、ついでにお茶も淹れ直してくれた。

 どうやら今日は、歓迎してくれるみたいね。

 

 私はラスクに手を伸ばして、パリパリと齧りながら相変わらず客がいてもマイペースなサイタマに尋ねる。

「サイタマ。あなたはエヒメが自覚したことに気付いてるんでしょ?」

 エヒメは隠して気付かれていないつもりだったでしょうけど、いきなり泣き出したエヒメを心配せずに私に丸投げした時点で、「こいつ、全部わかってるな」とこちらは気付いた。

 

 まだ知り合って十日くらいしか経ってないけど、妹が泣いても放置するような兄ではないことくらいはもうよく知っている。

「あれで気付かねーのは、ジェノスくらいだろ」

 そして予想通りの答えを、こちらを見もせずにサイタマは言い切った。

 でしょうね。むしろ、何であの鬼サイボーグはあんだけわかりやすい反応をするエヒメに気付かないのかしら?

 

「だから、今日来てくれたのは割とマジで助かったわ。

 あいつ、自己嫌悪で死にそうな顔してたのに、俺が口出ししたら今度は羞恥で死にそうだったからな。そもそも、俺だと告れとしか言えねーし」

「確かにそれが、あらゆる意味で手っ取り早い解決法だけど……」

 

 ゲームをしながらだけど、サイタマは素直にもう一度、私に「助かった」と言った。

 恩を感じてるのならそれに着せてフブキ組に勧誘しようかと思ったけど、私はお茶と一緒にその言葉を飲み込んだ。

 そもそも私がイラッとしたからという理由で、無理やりこじ開けて自覚させたのが原因。

 さすがにそれで恩を着せるのはこっちが罪悪感を抱くから、やめておくことにする。

 

 そして勧誘の言葉の代わりに、私は別の言葉を口にする。

「サイタマ。あの子は何で、『自分は誰にも愛されない』って思い込んでるの?」

 

 * * *

 

 私の問いに、サイタマの動きが一瞬止まる。

 そして、深々とため息をついたかと思ったらゲームをやめて、私と向き合って逆に聞き返す。

「あいつ、まだそんなことを言ってるのか?」

 

「直接、そういうことを聞いたわけじゃないわよ。でも、ちょっと会話したらわかるでしょ。

 だってあの子、他人の心の機微には敏いのに自分に向けられた好意は妙に鈍いじゃない? わざと目をそらして恍けてるようにしか見えないわよ、あれ」

 

 鬼サイボーグの方は別に、どうでもいい。むしろあんなにわかりやすいのに気づかれないで、振り回されているのを見るのは面白いからこのまま気付かない方が私的にはいいくらいよ。

 ただ、エヒメ自身が自分の気持ちすら目をそらしているのが、気になって苛立った。

 

 ……昔の自分を、姉に「本当に、私がいないとフブキは全然ダメなんだから」と言われていた頃の私に、自信を根こそぎ奪われて卑屈なあの頃の私を思い出すのが嫌だったから、頑なに閉じている目を無理やりこじ開けて見せつけてやったのに、あの子は未だに「自分の気持ち」は自覚しても、鬼サイボーグの気持ちには全く気付いてない。

 むしろ卑屈さが悪化してたことにビックリよ。

 

 サイタマは私の言葉に、右手で頭を抱えてもう一回溜息をついた。

 そしてようやく、私の問いに答える。

 

「ぶっちゃけ、俺もよくわかってねーんだよ」

「あら? そうなの?」

 意外な返答に私が聞き返すと、サイタマは顔を上げていつものやる気も覇気もない顔に、自嘲をわずかに滲ませて言葉を続けた。

 

「何かジェノスにしろ他の奴らにしろ、俺とエヒメは昔から今みたいにべったりだと思ってるみたいだけどな、元々はさほど仲良くない、ケンカをしないのはするほど一緒にいないからって兄妹だったんだよ」

 

 その答えを意外に一瞬思ったけど、よくよく考えたら歳の差6歳で男女の兄妹なんてそんなものだろうと納得した。

 私の場合は、歳の差こそは同じようなものだけど、同性だしそれ以外にもいろんな事情でお姉ちゃんが私にべったりになるのもある程度は仕方ないと納得してるけど、ごく普通の家庭環境なら、むしろ疎遠な兄妹関係が普通か。

 

「エヒメが小学校卒業した頃には、俺も高校を卒業してそのまま親元から離れたし、あいつも全寮制の中学に進学したから、それからあいつがああなる3年前まで、会ったのは……多くて3回ってとこだしな」

「……待ってサイタマ。全寮制って、エヒメはお嬢系の女子校?」

 

 サイタマもラスクを齧りながら話す内容で、気になった部分があったから尋ねてみたらこともなげにこいつは答える。

「おう。あいつは俺と違って出来が良かったから、親が期待して良い学校に行かせたがって、すげーお嬢様学校に行ったんだ」

 

 その答えに、私は溜息をついて頭を抱える。

「……もういいわ。だいたい、何があったかわかったから」

「マジでか」

 

 私の答えに、さほど驚いた様子を見せずにサイタマは言った。

 うん、わかるわよ。あんたには、男にはたぶん説明してもわかんないでしょうけどね、女ならそれだけでどれだけの地獄をあの子が経験したかは察することが出来んのよ。

 

 サイタマはラスクを一つ食べきって飲み込んでから、私に訊く。

「……なぁ、フブキ。エヒメには何があったと思う?

 俺は、あいつが誰に何を奪われて、どれだけ傷ついたかは知ってるけど、何をされたかはわかってないんだ。

 多少は知ってるけど、周りが『自分は悪くない』って言うために他人を売って色々言ってきただけだろうから信用できねーし、もうボロボロで全部自分が悪いと思い込んでたあいつにはとてもじゃねーけど、訊けなかったし……

 

 ……あいつがされたこと、俺はしてないよな?」

 

 無表情で、どこを見ているのかもよくわからない目で、サイタマは訊く。

 ……バカね。あなたがそんなこと、する訳も出来るわけもないじゃない。

 

「私も想像でしかないけど……どう言ったらわかるかしらね?」

 たぶんあの子がされたことは、女独特の陰湿さが全面に出た嫌がらせだから、男には説明しても「はぁ? そのくらいで? しょうもない」とか言いそうなのよね。

 

「えーと、サイタマ。あなたが例えば鼠だとして、象に踏みつぶされるのと、生きながら数万匹の蟻にたかられて食われて死ぬの、どっちが嫌」

「蟻に決まってんだろ。何だその例え?」

 

 こいつなら鼠でも象を倒しそうだなと思いつつ尋ねてみたら普通に返されたけど、やっぱり何でこんな例えが出てきたのかはわかってない。

「女のいじめや嫌がらせって、まさしく生きながらに蟻に全身を少しずつ食われて奪われて死んでいくようなものなのよ。

 それが初めは爪や髪って部分からだから、男はもちろん女同士でも相手が上手なら『そのくらい大したことない』とか『嫌がらせなんて大げさ』とか言われて、本人も『そうなのかな? 私が大げさで被害妄想なのかな?』って思っちゃうのよ。

 そうやって我慢しているうちに、周りが気付かない内にどんどん全身が齧られて、本人も激痛で苦しんでるのに、『大げさなんだ。被害妄想なんだ』って思い込んで我慢して、最後には食い尽くされて骨も残らない。そんなところね」

 

 補足を加えたら思う所があったらしく、顎に手をやってサイタマは考え込む。

 昔の嫌なことを思い出したのか、表情は私が初めて見るような険しい顔で、彼は呟く。

 

「……あいつ、俺の所に逃げ出して来た時には、俺が気付きもしないような足音を出しただけでも謝って、ずっと部屋の隅で声も出さないように、息すら最低限にしかしちゃいけないって思い込んでたのか、口を両手でずっと塞いでたんだ」

 サイタマの言葉に、ゾッとした。

 おそらく、足音を立てるだけでもこれ見よがしに遠巻きで嘲笑い、息するだけで舌打ちでもされてきたんでしょうね。

 

 これを、「たかが」とほざく奴は想像力がなさすぎる。

 確かに一回これをされた程度で、そこまで病むのならそいつ本人が弱すぎるだけだけど、毎日周りの人間全員にそんなことをされて、自分の行動すべてが嘲弄され続けても心を壊さない人間は、元から心がないとしか私は思えない。

 

「……ただでさえ閉鎖的になりがちな女子校で全寮制なら、何かのきっかけでクラスや学年の権力者を敵に回したら、もう逃げ場はないからね。

 可哀相だけどあの子はいじめっ子だけじゃなくて、少なくてもクラスのストレス発散のサンドバッグになったんでしょうね」

 

 集団に一人、生贄を用意してそいつだけを甚振るようにしたら、その集団の団結力が上がるというのは、有名な話。

 何がきっかけかは知らないけど、まさしくエヒメは生贄にされて、壊し尽くされて、何もかも奪われてやっと逃げ出す術を、テレポートなんて力を得たことは明白。

 ……そりゃ、「自分は誰にも愛されない」と思い込むわけよ。

 あの子が今、他人と関わるだけでも奇跡みたいなもんじゃないの、それ。

 

 サイタマ自身もそう思っているのか、今更、私の説明でやっと妹の苦しみを具体的に想像できたことを悔やんでいるのか、テーブルの上で握りしめた拳をただじっと見ている。

 

 その拳で殴りたいのは、あの子をそこまで追い詰めた相手か。

 それとも、自分自身か。

 

 それは私にはどうでも良かった。

 ただ、いつまでも目の前で険しい顔をされてたらせっかくのお菓子がまずくなるから、言ってやる。

 

「だからサイタマ。あなたが何も訊かないってことを選択したのは正しいわよ。ただでさえ自分が全部悪いんだって逆に加害妄想の域に達してそうなその時のエヒメから話を聞いたら、よくわからなくなってトドメを刺しそうだもの」

 

 空気が読めてるのか読めてないのか、とりあえず思ったことをそのまんま言うのは確かだから、エヒメの説明次第では「あぁ、そりゃお前が悪いな」とか言い出しそうだからね。

 だから何も訊かないでただひたすらに妹を大事にして、穏やかな日常を与えてあげたのが正解。

 

 こいつは「さほど仲の良い兄妹じゃなかった」って言ったけど、どう考えてもエヒメが逃げ出してくる前から、良いお兄ちゃんだったのは確か。

 だって事故で妹とキスしちゃうくらいに、遊ぶ妹を気を付けて見てたし、助けようとしたんだから、こいつの「さほど仲良くない」は当てにならない。

 

 大事に大切に、あの子がやりたいこと、行きたい場所に制限なんかかけず自由にさせて、守るべきところは全力で守り続けたからこそ、今のエヒメなんでしょうね。

 ……正直、エヒメがうらやましい。

 

 私の言葉に、サイタマはきょとんとして、それから笑った。

「……言えてるな、それ」

 こいつの笑顔を見たのは、初めてかもしれない。……どうでもいいけど。

 

 どうでもいいけど、何故か妙に頭に残って、それを消し去りたくてお茶を呷る。

 飲み干したらどうも本当に今日は感謝をしてるのか、「おかわりいるか?」とサイタマが訊いてきたから、「もらうわ」と答えておいた。

 そして台所に歩いて行ったサイタマに私は、ラスクをポリポリと食べながらそちらを見もせずに言っておく。

 

「……でもね、サイタマ。気を付けておきなさい」

「は? 何をだよ?」

 

 口の中にあるラスクを飲み込み、要領を得ないと言いたげなサイタマに女の陰険な執念深さを忠告する。

 

「エヒメをイジメてた奴が、あの子を『ストレス発散のサンドバッグ』としか見てないのなら、まだマシよ。あの子自身には何の興味もないってことだから。

 でも、あの子を自分より下、見下し要員だと思っていたのなら、あの子の持っているのもはすべて自分のものだって思い込んでる奴だったのなら……、デートのお膳立てした私が言うのもなんだけど、今のあの子にもしも出会ってしまったら、そいつは確実にまた、エヒメの全てを壊し尽くして奪い尽くそうとするわよ。絶対に」

 

 サイタマからの返事は、妙に間が空いた。

 

「――あぁ。肝に銘じておく」

 

 私の言葉でサイタマがどんな顔をしていたかは知らない。

 ただその一言で、テレパスでもサイコメトラーでもない私でも、彼の心の声はわかった。

 

「許さない」って、言ったんでしょうね。

 





普通に「サイタマとエヒメの親は何してたんだよ?兄に妹を丸投げか?」と思うかもしれませんが、原作でサイタマの家族については生死すら不明なのと、今後の展開で出てきた場合の矛盾を最低限にする為、あえて最小限の描写にしています。
なので、親の存在はスルーしてもらえたらありがたいです。

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