私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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以前の活動報告などにも書きましたが、今回から始まったオリジナル長編「トラウマ克服編」は、エヒメの過去やトラウマにまつわる話なので、かなり重くて暗い要素が多い話になります。
それと、エヒメのトラウマの話ですが、実質の主人公はジェノスになると思います。(特に中盤)

終盤はワンパンマンらしい展開になると予定ですが、前半部がドロドロとした陰鬱な展開が多くなってますので、そういうのがお嫌いな方は注意してください。



トラウマ克服編
リア充爆発計画始動


 もうどうしたらいいか何もわからない。

 

 ……フブキさんに私の「気持ち」を自覚させられて数日たった今でも、私は何もわからずただ悶々と自分一人で考える。

 あぁ、もう! 私は本当にどうしたらいいの!? もう今までどうやってジェノスさんと顔合わせて話をしていたかが全く思い出せない!!

 

「……はぁ」

「……エヒメ。お前が今編んでるの、マフラーじゃなくてセーターじゃなかったっけ?」

「え? あぁ!?」

 

 お兄ちゃんに指摘されて、自分が編んでるセーターの前身ごろがえらく長くなってることに気付く。

 もうこれじゃ、マキシ丈のワンピースですらないよ! お兄ちゃんの言う通り、やたらと幅が広いロングマフラーだよ!

 

 どれだけ自分が心ここにあらず状態で編んでたんだと呆れながら、毛糸をほどいていくけれど、これはジェノスさんにあげようと思っていたノースリーブのセーターであることを思い出し、一時停止。

 

 私は何で、無自覚でこんな彼女っぽいことを平気でやろうと思ってたの!?

 もう誰か、自覚前の私を殺して! 自覚後の私でもいい!!

 

「おーい。エヒメー」

「! え? 何? どうかしたの、お兄ちゃん?」

「お前がどうかしっぱなしだよ」

 

 一時停止した私の目の前で手を振って呼びかけるお兄ちゃんに返事をして訊いてみたら、もっともな答えが返された。

 そうだね。私はもう挙動不審どころじゃないのはわかってるよ。

 わかってるけど、もう本当にどうしたらいいかわかんないし、どうしようもないんだよ!

 

 私は心の中でそう叫んで、テーブルに突っ伏す。

 もうお兄ちゃんにも、どんな顔を見せればいいかわかんない。

 

「……お前さ、話したくないのなら、話してお前が傷つくようなことなら、何も話さなくてもいいけど、話して楽になることなら話せよ。

 俺が嫌なら、俺には話せないんなら他の誰でもいいからさ」

 突っ伏す私の頭を、いつものように撫でてお兄ちゃんが言う。

 

 うん、そうだね。ありがとう、お兄ちゃん。

 お兄ちゃんの言ってることは正しいし、心配してくれてるのもうれしいよ。

 ……でも! マジでお兄ちゃんには言えない!

 だってお兄ちゃん、めっちゃ悪気なく自然体でジェノスさんに暴露しそうなんだもん!!

 暴露されたら、私が爆発する! だから絶対に言えない!

 

 ……言えないけど、私は突っ伏したまま視線だけを上げてお兄ちゃんに尋ねる。

「……ジェノスさん、気にしてた?」

「あー……。お前が『大嫌い』って言った時と比べりゃ全然マシだけど、なんつーか日に日に落ち込んでるな。

 前のが痛恨の一撃を喰らってHP1でギリギリ行動してたのなら、今は一定時間ごとに弱ダメージ与えられてるってところか」

 

 私の質問にお兄ちゃんは気まずそうに一度目をそらしてから、嘘をついても意味はないと判断したのか正直に答える。

 そして、わかってはいたけど、私の所為だけど、罪悪感が槍となってブスブスと私の心に突き刺さる。

 

 もう前に思わず言っちゃった「大嫌い」だけでも、枕に顔を押し当てて悲鳴を上げながらのたうち回りたいのに、私は今何やってんの?

 

 ……フブキさんに自覚させられてから、私はまともにジェノスさんに対応できてない。

 お兄ちゃんが帰って来て、いつも通りジェノスさんも家に来てくれた時、私はユデダコ状態だった顔を隠すのが精一杯で、今みたいにテーブルに顔を突っ伏しって隠していたら、具合が悪いのかと思った心配されて、それでさらにパニックを起こして、そのままテレポートで逃げちゃったし……。

 

 あぁ、もう、最悪極まりないよこれ!!

 幸い、ケータイは持ってたからテレポートで逃げてすぐに連絡された時、電話越しでも緊張で声が裏返るし、通話を切っちゃいそうになったけど何とか、「ジェノスさんの所為じゃないですから! ジェノスさんは何も悪くないですし、私は怒ってなんかいませんから! ジェノスさんの事大好きですから、気にしないでください!!」って言うことが出来て、その後に戻ってお兄ちゃんに訊いてみたら、別に気にしてなかったって教えたくれた。

 

 っていうか、今思い返したら盛大に告白してるよ私! ああ! もう本当に死ね私! 何で自覚後も自覚前も、「大好き」が平気で言えんの!? いや、平気じゃないけどさ!!

 

「……お兄ちゃん本当に迷惑ばっかりかけてごめん。……でもお願い、もう少しだけジェノスさんにあなたは何も悪くないって言っておいて」

「わかってるつーの」

 もう思い返したら恥ずかしいことしかしていない私は、またテーブルに突っ伏してそれだけをお願いするのが精一杯だった。

 

 本当に、どうしたらいいんだろう?

 私の所為で、あの日からジェノスさんは私に気を遣って家に来ない。

 ケータイで何かとメールをくれるし、私もさすがにメールはさほど動揺も緊張もしないで読めるし返せるし、本当に前みたいに怒っていないことはお兄ちゃんに伝言を頼むだけじゃなくてメールでも伝えたし、お兄ちゃんに頼んで夕飯のおすそ分けとかもしてるから、そこは誤解されていないと思う。

 

 ……でも、いくら「怒っていない」「あなたの所為じゃない」と言われても、いきなり逃げ出してそれから顔を合わせていない私の対応は、最悪そのもの。

 ……愛想尽かされても、おかしくないよね?

 

 そんな当たり前の考えに、目頭が熱くなる。

 それが嫌なら、せめて挨拶くらいできるようにならなくちゃってってことくらいはわかり切ってるのに、今の私じゃ想像の中でさえジェノスさんに何かを話そうと思ったら盛大に噛む。

 

 どうしよう、どうしようと考えて、答えがわかってるのに実行できない自分が嫌で、そんな自己嫌悪が元々欠片もなかった自信を食いつぶして、さらにどうしようと考える悪循環にはまっていたら、玄関でチャイムが鳴った。

 

 ジェノスさんかと思って思わず体が強張る。

 今すぐに扉を開けてあの人に会いたい気持ちと、テレポートで逃げ出してしまいたい気持ちがぶつかり合って、何もできず動けないでいた私の代わりに、お兄ちゃんが立ち上がる。

 

 けれど、お兄ちゃんが扉を開ける前に高い声が響いた。

「サイタマー、エヒメー、いないの?」

 私が今現在、こんな状況に陥っているある意味元凶だけど、恨むのはお門違いだし今はやって来てくれたことがありがたかった。

 

「フブキさん?」

 

 * * *

 

 本人の宣言通り、懲りずに勧誘にやってきたフブキさんをとりあえず招き入れて、私はお茶の用意の為に台所に立つ。

 緻密なカロリー計算をしていた人なので、お菓子はいるかな? と思って訊こうと思ったら、いつの間にか台所にやって来ていた。

 

「エヒメ」

 そして、にやりと濃く紅を掃いた唇を吊り上げて、尋ねる。

「どう? 何か進展はあった?」

 

 その言葉が、堰き止めていた涙を決壊させる。

「!? え!? ちょっと!?」

 いきなり声を上げずにボロボロ泣き出した私に、フブキさんはもちろん、狼狽する。

 困り果てたフブキさんがお兄ちゃんに助けを求めるけど、お兄ちゃんはゲームをしながら、「ちょうど良かった。フブキ、ちょっとそこのアホの話を聞いてやってくれ」と丸投げしてさらに困らせたので、私は何とか涙の合間に、小声でフブキさんに話す。

 

 進展どころか、逃げてばかりでどうしようもないダメな自分と現状を。

 

「……動揺するのはわかってたけど、ここまでとはね。ちょっとごめん」

 台所の片隅で、フブキさんが私の頭を撫でて謝った。

「フブキさんは……悪くないです……。私がもう……一人でテンパって訳わかんなくなってるんです……」

 

 とりあえず誰にも話せなかったここ最近のモヤモヤと自己嫌悪を吐き出してすっきりして涙も治まった。

 でも何も解決はしてない事実に凹む。

 うん、仕方ないよね。私が向き合って行動しないといけないことなんだから。

 

「ごめんなさい、フブキさん。いきなり困らせて、迷惑かけて」

 フブキさんに謝罪して、お詫びになるのかどうかわからないけど出来るだけ丁寧に茶葉を蒸らして、美味しくなるようにお茶を淹れる。

 お茶菓子も「もらう」と答えたフブキさんは、パンの耳で作ったラスクを台所で齧りながら、私がお茶を淹れるのを見ながら訊いた。

 

「ねぇ、エヒメ。あんたとしては、鬼サイボーグとせめて今まで通りに話したいくらいには思ってるのよね?」

 改めてそう問われて、湯呑にお茶を注ごうとしていた私の手が止まる。

 

「…………はい」

 くらいなんかじゃない。切実に、自覚する前に戻りたいと思うぐらいに切望している。

 あの人と両想いとか、気持ちを伝えるなんて大それたことなんか、とてもじゃないけど夢見ることさえできない。

 

 だからせめて、あの日常を続けていきたい。

 せめて……ジェノスさんが他の誰かを選ぶまで。

 

 自分でその未来を想像しただけで、心臓は軋むように痛んだけど、それでも私はその位置に自分が立てるとは思えない。

 私なんかをそういう対象じゃなくても「好き」だと言ってくれただけで、思ってくれただけで奇跡なんだから、これ以上求めるのはもう「恋」じゃなくて子供のわがままだ。

 

 だからせめて、せめて今まで通りに……と望むのに私は、隣の部屋に行って「いきなり逃げ出してごめんなさい」と謝ることすら出来ない。

 ……「逃げない」と科した誓いをとことん守れない、弱くて卑怯な自分が本当に嫌になる。

 

 またそんな自己嫌悪に襲われながらも、リビングに持っていこうと思い、淹れたお茶とラスクをお盆に乗せたところで、フブキさんに手首を掴まれた。

「あんたの性格をよく把握しないうちに自覚させちゃった私の責任ってことで、きっかけになってあげるわよ」

「はい?」

 

 しれっと意味がよく分からないことを言ったかと思ったら、フブキさんは私の手を掴んだまま歩き出した。

「え? フブキさん!?」

 この人にはさほど力がないはずなのに、超能力を使っているのか私は抵抗できずにつれていかれる。

 台所を抜けてリビングを無視してそのまま玄関に向かい、私が靴を履くのももどかしいと言わんばかりにちゃっちゃと進んで、隣の部屋に。

 

「!? フブキさん!?」

 隣の、ジェノスさんの部屋の前にフブキさんが立った瞬間、ひっくり返った声が出た。

 思わず反射でテレポートを使いそうになったけど、フブキさんに手首を掴まれた状態で使ったらフブキさんの腕がもげる可能性にギリギリのところで思い至り、跳ぶのを思いとどまった。

 

 その隙にフブキさんは、ジェノスさんの家の玄関チャイムを鳴らす。

「エヒメさん!?」

 直後、チャイムの音が終わる前にものすごい勢いでジェノスさんが玄関を開けて私を呼んだ。

 たぶん、私のひっくり返った声が聞こえていて、それで慌てて出て来てくれたんだろう。

 

 そこまで心配してくれたことが嬉しくて、だからこそどうしたらいいかわからなくなって頭が真っ白になって、私は何も言えないままその場に固まる。

 ジェノスさんは私を見て一瞬笑ってくれたけど、何かに気が付いたように目を見開いたかと思ったら、視線をフブキさんに移して低く言った。

 

「地獄のフブキ! エヒメさんに何をした!? 泣かせたのか!?」

 言われて、ついさっきまで泣いてたから目が充血していることに気付き、それでジェノスさんがフブキさんを誤解したので、私はフブキさんの所為で泣いたんじゃない、ゴミが目に入ったんです! と言って誤魔化そうとしたけど、やっぱり緊張で言葉にならず、代わりにフブキさんが不敵に笑って答えた。

 

「そうよ。ついでに言うとここ最近、エヒメがあなたを避けてる原因を作ったのも私」

 誤解を解くどころか助長させる言葉を自ら吐いて、ジェノスさんの殺気は膨れ上がる。

 けれどフブキさんはそれをものともせずに、一枚の紙を取り出してしれっと言った。

 

「だから、そのお詫びをしようと思って来たの。

 これ、あげるわ。今日までだから二人で行ってきたら?」

 

 フブキさんの言葉と取り出されたものに、ジェノスさんの殺気は霧散して呆気を取られたような顔になる。

 私の位置からじゃ見えないことを察して、フブキさんは「あげる」といった紙を私の方にも見せた。

 

「……映画のチケット?」

「そうよ。もらいものだけど、私が好きなジャンルじゃないから、あげるわ」

 

 唇を吊り上げてフブキさんは答えるけど、私は現状が理解できずにまた固まる。

 え? 今日までってことは今すぐにジェノスさんと行けってこと?

 いや、無理無理!! 緊張で心臓吐き出す!

 あれ? でも映画なら大半の時間はそっちに集中して会話とかせずに済むからマシ? 終わったらその映画について話せばいいから、何を話せばいいかも考えずに済む?

 

 いやでも、そこに行くまでどうしたらいいの!?

 っていうか、映画なんてそんな、で、で、デートの定番みたいなところにジェノスさんと行けっておっしゃるんですかフブキさーん!!

 

「……何を企んでるんだ? 地獄のフブキ」

 

 私が脳内で一人騒がしくパニくっていたら、さすがに殺気はなくなったけど、ジェノスさんの警戒心と怒気を復活させてフブキさんに問う。

 元々、ジェノスさんにとっていい印象がない上にさっきの言葉で完全に疑ってかかる様に、フブキさんは肩をすくめる。

 

「別に何も」

「恍けるな! そもそも、貴様はエヒメさんに何をしたんだ? 答えろ!!」

「……あ、ま、待ってください!」

 

 ジェノスさんが誤解したままフブキさんを責め始めて、私は何とか声を絞り出してそれを止める。

 私を心配してくれているのか、それとも面白がっているのかはちょっと判別つかないけど、それでも私の為に、私が望んだ「今まで通り」のきっかけになろうとしてくれたフブキさんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 

「ふ、フブキさんは何も悪くないんです! さっきはああ言ったけど、それは私を庇って……えっと……あの……」

 でもジェノスさんを前にしたら、数日ぶりにまともに顔を見たせいで、何を言ったらいいのか、自分が今どんな顔をしているのか、今日の格好は変じゃないかとか、余計なことばかり気になって、頭が真っ白になって言葉が出なくなる。

 

「エヒメさん!? いいんですよ、無理にそいつを庇わなくても!」

 そんな私を心配そうに見て、さらにフブキさんに対して誤解を深めるジェノスさんにとにかく何かを言わなくちゃと完全にパニっくた私は、思わず玄関前で叫んだ。

 

「わ、私はジェノスさんと映画を見たいです!!」

 

 ……………………何を言ってんの私!?

 フブキさんを庇え! 何で自分の欲望をそのまま声に出してるの!? バカなの!? 死ぬの!? うん、死ね私!!

 

 今すぐに穴を掘ってそのまま化石になるまで埋まりたい発言をして、沈黙が落ちる。

 本気で誰か今すぐに私を殺してくれないかと思い始めたころ、沈黙が破られた。

 

「…………俺も……です」

 

 ジェノスさんが視線を明後日の方向に彷徨わせて、手で口元を隠して言った。

 

「……俺も……貴女と……見たいです」

 

 ……殺される前に、私は心臓が破裂して死ぬかもしれない。





一週間ぶりの更新です。お待たせしましてすみません。待ってくださった皆様、ありがとうございます。

また出来れば毎日更新はしたいと思っていますが、仕事は落ち着きましたがさすがに執筆ペースが落ちてきました。
話も原作に追いついてきたので、出来れば毎日、最低週一ペースで投稿していくことにしましたので、ご理解お願いします。

っていうか、今思うと一日2回投稿していたのが信じられない……。
あの頃の私は、一日が48時間あったのだろうか……。

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