私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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遅効性核弾頭

 ……もう私、お嫁にいけません。

 

「エヒメー、ごめんってば。もうしないから出てきなさい」

「エヒメさん、すみません! ごめんなさい!」

 

 フブキさんとフブキ組の一員、三節棍のリリーさんが謝りながら声をかけるので、私は部屋の隅のカーテンにくるまったまま顔だけ出して、二人に恨み節をぶつけた。

「……なんで私はお風呂上りにいきなり、胸をもまれなくちゃいけないんですか!?」

 

 女性二人から何故か受けたセクハラを訴えたら、男物のワイシャツをパジャマ代わりにしたフブキさんは悪びれずにしれっと、「あまりにやわらかそうだったから、つい」と答えられた。

「自前のがあるでしょ! 自分の揉んでください!!」と私が叫んだら、フブキさんはやはり悪びれずに「私のは形と弾力には自信があるけどあんまり柔らかくはないのよね」と、確かに素晴らしい弾力だった自分の胸に視線をやって言い切り、リリーさんは遠い目になって、「……自前の……ですか……」と言いながら自分の胸を撫でてた。

 

 ……リリーさん、なんかすみません。

 

 まぁ、恥ずかしかったけど同性だし二人とも私が本気で嫌がったタイミングですぐにやめてくれたので、実は口で言うほど根には持っていない。

 せっかくのお泊りでこれ以上拗ねて楽しい時間を無駄に過ごすのはもったいないので、私はカーテンにくるまって籠城はやめて出てくることにした。

 

 * * *

 

 フブキさんに「泊まっていきなさい」と言われた時はびっくりしたけど、私は友達の家にお泊り会的なことがしたことなかったので、実はちょっと憧れてたから嬉しかった。

 

 いきなりで何の準備も持ってなかったから、テレポートで家に戻ってパジャマとかを取りに帰ろうとしたけど、テレポートとはいえあの怪人発生率が半端ないあのゴーストタウンに一人で行き来するのはジェノスさん達から猛反対されて、「じゃあせっかくだからもう一人くらい呼びましょう」とフブキさんがリリーさんを呼んで、色々貸してくれたりこちらに向かう途中のコンビニで調達してくれたのも、本当にありがたい。

 

 いきなりフブキさんに「今夜、泊まりに来なさい」と言われた挙句に、パシリにされたリリーさんには嫌味の一つや二つくらい言われてもおかしくなかったのに、リリーさんはすごく快く私に接してくれている。

 っていうか、私が「いきなり巻き込んでごめんなさい」と謝ったら、「いえ! むしろ、ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」と両手をつかまれて拝む勢いでお礼を言われた。

 ……うん。もう迷惑じゃなかったのなら、なんでもいいや。深くは考えないでおこう。

 彼シャツ状態のフブキさんを、幸せそうに見ているリリーさんなんて私には見えない。

 

 リリーさんから少し目をそらして、とりあえずベッドに腰掛けて手招きしているフブキさんの方に向かっていくと、私が手が届く範囲までやってきた時、フブキさんに手首を捕まれて、そのまま捕獲される。

「ちょっ、フブキさん!? 何するんですか!?」

 私を捕まえて、そのまま自分の横に座らせて後ろから抱きつく形で拘束する美女は妖艶に笑い、「さぁ? 何すると思う?」と恍ける。

 

 本当に何する気!? リリーさんも助けて! そんな「うらやましい」と言いたげに指をくわえて見てないで!

 

 私があわてて手足をじたばた動かすのが面白かったのか、フブキさんは艶やかな笑みからおかしそうな笑いに変化させて、わずかに腕の力を緩める。

「あはは、そんなに焦らなくてもいいじゃない。言ったでしょ? ガールズトークをしましょうって。

 そして、ガールズトークといえば、恋バナでしょ?」

 

 ……えぇ。言いましたね。ガールズトークをしましょうと確かに言って、私もフブキさんともっとお話がしたいと言いました。

 言いましたけど、それは本当に勘弁してください! 私の一番の不得意分野なんです!!

 

 私がそう叫んで何とか勘弁してもらおうと足掻くけど、フブキさんは「あら、何言ってんのよ。私の目の前で三角関係を繰り広げたくせに」と言い出し、リリーさんは眼を輝かせて身を乗り出した。

「三角関係!? あの鬼サイボーグにライバルがいるんですか!?」

 ジェノスさんが三角関係の一辺だと確定されてる!?

 

「どっちもそんなんじゃありません! そもそも三角関係じゃないです! 三角じゃなくて平行線3本です!!」

「鬼サイボーグに盛大に告白されてたじゃない。忍者にもディープキスされてたし」

「あれは告白でもキスでもありません! ただの本音トークと嫌がらせです!!」

 

 私の主張に、フブキさんは一度ため息をついてから拘束するように抱きついていた腕を離し、私はそのままテレポートでまた部屋の隅に退避して、カーテンにくるまる。

 もうお願いですからこういう話題は勘弁してください!!

 

「……本当にこういう話題が苦手なんですね」

 リリーさんが苦笑しながらのセリフに、私は無言で首を上下に振る。苦手というか、わからないですし想像できないんです。

 プリズナーさんやジェノスさんの言葉で、少しは憧れとかそういうものを抱くようにはなりましたけど、……私が好きになってもどうせ意味ないし、って思ってしまう。

 

 手に入らないものを求めるのは虚しいから、はじめから諦めているのは分かってる。

 それこそが、どうしようもなく淋しいことだってこともわかってる。

 けれど私にはやっぱり、よくわからない。想像できない。

 

 求める心も、命に代えても貫きたいことも、わからない。

 

 ……さすがにこんなことを口に出すと空気が重くなるのは分かっていたから言わないでおくと、フブキさんがあきれたような表情で「でもキスされても、嫌悪とか感じてないんでしょ? 普通、好きでも嫌いでもない男からいきなりファーストキスを奪われたら、修復不可能なくらい好感度はマイナスになるわよ」と言われた。

 だからフブキさん、ソニックさんにされたそれはもう本当に話題に出さないで!!

 

「……何とも思っていないわけじゃないですよ。次に会えば、一発殴ろうかと思ってはいます。

 ……でも、どうしてもあの人は嫌いになれないんですよ」

 もう話題にあげてほしくないんだけど、「何とも思わないものは何とも思わない」と言っても、フブキさんは納得してくれないから、前にジェノスさんに言った通りのことをフブキさん達にも説明してみた。

 フブキさん、この前の話をキングさんと出歯亀してたけど最初の方は聞いてなかったらしくて、私の説明を聞いてきょとんとしてからなんかものすごく微妙な顔をして、同じく微妙な顔をしてるリリーさんと顔を見合わせた。

 

 そういえばジェノスさんも同じような顔をしてたなぁと、思い出す。

 ジェノスさんの場合は、もっといろんな感情が入り混じった複雑そうな顔だったけど、二人の顔は憐みが強い。

「……忍者もなんていうか、気の毒ね」

「私は詳しくは知りませんが、忍者はリードどころか自爆したことだけは分かります」

 

 二人の会話に私はただ首を傾げた。

 リリーさん? ソニックさんは自爆なんかしてませんよ。いえ、ある意味お兄ちゃんのライバルを自称するって時点で壮大な自爆といえば自爆ですけど。

 

「まぁ、あんたがあの忍者を男としてまっっったく意識してないのはよくわかったけど、それでもファーストキスを奪われたことも気にしてないのは意外ね。そういうのに夢を持ってそうなタイプに見えるのに」

「あー……。そもそもあれをキスとカウントするなら、ファーストじゃないので……」

「誰!? いつごろの話!?」

「鬼サイボーグさんは知ってるんですか!?」

 

 私が最後までいう前に、ものすごい勢いで二人が食いついてきた。

 なんで私のファーストキスにそんなに興味津々なんですか!?

 

「……相手お兄ちゃんで、小学生になるかならないかな頃の話ですけど?」

 もともと話すつもりでいた内容を語ると、目に見えて二人は肩を落とす。だから、恋愛はわからないし苦手って言ったじゃないですか!

 そんな私が、まっとうなキスの体験してるわけないでしょ!

 

「何? 将来はお兄ちゃんのお嫁さんになるー的なやつ?」

「いえ、ジャングルジムで遊んで落ちそうになったところをお兄ちゃんが助けてくれたのはいいんですけど、互いに頭をぶつけた時に勢い余って唇もぶつかっただけです」

「「それはもう、ただの事故!!」」

 

 フブキさんに「本当にこの子、ブラコンね」と言わんばかりの目で訊かれたから、ブラコンは自覚してるし当時5歳前後の私はともかく、それでキスしたのなら年の離れたお兄ちゃんの名誉が危ないと思い、きっちり真相を語ればフブキさんだけじゃなくリリーさんからも同時に突っ込まれた。

 わかってますよ。だから、カウントしてないんじゃないですか。私だってあれは、ぶつけたおでこと鼻と口が痛かった記憶しかありません。

 

 私のただひたすらに痛くて虚しいだけのファーストキス話に、何故かフブキさんの方が残念そうに頭を抱えた。

「……まぁ、鬼サイボーグにとってはまだ、朗報かもね。忍者に奪われるよりは、尊敬してる相手との他意がない事故の方が……」

「なんでそこでジェノスさんが出てくるんですか?」

 

 確かにジェノスさんはソニックさんがやらかした嫌がらせが私のトラウマにならないかをすごく気にしてくれたけど、あまりファーストキスがソニックさんじゃなくてお兄ちゃんだったって事実はあの人に関係ない気がするんですけど?

 

 私が心底不思議に思って尋ねたら、リリーさんは「マジですか?」と言わんばかりに目を見開いて、フブキさんはまた呆れたようにため息をつく。

 そしてベッドから立ち上がって、私に近づいて訊いた。

 

「エヒメ、あなたは本気でそれを言ってるの?」

「え? ……何が……でしょうか?」

 

 少しだけ怒っているような、苛立っているような様子で問われ、思わず及び腰になりつつも尋ね返す。

 私にはフブキさんが何で怒って苛立っているのかはもちろん、質問の意味さえもよくわからない。

 ただひたすらに頭の中で、フブキさんが指した「それ」の心当たりを探るけど見つからない私をフブキさんはしばし見下ろした後、もう口紅は落としたはずなのにそれでも瑞々しくて真っ赤な唇を開いて言った。

 

「エヒメ。あなた、鬼サイボーグが自分にキスしてきたところを想像してみなさい」

「はい?」

 

 あまりに唐突すぎる命令に、間抜けな声が反射で上がる。

「いいから、今すぐに想像して考えてみなさい! 想像できませんって言ったら、またあんたの胸をリリーと一緒に揉むわよ!!」

「どんな脅し文句ですかそれ!?」

 

 女性にあるまじき脅し文句を叫ばれた。目が本気だった。

 なので私は訳がわからないまま頑張って想像してみようとする。

 

「……あれ? ジェノスさんの口の中ってどうなってるんでしょう?

 歯と舌はあったと思うんですけど、唾液は分泌……されてないとものは食べにくいですよね? 舌は人間と同じような質感なんでしょうか?」

「エヒメさん! 違う! そこは気にしなくていいです!」

「確かにそこはそこで気になるけど、もっと手前を想像して色々疑問に持ちなさい!!」

 

 しようとしていきなり疑問にぶち当たり、その疑問を口にしてみたら「そこはいい」と突っ込まれた。

 うん、そうですよね。

 

 でも本当にジェノスさんとキスなんて……何がどうあってそんなことする状況になるんですか?

 想像がまったくできないで、私は頭を抱えたり顎や口に手をやったりしながらウンウン唸って考える。想像しないとまた同性から盛大なセクハラを受けるけど、これもすでにセクハラだよね? 私に対してなのか、ジェノスさんに対してなのかがもうよくわかんないけど。

 

 ……あーダメだ。全然イメージできなくて全く関係のないことを考えてしまう。

 っていうか「そこはいい」って言われたけど、ジェノスさんの口は本当にどうなってるだろう?

 顔は基本的にあの目以外、質感も含めて人間に近く作ってくれてるみたいなんだよね。ひびが入るけど、頬とかは普通に柔らかいし唇も柔らかかったし……。

 

 ………………唇?

 

 自分が何でジェノスさんの唇の感触を知っているのかが一瞬素で疑問だったけど、そういやあの告白みたいな本音トークに耐えきれず、ジェノスさんの口を思いっきり手で押さえたってと自己回答で解決する。

 解決した瞬間、また疑問が浮かぶ。

 私、どっちの手で押さえたっけ?

 そして、私が想像しよう、考えようと思って唸って、何気なく口元にやった手だったとしたら、丁度自分の唇が当たっているそのあたりに、あの人の唇が――

 

「――!?」

 

「? エヒメさん?」

 私がいきなり何気なく自分の口元を覆うようにやっていた手を離して、その掌を凝視すると言う奇行に、リリーさんは不思議そうな声を上げる。

 フブキさんがどんな顔をして、どんな反応をしているかはわからない。それを確かめる余裕は私にはない。

 

 想像できない。イメージできない。

 だって、何がどうなってそんなことをジェノスさんが私なんかにするのかがわからなかったから。ありえなかったから。

 

 なのに……なのに……、もうあれから数日たってるのに、もう何度も何も意識せずに手を洗ったのに、そもそもこっちの手がジェノスさんの唇に触れたのかどうかも定かじゃないのに……間接キスかと思っただけで、脳裏にあまりにもリアルな映像が流れこんできた。

 どうしても置き換えなんかできなかった場面が、置き換えられる。

 

 ソニックさんの男性にしては細くて長い指先ではなくて、無機質で武骨で危なっかしくて、でも優しくて大きな手が私の後頭部を包み固定して、押さえつけるのを。

 

 黒い眼球に金の瞳があまりに自分の視界に近いところを。

 

 掌で触れた、思ったよりも厚みのある柔らかな唇が私の――

 

 頭に血が上る。顔が熱くて、頭が熱くて、何も考えられないのに、考えたくないのに、目まぐるしく映像が、情報が、言葉が、感情が駆け巡る。

 

『愛は「与える心」で、恋は「求める心」だ』

 

 打ち砕けなかった隕石。力尽きて項垂れていたあの人に、一直線に向かって行った体。

 

 ただ、あなたに会いたかった。

 

『愛は「命を懸けて守る」こと。

 そして恋は、……「命に代えても貫く」ことです』

 

 自己嫌悪で死にたくなるぐらい、自分の弱さが嫌だった。自分の身勝手さが嫌だった。

 それでも生きたかった。「助けて」と望んでしまった。

 

 自己嫌悪も忘れて、その願いをなげうって、「安全なところで、必ず帰ってくると信じて待つ」の約束も破って、それでも助けたかった。

 

 この手が焼け落ちてでも、逃げずに貫きたかった。

 

 ずっとずっと目を閉じて、耳を塞いで、自分の体を焦がすこの感情から気づかないふり、見ないふりをしていた。

 

 見えてない。聞こえない。だから、存在しない。

 

 そう自分に言い聞かせて、思い込ませていたけど、そんな訳がない。

 だって私はあの人が好きだから、もっと好きになりたいと求めた。あの人に好きになって欲しいと、求めてしまった。

 

 あの人が言う「不満」を、「私の悪い所」を、命に代えても直していきたいと思った。

 貫きたいと思ってしまった。

 

 存在しない訳がない。

 ずっとずっと前から、当たり前のようにそこにあって、もうとっくの昔に私から切り離せない一部になっていた。

 

 

 

 

 

『俺は、貴女が好きです』

 

 

 

 

 

 私なんかを、あの人はそう言った。

 だから、もう言い訳は許されない。

 

 

 

 

 

「――――――え?」

 

 顔を上げるとフブキさんが実に楽しそうに笑っていた。

「エヒメ。『わかった』でしょう?」

 

 あぁ、もう逃げ場はどこにもない。

 降伏するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、ジェノスさんに恋をしていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 そこから、記憶は曖昧。

 

 フブキさんとリリーさんに色々話した気がするし、逆に色んな事を訊いた気もする。

 私は何も話さず、ただ二人からの話を聞いていたような気もするし、もしかしたらあの後すぐに横になったような気さえもする。

 

 ただ、これだけは確か。

 私はあれからずっと、どんな顔でジェノスさんに会えばいいのかを考えてた。

 

 そしてその答えは、テレポートで一人先に帰って来てからも、お兄ちゃんの「ただいま」の後に続いた、「お邪魔します」の声が聞こえた今も、わからない。




ジェノスVSソニック編、終了です。
そしてもう一度言っておく。

ソニック 終了の お知らせ!

いや、出番はまだあるけどね。けど自分のしたことが盛大な自爆で終わりました。

原作のガロウ編に追いついてしまったので、次回からエヒメの過去やトラウマに関わるオリジナル長編を開始する予定ですが、ちょっと話のストックを作りたいので、更新を一週間ほど休ませてください。
詳しいことは、活動報告に書きますので、そちらをご覧ください。

28日には必ず連載を再開しますので、しばしお待ちいただけるとありがたいです。

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