私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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全員迷走中

「おい、エヒメ。明日ちょっとフブキと勝負しに行くんだけど、お前も来るか?」

「意味わかんないよ、お兄ちゃん」

 

 フブキさんにまた勧誘で呼び出されていたお兄ちゃんが帰って来たかと思ったら、開口一番にそんなことを言い出した。

 何があってそんな話になったの? フブキさん、死にたいの?

 

 何とかお兄ちゃんから詳しい話を聞きだしたら、フブキさんはお兄ちゃんを説得しても無駄なら勝負しようという発想に至ったらしい。

 うん、詳しく聞いても意味不明だった。フブキさん、何か迷走してませんか?

 

「で、なんかサイタマ組を連れてきてもいいとかなんとか言ってたけど、急に明日って言われても誰が来れるんだよ?」

 お兄ちゃんはぶつくさ言いながら、私からケータイを借りて誰か呼べそうな知り合いを探している。

 別にフブキさんは一人でもいいって言ったらしいけど、「あなたの人望はその程度ってことね」という言葉をちょっと根に持ってるみたい。

 っていうか、フブキさんにとっての正々堂々って何だろう?

 

 そんなことを思いながら、私は玄関を出て隣の部屋に行く。

 もうお兄ちゃんから話はいってるかもしれないけど、どちらにせよ絶対について行くであろうジェノスさんに、同じヒーロー同士だからお手柔らかに、この間みたいに話を聞かれていたからって焼却しないように説得しておかなくちゃ。

 

 * * *

 

 翌日、指定された会議室にやって来た即席サイタマ組メンバーを見て顔を青ざめたフブキ組の皆さんに、申し訳なく思った。

 うん、そりゃ青ざめるよね。

 だってメンバー、私とお兄ちゃんの他は、ジェノスさん、バングさん、キングさんとS級ばっかりだもん。

 

 お兄ちゃんから「お前からも誰か呼んどくか?」と言われて一瞬、童帝君とバッドさんを思い浮かべて、でもこんなことで呼んで手伝ってもらうのは悪かったからやめておいたけど、今は違う意味でマジでやめておいてよかったと思う。

 

 フブキさんがどんな勝負を仕掛けてくるのかはわかってないけれど、それでもS級5人ってだけで十分プレッシャーで死ねる。

 今の3人でも何人か死にそうな顔色だし、ジェノスさんはお兄ちゃんをしつこく勧誘して自分の下につかせようとするフブキさんを嫌って、しょっぱなから殺気を飛ばしてるし。

 

「貴様ら……、先生の貴重な暇な時間を無駄に使わせて……ただで済むと思うな……」

「ジェノスさん、実に言ってることが意味不明です」

 とりあえず私はツッコミを入れて、ジェノスさんが「これが一番手っ取り早いから」と言って焼却砲を撃ち出さないように見張っておく。

 

 フブキ組の皆さんがジェノスさんの殺気に身の危険を感じている中、フブキさんは既にジェノスさんは弟子、キングさんとお兄ちゃんは友達だってことを知ってたから、来て意外に思っているのはバングさんだけらしく、比較的顔色は良く「想定内」と言っている。

 ……ジェノスさんが来ることをちゃんと想定していたのなら、たぶん勝負方法は戦闘じゃないんだろうなー。

 

 そこは想像ついていたけど、なんだか悪い予感がする。

 まぁ、悪いと言っても悲劇というか茶番が起こりそう的な意味でだけど。

 

 茶番と言ってもいい予感ではないことは確かだから、何とか回避したいなと思っていたのに、ジェノスさんに穏便に済ませましょうと説得しているうちに、お兄ちゃんが勝負の同意書をろくに読まずにサインしちゃった。

 

「ちょっ、お兄ちゃん! そういうのは一度私に見せてからサインしてって言ってるでしょ!」

 予想通り、「負けたチームは勝ったチームの出す要望を何でも聞くこと」と書かれてあったのに気付かずサインした本人が、「やっべ」って顔をする。

 

 キングさんがお兄ちゃんに、説明書や利用規約をちゃんと読めと注意してくれるのはいいけど、ジェノスさんどころかバングさんも「勝てば問題ない。つまりは、全力で勝ちに行く」モードに入っちゃったじゃん!

 ジェノスさん、バングさん、落ち着いて!

 このメンバーで場所を移さず、椅子や机を片付けるだけで済ましている時点で、勝負方法はあなた達の得意分野じゃないことに気付いて!!

 

 * * *

 

「バングさん、右がバングさんの操作キャラです! とりあえず、ガードをしてください!!」

「セレクトボタンを連打すんなって!! それ挑発だから! 技じゃないから!」

 

 先鋒を買って出てくれたバングさんに、私たち兄妹が必死になってゲームの操作をバングさんに教えてアドバイスを飛ばすけど、ゲームなんてほとんどしたことがない80歳越えのバングさんにはやっぱり無理だった!

 

 バングさんは本気で勝ってフブキ組の皆さんを門下生にしようと思っていたらしく、負けて無言で凹むバングさんが見ていられない。

 あぁもう、本当にお兄ちゃんああいう書類はちゃんと読んで! 読まないのなら、私に見せてよ!

 

 初めからこういう勝負だってわかっていたのなら、せめてゲームの種類とかくらいは交渉して、バングさんでもまだ操作できそうなパズルゲームとか、皆でフォローできる多数対多数のゲームにできたかもしれないのに!

 

 そしてやっぱり、ジェノスさんもゲームはほとんどしたことなかった……。

 っていうか、開始即行でコントローラーを握りつぶした……。

 ジェノスさん、格闘ゲームとかで力を入れてボタンを押せばダメージが上がりそうな気がするのはすごくよくわからるけど、上がらないから力加減して!

 

 そんな感じで、結局二人が30秒もかけずに負けちゃった……。

 まぁ、バングさんはともかくいつまた焼却砲を撃ち出すかわからなかったジェノスさんが大人しくなったのはいいことだと思っておこう。

 そうでも思わないとやってられない。

 

 幸いながらこのゲームはお兄ちゃんも私もやったことがあるから、とりあえず操作方法がわからなくて即KOだけはないでしょう。

 ……そんな風に思っていた時期が、私にもありました。

 

「実は俺もこのゲームやったことがあるんだよな。バングやジェノスら素人を相手すんのとは勝手が違うぜ。

 ここらで一勝して……」

『K・O! パーフェクト!』

 

 ……わっかりやすいフラグを立てて、即座にお兄ちゃんが負けました。

 私はお兄ちゃんとしか基本的にゲームをしたことがなかったから知らなかったけど、どうもお兄ちゃんはゲームがあんまり強くないみたい。

 

 お兄ちゃんのバングさんやジェノスよりもいっそ気持ちの良い負けっぷりを見て、フブキさんが「さぁ、後はエヒメとキングのみ!!」と言って高笑いする。

 

 その言葉に、ショックで死んだ目になっていたお兄ちゃんがいきなり何か含み笑いをしだした。

 ……お兄ちゃん? どうしたの? 気持ち悪いよ?

 

「ふふふふふふふ……。

 舐めんなフブキ! エヒメは結構ゲームが強いぞ!! 俺がだいたいゲームに飽きるきっかけは、エヒメに負けたのが原因だ!!」

「それはあなたが弱すぎるからじゃない?」

 

 お兄ちゃんがいきなり立ち上がってフブキさんを指さして堂々と宣言するけど、フブキさんがさっきのを見ていたら至極当然なことを言い返す。

 

「うっ……、い、いや、そんなことねーぞ! こいつは凝り性だし手先が器用だから、見たこのない技を繰り出すし、ストーリーモードの難易度ハードとか一人で余裕でクリアしてるし!」

 

 一瞬フブキさんの指摘にお兄ちゃんは傷ついたけど、気を取り直して胸を張って珍しく私を他人に自慢する。

 お兄ちゃんにゲームとはいえ人前でこういう自慢をしてくれるのは、恥ずかしいけど嬉しいのは確か。

 ……確かなんだけど、私は……

 

「むしろフブキ、格ゲーで良かったな! 選んだゲームが落ちもの系パズルゲーなら間違いなくエヒメの独壇場だ!

 こいつは淡々ときっしり画面限界まで埋めて一気に消すのが大得意だからな!」

「先生、気持ちはわかりますがもうそれ以上は何も言わないであげてください! エヒメさんがプレッシャーで死にそうです!!」

「エヒメ嬢!?」

「エヒメちゃん!? 顔色真っ白だけど大丈夫!?」

 

 ジェノスさんが気付き、お兄ちゃんに注意してくれたけど、遅かった。

 キングさんの言う通り、私の顔色は悪いと言うより血の気を完全になくして真っ白になっているんだろう。手足が妙に冷たく感じるのもその所為かな?

 手足はガタガタ震えて、今この場に立っているのがやっとで、とてもじゃないけどあのゲームがあるところまで歩いて行けそうもない。

 

 バングさんとキングさんはもちろん、敵であるはずのフブキ組の皆さんも私の様子に気付いて驚き、「大丈夫か!?」と声をかける。

 

「!? うおっ! しまった! エヒメ、ちょっ、しっかりしろ!

 俺が悪かった! 気にすんな! 負けてもお前の所為じゃないから、悪いのは速攻で負けた俺らだから気にすんな!!」

 

 お兄ちゃんが私の肩を掴んでガクガク揺さぶって、何とか私のプレッシャーを取り除こうとしてくれる。

 周りのみんなに心配をかけるのが申し訳なくて、でもそこまで私を案じてくれるのが嬉しかったから少しは緊張が解れて何とか私は、笑ってお兄ちゃんに「もう大丈夫」と伝えることが出来た。

 

「……ウン。大丈夫ダヨー、オ兄チャン。私、頑張ルヨー」

「全然大丈夫じゃないだろお前!? キングがやってたゲームの妹みたいなしゃべり方になってんぞ!!」

「ちょっ、サイタマ氏!! それは言わんといて!!」

 

 あははー。心配性だなお兄ちゃんは。

 うん、大丈夫。大丈夫。私は大丈夫。

 何かお兄ちゃんが「やっぱお前はしなくていいから!」と説得してるけど、そんな訳にはいかない。

 

 バングさんに迷惑をかけるわけにはいかないし、私の様子に戸惑いながらも「……しょ、勝負方法や勝った時の条件に変更はないわよ!」と言うフブキさんにジェノスさんはまた殺気を飛ばしてるし、私が負けたら面倒なことが起こるから、私が頑張らなくちゃいけない。

 

 うん、大丈夫。このゲームはやったことあるから、ちゃんとハードモードもクリアしたんだし、超必殺技とかも出せたし、大丈夫。

 あれ、でもこのゲーム最後にやったのいつだっけ?

 

 火傷を負う前だったよね、少なくとも。

 そういえば手を火傷してからゲームは一度もしてなかった。いや、大丈夫だよ。だって縫物も編み物も折り紙も、その他もろもろ出来てるじゃない。

 うん、大丈夫。大丈夫。

 ほら、自分の得意な操作キャラを選べば……あれ? 私はどのキャラが持ちキャラだったんだっけ?

 何か全部同じキャラに見える……あれ、そもそもテレビと現実の境目がわからなくなって……

 

「あ」

 

 ごとりと、いつの間に持っていたのかわからないコントローラーが、私の手から落ちる。

 同時に貸し会議室にも沈黙が落ちる。

 その瞬間、私の目が熱くなって何だかわからないけど視界が滲んでいって……

 

「……はい! ちゃっちゃと『練習』終わらせて、『本戦』を始めるわよ!

 これは、ゲームなんてしたことがなさそうなメンバーぞろいのサイタマ組が、少しでもゲームに慣れるまでの練習!! サイタマ組のメンバーが一巡したら本戦開始!!

 初めからそういう勝負方法だったわね、リリー!!」

「えっ!? あ、はい! そうです! 見せられませんけど、絶対に見せられませんけど同意書にそう書いてあります!!

 これは練習です!!」

「すまん、フブキ! 恩に着る!!」

 

 沈黙を破ったのはフブキさんの二回手を叩く音と、早口で何かを誤魔化すというか勢いで押し切ってごまかす気満々の言葉。

 フブキさんは絶対に私のあまりに情けない様を見ていられなくなって、私のプレッシャーを何とかなくそうと苦肉の策でとりあえず今のは「練習」と言い張り、他のフブキ組の皆さんも「さすがはフブキ様、お優しい!!」とアドリブで同意して、誤魔化した。

 

 その言葉で私の身体をガチガチにしていた力が抜けて、浮かび上がってきた涙も引っ込む。

 それを見て、もうどうしたらいいかわからなくて困惑させてしまっていたバングさんとキングさんもホッとした様子を見せてくれて、ジェノスさんも殺気をひっこめて「少しは見直したぞ」とフブキさんに言ってる。

 

 あぁ、なんていうか本当にごめんなさい!

 やっぱり私、全然だめでした!!

 

 とりあえずフブキさんの「練習」発言で、多少はまともに頭が働くくらいの冷静さが戻って来たからフブキさんにお礼と謝罪を伝えたら、フブキさんは腕を組んで「初めからそうだって言ってるでしょ!」と言い張った。

 ……やっぱり、フブキさんとタツマキさんって姉妹なんだなぁ。

 ツンデレっぷりがそっくりすぎる。

 

 私はそのツンデレっぷりに少し和ませてもらったけど、やっぱり緊張が抜けきらず結局すぐに負けた。

 でもまぁ、このやり取りでフブキさんの性格がだいたいわかったから、負けて「フブキ組」に入るのは別にいいやとも思えた。

 

 何だかんだでこの人と、そしてフブキ組の人たちはいい人だと思う。

 私にプレッシャーをかけた方が有利だったのに、それをせずに解消する方を選んでくれたこの人たちは、新人潰しとか問題点はあるけどちゃんとしたヒーローだと思えた。

 

 だから、せめてバングさんとキングさんは無理言って協力してもらっただけだからと勘弁してくださいとだけ説得しようと私は思っていたんだけど……この後キングさんの番で私はもう本当にフブキさんとフブキ組に土下座したい気分になった。

 

 ……キングさん、お兄ちゃんからゲームが好きですごく上手いとか聞いてたけど、まさか練習・本戦合わせて60連勝するとは思わなかった。

 

 ごめん! フブキさん! 練習とか言う必要なかった!!

 





サイタマは今更エヒメの地雷を踏まんだろとも思ったが、どうしても「ドキドキ♡シスターズ」の棒読み声優みたいになるエヒメを書きたかった……

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