私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ソニック視点です。


エンドロールには早すぎる

 依頼人との契約交渉まで時間があったから、近場の森で日課の鍛錬を行っていた。

 その森の中で、突然現れた気配に警戒したのが始まりだった。

 

 俺が森に入った事すら悟らせず、さらに奥の浜辺までやってきた侵入者を、気配を殺して窺ってみたら、それは20歳に手が届くか届かないかという、ごくごく普通の女だった。

 

 歳や性別、容姿で油断するほど甘い世界で生きてはいないが、その女は俺に気配を察知させずにここまで来られる程の手練れだとは思えなかった。

 気配を殺しているとは言え、まったく俺に気付いた様子もなければ、周囲を警戒もしておらず、時々危なかしげに浜辺で転びそうになる。

 そもそも服装が足首まである長いスカートで、この森を越えて崖を降りたとは思えん格好だった。

 

 そしてやってることと言えば、黙々と浜辺に落ちているものを拾い集める。

 ゴミ拾いでないことだけはわかるが、流木を拾ったかと思ったら、貝殻を投げ捨てたりと、俺にはわからん基準で物を集めていた。

 

 このまま警戒を続けるべきなのか、先手を打つべきなのか、それとも放っておくべきなのかがまったく判別つけられなかったが、怪人が現れてようやくあの女の正体を理解した。

 

 ただテレポートが使えるだけの、一般人だった。

 俺が一番嫌いな能力を、俺が誇るスピードを何の努力も用いず凌駕する力を持った女だった。

 

 自分から現れて偵察だと自分で名乗ったバカな怪人から一瞬で掻き消えたのは、俺と同等かそれ以上のスピードで移動したわけじゃない。

 空間を超えて跳躍し、女はさっさと逃げた。

 

 警戒していたのが恥ずかしくなって、八つ当たりで怪人をいたぶってやるかと思ったら、怪人の方も獲物があっさり逃げられたことに逆上して、森の中に暴れながらやってきた。

 愚鈍だ。パワーだけが取り柄のようだが、岩を砕くのも一撃では無理で時間がかかるレベル。災害レベルせいぜいは、虎の下位だろう。

 

 あんなものを切り裂いても、せっかくの武器が汚れて錆びるだけだ。

 一気にやる気をなくし、俺はそのまま暴れまわる怪人をただ眺めた。

 このまま行けば、市街地まで出て行くかもな。

 そうしたら、ヒーローが退治にやってくるかもしれない。

 あの怪人を切り裂くよりも、やってきたヒーローと戦った方があの女で苛立ったストレスを解消できるかもしれない。

 

 そんな期待を潰したのは、俺の強さを再確認できる手練れかもしれないと期待させたくせに、一番不快な形で潰した女だった。

 もう一度、女は俺の期待を潰した。

 

 テトラポットで、怪人のタコ頭ごと。

 

 * * *

 

 逃げたと思った女は何故かテトラポットに抱き着いて怪人の頭上に現れたかと思ったら、そのテトラポットを落としてまた消えた。

 そして今度は確実に殺したのかを確かめるためか、何故かテレポートを使わず徒歩でやってきた。回数制限でもあるのか?

 

 頭を半分潰したとはいえ、まだ手足が動いているのを痙攣だと思っているのか、女はノコノコ近づいて、そして言葉通り足元を掬われる。

 頭部のタコ足が女の足を掴んで引き倒し、女の体よりも太さのある腕が叩き潰そうと振り上げられても、その女は何もしなかった。

 

 顔面蒼白のまま、テレポートで逃げることも出来ないのか、出来ることすら恐怖で忘れているのか、悲鳴さえも上げずにただ見上げていた。

 

 無性に苛立った。

 

 俺の期待と予想をことごとく裏切った癖に、こんなにもあっけなく死のうとしている女が、その結末が気に食わなくて仕方なかった。

 

 だから、壊した。切り裂いた。切り刻んだ。

 

 女を助けたんじゃない。

 ただ俺は、何もかも気に入らなかっただけだ。

 

「おい」

 だから、訊く。

 

「何がしたかったんだ、お前は?」

 

 力があるくせに無力で、足掻いても無意味で無価値な行動しか出来なかったこの無様な女が、何をしたかったのかを。

 

 それを知ってから、首をはねるのは決して遅くはない。

 


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