ソニックさんはとりあえず五体満足で帰ったし、フブキさんも何だかよくわかんないけどお兄ちゃんと争う気はなくしたみたい。勧誘は私を含めて諦めてはいないみたいだけど。
お兄ちゃんがキングさんのゲームのボタンを潰したあげくにデータ消したのは、もうお兄ちゃんが解決しろ。さすがにそれは私にはどうしようも出来ない。
うん、とりあえず今日起こった面倒事のほとんどは片付いた。……ほとんどは。
「エヒメさん、少しいいですか?」
私を黒と金の目で真っ直ぐに見据えて尋ねるジェノスさんに、「嫌です」と言えるわけがなかった。
「……はい」
正直に言うとまた逃げ出したい気分いっぱいだけど、何故かゲーム談義でちょっと盛り上がってるお兄ちゃんとキングさんとフブキさんを置いて、私はジェノスさんと一緒に外に出る。
ちょっと改めて、ジェノスさんと本音トークしてきます。
* * *
お兄ちゃんたちに聞かれるのが恥ずかしかったからとりあえず場所を移しただけで、また屋上に行くのも面倒だったからジェノスさんの部屋の前で私たちは向き合う。
そして、ジェノスさんはまず開口一番にキュインキュインと怖い音を鳴らしながら言う。
「エヒメさん。貴女には悪いですが、俺は本気で奴が、あの音速の残念忍者が嫌いです。もう存在を認知するのも嫌悪するほどに、奴は俺にとって許されざる存在です」
でしょうね。もうフォローできる点がない。残念忍者ってところも含めて。
本当にあの人は色々と凄いんだけど、その凄さが全部台無しになるほどに残念なのかな?
「――けれど……」
私がソニックさんの残念なところを思い出して遠い目になっていたら、いつの間にかジェノスさんから不穏な音が止んでいた。
「貴女にとっては、……大事な人なんですね」
悲し気に、痛みに耐えるように、ジェノスさんは言う。
……この人にこんな顔をさせたくなんかないのに、この人が「そんなことない」という言葉を望んでいることくらいわかりきっているのに、私はそれを言ってあげれない。
「……はい」
私にとって、ソニックさんも大事な人であることは確かだから。
今日、セクハラされた挙句にジェノスさんに対する嫌がらせであんなことをされたけど、それでも私はどうしても嫌いになれない。
この答えは、私の為を思ってあんなに怒ってくれたジェノスさんを余計に傷つける言葉だっていう事はわかってる。
それでも、ケンカはして欲しくない。
仲良くして何て言わないから、互いに干渉しないで別々の所でいいから、幸せであって欲しい。
私がソニックさんにそう願う理由を、悲しげに視線を落として押し黙るジェノスさんに語る。
「あの人の事は、たぶん何があっても嫌いにはなれません。
……お兄ちゃんに、似てるから」
「はい?」
悲しげな顔が、心底不思議そうな顔に変化する。
「……似ているところ、ありますか?」
「私から見たら、結構」
そう訊き返されるのは予測してたけど、ここまで「信じられない」って顔をされるとは思ってなかったから、つい苦笑してしまう。
でも、本当。
私にとってソニックさんは、お兄ちゃんに似てる。
「結構、努力家なところとか、でもその努力をわざわざ口に出したがらない所とか、細かいところを実はちゃんと見ていてくれるところとか、負けず嫌いで大人げない所とか……。
何気なくて誰にでも探せばありそうな共通点だけど、それでも、どうしてもあの人にお兄ちゃんの面影を見てしまうんです。
……だからでしょうか。他にも嫌いになれない、つい庇ってしまう理由はあるんですけど、第一で絶対に嫌いになれない理由はそれなんでしょうね」
私の身勝手でエゴイストなところを見ても笑い飛ばすところとか、細かいところに気付くけど、慰めも何もせずにただ指摘して流すところとか、嫌いにはなれない、傍にいて楽な理由、なんだかんだで好きなところはたくさんあるけど、きっと私があの人に心を開く理由の一番はそこ。
結局、私は未だにお兄ちゃんしか信用できてないんだなぁと、自分の成長してなさに呆れていたら、ジェノスさんに両肩をがしっと掴まれた。
「奴が嫌いになれないのは、気にかけるのは奴が、エヒメさんにとって先生に似ているからなんですね!?」
そしてそのまま食い意味に、念押しで聞かれた。
え? そんなにお兄ちゃんとソニックさんが似てるってのが、ジェノスさんにとっては嫌?
「エヒメさんにとって、奴は『兄』のような存在であって、決して『異性』として気にかけている訳じゃないんですね!?」
そこまで言われて、何が言いたいかやっとわかる。
あぁ、何かジェノスさんにも変な勘違いされてたんだ。
まぁ、好きでもない人にキスされて、盛大に混乱したけど嫌がりはしなかったのを見たら、勘違いもされるか。
……今思うと、私は本当に意味不明な混乱してたなぁ。
何だ「ご足労をおかけしました」って? 意味不明にもほどがある返しすぎる。
「いえ、違いますよ。私は前も言った通り恋とか愛とかよくわかってませんけど、ソニックさんはそういうのじゃないと思います。
さっきの……えーとあれも、むしろソニックさんの顔が中性的すぎて男の人にされたって気がしないから、あんまり意識しないというか、気にならないというか、事故ってことで忘れようって割り切りが出来ると言うか……。
まぁとにかく、ジェノスさんが気にするほど、私はトラウマなんかになってませんよ」
ジェノスさんはソニックさんがやらかしたあの嫌がらせが、私のトラウマになっていないかを心配してくれているのはもう散々、未だに口どころか喉もスースーしてミントの味しかしないくらいうがいや歯磨きをさせられたことでよくわかったから、私が本当に大丈夫って念押ししたら何故か微妙な顔をされた。
安心は一応してくれてるみたいだけど、何かちょっと残念そうだったり、何かに憐れんでいるようにも見える顔だった。
……私、女のくせにキスに全く夢持っていないことを憐れまれてるのかな?
「……割り切りが、出来るんですか?」
微妙な顔のまま訊かれて、あーやっぱり私の残念っぷりを憐れまれてると思って答える。
「えーと……そもそもあれをカウントしてしまったら。悲しいだけじゃないですか。あんな、お兄ちゃんとジェノスさんに対するただの嫌がらせをカウントしちゃったら」
私の答えに、ジェノスさんの表情が一変する。
何と形容したらいいかよくわからない微妙な顔から、信じられないと言わんばかりに目を見開かれて、こっちも驚いた。
そして私が「どうしたんですか?」と尋ねる前に、彼は問うた。
「……貴女にとってあれは……奴がしたことは、……俺や先生に対する嫌がらせでしかないのですか?
ただ奴は、……それだけを目的に……あんなことをしたと思っているんですか?」
その問いに、私は首を傾げた。
「はい」
私は、この答え以外になんて答えればいいかわからない。
「だって私なんかを、誰が好きになるんですか?」
ジェノスさんの表情が、また変わる。
今にも泣き出しそうなのに、泣くことさえも出来ないぐらいにその感情でいっぱいになって、絶句していることはわかったのに、私は何も言えないで、何もできないで、何もわからなかった。
どうしてこの人が絶望しているのかが、私にはわからなかった。