若干、サイフブっぽいかもしれません。
私は一番になれなかった。
頭脳も体力も要領の良さも、同い年相手はもちろん、子供の頃からその辺の大人よりはるかに上だった。
そして何より、生まれ持った超能力があった。
誰もが私を褒め湛えた。周りはいつも私に期待した。
なのに、満足感を得られたことは一度もない。
理由は簡単。
「フブキさんはすごい」と私を讃える言葉の前か後に、必ず入る言葉があったから。
「さすがは、タツマキさんの妹!」
……誰もが私の持つものは、あの姉の妹なら持っていて当然という前提で褒めて期待して、そしてそれ以上は何も求めない。
私を姉の下位互換としか見ていなかった。あの姉を決して越えられないと、初めから諦められていた。
私より劣った人間が、私をいつも憐れんで見ていた。
だから私は、姉の事が……、お姉ちゃんが――
* * *
「あの姉のおかげでこれまでの人生の中で何かに一番になれた事はなかったわ……。
だからB級1位になった時に思ったの……。私はこの地位のまま、B級以下のヒーローを束ねて、単独主義の姉を超えて見せるって」
サイタマとなんだかよくわからない三角関係の戦いがとりあえずは終わって、彼の部屋に戻って私は、ここにやってきた理由というよりそもそも何故、「フブキ組」なんて派閥を作って、自分の仲間集めと新人潰しを行っている理由を話した。
……こういう自分の弱みになることなんか誰にも話すつもりはなかったんだけど、彼に話してみたくなった。
聞きたくなったの。
彼が、サイタマが私のコンプレックスを知って、どう思うかを。
そして彼の妹が、エヒメという子が、コンプレックスを与える側であるこの子が私の話を聞いてどう思うかを。
……まぁ、後はちょっとした同情ね。
だって私が何か話さないと、エヒメって子がジェノスに説教され続けてるんだもの。
それが真っ当な説教なら「ご愁傷さま」としか思わないけど、9割がたあの忍者に対する嫉妬とヘイトスピーチみたいなものだし。
何て言うか……私も確かにびっくりはしたけど、今時キスぐらいでここまで動揺する10代って珍しいわね。
どんだけ青臭くて純粋なのよ。
私の話でジェノスの気がそれたのか、それとも自分でももう恋敵の忍者を話題にあげたくなかったのか、私が何故A級に上がらないのかを尋ねて、その理由を答える。
……いきなりS級になったあなたにはわからないでしょうけど、世の中には人の身では越えられない化け物がいるのよ。
その化け物であるイケメン仮面、アマイマスクについて教えると何故かジェノスが叱るような目でエヒメの方を見て、睨まれたエヒメも気まずそうに眼をそらした。
……あなた、何かしたの? イケメン仮面に?
何かやたらと気になる反応だったけど、たぶん尋ねたらジェノスの説教が再開しそうだからそのまま話を続行させて、サイタマに忠告する。
「私達個人の力では、上に行くことは難しいのよ! 徒党を組んで何が悪いのよ」
私の言葉にサイタマは、漫画なんかを読みながら悪くはないけどフブキ組に入る気はないと言い切る。
その答えはもちろん、そもそもその態度が気に入らなくて苛立ったことにエヒメは気付いたのか、「お兄ちゃん、もう少し真面目に聞きなよ」と兄に注意してから私に向き合った。
「……フブキさん」
真顔で、彼女は私に問いかける。
私や姉と同じ超能力者だけど、まったく違う力の持ち主。
戦えない、か弱い、守られる側の人間。
姉と同じく、他者に劣等感を与える優秀な存在。
そんな子が私の話に、何を思ってなんて答えるかが気になると同時に怖かった。
同情されるのが、憐れみの目で見られるのが一番嫌だったけど、何故か無性に私のしてきたこと、している事を肯定されるのも嫌だった。
……それは結局、優れて恵まれた者からの慰めだとしか思えなかったからでしょうね。
結局、私はこの子にどんな答えを望んでいたのかはわからない。
「本当に、お兄ちゃんが欲しいですか? お兄ちゃんを組織に入れたら、絶対に胃が痛いどころですみませんよ?」
「はぁ?」
ただ真顔で発せられたこの言葉だけは、同情や慰めとは別方向で同じくらい望んでなかったことだけは確かよ。何言ってんのこの子?
エヒメは困惑する私の肩を掴んで、真顔のまま私への説得を続けた。
「フブキさん、うちのお兄ちゃんのマイペースっぷりを舐めちゃダメです。
今もこうしてフブキさんを無視して、漫画を読んでる人ですよ? C級からB級に昇格したのも、週一ノルマが面倒だったってだけの人ですよ?
組織に属したからって、お兄ちゃんが目上の人を立てるとか、命令通りに行動するとかするわけないんです! むしろお兄ちゃんがやらかすことの責任をフブキさんが取らなくちゃいけないことになるんですよ!?
胃が痛いとか穴が開くどころか、胃が消滅しますよ! 絶対!」
「エヒメさん。フブキが困惑しています」
段々とヒートアップしてきたエヒメをジェノスが制止して、やっと説得からただの兄の愚痴になって来たトークが止まった。
「あ、ごめんなさいフブキさん! つい熱くなっちゃって」
「……エヒメ。熱くなるほどに俺は迷惑だってことか、それは?」
さすがにエヒメの怒涛の兄が自由人過ぎるという愚痴にサイタマが口を出すと、エヒメはきょとんとした顔で振り返って言ったわ。
「え? うん」と、ものすごい普通に。
言われてサイタマは、「……お前には言われたくないけど、自覚がある分言い返せねぇ」とか呟いて、また漫画に視線を下ろす。
……実にバカらしいやり取り。
内容は嫌味の応酬みたいな感じだけど、二人の様子からして相手の言葉をさほど気にしておらず、普通にどちらも流してる。
間合いを知りきった兄妹のやり取りそのもので、……本当に普通の、自然体で仲の良い兄妹。
……どうしてこの二人がこんなにも仲がいいのかが、私にはわからない。
エヒメは確かに戦闘能力はないでしょうけど、それでも「超能力」なんて特別なものを持ってるのに、C級最下位からヒーローになったあなたとは違って、試験なしでS級のスカウトをされた子だっていうのに、サイタマには妹に対して卑屈なところも、嫉妬も、妹を利用してやろうという傲慢さも見えない。
妹の修羅場を気まずそうに困って私に「どうしたらいい?」と訊いて来たり、妹のボケに面倒くさそうに対応してジェノスの説教は止めなかったり、そのくせ私の「妹をよこしなさい」にはこっちが危機感を覚えるほどの殺気を出す。
過保護過ぎない、だからと言って無責任に放置もしない、いいお兄ちゃんだと思った。
私の行動や人間関係を制限して、悪気はないんでしょうけどナチュラルに私を見下す姉とも、そんな姉へのコンプレックスで我ながらにねじ曲がって、プライドが高いくせに卑屈でエゴイストな私とも違う。
年上の、それも結構な歳の差がある姉が優秀な私の方が、まだ周りも私自身も経験の差ということで納得したり諦めもつく部分があるけれど、彼の場合は年の離れた妹だっていうのに、余計に劣等感が肥大してもおかしくないっていうのに、それでも彼はごく普通に、私が何故そんなことを訊くのかが不思議と言わんばかりの顔で言った。
「あなたは、自分より出来のいい妹がいて、何とも思わないの!?
利用もしなければ、排斥しようともしない! どうして傍に置いておけるの!?」
そう尋ねた私に、「いや、普通に妹だからだけど?」と即答した。
……私が訊きたかったのは、その「普通」だったことに気付く。
気付いたけど、訊く前に別の答えが返されて訊けなかった。
サイタマが漫画を一冊読み終わり、私の後ろにある本棚にそれを直すついでに、彼はごく自然に私の頭に手を置いた。
「え?」
そしてそのまま、こっちのヘアセットが乱れることなんか一切気にせず、わしわし頭を撫でられた。
「ま、あんま気にすんなよ。どうしても気になるなら、あれだ。発想を転換してみろ。
『私が本気を出して、お姉ちゃんを追い抜いたらお姉ちゃんの立場がなくなる』とか思ってたら、少しは楽になるんじゃね? 実際、妹に追い抜かれるってなかなか凹むし」
わしわしと乱暴に髪を乱しておきながらそんなことを言ってこいつは、漫画を直して次の巻を手にしたらまた自然に手を離す。
完全に、特に意識してやっていない自然な動作に私は反応できずに呆気を取られ続けた。
私が呆気に取られてるっていうのに、ジェノスもエヒメも私の反応に気付かない。サイタマがやったことをおかしいと思わない。
それほどに自然だったんでしょうね。この男が女の髪に触れること、「妹」の頭を撫でて慰め、励ますことというのが。
その証拠に、エヒメが少しだけ悲し気に「お兄ちゃんは気にしてたの?」と尋ねると、サイタマはやっぱり自然に手をエヒメの頭に伸ばす。
「多少はな。でも、お前が褒められるのは俺と違って努力をしてきたからってことは知ってるから、そりゃそうだろうなとしか思わねーよ。
言われたくなけりゃ努力したら良かったのにしなかった俺が悪いんだから、お前は気にすんな。
あ、もしかしたらフブキのねーちゃんもそんな感じかもな。お前に追い越されたくなくて、でも姉のプライドで努力してるところを見せたくなくて、隠れて頑張ってなんかやってるのかもしれないな」
妹の頭をわしわしと撫でてフォローして、ついでなのかすらよくわからないけどまた私もフォローされた。
そのフォローは的外れであることは私が誰よりも知っているけれど、あの姉は努力なんかせずに子供の頃から今の私よりも強力な超能力者で、息をするのと同じくらいの感覚で能力行使をしているのは、私が一番知っているけれど……
そのフォロー自体に何の意味もない。
けれど、私はそのフォローをしてくれたという事、私を同情するでもなければ憐れみで私の実力やしたことを認めるわけでもなく、ただ「気にすんな」と言って私を楽にしてくれようとしたことが……認めるのは癪だけど、悔しいけど、……嬉しかった。
……不思議な男。
S級のジェノスが弟子なのは、あの戦いでS級クラスの実力の忍者に圧勝したことでまだ納得だけど、自分より下の評価を受けてる兄を妹は見下していないのに、卑屈に気を遣うでもない。
自然体で迷惑なところは迷惑と言い切り、なのに兄に慰められると、頭を撫でられるとこの上なく幸せそうな顔をする。
この直後に何故かやって来たキングとも、あまりに自然体で接していた。
キングに対して怯えるでも遜ってゴマすりするわけでもなく、ゲームを壊したことを申し訳なく思いつつも子供のように誤魔化そうとして、そしてキングもまるで10年来の友人くらいの気楽さで、サイタマと会話をしている。
実際、昔からの友人か何かなのかと思ってエヒメに訊いたら、彼らが出会ったのは3日前だと聞かされて、絶句した。
「……どうして……S級がB級なんかと楽しそうに……」
私の呟きに、エヒメは一瞬きょとんとしてから笑って言った。
「フブキさんも、お兄ちゃんと付き合ってみればわかるんじゃないでしょうか」
今度は私がその言葉に、きょとんとする。
「私もお兄ちゃんも、フブキさんのお仲間にはなりませんけど……でも、『お友達』にはなれると思うんです。
だから、……暇があればまた来てください。今度は、お茶菓子くらい出せますから」
笑ってそんなことを言うエヒメにジェノスは、「エヒメさん、こいつは先生を新人潰しの対象にした奴らですよ。あなたの事も利用しようとしましたし」と言われて当然な忠告をしたけど、エヒメはどこ吹く風と言わんばかりに言い返す。
「フブキさんは、利用というより保護してくれようとしたんじゃないですか。
誤解ですけどそこまでしてくれた人には礼を尽くさないといけませんし、フブキさんが他人の私をそこまで考えて保護を実行しようとしてくれた優しい人だから、私はともかくお兄ちゃんの友達になってくれたら嬉しいんです」
……保護なんかじゃなくて私は本心から利用するつもりだったのに、衣食住の保証とかは交渉材料とちょっとした同情でしかなかったのに、「優しい」とこの子は言って、笑って「ここにいてもいい」と言ってくれた。
この階級なんて何も関係ない、私が望んだものじゃないけれどなぜか妙に心地のいい空間に、私の居場所を用意してくれた。
「……気が向いたらね」
私が返せた言葉は、そんな可愛げがない言葉だけ。
ジェノスは私の答えを不遜・無礼と受け取って、私を睨み付けたけど、エヒメは笑って「楽しみにしています」と答える。
……年下に私の意地が見透かされているのが気に入らなかったけど、それでも私はここに入り浸るんだろうなぁと、未来予測は容易かった。
……ここにいたら、サイタマやエヒメを見てたら、私が求める「答え」が見つかるかもしれないと、期待したから。
どうしてこの兄妹が、こんなにも私達姉妹とは違うのか。
サイタマの言う、「普通」とはなんなのか。
私はお姉ちゃんのことをどう思っているのかが、わかる気がした。