妹が目の前で盛大にセクハラされた場合、どうしたらいい?
これがこの前のストーカーみたいに、エヒメが嫌悪感しか抱いてない相手だった場合、話は簡単だ。ぶっ飛ばせばいい。手加減できるかどうかは別だけどな。
けど、その相手がエヒメにとっての恩人で、本人も何かと庇ったり気にしたりするほどに慕っている相手なら、兄ちゃんはどうしたらいいんだ?
エヒメが嫌がって抵抗するそぶりを見せたのなら、考える前に体が動くだろうけど、あいつハトが豆鉄砲を喰らったような顔で固まって、されるがままなんだけど。
「……なぁ、これは兄としてソニックを殴った方がいいのか?」
思わず後ろで未だ座り込んでるフブキに訊いた。
同じ女な分、こいつに訊いた方がエヒメの気持ちもわかるんじゃねーかなと思って訊いてみたんだけど、「……むしろこのまま見なかったことにして、帰ってあげた方がいいかもね」って答えられた。
正直そうして帰りたい気持ちもあるけど、そうはいかねーだろ!
ジェノスの奴、もはや不穏な音すら立てずに倒れたまま固まってやがるし!!
長かったのか短かったのかわからない、つーかわかりたくもない時間が過ぎて、ソニックの口がエヒメから離れて、あいつは自分の唇を見せつけるように一度舐めてからどや顔で言った。
「まぁ、これで勘弁してやろう。ありがたく思え」
その横暴な言葉に、エヒメはハト豆な顔を継続させて答えた。
「……ご、ご足労おかけしました?」
「お前は何を言ってるんだ?」
おう、ソニックその通りだ。もっと言ってやれ。
……思わずソニックの返しに同意して、応援してしまった。
いや実際、お前は何を言ってるんだエヒメ。
パニック起こしてんのはわかったけど、もうちょっと反応を起こしやすいパニックにしてくれ。兄ちゃんはまだ、ソニックに怒るべきなのか放っておくべきなのかがわかんねーよ。
愉快というかまさに愉悦って感じで笑ってたソニックも、まさかの頓珍漢すぎるエヒメの返しに困惑していたら、俺の後ろからガシャンガシャンと何かが変形する音が聞こえてきて、振り向きざまのとっさにフブキに言った。
「フブキ、悪い! ジェノスを押さえつけろ!!」
「えっ!? わ、わかったわ!!」
いきなりな指示にも拘らずフブキは素直に応えてくれて、超能力でジェノスの体を上から地面に押さえつけてくれたんだが……コンクリの地面が陥没してるのに、それでもジェノスは立ち上がろうとしやがる。
「――――! 殺す!! 貴様だけは絶対に俺が、この手で地獄の底まで叩き落として焼き尽くして殺し尽くしてやる!!」
こいつがサイボーグになったきっかけ、家族や故郷を奪った暴走サイボーグの事を話してる時以上の殺気を放ちながら無理やり体を動かして、焼却砲をソニックに向けるジェノスに俺は、何とか説得する。
やめろよお前! 絶対お前の全力、被害がソニックだけで収まらないんだよ!!
「落ち着け! とりあえず落ち着けジェノス!!」
「止めないでください先生!! 後生ですから奴だけは! 奴だけは俺に殺させてください!!」
ジェノスが今にも血の涙を流しそうな勢いで叫んでるっていうのに、ソニックの方はエヒメで得られなかった期待通りの反応が返って来たのが嬉しいのかニヤニヤ笑っていやがるし、アホな妹はというとさすがにハト豆顔が焦った顔になって、ジェノスに言う。
「ジェノスさん、ダメですやめてください! 家が壊れますから!!」
うん! 俺もそれが心配で止めてるけど、お前が言う事じゃねぇよ!!
まだパニくってんのかお前!?
パニック継続中なのか、ソニックのしたことなんか気にしてないのか判別がつかん発言をしたエヒメに、ジェノスはフブキに押さえつけられながら血を吐くような叫びで問い返す。
「エヒメさん!! 何故、まだそいつを庇うんですか!?
そんな性犯罪者を、貴女の唇を無理やり奪った奴なんかを、どうして!!」
いや、さっきのは全くソニックを庇ってなかったぞ? と突っ込みを入れるのも躊躇うぐらい真剣に、悲痛な声を上げて尋ねたジェノスに、エヒメは真顔で叫び返した。
「あれはキスじゃありません!!」
『じゃあ何なんだ・何なの・何なんですか!?』
まさかの全否定に、全員のツッコミが芸術的なまでに唱和した。
そしてそのツッコミに、やっぱりエヒメは真顔で堂々と答えやがった。
「マウス・トウ・マウスです!!」
お前はいったいいつ、心肺停止したんだよ!?
ダメだこの妹! まだ盛大にメダパニ継続中だ!!
俺が妹の残念っぷりに頭を抱えたくなってきたのに、さらに頭が痛くなる事態になる。
「それなら、どうして俺に任せてくれなかったんですか!?」
「お前は何を言い出してんだジェノス!?」
エヒメの発言を真剣に受け取んな! っていうか、真剣に受け取ったうえでもその発言はおかしいだろ!
俺がジェノスの欲望丸出しの発言にツッコミを入れていたら、さすがにエヒメのボケが予想外すぎて呆気を取られてたソニックも後ろで何か呟いた。
「人工呼吸で舌は入れんだろ」
お前も突っ込むところがおかしいわ! っていうか入れたんか! 聞きたくなかったわ!!
ヤバい! エヒメの混乱があまりにも斜め上すぎて、こいつらもメダパニに感染してやがる! ボケの収拾がつかねぇ!!
「あぁ、もうエヒメ! とりあえずお前はジェノスの傍にいてこいつが暴走しないように止めろ! それ以外もう何もしゃべんな!!」
「え? あ、うん、わかった!」
もうこれ以上あいつが何か言えばそれこそ事態の収拾がつかなくなりそうだから、とりあえず俺はエヒメに指示を飛ばすと、素直にこいつはテレポートで戻って来た。
同時にもう大丈夫と思ったのか、それとも限界だったのか、フブキがジェノスを抑えつけるのをやめたので、ジェノスはブースト起動させたんかって勢いで飛び上がってエヒメに駆け寄って、あいつの肩を掴んで揺さぶる。
「どうして貴女は素直にあんな奴のところに行ったんですか!?
大丈夫ですか!? ハンカチしかありませんが、これでとりあえず拭ってください! 今すぐに歯ブラシと歯磨き粉とうがい薬と消毒液も用意しますから!!
あとは、カウンセリング! トラウマにならないようにカウンセリングを受けましょう!!」
「……えーと、カウンセリングはジェノスさんが受けた方がいいような気がします」
おい、エヒメ。正論だけど、お前が言うな。
お前の所為だよ、そいつのテンパリ具合は。
「……アホか、あいつら。どこまでガキなんだ」
「そんなガキの付き合いにちょっかいだすなよ、お前も」
ジェノスとエヒメのやり取りを面白くなさそうに見ながらソニックが言うから、俺は言い返す。
お前、別に俺はあいつの恋愛に口出しする気はねーから、エヒメがいいならジェノスだろうがお前だろうが俺は良かったけど、今回はさすがに怒るぞ。
主にエヒメの為というより、これからジェノスがクソ面倒くさいことになるという俺の八つ当たりで。
「ソニック、お前の目当ては俺だろ? こいつらにちょっかいだすな。面倒くさくなるから。
お前しつこいから、たまにはマジで相手してやる。かかってこい。
……あと一応、エヒメにちょっかいを出したからってことで怒ってもいいよな?」
「え!? わ、私に訊かないで!!」
「「じゃあ誰に訊けばいいんだ!?」」
マジで一応、兄としては怒るべきだろうと思いつつ俺がエヒメに確認で尋ねたら、ジェノスに未だ説教なんだか心配なんだか嫉妬なんだがよくわからんことを言い聞かされていたエヒメが叫び、俺とソニックが思わず同時に突っ込んだ。
……俺もこんなことを聞いてる時点でエヒメにつられて混乱してたけど、あいつまだ混乱してんのか。
「あ、そうだね! 私、当事者だった!!」
「エヒメさんしっかりしてください! 奴にされた記憶は欠片も残さず全て消去して、あいつに対しては嫌悪と警戒心だけを残してください!!」
「……すごく器用なことを要求してるわね。どうやんのよそれ?」
……もうあいつらは放っておこう。
ソニックの方も話がこのままだと進まんと悟ったのか、エヒメのボケをなかったことにして「この時を待っていた」とか言い出した。
「お前を殺すために編み出した究極奥義…………見せてやる!」
「うん。見せろ」
正直、お前がやらかしたキスシーン以上に驚くものはないと思うんだが、それを言ったらまた話が進まなくなるから、一言で終わらせる。
「究極奥義、十影葬!!」
ソニックがそう叫んだ瞬間、ジェノスに見せたみたいにソニックが分裂した。
しかも今度は一気に十人。
おお、これはけっこー凄いかもな。
俺も残像は出せても、こういうふうにバラバラの動きをした残像はだせないから。
でも、「数」なら俺が上か。
そんなことを考えながら、約束通り「マジ」で相手をしてやる。
「必殺“マジシリーズ”
マジ反復横跳び!!」
俺はマジで反復横跳びをしながら、通り過ぎてやったらソニックがそのまま吹っ飛んだ。
* * *
「ちょっ!? ソニックさん!?」
そしたらまたエヒメがソニックの心配をして、ジェノスの殺気がヤバいことになる。
「お前、まだこいつのこと心配すんのかよ?」
「その技名とそんな倒し方じゃなかったら、たぶん心配も同情もしなかった!!」
俺が突っ込んだら、エヒメに突っ込み返された。何だよ、俺の所為かよ。
エヒメが倒れたソニックに駆け寄ろうとしたのを、ジェノスはがっしり腰に手を回してホールドして防ぎ、「エヒメさん! そんな奴を何故いつもいつも心配するんですか!?」と問い詰める。
それに対してのエヒメが、「倒され方がかわいそうだから!!」とその答えが一番かわいそうじゃね? なことを言ってる間に、倒れてたソニックはいつの間にかどっか行った。
あ、良かった。さすがに顔見知りが弟子に消し炭にされるのを見るのは嫌だったから、さっさと逃げてくれて助かった。
あいつ、しつこいけど引き際は結構いいのが不幸中の幸いだな。
とにかく面倒事は一つ片付いたけど、……どーすっかなこれ。
ジェノスはまた説教が止まらなくなってるし、フブキは何かいつの間にか蚊帳の外にやっちゃってたし。
「おい、お前らとりあえず家の中に入るぞ」
もうどうしたらいいかわかんねーし、疲れたし喉も乾いたから、マジでとりあえずな提案をしてみたらそこに異議はなかったらしく、全員が立ち上がる。
その際、ジェノスがまだエヒメに唇の消毒をどうたらこうたら言ってたんだが、エヒメがそれを聞きながら真顔で言った。
「はい、ちゃんとします! ……ところで唇ってどうやって取り外すんでしたっけ?」
「俺でも出来ませんよ!?」
……あかん。あいつまだメダパニってるわ。