私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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サイタマ視点です。


兄VS妹

 ジェノスを送り出して20分ほど経つけど、エヒメもジェノスもまだ帰ってこない。

 どっちもなんかグダグダと考える奴らだから、ケンカというか本音トークはまたなんか小難しい話を長々と続けてるだけだってことは想像ついてるんだけど……ジェノスの奴、「言いたいことを全部ぶちまけろ」って言ったからって、マジで告白どころかプロポーズしてんじゃねーだろうな。

 

 やめろよ、マジで。告白ぐらいならあのアホは多分斜め上に解釈してスルー出来るけど、プロポーズはさすがにパニック起こすぞ。

 まぁ、そんなパニックくらいなら後で俺が「あれはジェノス渾身の冗談だ」って言ってやれば信じるから別に良いか。

 すまんな、ジェノス。付き合うのは今からでもいいけど、さすがにせめて成人するまでは嫁にはやらん。

 

 ジェノスよりも、エヒメが問題だよなー。あいつはどこまで何を話すのか。

 今更ジェノスはエヒメが昔、どんな目に遭ってどんな思いをしたかを知って、エヒメに対して引くとは思わねぇ。

 ただどういう反応をするのか、なんて答えるのか、そしてどんな答えと反応がエヒメにとっての「正解」なのかが、実は俺も未だに分かっていない。

 

 ジェノスの奴は俺がエヒメを助けたとか思ってるけど、俺はあいつが逃げ出した日からずっと一緒にいてやることしかしてない。

 それ以外、出来なかった。

 だいたいの事情は分かってるつもりだけど、肝心なエヒメ自身の気持ちとかを俺は全然わかっていない。

 

 物を落とすとか何かを片付け忘れるとかそういう些細な失敗どころか、足音を出しただけでこの世の終わりみたいな顔をして、「迷惑かけてごめんなさい」と謝るあいつを見ていたら、あいつに「何があった?」なんて傷口を抉ったあげくに塩を塗りこむようなこと、出来なかった。

 

 俺にできたのは、何も聞かずに俺がバカやることであいつの頭の中を、昔の事から俺への心配とか怒りとか呆れでいっぱいにして忘れさせてやることと、……「あいつ」に奪い尽くされて見失った、エヒメの自信とか自分の価値とかを認め直させるために、好きなことをやらせて、褒めてやったくらいだ。

 

 エヒメの本音に……あいつの絶望に俺はまだ向き合っていない。

 だから、なんていえばいいのか俺にはわからない。

 

 ……ジェノスは悪くないとわかっていても、あいつが昔のことを思い出して、昔みたいになってしまったら、たぶん俺はジェノスを許せねーだろうな。

 そう思っていても、向き合っていない俺では助言なんて出来ない。師匠としてもヒーローとしても、兄としても本当にダメだな、俺。

 

 でも、これでも実は期待してるんだぜ、ジェノス。

 エヒメが俺と暮らすようになってから、「面倒くさいけど後味悪いから」じゃなくて、「助けないと死んでしまいたいくらいに後悔するから」で助けようとしたのも、俺に「助けて」って言ったのも、お前が初めてなんだぜ。

 ただ、俺以外に付き合いがあるのがお前だけだったってのもあるだろうけど、それでもあんな風に俺相手みたいにキレたのを見たのは、エヒメが人間嫌いになる前、子供の頃も含めてお前が初めてなんだ。

 

 俺は長い話も難しい話も嫌いだから、細かい部分を見落として「それの何がそんなにつらいんだ?」って思ってしまうことはよくあるから、だからなんだかんだでエヒメと似た者同士なお前ならエヒメが望む答えを出してくれるんじゃねーかな? とか思いながらゲームやってたら、キングのデータに上書きでセーブしてしまった……。

 やべぇ。勝手にあいつの部屋から持ってきたうえに、データ消すって……まぁいいか……ってよくねーよな……

 

 俺が焦っていたら、玄関のチャイムが鳴って知らん声が何か言ってる。誰だよこの忙しい時に!

「あ、新聞なら間に合ってます」

「我々はセールスではない! お前よりランクが上のヒーローだ!」

 

 玄関に出てとりあえず断っておいたら怒鳴られた。

 俺に怒鳴る男を中央にいる女が制して、そして口を開く。

「はじめまして、新人のサイタマさん。

 私は地獄のフブキ……と言えばわかるかしら?」

「え? 全然わからん。誰?」

 

 正直に答えたらちょっと間を置いてから、やたらと下まつげが長い男がB級1位だってことを教えてくれた。

 だからとりあえず労ってから何の用かを聞いてみたら、またこいつらは間を開ける。

 何なんだよお前ら。俺に用があるならさっさと言えよ。

 

 とりあえず下まつげがフブキって奴に挨拶するのがしきたりだとかいうから、言われた通りに挨拶したらフブキに「ヒーロー業界にも派閥がある」という事を聞かされた。

 なんかグダグダ話されて意味わからんかったし、俺はキングのゲームのデータをどうすべきかという問題で忙しいから帰ってもらおうとしたら、フブキがようやく本題を話し始める。

 

「私の傘下に入りなさい。そうすればB級上位のポジションを守ってあげるわ」

 一瞬意味がわからんかったが、どうも自分の手下集め兼、新人潰しの一環らしい。

 もちろん俺は断る。何でヒーローに上下関係が必要なんだよ?

 

 断ればすぐさまフブキの手下の男二人が襲い掛かってくると思ってたから、俺は拳を握ってすぐさま吹っ飛ばせるようにしてたけど、その予想はちょっと外れた。

 

「……そう。じゃあ、あなたはいいわ」

 ……あなた「は」?

「あなたの妹、テレポーターらしいわね。その子を渡したら、あなたは私の傘下に入らなくても邪魔しないであげる。協力はしないけどね。

 妹さんの衣食住はもちろん保証してあげるし、彼女の働き次第では、学校とかも援助してあげるわ。どう? 破格の条件でしょう?」

 

 ……こいつは、何を言ってるんだ?

 沸き上がった感情を、何とか押さえつける。キレるな。思い出すな。

「あいつ」の事なんか、思い出すな。

「あいつ」よりこの女は真っ正直に切り出すだけマシだ。

 ……だけど、絶対に許さねぇ。

 エヒメを道具みたいに扱ったこと、利用させろと堂々と言い切った事を許さない。

 

 何とか押さえつけたつもりだけど、俺のマジギレは漏れ出ていたらしくフブキ達は顔を青くさせてた。

 それでもさすがはリーダーか、フブキは虚勢を張って俺を睨みつけて皮肉をぶつける。

 

「あら? まるで妹思いな普通のお兄ちゃんね。こんなゴーストタウンに妹を閉じ込めて、利用してる人には見えないわ。演技が上手なのに、世渡りは下手なのね」

「はぁ?」

 

 思わず、怒りが吹っ飛んで困惑が声に出た。

 言いがかりというか、何だその決めつけ? 何で俺がエヒメを利用どころか、こんなところに閉じ込めてるってことになってんだよ?

 

「何だその話? 勝手に作んな。そもそも、テレポートを使えるあいつをどうやって閉じ込めるんだよ?」

 俺が素で疑問なところを突っ込むと、フブキが目を丸くする。

 

「……あなた、深海王の時に妹さえも利用して犠牲にしてとどめを刺したじゃない」

 きょとんとした顔で答えるフブキは、たぶん嫌味ではなくて素だった。

 そんで言われて、思い出す。

 あー、そういや言ったわ。無免やジェノスやエヒメを馬鹿にするムカつく奴がいたから、そんな感じのことを言ったわ、俺。

 

「いや、あれ嘘だから。むしろ、あの後アホなことすんじゃねーってめちゃくちゃ怒ったから。

 そういう訳で、妹もお前にはやらん。帰れ」

 とりあえず誤解の理由がわかって俺はすっきりしたから、話を終わらす。

 その誤解を前提にフブキの話を思い出すと、むしろこいつは最低な兄から妹を救い出そうとしてくれてたこともわかったから、怒りもなくなった。

 

 ごめんなー。そっちが誤解してたとはいえ、こっちも誤解して。

 さすがに新人潰しする連中に口に出して謝る気は起きなかったから、心の中だけで謝って部屋に戻ろうとしたら、まだ話があったのかフブキが「ちょっと待ちなさい!」って声をかける。

 

「嘘ってどういうことよ!? テレポーターだとか、S級にスカウトされたってのも嘘なの!?」

「いや、そこら辺は本当だけど? 嘘ってのは俺はあいつのことを利用してないし、これからだってする気はねぇってことぐらい」

 

 俺の答えの何がそんなに不思議なのか、またフブキは目を見開いてポカンとする。

 そして、こいつは訳が分からないと言いたげな顔のまま叫んだ。

「あなたは自分より出来のいい妹がいて、何とも思わないの!? コンプレックスを感じないの!?

 利用もしなければ、排斥しようともしない! どうして傍に置いておけるの!?」

「いや、普通に妹だからだけど?」

 お前、何言ってるんだ? 俺の答えにまた絶句すんなよ。俺の方が訳わかんねーだけど。

 

「……マツゲ! 山猿!

 今後一切のヒーロー活動できないように、痛めつけてあげなさい!」

 フブキは俺の言葉にまたポカンとした後、唇を噛みしめて男二人に命令した。

 まぁ、そいつらはすぐに吹っ飛ばしておいた。女を殴るのは気が進まないけど、面倒だからこいつも軽く殴って気絶させようかなと思いながらも、俺はフブキに言う。

 

「お前それじゃ生き残れねーぞ、フブキ」

 なーんかこの女、話長いしクソ生意気でムカつくけど、放っておけねーんだよな。

 

 * * *

 

 俺が手下を吹っ飛ばしたことにキレたのか、フブキも臨戦態勢に入る。

 肩にかけたあったコートを落とし、代わりにその辺の砂利を浮かび上がらせた。

 こいつも超能力者か。

 

 似たような攻撃はボロスの船でもう喰らったことがあったから、一応やめとけとは言ったんだけどフブキの方は聞きやしねぇ。

「死なない程度に殺してあげる!」とか言いながら、その辺にある砂利を俺に向ってぶつけて吹っ飛ばし、竜巻みたいに回転させながら俺の周囲を囲んで、やっぱり砂利をぶつけまくる。

 

 ボロスの部下より攻撃方法が細やかというか、良くも悪くも女らしいなーとか思いながら、普通に俺はその竜巻から抜け出して、降りてきたフブキの後ろに回った。

「ヒステリー女か。トップの器じゃねーな」

 

 俺の声に気付いてフブキが振り返るが、俺はそのまま間合いを詰める。

「お前は生き残れない。ヒーローをわかってない」

 そしてそのまま言ってやる。

「世の中にはとんでもなく強くて悪い奴がたくさんいる。そいつらに立ち向かうのが、ヒーローだ」

 お前の間違いを、指摘してやる。

 

「たとえ、たった独りでもな」

 

 たとえ、自分を慕って信じてくれる弟子がいても。

 いつまでも心配して、不安を抱えながら待つ妹がいても。

 

 そいつらを大切に思うからこそ、独りで戦わなくちゃいけないんだ。

 

「自分より弱い手下を集めて強くなった気でいるお前には無理だ。

 そのままじゃいつか泣かされる。強い怪人が出て来ても、手下は助けちゃくれねーぞ」

 

 ここまで勢いで言って、ようやく俺自身がこいつをなんかほっとけない理由がわかった。

 

 あぁ、そうか。

 こいつはあいつと真逆の立場だけど、している事は本当に真逆のくせに、行きつくところは、こいつの破滅は3年前のエヒメそのものなんだ。

 

 そう思うと拳に込めた力が、一気に抜ける。

 もう俺には、こいつを殴れない。

 だから代わりに、言葉に力を入れる。

 

「派閥? 新人狩り? ランキング? 関係ねーじゃねぇか。

 ヒーローなめんじゃねーぞ、この野郎!」

「黙れ! お前に私が築き上げた地位を渡してたまるか!」

 

 俺の言葉にキレて、フブキは地面を持ち上げて俺を挟んで潰すわ、さっき以上の礫と一緒に空気の塊みたいなもんを撃ち出して俺を吹っ飛ばすわ、瓦礫をぶつけまくりながら、何をトチ狂ったんだか大振りのカッターみたいなもんを持っておれに突っ込んできた。

 

 ……その涙目はマジでやめろよ。

 何でお前は考え方もやってることも真逆なのに、やたらとエヒメに似てるんだよ。

 そう思いながら、とっさに手を伸ばすと同時にちらっと見えた。

 

 ソニックと、ソニックに向って十八番の焼却砲をぶっ放そうとしてるジェノスが。

 お前ら何してんだ!?

 

 * * *

 

「ジェノスさん、今、人がいましたよ!! 工場の時もそうですけど、もっと周りを見てください」

「何故、俺だけに言うんですか!?」

「ソニックさんは言ってもどうせ聞かないからです!!」

 

 とっさにフブキを庇って前に出たら、エヒメがテレポートで現れてジェノスを叱りつけ、珍しくジェノスが即座に謝らずに反論してる。

 

 ……お前ら、ケンカしろとは言ったけど、なんか違うぞ。

 

 っていうか、何でソニックがいるんだよ?

 





次回、ソニックが核弾頭を落とします。

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