私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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お前らがケンカするんかい

 アパートの屋上のフェンスにもたれかかって、私は膝を抱えて座り込む。

「……お兄ちゃん、結論が大ざっぱすぎだよ」

 

 お兄ちゃんがまとめてくれた内容は、私のグチャグチャに頭をかき乱していたものをすっきり整理してくれた。

 そうだ。私は、ジェノスさんともっと仲良くなりたいんだ。

 

 仲良くなりたい、好きだからこそ言いたいことがたくさんあって、それがあの日に溢れ出て、私は今それを全く抑えることが出来てなかったんだ。

 ジェノスさんの自分自身を人間扱いしない所が、あの人が好きで大切だからこそ許せなくって、大嫌いで叫んでしまった。

 そのことが後悔だらけなのに、きっと言うのを我慢しても後悔してたんだろうなぁ。

 

 言う資格がなくても、言いたかった。

 自分を大切にして欲しかった。

 何で自分を大切にしてくれないのか、その理由を知りたかった。

 

 そうやって自分のして欲しいことだらけで、それを悪いと思っているからこそ、あの人にも言って欲しかった。

 私の悪いところも、不満も、直したいから言って欲しかったのにあの人はずっと、自分が悪いと言って謝ったのが、嫌で嫌で仕方なくて、八つ当たりをして、その八つ当たりに自己嫌悪するのに、ジェノスさんがその八つ当たりすら自分の所為だって思って謝って、またそれが嫌での無限ループ。

 

 心の中で乱れてグチャグチャにもつれて絡まっていたものが、すっきりしたのは良い。私が何を求めていたのか、私の反省すべきところはどこだったか、わかった事はいいことだ。

 ……でもね、お兄ちゃん。

 

「冷静になった頭で改めて『ケンカしろ』って、何の羞恥プレイ?」

 自分で望んでおきながら、ちょっと今から起こるであろう本音トークの恥ずかしさに悶絶する。

 いやだって、頭に血が上ってる時ならともかく、すっきり落ち着いた頭で考えたら、私、ものすごく恥ずかしいこと言わなくちゃいけないじゃん!

 

 何? 私、ジェノスさんが大好きでそしてこれからももっと大好きになりたいから、嫌いなところを直してください! 私もジェノスさんに好きになってもらいたいから、悪いところは直すから言ってください! って言えばいいの?

 もうこれ、ケンカじゃなくてただの告白!! 絶対に何か勘違いされる! ジェノスさんを困らせるだけならまだしも、引かれたら私、立ち直れないんですけど!!

 

 お兄ちゃんに迷惑をかけて、お兄ちゃんに協力してもらっておいてなんだけど、私は何か今までとは全く別の意味と理由で、このまま逃げてしまいたい気持ちでいっぱいだった。

 うん。人に迷惑をかけておいて「逃げたい」と思った私の罰なのかな?

 今日のこの後の出来事全ては。

 

 * * *

 

「はぁ」

「一人で何、塞ぎこんでるんだ。うっとうしい」

「へ?」

 

 しゃがみこんで、膝を抱えて俯いて溜息をついた私に、頭上から声をかけられた。

 ジェノスさんじゃなくて、久しぶりだけど聞き覚えのある声。

 顔を上げると、人の顔と名前を覚えるのが苦手な私でも、めったに会わない人だけど、絶対に忘れられない人がそこにいた。

 

「……ソニックさん?」

「何だその顔は? 不細工だな」

 わかりきった事を問いかけると、ソニックさんは呆れたように一回鼻を鳴らして、辛辣な言葉を投げつけられた。

 

「不細工なのは自前です。放っておいてください」

 さすがにズバッと言われてちょっと傷つき、私が唇を尖らせて言うけど、この人がそういう反応で少しでも「言い過ぎた」とか思ってくれるわけがない。

 私の言葉に彼は、実に面倒くさそうな顔をしてさらに言い返す。

 

「その腫れた目は自前じゃないだろうが。自分から不細工になっておいて、人の言葉で拗ねるくらいならそもそも泣くな」

 ……この人はこういう所があるから、危ない人だってわかっていても、お兄ちゃんの敵だって知っていても、嫌いになれないんだよね。

 

 心配も慰めもしてくれないけど、前々からこの人は細やかなところをちゃんと見て、気付いてくれる。

 プレッシャーに弱くて、慰めや心配をされたらいっぱいいっぱいになるくせに、誰にも気づいてもらえないとそれはそれで落ち込む面倒くさい私にとって、この対応が実は一番楽で助かったりする。

 

「そうですね」

 もちろん、私のそんな心情なんか知らず、ただ単に自分が気付いたことを言いたかったから指摘しただけのソニックさんは、私が笑って同意したのを不思議そうな顔で見下ろしていた。

 

「ところで、ソニックさんはどうしてここに?」

 とりあえず私は立ち上がって、来訪理由を尋ねてみた。

 まぁ、大体わかってるけど。私服じゃなくて体のラインを強調どころか、もうボディペイントかってくらいのぴっちぴちなこの忍者装束で、私たち兄妹とジェノスさんぐらいしか住んでいないゴーストタウンにたまたま偶然でこの人がやってくるわけがない。

 

「わかり切ってることをいちいち訊くな」

「そうですね。でも、よく家がわかりましたね。それだけ、お兄ちゃんが大好きですか?」

 

 お兄ちゃんと戦いに来たことくらいわかってる。ここで私と話してるのも、たまたま屋上に私がいるのを見つけて、お兄ちゃんが面倒くさがって逃げない保険の為に捕獲しておきたかったことであることも。

 でもちょっとくらい、世間話くらいしてもいいじゃないという文句と要望も兼ねて、私が冗談を口にしたら本気でソニックさんに嫌がられた。

 

「気色の悪い発言をするな」

「あはは、ごめんなさい。でも、お兄ちゃんに勝つことに執着してお兄ちゃんを求めてるソニックさんって、見ようによってはお兄ちゃんに恋してるみたい」

「貴様、よっぽどその舌はいらんようだな」

 

 顔を引き攣らせて苦無を取り出したので、さすがに謝っておいた。

 でも、思っちゃったんだもん。自分でも言っておいて気色悪いと思うけど、プリズナーさんとジェノスさんの「恋」の定義がある意味で、ソニックさんがお兄ちゃんに対しての感情とぴったり一致するなーって。

 まぁ、大前提としてソニックさんの「求める心」も、「命に代えても貫くこと」も、憎悪から来てるってのがあるけどね。

 

 言い訳でそんなことを話したら、ソニックさんは恋と愛の違いに関して、鼻で笑った。

「アホらしい。恋愛なんぞ、性欲を詩的に表現しただけだろう」

 あなたはそう言うタイプですよね。絶対に言うと思った。

 

「リューノスケですね」

「何だ、知ってたのか」

 

 私がソニックさんの言葉の元ネタである文豪を口にしたら、素で思ったことを言った偶然の一致ではなくて、わかって使ったみたい。

 じゃあ、これは知ってるのかな? 知ったうえで、使ったのかな?

 

「ソニックさん、その言葉はそこの部分だけ有名になってしまったけど、続きがあるそうですよ。

『恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである。少なくても詩的表現を受けない性欲は、恋愛と呼ぶに値しない』

 ……それは恋愛を馬鹿にする言葉じゃなくて、むしろ恋愛を馬鹿にする人を馬鹿にしてる言葉ですよ」

 

 私の補足に、ソニックさんは続きを知らなかったらしく軽く目を見開いて驚いていた。

 その後、恥ずかしそうに眼をそらして「自分の考えは前半だけだ」とでも言うかと思ったら、ソニックさんはそのまま数秒間私と目を合わせて、そして一歩踏み出した。

 

 指先まで黒衣に包まれた手が私の頬に触れて、ソニックさんは少しだけ面白そうに口の端を吊り上げて言った。

「そうかもしれんな」

 

 まさかの否定じゃなくて同意に驚いたけど、この人が何を思って同意したのかという、ものすごく気になる部分は訊けなかった。

 

「貴様何者だ!? エヒメさんから離れろ!!」

 

 ……忘れてたというか、現実逃避してた。そうだよ私はこの人を待ってたんだよ。

 でもこのタイミングで来ないで欲しかったなジェノスさん!!

 

 * * *

 

 ジェノスさんは焼却砲を構えて、しょっぱなから完全臨戦態勢。

 そしてその態勢のまま、私のすぐ傍というか私に触れてる人が誰なのかを認識して、大真面目な顔と声で言った。

「! 貴様はあの時の変質者!!」

「誰が変質者だ!!」

 

 ……あぁ、そういえば二人は完全な初対面じゃなくて、互いがどういう相手か認識してないまま、深海王の時に一回出会ったらしいことを思い出した。

 その時、ソニックさんが威風堂々なぐらいに全裸だったらしいことも思い出し、思わず遠い目になる。

 ソニックさん、怒って否定してるけど、ぶっちゃけ全裸じゃなくて今の格好でも、正直割と変質者です。

 

「エヒメさん! その変質者から今すぐに離れてください!!」

 ジェノスさんの言葉は彼の認識からして正しい判断なんだけど、私にとってはソニックさんは何だかんだで恩人だし、警戒する必要のない人だし、でもジェノスさんに「この人がソニックさんです」と言っても、お兄ちゃんの敵と認識して余計に排除しそう。

 私が困惑してどうしたらいいかわかんなくなってオロオロしてたら、ソニックさんがジェノスさんに対してうっとうしそうに顔を歪めて、私に「あいつはお前の何なんだ?」と尋ねてきた。

 

「ジェノスさんはお兄ちゃんのお弟子さんで、私の……」

「つまりは金魚の糞の雑魚か」

 私の説明を全部は聞かず、ソニックさんは勝手にまとめて、そして私の首を掴んで引き寄せ、ジェノスさんと対峙する。

 

「! エヒメさんを離せ!!」

「五月蠅い。雑魚に用はない。

 俺は、音速のソニック。サイタマのライバルだ。今日は決着を着けに来た。わかったらどけ。邪魔だ」

 私を人質に取られたと思ったジェノスさんが、空気がピリピリとして肌が痛くなるほどの怒気と殺気を放って叫ぶけど、ソニックさんはどこ吹く風と言わんばかりの態度で自分の要求を口にする。

 

 ジェノスさんはソニックさんの名を聞いて、そして彼には珍しい嘲けるような笑みで口元を歪ませて言う。

「音速のソニック(笑)。貴様だったのか変質者め。

 ……その手を今すぐに離せば、エヒメさんの恩人であることを考慮して、せめて楽に死なせてやる」

「ジェノスさん、出来ればもっと考慮と譲歩をして欲しい!!」

 思わず、どう足掻いてももう殺すのが決定事項になってることにツッコミを入れてから、何とかジェノスさんを説得する。

 

「ジェノスさん! 私は大丈夫ですから! この人はそこまで警戒する必要のある人じゃ……」

「エヒメさん! 貴女は俺とそいつ、どちらが大事なんですか!?」

「はいっ!?」

 

 私の言葉を遮って、何かすごく恥ずかしいセリフが聞こえてきた! 空耳だよね!?

「答えてください! 俺は……ずっと貴女がそいつの事を語るのが、恩人で大切な人だと語るのが嫌でした!!

 俺よりも……そいつの方が、先生の命を狙うそいつの方が貴女にとっては重要で大切な人なんですか!?」

 なんかさらに恥ずかしいこと言われたーっ!

 このタイミングで、ソニックさんの前で本音トークするの!? 羞恥プレイのレベルが格段に上がった!

 

「……馬鹿なのかあのガキは」

 いやもうジェノスさん的に他意のない大真面目なセリフだろうけど、どこの少女漫画よ? なセリフに顔から火が出そうになっていたら、ソニックさんが呆れ果てたように言う。

「俺に決まってるだろ。守るどころか今も痕が残る怪我を負わせたポンコツが、何を思いあがってるんだ?」

 

 こっちも何言ってんですかソニックさん!? 何故、ノッたし!!

 ソニックさんの顔を見たら、ニヤニヤとチェシャ猫のように笑って、大ショックを受けてるジェノスさんを見てる。完全に面白がってるよこの人!!

 

「ジェノスさん、気にしないでいいですから!! ソニックさんが勝手に言ってるだけですから!!」

 とりあえず私がジェノスさんに誤解を解いておくと、私の首を掴む手が少しだけ力を増して、ソニックさんが不愉快そうに言う。

 

「何だ、エヒメ。お前はあの役立たずの方が、俺より頼りになると言う気か?」

 ソニックさん、何でいきなり張り合いだしたし!? 何なの、最強にこだわってるのは知ってるけど、こんな時も一番じゃなきゃ嫌なの!?

 知らないけどあなた、私より年上だよね! 子供か!!

 

「……あなたの場合は強い弱い以前に、性格の問題で頼りにはしてません。頼りにしたら、それこそあなたは私を見捨てるでしょうが」

 軽く首を絞めあげられつつも私がかすれた声で答えると、ソニックさんが「それもそうだな」と納得して力を緩めた。

 もう何なのこの状況は!?

 

 そう叫びたい気持ちでいっぱいいっぱいなのに、状況は私の理解を置いてけぼりにして進んでいく。

 私の首にかける右手の力が緩むと同時に、いきなりソニックさんの左腕が私の腰に回って、そのまま抱き上げられて跳ぶ。

 ソニックさんが直前までいたその場所に、ジェノスさんが飛び込んできて、フェンスは壊れて地面も大きくえぐられた。

 

「はっ! あのポンコツはお前がどうなってもいいみたいだな」

「そんな訳ないだろう! 今すぐにその人から離れろストーカー忍者!!」

 

 私を抱えたまま、ソニックさんはその辺の建物から跳び回って手裏剣やらなんやらをジェノスさんに投げつけ、ジェノスさんはそれを避けたり破壊しながら、私とソニックさんを追い掛け回す。

 ……私の今の状況は、何なの?

 

 あれかな?

 私の為に争わないで! って奴?

 いや、違うでしょこの状況は。そもそもこの二人、どっちかが余計なことを言わなければこの争いは起こらなかったよね?

 

「先生のライバルを名乗るだけでもおこがましい恥知らずだというのに、軽々しくエヒメさんに触れるな!  今すぐに離れろ! この露出狂変質者!!」

「ヒーローごっこにうつつを抜かして、結局なにも守れなかった無能が吠えるな! ガキは帰って母親の乳でも吸ってろ!!」

 

 あなた達、私をダシに争うな。

 




ジェノスの告白がソニック登場で邪魔される展開だと思ったか!?
残念! 逆だ!!
……もうこれはどっちに、「空気を読め!」と言えばいいんでしょうね?

作中の「恋愛は性欲の詩的表現」ってくだりの言葉の元ネタは、芥川龍之介。
ワンパンマン世界では、ファミリーネームの概念なし、基本がカタカナ表記っぽいので、「リューノスケ」と書いたら、どこぞのcool大好き旦那大好きな連続殺人鬼みたいに思えるのは私だけだろうか?


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