私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ジェノス視点です。


自己完結行き止まりをぶち壊せ!

 強くなりたいと願うのはやめたはずなのに、俺はまた子供のようにただ思った。

 強く、なりたかった。

 

 あの本体も一瞬で溶かし尽くす火力があれば、本体の存在に気付いた時点で間合いに入れるほどのスピードがあれば、あのレーザーに耐えられるほどの強度があれば……。

 俺がもっと強ければ、彼女はあんな辛そうな顔をしなかったのに……。

 

 エヒメさんは約束を守ってくれた。

 大人しく他の市民の避難誘導を行う以外は何も危ないマネなんか何もせずに、怪我一つなく待っていてくれた。

 なのに俺の方は、何も全く守れなかった。

 

 外装を破壊しただけで全てが終わったと油断してエヒメさんを近づけ、彼女をあの拡散レーザー砲の脅威に晒した。

 エヒメさんならテレポートで逃げれただろうが彼女の性格上、俺を置いては逃げられず、もしくは怯えてとっさにテレポートすることは出来ない可能性が高かったのだから、絶対に確実に安全と言い切れるまで近づけるべきじゃなかったのに、学習能力のない俺は彼女が笑って駆け寄ってくれたことにただ浮かれていた。

 

 そして、せめて彼女だけは守ろうと抱きしめて庇ったつもりが、俺の方が助けられた。

 エヒメさんのテレポートで助けられた時、自分の不甲斐なさと無能っぷりで死にたくなった。

 

 あれではエヒメさんを庇ったどころか、エヒメさんのテレポートで逃げる為に縋ったも同然だ。

 

 そして、何とかあのレーザーを無力化して倒したのはいいが、彼女の「無茶をしないで欲しい」という願いを、俺は全く叶えられなかった。

 G4の一撃で俺の唯一の生体部位である脳が露出してしまった事が、エヒメさんには相当衝撃的だったらしく、彼女が泣いて何も悪くなどないのに自分が真っ先に標的になったせいだ、自分が何もできなかったからと自責し、謝った。

 

 彼女に心配をかけて、感じなくていい責任を負わせ、そしてたくさん泣かせて悲しませた……。

 

 彼女を泣かせたくなかったから、涙など見たくなかったから、あの人はいつも笑って、誰よりも何よりも幸せになって欲しくて、幸せにしたくて、エヒメさんを傷つける全てのものから守りたかったから……

 

 だから俺は、自分を苦しめた敵の体を、パーツを拾い集めてクセーノ博士の元に持ち帰った。

 もっと強くなるために。

 

「……馬鹿か、俺は」

 もう何度目かわからない自責と自嘲を、先生の玄関先で呟く。

 馬鹿かじゃない。大馬鹿者だ、俺は。

 

 彼女が何で泣いてたのかも、わかっていなかったのか?

 彼女が泣きながら縋って頼み込んだのは、願ったのは何だったのかも聞いてなかったのか?

 

 俺を心配して、俺の損傷を彼女は「怪我」と認識して、一刻も早く修理ではなく治療してほしくて、あんなにも泣いて泣き縋って俺を送り届けようとしてくれたのに、どうして俺は彼女の不安を長引かせたんだ!

 もう夜も遅かったのに、チャイムを鳴らしてすぐに跳び出て来てくれるほど俺を心配してくれていたのに!

 俺の頭部が直っていたことを、あんなにも嬉しそうに安堵して喜んでくれたのに!

 

 なのにどうして俺は、彼女がくれたもの全てを踏みにじるようなことをしたんだ!!

 

 ……嫌われて、当然だ。

 

 もう俺の顔なんて見たくもない。そう思われて当然なのはわかってる。

 こんな酷い裏切りをした俺なんか、許してもらえるわけがない。

 なのに俺は、今日も先生宅に、エヒメさんの元に訪れる。

 

 もう一度、もう一度だけでいいから、チャンスが欲しかった。

 そうしないと俺は本当に、何の為に彼女を泣かせたのかがわからなくなる。彼女をあんなに泣かせて、心配をかけさせた意味がなくなる。

 エヒメさんはあまりにも愚かな男を心配して、無意味に悲しんだだけになってしまう。

 

 だから、お願いします。

 許さなくていいんです。

 俺の事が嫌いなら、それでいいです。

 もうあの笑顔が、俺に向けられなくてもいいんです。

 

 ただ、まだ俺に貴女を守らせてください。

 その為に、貴女を泣かせてまでして得た力なんです。

 

 俺は今日もまた、ただそれだけを希いたくて先生宅のチャイムを鳴らした。

 

 * * *

 

 チャイムを鳴らしていつものように名乗るが、いつもほど声が出せないのでおそらく中に俺の声など届いていない。

 けれど、この郵便さえもヘリやドローンを使わないと届かないゴーストタウンで訪問販売などが来るわけもないので、先生もエヒメさんも来客が俺だという事はわかっているだろう。

 

 現に中から先生が「おう。開いてるから入れ」と言われ、俺は「失礼します」と声をかけ、お邪魔する。

 

 リビングにはこちらを振り返る先生と、その対面にエヒメさんがいた。

 が、俺の姿を見てすぐに掻き消えた。

 テレポートしたのはすぐにわかった。昨日までは顔を合わせるくらいはしてくれたのに、もう能力を使ってまでして俺に会いたくないと思われるほどに嫌われた事実もショックだったが、それ以上の衝撃だったのが、掻き消える前に見たエヒメさんは眼を真っ赤にして涙の痕を鮮明に残していたからだ。

 

「せ、先生! エヒメさんは!? エヒメさんはどこに消えたんですか!?

 俺が探しに……いえ、俺が行ったら逆効果ですよね……けどサーチくらいは……」

「落ち着け。あいつはアパートの屋上にでもいるから、とにかく落ち着いてそこに座って、まずは俺の話を聞け」

 

 まさか、俺がいない所で先生の前で泣くほどに俺に会いたくなかったのか、それとも何か別の事で泣いていたのか、どちらにしろ彼女が泣いていたことは確かだったので、俺は大いにうろたえて先生に一喝された。

 

「屋上?」

 何故場所特定が出来ているのかと思えば、先生は俺と二人で話がしたかったので俺が来たらひとまずそこにいろと、エヒメさんに言っていたらしい。

 

 とりあえず遠くに行っていない、センサーを起動させていれば怪人の出現などに俺も先生も即座に対応できる距離であることに安堵し、先生に言われた通り俺は先生に向き合って座る。

 

 ……何を言われるかは覚悟していた。

 おそらく、俺は破門される。

 先生の最愛の妹を全く守れず悲しませてばかりで、嫌われてもしつこく近寄ろうとする俺など、先日の怪人と化したストーカーと変わらない。

 兄なら、家族なら、エヒメさんを大切に思うのなら、俺など殺してでももう近づかせないが正しい対応だろう。

 

 そのことをわかっていながら、……「それでも」と思ってしまう自分が浅ましい。

 ……先生がいるのに、いつでも、どんなに憎い敵が目の前にいても、怨敵に怒りや憎悪をぶつけるのではなく、大切な人を、妹を、エヒメさんを守ることを最優先して行動できる人がいるというのに、俺はまだ願う。

 

 どうか、俺にまだチャンスを。

 エヒメさんをまだ、守らせてくださいと心が泣き叫んだ。

 

「ジェノス、お前ちょっとエヒメとケンカして来い」

「はい?」

 

 * * *

 

 予想外すぎる言葉に力が抜けて、思わず前のめりに倒れそうになったところを何とか堪える。

 若干前のめりになったまま、俺はおそらくマヌケ面を下げて先生に尋ね返した。

「……ケンカ……ですか?」

「そうだ。ちょっとあのアホに不満でも文句でも何でもいいから、本音をぶちまけて来い」

 

 尋ね返しても、意味がわからなかった。

「いえ、あの、不満なんてありませんし、そもそも俺が怒らせて悲しませて、自業自得で嫌われたのにケンカなんて……」

「あーっ!! てめーら面倒くせぇんだよ!!」

 

 長くて遠回しな話を好まない先生が早速、俺の言葉をぶった切って俺を怒鳴りつける。

「お前らはどうしてどっちも、相手の話を聞かずに自分の中で勝手に完結するんだ!? しかもどっちも明後日どころか真逆の方向に突っ走ってやがるし!!

 お前ら二人がアホなのはもう俺はよくわかったから、お前ら本音トークしてその勘違いをさっさと正せ!!

 お前らどっちも互いを大好きすぎだろいい加減にしろ!!」

 

 怒涛の勢いで先生に怒鳴られた。場違いなことに、実は先生とエヒメさん、怒り方も似てるなと思ってしまった。

 そんな風に現実逃避じみたどうでもいいことを考えたのに、先生の最後の言葉がグルグルと頭の中を駆け巡る。

 いや、この言葉がどうしても処理できなかったからこそ、あの要点がずれた考えだ。

 

『お前らどっちも互いを大好きすぎだろいい加減にしろ!!』

 

 今の状況ではあり得ない言葉。

 俺が抱く気持ちとは違うとしても、友愛や親愛ですらもうあの日に失われたはずなのに。

 それなのに、先生は言った。

 

「せ、……先生……それは……どういう意味で……」

「お前、本当に頭が一番融通利かねーな。それが唯一の自前のもんだろ。しっかり使えよ」

 

 自力で何とかフリーズを解いて先生に尋ねると、先生はテーブルに頬杖をついて俺を呆れ果てたような目で見た。

 そして、問う。

「お前さ、三日前に言われたセリフが例えば俺が言われてたのなら、どう思うんだよ?」

 

「どう思うって……もちろん…………あ」

 

 シミュレートした瞬間、先生が何を言いたかったのを理解して、思わず羞恥で顔を手で覆うようにして項垂れる。

 先生が呆れ果てていたわけも、よくわかった。これはもう、呆れるしかない。

 ……俺は本当に、ロボットだったG4よりも融通が利かない石頭だ。言葉をそのままに受け取りすぎだろ。

 

 ……エヒメさんが先生の怪我を心配したのに先生が治療より他の事を優先して後回しにして、そのことを怒って泣いて「大嫌い!!」と叫んだら、本当にエヒメさんが先生を嫌いになったかと俺は思うか?

 

 そんな訳ないだろ。

 先生が「大嫌い」と言われた場合、それは本音と言えば本音だろうが、先生が嫌いになったという意味ではない。

 大好きな兄を大事にしてくれない兄自身が大嫌いという意味で叫んだことくらい、俺にだってわかる。

 

「……先生、……俺は自惚れていいんですか?」

 失礼だがとても上げられる顔をしていないのでうなだれたまま先生に尋ねたら、見ていないのに先ほど以上に呆れられたのがわかる声音で答えられた。

 

「あいつは嫌ってる奴には、怯えるか緊張のし過ぎで逆にキレられねぇよ。

 お前、あいつにしょっちゅうキレられてる俺をなんだと思ってたんだ?」

 

 ……あぁもう、俺は先生の言う通りアホだし、俺が自分で思った以上にバカだ。

 あの人は先生と同じとまではいかなくて、俺に甘えてくれたんだろうが。

 

 * * *

 

 自分の壮絶な勘違いと、俺は泣かせて心配をかけた挙句に「杖になる」という約束もまた果てせてなかったことを、せっかく甘えてくれたのにそれを支えられずただ狼狽えるだけだったことに自己嫌悪が襲うが、先生の続けられた言葉でそれも吹っ飛んだ。

 

「お前らさぁ、俺が言うのもなんだけど、マジで何で人の話を聞かずに自分らの中で自己完結するんだよ?

 エヒメもお前が謝って全部自分が悪いで終わらせんのは、自分なんかどうでもいいから面倒くさがって、さっさと話を終わらせたいからって思い込んでたぞ」

 

 あまりに想定外すぎる解釈に、思わず顔を上げて前のめりで先生に「何がどうなってそんな解釈に!?」と問い詰めてしまった。

 エヒメさん、誤解です! 俺もですが、先生の言う通り明後日どころか真逆の方向ですそれ!

 

「俺が知るか! だからそういうのを訊いて、アホな決めつけしてんじゃねー! ってキレて、そんで誤解を解いてこい!

 お前ら本当に面倒くせぇんだよ!!

 嫌われるのが怖いんなら、初めから人と関わろうとすんな! 嫌われてももっかい好かれ直す気もねー奴にエヒメはやらねーからな!!」

 

 思わず先生の名言をまたノートにメモしようとするが、今日はノートを持ってきておらず、そしてそんなことをしてる場合ではなかった。

 何もかもがあまりに先生の言う通りだ。

 

 嫌われるのが怖いのなら、人と関わらなければいい。

 誰かと関わりたいのなら、自分が傷つく覚悟を持ち、相手を傷つける可能性を知り、そして傷ついてもまだその人と関わりたいのなら、相手の傷を癒せる人間になるべきだ。

 

 許されなくてもいい?

 俺の事が嫌いでもいい?

 あの笑顔が、俺に向けられなくてもいい?

 

 そんなの嘘だ。

 あの人に嫌われたからって諦めきれるような気持じゃないから、縋ったのだろう。

 もう一度、チャンスを。彼女を守る権利をくださいと希ったのだろう。

 その先でまた、許されることを期待したんだろうが。

 

「……先生、ご迷惑をおかけしてすみません! そして、助言をありがとうございます!!」

 俺はまず土下座で、俺の勘違いでエヒメさんの怒りも悲しみもまたさらに長引かせた事、そのことで先生に心配をかけた事を詫び、こんな愚かな俺を見捨てずに助言を与えてくれた礼を伝える。

 

 そして、先生からの返答を待たずに立ち上がる。

「ケンカは出来るかどうかはわかりませんが、エヒメさんと話してきます!

 本音で俺が何を思い、どうしてあの日、エヒメさんの願いを無視してしまったのか、どうして俺が謝ったかを全部、話します!

 もう勘違いなどされないように、全部話します!!」

 

 俺の宣言に、先生は少しだけ笑って言ってくれた。

「おう。ついでにあいつに不満やら、直してほしい所とかして欲しいことがあるんなら、それも全部ぶちまけろ」

「はい! 不満はありませんが、言いたいことは全部言ってみます!

 結婚してくださいと言ってみます!!」

「それは言わんでいい!!」

 

 先生から叱責されて、自分のとんでもない発言に気付く。

 危うく、ケンカや本音トークどころではなくなるところだった。

 


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