私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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サイタマ視点です。


喧嘩するほど仲が良い

 ……どうしよう。

 ジェノスが怪人じゃなくてエヒメの所為で死ぬかもしれん。

 

 いや、前々から何度もこいつ殺されかけてるけど。主に、エヒメの無自覚殺し文句で。

 でも今回はなんつーか、マジで死ぬかもしれん。

 すまんな、ジェノス。へそ曲げてるだけだから、明日になれば機嫌が直るなんて言って。でもいつものパターンならマジで次の日になったら「酷いこと言った」って自己嫌悪はしてても、怒ってなかったはずなんだ。

 

 ……エヒメ。何でお前、また3日もへそ曲げてんの?

 

 * * *

 

 何か隕石の時みたいに、またこいつは暇さえあれば何かをひたすら作り続けてる。

 あの時とは違って今回はジェノス相手に怒って、そして口を利かないじゃなくて一応は話しかけられたらちゃんと答える。……ものすごく、キレながらな対応だけどな。

 

 慣れてる俺からしたら口を利く分マシなんだけど、ジェノスは話しかけるたびに「何ですか!?」って乱暴に言われて、そのたびにショックでフリーズしてる。

 ジェノス、気にすんな。口を利くのはまだマシな方だ。明日には機嫌が直ると言い続けて、フリーズを解凍してきたけど……まさか3日続くとは思わんかった。

 

 さすがにそろそろ何とかしないと、あいつは「もう死んで詫びるしか……」とか言い出して、ガチで自爆しかねない。

 だから俺は、何かを編み続けてるエヒメに言った。

「エヒメ。いつまでへそ曲げてる気だ?」

 

 俺の言葉にエヒメが肩を一度震わせたが、こっちを向かない。

 それでもお構いなしに俺は言う。

「お前さ、自分でもわかってるんだろう? お前があいつに言ったことは、そのまま自分に返ってくることも。

 お前があんなこと言って怒った気持ちはわかるし、そのことを責めるつもりはねぇよ。

 でもな、相手が反省して謝ってるのにその話も聞かずにへそを曲げ続けるのは、さすがに注意するぞ」

 

 こいつが3日前にジェノスにぶちまけた言葉は、マジでお前が言うなって話だったけど、それでも言いたくなる気持ちはわかった。

 確かに脳みそ出てるのにさっさと帰って治してもらわないで、何かロボットのパーツを集めてから帰ったって知ったら、そりゃムカつくわな。

 

 別にこいつだって、棚にあげたくてあげたわけじゃない。そもそも、怪我したくていつもしてるわけじゃないのも知ってる。

 つーか俺も怪我したらエヒメが泣くっていうのをわかったうえで、敵に立ち向かったりエヒメを庇ったことは何度もあるから、俺だって言う資格はねーよ。

 

 ないけど、言う。

 お前が怪我したら俺が痛いんだって何度だって言うし、何度だって自分から怪我しに行くのはやめろって止める。

 だから、あの日こいつがキレたこと自体を責める気はねーよ。ジェノスがそれだけ、自分の事を棚に上げてでも言ってやりたいくらいに心配だったってだけの話だろ?

 

 ただ、今のこいつはピリピリしすぎてて、ジェノスが何か言う前に威嚇して全然話を聞こうとしない状態だ。

 一喝されたら即座にすごすご引くあいつもあいつなんだけど、せっかく俺以外とも人付き合いが出来るようになったのに、このままじゃジェノスと出会う前に逆戻りだ。

 

 だからさ、エヒメ。聞かせてくれよ。

 俺はお前が悪かったら注意するし、嫌なことを言うかもしれねーけど、お前がどんなに悪くたって俺はずっとお前の味方だから。

 お前が何にそんなに怒ってるのかを、教えてくれよ。

 

「…………お兄ちゃん」

 毛糸と編み棒を置いて、エヒメは俺に向き直る。

 向き直った瞬間、こいつは無言でぽろぽろ涙を零しやがった。

 うおおぉい! いきなし泣くな!

 

「ちょっ、すまん! 言い過ぎた!」

「……違っ……お兄ちゃんは……悪くないの……。ジェノスさんも……悪くないの……。

 私が……悪いの……でも、……わかんないの」

 俺が思わず謝ったら、エヒメが泣きながらたどたどしく話し始めた。

 

「……わかってるの。……私は、自分を棚に上げて、どれだけ……酷いことを言ったか。……すごく……酷い八つ当たりを……したってわかってるの。

 ……いつも寝る前に、……朝起きた瞬間から、……今もずっと私、ジェノスさんに謝らなくっちゃって……思ってた。許してもらえなくても……、謝らなくっちゃって……思うの。

 ……でも、ジェノスさんの……顔を見るたびに、頭がグチャグチャになって、腹が立って、……謝る言葉がどこかに行って、……また責めたててしまいそうになるの」

 

 えぐえぐと泣きながら話すエヒメに、箱ティッシュを渡して話を聞く。

 うーん。半分くらいは俺の予想通りというか、いつものパターン。謝らないんじゃなくて、自己嫌悪でいっぱいいっぱいになってどう謝ったらいいかわかっていなかったみたいだけど、何か後半が新しいパターンだな。

 

「何でまたジェノスを責めるんだ? 何がそんなに気に入らないんだよ?」

 正直、そこがまったくわかんねーから訊いてみた。

 俺から見たら、ジェノスはこいつにキレられた後は、別に地雷を踏んでねーぞ。そもそも、踏む前にこいつがジェノスの言葉も接触もシャットアウトしてる状態だし。

 

 エヒメはティッシュで涙を拭って、一回鼻をかんでから、さらにちょっと間をあけて答えた。

「………………謝るから」

「は?」

 

 予想外すぎる答えに、思わず固まる。

 いや、確かにあいつはエヒメに「大っ嫌い!!」宣言を受けた直後は、俺が揺すっても割と強めに殴ってもフリーズが解けないで、そのまま1時間くらいうちの玄関先で固まってたし、もうずっと捨てられた子犬みたいな常に大ショックを受け続けてる顔をしてるし、空気は重いし暗いし、エヒメに会うたびに土下座の体勢に入るのは……うん、ウザいな。

 でも、それを言うか?

 

「…………私が悪いのに……謝るから」

 俺が固まってたら、エヒメが補足を加えた。

 あ、そういう理由? ウザいからじゃねーのか。良かったなジェノス。

 何故か俺の方がジェノスをウザがってるわけじゃないことを知ってホッとしていたら、エヒメはテーブルを一回、バンッ! と強めに叩いて、キレだした。

 

「私が悪いんだからジェノスさんは私に怒ればいいのに、何で謝るの!?

 自分の事を棚に上げて、守られるばっかりで何もできない私の事を怒ればいいのに、あの人ずっと自分が悪いって思って、ずっと謝って、こんなバカなことで拗ねてる私なんかウザいって思えばいいのに、普通は思うのに何であの人は私の事、全然責めないの!?

 もうやだ! 何が何だかわかんなくて頭がグチャグチャになる!!」

 

 ヤケクソでキレて叫んで、そのままテーブルに顔を突っ伏した。

 いやー、ジェノスがお前を責めないで謝り続ける理由を俺は知ってるけど、「お前のことが大好きだからだよ」って言っても逆効果だよな、これ。いや、さすがに始めから言う気はねーけど。

 

「何なんだ、お前は? ジェノスに嫌われたいのか?」

「それは絶対に嫌!!」

 エヒメが何を言いたいのかがわからなくなって、あり得ないのはわかってるけど一応訊いてみたら、予想通りの答えが予想より早く、即座に返って来た。

 エヒメは突っ伏したまま、一回泣いてキレたことで少しは落ち着いたのか、また少しずつだが話し始める。

 

「……嫌われたくないから……だからこそ言って欲しいのに……、私の悪い所を言って、どうしてほしいのか、どうなって欲しいのかを言って欲しいのに、あの人は私に説教はしても、結局私を縛らないで、好き勝手させてくれる。

 それは嬉しいけど……時々、すごく寂しい。……お前なんかどうでもいいって言われてるみたいで、……いつか、私が知らないうちに愛想が尽かされそうで、しかもそのことすら言わずに黙って離れていかれそうって思っちゃう」

 

 うわー。ジェノス、お前のこいつを尊重する愛情が、何かすげーひねくれてネガティブに解釈されてんぞ。

 ……でもまぁ、仕方ねーか。

 素直に好意を受け取れないのは、向けられる好意を好意だって気づけないのは、仕方ない。

 

 こいつは好意のフリをした身勝手なクソに、利用されて絞りつくされて奪い尽くされて、何もかもなくしてそのまま捨てられた。

 俺の事を信じてくれただけでも、奇跡なんだ。

 

 ……つーか、ジェノスの気持ちは全く気付いてないくせに、こいつジェノス大好きだな。

 どういう好きかはまだわかんねーけど、そもそも人に嫌われんのが怖くて、人前で委縮していい子ちゃんになろうとするこいつが、あそこまでキレた時点でジェノスにだいぶ甘えてるし、素を見せてもいいって信用してるんだな。

 

「じゃあ、そう言えよ。3日前みたいに、もう一回本音をぶちまけたらいいだろ?」

 俺がそういうと、またエヒメは肩を震わせてもう一回泣きだした。

 だから、いきなり泣くなっつーの! 今度は何が悪かったんだ!?

 

 エヒメはテーブルに突っ伏したまま、泣きながら呟く。

「……また、あんな風に怒ったら……絶対に嫌われる。

 ……もうやだ。嫌われたくないのに、嫌いたくないのに、謝り方がわかんない」

 

 いや、ぶっちゃけジェノスが未だにショックを受けて気にしてるのは、お前の「大っ嫌い!!」宣言だけだから。

 他のは普通にお前が心配してたから出た言葉だってことはわかってるし、どっちかというとあそこまで怒るほどに心配してくれたのは嬉しかったって、本人が言ってたし。

 だから、今さっき言ったことを全部話したらむしろ喜ぶとは思うけど……ダメだな。結局あいつは、エヒメに謝って終わるだけだ。

 

「あー、わかった。

 エヒメ。お前はジェノスと『ケンカ』がしたいんだな」

 

 俺の言葉に、エヒメは顔を上げる。目は真っ赤で涙の痕がくっきり残ってるけど、表情はきょとんとしてる。

 本人も気づいていないことを、そのきょとん顔に指を突き付けて言ってやる。

 

「お前はジェノスに対して不満がぶっちゃけあるけど、自分がその不満をぶちまけて直せって言えるほど立派な人間じゃないこともわかってる。

 だからジェノス側の不満も聞いてやりたいのに、あいつがそれを言わないで自分が全部悪いってことにして、謝って話を終わらせんのが腹立つんだろ?」

 

 エヒメは目を見開いてから、コクコクとうなずいた。どうも、自分でも整理できずにわかっていなかったみたいだが、まとめてみたらこういうことだ。

「お前は、ジェノスともっと仲良くなりたいってことなんだな」

 

 喧嘩するほど仲がいい。

 つまりはこういうことだ。

 こいつはケンカするほどに自分の素を見せて、不満をぶつけて、でも相手からの不満も知りたいし素を見せて欲しい。

 そして、仲直りをしたい。

 

 こいつ、元々そんなにうまくなかった人付き合いが、中学と高校のイジメとそっから俺とだけしか付き合わない引きこもり生活で完全にめちゃくちゃになって、ケンカの仕方もわからなくなってたってことか。

 

 エヒメは、もはや呆然と言わんばかりの顔で俺を見る。

 そして、顔をくしゃくしゃに歪ませて、泣いてないのに泣き顔の方がマシなくらい悲しそうな顔をして、言っちゃいけないことを言ってしまった事を悔やむような顔をして、言った。

 

「――うん。……私、ジェノスさんと仲良くなりたい」

 

 ……悪いな、ジェノス。

 お前の味方にはなってやれねーわ。

 俺はプロヒーローである前に、お前の師匠である前に、こいつの兄貴でヒーローなんだ。

 

 だから俺は、エヒメの頭に手を置いてぐしゃぐしゃに髪をかき回してから言ってやる。

 

「んじゃ、兄ちゃんに任せろ」

 

 お前ら、ケンカしろ。

 


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