私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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闇と出会う

 天井にビニールシートを貼って、とりあえず今日一日くらいは凌げるようにした。

 お兄ちゃん、ちゃんと天井の修理費をもらってきてくれるかな?

 

 まぁ、そこを心配してももらえないものはもらえない。怪人を人工的に作る組織に期待するのは無駄。

 初めから諦めていた方がもらえなくても精神ダメージは少ないし、もらえた場合が嬉しいから、私はとりあえず天井の事はもう考えないでおこうと決めて、気分転換にクラフト材料でも集めに行こうと決めた。

 

 私の仕事は、雑貨制作とその販売。

 アクセサリーとかぬいぐるみとか雑貨とか、そういうものを昔から作るのが好きで、小学生の頃からネット通販で販売してた。

 もちろんその頃に作ったものは、子供のお遊びそのものだったからただ同然だったけど、私は料理にしろものづくりにしろ、何かを作ることでストレスを発散させるタイプだからか、ちょっと学校で色々あった中学校の時期から製作スピードと作品の出来栄えがやたらと向上して、それなりの価格でも売れるようになった。

 

 で、お兄ちゃんがヒーローになると言い出した時期と同時に、私も色々あってお兄ちゃんと暮らし始めることになり、本格的に制作と販売を始めて今に至る。

 順風満帆とは言えないけど、ネット通販では固定客もいるし、いくつか雑貨のセレクトショップに商品を置かせてもらって、ギリギリだけど生活が出来る程度に稼いでる。

 

 棲んでるところが家賃ただ同然の、ゴーストタウンアパートだからこそ成り立つ生活だけどね。

 そうじゃなかったら、とっくの昔に私たち兄妹は飢え死にしてるぐらいギリギリ。

 

 なので、実はというと稼ぎの元のクラフト材料だって満足には揃えられなかったりする。

 だから私は、軍手をはめてバケツを片手にテレポート。

 

 目的地は、鬱蒼とした森と切り立った崖の向こうにあるせいで、水質は綺麗なのに誰もやってこない海。

 穴場の浜辺。

 そこで私は、貝殻やらビーチグラスやら流木やらその他流れ着いたものを拾って、クラフト材料にしている。

 

 こういう時、交通費もいらないし人がそう簡単にはいけない場所にも行けるテレポートが使えて本当に良かったと思う。

 さーて。いっぱい拾って、今月の食費を稼ぐぞー!

 

 * * *

 

 黙々と私は材料になりそうなものを拾い集めて、バケツの半分ぐらいが貝殻やビーチグラスで埋まった頃、ザパンと音がした。

 波にしては妙に遠く、もしかしてイルカか何かが跳ねたのかと期待して、私は水平線を臨む。

 そのタイミングで、海面からそれは現れた。

 

「ぐはははははははは!

 運がないな、小娘! この地上を制圧するために、深海王様から地上の偵察を命じられた俺の姿を見さえしなければ、我ら海人族が本格的に支配するまで生き延びられたものを!」

 

 ……なんかクトゥルフっぽいタコの怪人が現れた。

 偵察にしてはうるさすぎ。っていうか、自分から現れたんでしょうが。私の所為にすんな。ずっと海の中を潜ってろ。

 

 ツッコミどころ満載なことを言い出す怪人は一匹だけだけど、大きさはちょっとした小屋ぐらいはあるので、風船みたいに中身すっからかんでもない限り私が勝てる相手じゃない。

 なので、私はバケツを持ってそのままテレポート。

 即座に攻撃するんじゃなくて、前口上の長いタイプで良かった。

 

 テレポート先は家やZ市じゃなくて、あの浜辺からそう離れていない森。

 私のテレポートは正確な位置に跳ぶにはそれなりに集中力がいるから、さすがにあの状況で正確な座標指定は出来ず、とりあえず距離を取っただけ。

 今すぐあのタコ頭のえさになることは免れたことにホッとして、これからどうするかを考える。

 

 あの浜辺は森と崖があるから人が泳げないというだけであって、実はそう市街地から離れていない。っていうか、陸地で移動したら遠いけど、海から移動したらJ市のリゾート地にものすごく近い。

 あのタコは偵察とかなんとか言ってたけど、そのくせ自分から出て来たという事は、あの怪人は確実にバカで好戦的。

 私が逃げたからって、大人しく偵察を続行するとは思えない。そもそも偵察の意味を理解してない可能性もあるよね、あのタコ。

 

 ……このまま放っておいたら、危ないだろうなぁ。

 災害レベルがどの程度かはわからないけど場所が場所だから、レベルが低くても倒せる倒せない以前に逃げられる可能性の方が格段に高いよね。

 

 お兄ちゃんを呼ぶのが一番いいんだけど、進化の家は私のテレポート使っても遠いしなー。

 もしお兄ちゃんが怪人と交戦してたら、その最中にお兄ちゃんだけ連れて行くのはジェノスさんに悪い。

 ジェノスさんなら勝てそうな相手だったから、ジェノスさんに頼むってのも考えたけど、重さ的に私がここに彼を連れて戻ってくる前にキャパオーバーを起こす。仮に起こさなくても、それならここで通報した方が早いくらい時間がかかる。

 

「……なら、仕方ないか」

 私は持ってたバケツを、地面に置いた。

 

 * * *

 

「小娘ぇぇっっ! どこだ!? どこに消えた!?」

 タコの怪人は森の木をなぎ倒しながら私を探してた。

 だから偵察ならもっと静かに大人しくしてなさいよ。っていうか海に帰れ。

 

 でも逃げられていたら私が戻ってきた意味がないから、無駄にプライドだけは高いバカで良かった。

「どこだ! どこにいる!?」

 叫びながら私を探す怪人が、私がここに跳ぶと決めていた座標上に立った瞬間、私は跳んだ。

 

 座標上とはいえ、私が跳んで現れた場所は地面じゃなくて空中。つまりは怪人の真上。

 そこに、近くの海水浴場から持ってきたテトラポットと一緒に私は現れた。

 

 私のテレポートは、私が持ってるというか身につけていたり、体が密着してるものも一緒に跳ぶ。

 よく考えなくても当たり前の理屈だけど。そうじゃなきゃ、私はテレポートするたびに真っ裸になるもん。

 だから人を運ぶときはその相手に抱き着けばいいし、こういう重いものも抱き着いていれば跳べる距離は短くなるけどさほど苦労せずに運べる。

 

 だから、テトラポットを一つ持ってきて隠れて、「怪人がここに立った瞬間跳ぶ」という座標軸を決めて、いつでもそこに跳べるようにした状態で待っていた。

 

 そして狙い通り、怪人が座標軸上に立った瞬間跳んで、空中に現れた瞬間、私は抱き着いていたテトラポットから両手を離して再び適当な場所に跳ぶ。

 とっさに跳んだ場所は元いた浜辺だったから、そのまま徒歩で怪人がいるはずの場所に戻った。

 

 まだテレポートの回数に余裕はあるけど、仕留めてないのならそれこそキャパオーバーで跳べない事態は絶対に避けたいので、回数を節約する。

 

 私が戻るとそこには、私から離れたことで一緒にテレポートされることなくごく常識的な物理法則にしたがって落下したテトラポットが、真下にいた怪人のタコ頭を潰していた。

 やった! 上手くいった!

 

 始めてやった割には、理想通りで計算通りと自画自賛しながら、怪人に近寄った私は甘かった。

 タコの足が、ぬるりと私の足をからめとった。

 

「!?」

「ゆ、るさん! おれを、コケにしやがって! 許さんぞ、小娘ぇぇっっ!!」

 

 頭の半分がテトラポットに潰されても、怪人は生きていた。

 生きて、私の足を頭部から生えたタコ足が引き寄せ、私を引きずりよせて、倒れ伏した体の腕が、丸太のような太い腕を上げて、その手で私を叩き潰そうと振り落とされて――

 

 その腕が、音もなく切り落とされた。

 

 だるま落としのように、等分に輪切りされて、血さえも出ずに落ちていった。

 腕だけではなく怪人の体が、頭が、私の足を掴んだタコの足も切り刻まれた。

 

 悲鳴さえ上げられず、自分が死ぬということすら認識できず、ただ目の前の出来事を見つめるしかなかった私を、現実に引き戻したのは冷たい声。

 

「おい」

 

 闇を人の形にしたような人が、私の目の前に降り立った。

 

「何がしたかったんだ、お前は?」

 

 忍者と、出会った。

 


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