少し、ONE版ワンパンマンのネタバレを含みます。
※3/10、内容を若干修正しました。
……ムカつく。
別に休みたいなんか言ってないのに、他のヒーローに頼むからとか言った協会の奴らも、私がわざわざ怪人情報を見てやって来たのに、私の到着を待たずに爆発四散してる怪人も、そして何度も何度も先回りして私の獲物を横取りしてる、どこの誰かもわかんない奴が一番ムカつく!!
結局、私は怪人で憂さ晴らしも出来ずにただあてもなく、フラフラその辺を飛び回る。
何なのよ、普段はタツマキ様こちらですあちらですって振り回して、私がいなくちゃ怪人を倒すどころか市民を守ることすらほとんで出来てないくせに、普段からこれくらい仕事しなさいよ、どいつもこいつも!
「? タツマキさん?」
私が役立たずな同僚どもを心の中で罵りながら飛んでいたら、下から声が聞こえた。
「あ、やっぱりタツマキさんだ。見回りですかー? お疲れ様です」
ちらりと視線を下に向けると、見覚えのある顔がへらっと笑って手を振ってた。
……普段なら忙しいから無視するんだけど、暇だから相手にしてあげるわ。
暇だからよ! あんただからじゃないんだからね!
「勘違いするんじゃないわよ!!」
「何を!?」
降りてきた私の言葉に、エヒメは困惑しながら叫び返した。
つい意味不明な八つ当たりをしちゃって、私は顔をそらしながら「何でもない」って誤魔化す。
エヒメも蒸し返す気はないらしく、「お仕事は大丈夫ですか?」と訊いてきた。
「ふんっ。今日は珍しく、雑魚しか出ないし、他の奴らもちゃんと仕事しているみたいね。
いつもこうだったらいいのに。まったく、どいつもこいつも私に頼ってばっかりで嫌になるわ」
「頼りがいのあるリーダーは大変ですね。お疲れ様です」
私の愚痴になかなか殊勝な言葉を返されたことで、少しだけ苛立ちが治まる。私の周りの奴らも、これくらいの可愛げが欲しいものだわ。
「そういうあんたは何してんのよ? 買い物?」
少し気分が良くなったから、そのまま雑談を続けてみる。
エヒメも特にこの後用事とかはないのか、私の問いにやたらと嬉しそうに笑って「はい」と答えてから、両手に抱えていた袋の中身を見せる。
「セールだったんで、たくさん買っちゃいました」
「……何これ?」
やたらと嬉しそうなどや顔で言いながら中身を見せられたけど、私には何が嬉しいのかどころか、これが何なのかすらよくわからないんだけど?
何これ? カラフルな綿?
「羊毛フェルトです。これを専用の針でチクチク刺して、形を整えて固めていって、マスコットを作るんです」
さすがに説明不足だったことに気付いたのか、エヒメは少し決まり悪げに笑って、説明を付け加えたけど、それでも私にはよくわからない。
「針で刺して固まるの、これ?」
色ごとにビニール袋で包装されたその羊毛フェルトやらを一つつまみあげて、私は訊く。どう見ても、綿みたいにもこもこしたもので、布の中に詰めるならまだしも、これ単品でマスコットなんて作れそうにないんだけど?
「はい。もちろん普通の縫い針とかじゃダメですけど、専用の針先に小さな凹みのある針を刺していけば、羊毛の繊維同士が絡まって、圧縮されて硬くなっていくんです。
あ、出来上がったのがこんな感じですね」
「作ったのがあるのなら、それをさっさと見せなさいよ」
エヒメは長々と説明した後になって、見本となるものを持っていたことを思い出して、そのマスコットがついた財布を取りだした。
そして財布から、丸っこい黒猫のマスコットを取り外して、私に見せる。
「あはは、そうですよね。すみません。
でも、こんな感じですよ。しっかり刺して作れば、小さくなるけど結構硬くて丈夫なマスコットになるんです」
私は、エヒメの誤魔化すような謝罪も、マスコットの説明もろくに聞いてなかった。
ただ、エヒメが自分で作ったらしいその黒猫を、無心で見てた。
真っ黒い毛に、私と同じエメラルドグリーンの吊り上がった眼。
それは、無性に妹を連想させた。
「……タツマキさん?」
エヒメが不思議そうな顔で私の顔を覗き込んでやっと、自分がどれだけボーっとそのマスコットを見ていたのかに気付いて、とっさに顔をそむける。
不覚。自分がどんな顔をしてたかはわかんないけど、とにかくマヌケ面してたに決まってる。そんな顔を、選りにもよってこの子に見せるなんて……。
エヒメは急に顔をそむけて何も言わない私に、きょとんとした顔でしばらく眺めていたけど、自分が持つ猫のマスコットを見て、ふと笑った。
……その笑みが、「仕方ないなぁ」とでも言いたげな、妙に余裕ぶった笑顔が気に入らなかった。
10歳近く年下のくせに、私にそんな顔向けんじゃないわよ!
「……何よ?」
そう思いつつも、完全に拗ねた口調と声音になっていることは自覚してる。ガキっぽい反応をしてしまう自分が本当にイヤ。
私のそんな思いを知ってか知らずか、エヒメはやっぱり妙に余裕ぶった笑顔のまま、「いえ」と一度断っておきながら、言葉を続けた。
「タツマキさん。少し、付き合ってくれませんか?」
* * *
「針は曲がったり折れたりしないように、ゆっくり垂直に刺してください。
羊毛フェルトは、硬めに折りこんでおいた方が、針を刺す回数が少なくて楽ですよ」
「それくらい、言われなくたってわかるわよ!」
オープンテラスのカフェで、私はエヒメの指示に従って、羊毛フェルトのマスコットを作ってみる。
……暇だったから、「ちょっとお茶しませんか?」って誘いにのってあげて、そしてやっぱり退屈だったから、丁度材料も針もあるからってことで、エヒメの趣味にちょっと付き合ってあげてるだけなんだから!
別に、妹になんか似てるマスコットが欲しくなったとか、フブキにあげたくなったとか、あげるんならエヒメに作ってもらうんじゃなくて、自分で作ったものにしたいとか、そんなこと考えてないんだからね!
「そこんところ、わかってる!?」
「はい。私に付き合ってくれてありがとうございます」
私の八つ当たりに、普通に笑って答えるんじゃない! 何か余計に腹立つ!
私はその苛立ちを、羊毛に針でぶつける。
……超能力でぶっ飛ばしたり、ねじ切るとはまた違って、ちょっとこれはこれでストレス発散にいいかもしんない。
結果が壊すとか潰れるとかじゃなくて、きちんとした形になって、物になってくのも、……何か新鮮で悪くないわね。
「針先が下に敷いてあるマットに届くくらいまで刺すと、フェルトがより硬くなりますから、ふんわりとした作りにしたければ、浅く刺し続けてくださいね」
エヒメは私に作り方を教えつつ、この子も何かを作るつもりか、淡い緑のフェルトを取り出す。
そして、手袋をしたままだとやりにくいのか、レースの手袋を外して、火傷の痕が残る手で適当に羊毛を毟った。
「……本当、あんたはバカね」
その火傷痕を見て、私は呟く。
本当に、この子はバカよ。能力が違うとはいえ、同じ超能力者としては情けないくらいに、力の使い道を間違えてる。
「何であんたは、その『力』で逃げないのよ」
私は、頭になる予定のフェルトに針をぶっ刺しながら、訊く。
「逃げるために、逃げたくてその力をあんたは自分で作りあげて、そしてここまでコントロールできるようになったんでしょ?
あんたがやってることは、自転車で海を泳ぐようなことよ。使い方が間違えてるどころか、ただの重荷にしかなってないわよ」
私とも私よりもはるかに弱いフブキとも違って、攻撃に向いてる力じゃないくせに、能力の希少さは私よりも上だから、どこまでも危なっかしくて、戦えないのなら逃げるしかないはずの子。
それなのに、このバカは何故か逃げない。
逃げないどころか、あんたみたいな弱っちいのを守るのが仕事なのに、情けなく負けた馬鹿を助けようとして、その見ていてこっちが痛くなる傷を負う。
そんなバカに、前にも似たようなことを尋ねたけど、もう一度訊いてみる。
「何であんたは、弱いくせにでしゃばって、助けようとすんのよ?」
エヒメは、あの時と同じように一回きょとんとしてから、困ったように笑う。
「ただ、後味悪い思いをしたくない、『どうして助けなかった?』と、周りから責められたくないだけですよ」
困ったように、けれどどこか開き直って、綺麗事なんかじゃない、自己中心的な答えを返す。
あの日と同じように。
私が、ヒーローやってる理由と同じような答えを。
「あっそ」
予想通りの答えに、私はカフェオレを一口飲んでから少しだけ意地の悪い言葉を続ける。
「つまりは、その火傷の原因であるあのポンコツサイボーグを助けたのも、あれが目の前で壊れたら後味悪いだけってことね」
「……タツマキさんはジェノスさんに何の恨みがあるんですか?」
エヒメも紅茶を飲みながら、少しだけ抗議でもするように私を睨み付けるけど、そんな視線、痛くもかゆくもないのよ。
「だってあんたの答えはそういうことでしょ?」
「私にだって、どうでもいい人とそうじゃない人はいますよ。
どうでもいい人は、放っておくのも後味が悪いから嫌々助けますけど、そうじゃないのなら……それは自分が死にたくないから、もはや自分の心の中に住み込んで一部となってしまった人だから、その人を喪うという事は、私の心の一部が死ぬという事だから、……だから、命を懸けて助けます」
エヒメは紅茶の水面に視線を落として、そう語った。
命を懸けて、自分の命の為に、他人を守ると。
「……ま、結局は自分の為であることに変わりはないんですけどね」
そしてそのことを、やっぱり自己満足、エゴだと語る。
「そうね。けど、それでいいんじゃない? 所詮、信用できるのは自分だけなんだから、自分の為に生きたらいいじゃない」
そして私もそれを否定しない。
人との繋がりなんか必要ない。どうせ、力ある者はない奴らに利用されて終わりなんだから。
それなら、自分の為だけに生きるべきよ。
……本当なら、他人を心に住ますことも私としては否定したいけど、そこまで言ってやる義理もないから、何も言わない。
だってこの子は結局、妹に似たところがあっても、私に似たところがあっても、私には何の関係もない赤の他人だもの。
今はほんの一時の気まぐれで、付き合ってあげてるだけ。
私はフブキ以外を信じないし、必要としない。
あんたなんか、いらない。
「……その考え、結構楽になれますね。……でも」
エヒメは私の答えを一度肯定したうえで、やっぱり困ったような笑顔のまま言った。
「私、タツマキさんのこと、信用してますよ。
強くて、真面目で、優しくて、面倒見が良くて、私のことを心配してくれたり、助けてくれましたから」
……あぁ。
こいつは本当に、バカだ。
* * *
『出して! 私を置いて行かないで!』
ベッドから跳び起き、舌を打つ。
昔の夢を見た。
最悪な夢。
外に出たくて、フブキに会いたくて、超能力が使えなくなったと嘘をついて、独房に閉じ込められて、そして合成獣のサンプルが逃げ出して、研究員どもは我先に逃げて、私を置いて、私を見捨てて……
それだけでも最悪なのに、もっと最悪なのはこの夢は現実とは、過去とは少し違う。
『出して!』
期待なんかしてなかった。けれど、子供の私はそれでも縋った。
誰かが来てくれることを。
あの独房から、出してくれることを。
『今後のキミのために一つだけ教えておくよ。
いざというときに誰かが助けに来てくれると思ってはいけない』
私を助けてくれた人がいた。
けれどその人さえも、他人を信じるなと言った。
この世界は弱肉強食だと、今日はたまたま運が良かっただけだと、自分の力だけで、何とかしろと言った。
あれだけ強い人でも、この世全ての人は救えない。
だから、自分で何とかするしかない。
それが私の真理。
……なのに――
独房の鉄格子から見えたのは、私に牙を向けてよだれを垂れ流す合成獣でも、黒い短髪にマントが特徴的なあの人でもなかった。
自分の身の丈の倍以上ある合成獣から私を守るように、あの人とは全然違う細い両手を広げて、ガタガタ震えながらも絶対に逃げないで、引かないで、立ち向かった背中が見えた。
……初めに謝ったのは、あのビクビクおどおどした様子が、昔の妹に似ていたから。
助けてやると言ったのは、あの子の考え方が、他人を助ける動機が私に似ていたから、少しだけ私に重ね合わせてしまったから。
それだけ……それだけだったはずなのに。
あの日、別に本当は助けたくもないのに宇宙人を庇って、アマイマスクに立ち向かったあのバカを見て、思ってしまった。
あのバカ以上に、バカな考えがよぎってしまった。
……もしもあの子が、エヒメもあの研究所にいたのなら――
「……何考えてるのよ。私は」
夢の内容を忘れたくて、とりあえず水でも飲もうとベッドサイドの灯をつけたのが間違いだった。
そこに飾ったものを見て、私はまた舌を打つ。
……不格好な黒猫と、緑色の鳥のマスコット。
猫は私が作ったもので、鳥はあいつが……あの子が……エヒメが作ったもの。
『空を飛ぶタツマキさんが、本物の鳥みたいに綺麗で気持ち良さそうに飛んでたから、なんとなくタツマキさんイメージで作ってみました』
そう言って、私に押し付けるように渡してきた鳥を、思わず超能力で浮かび上がらせた。
浮かび上がらせて………………結局、元の位置に戻す。
ゴミ箱や壁に叩き付ける気には、どうしてもなれなかったのは、その鳥が私に似てるから。自分に似たものを粗末に、乱暴に扱うことが出来なかった。
ただ、それだけよ。
……あの子がくれたなんて、何の関係もない。
私はもう水を飲む気にもなれなくて、ベッドの中で膝を抱えて言い聞かせる。
一人で大丈夫。人は信用できない。
いざという時に、誰かが助けに来てくれると思ってはいけない。
私は強い。私は強いから、一人で大丈夫。あの時だって本当は、あいつの助けなんていらなかった。
私一人でも、あそこからは出れたんだ。
そう、だから考えるな。あんな馬鹿な考え。
……あの子が私を、独房から青空のもとに連れ出してくれるなんて夢、二度と見るな。