私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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四人目、「……お、女……友達?」

 お兄ちゃんとジェノスさんが日課の見回りに出かけ、私は家で一人留守番。

 いつもなら仕事の雑貨やアクセサリー作りをするんだけど、今日はちょっと予定があるのその準備を開始。

 まぁ、準備と言っても毛糸と編み棒と編みかけのセーター、そしてジェノスさんから借りたパソコンを用意するだけなんだけどね。

 

 ついでに飲み物も用意していたら、約束の時間数分前になってることに気付いて、慌てて私はパソコンの電源をつけて、スカイプを起動させる。

 そして前にもらった連絡先にビデオ通話してみたら、待ち構えていたのかすぐに画面に映し出された。

 

 刈り上げに似ているようでなんか違う、耳から上だけがもこもことアフロに近い髪形にひげの剃り跡が青々しい、筋骨隆々な囚人服の天使、ぷりぷりプリズナーさんが画面で笑って手を振った。

「久しぶりだな、エヒメちゃん。今日はお願いを聞いてくれてありがとう」

 

 プリズナーさんに私は「お気になさらず」と答えて、まずは途中まで編んであるセーターの胴体部分、前身ごろをウェブカメラに映す。

「とりあえず、もらった図案で編んだらこんな感じになりますけど、これで大丈夫ですか?」

「おぉ! イメージ通りだ! やっぱりエヒメちゃんに頼んで良かった」

 プリズナーさんの言葉にホッとして、私は編み棒と編み目がよく見えるように場所や位置を調節して言う。

「良かった。なら、この編み方を教えますね」

 

 * * *

 

 きっかけは、あのA市が壊滅した日の事。

 戦いが終わり、お兄ちゃんも帰って来た後は他に私たちがすることは何もなかったからそのまま帰ったんだけど、帰る前に私は深海王の件のお礼とお詫びをプリズナーさんに伝えた。

 

 それ自体は、保護できなかったのは気にしなくていい、むしろ気になる男子だったヒーロー二人を助けてくれてありがとうとお礼を言ってもらえた。

 良い人だ。全裸だったけど。

 

 で、それはいいんだけど個人的にお願いがあると言われて、頼まれたのが今日の「セーターの編み方を教えてほしい」だった。

 プリズナーさんは彼氏(この彼氏が特定の相思相愛の人なのか、彼のハーレム要員の一人なのかは知らない)にもらったセーターを破いてしまったお詫びに自分が彼氏のセーターを編みたいらしいけど、プリズナーさんは基礎的な編み方は出来るけど応用した模様編みが苦手らしい。

 

 その時丁度私は自分で編んだ薄手のカーディガンを着てたので、それを編んだのは私か確認した後、ちょっと実際に編んでるところを見せて教えてくれないかと頼まれた。

 そして私は特に断る理由もないからOKして、どんな模様にしたいのか図案をもらって、試しにちょっと編んでみて今に至る。

 

 ちなみにプリズナーさんが収監されている、看守にも手が負えない凶悪犯ばかりを集めた「臭蓋獄」に私が行くわけにもいかなかったので、ジェノスさんからパソコンを借りてビデオ通話で教えるという手段を取った訳だけど、プリズナーさんの戦闘スタイルともしかしたらチェックされてることに気付いてるからか、あまりジェノスさんは彼にいい印象がないので断られるかと思ったら、意外とすんなり貸してくれた。

 

 ……理由は、下手したらセーターの編み方を教えてもらうためだけに脱獄しかねない奴だからだったけど。

 あぁ、うん。脱獄されて直接会うくらいなら、パソコン貸してスカイプで連絡取ってもらった方がいいよね、確かに。

 

 そんな経緯に思わず遠い目になると、プリズナーさんは「どうした? 何か悩み事か?」と心配そうに尋ねてくれた。

 良い人なんだよなぁ、この人は基本的に。

 

 ……全裸に、全裸にさえならなければ本当に良いのに。

 襲うのも犯罪者男子だけなら、私には何の関係もないし。むしろ性犯罪者なら、「ヤっちゃってください」って親指立てるのに。

 

「いえ、何でもないです。大丈夫です」

 もちろん私のそんな本音が言える訳もなく、適当に誤魔化しながらセーターを編んでいく。

「そうか、良かった。ジェノスちゃんの事で何か悩みでもあるのかと思ったが、杞憂だったようだな」

 私の答えにプリズナーさんは納得してくれたけど、今度は私が不思議に思う。

 

「何故、ジェノスさんの事で悩んでると思ったのですか?」

 私が何か悩んでると思っただけならある意味合ってたからわかるけど、それをジェノスさんと特定した理由がわからなかったので尋ねてみたら、プリズナーさんの方もきょとんとした顔になった。

 

 そして、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべて、訊き返す。

「……エヒメちゃん、前から思っていたんだがあなたはジェノスちゃん、それとソニックちゃんとかのことをどう思っているんだ?」

 ……あぁ。ソニックさんの名前も挙げられて、何か前にお兄ちゃんに訊かれたような勘違いをされてるのかと気付き、私はあの時と同じ答えを返す。

 

「二人とも、普通に好きですよ。友情と言うにはしっくりきませんけど、恋愛的な意味はないと思います」

「思います? ずいぶんと曖昧だな」

 プリズナーさんが私の答えに、頬杖をついてツッコミを入れる。口調こそは若干責めてるような響きを感じるけど、その表情から素で疑問に思ってるらしい。

 

 んー……ちょっと恥ずかしいけど、お兄ちゃんもジェノスさんもいないし、話してもいいか。

 こういうことを話せる人、周りにいないしなぁ。

 ……なんか、恋バナ出来る相手がオカマの囚人って考えたら、何とも言いようのない気持ちになるけど、お兄ちゃんとかに話すよりはマシだ。

 

「私、そもそも恋愛ってどんなのかよくわからないんです。……と言うか、恋って怖い。恋する乙女って怖いって思ってます」

「何があった、エヒメちゃん」

 私が若干遠い目で語ったトラウマ……と言うほどでもないけど、まぁ今の恋愛に興味のない草食どころか絶食系な私を形作った出来事に、プリズナーさんがツッコミを入れる。

 

「大したことじゃないですよ。

 小学生くらいの時に、クラスの女子のリーダー的な存在の子が好きな男の子が好きだったのが私だったらしくて、少しの間嫌がらせを受けたことがあっただけです。

 一か月くらいでその子、全然別の子が好きになってあっさり止みましたし、子供ですから大したことはされませんでしたけど、……もう10歳になる前に女の恐ろしさを思い知らされましたね」

 

 されたことと言えば、遊びに誘ってもらえないことと悪口を言われた程度の本当に子供らしい大したことじゃないけど、昨日までそれなりに仲良かったのがいきなり掌返しされて嫌がらせを受けた挙句、他の子を好きになったらまた掌をひっくり返して、一言も謝ることなく嫌がらせをしてた時期をなかったことにした彼女とその取り巻きには、心底引いた記憶がある。

 もう嫌がらせよりも、その掌返しが私は怖くてトラウマだ。

 

 その所為か、その掌返しのきっかけになった「恋愛」というものに苦手意識を持ったまま成長して、それを克服できるきっかけもなく今に至る。

 ただそれだけの話。

 

 そんな私の話にプリズナーさんは、「あぁ、なるほどな」と納得の声を上げてから、私に一つの問いかけををする。

「エヒメちゃん。あなたは愛と恋の違いを知ってるか?」

 えらくロマンチックな質問だなと思って考えたけど、どうも質問ではなかったらしく私が答える前にプリズナーさんが自分で言った。

 

「愛は『与える心』で、恋は『求める心』だ。

 だから、初恋は実らないって言うんだ。子供は世界から何かを与えてもらい、それを糧に成長するのが仕事だけど、恋はもうそれだけじゃいけない、与えることも知らなければならないと教える役目も持ってるんだ。

 ……だから、わがままに求めすぎる初恋は、当たり前のように破れるんだよ」

 

 ……プリズナーさんが凄く、大人で乙女なこと言ってる!

 なんか内容よりも思わず、それを言ってるのがプリズナーさんだってことに注目して衝撃を受けたけど、内容も十分に私にとっては衝撃的だった。

 

 愛は、「与える心」

 恋は、「求める心」

 その説明は、まだどちらも知らないはずの私にもすんなりと納得させて、そして遠いと思っていた「恋愛」を近い存在に変えてしまった。

 

「エヒメちゃん、あなたがその大人への通過儀礼に八つ当たりの巻き添えを喰らった事は同情する。

 でもな、俺が言っても説得力はないだろうが、『恋愛』はそう悪いものじゃないんだ。恋愛は言葉の通り、与えて求める心、つまりはギブ&テイクだ。

 恋だけでは、相手に求めるだけではさっきも言った通り嫌われるだけだが、愛だけでは、与えるだけでは相手を堕落させる。だから、50:50で分け合うべきなんだ。

 

 ……深海王の時も、この前の時も思ったが、あなたは既に『愛』を知っているが、逆に言えば『愛』しか、『与える心』しか知らなすぎる。

 あなたは少し、『求める』ことを覚えた方がいい。既に『愛』を知っているあなたなら、『初恋』でもきっと間違えない。

 だから、怖がらずに向き合ってみたらどうだ?

 女の子はやはり恋をしている時が一番きれいだから、それを怖がるのはもったいない」

 

 穏やかに笑いながら、囚人だとか犯罪者男子を年中襲ってるという事実も忘れて、むしろあなたを好きになってしまいそうなことを語るプリズナーさんは、なんだかんだでやっぱり「ヒーロー」なんだなと知る。

 

 例えプロヒーローをやってる動機が最低極まりないものでも、この人は誰かを守って救うこと自体に見返りを求めていない。

「愛」を知っているのは、この人の方だ。

 

 ……案外、「天使」というのは間違いないのかもしれない。

「エンジェル☆スタイル」は、どう考えても間違いだらけだけど。

 

「……ありがとうございます」

 私はプリズナーさんの優しい「乙女」として先輩のアドバイスに礼を言って、中断してた編み物を再開する。

 プリズナーさんも同じく再開するけど、その集中は私のせいでぶっ壊れた。

 

「でも、そもそもジェノスさんやソニックさんが私に興味がなければ初恋だろうが愛を知ってようが、結局は破れちゃうのが辛いですよね」

 

 そんな当たり前のことを言った瞬間、画面の向こうのプリズナーさんがいきなりパソコンに突っ伏した。いや、もはやあれは頭突きだった。

 その所為か画面の向こうで変な音がして、プリズナーさんが映っていた画面は砂嵐になり、通話が切れた。

 たぶん、パソコンを自分の頭突きで叩き壊したな。

 

 通話が切れた理由は察しがついたけど、いきなりそうやって壊す勢いで突っ伏した理由がわからず、私はそのまましばらく途方に暮れた。

 





10ヒーローズ編はエヒメの視点なしにしようかと思ったけど、プリズナーの口調が難しすぎて断念。
セリフだけならまだしも、彼の一人称で文章を書いたら絶対に破綻すると思い、エヒメ視点で書きました。

そしてこれは完全な余談ですが、エヒメは初め、プリズナーに教えるために編んだセーターをジェノスにでもあげようと思ってましたが、途中でプリズナーの彼氏とペアルックになることに気づき、やめました。
……ジェノスにとって気づいてもらえて良かったのやら、それでもいいから欲しかったやら。

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