私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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童帝視点です。


三人目、「少し心配な子」

「今日は来てくれてありがとうございます、テレポーターのおねえさん」

 僕のラボに来てくれたエヒメというテレポーターのおねえさんに、まずは挨拶。

「いえ。こちらこそ、お招きありがとうございます」

「エヒメさん、丁寧に接する必要なんかありません。むしろ怒るべきです。人を実験に使いたいなどと言い出すガキに、何の遠慮も必要ありません」

 

 おねえさんは控えめに笑って返答してくれたけど、呼んでないのに普通に一緒にやって来たサイボーグさんは僕を今にも殺しそうな目で睨み付ける。

 ま、絶対に来ると思ってたし、そう言われるのも予測通りだけどね。

 

「酷いなぁ、サイボーグさん。ちゃんと本人とそのご家族の了承も得てますよ。ね、おじさん」

「誰が、おじさんか」

 こちらは事前に一緒に来るって言ってた、おねえさんのお兄さんのおじさんに同意を求めたら、別の部分を拾われちゃった。

 ……自分で言ってて意味不明だな、おねえさんのお兄さんのおじさんって。

 

 呼んでないサイボーグさんが来るのは予測通りだけど、正直このおじさんがおねえさんのテレポートについて少し調べたいと伝えた時、「絶対に自分の見てない所で、実験はもちろん質問もしない」を条件にOKするとは思わなかった。

 サイボーグさんだけじゃなくて、実はおじさんも過保護なんだね。

 

 まぁ、超能力者の子供をお金で売買して実験体にしてる組織とか研究施設なんてゴロゴロ存在してるからね。

 お二人の警戒は、当然か。

 

「大丈夫ですよ、ジェノスさん。

 それに私、前々から自分の能力をもっとちゃんと把握して、応用できたらいいなって思ってましたから、調べてくれる人がいてよかったくらいです」

 

 そんな二人の心配を知らないのか、それとも僕へのフォローなのか、おねえさんは柔らかく笑って言ってくれるけど、サイボーグさんは相変わらず険しい顔のまま。

 むしろ僕がフォローされたのが気に入らないみたい。僕まで嫉妬対象って余裕なさすぎだよ、サイボーグさん。

 

「そんなに警戒しないでくださいよー。別に変なことはしませんって。

 ただ僕は、おねえさんのテレポートがどういう原理かを少し調べたいだけですってば」

「信用できんな。科学者は俺にこの身体を与えてくれたクセーノ博士のような人格者もいるが、それはごく少数だ。

 大概が、『科学の進歩』と言えば人の命も尊厳も踏みにじって利用しても許されると思っている、データの数値だけを信望する狂人だろうが」

「ジェノスさん!」

 

 あはは、酷い言われよう。否定できないのが辛いね。

 おねえさんに咎められてサイボーグさんは一応黙ったけど、謝罪や訂正をする気はないみたい。まぁ、別に良いけど。

 

「ごめんなさい、童帝君。ジェノスさんが失礼なことを言って」

「いいんですよ。サイボーグさんはおねえさんが大好きだから、心配するのは当然でしょう?」

 

 サイボーグさんの代わりにおねえさんが謝るから僕はフォローしたのに、サイボーグさんは「童帝!」と怒鳴る。

 本当、からかい甲斐のある人だな。

 

「そんなに珍しいものなのか? 超能力って?」

 ちょっと僕が本来の目的を忘れかけて楽しんでたら、そこら辺を珍しそうにきょろきょろしてたおじさんが話しかけてきた。

「んー、能力の種類とそのレベルによりますけど、おねえさんのテレポートは珍しいですよ。

 僕は専門的に研究してるわけじゃないから断言できないですけど、レベルの高さではタツマキちゃんの念動力が随一ですが、能力そのもののレアさではおねーさんが勝ってるかもしれませんね」

「そうなんですか?」

「そうなのか?」

 

 ……なんか本人とそのお兄さんが、僕の答えにものすごく意外そうな反応を返した。

 っていうかおじさん、もしかしてあんな条件出しといて、妹がどれだけその手の研究家にとって手に入れたいサンプルなのかわかってなかったの?

 何? ただのシスコンだったの?

 

「……俺も本で少し調べて知った程度ですが、テレポートが超能力の中で一番複雑な能力らしいので、コントロールが出来てなくても発現してる者自体が稀みたいですね」

 僕にさっきまで警戒バリバリだったサイボーグさんまで、一瞬固まってから僕の説明に補足を加えてくれた。

 

 それでも張本人とその兄は未だにテレポートのどこがどう凄いのかがわかってないのか、そっくりな動作で首を傾げてる。

 まぁ、超能力者ってたいていが「なんとなく」で能力行使してるみたいだから、無理もないか。タツマキちゃんも基本、何も考えずに使ってるよね、あれ。

 

「念動力は極端に言ってしまえば、手を使わずに物を動かす程度の力だから能力そのものは単純なのに対して、テレポートはその能力自体が複雑ですから。

 なんせ、高速移動じゃなくて空間移動。まずこの原理がまったく解明されていないのに、その移動するにあたって、透視や千里眼を無自覚に使用して座標指定してるとも言われてます。

 つまり、テレポーターというだけで複合能力者の可能性が高く、その所持してる能力のレベルが全部高くて初めて『テレポート』という能力が発現してるっていうのが、今のところの仮定ですね」

 

 僕の説明でおねえさんは「あぁ、そういえば場所指定で行ったこともない場所が、明確にイメージで浮かぶことがありますね」と興味深いことを呟きながら納得してくれたけど、おじさんの方はなんか僕の説明が続くにつれて死んだ目がさらに死んだ。

 これは理解できてないな。

 

 僕はちょっとだけ考えて、もう一回おじさんに説明してみた。

「例えるなら、無意識に母国語以外の言葉を聞きながら、さらに別の言語にそれを訳しつつ、数学の計算をして、さらに足でリフティングしてるようなものです」

「すげぇな。そんなことやってたのか、エヒメ」

「今の例えだからね!」

 

 なんか変な勘違いしたみたいだけど、とりあえずどれだけ複雑で器用なことをやってたかは理解できたみたいだからいいや。

 

 * * *

 

 そんな雑談を挟みつつ、一時間ほどおねえさんに質疑応答して、とりあえずお姉さんが把握してる能力効果はだいたいわかった。

 まずテレポーターがそんなに多く存在確認がされていないから言いきれないけど、やっぱりレアさではおねえさんは相当だな。

 

 どうもこの人の能力、完全に「自分が逃げるため」に使うべき力であって、物や他の人も一緒に跳ぶのはおまけでしかない。

 物や他人を単独で飛ばすのはもちろん、遠くのものをこちらに出現させるテレポートの兄弟的な能力である「アポート」も使えない。

 あと、これは一緒に運ぶものの大きさと重さに寄るけど、おねえさんと密着面が大きくないと、その触れてる一部分だけしか一緒に跳ばないこともあるらしい。

 

 ……そうか、サイボーグさんに抱き着いてテレポートしてたのは、手を掴んだり繋ぐ程度じゃ、腕だけもげて跳んじゃう可能性が高いからか。

 ただのリア充爆発かと思ってた。

 

 あと、どうしてこんな使い勝手が良いような悪いような能力なのかも、ちょっと見当がついた。

 おねえさん、能力が目覚めたきっかけを訊いたら顔が一瞬で強張ったし、サイボーグさんはただでさえ険しかった顔をさらに険しくして明らか戦闘モードに入った音がしたし、おじさんも目が少し怖くなった。

 

 どう考えてもこの藪をつついたら出るのが蛇どころじゃないのが分かったから、僕はテキトーに誤魔化して話を換えたけど、もうあの反応だけでわかる。

 超能力が目覚めるきっかけは、たいていが大きな「ストレス」だ。

 ポルターガイスト現象が起こる家に、虐待されていた子供がいたなんて事例はゴロゴロある。

 

 おじさんの様子からしてまぁ虐待はないだろうけど、この「逃げること」に特化してるというかそれしかない力はまさに、大きなストレスから逃げ出すにはこの力を生み出すしかなかったってことなんだろうね。

 

 サイボーグさんの言う通り「科学者」であるのなら僕は、お姉さんの事情なんか無視して根掘り葉掘り聞くべきなんだろうけど、僕は自分の発明品や頭脳を駆使して戦う「ヒーロー」だからそんなことしないよ。信用はしてもらえてないみたいだけど。

 

 とりあえず、大体訊いておきたいことは全部聞けたから、テレポートの範囲や運べる重さはどれくらいかの実験を少しさせてもらおう。

 僕が実験の提案をすると、やっぱりサイボーグさんはいい顔をしないけどおねえさんとおじさんは普通に了承して、僕の案内に従って実験場に移動する。

 その途中で、おねえさんは僕に訊いた。

 

「童帝君は、どうしてヒーローになったの?」

 

 ただの雑談だと、思った。

 そして実際、ただの雑談だった。

 だから僕は普通に、答えた。

 

「そりゃ、ヒーローは子供の夢でしょ? むしろ子供の僕がならなくちゃ、誰がなるんですか?」

 僕の返答で、サイボーグさんがまたちょっと顔をしかめた。

 真面目な人だから、僕のふざけてると思える言葉がいやだったのか、それともヒーローやってる大人をディスってるように聞こえたのかな?

 

 後者は訂正しておこうと思ったけど、僕が口を開く前に黙ってついて来てたおじさんが僕の方を見もせずに言った。

 

「それは違う。ヒーローが子供の夢なのは合ってっけど、子供はヒーローになるもんじゃない。

 子供は、ヒーローになることを夢見るもんだ。ヒーローになるのは、大人だ。大人が、子供を守って救うヒーローにならなくちゃいけないんだ」

 

 サイボーグさんがおじさんの言葉に感銘を受けて、どこから出したのかわからないノートに高速でメモし始めたことに引くことも出来ず、僕はただ眼を見開いてポカンとおじさんを見ることしか出来なかった。

 

 何ていうか、S級集会で見た時から肝が据わってるんだか何も考えてないだけなのかよくわからない人だと思ってて、最初のテレポートについての説明の反応で、「あ、この人何にも考えてないだけだ」って確信したのに、こういうことをサラッと言うなんて意外すぎる。

 

「何だよ、その顔は?」

「おじさん、意外と考えてるんですね」

「意外とってなんだ、意外とって。あとおじさんじゃねぇよ」

 

 僕の返答にサイボーグさんがまた怖い反応をするけど、言われたおじさん本人はサラッ流しておねえさんの方は少しおかし気に笑っていた。

 

「そうだね。お兄ちゃんがそんなこと言うなんて、珍しい。

 心配、してるんだ」

「心配?」

 初めの言葉は僕の言葉に対する同意だったけど、後の言葉は完全に独り言。

 だからスルーすれば良かったのに、何故か僕は拾ってしまった。

 

 ……気にしてるつもりはなかった。自覚してた。自分が子供であることなんて、わかりきった事実だと思ってた。

 もう子供じゃないなんてセリフこそが、子供の証だと思ってたから、言わなかった。

 

 でも、本当は少し気にしてたのかもしれない。

 子供は大人に守られとけと突き放すように言ったおじさんの言葉を、不満に思っていたのかもしれない。

 

 僕がオウム返しをした言葉におねえさんは穏やかに笑いながら、薄いレースの手袋に包まれた手で、あまりに自然な動作で僕の頭を撫でて答える。

「大人に守られて救われた記憶はね、その時だけ救いじゃないの。

 その記憶があれば、大人になっても絶望なんてしない。どんなに裏切られて、傷ついても、人を信じて、守って、助けようって思える、一生の救いになるの。

 だから、あなたがその『救い』を得る前に与える立場になってしまうのが少し、心配なだけ」

 

 そう言いながらおねえさんの手は、僕の頭を撫で続ける。

 サイボーグさんは、「さすがは先生!」とか言ってるけど、おじさん本人がなんか二人から目をそらしてるから、実はそこまで考えて言った訳じゃないよね、あれ。

 

 ……でも、おねえさんの言葉が僕の中にあった不満を溶かして、納得を胸の中にすとんと落とす。

 あぁ、僕は確かに天才かもしれないけど、やっぱりどうしようもなく子供だった。

 子供扱いするなと言えば子供なら、子供であることを受け入れようと考えるのだって子供だ。こんなことにも気づかないなんて、天才の名が泣く。

 

 僕はまだ子供だから、おねえさんの言葉が本当かどうかはわからない。

 でもなんとなく、この先の未来で辛いことがあったら、今日の事を思い出すんじゃないかなとは思った。

 

 僕の事を見下して、もしくは敵わないとわかってるくせにそれを認めたくないが故に子供扱いするのとは違って、僕の未来を案じたからこそ甘えさせてくれるように撫でたこの手の心地よさを、きっと僕は思い出す。

 

 ……サイボーグさんと金属バットさんが、大好きになるわけだよ。

 

「? 童帝君? どうしたの?」

 僕の頭から手が離れるのを名残惜しく感じながら、僕はおねえさんを見上げて言う。

 子供らしく、自分が思うがままの素直な言葉を。

 

「いや、おねえさんの弟になりたいなーって思っただけです」

 

 僕の言葉におねえさんや関係ないはずのサイボーグさんが反応する前に、相変わらず覇気なく、おじさんが真っ先に答えた。

 

「いや、お前みたいな弟、俺はいらねーんだけど」

 

 あ、おねえさんの弟になったら、おじさんとも兄弟になるんだった。失念してた。

 うん、僕もあなたはいらない。


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