私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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金属バット視点です。


二人目、「友達のお兄さん」

 待ち合わせの駅につくと、まだ約束の10分前なのにその人はすでに待っててくれてた。

 

「おねーさん!!」

「ゼンコちゃん、久しぶり」

 

 ゼンコが嬉しそうに走って行けば、エヒメさんがゼンコの背に合せて体勢を低くして抱き留めてくれる。

 何だここは? 天国か? 天国はここにあったのか。

 

 ゼンコの約束をまた守ってやれなかった詫びと、発表会に頑張ったご褒美になんか買ってやるとまた新しく約束したのは、ついこの間。

 その買い物にゼンコは、「お兄ちゃん、エヒメおねーさんも一緒に来てもらっていい?」と言ったのは昨日だ。

 

 むしろ俺がぜひお願いしますと土下座しそうになったのを抑えて、エヒメさんにも都合があるから訊くだけ訊いてみろと言ったら、こんなに急な話だっつーのにエヒメさんは来てくれた。

 初めて会った時から知ってたけど、マジでいい人だ。

 

「すみません、エヒメさん。急に誘って」

「いえ、私もゼンコちゃんに会いたかったから、むしろ嬉しいです。

 それと、ごめんねゼンコちゃん。発表会に行けなくて」

 俺が謝ると優しく笑って「気にしないで」と言ってくれるのに、ゼンコが頼んだ「発表会に来て欲しい」を断った事はまだ申し訳なく思って、エヒメさんは謝る。むしろこっちが申し訳ねぇよ!

 

「ううん、いいの。おねーさんには前から約束があったんでしょ?

 ……お兄ちゃんみたいに約束を破ったんじゃないから気にしないで!」

 俺がエヒメさんの優しさに感激してたら、ゼンコから鋭い言葉の棘が飛んできた。

 うん、マジですいません。申し訳ない。反省してます。

 

「バッドさんはゼンコちゃんの発表会に行けなかったけど、すごくカッコよかったよ。いくら叩いても切っても全然死なない怪人の弱点を、一番最初に見つけたのもバッドさんだったし。

 だから、そろそろ許してあげよう?」

 

 エヒメさんっ!

 エヒメさんのフォローでゼンコは唇を尖らせつつも納得してくれたのか、「お兄ちゃん、言いすぎた。ごめんね」と謝った。

 もう俺、この人に足を向けて眠れねぇ。

 

 そうやってまた俺が感激してたら、ゼンコがエヒメさんの腕にしがみついて、「おねーさん、今日は来てくれてありがとう!」と礼を伝えたら、「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。でもいいの? バッドさんとのお買い物に、私がついてきちゃって」と気を遣ってくれる。

 良いんです。むしろ俺が拝み倒して来てほしいって思ったんっす。

 

「いいの! 今日はね、お兄ちゃんがピアノの発表会で頑張ったご褒美を買ってくれるの! 私、髪飾りが欲しかったからおねーさんに選んでほしかったんだ!」

「え?」

 

 ゼンコの言葉にエヒメさんが、驚いたような声を上げる。

 同時に、困ったような顔をして思わず俺もゼンコも慌てる。

「おねーさん、どうしたの!?」

「え、エヒメさん、どうかしたんすか!?」

「あ、いえ、違うんです。えっと、ちょっとその……」

 

 俺たち兄妹の詰め寄るような質問でエヒメさんをさらに困らせてしまったが、悲しんでる様子はないが少しだけ残念そうな雰囲気があったから、このまま黙ってるのは男が廃る。

 だから悪いとは思うが、エヒメさんにどうしたのかをしつこく訊き続けたら、エヒメさんが根負けして鞄から綺麗に包んでリボンもかけたプレゼントらしきものを出した。

 

「……えっと、私もゼンコちゃんの発表会に行けなかったお詫びと、頑張ったご褒美を持ってきたんですけど……、髪飾り……なんです……。

 ごめんなさい、余計なことしちゃって」

「そんなことない!」

 

 俺が言う前に俺が言いたかったことを先にゼンコに言われて、言葉を失った。

 何も言えずにそのまま固まる俺をしり目に、ゼンコはエヒメさんの腕にしがみついたまま、強く言う。

「そんなことないよ!

 おねーさんが来てくれただけで嬉しいのに、そんなの用意してくれてたなんて、すごく嬉しい!」

「でもこれ、私が手のリハビリも兼ねて作った奴だから、あんまりいいものじゃ……」

「おねーさんが作ってくれたの!? じゃあもっと嬉しいし、すごく欲しい!」

 

 ゼンコがキラキラした目でエヒメさんを見上げて言うと、エヒメさんはまだ少し困ったまま、それでもうれしそうに笑ってくれた。

「……じゃあ、もらってくれる?」

 はにかんでゼンコにプレゼントを渡すエヒメさんが、天使すぎる。

 ただでさえゼンコが天使なのに、もう一人天使って、ここは天国か?

 

 そしてゼンコは嬉しそうに受け取って、その場で開けていいかをエヒメさんに尋ねる。

 もちろんエヒメさんは笑って了承してゼンコがプレゼントを開くと、リボンに小さな真珠や宝石のような飾りがついたヘアピンがいくつか入ってた。

 

「可愛い! おねーさんすごーい!」

「うおっ! マジすっげ!」

 病院で会った時もゼンコに折り紙を教えてたんだから手先が器用なのは知ってたけど、まさかやっと包帯が取れたばかりの火傷を負った手でこんな売り物レベルのを作ったは思わず、覗き込んで見た時は素で声を上げた。

 後で知ったが、エヒメさん、こういうの作るのが本職だった。そりゃ、売り物レベルなわけだ。

 

 早速もらったヘアピンをゼンコは頭につけ、エヒメさんはそのヘアピンの位置を整えてやる。

 あ、ここは間違いなく天国だったわ。疑うまでもなく、天国だった。

 俺がもはや空気なのはどうでもいい。もうこの光景を見てるだけで、幸せだから。

 

 で、ゼンコはエヒメさんからプレゼントをもらってご機嫌なのはいいことだが、俺はこの後どうしよう?

「ゼンコ、一応訊くけどまだなんか、髪飾りとかは欲しいか?」

「あ! ……えーと、ごめん、お兄ちゃん」

 

 自分が欲しがっていたものより嬉しいものをもらって、すっかり髪飾りどころか他にほしいものもなくなって今日の目的を失ったゼンコが謝ると、エヒメさんがまた申し訳なさそうな顔をする。

 

「ごめんなさい。せめて、何を作ったかを昨日のうちに言っておけばよかったですね」

「おねーさんは悪くないよ!」

「そうです! エヒメさんは気にしなくていいんすよ!!」

 

 兄妹でエヒメさんをフォローしていたら、ゼンコが何かを思いついたように「あ!」と声を上げ、またエヒメさんの腕にしがみつく。

「そうだ、おねーさん! ケーキを一緒に食べに行こう!」

 買い物代わりの予定を提案し、ゼンコは俺に「お兄ちゃんもそれでいいでしょ?」と同意を求めた。

 むしろグッジョブだ、ゼンコ!

 

 エヒメさんも納得してくれたらしく、ゼンコと一緒にケータイでこの辺のケーキ屋を検索する。

 普段ならゼンコの頼みとはいえ、さすがに少し恥ずかしいケーキ屋も今日は恥ずかしくもなんともない。

 初めて会った瞬間から「やっべ、お近づきになりたい」と思った人と一緒なら、望むところだ!

 

 もちろん、ゼンコが一緒にいることは俺にとって何の不満にもならない。むしろ、ゼンコとエヒメさんが二人で仲良くしてるのを見てるのが、最高の幸せだ。

 つーか、ぶっちゃけ俺こそ邪魔者だってことは自覚してる。でもいいだろ! ただでさえあの新入りと付き合ってこそはいないけどめちゃくちゃ親しいんだから、俺は少しでも関わるチャンスは逃したくないんだよ!

 

「お兄ちゃん、何してんの? 置いてくよ」

 俺があの新入りサイボーグに闘志を燃やしていたら、行く店が決まったらしくゼンコに呼びかけられた。

「おう、悪い。今行く」

 俺は先に連れだって歩くゼンコとエヒメさんを眺めながら、その後についてゆく。

 

 

 

 

 

 ……本当は、わかってる。

 

 俺がエヒメさんに対して抱いてる感情は、恋だの愛だのいうものじゃないことくらい。

 俺はただ、綺麗で儚げで妹に優しくて守ってあげたい女の子の理想形みたいなエヒメさんに勝手に憧れて、夢を見てるだけだってことくらい。

 

 あの病室で、包帯だらけの体で、柔らかくゼンコに笑いかけて優しく頭を撫でるエヒメさんに、俺は勝手なイメージを抱いただけなんだ。

 

 本気で好きになったつもりだった。一目惚れってやつだと思った。

 少し年上だけど、俺の手で守ってやりたいと思った。

 それは今も、変わらない。

 変わらないからこそ、俺の気持ちは恋でも愛でもない。

 

 ……アマイマスクに殺されることも覚悟で立ちふさがって、宇宙人を庇ったエヒメさんを見て、エヒメさんがどんな生き方を、道を選んでいるのかを知っても、「守ってあげたい」と思うのはただのバカだ。

 

 この人は、安全な場所で何も見ずにただ守られることなんか望んでいない。

 それは、どんなに痛くても、どんなに怖くても、自分の気に入らないことは止めて、気に入らない奴まで守って救おうとするこの人の邪魔をしてるだけだ。

 

 ……けど俺は、きっと守ってしまう。

 あのサイボーグのように、全身から変な音出して歯を食いしばって耐えながら、あんな危なっかしい戦いから目をそらさずに見守ってやることなんか、俺にはできない。

 俺は、この人の生き様を肯定なんかできない。

 絶対に、「そんな生き方、やめろ」と言ってしまう。

 

 結局、俺はエヒメさんが好きなんじゃなくて、俺が勝手に懐いたエヒメさんのイメージが好きなだけなんだ。

 そのことを、あの日に俺は思い知らされた。

 

「バッドさんは、甘いもの大丈夫ですか?」

 初めて会った時と何も変わらない、綺麗で儚げな守ってあげたい笑顔で、エヒメさんは振り返って俺に尋ねる。

 本名で呼んでくれるけど、俺とこの人の間には距離がある。

 

 所詮俺は、「友達であるゼンコのお兄さん」でしかないことだって知ってる。

 俺をフォローするのは、俺を庇ってるんじゃなくてゼンコが意地を張って折れ所がわからなくならないようにするためだってことも、わかってる。

 

 けど、それでいいんだ。俺が近づいたら、俺はこの人を傷つけるだけだ。

 この人を守ることで傷つけて、否定するだけなんだ。

 

「あんまり甘すぎんのはちょっと無理ですけど、そうじゃないなら割と好きっすよ」

 けれどせめて、この距離だけは保ちたい。

 俺はこの人の生き方を肯定できないけど、そんな生き方はやめろって言ってしまうけど、決してその生き方自体が嫌いなわけじゃないから。

 この人が傷つくのは見たくないけど、この人の生き様を貫くところは見てみたいと思ったから。

 

「そうですか。なら、良かった」

 

 この人を本当に好きになりたかったのは、本当だから。

 


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