一人目、「お兄ちゃん」
「ったく……こんな絵じゃわかんねーよ……」
俺が協会のお偉いさんから「暇だろ」の一言で押し付けられた猫探しに愚痴ったら、もう一つの押し付けられたものが一気に喚きだした。
「ひどい! 一生懸命描いたのに! パパに言いつけてやるんだから!! そしたらすぐにヒーローなんてクビよ! クビ!」
……何で俺は子守しながら猫探ししなきゃならねーんだよ?
いや、俺に猫探しを頼んだおっさんもさすがにこの絵じゃわからんってことはわかってたから、見分けがつく娘を連れていけって言って、それを了承したのは俺だ。つまりは、自業自得か。
うん。俺の考えが甘かった。歳の離れた妹がいるから、子供の扱いくらい余裕だぜ! と思ったのが間違いだった。
このクソガキ、子供の頃のエヒメとは全然違うタイプだ。
言いたいことを言えず、泣くのも我慢していつもじっと耐えてたエヒメと違って、こいつはお偉いさんに甘やかされて育ったのか、言いたいことを全部言うタイプだった。
エヒメも面倒だったけど、言ったことを100倍にして返すこいつよりはマシだったな。
あんまりにも可愛げがなかったもんだから、思わず大人げなく俺は無理して協力する必要もねーし、別にクビになってもいいって言ってやった。
……そしたらこの世の終わりみたいな顔して、しかも声を上げずに泣き出しやがった。
おい、やめろ! その顔と泣き方はやめろ! お前の性格なら、大声で泣き喚くタイプだろ!
なんでそんなとこだけ、エヒメにそっくりなんだよ!?
大声で泣かれたら「うるせぇ! 泣くな!」くらい言えたけど、あんな泣き方をされたらさすがに放っておけず、ちゃんと探してやることを約束して肩車してやると機嫌が直った。
子供って何で高いところ好きなんだろうな。
おい、頭をぺチぺチ叩くな。
「お前さ、友達に対してもあんなんなのか?」
「何? どーゆー意味よ?」
肩車をして歩きながら俺が訊くと、顔は見えねーけどたぶんまたクソ生意気そうに唇を尖らせて、頭の上で訊き返す。
「俺にやったみたいに、親が偉いから威張って悪口言ってんじゃねーかってことだよ」
「!? そ、そんなことやってないもん!!」
最初の否定は強く怒ってだったけど、その後は「やってないもん。……そんなの、やってないもん」と弱々しく呟いて、また泣きそうな雰囲気を感じた。
こいつ、怒り方は昔のエヒメに全然似てないけど、悲しみ方は本当にそっくりだな。
「やってないけど、偉そうとか、調子に乗ってるとか言われてんのか?」
今度は何も答えなかった。ただ、無言で俺の頭に爪を立てた。痛ぇよ! 地味に結構痛ぇよ!!
でもこれはわざとやってるわけじゃねーだろうから、怒れない。
……あーぁ。エヒメに似てなきゃ似てないで面倒だけど、似てたら似てたで面倒だな。
ほっとけねーだろ。
「お前は悪くねーよ」
俺がそう言ってやると、頭に爪を立てるのをやめて、身を乗り出して俺の顔を覗き込んできた。
おいやめろ、危ないだろ。落ちんぞ。
「お前は威張ってもないし、調子に乗ってるわけでもねーんだろ?
他人の言うことなんか気にすんな。そういう奴らはな、何をやっても何もしなくても、言いたいから言ってるんだ。
お前が何をしたって、お前がどんな頑張ってもどうしようもない親の事で、お前を嫌ってるんだから、お前がどうしたって無駄なんだ」
俺が見上げて言ってやると、「その発想はなかった」か「そういう考え方をしてもいいんだ」と言わんばかりのポカンとした顔が、俺を見下ろしてた。
……お前はお前で辛い思いをしてるかもしれないけど、俺の言葉でそんな顔出来るだけマシだ。
「お前は悪くない」って言っても、「何をしても無駄だった」と思うしかない程に絶望してたあいつと違ってな。
「何したって無駄なら、いっそ自分がしたいことしろよ。
それこそ、俺にしたみたいに悪口でも言ってやればいいし、親にイジメられたって言ってもいい。自分がしたくもないことをやってても楽しくないし、後悔しかしねーからな」
俺の頭に両手と顎をを乗せて、こいつはしばらく黙っていたけど、また呟くように「……でもそんなことしたら、余計に厭なことされる」と言う。
だろうな。
「そん時こそ、ヒーローを呼べ。俺で良ければ、いじめっ子を……まぁ殴んのはさすがになしか。とりあえず、叱ってやるよ」
また頭の上で、ポカンとしてる様子が伝わってくる。
「いいの?」
「猫探しよりは、そっちの方がヒーローの仕事だろ?
もちろん、助けるのはお前が悪くない場合だけだ。お前も悪かったら、どっちも叱り飛ばすけどな」
そう言ってやると、頭上で高い笑い声がした。
足をバタつかせて、そいつは笑って俺に言う。
「びーきゅうなんてカッコ悪いから、頼まないよーだ!」
「……くそガキ」
結構マジでムカついて見上げたけど、そいつの笑顔を見たらもうどうでも良くなった。
……ったく、どうしてこんなにも生意気で可愛げのないくそガキなのに、泣き顔と笑顔は子供の頃のエヒメに似てんだよ。
* * *
「!? お兄ちゃん、どうしたのその傷!!」
無事、猫を見つけてついでにジェノスがなんか駆除を頼まれてた奴も片づけて家の帰ったら、エヒメが「おかえり」と言う前に俺の顔の傷を見て、泣きそうな顔になった。
なのに、ジェノスが「猫に引っ掻かれました」と言った瞬間、腹抱えて爆笑しやがったし。何なんだ、お前。
「あはははっ! 怪人に殴られても怪我しないのに、猫の爪には負けるって、お兄ちゃんの皮膚は何製なの!?」
「うるせーぞ、エヒメ!!」
俺が怒鳴ってやっとエヒメが笑うのをやめるが、まだ目に涙が浮かんでる。
そこまで笑わんでもいいだろマジで。
ただ、笑いつつもエヒメは救急箱を用意してくれた。
俺がヒーローを始めたころは使いまくって、今では全く使わない中身の使用期限を確かめて、消毒液を脱脂綿に湿らせた。
「エヒメさん、俺がやりますよ」
「いえ、大丈夫ですよ。ジェノスさん」
ジェノスの申し出を断って、エヒメが俺の怪我の手当てをして、俺は黙ってそのまま任せる。
懐かしーな。これ。
昔はエヒメに泣かれながら、怒鳴られながらだったけど……、こんなにも穏やかに手当てされる日が来るなんて、あの頃は思ってもなかった。
同時に思い出す。
あの頃はこうやって手当をされるたびに、もう怪我なんかしないて誓ってた。
こいつを泣かせない、心配させない為に。
……その誓いは叶ったのに、俺は未だにエヒメを泣かせるし心配をかけてばっかだ。
「なぁ、エヒメ。
俺、プロヒーロー向いてねーのかな?」
思わず俺は、ジェノスにしたのと同じ質問をエヒメにもした。
ジェノスが後ろで、俺が初めにした時と同じく「そんなことありません!」と言ってるが、エヒメはきょとんとした後、また少し笑って答える。
「猫探しには、確かに向いてないよね」
おい、あのクソガキと同じ答えを返すんじゃねーよ。
そう思っていたら、エヒメが救急箱を片付けながら、言葉を続ける。
「プロでもアマチュアでも猫探しに向いてなくても、お兄ちゃんは私のヒーローだよ」
当たり前のようにエヒメは言って、笑った。
泣かせて心配ばかりかける俺を、お前が一番辛かった時に何もしてやれなかった俺を、「ヒーロー」と呼ぶ。
「……そっか」
なら、まだ頑張るか。
8巻に掲載されている番外編を、ちょっと改変・捏造した小話。
うちのサイタマは妹がいるから、原作よりだいぶ子供と女性の扱いが上手いです。デリカシーはゼロだけど。
それにしてもサイタマさんは、全く妹を褒めるような言葉は心の中でも出さないのに、妹が大好きだな。