私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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引き続き、ジェノス視点です。


ヒーローの仕事

 俺の言葉を鼻で笑い、奴は芝居かかった動作で振り返って、舞台演技のように大仰に語りだす。

 

「はっ! 君たちは実に模範的で理想の『ヒーロー』だね!

 都市を一つ丸ごと壊滅に追いやった化け物を庇う、心優しい少女とその少女を守る騎士達!!

 映画なら大ヒット間違いなしだろう!! ……映画なら、フィクションの世界ならね!」

 

 空々しく俺たちを讃えていたのを一変させ、奴は憎悪をむき出しにした眼で俺たちを見渡す。

「現実を見ろ? それはこちらのセリフだ! 頭が花畑な夢見る女の子が勝手に理想を語るのは別に良いが、それは自分の日記の中に書き連ねておけ!

 君たちは責任を負う覚悟がないことを、詭弁で言い逃れる以外何もできない、傷ついたこともなくハッピーエンドで終わるフィクションを現実とはき違えてる子供を守ると言うのか?

 それはただの甘やかしだ。ヒーロー以前に大人なら、間違いを正すために叱るのが責任で役目だろうが」

 

 ……あまりの見当違いに、怒りが湧かず憐れみがこみ上げた。

 

 頭が花畑?

 責任を負う覚悟がない?

 傷ついたことがない?

 

 それはどれもこれも、あまりに彼女を表すには程遠い言葉だ。

 

「本気でそう思っておるのか?」

 

 バンクが静かに、口を開く。

「違うじゃろ? お前さんも、その子は殺されるのも覚悟でそこに立っておることくらい、わかっておるのじゃろ?

 S級にスカウトされた経緯を知っているのなら、傷ついたことがない訳がないことも知っておるのじゃろ?

 アマイよ。もう一度よく見てみろ。その子の震えと両手の包帯を見て、そしてもう一度言ってみろ。

 傷ついたこともないと、逃げる以外何もできないと」

 

 バンクの静かで穏やかな、諭すような言葉にアマイマスクは顔を歪めて、歯を食いしばる。

 その反応が、本当はどう思っているかの証拠だ。

 

 机上の理想論ではなく、どれほどの痛みかを知ったうえであの拷問のような苛烈な生き方を彼女は覚悟していることくらい、奴は理解しているのだろう。

 それでも、受け入れられない。

 奴にとっての「悪」を生かすこと、守ること、救うことを、アマイマスクはどうしても許せない。

 ……その気持ちを、俺は知っている。

 

 エヒメさんに俺の復讐は生きるための「手段」か、生きる「目的」かと尋ねられた時、同じようなことを思った。

 復讐が無意味だとか、死んだ家族はそんなことを望んでいないだとか、そんなのわかってる。

 それでも、俺から全てを奪ったあの暴走サイボーグが許せなくて、存在しているという事実だけで気が狂いそうで、復讐しかもう俺に残されたものはなかったから、否定などされたくなかった。

 

 恩義のある人からの言葉だったから、俺はあの時まだマシな対応が出来た。

 そしてそれ故に、俺はこの何よりも大事にしてゆきたい、大切なものを得た。

「正義」ではなく、「ヒーロー」になれた。

 

 けれどこいつは、アマイマスクは気付いていない。

 俺とは違って、エヒメさんの言葉をちゃんと聞けていない。理解できていない。

 奴にとって、エヒメさんの言葉は自分の全てを否定する言葉だとしか思えていない。

 

「貴様は、本当に『正義の味方』だな。アマイマスク」

 

 だから俺は、憐れみを込めて教えてやる。

 

「エヒメさんが守り、救おうとしているのが、貴様が断じた『悪』だけだと思っているのか?」

 

 もはや目に映るすべての対象に憎悪した目が、俺を睨みつける。

 ……子供はどちらの方だ。

 貴様の方がよほど子供だ。

 自分の世界が全てで、自分の考えがこの世の理で、気に入らないものを全て壊す、癇癪持ちのクソガキに過ぎない。

 

「エヒメさんは、その人が何故、貴様の『正義』を止めるのか、本当にわからないのか?

 貴様が『取り返しのつかないこと』をしすぎた結果に起こるであろう悲劇を、その人は案じているから止めるんだ。

 ……守り、救う対象に貴様も入っているんだ」

 

 このA市を壊滅に追いやった宇宙人の残党も、そいつらを庇う自分ごと殺そうとする敵も、彼女にとっては等しく守り、救わねばならない存在。

 だからこそ、彼女の選んだ生き様は拷問なんだ。

 

「――救う? 僕を?

 ははははははははははははっ! あぁ、それは面白い冗談だな。ぜひとも、救ってほしいよ!! 救えるものならね!」

 

 ……けれど、俺の言葉に意味はない。

 俺以上に余裕がなく、何かを憎んでいる、それ以外の拠り所はなく、纏うものはすべて虚飾の男はただ嘲笑う。

 

 俺はただ、目の前の男を憐れむ以外出来なかった。

 この男を救おうなんて思えなかった。

 

「必要ないわよ。っていうかアンタ、私の話を聞いてなかったの!?」

 

 ガラガラと耳障りな音が周りからしても、掻き消されることのない甲高い声が響く。

 タツマキがまた、周囲の瓦礫を片っ端から浮かび上がらせて、緑の燐光を放ちながらエヒメさんを睨み付ける。

 

「そういうのは、私の仕事だって言ったでしょ! だからもう、あんたは大人しくしてなさい!!

 ……そしてアマイマスク。何のつもりって訊いたわね? 教えてあげる。

 いい年こいて女の子を脅すわ、論破されたら逆ギレるバカをとっちめてやるつもりよ!!」

 

 ……クソ生意気で気に入らないクソガキだが、今だけは好ましい。

 あぁ、そうだ。

 こいつに焼却砲を向ける理由なんて、それで十分だ。

 

「はっ! 同感だ。

 大人の役目だなんだほざいておいて、てめーのしてることなんて終わった後に文句をグチグチグチグチ垂れ流すだけじゃねーか」

「僕なんてそもそも、大人じゃないからねー。

 だから、人として当然な行動をしますよ。どう考えても、嫌味しか言わない人の味方をするより、綺麗なおねえさんを守るのが大人子供以前に人として当然でしょう?」

 

 金属バットと童帝は軽く笑って、もはやヒーローとしての建前すらないことを言い出し、アトミック侍も刀に手をかけたままやはり笑って同意した。

 

「違いねぇ! 化け物と戦うことはもちろんだが、こういう嬢ちゃんを守ってこそヒーロー冥利尽きるってもんだ!」

 

 さすがに他の者は奴らの発言に苦笑するが、誰も咎めない。

 当たり前だ。本心から称賛や感謝、苦労を労わる言葉を求めず、奉仕活動や慈善行為を出来る者なんて、奇跡のような存在だ。俺はそんな人、二人しか知らない。

 

 俺たちは結局、ヒーロー以前に人間だ。

 自分たちの苦労やしてきたこと、経緯を見ずに結果を「無価値」と断じた男の味方など、この場には一人しかいない。

 

 その一人こそが、エヒメさんであることを奴は気付けない。

 

 アマイマスクは自分を取り囲むS級を再び、先ほど以上に忌々しそうに見渡した後、もう一度エヒメさんに向き直る。

 

 彼女は、俺たちがアマイマスクに対して臨戦態勢に入っても、俺たちに頼って後を任せたり、もう大丈夫だと安堵なんかしなかった。

 ずっと手を広げて、やはり宇宙人をずっと庇って立っていた。

 

 どこまでも強い目で、真っ直ぐに自分の敵を見据え続けていた。

 

 その変わらぬ体勢、変わらない目、揺るがない心を前にして、アマイマスクはエヒメさんに殺気をぶつける。

 臆病な者、戦いなんかしたことのない一般人なら、数メートル離れていても気絶や失禁をしてもおかしくないものを、今にもくびり殺せそうな至近距離でぶつけられても、彼女は揺るがない。

 

 後ろの宇宙人たちが気絶や失禁をしてる中、彼女は足をガクガクと震えさせても、その膝は崩れない。

 鳴りそうな歯を食いしばって耐えて、彼女は逃げずにそこに立って、貫く。

 

 宇宙人の命を守り、アマイマスクを破滅への未来から救うために、彼女は戦い抜いた。

 

「――いつか君は、必ず後悔する。その幼稚で愚かな理想論をね」

 

 根負けしたのか、それとも自分が手を下すまでもなく彼女はいつか必ず、その自ら科した誓いに負けて破滅すると思ったのか、両手をズボンのポケットに突っ込む。

 

 戦意を、収めた。

 

 だが、奴の殺気は何一つ収まっていない。

 毒ガスのようにまき散らしながら奴はエヒメさんを蔑み、嘲り、憎みながら、破滅への予言か、それとも苛烈な生き方を選んだ彼女に対するわずかな哀れみか判別のつかない言葉を送る。

 

「覚えておくんだね。綺麗事で、ヒーローは務まらないと」

 

 しかしその言葉は、エヒメさんを言い表す言葉以上に見当はずれだった。

 

「はっ!」

「……ふふっ」

 

 思わず、示し合わせたように俺とエヒメさんが笑った。

 その反応にS級達は俺とエヒメさんを交互に不思議そうに見て、アマイマスクは不愉快そうに「……何がおかしい?」と訊いてきたので、言ってやる。

 どれだけおかしい発言をしたのかを、こらえきれないまま笑って教えてやる。

 

「何を言ってるんだ、貴様は?

 ヒーローの仕事は、綺麗事を実践して実現することだろうが?」

「あなたの言ってること、『八百屋が野菜を売り始めたら終わり』ってくらい意味不明ですよ」

 

 俺の言葉とそれに続いたエヒメさんの例えが、何故かS級どもの笑いのツボを突いたらしい。

 全員が噴き出し、金属バットに至っては腹を抱えて座り込んで爆笑している。

 その様子にアマイマスクの殺気も薄れた。さすがに爆発寸前のピリピリした空気が一気に緩んだことで維持できなくなったらしい。

 もしくは、羞恥が憎悪や殺意に勝ったのかもしれないが。

 

「……っち!!」

 

 怒りこそは全く抜けていないが、戦意も殺意も完全に消えたアマイマスクは一度舌打ちをして、何も言わずにエヒメさんから背を向けて、そのまま去って行く。

 これ以上、何かを言っても締まらないからそれが良い判断だろう。

 

 奴が背を向けてエヒメさんから離れ、金属バットがまだ笑いながらも、雑魚呼ばわりされたことに文句をつけようとした時、エヒメさんがその場に座り込む。

 

 完全に自分が奴の眼中から外れたと認識して、腰が抜けたのは一目瞭然だった。

 

「エヒメさん!」

 

 俺は、ようやく駆け寄った。

 言いたいことは山ほどあった。

 どうしてあんなことをしたのかは分かったが、あんな無茶をしないで欲しかったと怒りたかった。

 けれどよくここまで頑張ったことを、例え称賛なんて求めていなくても与えたかった。

 

 けれど、俺の体はあまりに俺の願望に素直だった。

 

「ジェノスさっ!?」

 

 俺は駆け寄り、その場に座り込むエヒメさんを躊躇なく抱きしめた。

 




次回でボロス編終了です。

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